「あぁ………………………………」
あまりの凄さに、ほうっとため息が出た。
そこに並んでいたのは、セメントで少し黄みがかった白に染まった建物。
今までいた場所とはその建物の高級感が違う。
グルダスの授業でセメントやギルシュグリッツのことを聞いたことはあったが、いざその場に立って、その街並みを目の当たりにすると、何も言葉が出てこない。
ただ呆然と立ち尽くす。
地面を見た。
今までの地面は、煉瓦を並べたような道で、凹凸があったのにも関わらず、此処の道は、綺麗に舗装され、凹凸のなくツルツルだ。
そうやって周りをキョロキョロと眺めていた時。
ブロロロロロロロ
街の奥の方から、謎の音が聞こえた。
その音の鳴る方をエルダが見ると、そこには、人を数人乗せた箱が、煙を出しながら動いていた。
「確かあれは………………そう! クルマだ!」
車についても、グルダスから教えてもらっていたので、理解できた。
車。大陸内ではアルゾナ王国のみでしか使用されておらず、大陸一の文明発展都市と言われる所以の一つが、この車の発明であった。
「はぁぁ……………………」
今まで見てきた町並みとの変わりように、エルダは、呆然とした。
今居るのは、ギルシュグリッツの南部。
門兵の地図曰く、このまま真っ直ぐに北上していけば、木材を買ってくれそうな市場があるらしい。
アルゾナ王国の他人の話なので、完全に信用した訳でもないが、とりあえず、お金になればそれで良い。
枯れかけているエルダのオアシスに、再び雨を降らせることが出来るのだ。
その市場までは、徒歩以外で行く手段がない。
なので、只ひたすらに歩き続ける。
「……着いた。」
地図に書いてある場所に着いた。
そこにあったのは、少し古びたクリーム色の一階建ての建物。
いかにもな雰囲気が漂っている。
「此処で……良いんだよな………………?」
少し入るのを躊躇いそうになるその風貌は、世間知らずであるエルダにとっても、周りをキョロキョロとせざるを得なかった。
そして暫くして、エルダは、その中に入る決心をした。
深く深呼吸をし、扉を開けた。
ブワッ
「ゲホッ ゲホッ!」
扉を開けた瞬間、大量の埃がエルダを襲った。
暫く咳き込んだ後、ばっと前を見ると、そこには、一人の男が椅子に座っていた。
「いらっしゃい。何の用かな?」
その男が、図太い声でそう言った。
筋肉ムキムキで身長も高く、嘗ては王国兵だったのか、右目に眼帯が付いている。
「あっ、木材を売りにきたのですが………………」
「ちょ、ちょっと待った。あんた、名前は?」
「エルダ・フレーラですけど………………?」
それを聞くと、男は肩の力をふっと抜き、
「そっか………………まだ生きていてくれたのか…………」
男は、笑みを浮かべた。
「あぁ、名乗ってくれたのなら、儂も名乗らないとな。ボル・グレイブ。それが儂の名前だ。」
「はぁ…………」
「ん? こんな老耄の名前など知ったこっちゃないってか?」
「いやいや、そういう訳じゃ………………っていうか、僕の事知ってるんですか? この国の人皆そうで、僕の名前を聞くと少し騒めくんです。」
それを聞いたボルは、少し考えてから言った。
「エルダは、マグダ様から何か聞いた事はあるのか? 例えば……自分の生い立ちとか…………」
「マグダ…………って確か僕の父の名前ですよね? 父なら僕が幼い頃、僕の魔法のせいで他界したので。あまり覚えてないんですよ。」
それを聞いたボルは、前にあった机を叩きながら立ち上がり。
「マグダ様はお亡くなりに?!」
ボルはそう叫んだ。
「は、はぃ。」
突然叫んだので、エルダもびっくりして、そんな返事しか出来なかった。
「(マグダ“様”?)」
エルダはその呼称に疑問を抱いたが、特に気にせず、商談へと話を進めた。
「それじゃぁ一度、その木材を見せて貰いたいのだが…………今此処に無いのか?」
「はい。何にせよ量が途轍もないので…………」
「何処にある?」
「王国門の前です。」
「よしっ、行こうか。」
そう言ってボルは外出の準備をし、さっさとギルシュグリッツを後にした。
翌朝。
山のように積まれた木材を見て、ボルは只々口をパクパクさせていた。
「な、なんじゃこりゃぁ………………一体、こんな量…………何処で………………?」
その様子を見て、エルダは少し誇らし気に思った。
「幾らくらいになります?」
エルダはそんなボルを置いて、買値の交渉をした。
「い、いやぁ、予想以上に多かったから、集計には一週間くらいかかりそうだ。それで良いのならば、良い値は払う。」
「分かりました、お願いします。」
冷静に判断したボルだったが、内心、未だに放心状態であった。
「まさか…………前の地震と何か関係が…………」
ボルがそう呟いたことを、エルダは知らない。
一週間後。
「ギルシュグリッツの中央市場に、大量の木材が販売されています! それも、ギルシュグリッツの半分の面積を埋め尽くす程の量の!」
「ペルト。その木材を、建設に十分足りる量、購入しておけ。」
「りょーかいです!」
そう言いながらペルトは部屋を飛び出し、木材購入の手続きをし始めた。
「まさか、あのボルが商人をしていたとは……マグダが去った後に消えたと思ったら…………そうか…………」
アステラは、自室でそう呟きながら、密かに優しい笑みを浮かべた。
その後アルゾナ王国では、避難民用の家屋や物資の準備が、迅速に進められていった。
その全体の指揮をとったアステラ王の指揮能力は流石の一言で、皆、尊敬の念を抱いてならなかった。
そんな中エルダは、折角アルゾナ王国に来たのだから、久しぶりにグルダスに会おうと、煉瓦の地面に靴を当てて音を鳴らしながら、グルダスの家を目指していた。
緑色人にあったと言ったら、どんな顔をするのか。
そこで村を焼かれたと言えば、どれだけ悲しんでくれるのか。
友達が殺されたと言えば、どれだけエルダを元気付けてくれるか。
向こうで村再建の手伝いをしたと言ったら、どれだけ褒めてくれるのか。
信頼できる仲間が沢山出来たと言えば、どれだけ喜んでくれるか。
いろいろな事を考えてしまい、一喜一憂しながら、今にもスキップしそうな勢いで、グルダスの家へ向かった。
階段を登り、期待に胸を膨らませ、つい笑みがこぼれ落ちる中、エルダは、グルダスの家の扉の前にいた。
インターホンの前に指をそっと置いた。
少し緊張した。
だが、ここまで来たならと、思い切ってボタンを押した。
ジィィィィィィィィィィィ!!!
