王子で平民な浮遊魔法師の世界放浪記





「合成魔法、氷浮刃(ルルク・ブリオ)!!!」

 エルダがそう叫んだ瞬間、その氷剣が、サルラス帝国全兵に降り注いだ。
 剣は浮遊魔法で加速され、地面に到達した時に発せられる低範囲の衝撃波でさえ、近くにいた者に重傷を負わせた。
 エルレリアは外壁に覆われている為、その衝撃波の影響を受けない。
 サルラス帝国兵全滅には、うってつけの魔法であった。


 氷浮刃(ルルク・ブリオ)と言う魔法は、浮拷(ルルク)と言う魔法と、氷刃(ギャロブリオ)と言う二つの魔法を同時に行使することで成立する、『合成魔法』と言われる魔法の一種だ。
 
 先ず浮拷(ルルク)と言うのは、浮遊魔法を使った攻撃魔法を指す。
 浮遊魔法で物を浮かせて殴ったり、相手を引き裂いたり、逆に潰したり。
 そう言った、”浮遊魔法をきっかけとした結果的に攻撃になりうる魔法形態”を、浮拷(ルルク)と呼ぶ。

 そして氷刃(ギャロブリオ)と言う魔法。
 この効果は至って分かり易い。
 これは、氷でできた刃物を利用した攻撃全般を指す。
 氷魔法は、水魔法の派生であり、その具体的な効力としては、氷を生み出し、自由自在に形を変えれると言ったもの。
 自由自在に形を操れるのは、術者が生み出した氷のみで、冬に生まれた氷などは動かせない。
 そして氷刃(ギャロブリオ)は、そう言った氷の生成過程で、その形を刃のついた物にして、それを生成し、それを持って攻撃する魔法形態。
 氷刃(ギャロブリオ)と認識されるのは、氷剣は勿論、板を作ってそこに針を大量に作った物や、尖った小さな氷山の様な物を地面から出したりするものなど。
 兎に角、刺突が可能な刃の要素の有る氷で出来た物を生成し、攻撃する事を、一概に“氷刃(ギャロブリオ)”と呼ぶのだ。

 そしてそれら二つの魔法を組み合わせたものが、合成魔法“氷浮刃(ルルク・ブリオ)”。
 この魔法の効力は簡単で、氷刃(ギャロブリオ)で生成した氷剣を、浮遊魔法を使用して浮かせ、雨の様に降らせる。
 その浮遊魔法も、結果的に攻撃と言った用途に使用しているので、浮拷(ルルク)となる。
 それが、氷刃(ギャロブリオ)浮拷(ルルク)の合成魔法、氷浮刃(ルルク・ブリオ)



 氷浮刃(ルルク・ブリオ)を前に、帝国兵は跡形もなく散った。
 悲鳴も一切聞こえなかった。
 魔法発動から全滅まで、まるで瞬きをするかの様な短い時間で終結したのだ。
 悲鳴など、出す余裕も、そんな間もない。
 まさに、帝国兵を“一掃”したのだ。

「も、もう終わったのか…………?」

 沢山の氷剣がエルレリア付近に降り注いだかと思えば、外からの音が一切聞こえなくなった。
 クレリアは、それが本当に帝国兵の一掃を意味していたのか、エルダに聞きに来たのだ。

「あぁ、クレリア。終わったよ。」

 エルレリアは守れた筈なのに、エルダの気分は清清しなかった。
 今までエルダは、どれだけの人間を殺してきたか。
 カルロスト連邦国のスラムで一人。
 エルレリア開村前の焼かれた村で一人。
 そして今回だけで、二百人以上は居ただろう。
 もうエルダの手は血みどろに濡れているのか。
 正真正銘の人殺しなんだと、エルダは意気消沈した。
 さっき殺した人にも、家族がいて、幸せに暮らしていたのではないだろうか。
 今回の作戦も、あまり乗り気で無かった兵も居たのではないか。
 抑も、緑色人(村民)人よく思っていた人も居たのではないか。
 嗚呼、そうであれば、とても悪い事をした。
 家族の居た兵であれば、きっとその家族は、嘆き悲しむだろう。
 下手すれば、エルダを恨むかもしれない。
 今回の作戦をよく思っていた兵は、黄泉(よみ)でエルダを恨むだろうか。
 これが人殺しの末路なのだろうか。
 そんな事をエルダは、静かに自問自答してしまった。


「エルダ!!」

 そんな事を考えていると突然、マグダがエルダの名を叫んだ。

「どうしたんだ? 父さん」
「アルゾナ王国の方角に、灰色の風塵が見えた。」
「まさか…………っ……………………」



 ――――――――――――――――



 マグダとエルダのエルレリアへの出発直後。

 この、マグダとエルダの居ない間に、サルラス帝国は、アルゾナ王国に向けて二度目の進軍を開始した。
 この機会は、サルラス帝国にとって好都合であった。

 ザルモラの盗聴魔石で、エルレリアという名の村に、平民魔力保持者の村長がいると情報が洩れた。
 この事実に気づいたアルゾナ王国は、少なくとも一人をエルレリアへ向かわせるだろう。
 少なくとも、エルレリアを大事に思っているエルダ・フレーラは、真っ先にエルレリアへ向かうだろう。
 それだけでも、サルラス帝国にとったら有利だった。
 浮遊魔法は、進軍の上で一番の障害となる。
 それがその場から居なくなるのだから、当然サルラス帝国の勝機は上がる。
 そこに、もう一つ厄介な、複製(コピー)魔法持ちのマグダ・フレーラもエルダと共にエルレリアへと向かった。
 益々勝機が上がる。

 アステラは、久しぶりにここまでの危機感を感じた。
 下手すれば、一国消滅の危機。

 アステラは暫く憂いた後、立ち上がり、リカルとルーダに命じた。

「今すぐにサルラスとの交戦準備を。私はなけなしの作戦でも考えてみる。」
「承知しました。」

 そう言ってリカルとルーダは、此処を去った。


 ここから、二度目のサルラス帝国軍侵攻が始まった。





 




 未だに帝国軍は、王国領土内に足を踏み入ってはいない。
 開戦には、未だ間があった。
 然程時間は残されていないが、アステラが即席で作戦を考えるには、十分な間であった。


 アステラが気掛かりなのが、王宮の窓から見た移動中の帝国兵の数であった。
 明らかに、アルゾナ王国を攻め落とすには不十分すぎる数。
 その事実から考察するに、先ず第一に思いつくのが、その窓から見た兵隊は第一陣で、アルゾナ王国を錯乱するための捨て駒で有るというサルラスの策略。
 兵を捨て駒に使うなど人道を外れた行為で有るが、あのサルラス帝国ならやり兼ねない。
 それにサルラス帝国は、カルロスト連邦国から奴隷を買っている。
 その奴隷を、見せかけの軍として第一陣に置けば、サルラス帝国としての損害は無くなる。
 奴隷に戦力は求めないだろう。
 ただ捨て駒として、アルゾナ王国を(トラップ)にかける()()として利用すればいい。
 あまりにも慈悲のない話だが、それを平気でするのが、サルラス帝国である。

 とすれば、第二陣は、精鋭部隊で、王国兵の死角から攻めてくるのが妥当であろう。
 その上、その精鋭部隊の登場に、ザルモラの創作魔法が絡むと厄介だ。
 地面から突然現れさせたり、空中から人は現れたりなど、創作魔法にとっては造作もない事であった。

