短いけどすっごくカタイ ~●●が短いけどすっごくカタイ主人公!?~

 キーンコーンカーンコーン……。



 お昼になった。

 ウチの中学は、給食が無い。

 お昼ごはんは、持参したお弁当などか購買(こうばい)のパンだ。

 (みんな)は、教室で思い思いのグループを作って一緒(いっしょ)に食べるが、
友達のいないボクは居場所もないし、
絶のいる所で食べるというのも今はまだ気まずいしで、
いつものように部室棟(ぶしつとう)のほうにあるトレーニング室に向かった。



 ギシギシとうるさいトレーニング室の引き戸をガラガラ開けると、
トレーニング室の片隅(かたすみ)に座り()んで、母さんの作ってくれたお弁当を食べる。

 こんな聖剣(せいけん)の息子に、お弁当を作ってくれるだけ、
まだ救いがあるほうだろう。

 単に、コンビニや購買(こうばい)で買わせると、
食費がかかりすぎるからかも知れないが。



 さて、お弁当を食べたら、いつものように筋トレだ。

 トレーニング室には、
ダンベルやベンチプレス、腹筋台などの設備が(そろ)っているのだ。

 本当は、先生が付き()っていないと危険だというので使用禁止である。

 だがボクにとっては最早、日課になりつつあるので気にせずやる。

「(前回は下半身をやったから、今日は上半身を中心にやるかな……)」

 そう思うとボクは、
ダンベルをグイグイと上下させてみたり、
ベンチプレスでバーベルをグイグイと上下させてみたり、
腹筋台で腹筋をしてみたり、
プランクと呼ばれるインナーマッスルを(きた)える姿勢をしてみたりする。

 別に身体をムキムキにしたくてやっているわけではない。

 昼休みにやることもないし、
かと言って勉強なんか教室や図書室でするのは(いや)なので、やっているのだ。

 校庭の(はし)っこのほうで走っていたこともあったのだが、
(あせ)をかきすぎるので、すぐにやめた。

 体操服に着替(きが)えるというのも面倒(めんどう)くさい。

 筋トレならあまり(あせ)をかきすぎないし、
適度な疲労(ひろう)感と達成感が得られて、ちょうどよいという結論に達したのだ。

 何より没頭(ぼっとう)できる。

 つまり、何も考えないで身体だけ動かしていればいいというのが気楽なのだ。

「(いや、あるいは……)」

 ボクは思う。

「(あるいは、
  『筋力でカバーすれば、
   聖剣(せいけん)以外の普通(ふつう)の武器で剣士(けんし)と変わらない仕事ができるかも』
  と無意識に考えての行動だとか……?)」

 ボク自身にも、はっきりとした理由なんて分からなかった。

 と、
ガラガラ!とトレーニング室の引き戸が開いた。

「こんにちは~。今日も精が出るわね~」

 体育教師で剣魔(けんま)部の顧問(こもん)もしている下井先生が、
いつものようにやってきたのだ。

 下井先生もほぼ毎日のように、
昼休みになるとトレーニング室で筋トレしているというわけである。

「こんにちは……」

 ボクも筋トレしながらあいさつを返す。

 実はボクも、一応は剣魔(けんま)部の部員なのだ。



 おっと……、口調で分かりにくいかもしれないが、
下井先生は男性である。

 坊主(ぼうず)頭に、ゴツイ顔、割れたアゴ、
ヒゲが()いのか口の周りがいつも青みを帯びている感じの見た目だ。

戸籍(こせき)上は男よ~』
と本人も言っていた。

 ただ下井先生は、かなり特別である。

 なんと、両刃(りょうば)聖剣(せいけん)が使える上に、魔法(まほう)まで使えるのだ。

『男性なら聖剣(せいけん)だけでは?』
と思われるだろうが、(まれ)魔法(まほう)まで使える人がいるのである。

 そういう人は魔法(まほう)剣士(けんし)と呼ばれる。

 これもまた、レアなケースというわけだ。

 しかも両刃(りょうば)聖剣(せいけん)である。

 レア中のレア。

 いわゆるSR(スーパーレア)SSR(スペシャルスーパーレア)というやつだろう。

 このため、男子からも女子からも(あこが)れの目で見られている。

 見られてはいるが、何と言うかストイックで、
下井先生自身にも生徒にもかなり厳しいので、
剣魔(けんま)部に入ってもすぐに辞めてしまう一年生が多かった。



 その下井先生の後ろに、今日はもう一人別の人影(ひとかげ)があった。

「どうぞ~、入って~」
と下井先生が言うと、

「失礼します!」
礼儀(れいぎ)正しく声をかけながら中に入ろうとする。

 絶だった。

「あっ……」

 ボクは、思わず口に出した。

「あっ……」

 絶もボクを見て口に出すと、中に入って来るのをためらう。

「あら~……?
 ああ~。
 確か~、同じクラスだったわね~。
 あなた達って~」

 下井先生がパン!と両手を(たた)き、ボクと絶の顔を交互(こうご)に見比べ、

「この子も剣魔(けんま)部員なんだけど~、最近は全然練習に来ないの~。
 事情があるから仕方ないけど~」
と、
『聞いてよ~、ちょっと~』
とでも言いたげに、絶に向かって右手を手招きするように動かす。

「えっ!?そうなんですね!」

 絶の目の色が、変わったような気がした。



 ちなみに『事情がある』とは、弟の(たてる)のことだ。

 (たてる)が4月に入学してからすぐ剣魔(けんま)部に入部したので、
顔を合わせたくないボクは、
この1ヶ月間は全然部活に行ってないのである。

 そもそも、ボクとタブルスを組んでいた女子の出来田さんも、
()(なや)んだせいなのかボクとのペアが(いや)すぎたのか、
剣魔(けんま)部を辞めてしまったので、
ボクはシングルス専門になっていたうえ、
ボクの聖剣(せいけん)では1回戦止まりなことがほとんど。

 運良く勝てたとしても、2回戦でシードに当たって敗退という感じだ。

 団体戦のほうは、レギュラーでも無ければ、補欠にも入っていなかった。

『さっさと退部届を出してしまえばいいのに』
と、自分でも思っている。



「まあだから気にしないで~。
 私達は私達で~、身体を動かしましょ~」

 下井先生が絶を(うなが)して中に入れる。

「はい!」

 絶は言いながら中に入って来る。

「じゃあ~、まずは軽くベンチプレス10回ぐらい行きましょうか~。
 正しくは~、10レップって言うのよ~。
 ウフフ〜、何キロなら行けるかしら~?」

 下井先生が、こんなに楽しそうなのは(めずら)しい。

「80キロぐらいですね!」

 絶が元気に答える。

「あら~。
 なかなかやるじゃな~い?
 ……は~い。どうぞ~」

 下井先生がバーベルから10キロ分の重りを外して言った。

「ッ…!」

「(ん?)」

 ボクは何か違和感(いわかん)を覚えた。

 絶が一瞬(いっしゅん)、何かを口に出そうとしたように見えたからだ。

 だが絶は、グイ!グイ!…!と、
そのままバーベルを上下し始めた。

「(まあいいか……)」

 ボクは自分の荷物をまとめ始めた。

「(気まずいし……、どうせ次は体育だし……。
  一度教室に(もど)って、体操服に着替(きが)えて、
  今日はグラウンドを走ることにしよう……)」

 ボクはトレーニング室の引き戸をガラガラと開けて、

「あっ……」
と、また思わず口に出した。

 ボクは、くるりと()り返って、

「絶くん。
 (だれ)かに聞いたかもしれないけど、
 次の体育は体育館だから……。
 第一体育館のほうね」
と言った。

「……!」

 絶は、まだバーベルを上下させながら、
首をカクカクと動かすようにして返事をする。

 『わかった』ということらしい。

「(これで英語の教科書の時にやったことが、消えるわけじゃないけど……)」

 ボクは、そんなことを考えながら教室に(もど)った。






 キーンコーンカーンコーン……。






 帰りの会が終わった。

 ボクはカバンを肩にかけて、さっさと帰ろうとする。

 と、絶がボクの(なな)め後ろにスッと立った。

「?」

 ボクは、首だけ()り返る。

「!」

 絶は、なぜかびっくりしたような顔をしている。

 やはり絶は、身長もすごく高い。

 並んで起立すると、よく分かる。

「((たてる)と同じか、それ以上ありそうだな……)」

 ボクが思っていると、

「あ……、あのさ……!
 部活、行こうよ!」

 絶が言った。

剣魔(けんま)部だったら他にもいるから……、
 ほら、あそこにいる馬薗(まぞの)とか……。
 案内してもらうといいよ?」

 ボクは、クラスメイトで剣魔(けんま)部の
メガネをかけた男子を指差す。

「ケガでもしてるの……?」

 絶は(まゆ)を寄せて言う。

「いや……、そういう訳じゃないんだけど……」

 ボクも困って(まゆ)を寄せる。

「じゃあ行こうよ!」

 絶は、ボクの(うで)(つか)んで引っ張りだした。

「(ええー……?
  でも無視して帰るのは、さすがに悪いし……。
  かと言って(たてる)がいたら、顔を合わせたくないし、困ったな……)」

 ボクは思ったが、

「(仕方ないから、部室まで案内だけしてあげるか……)」
と、絶と連れ立って歩き出した。



 部室までの道すがら、絶がボクに質問してくる。

「ムロくんて、いつも昼休みにあそこでトレーニングしてるの?」

「まあ……、うん……」

「ムロくんて、剣魔(けんま)を始めてどれくらい?」

「中学からだから……、まだ1年だよ……」

「ムロくんて、もしかして市の大会くらいだったら優勝したことある?」

「いやいや……。
 良くて1回戦が勝てるぐらいで……」

「そうなんだ……。それってダブルスも?」

「そうだね……。
 それにペアの女子が辞めちゃったから、
 秋の途中(とちゅう)の大会からシングルスしか出られなくなっちゃったし……」

「ああー……。そうなんだね……」

「(頑張(がんば)って話題を()ってくれてるんだろうけど……、
  全然会話が続かない……。
  何だか申し訳なくなってきた……)」

 ボクは思った。



 ようやくグラウンドの一画にある、剣魔(けんま)部の部室に辿(たど)り着いた。

 剣魔(けんま)部はここで、着替(きが)えたりプロテクターを保管したりしている。

 剣魔(けんま)部とかサッカー部とか野球部とか、
人数の多い部活は、部室が部室棟(ぶしつとう)とは別のところにあるわけだ。

 ちなみに、『プロテクター』というのは、
聖剣(せいけん)魔法(まほう)による攻撃(こうげき)を受けてもケガしないよう、
剣魔(けんま)競技をプレイするときには必ず装着する防具のことである。