フロア内に、ベルの音は鳴り響く。
「あれ?」
暫く待っても、一向に出てくる気配がない。
もう一度押してみた。
だが出て来ない。
抑も、部屋の中から一つも音がしない。
「出かけているのか…………?」
そう思い、エルダは出直す為に、建物を出て、少し町の散策を始めた。
数時間が経ち、夕日で空が赤く染まり始めた頃。
流石にもう家に戻っているだろうと、もう一度建物の中に入り、グルダスの家のベルを鳴らした。
しかし、グルダスは出て来なかった。
「なんなんだ………………?」
そう考えていると。
「あんた、そこの家の老人に用があるのかい?」
背後から突然、恐らくグルダスのご近所さんの女性に話しかけられた。
「あの人なら前、国民兵に志願したから、暫くここには戻って来ないよ。」
それを言った後その女性は、さっさと此処を去ってしまった。
国民兵へ志願。
国民兵と言えば、王国政府が兵力不足解消の為に募集したもの。
戦争に参加するわけだから、当然危険も付き纏う。
ましてやグルダスのような老人は、直ぐに命を落とすだろう。
幾ら報酬金が惜しいとは言え、死んでしまっては元も子もないのだ。
このままではグルダスの身が危ない。
なんとしても止めなくては。
そう考えたエルダは、直様建物を出て、浮遊魔法で飛び上がり、自分の身で耐えれる範囲での最高速度で、王宮へ向かった。
その頃。
開戦の日まで後五日と迫ってきている中、国民兵の救護師団増援用カリキュラムを終了した。
戦闘中に考慮される様々な怪我の応急処置や、救命器具の使用方法。人の運び方、起こし方など、様々な救護技術を授業した。
戦争とか関係なく、普段の生活にも役立つ情報が満載だったので、少し知識人になったように、国民兵は思っていた。
開戦が目の前に迫っている。
国民兵は、眠れぬ夜を過ごした。
自分達が前線に立つわけではないが、それでも、戦争に参加するということは、死と隣り合わせな訳なので、皆緊張していた。
深夜。月が真上に照る頃。
グルダスは、一人兵舎を抜け出し、少し離れた森林へと向かった。
「…………で、ちゃんと監禁できているのでしょうな?」
森の中で、誰かがグルダスに聞いた。
「もちろんだ。任務に支障は無い。」
グルダスが答えた。
「……でもまさか、かのエルダ様がやってくるとは。しかも、浮遊魔法持ちで。」
「そうですな。もし我等サルラス帝国に敵対されては、厄介ですな。」
「そうだな。」
二人は、少し不気味な笑みを浮かべた。
「っというか。ダールグリフ様は、いつもその姿で?」
「まぁな。アルゾナ王国でも王族には顔が割れているかも知れないしな。だから兄様に、見た目の年齢だけ老人のように変えてもらってるんだ。」
「左様で。」
「あと、出来れば此処では『グルダス』と呼んでくれ。その名前だと素性がバレる。」
「あっ、申し訳ありません。」
そう言って二人は別れた。
「グルダスーー!!!」
グルダスが兵舎に帰っている途中、グルダスの頭上からエルダの声が聞こえた。
グルダスは、今の会話が聞かれたか危惧したが、エルダの様子を見る限り、その心配は要らないように感じた。
「なぁ、国民兵なんて、なんで志願したんだよ! 死ぬだろう!」
エルダが、真夜中なので少し声量を抑えてそう言った。
「すまんな。だが、まぁ、家もあまり裕福では無いからのぉ。お金が無くて。」
「だからって…………死んじゃったら元も子もない無いだろう…………」
エルダが、必死に説得しようと試みた。
そんな時。
「「敵襲!!!!!!!!!」」
突然王宮の方から、そんな叫び声が聞こえた。
「じゃぁ、そういう事じゃから。」
そう言ってグルダスは、さっさとエルダのもとを去っていった。
「ちょっとまっ……………………」
引き止めようとしたが、そのときにはもう、声の届かない遠くの方に居た。
「…………?」
エルダは少し疑問に思った。
グルダスの走り方が、異様に若かったのである。
もう老人だというのにも関わらず、体を少し前に倒し、腕をぶんぶん振っていた。
「…………はっ!」
エルダは、今の状況を思い出した。
敵襲。つまり、予定よりも早くに、サルラス帝国がアルゾナ王国に攻め入ってきたのだ。
「グルダスを死なせない為にも…………」
そう呟き、エルダは、浮遊魔法で前線へ向かった。
「くそっ、サルラスめ。宣戦したときに言った日よりも前に進軍してきやがった。」
アステラが一人、頭を抱えた。
あのサルラス帝国でも、流石に開戦日時は守るだろうと信用していたが、そんな訳が無かった。
前に攻め入られそうになったときも、日時を守らなかった。
それに、未だにアルゾナ王国南部の住民避難が済んでいない。
避難所の準備や物資の準備も完璧なのに。
取り敢えずアステラは、国境付近に防衛線を張るべく、中央広間に兵を集めさせ、今思いついた策を話した。
「王国兵よ! 時間が無いので前置きは無しにする。今から、サルラス帝国との交戦準備に入る。
先ず通信班! 東門と南門付近にいる兵に、国境付近の防衛と近隣住民の避難誘導を促すようにモールス通信!