 それらを考察した時、最善の作戦は…………
 アステラが熟考していた時だった。

「アステラ様、お久しぶりで御座います。」

 窓が外から開かれ、全身を黒装束で纏った女性が部屋に入ってきた。

「あぁ、影無(カゲナシ)か。」
「はい。未だ帰還予定日では無いのですが、アルゾナ王国の状況を考えた上、参上した次第で御座います。」

 影無(カゲナシ)
 アルゾナ王国の、特殊偵察部隊。
 今までは主に、サルラス帝国の偵察を行なっていた。
 影無(カゲナシ)は暗殺のプロでもあり、模擬戦をすれば、大陸一の炎魔法使いであるリカルとも、ほぼ互角に戦える程の戦闘力を持っていた。
 特別何か魔法を行使できると言った訳では無いが、その俊敏さと集中力は、魔法相手にも引けを取らない暗殺術を体現させた。

 そんな影無(カゲナシ)が、サルラス帝国の戦況を報告する為に、アステラの元へ馳せ参じたのだ。


「アステラ王。今回の戦争。ちょっとヤバイかもしれません。」
「どうした?」
「先程危惧していた通り、今攻めてきているのは第一陣。第二陣は、精鋭部隊で攻めてくる様です。そしてその精鋭部隊の中に、ザルモラ魔法師団長も入っていました。」
「なっ…………」

 それを聞いたアステラは、あろう事か思考を一時中断してしまった。
 基本三属性魔法師の精鋭部隊ならば、未だ勝機はあっただろう。
 だが、そこにザルモラが加わるとなると、話は変わって来る。
 創作魔法といえば、“何でもあり”の魔法として有名。
 文字通り、魔力の尽きぬ限り、自分で魔法を構築して、発動できる。
 術者の発想力次第では、強力な爆薬となりうるのだ。
 そしてザルモラは、此方の想定外の魔法をポンポンと生み出し発動する。
 ぶっ飛んだ奴がアルゾナ王国に居ない限り、アルゾナに勝機はない。
 常人の想定外は、ザルモラの想定内。
 それが、ザルモラという男であった。

「…………考えている所申し訳ありません。ここは普通に、簡単な作戦だけで宜しいのではないでしょうか。ザルモラ魔法師団長が何をするのかは未知数ですし、考えても仕方がありません。王宮を守る意味で、一応炎獄牢(グラーミル)か何かを使って王宮を囲んでおけば良いのです。リカル(あいつ)なら余裕でしょう。」
「それでも王宮内に入ってきた場合は……?」
「私がなんとか対処しますよ。」
「…………分かった。」

 アステラは席を立ち、王宮を出た。

「ルーダ。此処に兵を集めておいてくれ。色々と説明したい。そこで作戦も発表する。まぁ作戦と言っても、名ばかりのものだが…………」
「承知いたしました。直様、全兵を此処へ集めて参ります。」
「頼んだ。」

 そう言ってルーダは、早々にアステラの前を去った。

 今頃、エルダとマグダはどうしているだろうか。
 何故か今、二人のことが頭に浮かんだ。
 エルレリアへ無事到着したのだろうか。
 エルレリアを守れたのか。
 それとも抑も、サルラス帝国は攻めて来ず、無駄足になってしまったりしたのだろうか。
 もうとっくに倒して、此方へと帰ってきていたりはしないだろうか。
 そう色々と考えているうち、何故今二人が思い浮かんだのかがわかった。
 アステラは、二人に助けて欲しかったのだ。
 マグダだけでも此処にいれば、とても心強かっただろう。
 サルラス帝国に勝つ事も出来たかもしれない。
 エルダがいれば、最も勝率が高かった。

 それに比べて自分はどうか。

 魔法の使えず、碌に護身術も学ばず、ただ見た目だけ王を演じている。
 結局作戦だって、ほぼ影無(カゲナシ)が考えた様なものだ。

 自分は名ばかりの王か。
 先代国王(ちちうえ)の様な、民からも信頼され、王という名に相応しい。そんな王に、私はなれなかったのか。

 アステラがそう考えていた時だった。

「兵の召集が完了いたしました。アステラ()。」

 そう呼ばれたことに、少し心が痛んだ。

「わかった。直ぐに向かおう。」

 ――――――――――――――

 そうやって、この気持ちを有耶無耶にしてしまおう。
 少なくとも、今日で終わりなのだから。
 私が王と呼ばれるのも、今日までだろう。
 嗚呼。これが終われば、解放されるのか。この(わだかま)りから。
 マグダ。すまない。最愛の弟よ。
 エルダ、すまない。不甲斐ない叔父で。
 父上。すまない。父上の言うような王には、なれそうに無い。

 すまない。



――――――――――――――






 
 





「作戦の説明をする!!」

 アステラが、王国全兵の前でそう叫んだ。

「先ず、新兵やあまり腕の立たない者で小隊を作り、サルラス帝国との国境へ向かえ! そこで、帝国兵の()()()をしろ。犠牲者は両軍共に最小限に抑えるように。絶対だ。
 そしてその他の兵は、ギルシュグリッツ内で待機。敵が現れ次第、迎撃へ向かえ! そしてギルシュグリッツ内で現れる敵の中には、かのザルモラ魔法師団長も居るそうだ。十分警戒するように!」
「「……はっ………………」」

 あまり時間の無い中、アステラは作戦概要のみを端的に伝えて、その場を去った。
 王国兵にとって疑問点が幾つかあるその作戦に、あまり乗り気で無い兵。
 だが王国を守る為の兵なので、作戦は(おろそ)かにしない。
 それが王国兵としての務めだと信じて。


 その後アステラは、リカルを呼び、ある頼みをした。

「リカル。お前は王宮付近に残れ。もしザルモラが現れた時、その対処が可能なのは、影無(カゲナシ)かリカルくらいだからな。頼んだ。」
「承知いたしました。王よ。」

 そう言ってリカルは、王宮前の開けた場所で待機した。

「ルーダ。住民の避難はどうなのだ?」

 アステラの近くにルーダが居たので、聞いておいた。

「はっ、あらかた済んでおります。アルゾナ王国南端部からギルシュグリッツ最北部までの全住民を、アルゾナ王国最北部の避難所に移動させております。なので、今回の二度目の帝国侵攻で、住民への被害を考慮する必要はないか、と。」
「分かった、ありがとう。」
「勿体ないお言葉、感謝いたします。」

 そう言ってルーダは、定位置へと移動した。
 アステラは、防衛策を思いつき、リカルの元へと再び移動した。
 リカルは、背筋をピンと伸ばし、周りを見渡しながら、警戒していた。

「ルーダ曰く、住民避難は、ギルシュグリッツまでらしい。なので一応、炎獄牢(グラーミル)をギルシュグリッツから北部への境界に、避難所への防護壁となるように設置してくれ。」
「はっ、承知いたしました。」

 そう静かに言い、真北に向かって右手を差し出して、小さな声で呟いた。

「…………炎獄牢(グラーミル)。」

 その瞬間、ギルシュグリッツ北部境界線でアルゾナ王国を分担するように、高さ二十メートル程ある炎の壁が現れた。
 マグダのあの高さ五十メートル程の壁はアルゾナ王国屈指の炎魔法師でもあるリカルであったも困難だが、高さ二十メートルの壁も、一般的な基準を当てはめると十分すごい。
 天才を見ると優等生が霞んで見える。
 人間の悪い習慣だ。

「ありがとう、リカル。」
「いえいえ、アステラ王の為。」

 そう言ってリカルは、震える右手を必死に左手で押さえながら、定位置に戻った。

 これを見て、自分と同じことを悟っている仲間が沢山いるという事を理解し、アステラは、益々、恐怖に襲われた。
 その後アステラは、一番安全であろう王宮の中へと戻ろうとした。
 その瞬間。


「危ない!!!!!!!」

 そうリカルの叫び声がアステラの背後から聞こえた瞬間、アステラは、リカルの張りのある手で背中を突っぱねられた。

 ドォォォォォォォォォン!!!!!!!!!

