……なんだ? めちゃくちゃ柔らかい?
しかも、いい匂いまでしてくる?
……それと同時に、何やらやかましい声もしてきた。
「ん……ここは?」
「お、起きましたわ! よかった……もう、心配したんですの」
「ご主人様ー! 良かったですー!」
「ユキノにエミリアか……ん? どういう状態だ?」
目の前にはユキノの顔と、エミリアの顔がある。
二人共タイプの違う美少女なので、体温が上がってくる。
どうやら、二人を下から見上げているらしい。
……おっぱいがいっぱいだな。
「えっと……膝枕をしてますわ」
「ズルがないように交代で膝枕をしてましたー」
「ず、ズルとかではありませんわ! これは私のせいだから……そう! 責任感ですわ!」
「えー? その割には私がやろうとしたら邪魔したくせに〜」
「……よくわからんが。とりあえず、起きるとするか」
この気持ち良さはやばい。
意識をすると、顔が熱くなってきてしまう。
ユキノはともかく、エミリアは自覚がないタイプだから尚更だ。
自分が男にどう見られる姿をしているのかわかってない。
「平気ですの? 顔が赤いですわ……」
「だから顔が近いって。ほら、ささっと離れろ」
「そ、そ、そうですわね!」
「むむむっ、愛人の座が危ないですね」
「だから、そもそも本妻がいないっての」
「べ、別に私が……」
その時、俺の腹が盛大な音を立てた。
そういえば、めちゃくちゃ腹が減っている。
「ちょっとアルス? レディーの前ではしたないですわ」
「仕方ないだろ。お前達が来るまで、俺は動きっぱなしだったんだよ。昼寝をするタイミングで来やがるし」
「……迷惑でした?」
「あん? いや、そんなことはないが……そもそも、何しにきたのか知らんし」
「それは……」
「まあまあ、とりあえずご飯にしましょ。私もお腹ペコペコですしー」
俺とエミリアは顔を見合わせて頷く。
どうやら、エミリアもそうだったらしい。
食堂に行くと、アイザックが出迎えてくれた。
「兄貴ィィィ! すまねぇ! 兄貴が戦ってると知らずに!」
「だから抱きつくなって! 仕方ないさ、お前は建物内の厨房にいたんだし。音にに気づかないのも無理はない」
「へいっ、すっかり料理に夢中になってましたぜ。おっ、あんたがエミリアさんかい? 俺は兄貴の一番の部下であるアイザックってもんだ。すまないが礼儀はないのは勘弁してくれや」
「随分と厳つい方ですわね……よろしくですわ。その辺りは気にしないので構いません」
こいつはこう見えて、意外と平民にも優しい。
見た目はまんま傲慢な貴族って感じだが、中身はそういうわけではない。
子供好きだし、世話焼きでもある。
「おっ、話のわかる姉ちゃんだ。流石は兄貴の恋人候補ってやつか。うんうん、貴族のお嬢様でしたがいらん心配だったっすね」
「……今、なんて言った?」
「ふぇ!? こ、恋人ですの!?」
「えっ? 違うんですかい? なんか、兄貴を追ってやってきたとか……」
「ち、違いますわ! 私は任務の一環も兼ねて……というか、誰から聞きましたの?」
「誰って、そこにいるお嬢ちゃんだが……」
アイザックの視線の先を追うと、そこにはパンを頬張っているニールがいた。
すでに溶け込み、最初から居たかのように。
「ニール! 貴女何をしたのかしら!?」
「むぐぅ……もぐもぐ……ぱぁ! お嬢様! ごめんなさい! お腹が空きすぎて先に食べてしまいましたぁ〜!!」
「そんなことは聞いてません! いや、それも叱るべき案件ですが……」
「一気に賑やかになりましたねー。さっきも言いましたけど、とりあえず食べません?」
「そうだな、このままでは腹が減って話が入ってこない」
ひとまず席に座って、トレイが出てくるのを待つ。
するとすぐに、分厚いステーキが出てくる。
スープやパン、横にはジャガイモやほうれん草もあった。
「おおっ、美味そうだな」
「まあ、ブルファンだけはよくいたんで。ただ、鳥や牛系も狩りたいっすね」
「その辺りも含めて、あとで話し合うとしよう。とりあえず、いただきます」
ナイフとフォークで、ブルファンのステーキ肉を切り口に運ぶ。
すると柔らかい肉と、パンチのあるソースが口の中に広がる。
「うまっ……醤油にニンニクが効いてて良いな。あとほんのり甘みがあるのが良い」
「美味しいですねー! 食べやすくてどんどん食べれます!」
「少々野生的な味ですが、悪くないですわ」
「私はおいひいです!」
「へへっ、嬉しいっすね。兄貴が癒した畑から採ったんですよ」
「癒した? どういうことですの?」
「それも後で言うって」
「わかりましたの」
どうやら、俺の試みは成功してるらしい。
肥料のような役目を果たし、畑に栄養が戻ったとか。
寒さに強い野菜や果物なら、これから収穫が楽になると。
あとは温室部屋とかを作って、そこで他の野菜や果物を育てたりするか。
「くくく、夢の実現には必要だな」
「ニヤニヤして気味が悪いですわね」
「うるさい、緑豊かな自然に囲まれたいんだよ。あっ、そういやお前は水魔法使いか」
「何を今更言ってますの? 私は水を操る優秀な魔法使いですわ」
「理由はまだ聞いてないが……お前さえ良ければ、ずっといて良いからな」
「……へっ? そ、それって……そういうこと? こ、困りましたの」
こいつがいれば水問題も解決だ。
水やりに使う水も足りてないところだったし。
他にも、色々と使い道がある。
よしよし、俺のスローライフのために役立ってもらおうか。
食事を終えたら、俺の部屋に集まって話し合いをする。
まずはエミリアの目的を聞くことにした。
すると、国王……弟に頼まれてやってきたということがわかった。
「つまり、要約すると見張り役ってことか? 俺がこの地で何をしているのかという」
「そ、そういうことですわ。貴方のやってきたことが許されるわけではないですが、不確かな点が多すぎるのよ。それによっては情状酌量の余地が……」
「俺は今更、許しを乞うつもりはない。ひとまず、それだけは先に言っておく」
もし俺の行動次第では許すつもりなら、そんなのは御免こうむる。
俺は自ら望んでしたことだし、俺自身に罪もある。
何より、俺はもうゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だ。
「その言い方……やはり、そうだったの。貴方の行動は全て計算づくだったのね」
「おい? 聞いているのか?」
「き、聞いてますわ! アルスの考えはわかりました。では、その件については良いですの」
「なら良い。あと、さっきも言ったが俺を見張る分にはいて構わない」
むしろ、いてくれないと困る。
魔法が使えるエミリアはもちろん、ニールは優秀な狩人にして弓使いだ。
俺の快適スローライフ計画のために(キリッ)
「し、仕方ありませんわ。ここにいる間は、貴方のお手伝いをしますの。一応、世話になる身ですから」
「ああ、その辺は任せてくれ。さて、あとはこれか……蒼炎よ」
「あ、蒼い炎? それは一体?」
「いや、俺も良くわかってないんだが……ここにきてから使えるようになった技だ。同時に闇魔法を使えなくなったがな。これは、癒しの力があるらしい」
「そんな……癒しの力は教会に認められた聖女のみが使える技。そんなことが知られると面倒なことになるわ」
そう、おそらく教会の連中は存在を許しはしない。
女神に認められた聖女しか、癒しの力は使えないとされているから。
聖女を婚約者としている弟も、それを知っては黙ってはいられまい。
「言うか迷ったが、お前なら信用できる。弟達に言わない方が良い理由はわかるな?」
「アルス……ええ、そうね。知ってしまったら、それを聖女様や教会に知らせないわけにはいかないわ。そうすると、平和になったのにまた争いが起きるかもしれない」
「そういうことだ。俺としては悪さをするつもりもなく、ただ平穏に暮らしたい。まあ、領主になってしまったのでこの地にいる人々を救うくらいはするが」
「その言葉を信じるためにも、ここに滞在するのが良さそうですわね」
「んじゃ、これからよろしく頼む」
「仕方ありませんわね。流刑地とはいえ、人々が苦しんでいるのを黙って見てるわけにはまいりませんの……まさか、それを込みで? だとしたら、アルスはいつからどこまで考えて
?」
何やらブツブツ言っているが、これで優秀な人材確保だ。
あとは……面倒なことにならなければ良いが。
◇
……なんだ? また柔らかいものが……。
しかし、これは昨日とは違う。
きのうのはもっちりとして、何やら良い香りがした。
今回はふわふわで、森のような清々しい香りだ。
「……って、お前か」
「コンッ!」
俺の顔の上にフーコが乗っていた。
その顔は構ってと言っている。
「ふぁ〜おはよう。どうした、こんな朝早く……ってこんな時間か。もう、10時を過ぎているとは……昨日の疲れが出たのかもな」
「コンッ!」
「わかった、わかったから顔をスリスリするんじゃない。もふもふして気持ちよくなって二度寝しちまうだろう」
「スンスン」
「だからぁ……すゃ」
いかん! 気持ちよすぎる!