騎馬兵は、今すぐメルデス大森林へと王国を脱出し、迂回してからサルラス帝国軍の対処せよ! 指揮はルーダに任せる!
国民兵及び救護師団は、至急南部都市に行き、避難勧告と簡易型救護施設の設置を! ガラブの指示を聞いて動くように! リカルとペルトは、避難民の対処を! 皆の物! 今すぐ任務にかかるように!!」
そのアステラの指示を聞いた一同は、迅速な対応を進めていった。
騎馬兵は馬に跨り大森林の中を疾駆し、救護班は、何台もの車を走らせた。
到着までに数時間はかかってしまうが、これが今の最善策だった。
「国境防衛班…………出来るだけ持ち堪えてくれ…………」
アステラは、少ない犠牲で済む事を願いながら、戦況を眺めた。
「………………っ…………!!」
身がもげそうになるような速度で空を駆けるエルダ。
開戦予定時刻よりも数日早くに開戦したことは分かっている。
そして、住民の避難も未だ終わっていないだろうとエルダは考え、急いで国境に向かった。
ドカァァァァァン!!!
国境付近で、黒煙が上がった。
よく見ると、その狼煙の下で、木々が燃えていた。
そう。サルラス帝国兵が、炎魔法を使ったのである。
「マズい……!」
エルダは、少し速度を上げて前線へと向かった。
その時。
ドォォォォォォォォォンンンン!!!!!
国境付近で、再び轟音が響いた。
だがその轟音は、さっきのものの比では無かった。
よく見ると、その轟音が響いたのは、サルラス帝国の領地内であった。
「…………なんじゃこりゃぁ…………」
エルダは、その光景に呆然とした。
そこには、高さが五十メートルほどある炎の壁が、まるでアルゾナ王国とサルラス帝国の国境を阻むように出来ていたのだ。
炎の紅い光が、さっきまで月光に包まれていた街を、真っ赤に染めた。
そして、大量の熱波が、エルダを襲った。
火傷するほどでは無かったが、それは突風のようであった。
エルダは、何が起こっているのかが全くわからず、ただ周囲をキョロキョロと見渡してみた。
すると、王宮上空に、一人の人影が見えた。
「…………誰だ?」
浮いているように見えたが、よく見るとその男の足元で、水のようなものが、男の足の裏へ向かって噴射されているようであった。
その男は、燃え盛る炎の壁の方を向きながら、右手を炎の方に向けていた。
よく見るとその男は、左腕が無かった。
その服の袖を見ると、誰かに切断されたような跡がついていた。
恐らく男は炎魔法師。
だがそれなら、足元の水は誰が?
協力者がいるのか。
それともその男が一人で魔法の同時発動を行なっているのか。
誰だ。
わからないことが多すぎる。
そんな時。
「エルダ様でしょうか?」
下の方から、落ち着いた女性の声が聞こえた。
「はい、そうですが………………」
エルダが、その女性の元へ下降した。
「エルダ様、王宮までご同行して頂けますでしょうか。アステラ王のご命令で、エルダ様を王宮へ連れてくるように、と。」
その女性は、そう言いながら健かに一礼した。
すらっとした、しっかりした真面目な雰囲気を醸し出す女性だ。
「……えーっと、貴女は?」
「あっ、申し遅れました。私、アステラ王第一秘書、リカル・アルファと申します、」
「(まさか、そんなお偉いさんだったとは………………)」
そんな事を他所に、エルダは、ある心配をしていた。
自分が、この国の王様に呼ばれているのだ。
何か悪い事をしたのでは無いか。
何か王にとって粗相をしてしまったのでは無いか。
エルダは、そう考えてならなかった。
だが、ここで同行を断って仕舞えば、それこそ問題になる。
ので、答えは一択だ。
そしてエルダは、リカルと共に王宮へと向かった。
道中。
「あの…………私、何か悪いことしましたっけ…………?」
心配のしすぎでエルダは、リカルについ質問してしまった。
「……申し訳ありません。アステラ王のその命令の真意は、私には解りかねます。」
「そ、そうですか………………」
エルダは益々心配になった。
王宮に着くまでの間、エルダは必死に、今まで何か悪い事をしていなかったか、過去を振り返っていた。
そしてそんな慌てふためくエルダを他所に、リカルは、綺麗な背筋で王宮まで直線距離で歩いていた。
「もうちょっと迂回してもいいんじゃ無いかなぁ…………」
エルダは、意気消沈した。
頬に冷や汗がつーっと流れる中、エルダは、王宮の目の前にいた。
「入りましょうか。」
冷徹な声でリカルが言い、エルダを先導した。
王城の門の前に来着くと、完全武装の門兵が二人立っていた。
「リカル様、その男は?」
門兵の一人が、リカルに聞いた。
「あぁ、王が言っていた、エルダ・フレーラ様です。」
「し、失礼しました! どうぞお通り下さい!」
エルダの名前を聞いた瞬間、門兵は慌てふためき、直様道を開けた。
その対応にエルダは困惑したが、先々進むリカルに置いていかれないよう、追いかけた。
さっきまで戦争騒ぎだったので王城の中には人が一切居らず、その静寂の中で、エルダとリカルの足音が、廊下中に響いていた。
落ち着かない。
壁は真っ白で、床には赤いカーペット。
天井は、落ちたら最悪骨折するくらいの高さで、廊下の広さは、車が二台横並びで並走しても余裕ある程の広さだった。
こんな広い廊下を、たった二人が、何も喋らずに歩いていた。
暫く進むと、他の扉よりも少し豪華な扉があった。
その扉から少し離れてエルダは待った。
リカルがノックをした。
「アステラ王。リカルです。エルダ様を連れて参りました。」
リカルがそう言うと、部屋の中から、
「あぁ、入ってくれ。」
と、少し若い声が聞こえてきた。
それを聞いたリカルは、両扉の左側を開けて、エルダの入室を待った。
それをエルダが察したのは、リカルが扉を開けてから数秒後。
少しリカルに申し訳なさを感じる中、リカルに会釈し、中へ入った。
その部屋は、広すぎず、狭すぎず、グルダスの家の居間を少し大きくしたくらいの大きさだ。
そこに、少し低めの長机とその両端には、高そうなソファ。
