王子で平民な浮遊魔法師の世界放浪記









 エルダは、平らな平地を前に、深呼吸をした。
 その背後には、村民全員がいて、エルダを凝視している。
 少し緊張する中、エルダは、地面に向かって、両手を差し出した。




 ――――――――――――――――――――

 
 
 一昨日の夜。村の再建構想会議。
 一応エルダも参加していたものの、その発言力は無に等しく、傍観者も同然だった。

 そんな中、会議は進んでいった。
 これを機に、村の防衛システム強化と、村の拡大、文明発達と、各重要施設の建設が、目的とされて設置された。


 防衛システムの強化。
 今までの村は、防衛能力が無に等しく、誰でも外から侵入出来るようになっていた。
 なので、黄色人の往来も激しく、奇襲も受け易かった。
 そこで考えられたのが、村を囲む堀と、開閉式の橋。
 それが、今の技術力で出来る最高の防衛システムだった。
 発案はクレリア。
 それを聞いた議員は、頭を悩ませた。
 第一、そんな大層なものを作る上で、時間がかかる。
 堀を掘る時間、可動橋の構想と建設にかかる時間。
 とても、気の遠くなるような時間だった。

「村長。確かに、それが実現出来れば、村の安全性は抜群に上がります。ですが、そこにかける時間と労力に関しては、どうお考えで?」

 ある議員が、クレリアに聞いた。
 それに対しクレリアは、こう答えた。

「確かに、今の私たち()()の力ではなし得ないだろう。だが、彼の力を借りれば、それらが短時間で可能になる。」

 そう言ってクレリアは、突然、エルダを指差した。

「彼の持つ浮遊魔法なら、地盤を抜いて彫りを作ることも可能であり、可動橋を建てるのも容易に出来る。しかも、堀を作るのに抜いた岩を、堀の内側に建てて、侵入を拒む壁を建てることも出来るだろう。」

 エルダは、その事を事前に少し聞いていて、出来るだろうと言っていたので、悠然と前に出て、クレリアの隣に立った。

 場は騒めいた。
 先ず、エルダは黄色人だった。
 黄色人は、緑色人から嫌われている。
 なので当然、エルダを良く思わない。
 それに、魔法という未知の力をあまり信用してなく、その力を本当に所持しているのかさえ疑っていた。
 痛い視線が、エルダとクレリアを刺す。

「すいません村長。幾ら村長の紹介と言えど、私共はどうも、その黄色人を信頼出来ません。何か信頼に足るものを提示して貰わない事にはどうにも………………」

 議員の一人が、クレリアに対して言った。

「抑も私が緑色人素材商人だった場合、何故今こうして会議に参加しているのですか? 只素材が欲しいだけなら、さっさと殺して帰っている筈です。」
「じゃぁ、貴方がこの、村の再建情報を、何処かの国へと持っていく可能性は?」
「それは先ずありません。私の出身はカルロスト連邦国の北東部にある小さなスラムなので。そこから此処に来たので、何処かの国に加担したりとかは考えられませんよ。」
「……本当なのか?」
「あぁ、私が保証する。」

 クレリアが、エルダをフォローした。

「皆。オーザックが、村に炎を放った黄色人に殺された。」

 突然クレリアが、オーザックの話を仕出した。
 場に再び、騒めきが起こる。

「その時に、その黄色人を殺し、オーザックを埋葬したのは、紛れも無い。此処にいる、エルダだ。」

 それを聞き、議員の心が揺らいだ。
 この男(エルダ)は、緑色人(じぶんたち)のうちの一人の仇を取る為、同じ黄色人を殺した。

「なんなら、その黄色人の死体が、今も村跡に残っている。見たいなら後で見に行くがいい。明らかに、浮遊魔法でしかなし得ない殺し方だ。」

 クレリアの眼光は、反論を許さない姿勢を大いに表現していた。
 なので議員も、反論せざるを得なかった。


「エルダ殿。本当に、ほんっっとうに、堀を作ることが可能なのですね?」
「あぁ、勿論。」
「……その言葉に二言は?」
「ありません。」

 エルダは、堂々とした態度で、そう言った。
 此処で逆にヘコヘコして出来なかった時の責任を逃そうとしても、それは結局、自分への信頼を失うだけで、堂々としていた方が、成功した時に絶大な信頼を得る事ができる。


 その後会議では、可動橋の構想を練り、日が昇りかけていた頃、やっと完成した。


 日が完全に昇った頃、会議は終了した。
 一夜ぶっ通しの会議だったが、議員は皆、期待に満ち溢れた表情をしていた。
 これならいける。
 皆、そう確信していた。

 本格的な制作は、今日から行う。


 村の再建へと繋がる、始めの日であった。






 



 先ずは、これから作る村の範囲を決める。
 今いる全員が住めるのは勿論、これから何十年と生き、人口が増えても対応できるくらいの広さが必要だった。
 そして、それを決めない事には、堀も作れない。
 理由は簡単な話。一度堀を作って仕舞えば、もうその位置を変える事が出来なくなり、これからの人口増加に耐えれなくなるから。
 その為、先ず初めは、村の敷地設定から行う。



 朝。
 昨日の夜にまとめた、現在の生き残り人口とその中の世帯数、それに必要な家屋の数とその総面積を見ながら、クレリア含む緑色人三人で、その新しい村の敷地面積を設定していた。
 ちなみに、その敷地内に生えている木はどうするのかというと、エルダの浮遊魔法で根っこごと引っこ抜きそれを可動橋やら家屋やらに使用するので、あまり木々に関しては考えなくても良い。


 暫く経ち、エルダにクレリアから伝達が来た。
 敷地範囲が決まったのだ。
 クレリア曰く、敷地は、前の村の約二倍程にするらしい。
 人口は前より減ってはいるが、今後人口が年々増加していっても許容出来る様にと言った、クレリアの措置であった。