こんなん寝てしまうやろー!
いや、寝て良いのか……うむ、これぞもふもふスローライフか。
「何をやってるんですの?」
「ん? ……エミリアか、おはよう」
「おはようって……もう皆さん朝ご飯を食べて待ってますわ。疲れているので寝かせましょうということですが、流石に寝すぎですの」
「いやいや、お嬢様だってさっきまで寝てたじゃないですか」
「い、言っちゃダメですの!」
「寝てたんかい」
「そうですよ、さっきまでグースカ寝てました」
エミリアの後ろから、背の小さいニールがひょっこり現れる。
エミリアの身長は百七十くらいあるし、相変わらずスタイルも抜群だ。
こうしてみると、まごう事なき美女である。
まあ、中身は愉快な女の子なのだが。
「くくく……」
「何を笑ってますの?」
「いや、おもしれー女だと思って」
「……馬鹿にしてますの?」
「いや、褒めてるよ。んじゃ、着替えるから閉めてくれない? 見たいなら別だけど?」
「っ〜!? し、失礼しますわ!」
顔を真っ赤にして、慌ててドアを閉める。
相変わらず、箱入り娘って感じだ。
気が強いし、プライド高いし……俺は嫌いじゃないが。
「あれでは、嫁の貰い手がいるのやら……そして、お前は覗くんだな? まあ、普通に着替えるが」
「コンッ!」
「あちゃー、バレてましたか」
「バレバレだっての。そもそも、フーコ一人じゃドアを開けられん」
気配を消していたユキノが、カーテンの中から現れる。
色々な意味で相変わらずなやつだ。
慣れている俺でなければ気づかないだろう。
「むむっ、それは盲点でしたね。今度、開け方を教えないと……」
「やめい。んで、何か変わったことはあったか?」
「ご主人様の息子のサイズですか?朝は快調でしたよー」
「下ネタもやめい。それと、それは生理現象というやつだから勘弁して……」
「えへへー、私ならいつでも襲って良いんですよ?」
「なんか全てを吸い取られる気がするからやめとくわ」
もう、俺的には悪役の役目は終わった。
これまでは死にたくなかったから、そんな余裕もなかったが……。
今後は、そういうことも考えて良いのかもしれん……が、手を出したら負けな気もする。
「強ち間違ってないですねー。ヴァンパイア族は強いらしいので。なにせ、そのために強い種を探していますし」
「そういや、俺から離れないと聞いたが手紙とかも良いのか? 南にある亜人国家ノスタルジアだが、国境にいる者に手紙くらいは出せるだろう」
「うーん……今は面倒なので辞めときます。そのうち、出しますけど」
「そうか、それならそれで良い。よしフーコ、軽く食べたら散歩するか?」
「コーンッ!」
ユキノにも何やらありそうだが、俺にはゲームストーリー以外のことはわからない。
だが教会のことも含めて、その辺りについては入り込むつもりはない。
そう、俺は平穏な日々を過ごすのだ(キリッ)
……過ごせるといいのだが。
……いい、これこそが求めていたものだ。
朝寝坊をして、犬もとい、狐を連れて散歩する。
「これがスローライフってやつか」
「コンッ!」
「うむうむ、可愛いやつよ」
フーコは楽しいのか、時折飛び跳ねたりしている。
尻尾も振られ、明らかにご機嫌な様子だ。
俺は魔法で周りを暖かくしつつ、領内にある畑や家々を回る。
「領主様! 今日もありがとうございます!」
「なに、気にするでない。それより、何か困ったことはないか?」
「なんとお優しいお言葉を……はい! 野菜も順調に採れてきてますし、魔獣を狩って来てくれるのでひとまずは平気です!」
「それなら良かった。それでは、他を回るとしよう」
なんというか、心なしか人に優しくなれる気がする。
これももふもふ効果というやつか。
そして、相変わらずフーコは人気者らしい。
「あぁー! フーコちゃんだっ!」
「ほんとだっ!」
「コンッ!」
子供達が寄ってたかって、フーコを撫で回している。
本人もまんざらではないようで、されるがままになっていた。
すると、それに気づいたお母さんが駆け寄ってくる。
「こ、こら! いけません! 領主様はお仕事中なのですから!」
「いや、気にしないで良い。散歩も兼ねた休憩のようなものだ。それより、寒くはないか?」
「は、はい! 領主様が魔石に込めてくださったヒート?ですか? あれがあるので、外に出ても平気ですし、寝るときも助かっております」
「そうか、足りなくなったらいうが良い」
「か、感謝いたします!」
どうやら、俺が作ったホッカイロもどきは評判らしい。
ただもうほとんど魔石が無いので、早急に用意する必要がある。
出来るだけ家や畑を回って、直で火を灯して節約はしているが。
「フーコちゃん! あれやって! 今なら暖かいし!」
「コンッ!」
「ん? なんだ? ……ほう、流石は風の申し子か」
フーコの風によって、子供達が少しだけ空に浮いている。
おそらく下から風を送り、宙に浮かせているのだろう。
「わぁーい! すごーい!」
「浮いてるー!」
「いつもこうやって遊んでくれるみたいで……子供たちの笑顔なんて久々に見ました」
「ふむ、そうなのか。まあ、子供達は領地の宝だ、元気なのは良いことだ」
「領主様……! なんという……そのような方がいたなんて」
なにせ彼らが、俺の老後を支える労働力となるのだから。
俺のスローライフのためにも、元気に成長してもらわねばなるまい。
そのためには、たくさん遊ばせて食べさせなくては。
いわゆる、先行投資というやつだ。
「ん? 待てよ? 人が浮くくらいの風が吹けるということは……」
「領主様?」
「いや、何でもない。引き続き、子育てを頑張ってくれ。こちらも出来る限り、補助はさせてもらう」
「は!はい! よろしくお願いいたします!」
俺は子供達を説得して、再びフーコを連れて歩きだす。
そして、とある考えが浮かんだ俺はドワーフのダイン殿の元に向かう。
ちょうど、外で作業をしているのを見つけたので声をかける。
「おっ、ここにいたのか」
「むっ、アルス様か。フーコもよくきたのう」
「コンッ!」
「そうかそうか、散歩させてもらって良かったのう」
フーコを撫でる姿は、好々爺といった感じだ。
普段の厳格な姿はどこにもない。
やはり、もふもふは癒しの効果があるか。
「ところで、わしに何か用だろうか?」
「ああ、今は大丈夫か?」
「うむ、ここにある建物のチェックをしておるだけだわい」
「実は頼みがあってな」
俺は先程思いついた内容を、ダイン殿に伝える。
といっても、話自体は単純なことだ。
エアコンのようなものを作れないか提案した。
フーコの風属性と、俺の火属性を合わせれば暖房ができるのではないかと。
「ふむふむ……なるほどのう。確かにそれができれば快適な生活ができるか」
「温度調整なんかもできるので、畑とかにも応用が効くはずだ」
「ほう? ……お風呂場をあっためたりもできますな」
「おっ、確かに。いや、サウナとかもできるか……」
「むむっ、サウナですかい? それは一体どういうもので?」
「えっと、サウナというのは……」
ひとまず、俺が知る限りのサウナの形を伝える。
詳しい構造はわからないが、きっと彼ならわかるはず……丸投げだ。
すると、彼がフーコを撫で回しながら考え込んでしまったので、手持ち無沙汰になる。
なので、特に何も考えずに建物の扉に手をかける。
「ここは……風呂か? ん、ということは……」
「きゃっ!? ア、アルス!? 何をしてるんですの!?」
そこには、タオルを巻いただけの姿のエミリアがいた。
その生足は水滴で艶めかしく映り、胸元には谷間が出来ている。
綺麗な金髪は肌に張り付きしっとりし、まさしく絶世の美女といっても過言ではない。
「あっ、いや、これは……いい湯だな(キリッ)」
「こんの……いい湯だなじゃありませわ!!」
「ギャァァァァァ!?」
巨大な水の弾を喰らい、扉の外に放り出される!
