……これはやばいな。

何か話してないと、理性が何処かに飛んでいきそうになる。

「気持ちいいか?」

「ん……はぃ……あっ、ダメ……」

「変な声を出すな、人に聞かれたら面倒だ」

「だ、だって……気持ちいいですもの」

うっとりした声で、儚げな表情になる。
後ろから見えるうなじといい、妖艶という言葉がよく似合う。
男ならば、誰もが息を飲むだろう……だが、俺は負けん!

「それはそうだろうな。フーコ、もう少し強めに行けるか?」

「コンッ!」

「よし、いい子だ。これはいずれ魔石に込めるから覚えておくように」

俺が今やってることは、いやらしいことではない。
俺の火魔法とフーコの風魔法を合わせ、エミリアの長い髪を乾かしている。
いわゆる、ドライヤーのような効果を発揮して。
ちなみに髪はきめ細かく、めちゃくちゃ触り心地がいい。

「本当に気持ちいいですわ。向こうではそこまで気温が下がらないし、乾かす専門の方々がいましたけど……こっちの方が気持ちいいですの」

「そいつは良かった。たしかに、こんなに長いと大変だわな」

「い、言っておきますけど、誰にでも触らせるわけじゃないのですわ!」

「んあ? ああ、わかってるよ。俺しか火魔法を使えない以上仕方ないもんな。フーコには人間の手がないから無理だし」

「そ、そういう意味ではなくて……もう、相変わらずなんだから」

すると、小屋の扉がバーンと音を立てて開く。
そこには、息を切らしたユキノがいた。

「あー! ずるいですよぉ〜! 私だってやってほしいです!」

「いや、お前は濡れとらんやんけ」

「今からドボンしてきます!」

そう言い、おもむろに服を脱ごうとする。
この状態でそんなものを見せられた日には、いくら俺でもきつい。

「ダァァァァ! ここで脱ぐなっ! わかった! わかったから!」

「ア、アルス! 今はこっちに集中しますの!」

「動くなって! 危ないから!」

「コンッ!」

「あぁ! フーコ! お前も動くなって!」

結局、その後はユキノを乾かすことになり……俺の貴重な午前中は終わりを告げた。

せっかく、スローライフ気分を味わっていたのに……。

まあ、役得だったからいいとしよう。




ダイン殿にドライヤー作成も頼み、昼飯を食べに一度館に戻る。

食堂でたっぷり野菜の温かいスープと、硬めのパン、ファンブルの煮込みを食べる。

一週間前より、明らかに食事の質が上がっている。

悪役をやっている時もそうだったが、こうして自分がやってきたことが成果として現れるのは嬉しいものだ。

「ふぅ、ご馳走さま。というか、今更だけどお前も一緒か。お嬢様なのに、人混みの中で平気か?」

「私だって冒険者活動をしてましたわ。それに、ごうに入っては郷に従えといいますの」

「それなら安心だな。さて、本題に入るとしよう。お前達二人は、しばらくの間ここにいるという認識でいいんだな?」

「ええ、そうですわ。貴方が悪さをしてないか確認をしつつ、私達にできることがあるならお手伝いしますの。場所は違っても、それがノブレスオブリージュですから」

「はいっ! 私もがんばりましゅ! ……うぅー舌噛んだ」

この二人の中身はともかく、その戦闘力は計り知れない。
なにせ、この俺を追い詰めた勇者パーティーメンバーにて主要キャラだ。
この二人が手伝ってくれるなら、森を探索することも可能かもしれない。

「まあ、ニールは放っておくとして……それでは、お前達に仕事を頼みたい。俺と一緒に森に行ってダンジョンか鉱山を探して欲しい」

「その目的はなんですの?」

「魔石を手に入れて、それに俺の火属性魔法などを込める。それを、都市や近隣の村に配る予定だ」

「民の為ということですわね。それなら、私が手伝わない道理はありませんの。それと、通常の仕事もやりますわ」

「私はお嬢様についていきますっ!」

「感謝する。それじゃあ、今日は普段の仕事を説明しよう」

まずは二人を、ダイン殿達が作った貯水タンクに連れて行く。
それは前領主……もとい山賊が、自分達が飲む用に井戸とは別に作らせたものだ。
魔力が少ない水魔法使い達を倒れるまで酷使していたらしい。
あいつらがいなくなってから稼働はしてないが、こいつがいるなら問題ない。

「わ、私が水補給ですの?」

「さすがに嫌か……まあ、公爵令嬢がやる仕事じゃないわな。すまん、他を探す」

「待ちなさい」

「ん? どうした? 別に気にしなくていいぞ?」

エミリアが、移動しようとする俺の服の端を気まずそうに掴む。
しかし、魔法が高貴なものや公爵令嬢として育てられたこの子に無理は言えん。
むしろ、この世界においておかしなことを言っているのは俺だし。

「その……これをやればご褒美はもらえますの?」

「お前が望むような給金は与えられないが……俺にできることはしよう。これがあると、俺も風呂に入れるから助かるし」

「お風呂は大事ですわ……それなら、私の髪を二日に一回でいいので乾かしてください」

「あん? ……まあ、そんなことでいいなら」

「言質はとりましたわよ? ふふ、張り切って参りますわ!」

そう言い、貯水タンクに水を注いでいく。
その魔力量は凄まじく、数人で溜めるはずの水が一瞬で埋まる。
流石は、設定上最強の魔法使いだ。

「おおっ、相変わらず凄いな。魔力は平気か?」

「これくらいなら余裕ですわ」

「それなら、これを朝と夕方の二回頼む。あとは、自由に過ごしてくれて構わん」

時間的労働は少ないが、魔法使い自体が貴重な存在だ。
体力と精神力も使うし、他の仕事はさせないほうがいい。

「了解ですわ。それなら、暇ですし色々とやりたいことをやってみますの」

「ん? 何か当てがあるのか?」

「笑ったら怒りますわよ?」

「わかった、約束しよう」

「 私、平和になったら料理とかお裁縫とかやってみたかったですの。ずっとそういう生活というか、女の子っぽいことがしたくて……って笑ってるじゃない!」

「くく……いや、すまん。決して、馬鹿にしてるわけじゃない」

この子は特にストーリーに翻弄されるキャラだった。

俺につけば両親と戦い、あっちにつけば幼馴染の俺と戦う運命にあった……最悪、死ぬこともあった。

どちらにしろ魔法使いとしての戦闘力を求められ、普通の女の子の生活とは縁がない人生だった。

それが、今……こうして普通にやりたいことがあったから嬉しくなってしまった。

俺がやってきたことは無駄ではなかったのだと……。