 その後王宮の入り口の方から轟音が響いた。

「あ゙ぁぁぁぁ!!!!!!」

 それと同時に、アステラの背後から、リカルのうめき声が聞こえた。
 咄嗟に後ろを振り向くと、そこには、左半身が焼かれて、皮膚が(ただ)れているリカルが地面でのたうち回っていた。

「リカル! リカル!!」

 アステラ王は、リカルにそう呼びかけた後、自分ではどうする事も出来ないので、大声で救護班の一人を呼んだ。

「リカルを頼んだ!」

 少し早口に救護員に言った後、その救護員二人は、リカルを担架に乗せ、救護所へと連れて行った。


 救護員が見えなくなった後、アステラは、轟音の聞こえた方を確認した。
 その景色を見て、アステラは呆然とした。
 王宮が、見る影も無いただの瓦礫の山と化していたのだ。
 何故。
 何があったのか。
 何故王である自分が、何があったかを知っていないのか。
 こんな時でも、自分を蔑み続ける自分に、アステラは嫌気がさしてきた。

「アステラ王!」

 地面にへたばっているアステラ王の元へ、ルーダが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?」
「あぁ、私は大丈夫だ。何があったか? よく確認出来なくて。」
「巨大な炎弾(バルモ)が、サルラス帝国とアルゾナ王国の国境付近から飛んできたんですよ。もしやあの方角は………………」
「サルラス帝国軍第一陣の方からか…………私の読みが外れていたのか…………」

 そう呟きながら、アステラは意気消沈した。

「……何か……あったのですか?」
「いや、なんだ。私がちゃんと第一陣を警戒していれば、リカルもあんな事にはならなかったのか、と。」
「リカルに何かあったのですか?!」
「恐らく、炎弾(バルモ)に当たりそうになっていた私を庇ってくれたのだろう。そのせいで、リカルの左半身の皮膚は焼け、爛れた。私がもっと警戒していれば……こんな事には…………」
「………………そうですか。」

 それを聞いたルーダも、少し俯いた。

「……ですが、今はこんなに落ち込んでいる場合では御座いません! 未だ交戦中です! さぁ立って。アルゾナ王国を精一杯守りましょうよ!」

 少し震える右手を掲げながら、ルーダはアステラの背中を押した。

「あぁ、そうだな。」

 アステラは、そう言った。


 こうして、サルラス帝国王都侵攻は再び、サルラス帝国の先制によって、開始された。





 



 帝国兵第一陣の方から炎弾(バルモ)が飛んできたということは、その第一陣には、囮のみならず、サルラス帝国の炎魔法師も居るということ。
 それに、あんなに大きな建造物(王宮)を一撃で撃沈できる威力の炎弾(バルモ)を行使するには、少なくとも三人以上の炎魔法師は必要だろう。
 そう言ったことを考えると、炎魔法師の他、水魔法師や雷魔法師も第一陣にいる可能性も出てくる。
 もしそうであれば、そこに向かわせた小隊のみでは心許無い。

「ルーダ。今すぐ、戦闘技能の高い者を数名、第一陣の方へと向かわせ、小隊と合流しろ。」
「はっ、承知いたしました。」

 そう言ってルーダは、颯爽とアステラの前を去った。


 サルラス帝国の先制攻撃により、ギルシュグリッツ内兵の緊張が高まった。
 第二陣がやって来るのも、時間の問題だろう。
 いや、抑も、第二陣は本当にやって来るのか?
 第一陣と一緒に来ていたりもするのか。
 ザルモラの創作魔法であっても、ワープは、魔力が足りずに実現不可であることは聞いていたので、不意に目の前に現れることはない。
 浮遊魔法のように、何かを浮かせる事も出来ない。
 ので、空を飛んで現れることは無いだろう。
 だが、身体強化系の効力を付与すれば、高速でこの場まで走って来ることはできるだろう。
 なので、警戒は怠ってはいけない。
 それに、影無(カゲナシ)も手伝ってくれれば百人力だろう。

 そんな事を考えている時だった。

「えっ…………」

 物陰から不意に見えたその光景に、呆然とせざるを得なかった。
 そこには、全身が火傷で担架に乗せられ運ばれる、影無(カゲナシ)の姿があった。
 恐らく、あの巨大な炎弾(バルモ)の熱波を浴びてしまったのであろう。
 影無(カゲナシ)は、王宮の中に居るよう、アステラは命じていた。
 そして、アルゾナ王国主力であった、リカルと影無(カゲナシ)が、戦闘不能となったのだ。
 ただでさえ不利であったアルゾナ王国は、もっと不利になったのだ。

 (私が、影無(カゲナシ)を王宮に居るよう命じておかなければ……)

 アステラはまた、自分を蔑んだ。
 開戦前も、エルダとマグダの不在で敗北を覚悟したが、その想定がこれで、決定的なものとなった。


 暫く経つと、サルラス帝国との国境付近から、黒煙があがってきた。
 微かな陽炎が見えた。
 戦闘が激化している証拠だろう。
 そして依然として、第二陣の侵攻は無い。
 そしたら、第一陣の中にザルモラ一行も混ざっていて、そこで戦闘を行なっているのか。
 はたまた、ザルモラが来るというのはフェイクか。
 何れにせよ、ザルモラがギルシュグリッツに現れるという可能性が捨てきれない限り、ギルシュグリッツ(ここ)を離れる訳には行かない。
 アステラは、立ち往生を食らった。


「…………?」

 その時突然、周りが真っ暗になった。
 下を向いても、地面は(おろ)か、自分の体さえ視認出来ぬ程に、ギルシュグリッツは暗闇に包まれた。
 アステラの周りに、騒めきが生じた。
 アステラも周りを見渡すが、当然何も見えない。
 そんな時。

「おや? 久しい顔だ。」

 アステラの前方から、若い男の声が聞こえた。

「ザルモラ!」
「あぁ、覚えていてくれたのですね。まぁ、()()()()があったのに忘れたら。そちらの方が可笑しい。正直、頭の出来を疑いますよ。」

 そう言いながら、その男、ザルモラは、何も見えない暗闇の中で、指をパチンと鳴らした。
 その瞬間、アステラとザルモラの居る範囲内をドーム型に照らす“何か”が、アステラの頭上に現れた。

「……少し、お話でもしましょうか。」

 そう言ってザルモラは、空中に腰掛けた。

「……何故、アルゾナ王国(この国)に攻め入った? 領土拡大か? それとも、ただの気晴らしか?」
「さぁ? 私にもわかりません。」

 その返答を聞いたアステラは、咄嗟にザルモラに近寄り、胸ぐらを掴んで叫んだ。

「お前!! 巫山戯(ふざけ)ているのか?!」

 そう叫ばれたザルモラは、掴まれているその手には一切触れず、静かに言った。

「いいえ、巫山戯てなどおりませんよ。(わたくし)共も聞かされておりません。まぁ、皇帝直々の命ですので、侵攻理由を知っていたとしても、教えることは無いでしょうが。」