そして、すぐにドアが閉められた。
「つ、つめてぇぇぇ……!」
「アルス様、何をやってるんじゃ? まさか、覗いたのか?」
「の、覗いたつもりはなかったさ! ただ、何の建物なのかと……」
「あっ、言ってなかったわい。ここが女湯じゃよ」
「……まだ掘っ建て小屋じゃない? 中には小さい脱衣所と湯船しかなかったが?」
その小ささゆえに、俺が入った男湯と一緒の建物とは思ってなかった。
「いや、いきなりお嬢ちゃんがきて風呂に入りたいと……男湯の方を進めたら、それは無理とのことじゃった。なのでまだ完全ではないが女湯があると言ったら、入らせてくれと頼まれてのう」
「あぁー……そういうことね。いや、公爵令嬢であるエミリアなら仕方ないか。すまん、うちの連れがわがままを言ったようだ」
「いや、気にしてないわい。言い方も丁寧にじゃったし、貴族の女性なら仕方あるまい」
自分の身体を魔法で温めつつ、ダイン殿の話を聞いていると……ドアがゆっくり開く。
そこには、耳まで真っ赤になったエミリアがいた。
「み、見ましたわね?」
「いや、あれは……違うな。ああ、すまなかった」
言い訳するのは男らしくないので、潔く頭を下げる。
どんな理由があろうとも、俺が覗いたことは事実だ。
「い、いえ、話は聴こえてましたわ……それに私が無理を言って鍵ができる前に入ってしまいましたから」
「それに関してはわしもすまない。つい、アルス様の話に夢中になってしまった」
「そうか……まあ、良いものを見れたわ」
「も、もう! からかわないで!」
「いや、からかってないさ。それより、何かお詫びがしたい。何か願いがあるなら聞こう」
水魔法をくらったが、それでも俺の気が済まない。
それに、ここで貸しを作っておくと面倒だし。
「……何でも良いですの?」
「ああ、俺にできることなら」
「それじゃ……して欲しいことがありますわ」
俺はその願いを聞いて、快く了承する。
すぐに準備を済ませ、行動を開始するのだった。
……これはやばいな。
何か話してないと、理性が何処かに飛んでいきそうになる。
「気持ちいいか?」
「ん……はぃ……あっ、ダメ……」
「変な声を出すな、人に聞かれたら面倒だ」
「だ、だって……気持ちいいですもの」
うっとりした声で、儚げな表情になる。
後ろから見えるうなじといい、妖艶という言葉がよく似合う。
男ならば、誰もが息を飲むだろう……だが、俺は負けん!
「それはそうだろうな。フーコ、もう少し強めに行けるか?」
「コンッ!」
「よし、いい子だ。これはいずれ魔石に込めるから覚えておくように」
俺が今やってることは、いやらしいことではない。
俺の火魔法とフーコの風魔法を合わせ、エミリアの長い髪を乾かしている。
いわゆる、ドライヤーのような効果を発揮して。
ちなみに髪はきめ細かく、めちゃくちゃ触り心地がいい。
「本当に気持ちいいですわ。向こうではそこまで気温が下がらないし、乾かす専門の方々がいましたけど……こっちの方が気持ちいいですの」
「そいつは良かった。たしかに、こんなに長いと大変だわな」
「い、言っておきますけど、誰にでも触らせるわけじゃないのですわ!」
「んあ? ああ、わかってるよ。俺しか火魔法を使えない以上仕方ないもんな。フーコには人間の手がないから無理だし」
「そ、そういう意味ではなくて……もう、相変わらずなんだから」
すると、小屋の扉がバーンと音を立てて開く。
そこには、息を切らしたユキノがいた。
「あー! ずるいですよぉ〜! 私だってやってほしいです!」
「いや、お前は濡れとらんやんけ」
「今からドボンしてきます!」
そう言い、おもむろに服を脱ごうとする。
この状態でそんなものを見せられた日には、いくら俺でもきつい。
「ダァァァァ! ここで脱ぐなっ! わかった! わかったから!」
「ア、アルス! 今はこっちに集中しますの!」
「動くなって! 危ないから!」
「コンッ!」
「あぁ! フーコ! お前も動くなって!」
結局、その後はユキノを乾かすことになり……俺の貴重な午前中は終わりを告げた。
せっかく、スローライフ気分を味わっていたのに……。
まあ、役得だったからいいとしよう。
◇
ダイン殿にドライヤー作成も頼み、昼飯を食べに一度館に戻る。
食堂でたっぷり野菜の温かいスープと、硬めのパン、ファンブルの煮込みを食べる。
一週間前より、明らかに食事の質が上がっている。
悪役をやっている時もそうだったが、こうして自分がやってきたことが成果として現れるのは嬉しいものだ。
「ふぅ、ご馳走さま。というか、今更だけどお前も一緒か。お嬢様なのに、人混みの中で平気か?」
「私だって冒険者活動をしてましたわ。それに、ごうに入っては郷に従えといいますの」
「それなら安心だな。さて、本題に入るとしよう。お前達二人は、しばらくの間ここにいるという認識でいいんだな?」
「ええ、そうですわ。貴方が悪さをしてないか確認をしつつ、私達にできることがあるならお手伝いしますの。場所は違っても、それがノブレスオブリージュですから」
「はいっ! 私もがんばりましゅ! ……うぅー舌噛んだ」
この二人の中身はともかく、その戦闘力は計り知れない。
なにせ、この俺を追い詰めた勇者パーティーメンバーにて主要キャラだ。
この二人が手伝ってくれるなら、森を探索することも可能かもしれない。
「まあ、ニールは放っておくとして……それでは、お前達に仕事を頼みたい。俺と一緒に森に行ってダンジョンか鉱山を探して欲しい」
「その目的はなんですの?」
「魔石を手に入れて、それに俺の火属性魔法などを込める。それを、都市や近隣の村に配る予定だ」
「民の為ということですわね。それなら、私が手伝わない道理はありませんの。それと、通常の仕事もやりますわ」
「私はお嬢様についていきますっ!」
「感謝する。それじゃあ、今日は普段の仕事を説明しよう」
まずは二人を、ダイン殿達が作った貯水タンクに連れて行く。
それは前領主……もとい山賊が、自分達が飲む用に井戸とは別に作らせたものだ。
魔力が少ない水魔法使い達を倒れるまで酷使していたらしい。
あいつらがいなくなってから稼働はしてないが、こいつがいるなら問題ない。
「わ、私が水補給ですの?」
「さすがに嫌か……まあ、公爵令嬢がやる仕事じゃないわな。すまん、他を探す」
「待ちなさい」
「ん? どうした? 別に気にしなくていいぞ?」
エミリアが、移動しようとする俺の服の端を気まずそうに掴む。
しかし、魔法が高貴なものや公爵令嬢として育てられたこの子に無理は言えん。
むしろ、この世界においておかしなことを言っているのは俺だし。
「その……これをやればご褒美はもらえますの?」
「お前が望むような給金は与えられないが……俺にできることはしよう。これがあると、俺も風呂に入れるから助かるし」
「お風呂は大事ですわ……それなら、私の髪を二日に一回でいいので乾かしてください」
「あん? ……まあ、そんなことでいいなら」
