――――足の生えたナマコに追いかけられ、崖から落とされる夢を見た。

「なまこぁッ!」

 あまりの悪夢に飛び起きる。するとそこにいつもの自分の部屋は見当たらなかった。

 上を見上げれば、天井があれば見えるはずのない青い空……反対に下を見てみれば、ゆうべ干したばかりのふかふかのマットレスではなく、石でできた小高い台のような物の上に俺は乗っかっている。

「エイヤッ! 実りに我ら先祖の感謝を~」

 石の台より更に下から歌声が聴こえる……覗き込んでみるとそこには数十人の上裸の男が円を描きながら歌い踊っていた。

「夢だな……寝直そ」

 いやこれはさすがに夢だろう。この俺、#相州 真鶴__そうしゅう マツル__#18年の人生の経験上そうに決まってる。なんで夢の中で上裸のオッサンなんか見なきゃなんねーんだよ全く……

 ゴツゴツした石の上だと寝にくいなと思いつつ、俺はもう一度眠りについた。

――――

「おはよう世界! グッドモーニングワールド!」

 素晴らしい寝覚めだ! あんな変な夢見たけどこの快眠感でチャラだぜ! 朝の日差しが眩しいね!……ん? 全身に朝の日差し?

 眼前には先の夢の中と変わらない景色。小高い石の台に乗っかっている俺。覗き込めば上裸のオッサン……は不思議そうな顔で俺の事を見上げている。さっきより人数が増えてるし、踊ってもいない。

「あんた何者だ? ちょっと降りてこい!」

 オッサンの中の一人が話しかけてきた。歌の時もそうだったが多分これ日本語じゃないな……なんで理解出来てるんだ俺!? 

 ひとまず台から降りて話を聞かなくては。なんか恥ずかしい......

「あの、ここどこですか?」

 言葉が通じるか不安だったが、オッサン達は案外アッサリと答えてくれた。

 ここは”ダサラ大陸“から遠く離れた名も無き小さな島だという事。

 年に一度の豊穣を祝う祭りの最中に供え物を祀る祭壇が急に爆発を起こし、恐る恐る見てみると俺が寝ていたという事を教えてくれた。

 いや意味わからん。なんも理解出来ん。俺の知る限りダサラ大陸なんて大陸は地球に存在しなかったはず……つまりあれか? 

 異世界に転移した? 

――――まあ転移しちゃったもんはしょうがないよな!(てかそんなことあるわけないし) 

 多分俺がこの世界の運命とか握っちゃったりしてるんだろう!

「皆さん! この俺が来たからにはもう安心です! この異世界人の勇者! マツルがこの世界を救ってみせましょう!」

 俺の質問に丁寧な説明をしてくれたオッサン一同が馬鹿を見る目で俺を見る。

「あの……あなたは誰なんですか? 豊穣祭の最中急に現れて……」

「あ、すみません――――あの俺、名前はマツルと言いますです。なんか急に朝起きたらこっちの世界に来てたっぽくて、訳分からなくて世界がどうとか言ってしまいました……」

 あんれぇ? なんか思ってたのと違うぞぉ?

 なんか転移した人って……もうちょっと何かを託される感じじゃないの?

「なんか魔王が世界の支配を狙っているとか……」

「無いですね」

「チートスキルが無いと対処出来ない未曾有の災害とか……」

「無いですね」

「恐ろしい魔獣の危険に晒されてるとかも?」

「無いですね」

「俺……何すればいいですか?」

「……取り敢えず村でも見て回りますか?」

 オッサン達はとても良い人達だった。こんなに怪しい人物を暖かく迎え入れ、島の案内までしてくれた……

 村は質素だが衣・食・住どこをとっても困る事は無かった。やることが無いなら、私達と一緒に住まないか? と提案してくれた。

 村での生活は、日の出と共に始まり、日の入りと共に終わる。現代人にはなんともしんどいリズムだったが、すぐに慣れることができた。

 村を見て回った後、オッサン達......正確にはその奥さんが着る物を用意してくれた。服は和服と洋服を混ぜたという表現が一番近い独特な服装で。着心地が良く動きやすかった。

 次にご飯を食べさせてくれた。ご飯は魚と米を基本としたマジモンの和食であり、畑で採れた漬物もそれはそれは美味しかった。

 最後に家も用意してくれた。家は島民30人程が全員別々の家に住んでおり、その全てが平屋であった。ほぼ江戸時代である! 元の世界で住んでいた実家もそれなりに近い感じだったので特に違和感無く生活出来そうだった。

 もう一度言うが衣・食・住はなんの問題もなかった! 

