暖房ができたことで、仕事の効率がみるみるうちに上がっていった。
当然の話で、寒さで指がかじかんでいてはろくな作業はできない。
俺の部屋に暖房を用意するにあたり、書類仕事や針仕事をする者は移ってもらった。
これにより裁縫や書類仕事をするエルフ族には、めちゃくちゃ感謝された。
……のは、いいのだが。
「リース、仕事を手伝ってくれるのはありがたいが……どうしてちょくちょく俺を見ている?」
「ダメですか? 私の目を治してくれた殿方の顔を見たいのです」
「いや、ダメってことはないが……面白いか?」
「ふふ、どうでしょう?」
終始、この感じである。
見た目は少女みたいだし、俺の書類を手伝ってくれるからいいけど。
今だって、俺の仕事を待ちながら針仕事をしている。
「いや、なんで疑問系……そして、お前はどうして睨んでんの?」
「むむっ……これは強力なライバルの予感」
「なんの話だよ。というか、ソファーで寝っ転がってないで手伝えって」
「私の仕事はご主人の護衛兼秘書なのでー」
「俺が仕事をしてるのに寝転がってお菓子を食べる護衛とは? そして、秘書ならリースで間に合ってる」
「あら、嬉しいです。それでは、正式に私が……」
「わぁー! ダメですって! 仕方ない、やるとしますかー」
突如起き上がり、慌てて書類を見ていく。
こいつもやる気はともかく、仕事自体はできるのだけどなぁ。
「ふんふん、予定通りに鍛錬をしてるんですね。アイザックさんと、カリオンさんが中心ですか」
「ああ、無事に鉄の武器防具ができたからな。食事面も改善したことで、身体が出来てきた住民も増えてきた。ちょうどいい頃合いだろう」
「そうですね、指導者にニールさんがいることで弓使いも増えますし。ここは元領主の都市だけあって、城壁の上とかありますし」
「ああ、いざという時に弓が使える者が多いと助かる」
魔法を使える者は限られるし、魔力にも限界がある。
弓なら交代で射ればいいし、矢はいくらでもある。
「そういえば、住民に約束した暖房はどうするので? あの時は納得しましたけど、早くしないと不平不満がたまりますよ?」
「だから、そのために書類仕事をしてんだろうが。これが終わり次第、編成を組んでダンジョンを探しにいく」
「ああ、そういうことですか……てへへ」
「てへへじゃないし。ちなみにメンバーはこの間と一緒だ」
「フーコちゃんはいいんです? 多分、連れてってほしいかと」
……そこは、結構悩み所ではある。
フーコが役に立ちたいと思っているのは伝わってくる。
ただ、最強種とはいえ子供だ。
奥に行くにつれて強くなる敵の前では足手纏いになる。
「うーん、どうしたものか」
「そのフーコさんですが、最近は一人で外に出てるみたいです」
「なに? ……リース、そいつは初耳なのだが?」
「なんでも、カリオンさんと一緒に狩りに行ってるとか。きっと、そういうことなのかなと」
「ふむ……強くなりたいってことか。本来なら野生で生きてるし、俺らが過保護すぎるのかもしれない」
「あぁーそれはありますねー。みんなデレデレしてますし、餌とかあげてますもん。無論、それで空気が和むからいいんですけど」
我が領内のマスコット的存在だし、可愛いのもあって甘やかしてしまう。
しかし、それでは本来の強さを失ってしまうか。
荒療治になるかもしれないが、一度連れて行くのもありかもしれない。
「よし、一度フーコのところに行ってみるか」
「今の時間なら、鍛錬の場にいるかもですねー」
「リース、すまないがあとは頼む」
「ええ、お任せください。ただ、あとでご褒美を頂けると嬉しいです」
「ん? ……まあ、俺にできることならいい」
部屋を出て、そのまま屋敷の外に出る。
すると、暖房の有難さを実感する。
「っ……さむっ。慣れてきたから平気だと思ったが」
「あれに慣れたら慣れたでたいへんそうてすねー」
「そうだ、ヒートショックのことを考えねばならない」
「ヒートショックです? 聞いたことないですね……ということは、前の世界の知識ですか?」
「ああ、そうだ。暖かい場所から寒い場所へ、または寒い場所から暖かい場所へ移動することで、脈拍や血圧が急激に変化することでショック状態に陥ることをいう」