「言質はとりましたわよ? ふふ、張り切って参りますわ!」
そう言い、貯水タンクに水を注いでいく。
その魔力量は凄まじく、数人で溜めるはずの水が一瞬で埋まる。
流石は、設定上最強の魔法使いだ。
「おおっ、相変わらず凄いな。魔力は平気か?」
「これくらいなら余裕ですわ」
「それなら、これを朝と夕方の二回頼む。あとは、自由に過ごしてくれて構わん」
時間的労働は少ないが、魔法使い自体が貴重な存在だ。
体力と精神力も使うし、他の仕事はさせないほうがいい。
「了解ですわ。それなら、暇ですし色々とやりたいことをやってみますの」
「ん? 何か当てがあるのか?」
「笑ったら怒りますわよ?」
「わかった、約束しよう」
「 私、平和になったら料理とかお裁縫とかやってみたかったですの。ずっとそういう生活というか、女の子っぽいことがしたくて……って笑ってるじゃない!」
「くく……いや、すまん。決して、馬鹿にしてるわけじゃない」
この子は特にストーリーに翻弄されるキャラだった。
俺につけば両親と戦い、あっちにつけば幼馴染の俺と戦う運命にあった……最悪、死ぬこともあった。
どちらにしろ魔法使いとしての戦闘力を求められ、普通の女の子の生活とは縁がない人生だった。
それが、今……こうして普通にやりたいことがあったから嬉しくなってしまった。
俺がやってきたことは無駄ではなかったのだと……。
その後、ニールにも仕事を割り振ったが……厳ついアイザックを見て倒れたり、獣人に怯えて大変だった。
あまりのびっくり度に、皆がショックを受けるより苦笑していたのが印象的である。
ちなみにニールの仕事は食料調達班と、外壁の上からの警護になった。
スナイパーであるこの子には適任だろう。
「うぅー……怖いですぅ」
「ちょっと、しっかりしなさい。これから、彼らとお仕事をするのですから」
「が、頑張りますっ!」
「随分とビビりだな? この俺に、あんな鋭い矢を放っておきながら」
この背が小さく容姿も地味で、赤い髪をセミロングくらい伸ばしている少女だが……実は、俺はほとんど関わったことはない。
当然ながら俺は敵側だし、こうして落ち着いて話すのは初めてに近い。
いつも出会うときは……その矢で心臓を狙われていた。
「ひぃ!? よく考えたら魔王でしたぁぁ!」
「今更かよ!? しかも、魔王って……」
「忘れてましたぁぁ〜!! 裏で魔王って言ってることもばれちゃいましたっ! 黒いマントに黒い服を着てるし闇の炎使うし怖いし!」
「……いや、別にいいや。うん、好きにしなさい」
「はぁ、ごめんなさい。人選を間違えたかもしれないわ」
「いや、こいつの力は必要だ。特に、もしダンジョンがあった場合にはな」
ダンジョン、それは内部が迷路のようになっている迷宮。
特徴は魔物や魔獣が跋扈してること、様々なトラップや仕掛けがあること。
そして、階層ごとに構図が違う。
狭い通路の階層に入った時に、後衛がいるかいないかで難易度の桁が違う。
「それはそうね。森の中でも役に立つし」
「無論、お前の水魔法にも期待してるぞ」
「ふふん、いいですわ。華麗なる魔法を見せてあげますの」
「わ、わたしも頑張りますっ」
両手を握りしめて気合を入れる様は、まさしくフンスフンスという表現が正しい。
年齢も十五歳の割に中学生みたいだし、小動物のように見えて可愛らしい。
何か通じたのか、俺とエミリアは黙って、その頭を撫でるのだった。
◇
ゆっくり?英気を養った翌日、いよいよ作戦を練る。
主要メンバーに集まってもらい、会議を開いた。
ドワーフ代表ダイン殿、エルフ代表リーナ、獣人族代表カリオン、人族にはアイザック……ニールには荷が重そうなので役職は無しにした。
エミリアとユキノは、俺の側近という形に収まった……俺の知らんところで。
「ええー、まずは朝早くからすまん。無駄な時間は勿体無いので、早速会議に入る。自己紹介は済んでるからいいとして、今現在のそれぞれの状況を説明してくれ」
「わしらドワーフは知っての通り、建物や器材を作っておる。お風呂もそうじゃし、アルス様に頼まれたものとかのう。そのためには引き続き、木材や鉱石が欲しいところじゃ。廃材にも限りがあるし、できれば新品を作っておきたい」
「それについては私から。獣人族ですが、主人の蒼炎により傷も癒え、食事も取れるようになったので戦える者が増えてきました。主人の熱を込めた魔石のおかげで、獣人族で遠征が可能になりました。木材だけなら、我々だけでも調達が可能になるかもしれません」
「ということは、この二人は連携して話し合いをしてくれ。もし揉めたり、意見があるようなら俺に言ってくるといい」
その言葉に二人が返事をしてから、お互いに握手をする。
それまで交流もなかったというし、こうしておけばお互いを知れるだろう。
何より、俺が楽をすることができる(ここ大事)
「では、次はエルフ族からです。我々は日用品を作ったり、裁縫などで洋服を作っております。ですが、いかんせん材料が不足しておりますし、エルフ族自体の数が少ないです。できれば草食系の魔獣の毛皮、そしてお手伝いをしてくれる方がいると助かります」
「それなら俺に任せるっすよ! 毛皮調達もそうっすけど、人族は数は多いんで仕事がないって奴らもいますんで。ただ、エルフ達に声をかけていいか迷ってるみたいっすね」
「は、はい、ありがとうございます……ふふ、それを我らに直接伝えるとは変な人族ですね」
「そうっすかね? よくわかんないっすけど」
「まあ、誰も彼もお前みたいにはいかないさ。本来、エルフやドワーフと人族が会うことなどないからな。そりゃ、どうしていいかわからないだろう」
こいつときたら、初めて出会った頃から距離感がおかしな奴だった。
王族である俺にもタメ口だったし、お偉い貴族にも言いたいこと言うし。
放っておいたら、何回でも殺されそうなことをやっていた。
そんなやつだからこそ、救いたいと思ったんだが。
「……兄貴? 褒めてんすかね?」
「……もちろんだ」
「めちゃくちゃ間があったんすけど……」
「と、とにかく! アイザックとリースは、それぞれの種族の調整をしてくれ」
二人が頷き、握手を交わす。
これで、俺は動かずに済む。
何より、エルフに対する印象も変わるだろう。
「ところで、二人の役目は兄貴の愛人ってことでいいんすかね? 夜伽とかっすか?」
「そうですよー。バッチコーイですっ!」
「ひゃ!? な、何を言ってますの!? 私がそんな破廉恥なことするわけないですの!」
「馬鹿なことを言うな。こんなのに手を出したら、俺の人生が終わるわ」
「えへへー、終わらせてあげますよ? 腹上死とかどうです? それとも、空っぽにします?」
「目が怖いからやめい」
「はぅ……どうしようかしら? でも、私には……」
「おい……って全然話を聞いてねぇ」
ユキノはユキノで、手を出したらこっちが死にそうだ。
エミリアはエミリアで、何やら危険な気がする。
どっちしろ、地雷臭しかしないのは気のせいだろうか?