 早速、その範囲の木々を引っこ抜く。
 クレリアの判断で、怪我がないようにと、村民を予め敷地外に待機させておいてから、木の除去を行う。
 村民やクレリアにとっては、初めて見る魔法だったので、皆、目を輝かせながらエルダを眺めた。
 エルダも少し緊張を覚えながらも、除去が始まった。

 エルダが目を瞑り、集中した。
 その瞬間、激しい地響きが起きた。
 緑色人は腰を抜かし、子供は泣き出した。
 時々来る地震よりもその揺れは激しく、立っているのがやっとと言った程度の地響きであった。
 そしてその地響きは、突然ふっと消えた。
 その後、ガタン! と、地面が再び揺れた。
 そしてその時、緑色人は、あり得ない光景を目の当たりにした。
 設定した敷地内にある全ての木が、一斉に空へと浮き上がっているのだ。
 本数で言えば、五百本は優に超えているだろう。
 そしてそれらは、敷地設定区域の少し外にある開けた場所に置かれた。
 その後エルダは、木を抜いて凹凸の激しくなった地面を均す為、長い線状に伸ばした浮遊魔法の作用点を、端から端へと地面に沿わせて動かして、地面を均した。
 木の浮遊に腰を抜かした緑色人は、一瞬で綺麗になる地面にも驚きを隠せなかった。
 クレリアは、何食わぬ顔で平然としていたが、内心はとても驚いていた。


「こんな感じで良かったですよね?」

 あまりの魔力消費(体力消費)に息切れが激しい中、エルダは、構想会議議員に聞いた。

「あ、あぁ。」

 その議員もそのエルダの浮遊魔法に驚愕していて、ほぼ放心状態の様なものだった。


 エルダがクレリアの元に行こうとすると、さっきまで自分を無視していた村民が、エルダに駆け寄り、魔法についての質問を、大量の歓声のように浴びせた。
 手のひらを返したような態度に少し驚いたが、本人には、そんな気は一切ないのだろう。
 信頼を得る事ができたと考えれば、今回の協力は、悪く無かったと言える。
 そう考えると、安いものだ。
 そう考えながら遠くの方に視線をやると、奥の方にラルノアが一人、木にもたれかかってぼーっとしていた。
 エルダは、人混みを掻き分け、ラルノアの元へと行った。

「どうしたんだ? ずっと一人で。」

 エルダが、ラルノアの隣に行き、聞いた。

「簡単な話、貴方が嫌いなんですよ。」
「それは、俺が黄色人だからか? それとも…………」
「別に、貴方は知る必要のない事です。要件はそれだけですか?」
「ま、まぁ………………」
「それならもう話す必要も無いですね。さようなら。」

 そう言い捨て、ラリノアはこの場を去った。
 するとエルダの後ろから、クレリアがやってきて。

「すまんな、娘が。エルダとあってからずっとあの調子なんだよ。なんなんだろうな…………」
「クレリアも理由は分からないのか?」
「あぁ、さっぱり。」

 そう言って二人は、早足で去るラルノアの背中を見て、小さなため息をついた。










 





 浮遊魔法で整地後。
 魔力の大量消費で、立ち上がる気力もないエルダは、この後、ずうっと地面に横たわっていた。
 その間他の村民は、引っこ抜いた木々の加工に携わっていた。
 途轍もない木の量で、今ある村の構想に則って家屋を作っても、未だ大量に余ってしまうような量だった。
 だが、木のままでは使用出来ないので、使用出来るように加工する。
 エルダにそれは出来ないので、村の技術者の指揮で、村民の中でも、力仕事が出来そうな屈強な男が、木材の加工にあたった。
 その他の老人や女性、手伝いの出来ない子供は、エルダとずっと話していた。
「疑って悪かった」と謝罪する者もいれば、魔法というものについて、目を輝かせる子供もいて。
 寝たきりのエルダだったが、とても充実した時間だった。
 そこでエルダは疑問に思った。
 何故、人間と一切変わらない緑色人(かれら)が、ゴブリンと言われて蔑まれているのか。
 こうして関わっているうち、エルダには、彼らが人間にしか見えなくなっていた。
 そのうち、エルダと村民の間にあった種族間の垣根は、自然と消えていった。





 次の日。
 体力が完全回復したので、いよいよ、堀の制作に着手する。
 時間は、日が昇って約四時間ほど経った頃。
 エルダは、平らな平地を前に、深呼吸をした。
 その背後には、村民全員がいて、エルダを凝視している。
 少し緊張する中、エルダは、地面に向かって、両手を差し出した。

 冷や汗が、つーっと頬を伝って地面へと落ちた。
 村民は、固唾を飲んで見守った。


 先ずエルダは、浮遊魔法の作用点を集合させ面を作り、それを地面の中で、立方体になるように配置した。
 その立方体の大きさは、一辺が約十メートル以上で、人が一度落ちると、二度と這い上がって来れない程の大きさであった。

 その後、その立方体の、側面は、その内側に向かって力を加え、底面は、上に向かって力を加えた。
 その瞬間。

 バゴォォォォォン!!