日本でも問題になっていた症状だ。
特にお年寄りなんかには気をつけないと。
もしくは、持病のある方とか。
「あっ、それ知ってます。うちの国でも、そういうことありましたよ。急にビクビクして、そのまま死んじゃった人とか」
「ああ、舐めてはいけない。ショック状態になると様々な症状を引き起こし、死亡することもある。特に脱衣所から湯船につかるときや、ストーブなどで暖まった部屋から寒い場所へ移動するときなどは注意が必要だな」
「こ、怖いですね……どうしたらいいんです?」
「なるべく、温度差をなくすことだな。だから暖房も使い過ぎると毒にもなるってことだ。
「なるほど……それじゃあ、その辺りの注意点も盛り込んでおかないとですね」
そんな会話をしながら、室内にある鍛錬場……元々、兵士達の訓練のために作られた体育館のような場所に入る。
中は広く、三百人程度なら入るだろう。
そこでは、各々が武器の扱いを学んでいたり、実際に稽古をしたりしていた。
すると、俺に気づいたアイザックがこちらにやってくる。
「兄貴っ!」
「すまんな、鍛錬の邪魔をして」
「いいっすよ、みんなも兄貴が見れば捗ります。それより、どうしたんで?」
「それならいいが。いや、フーコに用があってな……フーコ!」
「コーンッ!」
タタッとフーコが駆けてきて俺の胸に飛び込もうとしたが……何かを察して立ち止まる。
そして、そのままお座りの姿勢で俺の言葉を待つ。
さすがは、強い上に賢い魔獣だ。
「フーコ、俺と一緒に森に行きたいか?」
「……っ! コンッ!」
「なるほど、行きたいと。しかし、お前では足手まといだ。確かに最近は大きくなったし、少しはやるようになっただろうが」
「 ガウッ!」
牙を剥き出し、闘争心を露わにする。
まるで、『そんなことないもん!』とでも言うように。
「やる気はあっても力がなくては事は成せない。それを、俺は誰よりも知っている。フーコ、付いてきたいなら——己が力を《《この俺に》》示せ」
「……コーン!」
その場から一歩下がり、雄叫びをあげる。
俺も少し下がり、フーコと対峙するのだった。
当然の話で、寒さで指がかじかんでいてはろくな作業はできない。
俺の部屋に暖房を用意するにあたり、書類仕事や針仕事をする者は移ってもらった。
これにより裁縫や書類仕事をするエルフ族には、めちゃくちゃ感謝された。
……のは、いいのだが。
「リース、仕事を手伝ってくれるのはありがたいが……どうしてちょくちょく俺を見ている?」
「ダメですか? 私の目を治してくれた殿方の顔を見たいのです」
「いや、ダメってことはないが……面白いか?」
「ふふ、どうでしょう?」
終始、この感じである。
見た目は少女みたいだし、俺の書類を手伝ってくれるからいいけど。
今だって、俺の仕事を待ちながら針仕事をしている。
「いや、なんで疑問系……そして、お前はどうして睨んでんの?」
「むむっ……これは強力なライバルの予感」
「なんの話だよ。というか、ソファーで寝っ転がってないで手伝えって」
「私の仕事はご主人の護衛兼秘書なのでー」
「俺が仕事をしてるのに寝転がってお菓子を食べる護衛とは? そして、秘書ならリースで間に合ってる」
「あら、嬉しいです。それでは、正式に私が……」
「わぁー! ダメですって! 仕方ない、やるとしますかー」
突如起き上がり、慌てて書類を見ていく。
こいつもやる気はともかく、仕事自体はできるのだけどなぁ。
「ふんふん、予定通りに鍛錬をしてるんですね。アイザックさんと、カリオンさんが中心ですか」
「ああ、無事に鉄の武器防具ができたからな。食事面も改善したことで、身体が出来てきた住民も増えてきた。ちょうどいい頃合いだろう」
「そうですね、指導者にニールさんがいることで弓使いも増えますし。ここは元領主の都市だけあって、城壁の上とかありますし」
「ああ、いざという時に弓が使える者が多いと助かる」
魔法を使える者は限られるし、魔力にも限界がある。
弓なら交代で射ればいいし、矢はいくらでもある。
「そういえば、住民に約束した暖房はどうするので? あの時は納得しましたけど、早くしないと不平不満がたまりますよ?」