 知らない人は、アイスホッケーで着るようなもの、
あるいは西洋の甲冑(かっちゅう)のようなものをイメージしてもらえばいいだろうか。



「こっち側の部屋が、男子の部室(けん)更衣室(こういしつ)になってるから……」

 ボクが絶を男子部室のドアの前まで連れて行く。

 とその時、
ふいにガチャッ!と部室のドアが開いた。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



 (たてる)だった。

 弟の(たてる)が、
トレーニングウェアと頭以外のプロテクターを装着した(たてる)が、
ちょうど部室から出て来たのである。

 ジロリと(たてる)がボクを見下ろしたので、
ボクは(あわ)ててドアの前から横に飛びのいた。

 ぶつかられては、たまらない。

「こんにちは!」

 ボクの後ろにいた絶が、(たてる)にあいさつする。

「あっ……!チワース!」

 (たてる)が言いながら軽く礼をする。

「(良かった……。一応、先輩(せんぱい)にはちゃんとあいさつするんだな……)」

 ボクは安心した。

 弟がボク以外にもあんな態度だったら、
ちょっと将来を心配してしまうところである。

 それにどうやら、絶を絶だと分かっているし、
絶が剣魔(けんま)部に入部するであろうことも予想していたようだ。

 初対面でそんなに(おどろ)いていないのが、その証拠(しょうこ)である。

 休み時間にでも、2年生からウワサが広まったのだろう。

 そういえば、妹の(りん)のほうも転校して来ているのだから、
もしかしたら(りん)のほうが(たてる)と同じクラスだったりするのかもしれない。

「……お前は何しに来たんだよ」

 (たてる)がボクの頭に(つか)みかかろうとしながら(こわ)い声で言った。

「……!」

 ボクは(あわ)てて、さらに距離(きょり)を取り、それを回避(かいひ)する。

 久しぶりに兄を無視しないで話しかけてくれたセリフが、これである。

「案内しただけだよ……。このまま帰るから……。
 部活には出ないから大丈夫(だいじょうぶ)……」

 ボクは小さい声でそう言うと、くるりと来た道を()り返る。

「……」

 (たてる)は何も言わなかった。

「(ああ……、良かった……)」

 ボクは思った。

「(ここで、
  『当たり前だよ短小野郎(やろう)
  なんて弟から追撃(ついげき)を言われていたら……、
  ボクは(おこ)り出すのではなく……、きっと泣き出してしまっていた……)」

 ボクはそのまま歩き出そうとする。

 だが、

「ちょっと待ってよ!」
と絶が強い口調で言った。

 ボクは一歩()み出していたが、その声に思わず立ち止まってしまう。

一緒(いっしょ)にやろう?」

 絶が右手で、ボクの右肩(みぎかた)(つか)んだ。

「(やめてくれ、絶くん……)」

 ボクは思った。

先輩(せんぱい)、そいつはいいんです。
 短小野郎(やろう)なんで。
 部活なんて、やっても無駄(むだ)なんだ」

 (たてる)が言う。

「(あっ……)」

 ボクの視界がジワリと(くも)った。

「ッ……!」

 ボクは絶の手を()りほどくと、
そのままグラウンドを()っ切るように走り出す。

「ちょっ……!」

 絶がまだ何か言いかけていたが、構わなかった。



 ボクはそのまま校舎を回り()み、
校門を()け、
家までの近道の森を一直線に走り、
走って、走って、走った。



 ……気づいたら、家の前に着いてしまった。



「(あっ……。
  そういえば今日は『月刊プレイ剣魔(けんま)デラックス』の発売日じゃないか……。
  本屋に行かなければ……)」

 ボクはハアハア言いながら、ようやく(なみだ)を学生服の(そで)でゴシゴシと()くと、
せっかく家の前まで帰って来たのに、
本屋に行くために、
くるりと来た道のほうへ()り返って歩き出した。



 『月刊プレイ剣魔(けんま)デラックス』とは、
平たく言えば剣魔(けんま)競技に関する雑誌だ。

 プロの剣士(けんし)聖剣(せいけん)魔法(まほう)使いの魔法(まほう)を載せたり、
それらの使い方のフォームやテクニックの解説を()せたり、
大きな大会の結果を()せたり、
選手のインタビューなんかも()せたりしている。

 そういえば、全中の時は本能兄妹の、
絶と(りん)のインタビューも()っていた記憶(きおく)がある。



「(弟にすら夢を全否定されるようなことを言われたばかりなのに……、
  ボクも好きだな……)」

 トボトボと歩きながらボクは思った。

 でも、それほどボクの剣士(けんし)になりたいという意志は固いのだ。
 ようやく、駅前にある商店街の本屋、『オシリス』に辿(たど)り着く。

 スポーツ雑誌のコーナーまで行って、
立ち読みしている数名の人達の間を、

「すみません……」
(つぶや)くように言いながら、かき分ける。

「(えーと……?あっ、あそこだ……)」

 目当ての月刊プレイ剣魔(けんま)デラックスが見つかった。

 人気の雑誌なので、もう最後の一冊のようだ。

「(今月号のは、(ふくろ)とじまで付いてるのかー……)」
と表紙の見出しを見て思いながら、
ボクはその月刊プレイ剣魔(けんま)デラックスに手を()ばした。

 と、横から同じようにきれいな手が()びてきた。

「あっ……」

 その人と同時に口に出す。

 女の子の声だ。

「ご購入(こうにゅう)なさるのでしたら、あなたが持っていってくださって構いませんわよ」
と女の子が言った。

「えっ……?
 すみません。ありがとうございます」

 ボクも買いたいので、遠慮(えんりょ)はしない。

 でもボクは、

「(『構いませんわよ』
  だって?
  まるで、どこかのお嬢様(じょうさま)みたいな口調だな……?)」
と思って、声の主のほうを()り返った。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



 絶の妹、本能(りん)だった。



 キラキラとエフェクトが見えそうな、(ちょう)が付くほど美しい顔と、
気の強そうな目と(まゆ)
流れるような黒髪(くろかみ)のロングヘアがその証拠(しょうこ)だ。

 バッチリと目が合う。

 ボクがそのまま固まっていると、
(りん)はボクを真っ直ぐ見据(みす)えながら、

「ワタクシは、こちらの立ち読みなさっているご紳士(しんし)から
 お(ゆず)りいただきますから、ご遠慮(えんりょ)なさらず」
と言って、別の月刊プレイ剣魔(けんま)デラックスを立ち読みしていた男性から
バッとその本を取り上げ、
スタスタとレジのほうへ歩いて行ってしまった。



 その後ろ姿を見送ってから、
ハッと我に返ったボクも、
(あわ)ててその後を追うようにレジへと向かう。



 会計を済ませて本屋を出たところで、ようやく(りん)に追いついた。

「ちょ、ちょっと待って!
 部活は!?」

 思わずボクは(りん)(たず)ねていた。

 絶が剣魔(けんま)部の部室まで行ったので、
てっきり妹の(りん)もウチの剣魔(けんま)部に入部するものだと思っていたからだ。

 その声を聞いた(りん)()り返った。

「あら?ワタクシをご存知なんですの?
 ですが……、あの学校のレベルですと、
 ワタクシにはちょっと合わないようでしたから……。
 顧問(こもん)の先生方はともかく、部員の(みな)さんがあれではね……」

 (りん)はそう言いながら、首をかしげるような仕草をする。

「どういう……?」

「どういうことだコラァッ!?」

 ボクが(たず)ねかけたところに、すぐ後ろから大きな怒鳴(どな)り声が(かぶ)せられた。

 ボクは反射的にビクン!とした後、(おそ)(おそ)る後ろを()り返る。

 先ほど(りん)から月刊プレイ剣魔(けんま)デラックスを(うば)い取られた男性だった。

 顔を真っ赤にして、ワナワナと両肩(りょうかた)(ふる)わせ、
(いか)りをあらわにしている。

「有名人だろうが関係ねーぞテメェッ!
 調子こきやがってッ!」

 そう言いながら、男性はおもむろに(うで)()り下ろすようにして、
ビュッ!と聖剣(せいけん)()いた。



 念のため言っておくと、
普段(ふだん)は自分の内に収納しておける聖剣(せいけん)を自分の表に出すこと、
つまり(けん)として具現化することを『聖剣(せいけん)()く』と表現するのだ。

 体の(わき)から刀を引き()くようにだったり、
肩越(かたご)しに引き上げるようにだったり、
(かれ)のように(うで)()り下ろすようにだったり、
はたまた口から()き出すようにだったり、
ポケットから取り出すようにだったりと、
()きやすい動きは人によって千差万別だ。

 ここにも、その人の個性が出るわけである。

 なお、まだ聖剣(せいけん)を使えるようになる聖通(せいつう)
(むか)えていない(みな)さんのために言っておくが、
モンスターもいないのに無闇(むやみ)聖剣(せいけん)()くと、
周りの人や物を傷つけてしまって危険なので、
絶対にマネしてはいけない。

 法律でも禁止されているぞ。



「ちょ、ちょっと!?
 ぼ、暴力はやめましょう!?」

 ボクは口ではそう言っているが、内心では

「(そりゃ(おこ)るって!)」
と、完全に男性の味方に立っていた。

 そのせいか、スッと(わき)に寄って、
男性と(りん)の間からさりげなく移動していた。

 体は正直なのである。

 と、(りん)が、

「ハイ」
と言いながら、おもむろに男性の聖剣(せいけん)に向かって右手のひらをかざした。

 するとどうだろう。

 ボッキン!
という音と共に、男性の聖剣(せいけん)があっという間に根元から折れてしまった。

 折れた聖剣(せいけん)()の部分は、
道にガラン!と音を立てて落下した直後にフワッと消え去る。

「(いきなり中断……!?)」

 ボクは、唖然(あぜん)として口をポカーンと開けてしまう。



 男性の聖剣(せいけん)に女性が魔力(まりょく)を注ぎ()むことを
挿入(インサート)』と表現し、
十分な魔力(まりょく)挿入(インサート)することによって聖剣(せいけん)魔力(まりょく)を帯びさせた状態にすることを
合体(ジョイント)』と表現することは、よく知られている。

 合体(ジョイント)することで、火水風土などの魔法(まほう)の属性を聖剣(せいけん)付与(ふよ)できることをはじめ、
色々とメリットがあるのだ。

 しかし、合体(ジョイント)完了(かんりょう)した後もどんどん魔力(まりょく)挿入(インサート)し続けると、
聖剣(せいけん)魔力(まりょく)容量をオーバーして聖剣(せいけん)が折れてしまう、
『中断』と呼ばれる現象が起こることも、よく知られている。



「(でも今のは、どう見ても(りん)挿入(インサート)を始めた途端(とたん)に男性の聖剣(せいけん)が折れていた……!
  (りん)魔力(まりょく)がそれだけとんでもないということだ……!
  これが、小学生の部とはいえ全国女子シングルス1位になった、
  (りん)の実力ということか……!?)」

 ボクは軽く恐怖(きょうふ)していた。

 中断された男性のほうは、

「あ……?あ……?」
(うめ)くように言うだけで、目が点になっている。

 まだ何が起きたかよく分かっていないというか、
脳が分かるのを拒否(きょひ)している感じだ。

 それはそうだろう。

 男性にとって、中断させられるというのは、
それだけ屈辱(くつじょく)的なことなのだ。

 商店街の道端(みちばた)で。

 大声を出したせいで周りの注目を集めた状況(じょうきょう)で。

 しかも自分よりずっと若い中学生にやられたのだ。

 心中お察しする。



 男性の中には、中断というものを()じるあまり、
『折れない丈夫(じょうぶ)聖剣(せいけん)になるように』
との願いを()めて、
自分の聖剣(せいけん)を平手や(こぶし)(たた)いたり、
革のベルトや木の棒で(たた)いたり、
あろうことかハンマーで(たた)いたりする人もいるらしい。