そしてその奥には高そうな机が置いてあり、その椅子に誰かが座っていた。
そしてその隣には、左腕の無い男が立っていた。
「(左腕がない男…………まさか?!)」
エルダがそう思った瞬間、その男がエルダの方に歩み寄り、エルダを抱擁した。
「エルダ…………よく生きていた…………!!」
男はそう言いながら、涙を流した。
誰なのかが一切分からず、エルダは困惑した。
「おい、困惑してるだろう、離してやれ。」
椅子に座っていた男が、そう言った。
「あぁ、そうだな。すまん、兄上。」
そう言って、エルダから手を離した。
「紹介が遅れてすまない。」
椅子に座っていた男がそう言いながら、椅子を立った。
「私はこの国、アルゾナ王国国王、アステラ・アルゾナだ。そしてさっき君を抱き締めていたこいつが、マグダ・フレーラ。」
「……マグダ・フレーラ…………?」
その名前を聞いて、エルダは困惑した。
「そう、マグダ・フレーラ。君、エルダ・フレーラの父親だよ。」
アステラのその言葉に、エルダは困惑した。
父親、マグダは、エルダが幼い頃に起こしたあの惨事で死んだと伝えられていた。
だが今、アステラの隣で、左腕を失った彼が、涙を流して立っていた。
「そして、マグダの兄が、私だ。要するに私は、エルダの叔父と言うことになるね。」
アステラが言った。
エルダは混乱していた。
王城に呼ばれて、父親が生きていて、国王が叔父。
理解はできても、納得が出来ない。
わからない。
「まぁ、突然そう言われても困るだろう。まぁ、ゆっくり理解していけば良いさ。」
アステラは、そう言いながら椅子の腰をかけた。
「聞きたいことが有れば、何でも聞いてくれて構わない。そうしないと、わからないことがだらけだろうが。」
そう言ってアステラ王は、エルダに向かって優しい笑みを浮かべた。
幼い頃。エルダの暴走によって、父親は死んだと伝えられた。
だが、生きていた。
「死んだって聞いていました…………が…………」
困惑するエルダが、何とか気持ちを落ち着かせて、アステラに聞いた。
「まぁ、詳しいことは明日。お茶会でも開いて話そうではないか。エルダ、今日はゆっくり休め。リカル! 客室の中でも最上の部屋をエルダに貸してやれ!」
「はい、承知しました。」
そう言ってリカルは、客室へと案内しようとした。
そしてそのまま、エルダの意見も無しに、客室へと連れていかれた。
「まさかマグダ。生きていたなんて…………」
アステラが、少し涙ぐみながら、マグダに言った。
「あぁ、報告する機会が無くてな。すまんな、兄上。」
「いやまぁ、良いんだ。生きてくれてさえいれば。」
二人とも感慨深くなり、自然と笑みが溢れた。
「……でも、一体誰がマグダを独房にぶち込んだんだ?」
アステラが聞いた。
「…………それに関しては、また明日話す。」
「…………そうか。わかった。」
そう言って二人は、暫くその部屋で、静寂を纏った。
次ぐ日。
アステラ、マグダ、エルダの三人は、壁の分厚い秘密の部屋に集まった。
そこには、秘書であるリカルすら立ち入りを許されない。
秘密裏に動く為の会合などを行う部屋だ。
部屋の存在も、一部の者しか知らない。
「……じゃぁ、始めようか。」
アステラが告げた。
今回の会合の目的は、状況整理にあった。
「先ず、互いの情報整理からしよう。エルダだって、行き成りの事が多すぎて、整理しきっていないだろうから。」
アステラが、エルダもついていけるようにと、そんな提案をした。
「はい、こちらこそ、是非お願いします。」
エルダがお願いした。
「先ず、私、アステラは、マグダの兄で、エルダの叔父。つまり、エルダも王とは血が繋がっているんだよ。」
「ですが、マグダとアステラ王は、苗字が違っていた気が………………」
それを聞くと、マグダが。
「私も元々は、マグダ・アルゾナで、兄上と苗字が同じだよ。ラーナと結婚したから、アルゾナからフレーラに、苗字が変わったんだ。普通結婚と言ったら夫の方の苗字にするのが一般的だろうが、平民だったラーナと過ごす上で、自分が王族である事は隠したかったから、苗字をフレーラにしたんだよ。」
実際カルロスト連邦国のスラムでは、マグダが王族である事が知られていなかったし、そう言った点では、フレーラという苗字は都合が良かったのだろう。
カルロスト連邦国は、サルラス帝国と国交を結んでいて、アルゾナ王国とはあまり仲が良くない。
ので、敵国であるカルロスト連邦国の中で、自分がアルゾナ王国第二王子である事がバレれば、それこそラーナの身にも危険が及ぶ。
そう言ったことを考慮すると、マグダの行動は賢明であったと考えられる。
「でも何故、カルロスト連邦国のラーナとアルゾナ王国のマグダが結婚できたんだ? 抑も、会うことすら難しいと思うのだが…………」
エルダが聞いた。
「まぁ、一言で言うと、『一目惚れ』ってやつだよ。」
「……で、会ってその日に言ったの?」
「……男にはな、引けねぇ場面ってのがあるんだよ。」
「会った時がその時だ……と?」
「あぁ、そうだ。」
いつの間にかタメ語でマグダと話していたエルダだったが、そっちの方がマグダが嬉しそうなので、そのままでいく。
「マグダ。その話はまた、エルダと二人っきりの時にでもしてくれ。」
「あぁ、すまんすまん。」
あまり謝る気もなさそうな軽い謝罪の後、アステラは、本題に入った。
「…………マグダ。地下牢で監禁されていた時の事を、詳しく教えてくれ。」
アステラが、真面目な声質で、マグダに聞いた。
「…………監禁? 地下牢? どういう事です?」
突然会話がわからなくなったエルダは、反射的に話に割って入ってしまった。
「あぁ、エルダは聞いていなかったな。まぁ、順を追って説明していくから、聞いとけ。」
そこから、マグダの話が始まった。
――――――――――――――――
エルダ乳児期のあの惨事の後。
マグダは重傷を負ったので、故郷であるアルゾナ王国へと向かった。
生死を彷徨う中。
目覚めると、左腕が無くなっていた。
医者曰く、切断しないと、腐って最悪死に至る程の重症であったからだそう。
