俺は歓声する者達を背にして、ユキノを引っ張っていく。

 そして、ひと気のない裏路地に連れて行く。

 「きゃっ、こんなところに連れてきてどうするつもりですかー? ドキドキ……」

 「ドキドキじゃねぇ、一体どういうつもりだ?」

 「えへへー、ごめんなさい。だって、ああした方がうまくいきますよ」

 「ふむ? 何か考えがあってやったんだな?」

 俺とて理由があるなら聞くくらいの度量はある。
 ひとまず落ち着いて、ユキノの話をを聞くことにした。

 「ええ、もちろんですよー。まずは、ご主人様はのんびり暮らしたい……これは合ってます?」

 「ああ、合っている。俺はもう、殺伐した生活とはおさらばしたいんだよ。山賊退治は、そのためにやったことだ」

 「ふんふん、そうですよねー。でも、このままだとのんびりできませんよ? 領地を回す人、警備をする人、食材を取りに行く人など……恩を感じている彼らがいれば、それらをやってくれるはずです」

 「……ククク、そういうことか。奴らを利用して、俺はのんびり過ごすと。確かに、それはいい考えだ」

 「でしょー? もっと褒めてください!」

 「よしよし、良い子だ」

 俺はユキノの頭を乱暴に撫でる。

 「ちょっ!? もっと優しくですよー!」

 「ははっ! すまんすまん! よし! そういうことなら話は早い! 奴らのところに戻るぞ!」

 「はーい……もう、ご主人様ったらちょろいんだから。まあ、そこが良いところなんだけど」

 「ん? 何か言ったか?」

 「いえいえー、ではいきましょー」

 解放した者達のところに戻ると、何やら話し合いをしているようだ。

 「あっ、アルス様!」

 「お戻りになられたぞ!」

 「あぁー、何を話してたんだ?」

 「我々が、アルス様のために何ができるかを話し合っておりました」

 「なるほど……それでは、俺の願いを言おう」

 「皆の者、静粛に! アレス様のお言葉があるそうだ!」

 その言葉に、その場にいる全員が膝をつく。
 なんか、この感じも懐かしいな。
 王都には部下がいて、こんな風にされたこともあったけ。
 ……あいつらも、元気でやってると良いが。

 「コホン……先ほど、側近であるユキノと話して決めた。俺はこの見捨てられた地を再建する! もう、そのように呼ばせたりしない!そのために諸君達の力を貸してくれ!」

 「「「ウォォォォォォ!」」」

 「なんでも言ってください!」

 「頑張ります!」

 しめしめ、これでよし。

 あとは指示を出して、俺は後ろで踏ん反り返っていれば良い。

 そしたら、念願のスローライフの始まりだ。

 ◇

 ……ふふ、これでよしと。

 横で宣言するご主人様を見ながら、密かにほくそ笑む。

 ご主人様は、こんなところで終わる器じゃない。

 ヴァンパイア族の女の使命は、強い男の子を孕むこと。

 そのために私は、里を飛び出したんだから。

 もちろん、それだけじゃないんだけど。



 当時の私は、自分の実力を過信していた。

 まだ若いとはいえ、里では大人にも勝ったことがあったから。

 ただ、多勢に無勢で……人族に捕まってしまった。

 そして、いよいよ身の危険が迫ったとき……あの方は颯爽と現れた。

 「何をしている? この下衆共が」

 「なんだ貴様——ァァァ!?」

 「ヒィ!? 黒い炎!?」

 「こ、こいつ、黒炎の王太子アルスダァァァァ!」

 「下衆共が消え失せろ——黒炎陣」

 黒い炎が男達を取り囲んで……文字通り、チリすらも残らずに消えた。
 その圧倒的な魔力と、その隙のない立ち振る舞いに私の目は釘付けになる。
 きっと、この人に出会うために今日まで生きてきたんだと。

 「無事か? ったく、ルート通りに助けるはずが……」

 「えっと……ありがとうございました! それでルートってなんですか?」

 「あぁー、その辺りのことは君には説明しないとな。とりあえず、ここから離れるぞ。俺はまだ、目立つわけにはいかない」

 その後、私は説明を受けた。
 正直言ってよくわからないけど、ご主人様にはこの世界で決められた役割があるとか。
 そのために、私の力が必要だと。
 無論、私に断る理由はなかった……だって一目惚れをしてたから。
 しかも後から知ったけど、本来なら助けるのは私が襲われた後だったらしい。
 それでも、ご主人様は放って置けなかったと。

 「ふふ、お優しい方ですから」

 「ん? 何か言ったか?」

 「いえいえ、出会った頃を思い出しただけです。あの時は、本当にありがとうございました」

 「ああ、あの時ね……ったく、こんなことになるとは」

 そう言い、照れ臭そうに頬をかきました。
 最初はクールな感じで素敵と思ってだけど……照れ屋さんで素直じゃないところも、今では可愛らしいです。
 多分、これが人を好きになるってことなんだと思う。

 「ほんとですよー。まあ、私は楽しいですけどね」

 「へいへい、そいつは良かった」

 「さあ! スローライフ?目指して頑張りましょー!」

 「……だな、ここから始めるとしよう」

 私はもちろん、ご主人様の願いも叶えるつもりだ。

 でも、やっぱり……ご主人様が犠牲になる結末は我慢できない。

 だから、私なりのやり方で……ご主人様を、もう一度頂点に立たせてみせる。