 地面から、綺麗な立方体が繰り抜かれた。
 そしてそれが、空中に浮いている。
 村民は、その光景を見て、立ち尽くした。
 自分達が敵うわけがない、魔法という道の力の強大さを目の当たりにし、自分という存在が如何に弱いのか、再認識した。
 そしてそれを、村の敷地の内側に向かって配置した。
 これをずっと繰り返せば、深さ十メートルの村を囲む堀と、その内側に、高さ十メートルの壁を作る事が出来る。
 ちなみにそのくり抜いた立方体の材質は、土ではなく、岩である。
 その為、登る事も困難なのである。

 その後エルダは、それと同じ作業を幾度と無く繰り返した。
 どんどん。見る見るうちに、壁と堀が同時進行で形成されていく。

 そして僅か十分ほどで、堀の内の約二割程の長さが終わった。
 途轍もないスピード作業に、村民は全員、目を丸くして見守った。
 そして、休憩も合わせて約一時間後。
 堀の制作が終了した。
 エルダは再び地面に寝転がり、達成感で少しニヤけながら、燦々と輝く太陽を眺めた。


 そしてその間、村民の中での技術班が、可動橋の部品制作に着手していた。
 橋の部分。稼働部分を守る囲いの面。中のロープの取り付けた歯車。
 どれも、村の技術の遂を集めたものであった。
 そして、それを囲む枠組みなどが完成した頃。
 エルダが全回復したようで、技術班の元にやって来た。

「えーっと……? 俺の魔法で部品を設置していけば良いんでしたっけ?」
「はい。よろしくお願いします。」

 そう言って、今回の可動橋開発のリーダー、ゼルフ・ゴルムが、今回の可動橋の稼働部分の設計図を渡した。

「先ず、枠組みから作り、その途中で、歯車を設置していきます。枠板の固定は、枠板の端にある窪みと突起を組めば固定できる仕様になってますので、釘などは要りません。そしてこの設計図通りに歯車を設置できたら、枠組みを完成させます。…………まぁ、大体の流れはこんな感じです。わかりました?」
「まぁ、何となくは…………」

 少し不安も残りながらも、作業に着手した。
 枠組みの形は、所謂、四角錐台と言われる形で、その内側に、橋を持ち上げる機構を両端に二つ作り、橋の両端を引っ張り、浮かせる。


 先ずエルダは、枠板の内、側面になる板を設置した。
 設置は、下に伸びている棒を地面にぶっさす事で固定する。
 その棒の長さがまぁまぁ長いので、結構がっちりと固定される。
 そして、その枠板の内側から伸びている突起に、石製の歯車を順番に付けていく。
 そして、残りの枠板を設置した。


「まさか、こんなにも早く終わるとは…………」

 ゼルフが驚いている。
 制作開始から完成まで、かかった時間は約三十分程度。
 これが魔法なしでやると、約一日作業になる。
 抑も、歯車が石製なので何十キログラムもあるので、所定の位置まで持ち上げるので苦労し、それが全部で八つか十個位あるので、途轍もない労力となる。
 それが、浮遊魔法であれば一瞬で終わったのだ。
 そりゃぁ、ゼルフが驚愕するのも納得できる。


 その後、ゼルフと他の技術班は、本題の橋の制作に取り掛かった。
 稼働機構が完成しても、肝心の橋がなければ、只のオブジェになってしまう。
 そして、色んなものが乗る橋なので、それなりの強度が必要になる。
 要するに、完成までにまぁまぁ時間がかかるという事だ。
 そしてその間、エルダには、村の家屋建築を手伝ってもらう事になる。

 その時。エルダの中で、ある疑問が浮かんでいた………………





 




 エルダに浮かんだある疑問。
 それは、燃え盛る村を見ていた時に発生した、謎の大量の水について。
 エルダは、ある仮説を立てていた。
 それは、「クレリアが水魔法所有者である」というものだ。
 魔法の発現というのは、強い衝撃や怒りと言った気の動転がきっかけとなることが多い。
 エルダも、幼い頃に発動した時は、何かを不快に感じて泣き叫んだ時だし、二回目の使用も、自分と母を愚弄された怒りだし。
 クレリアの場合、燃え盛る村を見た衝撃が、魔法の発現に繋がったと考えれば、辻褄が合う。
 それに、もしクレリアが水魔法を行使出来るようになれば、村が水不足になる事もないし、もし氷魔法まで使えれば、食料の保存にも困らない。

 エルダは早速、クレリアの元へと駆けた。



「なぁ、クレリア。」

 そう言ってエルダは、クレリアに肩に手を乗っける。

「クレリアってさ。水魔法とか使えたりする?」

 それを聞いたクレリアは、はて? と首を傾げて。

「いや、使えないと思うんだが………………」

 そう答えた。

「前に前の村に行った時、突然現れた大量の水があっただろ? あれが、クレリアの水魔法だったんじゃないかと俺は踏んでいるんだが………………」
「いや、私も試したことが無いので、魔法所持の正否は分からない。もしかしたら、私も魔法師だったりするのか…………?」

 クレリアは、自分が魔法師である仮説に、口角を上げた。

「まぁ、もしそうであれば、村の発展にも大いに役立つだろうし。試してみるか? クレリアが魔法所持者か否か。」

 エルダが、クレリアに聞いた。

「あぁ、村の発展に助力出来るなら、村長としても本望であるし、色々便利だろうしな。」

 クレリアは、豪く率先的であった。



 先ず、魔法というのは連想(イメージ)が大事である。
 浮遊魔法であれば、どの物体をどのように動かすか、つまり、念力(サイコキネシス)のイメージ。
 水魔法であれば、どの位置に、どれくらいの量の、どのくらいの温度の、どのような形の水を出すかと言ったもののイメージ。

 早速、クレリアにそれらを伝え、発動練習に入った。
 クレリアが閉眼し、集中する。

「(場所は目の前の地面付近…………量は少なめ…………温度はぬるい……………………)」

 クレリアが様々な情報を連想しながら。イメージを膨らませていった。
 その瞬間…………!