 まぁ、何日経っても目は覚めないし、冗談で言った異世界転移も本当っぽいし、ここで暮らすか!

「――――っていやちがぁーうっ!!」

「ッ!? どうしたのお兄ちゃん......?」

 おっといけない。急に大声を出したら小さい子を驚かせてしまったようだ。

 一瞬で馴染みすぎだろ俺! ビビったわ! なに来てから一週間弱で子供の世話任せられてんだよ親の危機管理能力ゼロか!?

 そこじゃない。帰らなくては......!

「帰らなくてはァァァァ!!!!」

「お兄ちゃん空から降ってきたんでしょ? 空に帰るの?」

「ファー!」

 これは、このマツルという男がなんやかんやで元の世界へ帰ろうと頑張る。

 そんなお話よ!

「......今の誰の声? 頭の中に響いたような?」


◇◇◇◇


 女の子との出会いの無い異世界での生活にもほんの少しだけ慣れた頃、俺は壊れた農具を修理して貰いにグレンの所へと向かった。

 グレンは壮年のこの島唯一の鍛冶師で、村で使う道具全般の制作・修理を一人で担っている。

「グレンさーん! クワが壊れちゃって! 修理お願いできますか?」

グレンは赤熱した鉄を打ち、なにやら形を作っていた。あの形状は……日本刀!?

「グレンさんこれ……なんで刀が……」

「これか……これは昔“ガルディア”って国で作られてた刀剣でな、この村ではデカい魚を捌いたりするだけだが……ごく稀にこの村に訪れる大陸のギルドなる所の商人が買って行くのよ……ま、何に使うかは知らんがな」

 待て待て待て情報が多いぞ!? 刀そっくりのこの刃物は刀じゃなくて、大陸にはギルドがある!? おお! なんか急に異世界っぽくなってきたぞ!

「なあマツル……お前俺の弟子にならねぇか?」

 グレンはニヤリと笑いそう告げた。

「弟子? 鍛冶師の? それまたどうしてですか?」

「鍛冶師は生憎間に合ってる……お前……この刀剣の事を刀とか言ったよな? お前さん#コ__・__##レ__・__#、好きだろう? あーそうだ。ちょうど、ついさっきその商人に卸す用に打ってた一振りにキャンセルが出てなァ、勿体無いから誰かに使って欲しかったんだ。どうだ? この一振りに似合う男になって大陸で冒険者として名を上げる為にここで五年! 五年間俺の元で修行しねェか?」

「嫌です」

「即答だなおい......だが、強くなることが元の世界とやらに帰れる近道......と言ったらどうする?」

 グレンはそう言ってニヤリと笑った。

「それはどういう......」

「俺も伊達に長生きしてねぇからな。今まで何人か見た訳よ、元の世界に帰った奴を」

「どうやって帰るんですか!!?」

「いや、それは知らん。なんかすっごい強くなったら出来る方法らしいたァ聞いてるんだが」

 ざっくりしすぎだろ......

 だが、強くなる《《だけ》》で元の世界へ帰れるかもしれないって?

 上等じゃねぇか。やってやるよ。
 
 俺には待っている人がいる。帰らなきゃいけない理由があるんだ。

「グレンさん……いや、師匠! これからよろしくお願いします!」

「早速弟子としての初仕事だ。まずは掃除! 洗濯!」

「はい!」

――――俺はグレン師匠の元で強い男になる為の修行を始めた。

「マツル、魚に火が通ってないぞ」

「師匠! すぐに焼き直します!」

「マツル! 工房の掃除は終わったか?」

「師匠。 今すぐに!」

「マツルお前コラァ! 昨日の服まだ乾いてねぇのか!」

「それぐらいテメェでやれやバカグレンコラァァァ!!」

 家事しかやらせて貰えなかったので何度かキレて殴りかかった事があるが――

「俺に勝とうなんざ8年は早いわ」

「ずびばぜんでちだ......」

 グレン師匠はそれはもうガサツであった。てかガサツなんて言葉で片付けてもいいのか疑うレベルで酷かった。

 工房兼住居は一日三回掃除しないと強盗が入ったみたいになるし、基本食事摂らないし食べたと思えば野菜残すし米ばっか食うし怪我をするといい大人の癖に大騒ぎするし......