 相変わらず癪に触る男だ。
 アステラは少し呆れていた。
 呆れ返って、そんな奴の胸ぐらを握り続けている自分が馬鹿らしくなった。

「取り敢えず、帰ってくれないか。もうお前を見たくない。」

 アステラはそう言いながら、顔を俯かせ、ザルモラの顔を見ないように努めた。

「おっと、そんなに嫌われていたとは。矢張り、君の親父さんを殺した事、根に持ってるんだ。」

 そう言ってザルモラは、少しアステラを煽るような表情をした。
 その言葉を聞いたアステラは、怒りで眉間に(しわ)を寄せながら、ザルモラを凝視した。

「あっ、ごめんごめん! 君にとっては大事な人だったんだっけ。ごめんねぇ〜。」

 ザルモラは、徹底的にアステラを挑発した。

「貴様!!!!!!!!!!」

 あまりの怒りに、アステラは、ザルモラの頬を殴ろうと、右手を振りかぶった。

「……愚かですねぇ………………」

 そのアステラを見てザルモラがそう呟いた後、ザルモラは、一瞬でアステラの背後に回り込んだ。

「精々悲鳴をあげて、のたうち回って、死んで下さい。」

 アステラの耳元でそう呟いた後、ザルモラは、自身の懐に携えてあった剣を抜き、アステラの腹に、ゆっくりと差し込んだ。

「さようなら。」

 ザルモラがそう呟いた時には、そこにザルモラの姿は無く、ギルシュグリッツを包んでいた暗闇も消えた。

「はぁ…………はぁ………………」

 あまりの痛みに叫び声さえもあげられないアステラは、地面に横たわり、刺さったままの剣を軽く押さえながら、血を流していた。





 




「アステラ王!!」

 地面に横たわるアステラを真っ先に見つけたのは、少し遠くにいたルーダであった。
 直様駆け寄り、冷静に容態を確認する。
 すると、後ろからついてきた兵が、勝手に刺さっている剣を抜こうとした。

「触るな!! 失血死しても良いのか!!」

 とても冷静とは思えない口調で、ルーダは警告した。
 刺さった剣というのは、抜くとそこから大量に出血し、出血多量で死亡する恐れがある。
 つまり、刺さった剣が出血を抑えているのだ。

「早く! 救護班を呼んでこい!!!」

 いつに無く勁烈な声で、ルーダは兵に命じた。

「は、はい!!」

 あまり状況が読めていない兵が、救護員を呼びにいった。


 暫くしてアステラは、救護員に担架で運ばれ、アルゾナ王国は、優秀な指揮官を失った。
 それは、アルゾナ王国の敗北を意味していた。



 気を失ったまま担架に運ばれ、救護所の病床の中でも特に重症患者用の病床に、アステラは寝かせられた。
 そして、救護員総出で、アステラの治療にあたった。
 その病床の位置は、リカルの寝ている病床から見える所にあった。
 不意に目が覚めたリカルは、その視線の先に、血だらけになって倒れているアステラがあった。

 それを見たリカルは、目を真丸に開いて、掠れた声で呟いた。

「アス…………テラ…………………………王………






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇








 約二十五年前。


 ギルシュグリッツ郊外の住宅街で、女児が産まれた。
 名は、ニルミ・グレラフ。
 幼い頃は活発で、何ににも興味を示す、好奇心旺盛な女児であった。
 その父母も、近隣の者からは『おしどり夫婦』と呼ばれる程に仲が良く、これからも平和な家庭が築けるだろうと、誰もが信じていた。

 そしてこれは、ニルミが五歳になった頃の話。



 父はいつもの様に仕事に出かけ、母もいつもの様にニルミの遊びに付き合った。
 この日は、母と二人で、市場へ出かけた。
 食材は勿論、衣服も買うらしい。
 ニルミにとっては久しぶりの外出だったので、五歳の誕生日に母に作って貰った、何も入っていないうさぎ型のリュックサックを自慢げに背負い、母に見せびらかせたあと、玄関まで走り、さっさと自分の靴を履いて、ドアノブに手を引っ掛け、「早くして」と言わんばかりに、期待の眼差しを母に向けながら、必死にぴょんぴょん跳ねていた。
 
 それを見て母は、優しい笑みを浮かべた後、ショルダーバックに財布を入れ、玄関まで歩いて行き、上品に靴を履いて、ドアノブにかかっているニルミの手の上からドアノブを掴み、ニルミと目を合わせ笑みを浮かべた後、ニルミと一緒にドアノブを捻り、外へと出た。


 日暮れ、持っていった鞄いっぱいに色々なものを買った。
 当初は予定に無かったものも色々と買った。
 その中でも、ニルミが欲しいと言って買った赤い小さなリボンが、一際目立っていた。
 家に帰るまでの道中、母が、鞄の中からそのリボンを取り出して、ニルミの頭にそのリボンをつけた。

「ほら、かわいい。」

 そう言って、無造作に頭をぐちゃぐちゃに撫でた後、満面の笑みを浮かべて、ニルミの顔を覗き込んだ。
 その笑みに対して、それに反応する様に、ニルミも幼子らしい笑みを浮かべた。



 家に帰り、ドアを開けると突然、母はニルミの手を離し、顔を青褪めた。
 よく見ると玄関に靴が二つある。
 グレラフ家は三人暮らしで、一人一つしか靴を持っていない。
 そして母とニルミは外に出ていて靴は玄関に無いので、今玄関に並んでいる靴は、父ともう一人誰かがいるという事になる。
 そしてもう一方の靴を見るに、明らかに女性ものであった。
 幼かったニルミにはこの意味が理解しかねたが、母は当然理解した。
 ベッドルームからは、ガサゴソと物音は絶えず聞こえた。
 母は、手提げ鞄をぼさっと地面に落とした。
 その後母は、靴を脱ぐのも忘れたまま、家の中に上がり、ベッドルームの扉を勢いよく開けた。
 母が扉を開けると、中からは、ちゃんと服を着れていない父が、息切れを見せながら出てきた。
 ニルミが部屋の奥を覗くと、見知らぬ、半裸の女性が、掛け布団を体に巻いて身体を隠しながら、上体を起こしていた。


 その後そのベッドルームの前は修羅場となった。
 母が叫べば父も叫び、それに対抗して、また母が叫ぶ。
 明らかに父の方に非があるのだが、自ら謝罪をすることを嫌う父は、必死に醜い言い訳をした。
 側から聞いたら、とても父は格好悪かった。
 醜かった。
 だが幼かったニルミには何が何だか分からず、その激しい口論を、ただただ外野から眺めることしか出来なかった。
 そんな時だった。

「五月蝿い!!!」

 癇癪を起こしてそう叫んだ父は、思いっきり母の頬をぶん殴った。
 母はその勢いで部屋の角に頭を強打し、地面に横たわり、頭からは大量の血が流れていた。
 それを見て、更に激しい息切れを見せた父は、そのままずかずかと、ニルミの方に向かって歩いていった。
 そして父は、ニルミの頬を打った。
 地面に叩きつけられ、頬が青くなる。
 痛さで泣き叫ぶ。
 黙って欲しい父は、再びニルミの元へと歩き、腕を振りかぶった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 怖さでそうニルミが叫んだ瞬間、父の体は燃え上がり、もがき苦しんだ後、灰すら残らず消え失せた。
 眼前から消え去った脅威()にニルミは、複雑な心境になった。
 あれでも、ニルミの愛した父だったのだ。
 だが、母の手を出したのならば、父は嫌いだ。
 ニルミは母が大好きなのだから。