「はぁ……アイザック、お前は残って説教な?」
「どうしてっすか!?」
「自分の心に聞け。と言うわけで、ひとまず解散だ。各々、できることをやってくれ」
その後、アイザックを残し、全員を退出させる。
後日、アイザックが黒焦げで館から出てきて噴水に飛び込んだと噂になったとかならないとか。
……ちょっとやりすぎだったかもしれん。
エミリア達が来てから一週間が過ぎ、皆も生活に慣れてきた。
森に行くにしても街道整備が必要ということで、そこに時間をかけていた。
その街道周辺には村や町を作る予定なので、俺は領主としてあちこちの村に回って説明をしていた。
ついでに魔獣や魔物も狩り、火の魔石や食材として配ったりもした。
これで、ポイント稼ぎもできただろう。
これはいわゆる、先行投資である(キリッ)
「ただ……疲れた」
「お疲れ様でしたー。後は噂というか、知ってる村に伝えてくっていうので平気かと」
「アルスは、ここに国家を作るつもりですの?」
「んなつもりは毛頭ない。ただ、ここに生きてる奴らには犯罪者もいるかもしれない。ただ、そうじゃない無実の罪だったり、やむおえず追放された者もいる。そいつらが、安心して暮らせるようにはしたい。治安が良くなれば、犯罪も減るしな」
「というか、俺が安寧して暮らせるようにしたい。
スローライフを目指してるのに、そこらで犯罪が起きてたら嫌だし。
俺は小心者なので、自分だけが安穏としてるのは耐えられない。
「アルス……そこまで考えて。たしかに、その子孫の方々までが犯罪者というわけではありませんわ。それに、やむおえず追放する側もここが安心だと分かれば気持ちが軽くなりますの」
「ん? あ、ああ、そうだな」
「多分、わかってないですねー」
「そんなことない。さあさあ、出かける準備をするぞ」
話を変え、森へと出かける準備をする。
そう、いよいよ……森の探索を再開する日だ。
今度こそ、何かしらの成果が欲しい。
◇
メンバーは俺、アイザック、エミリア、ユキノ、ニール、あとはカリオンを主体とした獣人達だ。
都市に元々いた戦える者達も治療と食事によって回復してきたので、都市の防衛くらいはどうにかなる。
エルフ達は魔法を使えるし、いざとなればドワーフ達もいるので安心だ。
何より、意外とフーコが強い。
成長が早く、既にそこらの魔物や魔獣には負けないだろう。
「用意はいいな?」
「へいっ! 食料は置いてあるので平気かと!」
「事務作業もリーナさんに任せたので平気ですよー」
「獣人達には指示をしておいたので問題ありません」
「その三つが問題なければ平気だな。それでは、行くとしよう」
最終確認をして、都市を出発する。
すると、すぐに外の変化に気づく。
「ご主人様ー! 草木が生えて来てますよー!」
「ああ、見ればわかる。どうやら、ようやく効果が出てきたか」
「えへへー、頑張った甲斐がありましたね?」
「そうだな。毎朝の日課でもあったし……この調子で、少しずつ広げていくか」
ここに来てから都市の中だけではなく、蒼炎を都市の周辺に撒き続けてきた。
すぐに枯れてしまったが、それでも撒き続けてきた。
それがようやく、身を結んだらしい。
「この辺境一帯を自然豊かな緑の地にしちゃいましょー!」
「いやいや! 俺を殺す気か!! そんなんやってたらキリがないわ!」
「えー? でも、スローライフでしたっけ? そのためには必要じゃないですか? この瘴気にまみれた土地を癒せるのはご主人様だけみたいですし」
「ぐっ……それはそうだが」
確かに、殺風景で寂れた景色などスローライフではない。
草原があり、そこでもふもふと戯れるとか。
寝そべって、ただただぼんやりと空を眺めるとかが俺の理想だ。
「そうすれば民衆にも感謝されて、一石二鳥だと思うんですよー」
「良い考えですわ! そうすれば、流刑地など呼ばれなくなりますの!」
「いや、それはそれで問題なんじゃね? ……まあ、いいのか? 誰の土地ってわけでもないし……しかし、そうなると手間が……うーん」
「えへへー、そうすればみんなもご主人様のことを放っておけないですよね?」
「流刑地をアルスが良くしたら、きっと陛下や皆さんも見直しますわよね? そしたら、許されたり……」
「ん? 二人共くねくねしてどうした?」
「「なんでもないです(わ)」」
「そ、そうか、珍しく息がぴったりだな……」
そんな会話をしつつ、獣人達が整備してくれた道を進んでいく。
道中の村々にも寄り、畑などを見たり食材を渡していく。
そして、以前より大分早く森に到着することが出来た。
「ふぅ、どうにか一泊でこれたな。カリオン、お前達に感謝する。お前達が道を覚えていたことと、少しずつ移動しやすいように舗装してくれたおかげだ」
「はっ、勿体ないお言葉です」
カリオン達獣人は、この一週間の間にも森と都市を行き来していた。
当然人が通れば、砂利や石などが減り自然と道ができる。
そのおかげで、俺達も早くついたというわけだ。
あとはここに、きちんとした道を作るだけでいい。
「さて、ここで一度休憩だ。ついでに編成の確認をする。俺の炎はここでは使いづらいので、基本的には魔法はエミリアに任せる」
「ええ、わかりましたわ」
「斧使いのアイザックは前衛、その次に剣士の俺、次に動きの速い忍者のユキノ、魔法使いのエミリア、弓使いのニール、一番後列に獣人達で各自フォローをするように」
全員が頷くのを確認し、木が伐採され始めた場所から森の中に入っていく。
人の手が入ったなら臆病な生き物は近づかないし、そうじゃない奴らは寄ってくるだろう。
森に入って三十分くらい経つと、人の手が入っていない場所にきて……敵が現れる。
「ギギャ!」
「ブホッ!」
「アオーン!」
「ゴブリンにオーク、それにコボルトか。アイザック、久々に見せてくれ」
「へへっ、ようやく兄貴の前で戦えるぜ。てめーら、かかってこいやぁ!」
斧を構えて、アイザックが前に出る。
それを見た魔物達が、一斉に襲いかかる!
「兄貴の邪魔をする奴はぶっ飛ばす!」
「「「グギャァァァ!?」」」
アイザックの斧一振りで、三体の魔物が同時に切断された。
その威力は凄まじく、近くにある木も切り裂いていた。
次々と襲ってくる魔物を、同じように斧で蹴散らしていく。
「ほう、相変わらず見事だな。一撃の威力なら、俺よりも上かもしれん」
「へへっ、あざっす。まあ、雑魚相手ならこんなもんすよ」
「この調子でどんどん頼む。治療なら俺に任せるがいい」
「おぉぉぉー! 兄貴に頼られた! どんどんかかってこいやぁ!」
しめしめ、これで大分楽になるぞ。
俺自身は動くことなく、のんびりと構えられる。
「ご主人様! 右からも魔物が! コボルトです!」
「あいつらは足が速い! ニール!」
「は、はいぃ——えいっ! やぁ!」
「ガッ!?」
「ふぇ〜ん! 来ないでくださいよぉ〜!!」
怯えた態度とは裏腹に、その腕前は一級品だ。
的確に脳天を刺し、一撃で仕留めた。
しかも連射で、次々と……ただし、泣きながらだが。
それさえなければ、どこからどう見ても一流のスナイパーだ。
「ご主人様! 次は左からオークの集団です!」
「エミリア! 出番だっ!」
「ふふ、待ってましたわ! アクアショット!」
水の弾によって、オークの頭が弾け飛ぶ。
普通はそうはならないのだが、圧倒的な魔力の質によるものだ。
なにせあいつの本気の水は、全てを切り裂くレーザーになる。
……俺も一度食らって、死ぬかと思ったくらいだ。
「ご主人様! ぼけっとしてないでどんどん来ますって!」
「……俺もやらなきゃだめ?」
「当たり前ですよー! ほら! 刀を構えて!」
「だァァァァ! わかったよ!」
結局、俺も戦うことになり、指示を出しながら敵を倒していく。
時には刀で斬り、威力を調整した炎魔法で焼き尽くす。
というか魔法を使って刀で倒して……その上指示してる分、俺が一番大変なんじゃね?