 こんなコドモオトナみたいな感じなのにそれはそれは、それはそれは超強かった。

 俺は勝負を仕掛ける度にボコボコに、それはもうボッコボコに負けた。

――――

「9万9千998......9万9千999......10万...よし、今日の日課終了っと。後は師匠の朝飯だけど、今日も魚で良いか」

 弟子入りして大体半年が過ぎた頃、遂に何もしてくれないと悟った俺は自力で強くなる為に自己の鍛錬を始めた。

 朝、島の誰よりも早く起きて1週5km程の海岸線を100週。その後の俺特製の大木を丸々一本余す所なく使った木刀で素振りを10万回。これを毎日繰り返した。

 最初は普通の大きさの木刀で、一晩中やっていたこの鍛錬も、徐々に木刀は巨大化して大木の幹を余す所なく使ったただの加工していない丸太に、海岸100周もいつからか日の出の少し前から始めても終わるようになっていた。

 それでも結局師匠には勝てた事無かったけど、最後の方ではボコボコのボッコボコではなくボコボコに怪我を軽減できるくらいにはなっていた。

 まぁ、特に何か大事件が起きる訳でもなく、あっと言う間に時間は過ぎていったのだった。


◇◇◇◇


あれから大体五年の歳月が流れた。俺はグレン師匠の弟子として今、最後の試練を迎える。

「マツル……弟子入りから五年、これが俺からつけてやれる最後の修行だ……これが終わったら大陸に行くなり元の生活に戻るなり好きにしちゃっていいぞ」

「五年って………四年目位まで俺修行らしい修行付けてもらった事ないんですけど……それまでほぼ炊事と洗濯と掃除しか――」

「細けぇことはどうでも良いんだよ。見て盗めってこった! 大体最後はちょびっと鍛冶師になってくれても良いかなとか魔が差して設計もさせてやっただろ!! ……っと、茶番はこれくらいにして最後の修行……それは……」

 設計の練習は魔が差してたのか......

「それは……」

 俺の生唾を飲み込む音が響く……最後の試練とは……?

「修行で培った家事スキルで俺を唸らせろ」

「はぁぁぁぁぁ!?」

 俺クソ強い鍛冶師の弟子になったんだよ? 四年間ほぼ家事しかしてなかったけど最後の一年は割と真面目に修行してたよ?

 なんなら強くなるためにめっちゃ鍛錬も独学でやったよ? 結構血のにじむような努力したよ? 

 強くなったか確かめる――――とかは岩斬ったりプレート集めたりしなきゃいけないからまぁアレとしてもなんで少しは上達した鍛冶スキルじゃなくて家事スキルを披露しなきゃいけないんだよ!

「と言うのは冗談で――――」

 冗談かよ! 

「俺に一撃でも当ててみせろ。実践編だ」

「おし! 上等だ!」

――――――

――――

――

「全っ然当てれねぇ!!!!」

 俺は唯の一撃すら当てる事が出来なかった。

「なんで当たんねぇの!? 」

 速い上になんか変な所で体曲がるし、俺の動きを予知してるとしか思えない反応速度で反撃(最早俺が動く前に攻撃が飛んでくるので先制攻撃)が飛んでくるし五年間これ一度も本気で相手されてなかっただろ......