「…………ん?」

 クレリアの目の前に、本当に小さな雨粒のような水が顕現した。

「まさか…………?!」

 エルダは、魔法の発現に半日がかかり大分と苦労したのにも関わらず、クレリアは、自身の持つ水魔法を僅か数分で行使できてしまったのだ。
 これには、エルダも静かに驚愕した。

「クレリア。お前、水魔法師だ。」

 エルダが静かにそう告げると、クレリアは湧き上がる期待を隠せずに、口角がニヤッと上がった。
 オーザックの死亡、村の焼失と、今まで嫌なニュースしか舞い込んでこなかったので、クレリアは久しぶりに喜んだ。



 その日からエルダとクレリアは、魔法の特訓を始めた。
 後ろでは、ゼルフを含む村民が、せっせせっせと復興を目指して働いている中、邪魔にならない端の方で訓練は行った。
 訓練内容は、只々魔法を発動するのみ。
 浮遊魔法のように、自分の頭に知識を詰め込んだりする必要が全くない魔法なので、ひたすら魔法を発動し続ければ、魔法が体に馴染み、発動が自然な形になる。
 初めの方は、兎に角水を発生させることを目標とし、ある程度慣れてからは、温度を意図的に変えてみたり、量を増やしてみたりと、水を変化させる事を目標とする。
 最終的には、自身の周りに、水の球を幾つも浮かしたり出来る様に、水魔法の多重発動を目標にする。
 それに次いで、ある程度水魔法が行使できるようになった頃から、氷魔法を試してみる。
 氷魔法は、水魔法から派生した、一部の水魔法使いしか使用出来なくて、その人数は、大陸でも数十人しかいないと言われている魔法。使えたら、何かと便利なのだ。

 未だ氷魔法は使えないので、今は兎に角、水魔法の訓練に専念した。
 訓練中のクレリアは、終始、満面の笑みを浮かべていた。









 







 約五ヶ月後。
 村も完成に近付いてきた頃。
 クレリアは、水魔法のみならず、氷魔法まで自由自在に行使できるようになっていた。
 そしてクレリアは、その魔法発動が楽しくて、毎日の様に村民に見せびらかしている。
 「村長がそんなのでいいのか」と問われると微妙な所かも知れないが、それで楽しんでいる人も少なからず居るので、まぁ良いのではないかと、エルダは思っていた。

 そしてこの五ヶ月間。
 相変わらず、ラルノアの態度が冷たい。
 クレリアや他の村民には笑顔を見せるのに、エルダにだけは、すぐ距離を取ろうとする。
 エルダはその塩対応に、傷心しきっていた。

「なぁクレリア。俺って、そんなに嫌われる様なことしたかなぁ…………?」

 エルダが、しょんぼりした声で、クレリアに聞いた。
 “オーザックの友人だから”と言う理由で嫌われているのもあるかもしれないが、エルダは、その理由だけじゃなく、他にも何か理由がある様に感じたのだ。

「あぁ、ラルノアの事な。私も色々考えたんだが…………」

 そう言いながらクレリアは、エルダの方を向いて。

「エルダとルリアを、重ねて見ているんじゃないかと、私は思う。何というか………………エルダとルリアは、何となく、空気感というかなんというか。どうも、ルリアの面影があるんだよ。だから。思い出したくないから、避けているのかもな………………」
「はぁ……………………」

 ルリアとエルダが似ていた事には驚きだったが、親であるクレリアが言うならば、そうなのだろう。
 それに、クレリアの仮説は信憑製が高い。
 それ程ラルノアは、(ルリア)の事を大事に思っていたと言う事だ。
 実際、オーザックを埋葬した時も、クレリアが、『ラルノアはルリアが大好きだった』と言っていたので、ルリアの死というのは、とても衝撃だったのだろう。


 ここでエルダは、ある決心をした。




 次日の朝。
 エルダは、木にもたれ掛かっているラルノアの元へと歩いた。

「お、おはよう…………」

 エルダが声をかけた。
 それを聞いたラルノアは、素早く動き、エルダを距離を取った。
 いつも通りの光景である。

「……今日は何ですか。」

 嫌そうな顔で、エルダに聞いた。
 エルダは、ゆっくりと歩み寄り、ラルノアの居た木の側の木の下に座った。

「ラルノア。君は、妹が大好きだったんだって?」
「ま、まぁ、そうですけど…………それが何か?」

 ラルノアは、エルダと更に距離をとった。

「まぁ、一旦座りなよ。」

 そのエルダの呼びかけに、ラルノアは嫌々従い、向かいにあった木の下に、膝を軽く畳んで座った。

「クレリアに聞いたんだけどさ。俺とルリアが……」
「妹を名前で呼ばないで下さい。」
「あっ、ごめん。」

 相変わらず、心が傷付く。

「俺とその妹の雰囲気が似てるって聞いたんだけどさ。…………どうなの?」

 あまり上手い言い回しができなかった事に、エルダは後悔した。

「まぁ、雰囲気に関しては似ていると思いますよ。多分。」

 冷徹。塩対応。
 だが、いつもよりかは話が続いている。

「違ってたらごめんなんだけどさ…………俺とその妹は、同一人物じゃ無いから。」
「………………結局、何が言いたいんですか?」
「だから、君が、俺と妹を重ねて見てるんじゃ無いかって思っただけ。」
「………………」

 それを聞いたラルノアは、少し俯き、黙り込んだ。

「俺は、君の妹になれないし。俺を重ねて見ても、俺は只のエルダだし。俺を嫌ったって、俺を避けたって、君の妹が帰ってくる訳でも無いだろうし、俺だって、そこまで拒絶されたら悲しいし。
 実はさ、俺のお母さんって、俺が物心ついた時にはもう、病気でずっと寝たっきりだったんだ。幾ら話しかけても口を開かないし、幾ら手を握っても、目を開かない。そんな母さんも、同じスラムの奴に薬を盗まれたせいで死んじゃってさ。
 えーっとまぁ、結局何が言いたいかと言うと。
 死んだ人はもう戻ってこない。遺体を目の当たりにしたなら尚更だ。だから、辛いのも解る。苦しいのも解る。だからって、何にも関係ない人と重ねて見て苦しんだり、避けたりするのは、ちょっと違うんじゃないかと思う。それに、死んだ方の人は、自分が死んだせいで大好きな人が苦しんでいたら、そっちの方がうんと辛いと思う。だからこそ。その人の事を忘れろって訳じゃぁ無いけれど。その人が笑えなかった分、その人に愛されていた自分が、その人が笑いたかった量の十倍くらい、いっっぱい笑う事が、その人を憶うって事じゃないのかな。少なくとも俺は、そう思っている。」