……それに気づいたのは、ある程度片付いた後だった。
……お、おさまったか?
あれからどれくらいの魔物を斬ったかわからない。
ただ、最低でも五十体はいったはず。
ひとまず!辺りをよく警戒しながら静かに待つ。
「カリオン、どうだ? 近くで何か生き物の気配や音はするか?」
「……平気かと思われます」
「よし、わかった。一旦休憩を取る」
「ふぇーん! お家に帰りたいですぅ〜!」
「ニール、しっかりなさい。だいたい、貴女の家はここにはありません。王都にはしばらく帰れませんわ」
「いや、ツッコミがおかしいし。今のは、物の例えってやつだよ」
「そうですの? むぅ、難しいですわ。私も学んだ方がいいかしら?」
「いや、いらんし」
相変わらず、この天然娘は。
こんなんだから、たまに真面目に言っているのかボケてるのかわからなくなるんだよ。
「でも、即興にしては上手く連携取れましたよねー?」
「まあ、そうだな。アイザックが盾になり後ろから俺が斬り込む、ユキノが遊撃で後衛にエミリアとニール……うん、悪くない」
「あとは槍使いとか、魔法を使える人がいると楽ですかねー」
「うーん、あんまり人数が多すぎても連携が取れなかったから意味ないしな。ひとまずは、このメンバーでいこうと思う」
「了解でーす。まあ、まだまだお互いに本気を見せてないですし」
「そもそも、俺らだって一緒に戦うのは初めてだっての」
俺はゲームをしてたから能力値をある程度知ってるから平気だが。
他の連中は、文字通り敵同士だったわけだ。
少しずつ、慣れていくしかない。
休憩を終えたら、再び行動を開始する。
そして、ある程度歩いたところで……全員が気づく。
「……静かすぎるな」
「ご主人様、逆に怖いですねー」
「全然、怖がって見えないが?」
「えへへー、私こわいですぅ」
「やめろ、くっつくな」
戦闘状態で高ぶってるので非常にマズイ。
それを分かっているのか、腕を組んでグイグイと押し付けてくる。
「は、破廉恥ですわ!」
「お嬢様もやりましょ〜!」
「な、な、何を言ってますの!?」
「だって、そのために……もがが」
あっちはあっちで、何やら賑やかにやっている。
エミリアが一生懸命に、ニールの口を塞ごうとしているが……何をしてんだ?
「へへっ、兄貴は人気者っすね。まあ、俺の兄貴だから当然ですな」
「何をどこを見たらそうなる?」
「へっ? いや……うんうん、兄貴もまだまだ若いもんな」
「なぜ、急に暖かい目に——うおっ!?」
急にユキノに押し倒される!
次の瞬間、体の上を何かが通った音がする。
「なにすん……」
「みなさん! 伏せてください!」
普段呑気なユキノの真剣な声に、みんなが一斉に返事をして伏せる。
次の瞬間、ズガガガガ!っというガトリングガンのような音が響きわたる!
「きゃっ!? なんですの!?」
「くっ! なんなんだ!?」
「ふぇーん! こわいですぅ!」
ひとまず、三人は無事なようだ。
「カリオン! 無事か!? 状況はわかるか!?」
「はっ! 我々は少し離れていたので平気です! 何やら太い針のようなものが飛んできております! そして、私の目からは……それがユキノ殿の足に掠った気がしました!」
「……なに? おい、ユキノ?」
そういえば、なにも喋らない。
それに全体重が乗ってる気がする。
「………」
「ふざけてる場合か! 返事をしろ!」
「主人よ! 何やら当たった部分が腫れてきております!」
「もしや……麻痺毒か!」
そうなると出血よりもまずい。
早く処置しないと、死ななくても後遺症や切断をしなくてはいけなくなる。
しかし、その間にも音は鳴り止んでいない。
「この態勢だとどうにもならん……!」
「兄貴! 俺が隙を作りやす! その間に姉貴を——ウオォォォ!」
「待て! アイザック!」
「へへっ! そいつは聞けねえや! 俺が盾になってる間に!」
俺の制止も聞かずに、アイザックが横を通り過ぎる。
すると、一瞬だけ音が鳴り止む。
……アイザックの決死の覚悟を無駄にするわけにはいかない!
俺は素早く起き上がり、ユキノを押し退ける。
「ユキノ? 声は聞こえてるか?」
「……」
苦しんでいるが目の焦点は合うし、少しだけ頷いた。
足のふくらはぎを見ると、真っ赤に腫れ上がっている。
俺に覆い被さる時に食らったに違いない。
「くそっ! こんな攻撃、お前一人なら避けられたものを! ……落ち着け」
あとはどうやって治療を……いや待て!
毒は治したことはないが俺の蒼炎なら……。
「蒼炎よ! かの者の毒を除きたまえ!」
「うっ……!」
「すぐに助けてやるからな……!」
患部に蒼炎を当て続けると……すうっと腫れが引いていく。
ユキノの顔を見ると、表情が和らいでいた。
「……ご主人様?」
「この馬鹿たれが……お陰で命拾いしたよ、ありがとな」
「えへへ……ご主人様を守るのが、傍付きの役目ですから」
「俺はそんなことは求めていない……俺より先に死ぬことは許さん」
「無茶をいいますね……すぅ」
痛みが引いたからか、安らかな表情で寝息を立てる。
これなら、もう安心だろう。
そして、それを見届けた後……どす黒い感情が押し寄せる。
こんなことは、魔王と呼ばれていた頃以来だ。
俺は立ち上がり、斧を使って盾になっているアイザックの元に向かう。
「ククク、久々にこんなにイラついたな。我が配下を殺そうとするとは——万死に値する」
「兄貴!? ……昔の兄貴だっ!」
「アイザックよ、良くやってくれた。あとは俺に任せるがいい」
「へいっ! しかし、どうするんですかい!?」
「考えがある。俺が前に出たらお前もしゃがんで良い。どうやら、真っ直ぐにしか飛ばせないようだ」
まだ大分距離あるが、飛んでくる方向さえ分かれば問題ない。
何者か知らないが、俺達を狙ったことを後悔させてやろう。
「……へへっ、その顔久々に見るっすね。クソ貴族の館に乗り込んで以来ですな。穏やかな兄貴もいいっすけど、やっぱりこっちもいいっすね」
「ふんっ、俺は穏やかに過ごしたいのだがな……さて、用意はいいな?」
「へいっ! いつでも!」
「では——参る!」
アイザックがしゃがむと同時に、俺は全身に《《炎のまとう!》》。
自分が燃えないように魔力の幕を張ってから、その上から炎をかけた形だ。
その炎は俺に届く前に、針を溶かしていく。
そのまま木々を避けつつ、針が飛んでくる方向に向かう。
すると、ひらけた場所に出て……敵を発見する。
「さあ、俺の大事な部下に手を出した奴は……貴様か」
「ゴガァァァァ!!」
そこには、三メートルくらいのほぼ全身針まみれの熊がいた。
一見すると本人に突き刺さっているように見えるくらいだ。
おそらく、あそこから針を飛ばす仕組みなのだろう。
「ハリグマとでも名付けようか」
「ゴアッ!」
「俺には針は通用せんぞ?」
「ゴァ?」
至近距離から飛んできた針を溶かす。
「こっちからもいくぞ——フレイムガン」
「ゴァ!? ……ガ?」
俺の炎の弾は、相手の体に当たって弾けた。
針の一本なら溶かせるが、密集してると無理そうだ。
腹の部分には針がないが、そこは防御されてしまう。
「ちっ、装甲が厚いな。この程度では効かないか。かといって、大技を使ったら山火事になってしまう」
「ゴァァァァ……グルァ!」
「むっ!? ……こいつは避けないと危なかったか」
相手が身体を丸ませ、そのまま転がるように突っ込んできた。
その威力は凄まじく、大木をなぎ倒している。
「グルル……」
「攻防一体の技か。しかも固そうだし、針には毒があると……厄介な魔獣だ」
刀では弾かれる可能性もあるし、俺のまとう炎にも限界はある。
……何も難しく考えることはないか。
ならば、奴に隙を作らせればいいだけの話だ。
「さあ、こい……遊んでやる」
「ゴァァァァ!」
再びダンゴムシのように丸まって体当たりをしてくる。
俺は炎をカーテンのように展開させ、闘牛のように躱して木に当てさせる!