 そうすることで、丈夫(じょうぶ)聖剣(せいけん)になると思っているらしいのだが、
効果のほどは不明である。



「これで少しは大人しくおなりなさいな」

 男性の聖剣(せいけん)を折った(りん)のほうは、(すず)しい顔をして(かみ)をかき上げる。



 なお、まだ魔法(まほう)が使えるようになる初恵(しょけい)
(むか)えていない(みな)さんのために言っておくが、
モンスターもいないのに無闇(むやみ)魔力(まりょく)を使ったり、
ましてや挿入(インサート)したり合体(ジョイント)したりするのも、
周りの人や物を傷つけてしまって危険なので、
これも絶対にマネしてはいけない。

 法律でも禁止されているぞ。



「な……、なんて……、ひ……、ひどい……」

 男性は、ようやく(なみだ)をポロポロと流し始めた。

 ボクは、すっかり男性がかわいそうになってきている。

 (りん)はというと、くるりと向きを変えてスタスタと歩き出した。

「やり過ぎだよ!」

 ボクは、その背中に向かって口に出さずには、いられなかった。

「……やり過ぎ?」

 (りん)がピタリと立ち止まった。

 声のトーンが低かったので、逆にボクのほうがギクリとする。

「聞き捨てなりませんわね」

 (りん)がまたくるりと向きを変えて、ボクのほうを見た。

 その両目は、まるでボクをにらみつけているかのようだ。

「力のある者が、それを行使して何がいけないんですの?」

 (りん)が言った。

「逆にお(うかが)いしますが、
 こちらのお方のほうがお先に、
 あろうことか暴力で解決しようとなさったんですのよ!?
 それを持てる力で未然に防いだワタクシが、
 なぜ非難されなければならないのか、
 あなたに説明できまして!?」

 強い口調で言いながらツカツカと歩いて来て、
ボクに()め寄る。

「(せ、正論だ……。だけど……)」

 ボクはそう思いつつ、

「こ、この人だって本を買うつもりだったかもしれないじゃないか!?
 先に持っていた(かれ)の本を、力で(うば)い取ったのは君のほうだよ!」
と何とか反論した。

「!?」

 (りん)(きょ)()かれたような表情になる。

「……そうなんですの?」

 (りん)が言いながら、泣き(くず)れている男性のほうを見た。

「そうだよ……。
 (ふくろ)とじの中身が気になったから……、
 買うつもりは少しあった……。
 でも……、
 もういいよ……。
 もう……」

 男性は泣きながら言う。

「それはそれは……、悪いことをいたしました……」

 (りん)が静かに言った。



「……ですが、そうなると今度は、
 あなたが本を持っているのが、おかしいということになりますね?」

 (りん)がぐるりとボクのほうへ首を向けて言う。

「えっ……!?ボク……!?」

 ボクは(おどろ)いて口に出した。

「だって、そうでございましょう?
 ワタクシは、(かれ)がこの本をご購入(こうにゅう)なされないと思っていたから、
 あなたにその本をお(ゆず)りしたんですのよ?
 (かれ)がご購入(こうにゅう)なさると知っていましたら、
 ワタクシはあなたにお(ゆず)りせずに、その本をそのまま購入(こうにゅう)していましたわよ」

 (りん)がまたボクに()め寄る。

「そんな!?」

 ボクは思わず、本を胸に(かか)えたまま(りん)に背を向けた。

「ワタクシのほうが、先にあの場所にいたんですのよ?
 何ならお店の方にお願いして、
 ご一緒(いっしょ)に防犯カメラの映像でも確認いたしましょうか?」

 (りん)が背を向けたボクの顔を、横から(のぞ)()むようにして言う。

「(やられた!
  手を()ばしたのが同時だったというだけで、
  順番待ちの理論でいけば、全くその通りだ!
  先にあの場所にいたというのであれば、
  買う権利は本来、彼女(かのじょ)のほうにある!)」

 ボクは本を持った両手でそのまま頭を(かか)えるようにして、うずくまった。

「何とか言ったらどうなんですの?」

 (りん)は体を前かがみにして、ボクの耳元でささやくように言う。

「(反論することができない……。
  もう(りん)に本を(ゆず)ってしまうしかないか……)」
とボクが思い、あきらめかけたその時、

「ですが……、一度お(ゆず)りした手前、
 おいそれと(うば)い取るのも気が引けるのは事実ですわね」

 そう言いながら、(りん)がボクの耳元から(はな)れた。

「えっ!?」

 もうあきらめかけていたので、ボクは逆にびっくりして()り返ってしまう。

 ところが、

「勝負と参りましょう」

 ()り返ったボクに、(りん)がニコリとして言った。

「えっ……?しょ、勝負って……?
 ま、まさか……?」

 ボクはそう言うと、ゴックンとツバを飲み()んだ。

「そう、その通りですわ。
 あなたの聖剣(せいけん)をワタクシが挿入(インサート)して……。
 そうですわね……」

 (りん)はニコニコしたまま、

「あっ。
 先ほどの(かれ)より一秒でも長く中断しなかったら、あなたの勝ちでいいですわよ?」

 パン!と両手を(たた)き、まだ泣いている男性のほうを見ながら言った。

 ボクは開いた口が(ふさ)がらない。

「(やっぱり!)」
「さあ、あなたの聖剣(せいけん)をお()きになって?
 ちなみに、まだ聖通(せいつう)してないんでしたら、
 あなたの負けってことでよろしいですわよね?」

 (りん)が右手を構えながら言う。

「い……、(いや)だ!」

 ボクは(さけ)ぶように言った。

「えっ……?それは……?
 負けを認めてお()げになるということですの?」

 (りん)拍子(ひょうし)()けという感じで(かた)をすくめながら言う。

「ち、(ちが)うよ!
 見られるのが(いや)なの!」

 ボクは何とか言った。

 そう。

 商店街の本屋の前でずっと(さわ)いでいるボク達の周りには、
すっかり人だかりが出来上がっていたのだ。

「(ボクの聖剣(せいけん)を見られるのも()ずかしいし、
  それを中断されるところなんて!
  ましてや後輩(こうはい)の女の子に中断されるところなんて見られたら、
  ()ずかしすぎて死んでしまう!)」

 ボクは、とんでもなく必死だった。

「あら?確かに。
 これは気がつきませんでしたわ。
 お店の方にもご迷惑(めいわく)ですわね」

 (りん)が周りを見回して言う。

「ど、どこか!
 こ、この本屋の裏のほうとかでもいいから!」

 ボクはそう言いながら(りん)の手を取り、
(せま)い路地裏に()げるように入り()んで行く。

(みな)さまは着いて来ないでくださいませ。
 (かれ)のプライバシーをご尊重なさってください。
 結果が気になる方は、後ほどご報告いたしますわ」

 (りん)が集まっている人達のほうへ言いながら、
ボクに続いて路地裏へ入って来る。



「それにしても……、ちょっと強引なところもあるんですわね。
 これなら少しは楽しめそうですわ」

 路地裏の(おく)まで入ると、(りん)がニコリとして言った。

「(『少しは楽しめそう』か……)」

 ボクは心の中で、ため息をつく。

「(聖剣(せいけん)を折って楽しいなんて、
  きっとろくでもない性格なんだろう……。
  見た目や口調なんてアテにならないな……)」

 ボクは心底そう思っていた。



 学校の授業や、あるいは剣魔(けんま)の部活でも、
男女がペアになって挿入(インサート)合体(ジョイント)をやったりはする。

 だがその時に、わざわざ男子の聖剣(せいけん)を中断してやろうとする女子なんて、
見たことなんかないのだ。

 最初なんか、(みんな)おっかなびっくりで、

「まだ大丈夫(だいじょうぶ)?」

「もう少しいける?」

「危なかったら言ってね?」

 などと、男子に聞きながら慎重(しんちょう)挿入(インサート)をする。

 上手に合体(ジョイント)できたら、それ以上無理に挿入(インサート)しようなんて、するわけもない。

 (きら)われているボクとイヤイヤでペアにされた女子でさえ、そうなのだから、
(りん)の異常性が分かるというものだ。



 だが、ボクの心の中には、もう一つの別な気持ちも()かんでいた。



「(ボクの聖剣(せいけん)って、どのくらいの魔力(まりょく)で折れるんだろうか?)」
という好奇心(こうきしん)である。



 正直な話、物理的に無理なレベルで(あつか)うか、
無理矢理挿入(インサート)されない限り、
聖剣(せいけん)が折れることなんて滅多(めった)に無いのである。

 ボクは、他人の聖剣(せいけん)なら何度も折ったことがあるが、
自分の聖剣(せいけん)を折られたことは一度も無かった。



「(ましてや、ボクの聖剣(せいけん)は半球状……)」

 ボクは心の中で首をかしげた。

「(折れる姿が想像できない……。
  もしも中断で折れるとしたら、
  真ん中から真っ二つに割れるとか、
  あるいは爆発(ばくはつ)するような感じとかだろうか……?)」
と、だんだんと好奇心(こうきしん)のほうが勝ってきていた。



「コホン……、それでは……。
 さあ。
 聖剣(せいけん)をお()きになって?」

 ふいに(りん)が言ったので、考え()んでいたボクは、

「……あっ、うん」
と言いながら、刀を()くようにビュッ!と聖剣(せいけん)()いた。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



「……」

 (りん)が無言で、()かれたボクの聖剣(せいけん)をまじまじと見つめる。

「(あっ……!)」

 ボクは気がついた。

「これが……、あなたの聖剣(せいけん)なんですの……?」

 (りん)が、ボクの半球状の聖剣(せいけん)を見つめたまま言う。

「(しまった……!)」

 ボクは棒立ちになった。

「(心の準備が、全くできていない……!)」

 ボクは激しく後悔(こうかい)する。

「(もし今……、ボクの聖剣(せいけん)の悪口を言われたら……、
  ボクは一瞬(いっしゅん)で頭に血が上ってしまう……!)」



 男性同士だと、相手の聖剣(せいけん)が少しぐらいヘンテコだったとしても、
何も言わないことが多い。

 それこそ社会人の男性なんかになると、
接待剣魔(けんま)する時など

『いやあ!ご立派な聖剣(せいけん)ですねえ!』

 とか、

『切れ味が良さそうな聖剣(せいけん)だ!』

 とか、他人の聖剣(せいけん)を見ると決まり文句のように()めるほどだ。

 小学生以下の聖通(せいつう)していない男の子だって、

『あの人の聖剣(せいけん)、変だね』

 なんて滅多(めった)に言わないのである。

(ボクの聖剣(せいけん)は、
 『少しぐらいヘンテコ』
 の範囲(はんい)悠々(ゆうゆう)()えているので、言われてしまうが……)

 そういう、相手の聖剣(せいけん)を悪く言わない空気というか、
暗黙(あんもく)のルールが有るわけだ。



 でも女性、特に若い女の子には、それが無い。

 それが無いので、朝に助けた先輩(せんぱい)の女の子のように、
すごい罵詈雑言(ばりぞうごん)が時として発せられる。

 つまり、男子の予想を()えたすごい悪口が言われるのだ。

 何なら、聖剣(せいけん)どころか、
人間性を否定してくるレベルのやつが来る。



『世の中には、
 女性に悪口を言われたり(ののし)られたりすることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。