 その後ニルミは、真紅の液に浸かった母の元へと歩き、母に言った。

「ママ! もう大丈夫だよ! 怖くないよ!」

 少し震えたその声を聞いた母は、ゆっくりと体を起こして、血みどろになったその(まなこ)で、引き()った笑顔を見せるニルミを見た。
 その瞬間、母はニルミを押し倒し、首を絞め始めた。

「ニルミ!!! よくも!!! よくもあの人を!!! 私の夫を!!!」

 そう言いながら、ニルミの首を絞めていった。

「や………………やめ…………………………」

 必死に声を出そうとするが、出るのは掠れた声だけ。
 遂には、呼吸すらも困難となった。
 そしてニルミは、残りの力を振り絞って、母の胸を両手で突き飛ばした。
 その刹那、ドオオオン!!! という轟音と共に、母の胸に風穴が空いた。
 その風穴付近の皮膚は、焼けた様に焦げている。
 当然母は、首を絞めることが出来なくなり、ニルミの上に寝転んだ。
 滝の様に血が流れる。
 ニルミは、自身の両親の命を、自分自身の手で奪った事に、気付けなかった。



 母の胸の鼓動が、聞こえなくなった。







 








 





 その後、父を焼いた炎が家に燃え移り、ニルミは、隣の家の住民に救助された。
 ニルミは、その隣家の人に背中をポンポンと叩かれながら、母の死体と共に焼かれる我が家を、呆然と見ていた。

 その後、灰となった母は、鎮火後一週間程経った時も当然見つからず、父と母は行方不明として片付けられた。
 ニルミは家を失ったので、近くの親戚の家で暮らすこととなった。
 その家は、焼けた実家から徒歩三十分程の場所にあり、ギルシュグリッツ郊外でも、一際大きな家であった。
 住んでいるのは、ニルミの母の姉とその夫。そしてその夫の父母と、娘が三人。計七人で暮らしていた。

 ニルミがその家にやってきた時は、皆笑顔で出迎えてくれ、その日の夜はパーティーをして、皆でどんちゃん騒ぎしたと言う。
 家が広い分、余っている部屋も幾つかあったので、その中でも、叔母叔父の娘の部屋から近く、それであって広さも同じくらいの部屋をニルミの部屋とした。
 引っ越した次の日からは、ニルミ用の家具を買い揃え、部屋を綺麗に飾った。
 その家具の設置には、叔母叔父の娘の上二人も手伝い、皆で和気藹々としながら、家具を設置していった。
 その三人の娘は、長女が六歳、次女が四歳、三女が二歳であった。
 ニルミの一つ上の歳の長女は、ニルミを直ぐに気に入り、暇さえあればニルミと遊ぶ様になっていた。
 その長女の名は、ミルズジア・ダルフラ。
 皆からは、“ミル”という愛称で呼ばれ、皆が可愛がった。
 そんなニルミの従姉、ミルは、良くも悪くもしっかりした性格で、その風体は、その女児を六歳とは思わせないものであった。
 間違ったことをすれば直ぐに謝り、家事はちゃんとこなす。
 優等生の模範的存在であった。
 そんなミルだからこそ、叔父叔母は、安心してニルミをミルに任せられた。
 ミルとニルミの遊ぶ姿は、いつも微笑ましく、それを見ると、無性に笑みを浮かべ、ミルを呼ぼうにも、邪魔するのは悪いだろうと、呼べない。
 その二人の遊びは、いつしか日常に溶け込み、ニルミは、自分の家の火事のことなど、すっかり忘れていた。



 五年後。
 突然誰も、ニルミと顔を合わせようとしなくなった。
 喋りかけても無視され、視線は合わせず、まるでニルミを排除しようとしている様にも見えた。
 ニルミとの間に、深い溝が一瞬にしてできた気がした。
 ミルに話しかけても、「ごめん」と小さく呟くだけで、視線を合わせようとしなかった。
 何故自分への対応が突然変わったのか、ニルミはわからなかった。
 その日は、自分の部屋で、うさぎ型のリュックを抱きしめて、必死に泣き声を押し殺しながら寝た。



 どうやらこの日、火事の前に家にいたあの半裸の女性が、「ニルミ・グレラフが放火魔だ」と言いふらして回ったらしい。
 その噂が叔母の耳にも入り、「そんな子とは二度と喋ってはいけない」と、家の中で強制した。
 未だ六歳だったミルも、それに従わざるをえなかった。


 一ヶ月後。
 とうとう、ニルミのご飯すらも準備しなくなった。
 お風呂にも入れず、着替えもさせて貰えなかったニルミは、ボロボロになった服を着て、臭い体のまま、自分の部屋の隅で、外から聞こえる激しい雨音に耳を澄ませていた。

 その夜。
 ニルミが窓の外をぼーっと見ていた時、部屋に誰かが入ってきた。
 その顔を見て、誰だかすぐに分かった。
 ミル。
 ミルは、ニルミと視線を合わせた後、鼻の前に人差し指を立ててシーッと静かに息で音を鳴らした後、ゆっくりとニルミの隣に座った。

「ごめんね。今まで避けちゃって。」

 ニルミと目線を合わせないまま、ミルはそう言った。
 ニルミは、声を最近一回も出していなかったので、返事をしようにも声が出なかった。
 涙で真っ赤に染まった目をミルに向けても、ミルと目が合うことはなかった。

 その後暫く沈黙が続いた。

「じゃ、じゃぁ、そろそろ行くね。」

 少し寂しそうな、名残惜しそうな声でニルミにそう言った後、ミルは、部屋を出た。
 結局、一回も喋らずに終わった。
 その後ニルミの部屋の前では、激しい罵声や、必死に謝るミルの声が聞こえた。
 最後は、頬を打つ音が聞こえ、それを最後に、部屋の前は静かになった。
 ニルミはこの夜、家を出ることを決めた。


 暫くして、皆が寝静まり、満月が真上に見える頃。
 ニルミは、特に何も荷物を持たずに、家を出た。
 豪雨の中、ニルミは歩いた。
 大粒の雨に体を叩かれようとも。
 目の中に水が入り込んでも。
 少し体が凍えてきても。
 ニルミは、涙を雨で誤魔化しながら、トボトボと歩いた。
 そんな時。
 ニルミの背後から、走る足音が聞こえた。
 ニルミは振り向かず、そのまま歩き続けた。
 (やが)てその足音がニルミの背後に止まった。

「ニルミ! ちょっとまって!!」

 後ろから、ミルの声がした気がした。
 ニルミは振り向かず、歩みを続けた。
 それを見たミルは、ニルミの肩に手を置いた。

「待ってってば!!」

 そう言って、ニルミの肩を軽く引っ張った。
 ニルミは、涙でぐちゃぐちゃになったまま振り返り、ミルに向かって叫んだ。

「何? どうせミル姉さんも、私が嫌いなんでしょう? なんで引き留めるの?!」
「嫌いなんかじゃない!!」
「じゃぁ何で今も、私の目を見てくれないのさ!!」
「…………それは……………………」
「やっぱり私が嫌いなんだ!! 父さんを焼き殺して、母さんの胸に穴を開けて、家を燃やした私が嫌なんだ。」
「違う!!」
「違わない!!!」