 そう言い終えたエルダは、深くため息をついた。

「…………………っ…………」

 ラルノアは、顔を腕の間に疼くめて、黙っていた。

 エルダは、青い空を眺めた。


 そこには、一欠片の雲も無く、エルダの側には、優しい風が吹いていた。











 

 






 約三ヶ月後。

「「完成だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」

 村の完成に、どっと歓声があがった。
 あの日、見知らぬ黄色人に焼かれ亡き物となったあの村が、生まれ変わって、今ここにある。
 それに、前の村と比べて、いろんな箇所がパワーアップした。

 先ず、村全体を囲む深さ十メートルの堀とその内側に聳える十メートルの石の壁と、村と対岸を行き来する可動橋。
 これにより、村の防衛機能というのは、格段にレベルアップした。
 エルダの浮遊魔法の功績が大きいが、ゼルフや、他の技術班の功労の賜物でもあるその可動橋は、村の発展を示すのは文句の無い出来だ。
 橋を上げるのに必要な人数は、左右合わせて約二十人程。
 なので、敵襲があった時も、瞬時に橋を上げ、敵の侵入を拒むことが出来る。
 ちなみに、村を囲む壁の上には登ることができ、そこから弓矢で攻撃する事も可能で、万が一的に村を包囲されれば、エルダの鍛えたクレリアの氷魔法で一網打尽にする事も可能。

 そして村の家屋は、エルダがここら一体の木を一気に引っこ抜いた時のその木を使用して造られている。
 元々の資材の量がえげつなかったので、次手に、村に中に木の道を引くことも出来た。
 それでも未だに、まぁまぁな量の木材が残っている。



皆が騒ぎ立てる中、クレリアは前にあった台に乗り、言った。
 
「えー……静粛に。」

 破茶滅茶に叫ぶ村民を、(はしゃ)ぎたいけれどもそれをしてしまうと村民に面目が立たなくなるであろう人物。つまりクレリアが、そう言って村民を黙らせた。

「ここで一つ問題がある。何だか解るか?」

 クレリアが、何やら重要事項でも話す様な口調で、そう呼びかけた。

「そう。この村の名前だ!」

 凄く真面目な表情でそう言ったが、そこまで重要そうに聞こえなかったエルダは、ため息をついた。

「今まで、私たちの村は、『村』としか呼ばれていなかった。だが、そのままだと呼びにくい。何か、格好いい名前を、この村に付けたい。何か案はあるか?」

 クレリアは、まぁまぁ大きな声で、村民全員に呼びかけた。

 その後この場は、村民達の話し合いの場となった。
 それぞれが各々付けたい名前を言い合って、それについて皆が考察する。

 そして、村の名付けをクレリアが命じてから約三十分が経った頃。
 未だ、名前が決まっていなかった。
 エルダも聞き耳を立てて聞いていたが、村民のネーミングセンスの無さに、呆れ返っていた。
 そんな中、その話し合いの中に突然、ラルノアが割り込んできた。

「そんなに悩むんだったら、村開発に一番助力してくれたクレリア(父さん)とエルダの名前を文字って、『エルレリア』とかで良いんじゃないですか?」

 ラルノアは、サラッとそう言って、腕を組んだ。
 皆は、そのラルノアの一言に呆然とした。

「成る程なぁ……………………」
「それもありだな………………」
「そうだな…………………………」

 村民の心が、“エルレリア”に揺れ動いていた。

「エルレリアで良いと思う者は挙手!!!」

 クレリアがそう叫ぶと、村民の内のほぼ全員が手を上げた。

「じゃぁこれから、この村の名前は『エルレリア』とし、今日の事は、『エルレリア開村記念日』とする!」

 そのクレリアの言葉に、再び大きな歓声がどっとあがった。

「私の案。まぁまぁ良かったんじゃないですか?」

 ラルノアがエルダに向かって歩み寄り、そう言った。

「まぁ良いとは思うが…………自分の名前が使われていると思うと、ちょっと恥ずかしいな。」
「良いじゃないですか。それくらい、“エルレリア開村”に貢献したって事ですよ。」
「そうなのかなぁ…………」

 そう言って二人は、高らかに笑い合った。






 次の日。

「今日でお別れか。」

 クレリアが、可動橋の前で、エルダにそう言った。

「俺がここに来たのも、旅の途中にオーザックに会ったからだしな。その旅を再開させるだけだよ。」
「そうだな。」

 そう言った後クレリアは、エルダの横に置いてある大量の木材に視線を移した。

「そんな木材。本当に金になるのか?」

 クレリアが、エルダに聞いた。

「まぁ、こんなに量があれば、相当な金にはなるだろうよ。ってか其方こそ、こんな貴重な物資、分けて貰って良かったの?」
「いやいや。エルダにして貰った事に比べたら、これくらい、安いものよ。」

 そう言ってクレリアは、優しい笑みを浮かべた。

「…………そうか。エルダと会って、もう八ヶ月も経つのか。」
「早かったな。」
「そうだな…………」

 クレリアが、少し涙ぐむ。

「オーザックは、エルダのことを、『友達』と言っていたよ。」


 ――――――――――――――

 「オーザック。君は何故、黄色人であるエルダ()に、そこまで執着するのか。村で反発を喰らい軽蔑されることは、目に見えていたと言うのに。」
「それは――――――俺にとってエルダという人間が――――初めての友達だから。」