「(今の状況(じょうきょう)は……!
  確実にボクの聖剣(せいけん)の悪口が来る流れだ……!)」

 ボクは確信していた。

「(ボクは確実に……!
  怒鳴(どな)り散らしてしまう……!)」

 ボクはその現実から目を背けたい一心で、目をギュッ!とつぶった。



「かわいいですわね……」

 (りん)が言った。



「……は?」

 ボクは目をつぶったままだったが、思わず口に出した。



「すっごくかわいい……」

 (りん)がまた言うので、
ボクは(おそ)(おそ)る目を開けた。



 (りん)はウットリしたような目をして、ボクの聖剣(せいけん)を見つめている。



 今さらながらよく見ると、
(りん)の学生カバンにジャラジャラと付けられている、
ストラップ、キーホルダー、ぬいぐるみ。

 全部が全部、丸い物だ。

 ボールや、丸いキャラクターや、丸い毛玉のような物体、
丸い民芸品みたいな物まである。



「(あー、なるほど……。丸い物が好きなんだあ……)」
とボクは納得しかけたが、

「(いやいや……!
  聖剣(せいけん)に向かって『かわいい』って感想は、
  ()めてるとは限らないでしょ……!)」
とすぐさま思い直した。



「……あっ。勘違(かんちが)いしないでくださいませ。
 良い意味でですよ?」
(りん)がハッと我に返ったように言う。

「(()めてた!)」

 ボクは心の中で、(こぶし)を高々と()き上げた。

「(女子に聖剣(せいけん)()められたのなんて生まれて初めてだ……!
  たとえ……、
  たとえ『かわいい』という聖剣(せいけん)にあるまじき()め言葉だったとしても、
  (うれ)しいいい!)」

 ボクはそう思って、無駄(むだ)にテンションが上がってしまう。

「あっ……。
 でも勝負は勝負でございますからね?
 すぐに中断したら負けですから」

 (りん)が思い出したように言った。

「(そうだ……!勝負なんだった……!)」

 ボクも思い出した。

「はい、スタート」

 (りん)がおもむろに右手のひらをボクの聖剣(せいけん)に向ける。

「(ちょ……!心の準備まだ出来てないってえええ!)」

 ボクは心の中で(さけ)びながら、また目をギュッ!とつぶった。



「(……)」



「(……)」



「(……?)」



 5秒経っても10経っても、何の音もしなかった。



「(まさか……、砂みたいに(くず)れたとか……?)」

 ボクは、また(おそ)(おそ)る目を開ける。



「すごいんですわね……。あなたの聖剣(せいけん)……」

 (りん)(すで)に、右手を向けるのをやめていた。



 ボクの聖剣(せいけん)は、折れても(くず)れてもいなかった。



 メラメラと燃えて、強い熱を放ち始めていた。

 火の属性が合体(ジョイント)されたのだ。



「(……勝ったのか?)」

 ボクは思った。

「こんなにすごいの初めてですわ……」

 (りん)がまた、ウットリしたような目でボクの聖剣(せいけん)を見つめている。

「えと……、じゃあ……、ボクの勝ちってことで……、
 いいよね……?」

 ボクはそう言いながら、聖剣(せいけん)をシュンッ!となえた。

「あ……」

 (りん)が、どこか残念そうな声を出す。



 『なえる』というのは、ボクが住む地方の方言なので、
伝わらなかったら申し訳ない。

『たたんだり、小さくしたりして、片づける』
ぐらいの意味である。


 (かさ)なんかも、なえると言う。

 『たたんで片づける』とか、
『小さくしてしまう』とか言うべきなのは分かっているが、
文字数が少ないせいか、つい使ってしまうのだ。

 許して欲しい。



「ごめん……。
 けど、ボクそろそろ帰りたいから……。
 キミももう出なよ?」

 ボクは、(りん)を路地裏から出るように(うなが)した。

「(よく考えたら、女子を路地裏に連れ()むというのも、
  状況としてはあまりよろしくない……)」

 今さらながら、そう思えてきたからだ。
 ボク達が本屋の横の路地裏から(もど)ると、人だかりはすっかり消えていた。

 (りん)聖剣(せいけん)を中断させられた男性も、いなくなっていた。



「あっ。お家どこなの?
 この辺まだ分かんないよね?
 近くまで着いて行こうか?」

 ボクは(りん)()り返って(たず)ねる。

 辺りがだんだんと暗くなりはじめていたからだ。

 自治体に(やと)われた
プロの剣士(けんし)魔法(まほう)使いがパトロールしているとはいえ、
日が暮れるとモンスターの活動が活発になって危険なのである。

 ただ、ボクはそうは言ったものの、

「(やっぱり『気持ち悪い』とか『(こわ)い』とか思われちゃうかな……?
  聖剣(せいけん)()められたとはいえ、
  まだ初対面だし……)」
と思い直して、

迷惑(めいわく)じゃなければだけど……」
と付け加える。

 だが(りん)は、

「まあ。
 着いてきていただけるんですの?
 紳士(しんし)なところもポイント高いですわね……」
と少し顔を()せながら言い、

「そういえば、まだお名前をお(うかが)いしておりませんわ。
 ぜひ教えてくださいませ」
と続けながら、そばまで歩み寄って来て、
ボクの左手を取り、両手でギュッと(にぎ)った。

「(えっ……!?)」

 ボクは(おどろ)いた。

「(こんな美少女に手を(にぎ)られてしまった!
  (うれ)しいけど、なんかすごく()ずかしい!)」



 と、その時、

「あっ!こんなところにいた!」
と声がした。

 ボクと(りん)()り返る。



 絶だった。



「あら?お兄様じゃございませんか。
 部活はもう終わったんですのね」

 (りん)が言った。

「うん。
 でも、早く終わったのは(りん)のせいだよ?」
と絶が言いながら近寄って来て、ボクのほうへ視線を移す。

「あっ!キミ!」

 絶はボクの顔を近くで見て、ようやくボクと気がついたらしい。

「(モブとして()()むタイプの顔なので、まあ仕方がない……)」

 ボクは思った。

「あら?もうお知り合いなんですの?
 ワタクシから紹介(しょうかい)しようと思っていましたのに……」

 (りん)が言う。

 ボクはそれを聞いて、頭の中に『?』マークを()かべる。

「(紹介(しょうかい)
  わざわざボクなんかを?
  なんで?)」

「ボクも(りん)紹介(しょうかい)しようかと思ってたんだ。
 (かれ)、すごいんだよ」

 絶までそんなことを言う。

「ボク、なんかしたっけ?」

 心当たりが英語の時間に右手に(つか)みかかったことぐらいしかないので、
念のためにボクは絶に(たず)ねた。

「だって、あの昼間のベンチプレス。
 あれ、先に上げてたのってキミだろう?
 (あせ)が付いてたし……」

 絶が言った。

「あー……、あれかー……」

 ボクは思い至った。

「(昼休みにトレーニング室のベンチプレスで、
  先に90キロのバーベルを上げていたのは、確かにボクだ……。
  あの時の絶が何か言いたげだったのは、そのことだったのか……)」
とボクは納得した。

「それに、気配を察知する能力もすごいし……」

 絶が続ける。

「そういえば、帰りの会が終わった時に変なことしてたね……」

 ボクは言った。

「(あの時に、ボクの後方に立ってたのは、
  ボクのことを試していた的なやつだったのか……)」

「しかも、足まで速いんだ。
 あの時、実は部室前からキミを追いかけたんだけど、
 校門を出た(ころ)にはもう見えなくなってて……」

 絶がさらに続けた。

「(それは悪いことをした……)」

 ボクは思って、

「あの時は()げるのに無我夢中で……」
と言いながら頭をかいた。

(かれ)聖剣(せいけん)もすごいんですのよ」

 今度は(りん)が口を開いた。

「ワタクシ、たぎってしまいましたわ」

 (りん)は、またウットリしたような目をして言う。

「たぎる?
 本気で挿入(インサート)でもしたってこと?」

 絶が(たず)ね、

「ボクは、(かれ)聖剣(せいけん)は…、その…、
 あんまり(めぐ)まれてないタイプだって聞いたんだけど……」
慎重(しんちょう)に言葉を選ぶように続けながら、ボクのほうを見た。

「そうだ……」

「そんなことございませんわ!」

 ボクが肯定(こうてい)しかけた言葉に、(りん)(かぶ)せるように否定した。

「確かに丸くって()は無いですが、
 すっごくかわいいんですのよ!」

 (りん)が言い、

「それにワタクシの魔力(まりょく)挿入(インサート)しても、全然折れませんでしたの!
 オーラルコミュニケーションまではしてませんが、
 今からするのが楽しみですわ!」
と続ける。

「……『かわいい』は、
 聖剣(せいけん)()める言葉としては、あんまりよろしくないかなぁ……」

 絶は半分あきれたような声で言いながら頭をかいた。



 ちなみに、ご存知の方もいるとは思うが、
ここで言っている『オーラルコミュニケーション』とは、
英会話することではない。

 女性の体液。

 つまり、だ液なんかを聖剣(せいけん)()ると、
挿入(インサート)する時に短時間でスムーズに入りやすくなるのである。

 このため、剣魔(けんま)のミックスダブルスの試合なんかでは、
開始前に女性がペアの男性の聖剣(せいけん)をベロベロと()め回すことがある。

 それをオーラルコミュニケーションと呼ぶのだ。

 体液なら何でもいいので、
(なみだ)や鼻水なんかでも、
魔力(まりょく)挿入(インサート)効率を上げるという点では大丈夫(だいじょうぶ)らしいのだが、
それらを大量に出すというのは大変なので、
だ液で、
つまり口でするわけである。

 だ液の量が少ない人のためには、
専用の潤滑剤(じゅんかつざい)潤滑(じゅんかつ)液と呼ばれる液体も売られている。

 本人の体液には多少(おと)るらしいが、
それらを()ることでも挿入(インサート)がスムーズに入りやすくなるそうだ。



 嫌われているボクの場合、
イヤイヤでペアにさせられた女の子が
オーラルコミュニケーションなんてしてくれるはずもなく、
たとえ授業や剣魔(けんま)の試合でやらなければならない状況(じょうきょう)になったなら、
『ペッ!』とツバを()きかけられる感じで終了(しゅうりょう)である。

『世の中には、
 女性にぞんざいな(あつか)いをされることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。



「ごめんね?
 (りん)のやつ、しゃべり方も変だろう?
 別にウチ、お金持ちってわけじゃないから……。
 両親はトレーナーとしては有名かもしれないけど、
 大会に出て賞金とか(かせ)いでるわけじゃないし……」

 絶がボクを見ながら言い、

「でも、(りん)魔力(まりょく)普通(ふつう)挿入(インサート)して中断しなかったんならすごいね。
 ボクでも加減してもらわないと簡単に折られちゃうのに」
と続けた。

「えっ!?そうなの!?」

 ボクは(おどろ)く。

「だからボク、(りん)とダブルスやることほとんど無いんだ」

 絶がうなずきながら言った。

「そうなんだ……」

 ボクは(つぶや)くように言う。

「(兄妹だから、てっきり当たり前のように
  しょっちゅう挿入(インサート)合体(ジョイント)をしているものかと……)」

 ボクは自分の認識を()じた。

「(そう言われてみれば、
  自分の母親なんかと挿入(インサート)合体(ジョイント)をする男子というのも
  ほとんど聞いたことがない……。
  家族だからそういうことをするのが当たり前だとは、
  確かにあまり考えられないか……)」
とも思った。