 そう叫んだ後、ニルミはミルの手を振り払って、さっきよりも早い速度で歩いた。

「待ってよ!!」

 またミルがそう叫び、ニルミの左手を掴んだ。

「止めてって言ってるでしょ!!! さっさとどっか行け!!!」

 それを聞いたミルは、少しニルミを握る手の握力を弱めたが、また直ぐに強くした。

「嫌だ!! こんなお別れの仕方!!」

 ミルも、涙でぐちゃぐちゃになりながら言った。

「帰ってきてよぉ……………………」

 そう言いながらミルは、握っていた手を離した。
 それを見たニルミは、少し家出を躊躇ったが、すぐにまた、歩を進めた。

「だから待ってってば!!」

 またミルが叫び、ニルミの右手を握った。

「五月蝿いんだよ!!! さっさと目の前から消えろ!!!!!」

 そう叫んだ時、ニルミの視線の先が、真紅の炎に包まれた。
 闇夜の中灯された業火。
 突然のことで、ニルミは後退りをした。
 その瞬間、地面に、首が無くなったミルが、倒れ込んだ。
 それを見て、ニルミは悟った。
 ミルの首が無いのは、恐らくさっきの炎に焼き尽くされたからだろう。
 じゃぁその炎は………………


 またやってしまった。
 また人を殺した。
 しかも、一番自分を見てくれていた人を。
 一番自分に向かって笑ってくれた人を。
 もう昔のように頭を撫でて貰えない。
 もう昔のように、笑い合うことは出来ない。
 私は、最愛の人の命を奪った。
 この手で。





 
 ニルミは、その場を逃げ出した。




 今すぐ逃げたかった。




 これを絶望と呼ぶのか。


 

 これを失意と呼ぶのか。





 ニルミは、締め付けられる思いで、豪雨の中、ミルを置いて、その場を去った。














 

 ミルが焼かれる直前。


 
 ニルミは、ミルと目が合った気がした。








 





 





 走った。



 走った。



 足元から、水溜りを蹴る音が聞こえた。





 走った。


 走った。


 靴の中に水が溜まってきて足取りが重くなっても、地面を踏み締め、走った。




 そのうち、走る気力も失い、空を眺めた。



 分厚い雲が、綺麗な満月を隠し、灰色に染まった空からは、大量の涙が落ちてくる。
 まるで、今のニルミの心を表しているかのように。



 天に向けていた視線を、一度両手へと落としてみた。
 見ると、手のひらが血だらけになっていた。
 声にならない悲鳴をあげながら、ニルミは尻餅をついた。
 その後もう一度両手を見てみると、血は無くなっていた。
 それがただの錯覚だったのか、雨に流されただけなのか。

 嗚呼。
 手についた血のように、私の心の(わだかま)りを、綺麗さっぱり洗い流してくれ。
 一層の事、私と言う存在自体を、この世から洗い去ってくれ。
 未だ十歳のニルミは、涙なのか雨なのか鼻水なのかよくわからない、頬に溜まった液体を手で拭い、誰もいない闇世の中で一人、小さく座り込んだ。




 次の日。
 その日の目覚めは、誰かに蹴り飛ばされたのかきっかけだった。
 もう既に、ニルミの顔は割れている。
 父を燃やした。
 母に穴を開けた。
 家を燃やした。
 そんな子供。
 皆が気味悪がった。
 蹴飛ばされた腹が、ズキンズキンと痛む。
 路上に寝転んだまま、一度吐いてしまった。
 それを気味悪がり、皆が避けていく。
 軽蔑の視線を送る。
 小さな女児が蹴り飛ばされ吐瀉しても、誰も気にかけない。
 これが世の条理。
 
「みんなに優しくしましょう。」

「困った人が居たら助けてあげましょう。」

 そんな、幼児は受けるような教えを守っている大人は、ほぼ居ない。
 幼児用の教育など、その程度なのだ。
 大人はそう言ったことを、「綺麗事だ」と言って、守らない。
 よく考えれば、「世の中の大半の大人が学ばないから、勉強する」のだ。
 世の中の大半の大人が、ちゃんと()()になってくれれば、もっとそう言った、“綺麗事”に溢れた世になるだろう。
 だが、学ばないから、吐瀉する女児を見て見ぬふりをする。
 それが格好いいとでも思っているのか。
 まぁ、大半が、「周りが助けないなら私も」と言う、周りに流される弱い人間なのだが。

 幼い頃から、ニルミの周りにいた大人は優しかった。
 自分を叱り、心配し、気にかけ、愛してくれた。
 その環境を壊したのは自分自身で、そんな理想郷は、()()にしか無かった。
 そこを壊してしまったのなら、それを見つけるのは困難を極める。
 皮肉な話だ。






 約一ヶ月後。

 ニルミは、路上生活を余儀なくされた。
 路上生活者支援も(ろく)に整っていないこの町では、食料を手に入れることさえ困難であった。
 配給もないこの町で食料を手に入れる方法といえば、パン屋のゴミ箱でも漁るか、八百屋で人が見ていない時にこそっとくすねるくらいしか無かった。
 そして、殺人や窃盗についての刑法も整っていないこの町では、ニルミは、特に裁かれる対象にはならなかった。
 だがそれで合っても、「殺人は非人道的行為」であると言う価値観は変わらないので、人々に蔑まれ続ける事に変わりはない。

 そんな生活が、ずっと続くと思っていた。



 この日もいつものように、やる事もなく、ただ人の家の壁に(もた)れ掛かり、ぼーっと空を眺めていた。

 人が近づいて来た。
 足音から考えるに、男か。
 また蹴られるのか。

 この時のニルミに、それから逃げる気力など、無かった。

「はい。」

 その男はそう言いながら、温かいホットドッグをニルミに渡した。
 恐る恐るそれを受け取り、その匂いが鼻の中へと侵入した瞬間、気づいた時には、そのホットドッグは全て、自分の胃の中へ入っていた。
 暖かかった。
 久しぶりに、人の優しさに、触れられた気がした。
 今まで、誰も信じられなかった。
 人が近付いて来れば、必ず傷害を受けた。
 人は信用出来なかった。
 だが、その常識は間違っていた。
 ちゃんと、“優しい大人”はいた。
 感謝をしたい。
 何て言えば良いのだろうか。
 ありがとう。
 そう言えば良いのか。
 久しぶりに声を出す。
 ちゃんと声は出るかな。

 ニルミは、意を決して声をかけてみた。

「あの!!」

 そう言いながら前を向くと、もう既にその男は去っていて、居なくなっていた。
 ありがとう。
 そう言えなかった。
 だが、ニルミは嬉しかった。
 高揚していた。
 明日も来るかな。
 ニルミは、期待した。



 だが男は、次の日も、その次の日も、何日待っても、来る事は無かった。
 あれは幻だったのか。
 とうとうニルミは、自分の頭を疑った。
 栄養失調で頭が狂ったか。
 あの日は幻想だった。
 そう考える事で、ニルミは、その出来事はただただ夢想しただけなのだと、そう暗示した。
 今日もいつも通りのこの日常は始まる。
 そう思っていた時。

「はい。」

 突然目の前から、男の声がした。
 眼前には、ホットドッグ。
 前もらったものに比べて、少し野菜が多めだった。
 ニルミは、それを静かに受け取り、一つずつ。前よりも味わって食べた。
 美味しい。
 美味しい。
 美味しい。
 暖かい。

 食べ終わった。
 今度こそお礼を言おう。

「あの!!」

 そう言って前を見ると、その男が立っていた。
 初めて顔を見た。
 綺麗な肌だった。
 白い肌と、整った顔立ち。
 まるで何処かの、王子様のような。

「あっ、そうだ。これ、プレゼント。」

 ニルミがありがとうと言う前に男がそう言い、ポケットの中からある物を出し、ニルミの頭に付けた。
 ニルミは特に抵抗せずに、されるがまま、黙って待った。
 その何かが付け終わり、男は鏡を出して、ニルミの顔を写した。
 そこに写っていたのは、頭に赤いリボンの付いた、ニルミだった。