「合格だ」

「えっ?」

 グレン師匠からの意外な一言に俺は驚きの表情を浮かべた。

「でも……俺一撃も入れられなかったじゃ無いですか! 一撃どころかほぼ未来予知レベルの反撃され続けて......」

「それで良いのよ。お前は俺に“超予測反応”を使わせるまでに強くなったって事だ! そのレベルまで至っているなら基本的にどんな奴にも負けねぇ!」

「グレン師匠……!」

 師匠は俺を弟子に誘った時と同じ笑みを浮かべながら刀と槌を手渡してきた。

「これは?」

「これは俺からの合格祝いだ! お前に大事に使って貰えるよう、俺の魂が籠ってる! あとその金槌はもし鍛冶をしたくなった時にでも使ってくれ! カッカッカ! 師匠から渡された剣! 略して師匠刀(マスターソード)だな!」

「やかましいです師匠。一回海に沈んでください」

 嬉しい……いや名前が某退魔の剣と同じなのは気になるが、誰もいなかったら全裸で叫び回りたい所だが師匠の前だ。やめておこう。

 そういえばさっきからなんだか空が赤いような? あれ?なんか地響きもするぞ?
 
 ふと空を見上げてみると、巨大な岩石の塊が迫っていた。
 この島を軽く凌駕する隕石が空を埋めつくしていたのだ。

「でぇぇぇぇ!? 隕石ぃぃぃぃ!?」

「巨大隕石ぐらいでガタガタ騒ぐんじゃねぇ! よくある事だろうが!!」

「あんな物がよくあったら困るんですよ!! 俺達どころか星ごと終わりですよ!!」

 てか、なんで島のオッサンどもは騒がないんだよ! 世界の終わりかもしれないんだからもっと騒げよ静か過ぎだろコラおい!

「――――だがしかし、弟子との感動の別れを邪魔されるのは癪だな......マツル、お前にあげたばっかりだがソレ貸せ」

 師匠はそう言って俺に渡した刀を受け取って構えた。

 まさか......まさかとは思うけど......

「――――あれをどうにかしようとしてます?」

「ちょっと行ってくる。よく見ておけよ!」

 そう言い残して師匠は地面を蹴り、跳んだ。

「マツル!! お前は俺の弟子だ! 今から俺がやる事はいずれお前にも出来るようになる! 力を、技を! 磨き続けろぉぉぉ!!!!」

 それ絶対ジャンプする前に言っても良かったよな......

「――――弟子の門出を......!! たかがデカい石如きが邪魔すんじゃねぇぇぇぇ!!!!」
 
 その瞬間、この星を丸ごと死の惑星に変える予定だった巨大隕石は真っ二つに割れた後、粉微塵に刻まれ消滅した。

 それがたった一人の人間によって成されたという事は、俺しか知らない。

 豪快な着地を決める師匠を見て、俺もこんな風になりたいと心の底から思うのだった。

――――

「ところでマツル……もう俺からしてやれる事は無いが……もう出るのか?」

「はい! 寂しいですけど、俺は俺のやりたい事をみつけたので!」

「そうか……それなら俺の小船をくれてやる。ここら辺は波も穏やかだ、三日もあれば大陸に着くだろうよ……食料も念の為五日分載せておけば安心だろ」

「ししょぉ~……好き」

「急になんだよ気持ちわりぃ! 俺はドライな関係が好きなんだよ! ほら! 早く準備しないと日が暮れちまうぞ!」

 マツルの急に出たデレに、グレンは顔を引き攣らせながらも少しだけ嬉しそうな顔をした。

「ッはい!」


◇◇◇◇


 俺は食料と水を舟に載せ、出航の準備を整える。

「じゃあな。頑張ってこいよ!」

「師匠こそ、俺が居なくなったあとちゃんと生活できるんですかぁ~?」

「はよ行けほら」

 師匠は舟を強引に蹴って進水させた。急いで俺も乗り込む。

「グレン師匠ー! 五年間もありがとうございました! 俺、立派に冒険者やりますから!」

 師匠は俺の方を見ることなく、ただ無言で手を振っている。舟は思ったよりも速く、もう姿はほとんど見えない。

「いよっしゃぁ! 待ってろよ異世界美女! 俺の事をチヤホヤしてくれよぉー!」

 天気はにわかに砂の雨、片道三日の航路を進む舟。

 希望に満ち溢れた俺はまだ知らなかった。この世界で刀剣を使うとはどういう事かを……

――――

「あ、マツルに言い忘れてたな……大陸だと剣士は完全に廃れて魔法使いしかいないって……まあいいか! カッカッカ!」

 グレンの呟きは、誰に聞かれるでもなく空へ消えたのだった。