「やっぱりムロくんは、剣魔(けんま)の部活やるべきだと、ボクは思うよ?
 ぜひ一緒(いっしょ)にやろうよ」

 絶がボクに(せま)るように近づき、そう言う。

「えっ!?」

 ボクは再び(おどろ)いた。

「(なんでそうなるの!?
  身体能力が高そうだからってこと!?)」

「ムロさんとおっしゃるのね?
 ワタクシからもお願いしますわ」

 今度は(りん)が口を開いた。

「ワタクシ、ムロさんが部活に行ってくださるのなら、
 絶対に参加いたしますわよ。
 ぜひ一緒(いっしょ)にやりましょう」

 (りん)までボクに(せま)るように近づき、そう言う。

「えっ!?」

 ボクはさらに(おどろ)いた。

「(中断しなかったぐらいで!?
  あんな丸い聖剣(せいけん)なのに!?)」

「いや……、あの……、ボク……」

 ボクは二人のことを(おさ)えるように両手を出すが、

「さあ、ムロくん!」

 絶がさらに(せま)り、

「さあ、ムロさん!」

 (りん)もさらに(せま)る。

 絶、(りん)がボクの顔にキスしようとする勢いである。

「いや、あの!
 ちょっと待って!
 1つだけ!」

 ボクは(さけ)ぶように言いながら、右手の人差し指を立て、
高々と上に(かか)げた。

 絶、(りん)はそれに(おどろ)いたのか、少し下がる。

 ボクは、フゥー……とため息のように息をつき、

「ボク、木石夢路(ゆめみち)って言うんだ……。
 まだ名乗ってなかったよね……?
 あだ名が『ムロ』だから……」
と何とか二人に伝えた。
「それじゃあ、ボクの家ここだから……」

 ボクが絶、(りん)()り返って言うと、

「分かった。
 じゃあ6時半ぐらいには、ここに来るからね?」
と絶が(うれ)しそうに言った。

「よろしくお願いいたしますね。
 実はスマホを買ってもらったのは最近なんですの。
 家族以外でインランの交換(こうかん)した殿方(とのがた)は、初めてなんですのよ?」
と倫もニコニコしながら言った。



 『インラン』というのは、メッセージアプリの名前だ。

 ボクらの世代がスマホなんかでやり取りするとしたら、
大抵(たいてい)の場合、インランを使う。



「ボクも女の子とインラン交換(こうかん)したの初めてだよ……」

 ボクは少し照れながら言った。

「(しかもこんな、(ちょう)が付くような美少女と……)」



 家までの道すがら、
二人と話して分かったことは、
絶も(りん)もとても良い人間ということだった。

 (りん)(りん)で、同世代に自分の挿入(インサート)()えられる人間が全然おらず、
色々と肩身(かたみ)(せま)い思いをしているらしい。



「また明日ね。ムロくん」

「ごきげんよう。ムロさん」

 絶、(りん)が言うので、ボクも

「うん。また明日」
と返す。

「(結局、『ムロ』で落ち着いたな……。
  まあボクが気にしないんだからいいか……)」

 絶、(りん)が家から(はな)れて行くのを手を()って見送ると、
ボクはギュッ!と両手を(にぎ)りしめた。

「(明日から、朝練!)」

 ボクの心は、まるで遠足前日の小学1年生みたいだ。



 我が正甲(せいこう)中の剣魔(けんま)部が県大会の常連校というのは前にも説明したが、
その割になぜかウチの部では朝練というものが行われていなかった。

 たぶん顧問(こもん)の下井先生的には、ずっとやりたかったのだろうが、
部員の大半が乗り気ではなかったためだろう。

 しかし、そこにやる気満々マンの絶がやって来た。

 これ幸いとばかりに、下井先生は

『やる気の有る子だけでいいから~、明日から7時に朝練やりましょ~!』
と今日の部活で宣言したのだそうだ。



 ここで1つ補足がある。

 実は、ボクの弟の(たてる)は、やる気が無い側の部員だ。

 と言うのも、
なまじ聖剣に(めぐ)まれている(たてる)は、
入部して早々に団体戦のメンバー、
つまりレギュラーに入れて欲しがったらしいのだ。

 しかし、さすがに始めたばかりの一年生だったせいもあるのか、
下井先生がそれを却下(きゃっか)し、補欠にすら入れなかったのだという。

 それがどうやら(たてる)的には非常に不満だったらしく、
特に土曜日の部活をけっこうサボっているのだ。

(ちなみにウチの中学では、日曜日は部活は全面的にお休みだ。)

 つまり、(たてる)はやる気が無いので、
朝練にはおそらく参加しない。

 (たてる)が参加しないのであれば、
ボクが朝練に参加したところで、何も言われないだろうということである。

「((たてる)に気を(つか)わないで、剣魔(けんま)部として練習できる日がまた来るなんて……!)」

 ボクは、とても(うれ)しかった。



 ちなみに絶、(りん)はというと、
朝練と通常の夕練の両方に参加するわけであるが、
(かれ)らぐらいになると、その練習量にプラスして、
さらに家でも両親に課せられたトレーニングメニューをこなしているそうだ。

 オーバーワークにならないようには配慮(はいりょ)してあるそうだが、
(すさ)まじい』の一言である。



 ガチャ……、バタン。



 さて、ボクは我が家の玄関(げんかん)に入ったわけだが、

「……」

 無言でクツを()ぐと、そのまま廊下(ろうか)を歩き出す。

『ただいま』

 なんて言わない。

 家族には無駄(むだ)に話しかけない。

 (たてる)聖通(せいつう)してからの、ボクの日常である。

 空気になるイメージだ。

 悲しいとかは特にない。

 それに何も言わなくても、
母さんは料理は作ってくれるし、
風呂(ふろ)の時間にはボクの部屋まで知らせに来てくれる。

 ボクはそれだけしてもらえれば、十分である。

「((たてる)のクツがあった……。
  先に帰って来たのか……)」

 ボクが思っていると、
廊下(ろうか)とリビングを仕切っているドアが、
ふいにガチャッ!と開いた。

夢路(ゆめみち)、あんた部活に行ってきたの?」

 (めずら)しく、ボクが帰って来たことを確認するように、
母さんが顔を見せながら(たず)ねてきた。

「(……ああ、そうか)」

 ボクは思った。

「(ここ最近早く帰って来てるボクのほうが、
  連絡(れんらく)もなしに帰って来なかったから心配してたのか……)」
と。

「(電話か、せめてインランでもしておくべきだったな……)」

 ボクは母さんに申し訳なく思いながら、

(ちが)うよ……。本屋に寄ってたから……。ごめん……」
と言って、母さんとドアの隙間(すきま)から見えるリビングの様子をチラリと見た。



 テーブルには、夕食がもう用意されている。

 だが、(たてる)の姿が無かった。

(たてる)のほうが、だいぶ早く帰って来たと思ったら、
 ずっと部屋に閉じこもってるのよ。
 ドアの外から呼んでみたんだけど、返事もしないし……。
 あんた、なんか知ってる?」

 母さんが(たず)ねる。

「((ちが)った……)」

 ボクは思った。

「(ボクを心配してたと言うより、(たてる)を心配してたのか……)」
と。

「何も知らないよ……?
 でも、部活には行ってたはず……」

 ボクは少し悲しくなったが、それでも平静を装ってそう言った。

 事実だ。

 だが、確かにおかしい。

「(絶と一緒(いっしょ)に部室の前で見た(たてる)は、
  ちゃんとトレーニングウェアとプロテクター姿に着替(きが)えていた。
  なのに、
  『だいぶ早く帰って来た』
  とは……?)」

 ボクは心の中で首をかしげた。



 ガチャ……、バタン!

「ただいまー」

 玄関(げんかん)で声がした。

 父さんが帰って来たのだ。

「おかえりー」

 母さんがボク()しに、玄関(げんかん)の父さんに声を()ける。

 ボクは無言だ。

 ()り返すが、空気になるイメージである。



「あれ?(たてる)は?」

 父さんも、母さんとリビングのドアの隙間(すきま)から中が見えたのか、そう言った。

 (たてる)は、部活の後だとお腹を空かせているので、
いつもなら父さんの帰りなど待つはずもなく、
料理が用意されたら真っ先に食べ始める感じである。

 その(たてる)が、この時間にリビングにおらず、ご飯も食べていないというのは、
我が家では異常事態なのだ。

「なんか、夢路(ゆめみち)より早く帰って来たと思ったら、
 ずっと部屋に閉じこもってるのよ。
 ドアの外から呼んでみたんだけど、返事もしないし……」

 母さんが、先ほどボクにしたのと同じ説明を()り返した。

「なんだそれ?」

 父さんは、母さんとボクの顔を見比べるように交互に見る。

「もしかしたらだけど……、部活でなんかあったのかも……」

 ボクは(つぶや)くように言った。

 1つ思い当たることがあったのだ。

 本屋の前で(りん)が言っていた、

顧問(こもん)の先生方はともかく、部員の(みな)さんがあれではね……』
という言葉である。

「今日、本能兄妹が転校して来たんだよね……。
 知ってる?
 剣魔(けんま)の全国大会にも出てた強い子達でさ……」

 ボクは言いながら、父さんと母さんの顔色を(うかが)うように見てみる。

「ああー……。
 知らないけど、
 『その兄妹に負かされちゃったのかも』
 ってことか?
 それはヘコむかもなー」

 父さんは、それを聞いて軽くうなずくと、

「よし。
 父さんが、ちょっとばかし元気づけてくるわ」
と言いながらパンと両手を(たた)き、(たてる)の部屋のほうへ歩いて行った。

 ボクはその様子を見送ってから、
まだ自分が制服から着替(きが)えていなかったことに気づき、
自分の部屋へと向かう。



「(でも、(たてる)聖剣(せいけん)を中断で折られたんだとしたら、
  もしかして適当に元気づけようとするのは、逆効果かもなー……)」
と、ボクは自分の部屋に入りながら思った。

「(ボクは、絶の言葉を借りるなら、
  そんなに聖剣(せいけん)(めぐ)まれているほうではないのでよく分からないが、
  聖剣(せいけん)(めぐ)まれてそれで自信を持った人が、
  その自信そのものの聖剣(せいけん)を折られるというのは、
  まさに天狗(てんぐ)の鼻を折られるというやつなのではないだろうか……?)」

 ボクが着替(きが)えながら、そんなことをボンヤリと思っていると、



 ズ ゥ ン !

