近くにある木にブルファンをぶら下げて、ユキノがテキパキと解体していく。

 魔石という魔法を込められる鉱石があるので、そこから水の魔石を使いながら。

 俺は洗った部位を受け取り、それを木の串に刺して焚き火の近くに置いていく。

 すると、すぐに胃を刺激する肉の香りがしてきた。

 「うー、お腹空きましたー。持ってきた食料はほとんど使っちゃいましたし」

 「だなぁ……黙っていればご飯が出てくる王宮が懐かしい」

 「ほんとですよねー。というか、別に出ていかない方法もあったんじゃないですか? 実際、追放を反対する人たちも多かったとか。私を含めて、ご主人様に命を救われた方も多いですし。特に冒険者メンバーと、その依頼で助けた人たちとか」

 「まあ、その可能性もあったな。だが、そうすると未来が変わってしまうかもしれない。何より、もう面倒事はごめんだ」

 「あらら、後半が本音ですねー?」

 「そんなことはないさ……ただ、あいつらには悪いことをしたかな」

 俺はルート回避のために、ユキノの他にも物語と関わりのない連中を仲間にしていた。
 お金を稼ぐことだったり、自分を鍛えるためだったり、情報を集めるために。
 しかし、何人かにはついてこないように説得をしたが……数名には黙って出てきてしまった。

 「多分、泣いてるか怒ってるかですねー」

 「だよなぁ……ただ、あいつらの生活を壊すわけにはいかんし」

 そんな会話をしていると、最初に焼いていた肉が良い感じになった。

 「おっ、とりあえず食べちゃうか」

 「あっ! ずるいです! 私はまだ解体してるのに!」

 「はいはい、わかってるよ。ほら、食べなさい」

 ユキノの両手は塞がっているので、串焼きを口元に差し出す。

 「えっ? い、いや、その……」

 「おい? これで恥ずかしがるなよ? 普段は夜這いをするくらいだってのに」

 「それとこれとは話が別です! むぅ……ご主人様はデリカシーがないですね」

 「なんでディスられてるんだ? いいから、はよ食べろって」

 「……はい……あーん……もぐもぐ……美味しい!」

 「そいつは良かった」

 「えへへー、もう一口ください!」

 「はいはい」

 ……いかん、食べる様がエロいとか思っては。
 そもそも、こいつは誰もが振り向く超絶美少女だ。
 破滅フラグを回避するまでは、そんな余裕もなかったが……これからはやばいな。
 こいつは俺の子種を欲しがってるから、俺の自制心に期待するしかない。
 ……あまりあてにならないかもしれない、何か対策を考えなくては。

 「どうしましたー?」

 「いや、なんでもない。さて、ひとまず俺も食べるとするか……うまっ」

 かぶりついたバラ肉からは、旨味たっぷりの脂がじゅわっと溢れてくる。
 噛めば噛むほどに出てくる、野性味のある力強い味もいい。

 「私は城にある食事より、こういうのが好きですねー」

 「まあ、いいたいことはわかる。あっちはコースだし、お堅いからな。俺も、本来はこっちの方が好きだし」

 「じゃあ、次はロース肉を食べたいです!」

 「へいへい、わかりましたよ。ただ、塩を使いすぎると無くなるか。割と貴重な調味料だし」

 「この辺には海はないですからねー」

 「そうなると、岩塩を探すかぁ……まあ、今はいいか」

 面倒な考えは置いておいて、次に焼けたロース肉を差し出す。

 「あむっ……んー! 柔らかくて美味しいでしゅ!」

 「でしゅって……食べらながら喋るなって」

 「ひゃい! ングング……ぷはぁー」

 こうして食べる姿は、最強キャラの一人とは思えない。
 年齢も十八歳だし、見た目はただの可愛い女の子だ。
 ユキノは隠しキャラで、関わらないと死んでしまう設定だから助けられて良かった。

 「ったく……どれ、俺も——柔らかいな。溶けるとはいわないが、思ってたよりは良い」

 「ですよね? なんか、向こうで食べるより美味しい気がします?」

 「あぁー、締まってるというか……野性味があるってことか。王都にいたのは家畜化された魔獣で、かなり太らせてたし」

 「あっ、そういうことですか。確かに、冒険者活動中に食べた魔獣の方が美味しかったですねー」

 「特に、ここには食べられる物が少ないだろうし。まあ、それでも生き残るのが野生のブルファンってことか」

 「なるほどー……さて、解体もある程度終わったのでゆっくり食べましょー」

 内臓系は食えないことはないが、今回はやめにしておく。
 こんな何もない場所で、二人しかいないのに体調を崩したら笑えない。
 そして星空の下、ゆっくりとした食事を済ませると……。

 「……何かきますね?」

 「うん? あれは……犬? いや、狐系か?」

 暗闇から、銀の毛皮の小さな狐が現れた。
 あちこちから血を流してふらふらしている。

 「これは珍しい魔獣ですねー。絶滅危惧種で、神速の魔獣と言われる風狐の子供です」

 「 何? あれがそうなのか……」

 その名前は聞いたことがある。
 賢い知能と鋭い爪や牙を持ち、風魔法をも使う最強の魔獣の一角だと。
 ただし生まれてからすぐに親元を離れるので、その生存率は低いとか。
 それゆえに、生き残った個体は化物クラスになるらしいが。

 「どうします? どうやら、戦闘に負けたみたいですね」

 「冒険者的にはどうなんだ?」

 「賢く人を襲うことはないので依頼が出ることはありませんね。むしろ、危険な魔獣を倒してくれるので。何より普通は勝てませんし、出会うのが難しいですし」

 「そうか……なら、無理に殺す必要もないか」

 「それが良いと思います。獣人族の間では、神聖化する者達もいるくらいなので」

 「わかった。ほら、これでも食べるか?」

 怪我もそうだが、見るからにやせ細っておりお腹を空かせているようだ。
 そいつに向けて、臓物系を投げてみる。

 「ほら、食べて良いぞ」

 「クゥン? ……コンッ!」

 すると、それを咥えてその場から少し離れる。
 そして俺たちを視界に入れつつも、一心不乱に食べ始めた。

 「よし、ひとまずこれで良いだろう」

 「ですね、あとは傷を癒せればいいですけど」

 「回復魔法は選ばれし者にしか使えないからな。それこそ、光魔法の使い手はジークの婚約者の聖女だけだし」

 「ですねー。おや、食べたのに逃げませんね?」

 「俺たちが安全と認識したのかもな? とりあえず、害はないから放っておくか」

 「そうですね」

 「ふぁ……すまんが、寝て良いか?」

 「ええ、大丈夫ですよー。流石に疲れてますから」

 俺はその言葉に甘えて、テントの中で毛布にくるまる。

 ようやく役目を終えたからか、すぐに眠りにつくのだった。