 ――――――――――――――

「そうか………………」

 エルダが、口角を緩めた。
 



「それじゃぁ、そろそろ行くわ。」

 そう言ってエルダは、浮遊魔法で、大量の木材を浮かせた。

「あぁ、元気でな。」

 そう言ってクレリアは、エルダの手をがっちりと掴んだ。
 すると、村の奥の方から、沢山の人が一斉に走ってきた。
 そして、エルダの前で輪になって止まった。

「「エルダ様! エルレリア開村への御助力、本当にありがとうございました!!」」

 そう言って彼らは、深く頭を下げた。
 そしてその人混みの中から、ラルノアが一人、走ってきた。

「エルダが村を出るって言ったら、エルレリア民全員『見送りたい!』って言って聞かなかったんですよ。」
「そうだったのか。」

 するとラルノアは、クレリアの握っていたエルダの手を奪い取って握り、言った。

「どうか、お元気で。何か嫌な事でもあった時や、気が向いた時は、是非、私たちの村(エルレリア)にきてくださいね。村民一同、大歓迎しますから。」

 そう言いながらラルノアは、大粒の涙をポロポロと流した。

「あぁ、是非、そうさせて貰うよ。」

 そう言いながらエルダは、ラルノアの握っていた手を解き、ラルノアの頭をポンポンと二回触った。

「やめて下さいよ。私だってもう大人なんですから。貴方が色々話ししてくれた時見たいに泣き崩れませんから。」

 そう言って、ラルノアは、今までで一番の笑みを、エルダに向かって浮かべた。





「それじゃぁ! 行ってくる!!」

 そう言ってエルダは、村で貰った食糧や旅グッツの入った鞄を背負い、浮遊魔法で大量の木材を運びながら、エルレリアを去った。








「行ってしまったな。」
「行ってしまいましたね。」

 木々の間からエルダが見えなくなった頃、クレリアとラルノアは、そう呟き合った。


「それじゃぁ今日も、村長、頑張りましょうか!!!」
「えぇ、そうですね。」

 大きな声で言うクレリアを他所に、ラルノアは、少し冷徹な声で言った。

 だが、ラルノアは、その冷徹な口調までも明るさに変えてしまう程の笑みを、少し遠慮気味に、浮かべていた。








 





 


――――――――――――――――――――


 

 エルレリア開村一週間前。

 アルゾナ王国。




 この日、国中で、ある号外が配られた。
 その表紙には、今まで見た事ないような大きな文字で、こう書かれてあった。

『サルラス帝国、アルゾナ王国へ宣戦布告』

 突然の事だった。


 この事を受けて王国政府は、即座に、宣戦の詳細を確認した。
 議会に出された書類には、こう記されてあった。
 ・開戦は約一ヶ月後の昼
 会場は騒めいた。

 宣戦の理由は、皆とうに理解していた。
 サルラス帝国が、領土拡大を目論んだからである。
 昔からサルラス帝国は、オームル王国の領土を、武力をもってして奪い続けていた。
 そしてアルゾナ王国政府も、「いつかはアルゾナ王国(こっち)にも侵攻してくるだろう」と予想していた。
 だが、いざ宣戦布告されると、慌てふためき、議論どころでは無くなってしまう。

「静粛に!」

 アルゾナ王国国王、アステラがそう叫ぶと、場は一瞬でしんとした。

「それでは今から、サルラス帝国宣戦布告に対する措置について話していく。
 先ず第一に問題なのが、戦争の場所である。万が一我が国で行われた場合、国民にも被害が出かねん。
 そして第二に、帝国軍と我が軍の戦力差。皆周知の通り、我が国の軍事力は、帝国軍に劣っている。ので、現時点での我が国の敗戦は免れん。
 兎に角重要なのは、この二箇条である。」

 アステラがそう言い終えると、各々が近くの議員と話し始めた。

「王国南部に住む国民を、首都『ギルシュグリッツ』へ避難させるのは如何でしょう。此処なら、様々な物資が届きますので、安定した衣食の供給が出来ると思うのですが………………」
「まぁ、それしかないよな。」

 ある議員の「ギルシュグリッツ避難案」を聞いたアステラが、既にその案を考えていたような口振りで返答した。

 ギルシュグリッツと言うのは、この国アルゾナ王国の首都であり、王国の北部に位置している。
 今いるこの王宮も、ギルシュグリッツの中央部に位置している。
 首都なので当然、王国内でも最も栄えていて、その避難案を出した議員も言ったように、生活必需物資が有り余っている。
 なので、避難してきた避難民を、そこで生活させることも、不可能では無いのだ。

「だがその案だと、その避難民の住居が無いのではないでしょうか。その点、どうお考えで?」

 また別の議員が、そう質問した。

「まぁ実際、ギルシュグリッツへの避難案以外に道は無いだろう。分かった。避難民の住居については、こちらで対処しよう。リカル。この事について、財務課と建設課に報告しておけ。」

 それを聞いた、アステラ王第一秘書、リカル・アルファは、そっと一礼し、この場を去った。


「そして、戦争への軍事問題だが。私の案として、国民へ、国民兵の募集をかけようと思う。」

 アステラのその案に、会場が騒めいた。

「では国王。国王は、守るべき民をも戦場に繰り出すと言うのですか?」
「言ったであろう? あくまでも“募集”であると。ので、国民兵への加入は、“義務”ではなく“任意”なのだ。」
「それでは、もし志願者が集まらない可能性についてはどうお考えで?」

 ある議員の質問攻めに、少々腹を立てるアステラは、それを悟らせない冷静さで答えた。

「少し話はそれるが。
 宣戦布告後となれば、帝国と王国間を移動する商人も少なくなり、今まで行ってきた交易だってストップするだろう。なのでこの先、王国内での物資不足は加速していくと思われる。すると当然、国内の材料を買わざるを得なくなる。帝国製の素材の方が安いため、高い国内材料を使用した事で、様々な物の物価が上昇するだろう。それに加えて、もし、南部に住む国民の供給も負担となれば、物価上昇に加えて、物資不足は免れない。
 それに政府(わたしたち)も、今ある税金の大半を軍事費に費やすので、国民の賃金は高くならない。もしかすると、税の引き上げなんて事にもなるかもしれない。
 そうなった場合、国民の生活は窮困するだろう。
 そこでこの国民兵志願だ。
 ここで志願してくれた者へは、その家族を含めて、国から、色々な救済措置をとる。例えば、報酬金であったりとか、食料品の供給であったりなど、その者や、その者の周りの者の生活が窮困から脱せるように。
 そうすれば、少しばかりは志願者が増えるだろう。」