「!?」

 突然(とつぜん)、家じゅうに(ひび)くような大きな音がしたので、
ボクは(おどろ)いた。



「???」

 音はそれっきりだ。

 だが、

「(何か(いや)な予感がする……)」



 とりあえず、着替(きが)えを済ませたボクは、夕食を食べにリビングへと(もど)る。



 父さんは左頬(ひだりほほ)にアザを作っていた。

「えっ!?
 ど、ど、どうしたの!?」

 ボクは、そんな父さんがリビングに入って来たのを見て、(あわ)てて(たず)ねる。

「キレて(なぐ)られちゃったよ……。
 あれは相当ヘコんでるな……。
 ハハハ……」

 父さんは苦笑いを()かべながらテーブルの席に着き、

「今日と明日は、あんまり(たてる)刺激(しげき)しないようにしよう。
 うん、それがいい。
 母さんも無理に(たてる)を呼びに行かなくていいからな。
 風呂(ふろ)の時とか食事の時とか……」
とボク達に言って、

「じゃあ……、いただきまーす……」
と夕食の親子(どん)とサラダに手を付け始める。



「(父さんが心が広いお(かげ)で親子喧嘩(げんか)にはならなかったみたいだけど、
  まさか(なぐ)るとは……。
  やっぱり、(りん)聖剣(せいけん)を中断で折られたんだ……)」

 ボクは確信した。

 本屋の前で泣いてしまった男性がフラッシュバックする。



「(明日、
  『学校休む』
  とか言わなきゃいいけど……)」

 そんな心配をしながら、ボクも夕食の親子(どん)とサラダを食べ終わった。
 夕食を食べ終わって自分の部屋に(もど)ったボクは、
ベッドに寝転(ねころ)んでスマホをいじり始める。

 インランのグループ招待が来ていた。

 絶、(りん)とのグループだ。

 スマホを買い(あた)えられたのは聖通(せいつう)後なので、
家族以外のグループなんて初めてである。

 早速そのグループに参加してみた。

「あっ……、でも最初ってなんて発言すればいいんだろう……?
 うーんと……?
 『招待ありがとうよろしく』
 とかで大丈夫(だいじょうぶ)かな……?
 いや……、もっと絵文字とかスタンプとか入れたほうがいいんだろうか……?
 いや……、でも……」

 慣れないボクはブツブツと独り言を言いながら、かなり(なや)む。



 『招待ありがとう!よろしく!』



 とりあえずボクは発言した。

 慣れないボクなりの精一杯(せいいっぱい)の、
『仲良くしたい』という気持ちと、
『変な(やつ)だと思われたくない』という気持ちのせめぎ合いの末、
何とかひねり出されたのが、
この『!』マークを付けるという選択肢(せんたくし)である。

 笑ってくれて構わない。



「あっ、そうだ。
 月刊プレイ剣魔(けんま)デラックス……」

 ボクは買ってきた月刊プレイ剣魔(けんま)デラックスをカバンから取り出して、
パラパラとめくった。

「うーん……、国内選手にも頑張(がんば)って欲しいけど……、
 やっぱり外国選手がカッコイイし強いんだよなー……」

 ボクは、4月に外国で開催(かいさい)された剣魔(けんま)の世界大会の結果のページと、
大会で活躍(かつやく)したプロ剣士(けんし)のスイングフォームの連続写真が掲載(けいさい)されたページを、
順に(なが)める。

 プロ剣士(けんし)のスイングフォームを見たり、その解説を読んだりしていると、
自分もマネをすれば同じようなすごい技が()り出せそうに思えてくるのだ。

「あっ!そうか!
 これが共通の話題じゃないか!」

 ボクは再びスマホを手に取る。



『こちらこそよろしくー!』

『よろしくおねがいしますわ』



 返信が来ていた。

「おお……。えヘヘ……。
 えーと……、
 『好きな選手とか(あこが)れの選手とかっていたりする?』
 と……」

 ボクは普通(ふつう)に返信が来たことが(うれ)しくて、
ニコニコしながらメッセージを入力する。



 『好きな選手とか(あこが)れの選手とかっていたりする?』

『だんぜん四股利(しこり)選手ですわ』

『フォームがキレイでしてよ』

『ボクはコンチとかジョボビッチとかかなー』

『コンチ選手は安定してますが
 ジョボビッチ選手は(つか)れてくると
 手だけでこするように()るフォームになりがちですわね
 決勝でコンチ選手と当たると負けることが多いですわよ』

『さすがー(くわ)しいなー』



「ふむふむ……。
 (りん)は、魔法(まほう)使いよりも剣士(けんし)のほうが好きなんだな。
 絶は、外国の剣士(けんし)の中でもトップランカーの選手が好きなんだ」

 ボクは独り言を言いながらうなずいた。

「あと、(りん)は入力がやたら速いな……。
 パソコンでログインしてるのかな?」

 そう続けながら、ボクは次のメッセージを入力する。



 『ボクもコンチ好きだよ一緒(いっしょ)だね』

 『やっぱり好きな選手のフォームとかってマネしたりする?』



「あっ……。
 『マネなんかしないよ』
 って言われたらどうしよう……」

 発言しておきながら、ボクは後悔(こうかい)した。

 だがもう既読(きどく)が付いている。

 後悔(こうかい)先に立たずというやつだ。



『するするー』

『もちろんしますわよ』

(りん)なんかコンチの()り首()りのマネして
 なぜか足首を痛めたことがあるしー(笑)』

『あれは危なかったですわ』

『大会直前でしたし』

『ムロさんもマネする時は気をつけてくださいませ』

(りん)はしゃべりかたも撲滅(ぼくめつ)ブレードのキャラのマネだからねー』

『神アニメですわ』

『エモくて泣けるんですのよ』



撲滅(ぼくめつ)ブレード好きなのか……!」

 ボクは、また共通の話題が出来て(うれ)しくなる。



 『院能エインだよね?
  ボクも撲滅(ぼくめつ)ブレード毎週ネットリで観てるよ!』

 『女魔法剣士(まほうけんし)って現実じゃ見たことないけどカッコイイよね!』

『金太のライバルなのに
 撲滅(ぼくめつ)隊とエーズが戦う時は加勢して合体(ジョイント)してくれるのが
 熱い展開なんですの!』

 『わかる!』

『いんのうえいん
 ほんのうりん
 ほら!何だか名前も似てますでしょう?
 だから推しなんですの!』

 『なるほど!確かに似てるね!』



「(女の子とアニメの話ができるの(うれ)しいな……)」

 ボクが思っていると、
コンコンと部屋のドアがノックされた。

夢路(ゆめみち)ー?
 (たてる)が入らないみたいだから、もうお風呂(ふろ)に入っちゃってくれるー?」

 母さんの声だ。

「はーい……」

 ボクは返事をしてから、

「あっ!そうだ!」
とベッドから飛び起きる。

 ガチャリ!と勢いよく部屋のドアを開けると、

「ごめん、母さん!」
と歩いて行こうとしていた母さんの背中に声をかけ、

「ボク……、その……、
 明日から部活の朝練に行くから!
 それで……、
 お弁当早めに作って欲しいんだけど!」
(さけ)ぶように言った。

「あら?そうなの?
 じゃあー……、
 今から作って冷凍(れいとう)しておくから、
 それを朝からレンチンでもいいかしら?」

 母さんが()り返って言ったので、

「うん、それでいいよ!
 あっ……!
 なんなら冷凍(れいとう)までしといてくれたら、
 朝からレンチンするのは自分でやって持って行くから……!」
とボクは答える。

「そう?
 じゃあ、そうしておくわね。
 ウフフフ………。
 あ……、お風呂(ふろ)のほう早く入っちゃってね?」

 なぜか母さんは少し(うれ)しそうに言って、
そのまま台所のほうへと歩いて行った。

「(?)」

 ボクは首をかしげながら、
風呂(ふろ)上りに着る下着類を取りに部屋の中へと(もど)りつつ、
再びスマホを少しいじる。



 『お風呂(ふろ)に入るからまたね』

『ボクらもトレーニングするから反応しなくなるかもー』



「あっ。
 忘れないうちにアラームもセットしておかないとだ……」

 ボクはスマホのアラームを設定する画面で、
いつも平日に起きる時間のアラームをずらして、
5時半から5分刻みで5個ぐらいセットする。

 こうしないと起きられないタイプなのだ。

 スヌーズだけだと、自分でも知らない間に切ってしまって
また()てしまうので、ダメなのである。



「さて、お風呂(ふろ)風呂(ふろ)……」

 ボクは下着類を手に部屋を出た。
 翌日。

「おはようムロくん!」

 絶は朝から元気だ。

「おはようございますムロさん」

 (りん)は昨日より少しテンションが低めかもしれない。

「(寝不足(ねぶそく)とか低血圧とかだろうか……?)」
と思いつつ、

「おはよう。じゃあ行こうか」

 何とか起きられたボクも、家まで(むか)えに来てくれた絶、(りん)にあいさつして、
3人で並んで登校しだす。



「こっちの森のほうから()けると近道なんだ。
 たまーにモンスターが出るんだけどね……」
とボクは絶、(りん)を案内しながら歩いて行く。

「へー、そうだったんだ。
 確かに、あっちのほうに校舎がチラッと見えてるね」

 絶が言う。



「昨日、あの後にワタクシ少し考えたんですの……」

 森を()けた(ころ)、ふいに(りん)が口を開いた。

「お……?何を考えたの?」

 ボクが(たず)ねる。

「ワタクシ、次の整理(ソート)が来たら、
 風属性を取り入れますわ」

 (りん)が言った。



 『整理(ソート)』というのは、
思春期に魔法(まほう)が使えるようになる初恵(しょけい)(むか)えた女性に、
その後毎月のようにやってくるある現象のことである。

 女性の覚えていた魔法(まほう)がリセットされたり、
魔法(まほう)を覚えておくための魔力(まりょく)の器量が変化したりする、
大事な働きだ。

 毎月のようにと説明したが、
実際のところは月の満ち欠けの周期のほうが近しいらしい。

 それになぞらえて、『月恵(げっけい)』とも呼ばれている。

『昔の人は、魔法(まほう)を神様からのお(めぐ)みだと考えていたのだろう』
と義務教育では習った。

 整理(ソート)について簡単に説明すると、
例えばここに5ブロック分の魔力(まりょく)の器量を持つ女性がいたとする。

(あくまで例である。
 実際の女性の器量はもっと多いことがほとんどだ。)

 その女性は、
レベル1の魔法(まほう)を5個覚えておくことか、
レベル5の魔法(まほう)を1個だけ覚えておくことが可能なのである。

 あるいは、
レベル2を1個とレベル3を1個という組み合わせで覚えておくことも可能だ。

 そして、一度魔法(まほう)を使用して覚えた状態になった魔力(まりょく)の器量というものは、
時間が経って消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)が回復した後も、
同じ魔法(まほう)にしか使用できなくなるように固定化される。

 先ほどの例の女性であれば、
レベル5の魔法(まほう)を覚えてしまうと、
それで全ての器量が()まってしまうため、
レベル1やレベル2の魔法(まほう)を使用することが不可能になるわけだ。

 これが、女性の魔力(まりょく)の器量の概念(がいねん)である。

 そして、女性が整理(ソート)を迎えると、
覚えていた魔法(まほう)は全てリセットされるのだ。

 先ほどの例の女性であれば、
レベル5の魔法(まほう)を1個だけ覚えていた状態から、
レベル1の魔法(まほう)を5個覚えた状態に、
切り()えるということが可能なわけである。

 同じ魔法(まほう)を複数個覚えたい場合は、
魔法(まほう)を使用して消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)が時間経過で回復する前に、
()り返し同じ魔法(まほう)を使用する感じである。