「ほら、かわいい。」





 そう言って男は、ニルミの頭を優しく撫でた。



 ニルミは泣いた。

 声をあげて泣いた。

 お母さん。

 お母さん。

 またその手で撫でられたい。

 髪の毛をくしゃくしゃにして欲しい。

 また言って欲しかった。

「かわいいね」って。









「ねぇ、お兄さんから提案があるんだけどさ。」

 暫くして落ち着いたニルミに、男は言った。

「良ければ、私の家で暮らさないか?」

 その言葉に、ニルミははっとした。
 嬉しかった。
 また屋根の下で暮らせる。
 ベッドで寝れる。
 それに、この優しい人ともいつでも話せる。

 でもまた、炎を出しちゃって迷惑をかけたら。
 命を奪う結果となってしまったら。
 この優しい人を殺してしまったら。


「本当に良いの?」

 ニルミは、男に尋ねた。

「良くなかったら、こうやって提案なんかしていない。」
「私、いきなり炎出しちゃうよ。」
「大丈夫。お兄さん強いから。いざとなったら家にいる強い人が守ってくれるから。」
「……………………なら………………」

 ニルミの心は動いた。

 また人の優しさに触れたい。
 人を信じてみたい。

「よし! 決まりだね!! じゃぁ先ず自己紹介をしなくちゃな。」

 そう言って男は、深呼吸をした後に言った。

「私の名前は、アステラ・アルゾナ。君は?」

 ニルミは、黙り込んだ。
 もしここで名前を言ってしまったら、この人、アステラさんが、自分を避けてしまうかもしれない。
 親を殺したことがバレたら、この話も無くなるかもしれない。

 だが、愛する母が腹を痛めた後、沢山考えてつけてくれた名前。
 大事にしたい。
 だが………………



「……言いたく無いのか?」

 アステラのその問いに、思わずニルミは頭を縦に振ってしまった。

「じゃぁさ、私が名前をつけても良いだろうか。」

 アステラは言った。

 (この人のつけてくれた名前なら。)

 そう思い、ニルミは、再び頭を縦に振った。

「そうだな……………………」

 暫く悩んだ末、アステラは言った。

「じゃぁさ…………………………」

 そう言ってアステラは、考えた名前を、ニルミに言った。
 それを聞いたニルミは、満面の笑みで頭を縦に勢いよく振った。












 お母さん。
 私は、この優しい人の家に住みます。
 この人は、お母さんと同じように、赤いリボンを買ってくれて、頭につけてくれました。
 そして、「かわいい」と言って、頭を撫でてくれました。
 暖かいホットドッグもくれました。
 きっと悪い人じゃありません。
 だがらお母さんも、安心してください。

 ニルミ・グレラフとしての私は居なくなるけど、リカル・アルファとしての自分も、ずっと見守ってくれていたら嬉しいな。

 お母さん。
 大好き。













 





「じゃぁさ、『リカル・アルファ』なんてどうかな?」



















 





 アステラの家は、とても大きかった。
 焼いた自分の家を百個集めても、この建物には敵わない。
 まるで、伽話に出てくるようなお城のよう。
 ニルミ、いや、リカルは、そう思った。

 そしてその家の中に入った時、その家には、沢山の人がいた。
 家族にしては多すぎる。
 顔も似ていない。
 じゃぁここにいる沢山の人は、一体誰なのか。

 アステラは道中、色んな人と話をしていた。
 話を盗み聞きした限り、恐らく、アステラの仕事の話だろう。
 じゃぁ此処にいる沢山の人達は、全員アステラの仕事の人。
 そうすれば此処は、アステラの家では無くて、アステラの仕事場なんだ。
 リカルはそう解釈した。

 リカルが連れて行かれたのは、湯気の立ち込める広い部屋。
 そこでリカルは、アステラに置き去りにされた。
 扉を閉められ、リカルは閉じ込められた。
 と思ったら次の瞬間、柱の影や棚の隙間から、白と黒を基調とした長いスカートを履いた女性が十数人現れ、リカルの服を脱がせ始めた。
 何が何だかわからず抵抗するリカルだったが、その女性達は力が強く、未だ十歳のリカルは、到底敵わなかった。
 遂には裸にされ、アステラの去った扉とは反対側の扉に入れられた。
 そこは、大浴場だった。


 その後リカルは、その女性達に体の隅々まで、隈無く洗われた。
 胸や背中、お腹や頭は勿論、爪の隙間までもが洗い尽くされた。
 そして洗い終わった後、リカルは湯船に入れられて、至福の時を過ごした。
 周りでまあまあな数の女性が見ている中一人だけ風呂に浸かるのは少し抵抗があるが、それでも、このお湯の気持ち良さには抗えない。

 嗚呼。
 こんなにもゆっくりとお風呂に入ったのはいつぶりだろうか。
 気持ち良い。


 そしてその後、リカルの体は拭きに拭かれ、マッサージもされて、ピチピチの状態で、動き易い服を着させられた。
 そして髪の毛も着られ、何かクリームのようなものを顔に塗られた。
 そして、大浴場の更衣所を後にした。
 全身ホカホカで、体から少し湯気が上がっている。
 そしてその女性達に案内されて、ある部屋の前に来た。
 そしてある女性が、その部屋の扉をノックし、言った。

「アステラ王子。失礼します。」

 王子?
 そんな………………まさか…………

 そう思ったのも束の間、その扉が開き、その部屋の奥には案の定、アステラがいた。

「おぉ、綺麗になったじゃないか。」

 そう言いながらアステラは、リカルに歩み寄った。
 さっきの女性曰く、髪の毛を整えると、リカルは別嬪だったそう。
 リカルにその価値観はわからなかったが、アステラが「かわいいな。」と言いながら頭を撫でてもらえたから、それだけで十分。



 その後アステラは、部屋からその女性達を出させて、リカルと二人きりになった。

「そういや、言ってなかったね。私の事」

 そう言いながらアステラは、さっきまで座っていた、背もたれが高すぎて少々座りにくそうな木の椅子に座った。

「あぁ、リカルも座って良いよ。遠慮なんか、しなくても良いから。」

 そう言いながらアステラは、リカルの近くにあった椅子を指差し、優しい笑みを浮かべた。



 リカルがちょこんと椅子に座った後、アステラは、自分のことを話し始めた。

「私はね。王子様なんだよ。」

 アステラは、とてもすごい秘密でも暴露するかのように、キメながらそう言った。
 だが、前にアステラが“王子”と呼ばれていた事から、リカルは、大体察していたのだ。

「……あれ? なんか反応薄いなぁ…………」
「ま、まぁ、さっき思いっきり、『アステラ王子』と呼ばれておりましたので。」
「そ、そうか………………」

 とても格好悪いアステラだったが、リカルは特に、気にかけなかった。

「なんか。王宮(ここ)に来る道中よりも口数が増えたな。」
「…………減らした方がよろしかったのでしょうか?」
「いやいやいや! 多い方が絶対良い!」
「そうでしょうか………………」