 それを聞くと、また再び、会場に騒めきが生じた。
 アステラの案。少し悪く言えば、国民を金で釣る案。
 この方法が、果たして国民のためになっているのか。
 皆、些か不安に陥った。


 この日は、これ以上進展が無いまま終了した。
 開戦まで、残り二十九日。




 




 サルラス宣戦対策会議の次ぐ日。
 アステラが危惧していた通り、この日から、帝国からの物資の供給がストップした。
 これにより、帝国物資を買ってアルゾナ王国で売っていた者たちが職を失い、それにより様々なサルラス帝国物資で作られていた物の生産がストップした。
 そして、王国内の工場の生産量が著しく低下し、王国国民への一部物資の供給が行き届かなくなった。

 そしてその一週間後。
 市場に並ぶ物は全てアルゾナ王国産の物のみになり、元々サルラス帝国産の材料を使用していた工場もアルゾナ王国産の材料を使用するようになったので、必然的に物価が上がり、国民の生活が窮困した。
 その頃王国政府は、南部に住む国民の避難場所とする建物の建築に着手していた。
 だが、物資不足はここにも及び、深刻な木材不足となった。
 建設が一時ストップし、只々時間だけが過ぎた。

 そして物価上昇が深刻化する今、アステラは、全国民に向けて、国民兵の募集を呼びかけた。
 王国中の号外や、未だあまり普及していない無線放送で、全国民へと呼びかけた。
 その内容はこうだ。

『サルラス帝国の宣戦布告により、物資の供給停止が深刻化している今。私たちは、我が国を守ってくれる勇敢な国民兵を募集する。勿論、戦争中に、命を落としてしまうかもしれない。だが、命を賭して戦い、生きて帰ってくれば、他の国民からの名声が轟くだろう。
 しかし、何の報酬も無しに兵を志願するのは無理な話である事は、此方も重々承知している。そう思い、我が王国政府は、今回の国民兵志願の報酬として、一人百万ギールの報酬金を与える。志願したい者は、下記の申込書に必要事項を記入の上、ギルシュグリッツの兵まで。』

「百万ギール?!」

 その額を聞いた国民は、目を擦り、その文字が本当なのかを何度も確認した。

 ギールというのは、アルゾナ王国の通貨単位で、パン一本分が10ギール程度と言われている。
 それが百万ギール。
 それ程の金があれば、家が一軒余裕で買えるほどの、高額な報酬金であった。
 そしてその金額は、アルゾナ王国の今あるお金で出せる、最高額であった。


 翌日。
 ギルシュグリッツの訓練場に集まった志願兵は、約四十人程度。
 軍事力としては微々たるものかもしれないが、それでも、いるかいないかでは戦況が大きく変わってくる。

「えー初めまして。アルゾナ王国軍総長を務めております、ルーダ・グシャルダと申します。以後お見知り置きを。」

 志願兵の前で、ルーダは喋った。

「先ず、戦争中の君たちの仕事について説明します。
 君たちの仕事は、怪我人の救護。なのでこれから受ける訓練は、救護に関するものとなります。宜しく頼みます。」

 そう言ってルーダは、その場を去った。
 その後訓練場入り口から、ルーダと入れ替わるように、肩幅の広く身長も高い、“ゴツい”男が入ってきた。

「これから暫く、君たちの教育を仰せつかった、ガラブ・ビューレと言う。こんな体格なので戦闘員と間違えられるが、こう見えても、王国軍救護師団の師団長だ。宜しく頼む。」

 そう言って、肉厚の手を掲げた。
 その時。

「ガラブ。ちょっと来てくれますか?」

 さっきの入り口から、ルーダが手招きをしている。
 ガラブは指導を一時中断し、ルーダの元へ行った。

 暫くして、ガラブは志願兵の前に立ち、言った。

「すまない。今から私に、重要命令が下った。ので、これから私が帰るまでのお前達の指導は、ルーダが行う。すまんな。」

 そう言ってガラブは、颯爽とこの場を去った。
 そしてこの日から、国民志願兵の教育が始まった。
 そしてその志願兵の中には、グルダスもいたのだった。
 

 
 アルゾナ王国の財政難の原因の多くは、避難所建設の資材費だった。
 全て木材で作り低コストを狙う筈が、サルラス帝国からの物資供給ストップの影響で、木材不足が深刻化していた。
 そんな時だった。

「国王! 大変です!」

 玉座に突然、アルゾナ王国財務課課長、ペルト・マークヒッツがやって来た。

「ギルシュグリッツの中央市場に、大量の木材が販売されています! それも、ギルシュグリッツの半分の面積を埋め尽くす程の量の!」
「何だと?!」






 ――――――――――――――――――







 一週間前


「久しぶりに来たな。アルゾナ王国。」

 エルダは、大量の木材を浮遊させたまま、王国門の前に来た。
 あまりの木材の多さに、門兵が口をパクパクしていた。

 その時、ある門兵が、エルダに話しかけた。

「エルダ様ですよね。その木材は、一体どうするおつもりで?」
「別に必要無かったので、この国で全て売り払おうをと思ったいたのだが。」
「それなら早くしてくれると嬉しい。出来れば、『ギルシュグリッツ』って街の中にある市場に売って欲しい。」
「何故……?」
「まぁ、何故かどうかは、その売った店で聞いてくれ。」
「わかった……」

