アルゾナ王国の防御壁を飛翔(ファルマ)で超え、そのまま直線距離でカルロスト連邦国へと向かった。
 前にマグダとエルレリアからアルゾナ王国へと戻った時の速度で移動すると、恐らく途中で魔力が切れて動け無くなるので、ゆっくりとのんびり移動した。
 浮遊魔法を持っていることがバレると色々と面倒なので、出来るだけ木々の上ギリギリを飛んでいる。
 これなら、空高くで飛ぶよりもバレにくいだろう。



 ただ飛んでいるだけでは暇なので、エルダは周りの景色に視線を向けた。
 あの日。
 スラムに居るのが嫌になって、そこを発った。
 そして無闇矢鱈に、ただ一方向に、真っ直ぐに歩き続けて、奇跡的にアルゾナ王国に到着した。
 そしてその時の道を、今度は帰る為に辿っている。
 ただただ木々が並んでいるだけの光景の連続だが、とても懐かしい気持ちになった。
 何か、見覚えのある様な配列の木々があったりするのだ。
 そう云った物を見る度に、郷愁に駆られた。
 あの頃の自分は、弱い自分が嫌いだったけど、今は違う。
 自身の力(まほう)についても理解し使える様になったし、一般教養も手に入れた。
 昔の自分はもう居ない。
 今いるのは、自信に満ち溢れた、活発な青年。
 エルダは成長した。
 そう、はっきりと感じることが出来た。




 カルロスト連邦国までの道のり(およ)そ半分辺りの地点に到着した頃。
 既に日は傾き、夜もそろそろだった。
 一旦地面へと降下し、背負っていた鞄を地面に下ろし、近くの太めの木の幹に(もた)れ掛かった。
 ため息を一つほぉっと吐いた後、地面に置いた鞄を浮かせて、自分の元へと持ってきた。
 中から物を出すのを、わざわざ魔法を使うのも面倒臭いので、自分で行った。
 中から事前に用意しておいた火打ち石を出し、浮遊魔法でそこらの木の枝を集めて積み、火をつけた。
 暖かい炎が、エルダの体を温め、体を赤く照らす。

 この炎を見ていると、オーザックを思い出す。
 あの日。
 燃え盛ったあの村。
 照らされた体。
 赤い炎と地面に流れる紅い血。
 あまり思い出したくない過去だ。
 エルダは、水筒の水を一口飲みながら、万点の星空を見上げた。




 翌朝。
 さっさと出発準備を済ませ、昨日と同じ様に飛び立った。
 予定では、今日の昼頃に到着する。
 スラムに帰って何かしたい訳では無いが、昔住んでいたあの家を少し見ておきたい。
 そして、カルロスト連邦国内を回ってみたい。
 そう言った願望を胸に、エルダは連邦国へと向かった。





 昼。

 ようやく、メルデス大森林の終わりが見えてきた。
 カルロスト連邦国が目と鼻の先である証拠だ。
 嗚呼、今故郷はどうなっているのか。
 こう云った考え方はあまり良く無いかもしれないが。故郷の奴等が自分を蔑んだのは、“平民の出なのに魔力を保持していた”からであった。
 だが自分は、平民の出では無かったのである。
 父が王族だったのだ。
 なので、蔑まれる理由は何もない。
 寧ろ媚を売ってくる者が居ても可笑しくないのかもしれない。
 だから、別に故郷に帰ったって、怖がる事は何も無いのだ。
 それに向こうには、母親(ラーナ)を延命させてくれた薬屋もいる。
 連邦国内にいる人物の中で、最も信頼出来る人物だ。
 名は確か、グリリア・スクリだったか。
 もし今日逢う事が出来れば、約六.七年ぶりの再会となる。
 あの頃と比べて自分は、大分と変わっているので、エルダと分かってくれるのか、少し不安になったが、その時間が一番楽しかった。





「…………………………?」


 エルダが不思議に思った。

 この距離であれば、故郷スラムの建物が見えて来る筈なのに、その様な影が一切確認出来ない。
 木々に隠れるにしても、明らかに可笑しい。
 この約一年の間に何があったのか。
 少し恐怖を感じながらも、少しずつ前へと進んでいった。


 そうして暫く進むと、あり得ない光景が広がっていた。
 さっき建物が見えなかった理由も、これではっきりした。


 エルダの故郷の区画一帯が、何も無い、ただの更地と化していたのだ。
 名残など一切無い。
 瓦礫の一つも無い。
 まるで初めから何も無かったかの様な。
 初めからこうであった様な。
 自分の家は勿論、よく通っていた道も、電球の切れかけていた街灯も、あの懐かしい町並みも、お金を稼いでいた仕事場も。
 何もかもが無に帰していた。

 一体何があったのか。
 自然災害やそう云った物では無い事は分かる。
 恐らく人為的な物だろう。
 だとすれば誰が、何故。
 それに此処に住んでいた連邦国民は、何処に行ったのか。
 周りを見渡しても、誰も見当たらない。


 その更地と化した故郷へと降り立ち、周りを見渡す。
 その時だった。


「初めまして、エルダ・フレーラ様。」

 突然背後から、元は元気そうな声を無理矢理押し殺して感情を消した様な声が聞こえた。
 ばっと後ろを振り返ると、そこには、街に行けば一躍話題に上がりそうな程に顔の整った女性が立っていた。

「初めまして、エルダ・フレーラ様。」

 彼女はもう一度そう云った後、こう続けた。




(わたくし)、サラナ・モルドと申します。是非、お見知り置きを。」