 そして、整理(ソート)が来るたびに、
女性の魔力(まりょく)の器量というものは、わずかずつだが変化していく。

 例えば、前回まで魔力(まりょく)の器量が5ブロック分ぐらいだった女性が、
成長する年齢(ねんれい)整理(ソート)(むか)えると6ブロック分ぐらいに増えたり、
逆に老化する年齢(ねんれい)整理(ソート)(むか)えると4ブロック分ぐらいに減ったり
と変化するわけである。

 こういった変化が起こるためか、整理(ソート)を迎えた女性は、
魔力(まりょく)の発生源とされている下腹部を中心に不調をきたすことが多い。

 腹痛や腰痛(ようつう)、人によっては頭痛や(かた)こりなんかまで起こすそうだし、
イライラしたり(おこ)りっぽくなったり、(なみだ)もろくなったりもする。

 そのストレスで、さらに体調を(くず)すという悪循環(あくじゅんかん)になる場合も少なくない。

 さらに、特に剣魔(けんま)競技にいそしんでいる若い女性ともなると、

『次に覚える魔法(まほう)どうしよう……』
(なや)みに(なや)むことになる。

 なので、女性が整理(ソート)の時期を(むか)えたら、
そっと察して支えてあげるべきだ。

 時に女性のストレスのはけ口として理不尽(りふじん)攻撃(こうげき)を受ける場合もあるが、
それも(ふく)めてである。

 リセットされている間にモンスターに(おそ)われでもしたら、
覚えたい魔法(まほう)(ちが)魔法(まほう)が固定化されてしまうような事態になりかねない。



 ちなみに魔法(まほう)の覚え方は、
魔法(まほう)を自由に使用してもよい『美殿(びでん)』と呼ばれる
バッティングセンターのような広い施設(しせつ)が、
町の色んなところに設置されているので、
そこで覚えたい魔法(まほう)を実際に使用する感じである。

 あるいは剣魔(けんま)競技の選手であれば、練習中などでも構わない。

 ただし、覚えられる魔法(まほう)の種類というものにも個性や資質の影響(えいきょう)がある。

 人によって、各属性への向き不向きというものがあるのだ。

 例えば、

『火属性と風属性は使用できるけど水属性と土属性はレベル1すら使用できない』
とか、

『火属性はレベル5まで使用できるけど風属性はレベル3までしか使用できない』
とか、そんな感じである。

 その他にも、
整理(ソート)の周期だったり、
器量のブロック数だったり、
消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)の回復速度だったり、
魔力(まりょく)の放出速度だったり、
魔法(まほう)の連発可能な間隔(かんかく)だったり、
魔法(まほう)の精度だったりと、
個性が影響(えいきょう)する要素は多い。

 例えば、挿入(インサート)ですぐ聖剣(せいけん)を中断してしまう(りん)の場合であれば、
魔力(まりょく)の放出速度が極端(きょくたん)に速いのだろうと言えるわけだ。



「えっ?エインと同じ火属性じゃなくていいの?」

 ボクは(りん)のほうを()り返って(たず)ねる。

「火属性も残したまま、風属性も入れたいんですの。
 ワタクシ、一応は風属性も覚えられますから」

 (りん)は、うなずきながら答えた。

「一体どうして?」

 絶も不思議そうに尋ねる。

 ボクも疑問だった。

「((りん)と言えば、
  火属性の火球や爆発(ばくはつ)
  パンパンボンボンと連射していたイメージが強い……)」

 ボクは、以前にユーバイブやエックセで
チラリと観た(りん)の試合風景の動画の内容を思い出す。

「ミックスダブルスをやるのであれば、
 ペアにふさわしい魔法(まほう)を覚えないといけませんから」

 (りん)が言いながらボクを見つめてきた。

「……えっ!?ボク!?」

 ボクは(おどろ)いて立ち止まってしまう。

「他に(だれ)がおりますの?」

 (りん)も立ち止まり、不思議そうな顔をしている。

「いやいや!
 剣魔(けんま)部には大勢部員がいるし!
 ボクなんかあんな聖剣(せいけん)だし!」

 ボクは言いながら首と両手を()った。

「他の部員の方の聖剣(せいけん)でしたら、昨日全員折ってしまいましたが……?」

 (りん)は首をかしげる。

「全員折った!?」

 ボクは思わず、すごい大声を出してしまった。

「あら?お伝えしていませんでしたかしら?」

 (りん)(すず)しい顔をして(かみ)をかきあげる。

「((たてる)聖剣(せいけん)ばかりか、
  男子の部員全員が被害(ひがい)にあっていたのか……!)」

 ボクは愕然(がくぜん)としつつ、ある疑問を(おそ)(おそ)る口に出した。

「……ん、あれ?
 でも男子って三年生もまだいるから20人近くいるはずだよね……?
 (りん)って魔法(まほう)何発ぐらい()てるの……?」



 聖剣(せいけん)挿入(インサート)は、魔法(まほう)をそのまま使用するのと同じで、
込めた量に応じて魔力(まりょく)消耗(しょうもう)する。

 中学生の聖剣(せいけん)とはいえ中断させたということは、
最低でもレベル2の魔法(まほう)を使用するぐらい、
つまり1人あたり2ブロックは魔力(まりょく)消耗(しょうもう)するはずだ。



「器量のことでしたら、60とちょっとですわよ?」

 (りん)がさらりと言う。

「ろ……!?」

 ボクは開いた口がふさがらなくなった。

「(中学生女子の器量の平均って確か30ぐらいだよな!?
  軽くその倍!?
  プロの魔法(まほう)使いのトップでも70とかだから、
  ほとんどプロ並みじゃないか!
  まだ中学1年生なのに!?
  器量が良いにもほどがある!」

「えっ……?
 ちょっと待ってよ……?」

 ボクはあることに思い至る。

「今日の朝練って、もしかして……」
※作中で登場する『アース』の構造については、こちら↓をご参照ください。
 単位は全てヤードです。
 
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~



 ボクの予想は当たった。

 折れた聖剣(せいけん)の回復には、丸一日程度かかる。

 今日の朝練に参加するのは、
男子はボクと絶の2名のみ、
女子は副部長で三年生の脇名(わきな)先輩(せんぱい)を筆頭に、(りん)(ふく)めて10名のみ、
合わせてたった12名だった。

 男子は全員、聖剣(せいけん)が折れているのだから、部活も何も無いのだ。

 たぶん精神的にも、朝練という気分では無いだろう。



「木石兄のほう、(ちょう)久しぶりじゃん。
 弟が来ねーからか?
 ハハハ……」

 脇名(わきな)先輩(せんぱい)がボクの(かた)をパンパン(たた)いて笑った。

「どうも……」

 ボクは少し照れて、頭をかいて言う。



 黒髪(くろかみ)ショートでかなり日焼けした活発そうな見た目であり、
サバサバしていて裏表のない性格で、
ちょっと男勝りな感じもあるが、
男子のファンが多い先輩(せんぱい)だ。

 そして、ボクの聖剣(せいけん)を見ても笑うだけで、
悪口とかは一切言わなかった数少ない女子の一人でもある。



 さて、トレーニングウェアの上にプロテクターも装着した部員達が、
準備体操を(そろ)って済ませると、

「は~い!
 じゃあ準備体操も終わったことだし~、
 男女共まずはいつものようにグラウンド5周~!
 終わった人から基本動作ね~!」
と言いながら顧問(こもん)の下井先生がパンパンと両手を(たた)く。

「時間ないからチンタラ走るんじゃないよ!」

 同じく顧問(こもん)の美安先生が、持っているムチでパン!と地面を(たた)いた。



 美安先生は、四属性と治癒(ちゆ)属性の魔法(まほう)が使える上に、
重属性という重力を強くするような魔法(まほう)まで使える、
これまたレアケースの女性の先生だ。

 下井先生に負けず(おと)らず厳しい先生で、
ポニーテールにまとめた長い亜麻(あま)色の(かみ)清楚(せいそ)そうな顔つきの割に、
口調も厳しく、なぜかいつもムチを持ち歩いている。

 ただし、さすがにそのムチで生徒を直接(たた)いたりということはしない。

 せいぜい先ほどのように、地面や(ゆか)(たた)いて(おど)かす程度である。

『世の中には、女性にムチで(たた)かれることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。

 なので、ボクなんかからすると、
かなり(こわ)くて変わっていて近づきがたい先生なのだが、
なぜか女子からは人気者で、
バレンタインの時など大量にチョコレートをもらっていたようだ。



 グラウンドを走り終わって体が温まったボク達は、
今度は基本動作の練習に入る。

 男子は聖剣(せいけん)を構えた姿勢、
女子は魔法(まほう)()てるように構えた姿勢で、
それぞれプロテクターも全身に着用したままで、
『ラダー』と呼ばれるヒモと棒がハシゴ状の形になったものを地面に置き、
そのラダーを()まないようにしながら、
色々なステップでその上を進んでいくのだ。

 本番の剣魔(けんま)の試合では、
試合の行われる『アース』と呼ばれる正方形の広いエリアを、
相手を追いかけたり、
女子の魔法(まほう)()けたり、
男子の聖剣(せいけん)から合体(ジョイント)された魔力(まりょく)()ち出す『射聖(ショット)』を()けたりしながら、
走り回って戦うことになるので、
前後左右に素早く動けるように、
色々な足運びのステップを練習するわけである。



「オイ!ラダー'()んでんぞ!
 お前も()んでやろうか!」

 美安先生のムチが、再びパン!と地面に(たた)きつけられる。

 ボクは、ビクンビクンとおっかなびっくりしながら基本動作をこなす。



『世の中には、女性に()まれることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。



「ムロくんの聖剣(せいけん)て……、そんな感じなんだね……」

 ボクの聖剣(せいけん)を初めて見た絶が、悲しそうな声で言った。



 絶の聖剣(せいけん)は、片刃(かたば)だがとても長くて太さもあり、
根元から先っちょまで全部()になった、
大きな刀のようなやや反ったタイプだ。



「ハハ……。笑えるでしょ……?」

 ボクは、自分の聖剣(せいけん)と絶の聖剣(せいけん)の落差に、やや自暴自棄(じぼうじき)になって言う。

「いや、そんなことないよ……。
 ボクだって変聖期(へんせいき)に入るまでは、
 先っちょにちょこっとだけ()がある彫刻刀(ちょうこくとう)みたいな感じだったんだ……」

 絶が首と両手を()った。



 『変聖期(へんせいき)』というのは、
聖通(せいつう)した男子の聖剣(せいけん)が、少しばかり大人の聖剣(せいけん)へと変化する時期である。

 これも、いつ来るかやどのような変化が起こるかは個人差があるのだが、
基本的には
聖剣(せいけん)の長さが長くなったり、
太さが太くなったり、
()の面積が増えたり、
()片刃(かたば)から両刃(りょうば)になったりと、
プラスの方向に変化が起こることがほとんどだ。



「へー……、絶ってもう変聖期(へんせいき)来たんだ……」

 ボクは絶の聖剣(せいけん)を見ながら言う。

「(ボクも変聖期(へんせいき)が来たら、少しは(けん)らしい聖剣(せいけん)になったりしないかな……?)」

 ボクは(けん)らしくなった聖剣(せいけん)を持つ自分の姿を、おぼろげながら想像してみた。



「オイ!夢路(ゆめみち)テメー!早くやれコラ!」

 美安先生の怒鳴(どな)り声と、パン!というムチの音で
ボクはハッと我に返る。

 次はボクが基本動作する番だった。

「わっ!す……、すみません!」

 ボクは(あわ)てて基本動作を始める。



「次は、球出し行くわよ~!」

 下井先生が声を()け、部員達を2つのグループに分ける。



 『球出し』というのは、
実際に飛んでくる魔法(まほう)射聖(ショット)()けながら相手に近づく練習だ。

 と言っても、
本当に魔法(まほう)射聖(ショット)()って当たると、
プロテクターを付けていてもケガをする場合があるので、
下井先生が魔法(まほう)射聖(ショット)に見立ててテニスのラケットでテニスの球を打ち、
部員はそれを()けながら下井先生に近づいて行く、
という感じで行う。

 なので魔法(まほう)射聖(ショット)の『(たま)』ではなく、テニスの『球』なのだ。

 実際の剣魔(けんま)の試合でもケガはつきもので、
大会などでは各アースの付近に必ず治癒(ちゆ)属性の魔法(まほう)が使える教師や運営スタッフ、
大きな大会では医療(いりょう)関係者などが待機しているものである。



「紙一重で()けてんじゃねーぞ!
 本物はもっとデカい(たま)なんだ!」

 美安先生が言いながら、またムチをパン!と地面に(たた)きつけた。



 次は(りん)()ける番だ。

 ボクは球拾いをしながら、(りん)()ける様子を見てみる。

 ズザッ!ズザッ!

