これ以上、誰かに来られては困るのでささっと城を出て行く。

 そして用意された馬車に乗り、誰からも見送られることなく城下町を進んでいく。

 窓から眺める人々の景色は、活気にあふれていた。

 「……平和になったな。いや、俺が言えたセリフじゃないんだけど」

 「それはそうですねー。なにせ、国を混乱させた人ですから」

 「これでも頑張ったんだぞ? 民に死人は出ないようにしたし、あくまでも貴族同士だけで済ませた。それに言い方はあれだが、不穏分子を俺側に抱き込んだし」

 「知ってますよー。私がどれだけ苦労したかと……感謝しても良いですよ?」

 「へいへい、感謝してますよ」

 「むぅ……扱いが雑ですね」

 「いや、本当に感謝してるさ」

 実際にユキノのお陰で助かった。
 軽い身のこなしで音もなく忍び寄るし、夜目もきくから斥候として優れている。
 その情報のおかげで、俺は上手く立ち回ることができた。
 国に巣食う腐った貴族を俺の方につくように根回しをしたり。

 「な、なら良いんですけど……それより、良いんです? 他の方々には挨拶をしないで……私以外にも、何人かついていきたいって人はいると思いますよー?」

 「なんだ、わかってるじゃないか。挨拶なんかしたら、ついて来ようとしてしまう。俺が拾ったヴァンパイア族のお前はともかく、他の奴らには家族がいる。わざわざ、俺に付き合わせることもない」

 「まあ、ご主人様がいいなら良いですけど……孤児院にもいかないのですか?」

 「俺が行ったら迷惑になるからな。それに、あれは偽善に過ぎない」

 国を争いに巻き込んだんだ、どうしたって犠牲者は出る。
 それが親を亡くした孤児達や、行き場をなくした者たちが。
 その罪の意識から逃れるために、密かに孤児院に行ったり寄付をしたりしていた。

 「そうですけど……まあ、良いです」

 「ああ、これで良いんだよ。あとは、ジークに任せるとするさ」

 そうして馬車は進み、静かに王都を発つのだった。

 ◇

 そして、一週間かけて大陸中央にある辺境の地ナイゼルに到着した。

 通称流刑地、もしくは見捨てられた土地とも言われる。

 国外追放された者や、国から出て行きたい者、もしくは犯罪者達がここに送られたりする。

 関所には高い壁があり、こちらと向こう側を断絶していた。

 ここは封印される前の邪神が支配していた場所と言われ、荒れ果てた土地となっている。

 「では、我々はこれで」

 「ああ、ご苦労だった」

 「へっ? え、ええ……それでは」

 俺の言葉に驚きつつも、兵士達が下がっていく。
 そして、静かに向こう側の門が閉じられた。

 「あらら、お礼を言われて驚いてましたよ?」

 「そりゃ、そうさ。俺は傲慢な振る舞いしかしてなかったし。だが、もう我慢する必要もない。これからは、俺らしく生きるとするよ」

 「それもそうですねー。んじゃ、私とイチャイチャして子作りします?」

 「しないし!」

 「しないんです? それは残念ですねー」

 「ったく……そもそも、俺は子供も作らんし結婚もしない。そんなことをしたら、争いの種になるだけだ」

 まだ弟は結婚もしていない。
 王位継承権を剥奪されたとはいえ、俺は罪人だ。
 そもそも……前世からのトラウマで女性とそういう関係になるのが怖い。

 「むぅ、確かに……仕方ないですね、しばらくは待つとしましょう。あれ? ご主人様? なんか、様子が変ですけど……」

 「うん? 何が……くっ!?」

 「へ、平気ですか!?」

 ぜ、全身が熱い……! 身体が燃えるようだ!
 なんだ? 何かが身体から出て行こうと……っ!!
 次の瞬間、何事もなかったかのように痛みが引いていく。

 「な、なんだったんだ?」

 「……ご主人様、魔力の質が変わっている気がします」

 「なに? ……どういうことだ?」

 「ちょっと待ってくださいね……確かに変わってます」

 ヴァンパイア族の特殊能力の一つに、魔力の流れを見ることがある。
 それによって、俺の魔力の変化に気づいたらしい。

 「では、試してみるか……闇魔法が発動しない」

 「えっ? そうなんですか?」

 「ああ、少なくとも邪神を倒した後も使えたんだが……」

 「このタイミングでっていうのが気になりますねー」

 「まあ、いいか。これから使う機会があるわけでもない」

 「それもそうですねー。あれは影で動くために必要でしたから」

 当時は闇魔法を駆使して、暗闇に紛れて活動とかしていた。
 それこそ、暗殺なんかにも使っていたし。
 ……もしかしたら、たった今エンディングを迎えたのか?
 追放された地に来て、本当の意味で悪役転生が終わったのでは?
 だから、闇魔法が消えたと……一応、説明はつく。

 「ふははっ! そうか! これで本当に解放されたのか!」

 「はいはい、よかったですねー。それで、これからどうします?」

 「コホン……予定通りに辺境都市ナイゼルにいくさ。ひとまず、そこが領地の役割を果たしてるって話だ」

 「では、レッツゴー!」

 「……ありがとな」

 「な、なんです?」

 「いや、なんでもない。さあ、行こうか」

 きっと、一人だったら心細かっただろう。

 本来の悪役だったら、この何もない荒野を一人で歩いていたに違いない。

 だが、今の俺はゲームの悪役とは違う……この世界に生きるただの人間だ。

 これからが、俺の本当の異世界転生の始まりだ。