帝国兵第一陣の方から炎弾が飛んできたということは、その第一陣には、囮のみならず、サルラス帝国の炎魔法師も居るということ。
それに、あんなに大きな建造物(王宮)を一撃で撃沈できる威力の炎弾を行使するには、少なくとも三人以上の炎魔法師は必要だろう。
そう言ったことを考えると、炎魔法師の他、水魔法師や雷魔法師も第一陣にいる可能性も出てくる。
もしそうであれば、そこに向かわせた小隊のみでは心許無い。
「ルーダ。今すぐ、戦闘技能の高い者を数名、第一陣の方へと向かわせ、小隊と合流しろ。」
「はっ、承知いたしました。」
そう言ってルーダは、颯爽とアステラの前を去った。
サルラス帝国の先制攻撃により、ギルシュグリッツ内兵の緊張が高まった。
第二陣がやって来るのも、時間の問題だろう。
いや、抑も、第二陣は本当にやって来るのか?
第一陣と一緒に来ていたりもするのか。
ザルモラの創作魔法であっても、ワープは、魔力が足りずに実現不可であることは聞いていたので、不意に目の前に現れることはない。
浮遊魔法のように、何かを浮かせる事も出来ない。
ので、空を飛んで現れることは無いだろう。
だが、身体強化系の効力を付与すれば、高速でこの場まで走って来ることはできるだろう。
なので、警戒は怠ってはいけない。
それに、影無も手伝ってくれれば百人力だろう。
そんな事を考えている時だった。
「えっ…………」
物陰から不意に見えたその光景に、呆然とせざるを得なかった。
そこには、全身が火傷で担架に乗せられ運ばれる、影無の姿があった。
恐らく、あの巨大な炎弾の熱波を浴びてしまったのであろう。
影無は、王宮の中に居るよう、アステラは命じていた。
そして、アルゾナ王国主力であった、リカルと影無が、戦闘不能となったのだ。
ただでさえ不利であったアルゾナ王国は、もっと不利になったのだ。
(私が、影無を王宮に居るよう命じておかなければ……)
アステラはまた、自分を蔑んだ。
開戦前も、エルダとマグダの不在で敗北を覚悟したが、その想定がこれで、決定的なものとなった。
暫く経つと、サルラス帝国との国境付近から、黒煙があがってきた。
微かな陽炎が見えた。
戦闘が激化している証拠だろう。
そして依然として、第二陣の侵攻は無い。
そしたら、第一陣の中にザルモラ一行も混ざっていて、そこで戦闘を行なっているのか。
はたまた、ザルモラが来るというのはフェイクか。
何れにせよ、ザルモラがギルシュグリッツに現れるという可能性が捨てきれない限り、ギルシュグリッツを離れる訳には行かない。
アステラは、立ち往生を食らった。
「…………?」
その時突然、周りが真っ暗になった。
下を向いても、地面は疎か、自分の体さえ視認出来ぬ程に、ギルシュグリッツは暗闇に包まれた。
アステラの周りに、騒めきが生じた。
アステラも周りを見渡すが、当然何も見えない。
そんな時。
「おや? 久しい顔だ。」
アステラの前方から、若い男の声が聞こえた。
「ザルモラ!」
「あぁ、覚えていてくれたのですね。まぁ、あんな事があったのに忘れたら。そちらの方が可笑しい。正直、頭の出来を疑いますよ。」
そう言いながら、その男、ザルモラは、何も見えない暗闇の中で、指をパチンと鳴らした。
その瞬間、アステラとザルモラの居る範囲内をドーム型に照らす“何か”が、アステラの頭上に現れた。
「……少し、お話でもしましょうか。」
そう言ってザルモラは、空中に腰掛けた。
「……何故、アルゾナ王国に攻め入った? 領土拡大か? それとも、ただの気晴らしか?」
「さぁ? 私にもわかりません。」
その返答を聞いたアステラは、咄嗟にザルモラに近寄り、胸ぐらを掴んで叫んだ。
「お前!! 巫山戯ているのか?!」
そう叫ばれたザルモラは、掴まれているその手には一切触れず、静かに言った。
「いいえ、巫山戯てなどおりませんよ。私共も聞かされておりません。まぁ、皇帝直々の命ですので、侵攻理由を知っていたとしても、教えることは無いでしょうが。」
相変わらず癪に触る男だ。
アステラは少し呆れていた。
呆れ返って、そんな奴の胸ぐらを握り続けている自分が馬鹿らしくなった。
「取り敢えず、帰ってくれないか。もうお前を見たくない。」
アステラはそう言いながら、顔を俯かせ、ザルモラの顔を見ないように努めた。
「おっと、そんなに嫌われていたとは。矢張り、君の親父さんを殺した事、根に持ってるんだ。」
そう言ってザルモラは、少しアステラを煽るような表情をした。
その言葉を聞いたアステラは、怒りで眉間に皺を寄せながら、ザルモラを凝視した。
「あっ、ごめんごめん! 君にとっては大事な人だったんだっけ。ごめんねぇ〜。」
ザルモラは、徹底的にアステラを挑発した。
「貴様!!!!!!!!!!」
あまりの怒りに、アステラは、ザルモラの頬を殴ろうと、右手を振りかぶった。
「……愚かですねぇ………………」
そのアステラを見てザルモラがそう呟いた後、ザルモラは、一瞬でアステラの背後に回り込んだ。
「精々悲鳴をあげて、のたうち回って、死んで下さい。」
アステラの耳元でそう呟いた後、ザルモラは、自身の懐に携えてあった剣を抜き、アステラの腹に、ゆっくりと差し込んだ。
「さようなら。」
ザルモラがそう呟いた時には、そこにザルモラの姿は無く、ギルシュグリッツを包んでいた暗闇も消えた。
「はぁ…………はぁ………………」
あまりの痛みに叫び声さえもあげられないアステラは、地面に横たわり、刺さったままの剣を軽く押さえながら、血を流していた。