 リカルは少し、肩を落とした。

「前の家じゃぁ、私が喋る度に全て無視されたので。言葉を発するという行為自体が、あまりよく思われておりませんでしたので。」
「そ、そうだったのか………………」

 アステラは、フォローしようとしたのか少し言葉を詰まらせたが、結局、淡白な返事しか出来ず仕舞いだった。

「…………話変わってますよ。」
「あぁ、すまんすまん。」

 リカルは、アステラの事が頼りなく感じた。

「んで私は、この国の王子様なんだよ。」
「それはさっき聞きました。」
「あ、あぁ、そうだっけか。」

 リカルは初めて、呆れを覚えた。
 本当にこの人について行っても良いのだろうかと、不安になった。

「まぁ。王子って事で分かるとは思うが、私の父は国王だ。名前は、リーゲル・アルゾナ。あっちなみに、リカルが国王の名を呼ぶときは、『国王陛下』か、『リーゲル王』って呼ばないと、怒られちゃうから、気を付けてね。私のことは、好きに呼んでくれて構わないからさ。」
「それなら………………アスちゃん。」
「…………っ?」

 リカルのその言葉に、アステラは硬直した。

「あっ、テラちゃんの方がお好みでしたか? でなければ、アッちゃんかテッちゃん、テスっち……アスリン………………」
「も、もういいもういい。前言撤回。『アステラ王子』でよろしく。」
「は、はぁ………………」

 リカルは少し肩を落とした。

「でもまぁ、リカルの可愛いところが見えて良かったよ。」
「どういう事ですか?」

 全く分かっていないリカルは、ただただクスっと笑うアステラを、首を傾げて眺めていた。







 




 


 その日からリカルは、王宮の一室を貰い、そこで生活を始めた。
 生活必需品などは、アステラが全て揃えてくれ、王宮のメイドにも色々と手伝って貰い、暮らしている。
 ちなみに、最初に此処に来た時に会ったあの女性は、全員王宮直属のメイドだそう。
 だから入浴させたり着付けをさせるのが上手なのかと、リカルは納得した。



 そしてある日。

「リカル。お前を一度、私の父上に会わせたい。」

 アステラの部屋に集まったリカルは突然、アステラに言われた。

「父上って…………国王ですよね。」
「あぁそうだ。」
「拒否は出来ますか?」
「いいや、無理に引っ張ってでも会わせる。」
「何でですか?」
「会えば分かる。リカルの為だ。」

 相変わらず、愛想のない受け答えを繰り返すリカルだったが、助けて貰った恩もある中、断りきれなかった。

「はぁ…………分かりました。いつお目にかかればよろしいのですか?」
「一分後だ。」
「えっ?」

 そんなリカルの困惑も他所に、アステラはリカルの手を引っ張って、国王の部屋まで連れて行った。



 リカルは、アステラの部屋の扉よりも、より一層、豪華で大きな扉の前に居た。
 その扉は、細部まで細かく装飾がなされており、如何にも、“THE 国王の部屋”と言った風貌であった。

「父上、アステラで御座います。リカルを連れて参りました。」

 アステラは、その扉を二回ノックした後、いつもと違う、ハキハキとした少し低めの声で、そう言った。

「入れ。」

 部屋の中から、とても威厳のある、図太い声が聞こえた。
 その声質は、王と呼ぶに相応しい威圧感を放っていて、それであって、少し優しさも感じ取れた。

「失礼します。」

 アステラはそう言い、大きな扉を、背筋をピンと伸ばした状態で開いた。



 部屋の中は、とても綺麗だった。
 いや、あまり物が少ないと言った方が正しいか。
 部屋の側壁には、大きな本棚が二つ設置されていて、その中に、綺麗に整頓された書類が冊子にされて並べられていた。
 真ん中には大きな机が一つあり、その両側には、革製のソファが並んでいた。
 見た感じ、一台四人は座れるソファであった。
 そしてその机の奥には、何とも風情のある机が置いてあり、その奥の木の椅子に、国王らしき人物が座っていた。
 真っ赤な、薄い生地の服を纏っていて、髪は白と黒が混じり灰色に見えた。
 髭などは無く、その白い綺麗な肌は、たとえ十八歳の長男を持つ父親とは思えない若々しさを醸し出していた。

 扉の閉まる音が聞こえると、その人物は、椅子から立ち上がり、此方に顔を見せた。
 美形だった。
 若い頃はモテモテだったのだろう。そう連想せる程に、整っていた。
 アステラと少し似ている気がした。

「君がリカル・アルファかな?」

 リカルの目を覗き込みながら、その人物は言った。

「はははははは、はい。そそそそそうですが…………」

 緊張で声がガチガチに震えた。

「はっはっは。そう身構えんでも良い。もっと楽に。ラフな感じで良いから。」
「そ、そうですか………………」

 そう言われてもしにくいなと感じたリカルだった。

「あぁ、自己紹介がまだだったね。私はリーゲル。リーゲル・アルゾナ。一応この国、アルゾナ王国の国王をさせて貰っている。そしてそこの王子の父親だ。よろしくな。」

 そう言って、男、リーゲルは、分厚い皮が目立つゴツゴツした右手を差し出した。

「り、リカル・アルファです…………よろしくお願いします。」

 そう言いながらリカルは、そのリーゲルの右手を握り、固く握手を交わした。
 少し遠慮気味だったリカルだが、この握手を機に、リーゲルに対して少し心を開いた気がした。



 その後リーゲルは、リカルに、自身の持つ炎魔法の力について色々と話した。
 リーゲルは国王であると同時に、アルゾナ王国一の魔法師でもあった。
 行使するのは炎魔法で、その力はとても強大であった。
 百数十個と炎弾(バルモ)を出したり、国全体を炎獄牢(グラーミル)で囲んだりするのは勿論、あの命と引き換えに穿つ炎最上位魔法、暁光蝶(ギア・ライル)も行使できると言われていた。
 だが今までその力が役に立ったのは、せいぜい暖炉に火をつける時くらいで、戦争などリーゲルが国王に就任してから一度もなかった。
 なので、その力の真価が披露されることは、今まで無かったのである。

 そしてある程度炎魔法について話した後、リーゲルはリカルに、ある仮説を聞かせた。

 それは、「リカルが炎魔法師である」という仮説。

 リカルの両親を殺した時の炎や、従姉を殺した時の炎が、炎魔法の効果と符合していたのだ。
 母の胸や従姉の頭を穿ったものは、炎弾(バルモ)を使用したと考えれば辻褄が合い、父に関しては、炎魔法で体に炎をつければ此方も辻褄が合う。
 それ以前に、着火材も何も無い所から突然炎があがった時点で、炎魔法と言わざるを得ないだろう。


「よーし決めた! リカル! 明日から私の所へ来い! 魔法について手取り足取り教えてやる!」

 話の終わり、リーゲルが突然そう言った。

「父上、突然そんな事言われましても…………」
「アステラ。ならお前は、再びリカルの魔法が暴走して犠牲者が出た場合、責任は取れるのか?」
「それは………………」
「なら、ちゃんと炎魔法を行使できるようになっていた方がよかろう。それに、魔法が自由自在に操れれば、便利だろう。」

 それを聞いたアステラは、納得せざるを得なかった。
 責任問題となった場合、リカルを引き取ったアステラが疑われるのは避けられない事実。
 それなら、そうならないように未然に防いでおけば良い。
 とても正論。

「…………という事だ。リカル? どうだ? 悪い話では無いと思うのだが………………」

 リーゲルは、視線をアステラからサッとリカルに向け、もう一度聞いた。

「そ、それなら………………あんな事が起こらないようになるのなら……………………」
「よし! 決まりだな!! よろしくな! リカル!!」
「は、はい………………」

 初め見た時の印象とは全く違った気さくな国王にリカルは、魔法を教えて貰えるようになった。
 リカルは、この力に自制が効く事に期待しながら、リーゲルの部屋を後にした。