「だから、そのために書類仕事をしてんだろうが。これが終わり次第、編成を組んでダンジョンを探しにいく」
「ああ、そういうことですか……てへへ」
「てへへじゃないし。ちなみにメンバーはこの間と一緒だ」
「フーコちゃんはいいんです? 多分、連れてってほしいかと」
……そこは、結構悩み所ではある。
フーコが役に立ちたいと思っているのは伝わってくる。
ただ、最強種とはいえ子供だ。
奥に行くにつれて強くなる敵の前では足手纏いになる。
「うーん、どうしたものか」
「そのフーコさんですが、最近は一人で外に出てるみたいです」
「なに? ……リース、そいつは初耳なのだが?」
「なんでも、カリオンさんと一緒に狩りに行ってるとか。きっと、そういうことなのかなと」
「ふむ……強くなりたいってことか。本来なら野生で生きてるし、俺らが過保護すぎるのかもしれない」
「あぁーそれはありますねー。みんなデレデレしてますし、餌とかあげてますもん。無論、それで空気が和むからいいんですけど」
我が領内のマスコット的存在だし、可愛いのもあって甘やかしてしまう。
しかし、それでは本来の強さを失ってしまうか。
荒療治になるかもしれないが、一度連れて行くのもありかもしれない。
「よし、一度フーコのところに行ってみるか」
「今の時間なら、鍛錬の場にいるかもですねー」
「リース、すまないがあとは頼む」
「ええ、お任せください。ただ、あとでご褒美を頂けると嬉しいです」
「ん? ……まあ、俺にできることならいい」
部屋を出て、そのまま屋敷の外に出る。
すると、暖房の有難さを実感する。
「っ……さむっ。慣れてきたから平気だと思ったが」
「あれに慣れたら慣れたでたいへんそうてすねー」
「そうだ、ヒートショックのことを考えねばならない」
「ヒートショックです? 聞いたことないですね……ということは、前の世界の知識ですか?」
「ああ、そうだ。暖かい場所から寒い場所へ、または寒い場所から暖かい場所へ移動することで、脈拍や血圧が急激に変化することでショック状態に陥ることをいう」
日本でも問題になっていた症状だ。
特にお年寄りなんかには気をつけないと。
もしくは、持病のある方とか。
「あっ、それ知ってます。うちの国でも、そういうことありましたよ。急にビクビクして、そのまま死んじゃった人とか」
「ああ、舐めてはいけない。ショック状態になると様々な症状を引き起こし、死亡することもある。特に脱衣所から湯船につかるときや、ストーブなどで暖まった部屋から寒い場所へ移動するときなどは注意が必要だな」
「こ、怖いですね……どうしたらいいんです?」
「なるべく、温度差をなくすことだな。だから暖房も使い過ぎると毒にもなるってことだ。
「なるほど……それじゃあ、その辺りの注意点も盛り込んでおかないとですね」
そんな会話をしながら、室内にある鍛錬場……元々、兵士達の訓練のために作られた体育館のような場所に入る。
中は広く、三百人程度なら入るだろう。
そこでは、各々が武器の扱いを学んでいたり、実際に稽古をしたりしていた。
すると、俺に気づいたアイザックがこちらにやってくる。
「兄貴っ!」
「すまんな、鍛錬の邪魔をして」
「いいっすよ、みんなも兄貴が見れば捗ります。それより、どうしたんで?」
「それならいいが。いや、フーコに用があってな……フーコ!」
「コーンッ!」
タタッとフーコが駆けてきて俺の胸に飛び込もうとしたが……何かを察して立ち止まる。
そして、そのままお座りの姿勢で俺の言葉を待つ。
さすがは、強い上に賢い魔獣だ。
「フーコ、俺と一緒に森に行きたいか?」
「……っ! コンッ!」
「なるほど、行きたいと。しかし、お前では足手まといだ。確かに最近は大きくなったし、少しはやるようになっただろうが」
「 ガウッ!」
牙を剥き出し、闘争心を露わにする。
まるで、『そんなことないもん!』とでも言うように。
「やる気はあっても力がなくては事は成せない。それを、俺は誰よりも知っている。フーコ、付いてきたいなら——己が力を《《この俺に》》示せ」
「……コーン!」
その場から一歩下がり、雄叫びをあげる。
俺も少し下がり、フーコと対峙するのだった。