ボク達が本屋の横の路地裏から(もど)ると、人だかりはすっかり消えていた。

 (りん)聖剣(せいけん)を中断させられた男性も、いなくなっていた。



「あっ。お家どこなの?
 この辺まだ分かんないよね?
 近くまで着いて行こうか?」

 ボクは(りん)()り返って(たず)ねる。

 辺りがだんだんと暗くなりはじめていたからだ。

 自治体に(やと)われた
プロの剣士(けんし)魔法(まほう)使いがパトロールしているとはいえ、
日が暮れるとモンスターの活動が活発になって危険なのである。

 ただ、ボクはそうは言ったものの、

「(やっぱり『気持ち悪い』とか『(こわ)い』とか思われちゃうかな……?
  聖剣(せいけん)()められたとはいえ、
  まだ初対面だし……)」
と思い直して、

迷惑(めいわく)じゃなければだけど……」
と付け加える。

 だが(りん)は、

「まあ。
 着いてきていただけるんですの?
 紳士(しんし)なところもポイント高いですわね……」
と少し顔を()せながら言い、

「そういえば、まだお名前をお(うかが)いしておりませんわ。
 ぜひ教えてくださいませ」
と続けながら、そばまで歩み寄って来て、
ボクの左手を取り、両手でギュッと(にぎ)った。

「(えっ……!?)」

 ボクは(おどろ)いた。

「(こんな美少女に手を(にぎ)られてしまった!
  (うれ)しいけど、なんかすごく()ずかしい!)」



 と、その時、

「あっ!こんなところにいた!」
と声がした。

 ボクと(りん)()り返る。



 絶だった。



「あら?お兄様じゃございませんか。
 部活はもう終わったんですのね」

 (りん)が言った。

「うん。
 でも、早く終わったのは(りん)のせいだよ?」
と絶が言いながら近寄って来て、ボクのほうへ視線を移す。

「あっ!キミ!」

 絶はボクの顔を近くで見て、ようやくボクと気がついたらしい。

「(モブとして()()むタイプの顔なので、まあ仕方がない……)」

 ボクは思った。

「あら?もうお知り合いなんですの?
 ワタクシから紹介(しょうかい)しようと思っていましたのに……」

 (りん)が言う。

 ボクはそれを聞いて、頭の中に『?』マークを()かべる。

「(紹介(しょうかい)
  わざわざボクなんかを?
  なんで?)」

「ボクも(りん)紹介(しょうかい)しようかと思ってたんだ。
 (かれ)、すごいんだよ」

 絶までそんなことを言う。

「ボク、なんかしたっけ?」

 心当たりが英語の時間に右手に(つか)みかかったことぐらいしかないので、
念のためにボクは絶に(たず)ねた。

「だって、あの昼間のベンチプレス。
 あれ、先に上げてたのってキミだろう?
 (あせ)が付いてたし……」

 絶が言った。

「あー……、あれかー……」

 ボクは思い至った。

「(昼休みにトレーニング室のベンチプレスで、
  先に90キロのバーベルを上げていたのは、確かにボクだ……。
  あの時の絶が何か言いたげだったのは、そのことだったのか……)」
とボクは納得した。

「それに、気配を察知する能力もすごいし……」

 絶が続ける。

「そういえば、帰りの会が終わった時に変なことしてたね……」

 ボクは言った。

「(あの時に、ボクの後方に立ってたのは、
  ボクのことを試していた的なやつだったのか……)」

「しかも、足まで速いんだ。
 あの時、実は部室前からキミを追いかけたんだけど、
 校門を出た(ころ)にはもう見えなくなってて……」

 絶がさらに続けた。

「(それは悪いことをした……)」

 ボクは思って、

「あの時は()げるのに無我夢中で……」
と言いながら頭をかいた。

(かれ)聖剣(せいけん)もすごいんですのよ」

 今度は(りん)が口を開いた。

「ワタクシ、たぎってしまいましたわ」

 (りん)は、またウットリしたような目をして言う。

「たぎる?
 本気で挿入(インサート)でもしたってこと?」

 絶が(たず)ね、

「ボクは、(かれ)聖剣(せいけん)は…、その…、
 あんまり(めぐ)まれてないタイプだって聞いたんだけど……」
慎重(しんちょう)に言葉を選ぶように続けながら、ボクのほうを見た。

「そうだ……」

「そんなことございませんわ!」

 ボクが肯定(こうてい)しかけた言葉に、(りん)(かぶ)せるように否定した。

「確かに丸くって()は無いですが、
 すっごくかわいいんですのよ!」

 (りん)が言い、

「それにワタクシの魔力(まりょく)挿入(インサート)しても、全然折れませんでしたの!
 オーラルコミュニケーションまではしてませんが、
 今からするのが楽しみですわ!」
と続ける。