「ゴァ!?」
「どうした? 俺はこっちだぞ」
「ガァ!!!」
怒りに任せ、同じように突っ込んでくる。
それを躱し、また木に叩きつけるように誘導する。
「ほら! どうした!」
「ガ、ガァ!!」
そして繰り返していると……奴の様子が変わる。
目が血走ってきて、よだれを垂らしまくっている。
つまり、理性がなくなってきた証拠だ。
「まだやるか?」
「ガ、ガァァァァァァァ!」
相手が何も考えずに、覆い被さろうとしてくる。
俺はその時を待っていた。
さやに手を置き、抜刀の構えを示す。
「所詮獣か、未知のものに出会うと考えなしに突っ込んでくるとは」
「グルァァァ!」
「遅い——炎刃一閃」
「ゴァァァァァァァ!?」
鞘から抜く際に、擦らせるように刀を抜く。
その摩擦により身にまとっていた炎と合わさり……火炎居合切りとなる。
それは腹を裂き、内部から焼いていく。
「俺の大事な者に手を出し報いだ」
「ガ、ガ、ガァ……」
相手が煙を上げて倒れるのをみて、俺も鞘に刀を納めるのだった。
俺が敵を倒し終わると同時に、アイザック達がやってくる。
ユキノをその場に寝かせ、経緯を説明する。
「兄貴っ! さすがっす!」
「やりますわね、流石は私のライバルですわ」
「うぅー……あんなの怖いですぅ!」
「まあ、あんなのが何体もいたら困るわな。とりあえず、日も暮れてきたしここで一度休憩をしよう。ユキノも休ませたいので、テントも張って野営の準備も頼む」
全員が頷き、それぞれ行動を開始する。
アイザックが調理、エミリアがユキノに、ニールがテント設置、カリオン達が警戒にあたる。
俺はユキノの様子を確認したあと、ハリグマの元に向かう。
「アイザック、どうだ?」
「へい、針はともかく中身は食えそうですぜ。ただ、兄貴が焼いた箇所は取り除かないとですが」
「すまんな、手加減が難しかった」
「へへっ、それだけ姉御のことが大事ってことっすよね。不謹慎だけど、久々に兄貴の本気モードを見れて嬉しかったっす」
「……別にそんなんではない。俺はあいつが気に食わなかっただけだ」
「そういうことにしときますぜ」
「いいからささっと飯にするぞ」
……確かに我を忘れて怒ったのは久しぶりだったな。
あの時、ユキノを見つけた時もそうだった。
本当は襲われているところを助けるゲームの設定だった。
だが、我慢できなかった……実は自分の推しキャラだったとは言えまい。
「あっ、兄貴! こいつの針、抜くのは簡単ですぜ! しかも……こいつは鉄で出来てる可能性がありやす」
「なに!? 鉄か……道理であの威力な訳だ。お前の自慢の斧にも傷がついてしまった。改めて助かった、よくやってくれたな」
「い、いえ! これくらい、兄貴にしてもらったことに比べりゃ……兄貴、これを武器には加工できますかね?」
「いけるかもしれん。俺の熱で溶かせば毒も消えるし、その後に再度加工してもらえば……よし、二人で協力して抜いていくぞ」
「へいっ!」
3メートルの巨体に刺さっている針を次々と抜いていく。
その量は多く、これなら良い素材になりそうだ。
「これで不足していた武器が作れるな」
「そうっすね。ちょうど戦えそうな奴を見繕っていたところだったんで助かりやした。肝心の武器がないんじゃどうしようないんで」
「ふむ、その辺りはドワーフ族に任せるとしよう。さて、火を残しておくから調理は任せていいか?」
「へいっ、こいつを使って美味いもんを作りますぜ」
「そいつは楽しみだ。では、あとは任せる」
その場をアイザックに任せ、ニールの元に向かう。
そこでは小さい体でテント設置に悪戦苦闘しているニールがいた。
今も地面に釘を刺そうとして尻餅をついている。
「うぎゃぁ!?」
「クク、うぎゃぁっていう奴初めて見たぞ」
「うぅー仕方ないじゃないですかぁ。私、こういうの苦手ですし」
「おいおい、あんなに器用に弓を当てるのにか?」
会話をしつつ、俺も設営を手伝う。
前世ではボーイスカウトもやっていたので、この手のものには慣れている。
「弓とは別ですよぉ〜、私、弓以外の才能をお母さんのお腹の中に忘れてきちゃったって言われてます」
「ははっ! そいつは言い得て妙だな!」
「笑わないでくださいよぉ〜!」
「すまんすまん。しかし、それだけの才能があるのだからいいではないか。敵として戦った時、俺がどれだけ苦労したか」
「そうなんです? なんか、余裕で躱してましたけど……あと燃やしたり。私の矢は安くなかったのにぃ」
「いや、そう見せていただけだ。そして、それについてはすまん……まあ、実際はきつかったさ」
本当にこいつには手を焼いた。
喚き散らしながらも、的確に急所を狙ってきた。
俺の炎の防御は、こいつのために使っていた部分が大きい。
何よりいつ何処から狙われるかわからないのは、精神的に疲れるものだ。
「えへへ、それなら頑張った甲斐がありました」
「いや、こっちは殺されそうになったんだが?」
「それは仕方ないですよぉ〜魔王……アルス様が悪者だったんですから」
「それを言われるとぐうの音もでないな。ちなみに、好きに呼んでいいからな? ここでは誰も聞いちゃいない」
「えっと……確かにアルス様って感じじゃないですし……魔王様にします!」
「……いや、お前がいいんならいいんだ。ではニール、しばらくの間頼むぞ」
「はいっ、魔王様! あとは自分で出来ます!」
……これは仲良くなったと言っていいのか?