本人の助諾も無しに勝手に手術を行った事を、医者は謝罪した。
細かな説明を受け、何とか状況を理解した。
マグダは、意気消沈した。
足の損傷も激しい為、ここ十数年は寝たきりになるらしい。
確かに、動かそうにもあまり動かない。
マグダは、生きる気力を失った気がした。
マグダが寝たきりになっている間、去年定年で退職したマグダの行政補佐、グルダスが、度々様子を見にきてくれたので、あまり退屈はしなかった。
グルダスの事は信頼していたし、とてもいいやつだと、マグダは確信していた。
なのでマグダは、エルダの教育をグルダスに頼んだ。
「お前ならできるだろう」と、信じて。
そしてある日。
「エルダ様は今日、アルゾナ王国を発ちました。」
グルダスの報告を聞いて、マグダは安堵した。
エルダは、グルダスの教育過程を修了して、教養を身につけた上で、自分の意思で旅立ったのだ。
父親として、これ以上の幸せは無かった。
「ありがとう…………」
そうマグダが呟いたその時だった。
ザザザザザザッ
突然、マグダの病床の周りを、サルラス帝国兵のシンボルマークを胸につけた兵隊が囲んだ。
全員、剣を持って、刃をマグダに向けている。
「…………グルダス。何のマネだ?」
そう問うと。
「マグダ様、今から貴方を監禁します。大人しくしていただけると、此方としても助かる。」
そうグルダスが言った。
その瞬間、グルダスの顔がどんどんと若くなっていき、曲がっていた腰も伸び、別人の様になった。
その姿を見て、マグダは言った。
「……ダールグリフ・ベルディウス…………」
「おや、私の事、知っていてくれましたか。前に会った時よりもだいぶと容姿が成長したもので、わかってくれないんじゃ無いかと心配していたのですが、余計でしたか。」
そう言った後、兵は、マグダを取り押さえ、ギルシュグリッツ王宮の地下牢の最深部で、マグダを幽閉した。
――――――――――――――
「……まさか………………!」
「あぁ、そうだ。グルダス・ベルディアは、サルラス帝国の人間。しかも正体は、あのザルモラ・ベルディウスの弟、ダールグリフ・ベルディウス。」
それを聞いたアステラは、愕然とした。
アステラも、グルダスの事は知っていた。
信頼すらしていた。
だがそんな人物が、サルラス帝国魔法師団団長の弟だったとは。アステラも思いもしなかった。
場は、暗い雰囲気に包まれた。
「えーっと…………ダールグリフって、誰ですか?」
この雰囲気を真正面から打ち壊すように、エルダが聞いた。
エルダも少し発言を躊躇ったが、話についていけないと困らせると思い、渋々聞いた。
「あぁ、エルダは知らなかったっけ。
ダールグリフ・ベルディウス。サルラス帝国魔法師団団長、ザルモラ・ベルディウスの弟だよ。ザルモラは知っているね? あの、創作魔法の使い手だよ。ダールグリフ自身が、何か魔法を持っている訳では無いのだけれど、兄が魔法師団団長なだけあって、サルラス帝国内での発言力も高くて、その上剣術が優れていて。厄介な奴だよ。」
「それが、グルダスの正体…………ですか?」
「あぁ。」
アステラのその説明と表情で、それが事実である事を、エルダは悟った。
エルダも、何ヶ月も一緒に過ごした、所謂“先生”だったので、その現実に目を背けたくなった。
だが会合は進む。
「……で、マグダはどうやって地下牢から出たんだ? それに、あの炎の壁はお前か?」
少し問い詰めるようにアステラは、マグダに聞いた。
「簡単な話だ。炎で格子を溶かして出た。そして、サルラス帝国進軍を耳にして、確認する為に水魔法で王宮上空に飛んで、そこでサルラス帝国兵を見つけたので、帝国兵がアルゾナ王国に来れないように、炎で壁を作った。」
「…………全く。炎魔法と水魔法の同時発動なんて。複製魔法を持ったお前だから出来る技だな。」
アステラが、マグダの魔法能力に呆れたのか、少し笑みを浮かべた。
複製魔法は、誰かの魔法を見ただけで、それに似たような魔法を使用できるという極魔法だ。
マグダは、少なくとも水魔法と炎魔法の使用している瞬間を見ているから、その魔法が使えたのだ。
「それに、あの炎の壁は…………」
アステラが小さな声で呟いた。
「あぁ、あの時の壁だよ。確か、炎獄牢って言うんだっけ? まぁ昔、発動しているところを目の前で見たからね。でも、あまり使いたくは無かったけどさ。」
「私もびっくりしたよ。あの狂気の魔法が再び使われるとは。」
そのアステラの言葉を聞いたマグダは、突然立ち上がって言った。
「お前! 狂気とは何だよ?! 命を賭して国を守った大魔法だぞ!」
「だが、あの魔法で、多くの人が死んだ! 国民たちの家も全て! 幾ら敵国の兵であったとしても、あそこまでしなくても、他の方法があったんじゃ無いか?」
「じゃぁ兄上。その“他の方法”を教えてくださいよ。」
「………………それは……………………」
「じゃぁあの魔法は正しかったんだ! 現に今、こうしてアルゾナ王国はあるじゃないか。」
「お前なぁ。どれだけ苦労してここまで立て直したと思っているんだ? お前が抜け駆けなんかしなければ、もっと手際良く進められたのに。」
「あれは抜け駆けじゃねぇ!」
そんな罵声が絶えなくなり、エルダは、苛立ちを覚えた。
「五月蝿いですよ。」
苛立ちを隠しながら、二人に向かってエルダは言った。
「あ、あぁ、すまない。」
アステラは、我を取り戻したかのように、謝罪した。
「…………で結局、何の話だったんですか?」
アステラとマグダの会話の内容が分からなかったエルダは、場が静かな今、聞いた。
「…………………………また今度話す。」
その問いに対して、俯き、まるで思い出したくも無い事を思い出しやかのような素振りを見せた。
その雰囲気の中話しを深掘りする程、エルダには勇気が無かった。
「そういや、一つ疑問があるのですが………………」
エルダは、ある質問をした。