 その門兵の発言の意味が、今のエルダには分からなかったが、取り敢えず、あんな量の木材を持っていく訳にもいかないので、品質確認のための木材以外は、アルゾナ王国前においておく。
 エルダが不在の間は、その門兵が木材を守っていてくれる。
 アルゾナ王国の国兵犯罪は罪が重いので、わざわざ木材を盗むなんて愚行には及ばないと考えたエルダは、特に躊躇いもせずに、木材を放置していった。





――――――――――――――――――――――






 一週間後王宮。

「ペルト。その木材を、建設に十分足りる量、購入しておけ。」
「りょーかいです!」

 そう言いながらペルトは部屋を飛び出し、木材購入の手続きをし始めた。



 ここから、アルゾナ王国の戦争準備は急速に進んでいくこととなる。










 
 
 





 エルダは、門兵に渡されたギルシュグリッツへの地図と、その中にある市場までの地図を片手に、キョロキョロと周りを見ながら歩いていた。



 門兵の話だと、門の近くにある駅から走る路面電車で、約六時間程かかるそう。
 それでも早い方で、歩きで行こうとすれば、三日はかかるらしい。
 路面電車という存在は知っているが、実際見たこともなく乗ったこともないので、今回が初めてである。

 門から徒歩十分。
 なにやら、長細い建造物が見えて来た。
 そこに、人だかりができている。


 エルダは、グルダスから路面電車の使い方は習っていたので、ある程度は知っている。
 まぁ、使い方と言っても、ただ単に駅に来た路面電車に乗り組むだけだが。
 乗車料金は発生しない。
 路面電車は完全に国営化されたものなので、その運転手の給料も、税金から(まかな)われる。


 エルダもその人だかりを掻き分けて、何んとか電車に乗り込んだ。
 そしてそのまま、電車に揺られて、エルダは、ギルシュグリッツへと向かっていった。

 浮遊魔法で行く方が早いと感じるだろうが、目立つのは避けたかったので、公共交通機関を利用する。




 出発はもう既に夕暮れだったので、数時間経った今、日は落ち、辺りは暗がりに覆われていた。
 路面電車も止まり、エルダは、降車を余儀なくされた。
 夜も進めると思っていたエルダは、突然追い出された事に困惑した。

 もう既に夜中。
 当然、今から泊まる宿を見つけなくてはいけない。

「どこかになぁ………………あったらなぁ………………」

 そんなことを考えていると、道の傍らに、宿屋を見つけた。

「ラッキー」

 そう呟きながら、エルダはその宿屋へと入っていった。



「らっしゃい。」

 図太い男の声が、木造のロビーの中で響いた。
 エルダがドアをゆっくりと閉め、料金表と自分の財布を照らし合わせた。

「…………一泊七百ギールだ。」

 男が、静かな声で言った。

「なら一泊で。」
「まいど。」

 そう言ってエルダは金を払い、部屋の鍵を貰った。
 そんなエルダの視界の中に、受け付けの近くに立て掛けててある新聞が入った。
 見出しを見ると、『サルラス宣戦。』と、見たことも無いほどに大きな文字で書かれてあった。

「すいませんが、この『サルラス宣戦』っていうのは何なんですか? 暫く国を離れていたので知らなくて。」
「そんな事も知らないのかい? ったく、世間知らずも居たもんだな。いいだろう。私も今は暇だから。」

 いちいち癪に触る言い方をする男だったが、今の情勢を知ることが出来るなら、丁度いい。

「一週間前。突然、サルラス帝国がアルゾナ王国に向けて、宣戦布告をして来た。目的はどう考えても、帝国の領土拡大だろう。ったく。こちとら、戦争準備やらサルラスからの物資供給のストップのやらで大変なんだよ。物価も上昇し続けるし。もう散々だ。」

 男が、深いため息をほぉっと吐いた。

「すまんすまん、話がそれた。そんで王国政府は、国民(おれたち)に向けて、国民兵の募集をかけた。報酬金は百万ギールだとよ。」
「百万ギール?! こりゃまた大層な金額ですね。」
「あぁ。でもまぁ、そんくらいしないと兵が集まらないんだよ。ったく。軍用費でもう金が無いってのに……」

 男はまるで、兵を集めたのが自分であるかのような口振りで話した。

「まぁ、今のこの国の状態はそんな感じだ。分かったかな?」
「あぁ、ありがとう。」

 そう言いながらエルダは、そっと男の前に七百ギールを置いて、

「一泊頼む。」

 と言い、部屋へと続く階段を登っていった。


 部屋に入った。
 壁 床 天井全て木造で、ベットも下は木で出来ている。
 その上に、高そうな布団と毛布が綺麗に乗っかっていた。
 部屋の広さは、一つで止まるにしては少々大き過ぎる程の大きさで、ベットも合計四つ程置いてあった。
 洗面台やトイレも清潔で、お風呂は無かった。
 入るなら、大浴場などに行かないと入れない。
 それであっても、この質で七百ギールなら、とても安い。
 良い宿を見つけた。
 そう思いながらエルダは、一番奥の、窓から月が見える位置で、深い眠りについた。





 次ぐ日。

「……よく眠れたか?」

 階段から降りてきたエルダに、受付の男は声をかけた。

「あぁ、お陰様で。」
「なら良かった。」

 そう言いながらエルダは、扉に手をかけた。

「もう行くのか?」
「生憎、この後、ギルシュグリッツに用事があるもので。」
「そうか。行ってらっしゃい。」
「はい。行ってきます。」

 そう言いながらエルダはにこやかにし、宿を後にした。

 その後、目の前を走り過ぎようとする路面電車を見つけたので、浮遊魔法で自分の背中を押して加速しながら、その路面電車に乗り込んだ。


 数時間後。


「ここが……………………!!」

 路面電車を降りたエルダが目の当たりにしたのは、今まで見てきた街並みとは賑わいの次元の違う場所。

 そう。此処こそが、アルゾナ王国王都、ギルシュグリッツ。
 大陸一の、科学技術発展都市だ。