「……『かわいい』は、
 聖剣(せいけん)()める言葉としては、あんまりよろしくないかなぁ……」

 絶は半分あきれたような声で言いながら頭をかいた。



 ちなみに、ご存知の方もいるとは思うが、
ここで言っている『オーラルコミュニケーション』とは、
英会話することではない。

 女性の体液。

 つまり、だ液なんかを聖剣(せいけん)()ると、
挿入(インサート)する時に短時間でスムーズに入りやすくなるのである。

 このため、剣魔(けんま)のミックスダブルスの試合なんかでは、
開始前に女性がペアの男性の聖剣(せいけん)をベロベロと()め回すことがある。

 それをオーラルコミュニケーションと呼ぶのだ。

 体液なら何でもいいので、
(なみだ)や鼻水なんかでも、
魔力(まりょく)挿入(インサート)効率を上げるという点では大丈夫(だいじょうぶ)らしいのだが、
それらを大量に出すというのは大変なので、
だ液で、
つまり口でするわけである。

 だ液の量が少ない人のためには、
専用の潤滑剤(じゅんかつざい)潤滑(じゅんかつ)液と呼ばれる液体も売られている。

 本人の体液には多少(おと)るらしいが、
それらを()ることでも挿入(インサート)がスムーズに入りやすくなるそうだ。



 嫌われているボクの場合、
イヤイヤでペアにさせられた女の子が
オーラルコミュニケーションなんてしてくれるはずもなく、
たとえ授業や剣魔(けんま)の試合でやらなければならない状況(じょうきょう)になったなら、
『ペッ!』とツバを()きかけられる感じで終了(しゅうりょう)である。

『世の中には、
 女性にぞんざいな(あつか)いをされることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。



「ごめんね?
 (りん)のやつ、しゃべり方も変だろう?
 別にウチ、お金持ちってわけじゃないから……。
 両親はトレーナーとしては有名かもしれないけど、
 大会に出て賞金とか(かせ)いでるわけじゃないし……」

 絶がボクを見ながら言い、

「でも、(りん)魔力(まりょく)普通(ふつう)挿入(インサート)して中断しなかったんならすごいね。
 ボクでも加減してもらわないと簡単に折られちゃうのに」
と続けた。

「えっ!?そうなの!?」

 ボクは(おどろ)く。

「だからボク、(りん)とダブルスやることほとんど無いんだ」

 絶がうなずきながら言った。

「そうなんだ……」

 ボクは(つぶや)くように言う。

「(兄妹だから、てっきり当たり前のように
  しょっちゅう挿入(インサート)合体(ジョイント)をしているものかと……)」

 ボクは自分の認識を()じた。

「(そう言われてみれば、
  自分の母親なんかと挿入(インサート)合体(ジョイント)をする男子というのも
  ほとんど聞いたことがない……。
  家族だからそういうことをするのが当たり前だとは、
  確かにあまり考えられないか……)」
とも思った。

「やっぱりムロくんは、剣魔(けんま)の部活やるべきだと、ボクは思うよ?
 ぜひ一緒(いっしょ)にやろうよ」

 絶がボクに(せま)るように近づき、そう言う。

「えっ!?」

 ボクは再び(おどろ)いた。

「(なんでそうなるの!?
  身体能力が高そうだからってこと!?)」

「ムロさんとおっしゃるのね?
 ワタクシからもお願いしますわ」

 今度は(りん)が口を開いた。

「ワタクシ、ムロさんが部活に行ってくださるのなら、
 絶対に参加いたしますわよ。
 ぜひ一緒(いっしょ)にやりましょう」

 (りん)までボクに(せま)るように近づき、そう言う。

「えっ!?」

 ボクはさらに(おどろ)いた。

「(中断しなかったぐらいで!?
  あんな丸い聖剣(せいけん)なのに!?)」

「いや……、あの……、ボク……」

 ボクは二人のことを(おさ)えるように両手を出すが、

「さあ、ムロくん!」

 絶がさらに(せま)り、

「さあ、ムロさん!」

 (りん)もさらに(せま)る。

 絶、(りん)がボクの顔にキスしようとする勢いである。

「いや、あの!
 ちょっと待って!
 1つだけ!」

 ボクは(さけ)ぶように言いながら、右手の人差し指を立て、
高々と上に(かか)げた。

 絶、(りん)はそれに(おどろ)いたのか、少し下がる。

 ボクは、フゥー……とため息のように息をつき、

「ボク、木石夢路(ゆめみち)って言うんだ……。
 まだ名乗ってなかったよね……?
 あだ名が『ムロ』だから……」
と何とか二人に伝えた。