「グルダスがサルラス帝国の人間なのであれば、何故エルダに教育を施したのでしょうか。浮遊魔法なんて、サルラス帝国の脅威となりうるには十分な能力なのに………。その浮遊魔法師の卵を教育すれば、サルラス帝国の敗率が上がります。わざわざすることでは無いと思うのですが…………」
その質問に対して、アステラとマグダは、頭を抱えた。
「言われてみればそうだな………………」
今までそれに気づいておらず、理由もさっぱり分からない様子だった。
「それと…………エルダ。一つ気になっていることがあるのだが…………」
暫く経った時、アステラが言った。
「あの大量の木材だが。エルダが売ったのだろう?」
「……何故それを知って………………?」
「木材を買った時に、店主に聞いたんだよ。エルダがこの国に居るのが判明したのも、そのおかげだ。」
「その店主って、ボル・グリフさんですか?」
「あぁ、よく知っているな。彼奴は昔、マグダ、つまり第二王子の近衛騎士でな。私とも仲が良かったんだよ。歳をとって引退してから暫く経つが、ギルシュグリッツで商人をしていたとは。正直驚いたよ。」
「そんなに凄い人だっただなんて…………」
エルダが、口をポカンとさせた。
「(あっ、だからあの時ボルさんは、マグダに“様”をつけていたのか。)」
そうエルダは考察した。
「…………で、あの木材はどうやって…………?」
アステラがもう一度聞き直した。
此処でエルレリアの緑色人の事を言ってもいいのか、エルダは少し悩んだ。
彼等にとって黄色人は、加害者以外の何者でも無い。
今言ってしまって、万一誰かが彼等の命を奪う結果となってしまったら。
だが今いるのは、音漏れなど一切ない、厳重な隠し部屋。
しかも、サルラス帝国の国民が緑色人を狙う訳であって、アルゾナ王国国民が狙ったという話は一切聞かない。
それにアステラとマグダは、信頼出来る。
話してもいいだろう。
「実は、アルゾナ王国に来る前に……………………」
「………………っていうことがあってですね…………」
エルダは、アステラとマグダに、オーザックとの出会いからエルレリア開村までの一切を語った。
それについて、一部始終を興味深く聞いていた二人だった。
「なるほど…………緑色人というのは、人間なの…………か?」
「本人はそう言っていました。『同じ人間なのに、何故同種族に見下され、虐殺されなければならないのか』と。」
「確かにそうだな。同じ人間であるならば、その一方的な攻撃は可笑しい…………サルラス帝国…………何を考えているのか…………」
「国が関与しているんですか?」
「まぁ、その緑色人の素材は主に、帝国が高額で買い取っている。これなら、サルラス帝国国家自身が緑色人狩りを誘発させている様だ。全く。何を考えているのか。」
アステラは、そんなサルラス帝国に呆れた様子を見せた。
「あと、エリレリア村長のクレリアが、水魔法を使えて…………びっくりしましたよ。だっていきなり…………」
そのエルダの報告を聞いたマグダとアステラは、慌てて、エルダに言った。
「エルダ。その彼、クレリア村長の親は、王族や貴族か?」
「いや、そう言った話は聞きませんでしたが…………?」
「…………いいか、エルダ。この事は他言無用にして…………」
アステラがそう言いかけた時、マグダが突然立ち上がり、本棚の前に立った。
「何を…………?」
エルダがそう呟いたのも束の間。
バゴォォォン!
マグダがその本棚を殴り潰した。
「何をしているんだ?! マグダ!!」
突然の破壊に怒ったか、アステラも立ち上がり、その瓦礫の中から何かを漁るマグダの元へと行った。
「お前! いきなり何をっ…………」
アステラがそう言いかけた時、マグダは瓦礫の中から、小さな石を出し、アステラの眼前に突き付けた。
「魔石だ。」
マグダのその言葉に、アステラは顔を青ざめた。
「この魔力の雰囲気、効果。多分、ザルモラの盗聴魔法だろう。」
それを聞いたアステラは、絶望したのち、エルダとマグダに言った。
「二人で今すぐ、エルレリアへと向かえ! サルラス帝国に占領される前に! 早く!」
突然のその命令に混乱するエルダだったが、マグダは、その命令の真意が理解できているかの様にさっさと準備を始めた。
取り敢えずエルダも準備を済ませ、マグダと共に飛び立った。
「……で父さん。アステラ王のあの命令の真意は何なの?」
何も教えてくれないまま今に至るので、少し怒り口調でエルダは聞いた。
「簡単な話だよ。
先ずそのクレリアとやらは、貴族や王族の血を引いていない。ので、平民の魔力突発発現となる。エルダは王族である私の血をひいているから魔力持ちだが、彼は違う。
そしてサルラス帝国といえば、魔法研究で発展している大陸一の魔法発展国。そして未だに、突発的な平民の魔力発現の理由が判明していない。
どういうことか判るな?」
「その理由を探るため、盗聴していたサルラス帝国兵がエルレリアへ攻めクレリアを攫い、人体実験を行う可能性があると。そういうことか。」
「ご明察。」
マグダの説明のおかげで、今エルレリアに向かっている理由が理解出来た。
これを盗聴判明時点で思いつくなんて。流石アルゾナ王国の国王だ。
エルレリアまでかなりの時間がかかりそうなので、少し聞きなっていた事をマグダに聞いてみた。
「そういや、さっき言っていた、“炎獄牢”って何なの?」
「あぁ、それな。
先ずアルゾナ王国では、各属性魔法ごとの主な攻撃魔法の系統別に、名前が付けられていてな。その炎獄牢は、炎で壁を作ったりドーム状の檻を作ったりする、いわば、一枚の炎の板を繰る魔法の総称。他にも、火球を出す炎弾。炎魔法最高火力魔法“暁光蝶”なんて魔法もある。まぁ、最後に関しては、発動した後最悪命を落とすがな。」
「そんな魔法もあるのか…………」
エルダが、少しため息をついた。
「まだ時間がかかりそうだしさ、他の属性魔法の名前も教えてくれよ。」
「あぁ、わかった。次は雷魔法だが……………………」
――――――――――――――
その頃のアルゾナ王国。
マグダを見送り、アステラは、自室で休もうと移動していた。
その時、
ドォォォォォォォォォンンンン!!!!!