一応、連携の意味もあってコミニケーションを取ろうとしたが。
釈然としないまま、今度は木の下にいるエミリアの元に向かう。
「エミリア、ユキノはどうだ?」
「この通り、ぐっすり眠ってますわ」
「すぅ……むにゃ……」
「ふっ、それもそうだな。隣に座っても良いか?」
「え、ええ、構いませんわ」
隣の芝に座り、そのまま寝転がる。
気持ちのいい風と、空気が澄んでいて清々しい。
「ちょっと? レディーの横で寝転がるなんて……」
「まあ、そう言うなよ。ちょっと魔力を使いすぎた」
「確かにそうですが……いえ、貴方にいっても仕方のないことですわ」
「そういうことだ……こうしてると平和そのものなんだが」
「こんな状態で何をと思いますけど……それには同意いたしますの」
まさか、こいつとこんな時間を過ごすことになるとは。
ルートを決めた時に、もう敵として以外関わることはないと思っていた。
その覚悟を持って、幼馴染であるこいつを突き放したのだが……人生っていうのはよくわからん。
「……あの、聞いても良いかしら?」
「あん? 何を畏まって……まあ、別に構わん」
「どうして、私を味方に引きこまなかったのです? あっ、別に言われたからって味方をするわけじゃないですわよ? ただ、私たちは幼馴染だったのに……」
「そんなのは決まってる……お前が優しい奴だから。きっと、俺が誘えば迷っただろう。そして、良心の呵責に囚われたに違いない」
それは前にも思ったし、後悔もしていない。
それに正直言って……こいつがこっちついたら、俺が簡単に勝ってしまう。
作中最強の魔法使いであるこいつがいたから、俺は全力で相手が出来た。
おかげで芝居がバレることなく、エンディングまで行けたってわけだ。
「ふふ、やっぱりそうでしたの」
「ん? 何がだ?」
「そういうセリフが出てくるってことは、貴方が邪神に支配されていなかった証拠ですわ。私のために、敢えて突き放したと……」
「……なんのことだか。俺は邪神に支配された魔王アルス、そして勇者達に倒された者……それ以上でもそれ以下でもない」
「ふふ、そういうことにしておきますわ」
……しまった、もうクリアしてるし普通に話してしまった。
ただ、あの時の自分は間違ってなかった。
今こうして……数年ぶりに、幼馴染とゆっくり過ごすことができるのだから。
……ん? 何やら良い香りがする?
ふと目を開けると、目鼻立ちがはっきりした美女がいた。
「おっ……! って、エミリアか」
「すぅ、すぅ……」
「というか、何で俺にくっついて寝てんだ? あぁ、寒かったのか。ったく、お陰で心臓が飛び跳ねたぞ」
どうやら、寝てしまっていたらしい。
そして、多分釣られてエミリアも。
さらに隣を見れば、ユキノもいてまだ眠っていた。
「ところで、さっきのいい匂いは……」
「兄貴、起きやしたか。そろそろ、飯ができますぜ」
「アイザック、すまんな。こっちは、この通りのんびりしてたっていうのに」
「へへっ、体力にだけは自信あるから平気っす。それに魔法使うっていうのは精神力を使うって聞きましたし」
確かに魔法は少し特殊だ。
使うと体力ではなく、魔力という人が本来持っているモノを使う。
それを使いすぎると命の危険に繋がることから、生命力を使っていると言われている。
故に回復させるには、寝るのが一番だとも。
◇
その後、カリオンやニールにもお礼を言って二人を起こす。
「ふぁ〜よく寝ましたね」
「は、恥ずかしいですわ……! 殿方に寝顔を見られるなんて……」
「別に良くないですかー? いずれ、ご主人様には違うところも見せるわけですし。まあ、私が先かもしれないですけど」
「何を言ってますの……っ!? ふぇ!? 破廉恥ですわ!」
「えー? そうですかねー?」
「ア、アルスに聞かれてしまいますの……!」
俺はそれを聞こえないふりして、鍋を見つめる。
それはコトコトと音を立て、味噌の香りがして鼻腔をくすぐる。
「アイザック、美味そうだな」
「兄貴、あの二人……」
「アイザック、美味そうだな。これは熊鍋か?」
「へ、へいっ! 少し臭みがあったんで、香草と一緒に焼いてから煮込みやした。そこに山菜や野菜をぶっ込んで味噌で仕上げましたぜ」
「ふむふむ、実に美味そうだ。そうだ、まずは飯にしよう」
「へいっ! すぐによそいます!」
俺は今、恋愛事に構ってる場合ではないのだ。
まずはスローライフの生計を立てなくてはいけない。
……決して逃げているわけではない。
「ほら、カリオン達もこっちにきてくれ」
「主人よ、そうすると見張りが……何より、我々も一緒によろしいのですか?」
「今更何を言ってる、もうお前達は仲間だろうに。それに、これがあるから平気だ、炎よ我の身を守りたまえ——ファイアーサークル」
「おおっ! 我々を囲うように仄かに火が……」
「この範囲なら燃え移らないし、敵が来たら反応できるだろ。さあ、一緒にゆっくり食べてくれ」
「はっ! 皆の者! 主人のご厚意に感謝を!」
その後、他の獣人達も囲んで鍋パーティーを始める。
全員に行き届いたところで、アイザックに挨拶を求められた。
どうやらしないと食えなさそうなので、仕方がないのでやることに。
「えー、みんなお疲れ様。とりあえず、誰もかけることなく探索1日目を終えられそうで一安心だ。今日は暖かい飯を食って、明日の探索に備えよう。無理だと思ったらすぐに帰還する……ではいただきます」
「「「「「いただきます!」」」」」
「ハフ、アツっ……うまっ」
器から湯気の出た熊肉を口に含むと、肉が口の中でとろけていく。
熊の甘みと味噌の旨味が合わさって、相乗効果を生み出している。
そういや、熊鍋といえば味噌とは聞いたことあったな。
「あーんむ……あつつ……んー! トロトロで美味しいです!」
「フーフー……あ、熱いですけど、これは美味しいですの!」
「熱いですよぉ〜! でも美味しいから止まりません〜!」
女性陣にも好評のようだ。
確か美肌効果とかもあったし、栄養面でも豊富だったはず。
鉄も手に入るし、これは良い魔獣を見つけたかもしれん。
……ただし、倒せる者が限られるか。
「かぁー! 我ながらうめぇ! 酒が欲しくなるぜ!」
「かかっ! それには同意ですな!」
「二人共、好きに飲んでいいぞ。俺の蒼炎は二日酔いにも効くはずだ」
「なんと!? じゃあ、持ってきたから開けちまうか!」
「おおっ、良いですな!」
こっちの男連中も、上手くやってるな。
これもアイザックの人柄のなせる業だろう。
曲者揃いのスラム街の住民を纏めていただけはある。
そこでふと、同年代の男友達がいないことに気づく。
「まあ、傲慢だったから仕方がないか」
記憶を取り戻す前の俺は、それはもう悪役に相応しいダメっぷりだった。
実の母を早くに亡くし、父に相手にされないことも理由だが、可愛がられる弟のことを疎ましく思っていた。
使用人には当たり散らすし、いわゆる構ってちゃんだった。
それを拗らせ、邪神に取り憑かれる羽目になったわけだ。
「友達がいっぱい居る弟を妬んでもいたっけ」
だが結果的には良かったのかもしれない。
友達などいたら、巻き込んでしまっていた。
すると、アイザックとカリオンが隣に来る。
「兄貴っ! なにをしょんぼりしてんすか!」
「そうですぞ! 我々と一緒に飲みましょう!」
「おいおい……まあ、いいか」
俺は貰った酒を温め、熱燗のようにする。
それをぐいっと飲み干す。
すると、喉がカーッと熱くなってきた。
「……っ、身体がポカポカしてきたな」
「あっ、ずるいっす!」
「その、主人よ……」
「わかってるさ、ほら……これでいいか?」
二人のコップにも熱を灯してやる。
「あざます! ……くぅー! 熱燗うめぇ!」
「冷えた身体が温まりますな!」
「ちょっと〜! 男子ばかりでずるいですよ〜!」
「その、私もお酒を飲んでみたいですの!」
「わたしですぅ!」
「はいはい、わかったよ」
その後、全員分の熱燗を作って乾杯をする。
友達はいないが……こうして仲間がいるならいいか。
綺麗な星空を見上げながら、そんなことを思うのだった。