外で轟音が響いた。
そしてその後すぐに、
「敵襲ぅぅぅ!!!!!」
というアルゾナ王国兵の声が轟いた。
アステラは急いで外が見える場所に移動し、その敵を見下ろした。
そこには、一度目の侵攻の十倍程の人数のサルラス帝国兵がいた。
まるで、この二回目の王都侵攻を、最初から目論んでいたかの様に。
「……くそっ!」
マグダとエルダが不在の中、サルラス帝国の王都侵攻は再び行われた。
――――――――――――――
「ここだ!」
下にある村に向かって、エルダは指を指した。
「ここが…………」
「エルレリアだ。」
緑色人について、マグダがどう言った教育を受けてきたかはわかりかねたが、相当低度な文明しか持っていないと教えられたらしい。
黄色人の町にあっても可笑しく無いような巨大可動橋や、突風にも負けない強度を持っていそうなその家屋を見て、マグダは、今までの自分の常識をぶち壊されたかの様に口をぽかんと開けた。
エルレリアへと下降し、エルダは門兵に今の状況を端的に伝えて、兵の招集を促した。
その様子を見たマグダは、我が息子がどれだけ、エルレリア開村に携わり、頼られ、慕われてきたかを痛感した。
「父さん、付いて来てくれ。」
「あ、あぁ………………」
完全にエルダのペースに持って行かれていたマグダは、そんな返事しか出来なかった。
「クレリア! いるか?」
エルダはそう叫びながら、クレリアの自宅の扉をノックした。
「おぉ、エルダ。久しぶり。偉く早い再会だったな。」
「済まないね。急用が出来ちゃって。もうちょっと焦らした方が良かった?」
「いや、まぁいいさ。んで、急用って?」
どんどん進んでいくエルダとクレリアの会話に、あまりついて行けていないマグダ。
「ちょっと待ってくれ、エルダ。この男は誰だ?」
突然クレリアが、形相を変えてマグダを見つめた。
「あぁ、紹介していなかったな。俺の父さん、マグダ・フレーラだよ。」
「そうだったのですね! いや失礼失礼。申し遅れました。この村、エルレリアの村長を務めております、クレリア・カートルと申します。お見知り置きください。」
流暢に挨拶をするクレリア。
「こちらこそ、申し遅れて申し訳ない。アルゾナ王国っ…………」
マグダが自己紹介している途中に、エルダがマグダの口を塞いだ。
「(此処で第二王子だって事がバレたら、変に気を遣わせちゃうかもしれないだろ。)」
「(あぁ、そうか。)」
エルダが第二王子の息子だという事が判明すれば、クレリアに変な気を使わせてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。
「失礼。私は紹介にあずかった通り、エルダの父の、マグダ・フレーラだ。宜しく頼む。」
そう言ってマグダとクレリアは、硬い握手を交わした。
その後エルダは、クレリアに事情を語った。
「……成る程。私の魔力発現について調べたいから、サルラス帝国が今から此処へ攻めてくるかもしれない…………と。」
独り言の様に要約し、その対処について暫く考えた後、クレリアは、近くにいた兵に言った。
「今すぐ、エルレリア全兵を、中央広場に集めろ。」
「はっ!」
クレリアの命令を聞いたその兵は、何の口答えもなく、さっさと軽やかに走っていった。
「全兵に告ぐ!!」
クレリアが、目の前に整列する兵に向かって叫んだ。
「現在、サルラス帝国兵が、このエルレリア侵略を目論んで、此処エルレリアに向かっている!! 可及的速やかに橋を上げ、余った兵は防護壁の上に弓矢を持って並ぶ事!! 橋を上げる時は、対岸に村民が居ないか、確認を怠るな!!」
「「はっ!!!」」
クレリアが端的に状況説明をし、これからの行動指示をした瞬間、全兵、もう既に誰がどう言った行動をすればいいのか話し合ったかの様に動いた。
そんな中、マグダがクレリアに、あるお願いをした。
「クレリアさん。ちょっとお願いがあるのですが…………良いですか?」
「何でしょう?」
「少しだけで良いんですけど…………………………」
――――――――――――――
上空に浮遊していたエルダが、南東の方角から此方に向かって超高速で向かって来る帝国兵を確認した。
直様クレリアに伝え、皆に交戦準備に移る様促した。
帝国兵は恐らく、ザルモラの魔法で足を速くして貰っているのだろう。
そうじゃ無けりゃぁ、あんな速度は出ない。
土埃が巨大津波の様に舞い上がることも無い。
その土煙が、エルレリア内からでも視認できる様になり、それは、目の前まで帝国兵が迫って来ている事を意味した。
「皆!! 迎撃準備!!!」
クレリアの叫びを聞き、防護壁の上に村を囲む様に配置された弓兵が一斉に、弓を準備した。
「貴様らゴブリンは、我々サルラス帝国兵によって既に包囲されている!! 大人しく投降すれば何もしないだろう。 さぁ抵抗せずに、大人しくこっちに来い!!」
エルレリアの堀の周りを囲むサルラス帝国兵。
その中でも一番偉そうな人が、そう叫んだ。
「そんな命令、聞くわけがないだろう」と皆が腹を立てたその時。
「氷刃!!」
マグダが突然、天に手を掲げながらそう叫んだ。
その瞬間、エルレリアの上空に、無数の氷の剣が顕現した。
皆それを見て、ぽかんと口を開けた。
そしてその氷剣を、上空に浮遊しているエルダが浮かせ、エルレリアを包囲した気になっている帝国兵全員の上空に配置した。
そしてエルダは、前方に突き出していた手を一気に下へ振り下ろして叫んだ。
「合成魔法、氷浮刃!!!」
「合成魔法、氷浮刃!!!」
エルダがそう叫んだ瞬間、その氷剣が、サルラス帝国全兵に降り注いだ。
剣は浮遊魔法で加速され、地面に到達した時に発せられる低範囲の衝撃波でさえ、近くにいた者に重傷を負わせた。
エルレリアは外壁に覆われている為、その衝撃波の影響を受けない。
サルラス帝国兵全滅には、うってつけの魔法であった。
氷浮刃と言う魔法は、浮拷と言う魔法と、氷刃と言う二つの魔法を同時に行使することで成立する、『合成魔法』と言われる魔法の一種だ。
先ず浮拷と言うのは、浮遊魔法を使った攻撃魔法を指す。
浮遊魔法で物を浮かせて殴ったり、相手を引き裂いたり、逆に潰したり。
そう言った、”浮遊魔法をきっかけとした結果的に攻撃になりうる魔法形態”を、浮拷と呼ぶ。
そして氷刃と言う魔法。
この効果は至って分かり易い。
これは、氷でできた刃物を利用した攻撃全般を指す。
氷魔法は、水魔法の派生であり、その具体的な効力としては、氷を生み出し、自由自在に形を変えれると言ったもの。
自由自在に形を操れるのは、術者が生み出した氷のみで、冬に生まれた氷などは動かせない。
そして氷刃は、そう言った氷の生成過程で、その形を刃のついた物にして、それを生成し、それを持って攻撃する魔法形態。
氷刃と認識されるのは、氷剣は勿論、板を作ってそこに針を大量に作った物や、尖った小さな氷山の様な物を地面から出したりするものなど。
兎に角、刺突が可能な刃の要素の有る氷で出来た物を生成し、攻撃する事を、一概に“氷刃”と呼ぶのだ。
そしてそれら二つの魔法を組み合わせたものが、合成魔法“氷浮刃”。
この魔法の効力は簡単で、氷刃で生成した氷剣を、浮遊魔法を使用して浮かせ、雨の様に降らせる。
その浮遊魔法も、結果的に攻撃と言った用途に使用しているので、浮拷となる。
それが、氷刃と浮拷の合成魔法、氷浮刃。
氷浮刃を前に、帝国兵は跡形もなく散った。
悲鳴も一切聞こえなかった。
魔法発動から全滅まで、まるで瞬きをするかの様な短い時間で終結したのだ。
悲鳴など、出す余裕も、そんな間もない。
まさに、帝国兵を“一掃”したのだ。
「も、もう終わったのか…………?」
沢山の氷剣がエルレリア付近に降り注いだかと思えば、外からの音が一切聞こえなくなった。
クレリアは、それが本当に帝国兵の一掃を意味していたのか、エルダに聞きに来たのだ。
「あぁ、クレリア。終わったよ。」
エルレリアは守れた筈なのに、エルダの気分は清清しなかった。
今までエルダは、どれだけの人間を殺してきたか。
カルロスト連邦国のスラムで一人。
エルレリア開村前の焼かれた村で一人。
そして今回だけで、二百人以上は居ただろう。
もうエルダの手は血みどろに濡れているのか。
正真正銘の人殺しなんだと、エルダは意気消沈した。
さっき殺した人にも、家族がいて、幸せに暮らしていたのではないだろうか。
今回の作戦も、あまり乗り気で無かった兵も居たのではないか。
抑も、緑色人人よく思っていた人も居たのではないか。
嗚呼、そうであれば、とても悪い事をした。
家族の居た兵であれば、きっとその家族は、嘆き悲しむだろう。
下手すれば、エルダを恨むかもしれない。
今回の作戦をよく思っていた兵は、黄泉でエルダを恨むだろうか。
これが人殺しの末路なのだろうか。
そんな事をエルダは、静かに自問自答してしまった。
「エルダ!!」
そんな事を考えていると突然、マグダがエルダの名を叫んだ。
「どうしたんだ? 父さん」
「アルゾナ王国の方角に、灰色の風塵が見えた。」
「まさか…………っ……………………」
――――――――――――――――
マグダとエルダのエルレリアへの出発直後。
この、マグダとエルダの居ない間に、サルラス帝国は、アルゾナ王国に向けて二度目の進軍を開始した。
この機会は、サルラス帝国にとって好都合であった。
ザルモラの盗聴魔石で、エルレリアという名の村に、平民魔力保持者の村長がいると情報が洩れた。
この事実に気づいたアルゾナ王国は、少なくとも一人をエルレリアへ向かわせるだろう。
少なくとも、エルレリアを大事に思っているエルダ・フレーラは、真っ先にエルレリアへ向かうだろう。
それだけでも、サルラス帝国にとったら有利だった。
浮遊魔法は、進軍の上で一番の障害となる。
それがその場から居なくなるのだから、当然サルラス帝国の勝機は上がる。
そこに、もう一つ厄介な、複製魔法持ちのマグダ・フレーラもエルダと共にエルレリアへと向かった。
益々勝機が上がる。
アステラは、久しぶりにここまでの危機感を感じた。
下手すれば、一国消滅の危機。
アステラは暫く憂いた後、立ち上がり、リカルとルーダに命じた。
「今すぐにサルラスとの交戦準備を。私はなけなしの作戦でも考えてみる。」
「承知しました。」
そう言ってリカルとルーダは、此処を去った。
ここから、二度目のサルラス帝国軍侵攻が始まった。