 ズザッ!ズザッ!

「(女子はけっこう当たっちゃうものだけど、
  さすが全国一位だけあって、(りん)はスイスイ()けるなー……)」

 ボクは(りん)が飛んで来る球を()ける様子を見ると、
感心してうんうんとうなずいてしまった。



「……は~い、いいわよ~!
 球拾い終わったら、そっちのグループが入って~!」

 下井先生が声をかける。

 次はボクと絶を(ふく)めたグループが()ける番だ。



「(おっとっと……)」

 ボクも頑張(がんば)って球をズザッ!ズザッ!と()けていく。

 下井先生は、
パン!パン!パン!パン!……!と一定間隔(かんかく)で球を出してくるのだが、
その球は
山なりだったり、
真っ直ぐだったり、
地を()うようだったり、
あるいはそれらに加えて緩急(かんきゅう)をつけたりと多種多様なので、
うっかり前の球に気を取られすぎると、すぐ当たってしまうのだ。

 きっとテニスも上手いのだろう。

 ボクに関して言えば、久しぶりな部活のせいというのもあった。



 ちなみに、こんな風に先に()った魔法(まほう)射聖(ショット)
あるいはペアを組んでいるプレイヤーの体などで、
その次の魔法(まほう)射聖(ショット)などの攻撃(こうげき)を見切られにくくすることは、
『ブラインド』、『目隠(めかく)し』、『(かく)(だま)』などと呼ばれ、
本番の試合でもよく使われるテクニックの1つだ。



「……は~い!いいわよ~!」

 ボクの聖剣(せいけん)は短いので、
下井先生もボクがかなり近づくまで終わりにしてくれない。



 この辺りも、ボクが大会でなかなか勝てなかった理由の1つである。

 聖剣(せいけん)のリーチの差が、そのままハンデになってしまうわけだ。



 さて、次は絶が()ける番である。

 スイスイ。

 スイスイ。

「(……上手い!さすが全国2位!)」

 ボクは内心でとても感心して、またうんうんとうなずいてしまう。

 ボクのように無駄(むだ)な足音なんて全然立てず、
それでいてスムーズな足運びで下井先生に近づいて行くのだ。

「は~い!いいわよ~!
 ナイス()き足ね~!」

 下井先生が練習中に()めるのは(めずら)しい。



 『()き足』もテクニックの1つで、
足首の辺りで着地の衝撃(しょうげき)をうまく吸収して、
足音を立てないようにしつつ素早く移動する足運びのことだ。

 『()き足、差し足、(しの)び足』という言い回しから来ている。

 『トロッティング』とも呼ばれ、
特に剣士(けんし)が動き回って相手をかく乱する時などに重要となるテクニックだ。



「……は~い!いいわよ~!
 次はシングルスの試合形式やっていくからね~!」

 最後の1人が終わると、下井先生がまた声を()けた。



 剣魔(けんま)のシングルスは、剣士(けんし)剣士(けんし)、または魔法(まほう)使い対魔法(まほう)使いで戦う試合形式だ。

 つまり、基本的には同性同士でやり合うことになる。

 それぞれ剣士(けんし)シングルス、魔法(まほう)シングルスと呼んだり、
(けん)単や(けん)S、あるいは()単や()Sと略して表記したりする。

 レアなケースの魔法剣士(まほうけんし)が参加する場合は、
参加するほうに合わせて、どちらかは使えないという制限がかけられる。

 ちなみに、ダブルスについても説明すると、
剣士(けんし)のペア対剣士(けんし)のペア、
魔法(まほう)使いのペア対魔法(まほう)使いのペア、
剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペア対剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペア、
という3パターンが有り、
それぞれ剣士(けんし)ダブルス、魔法(まほう)ダブルス、ミックスダブルスと呼んだり、
(けん)複や(けん)D、()複や()D、混複や混Dと略して表記したりする。

 ただし、中総体も(ふく)めてほとんどの大会では、
ダブルスと言えば剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペアでやり合う、ミックスダブルスだけだ。

剣魔(けんま)と言えば、ミックスダブルス』
と言っても過言ではない花形種目なのである。



 ウチの中学にはアースが3面しかないので、
シングルスの試合形式の練習では、
各アースで対戦する選手が2×3の6人、
各アースの審判(しんぱん)が1×3の3人、
計9人がアースに入ることになる。

 最初は、ボクと絶、女子1人は入れず、
アースの外から応援(おうえん)の練習だ。

「((りん)が入るから、(りん)応援(おうえん)しようかな……)」

 ボクは、(りん)が入ったアースのほうの(かべ)へ移動する。



 アースには通常、周りに耐火レンガで(かべ)が作られているものなのだ。

 一番威力(いりょく)が出やすいとされている魔法(まほう)が火属性なので、
それに()えられる(かべ)が作られているというわけである。



 絶も(りん)を見たいらしく、ボクのすぐ(となり)にやって来た。

 (りん)の相手は、脇名(わきな)先輩(せんぱい)だ。

 2人は、正方形のアースの真ん中にある、
『*』マークのようになっている位置で握手(あくしゅ)を交わす。

「よろしくお願いいたしますわ」

「よろしくお願いします」

 握手(あくしゅ)が終わると、2人は頭のプロテクターを(かぶ)りながら、
それぞれアースの(すみ)へと移動した。

 アースの4(すみ)には、それぞれ『スタンバイエリア』と呼ばれるエリアがあり、
2人は対角になる位置のスタンバイエリアにそれぞれ入る。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 試合スタートだ。
 早速、(りん)が前方へジグザグにステップしながら距離(きょり)()めつつ、
パン!パン!と火球の魔法(まほう)を2連射する。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、

「ハッ!」
と片手側転で飛んで来た火球を()け、すぐさま水球の魔法(まほう)をドピュッ!と発射した。

 (りん)のほうは飛び()み前転の要領で、
バッ!とくぐるように飛んで来た水球を()け、さらに距離(きょり)()める。



 どちらも基本動作ではやらない動きだが、これまた有効なテクニックである。

 ちなみに、アースは土属性の魔法(まほう)も使えるように土と砂が混じった地面だが、
剣魔(けんま)では頭にもヘルメット状のプロテクターを(かぶ)るので、
顔や(かみ)の毛が(よご)れる心配はあまり無い。



 と、再び(りん)がパボン!と火属性魔法(まほう)を発射する。

 ボッ!

「キャッ!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)のプロテクターを付けた左の太ももに、
すごいスピードでヒットした。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

1(ワン)-0(ゼロ)!」
とスコアがコールされる。



 このように、魔法(まほう)使いの場合は魔法(まほう)による攻撃(こうげき)が、
剣士(けんし)の場合は聖剣(せいけん)による攻撃(こうげき)が、
相手の体のどこかにヒットすると1ポイントとなる。

 ちなみにウチの部では、アースが隣接(りんせつ)していて分かりにくいということで、
アースごとに微妙(びみょう)に音の高さの(ちが)うホイッスルを使用するようにしている。

 だが、自分が試合をしていると
『今の攻撃(こうげき)にホイッスルが鳴った』
というのは意外と判別できるもので、
同じ音のホイッスルが使われていたとしても、
そんなに混乱が起きることは無い。



 ボクと絶は、(りん)のプレイに、

「ナイスショットー!」
と声を上げ、

「いいぞ!いいぞ!本能!
 行け!行け!本能!
 もう1本!」
とパンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。



 (りん)は火属性が得意だそうだが、脇名先輩(わきなせんぱい)は水属性が得意なので、
(たが)い相性は悪い。

 打ち消し合ってしまう関係だからである。

 だが、今の(りん)攻撃(こうげき)は、
先に左手で発射した火球の魔法(まほう)に、
後ろからビンタする感じで右手を近づけて
もう1つの爆発(ばくはつ)魔法(まほう)を重ねるように()つことで、
先に発射した火球を加速させてぶつけたのだ。

 プロ選手の剣魔(けんま)の試合でもたまに見られるテクニックの1つだが、
爆発(ばくはつ)の位置をうまくコントロールしないと
(ねら)った方向に真っ直ぐ飛ばないので、
かなりの練習を必要とするはずである。

 いわゆる高等テクニックというやつだ。

 この攻撃(こうげき)方法は、水属性ではちょっとマネできない。



 (りん)脇名先輩(わきなせんぱい)が先ほどとは逆の対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 (りん)がまたジグザグに走り出す。

 と、
ドビュルビュルーッ!と今度は脇名先輩(わきなせんぱい)のほうが先手を取った。

「!」

 (りん)が、ズザーッ!と()ん張って立ち止まる。

「あっ!?」

 ボクと絶も、思わず口に出した。

 レベル4か5ぐらいはありそうな、大きな水球の魔法(まほう)が発射されたのだ。

 その水球をバリアのように自分の前にキープしつつ、
そのまま脇名先輩(わきなせんぱい)(りん)のほうへと小走りに進んで行く。

「(どうやって対処するんだろう!?)」

 ボクはゴックンとツバを飲み()む。

「……」

 だがなんと、(りん)は棒立ちだ。

「!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、そのまま水球を(りん)へとぶつける。

 ザッパーン!

 (りん)は、何とか(たお)れないように前かがみになって()ん張りはしたものの、
その姿勢のままズズズ……と()し流されて、全身水浸(みずびた)しになった。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

1-1(ワンオール)!」
とスコアがコールされる。



 相手の大技に()えて何もせず、
一方的に魔力(まりょく)消耗(しょうもう)させて、自分は魔力(まりょく)を温存する。

 剣魔(けんま)では、どんな大技を受けても1ポイントずつしか失点しないので、
こういった選択(せんたく)もまた戦略の1つとなるわけだ。



「いいぞ!いいぞ!脇名(わきな)
 行け!行け!脇名(わきな)
 もう1本!」

 ボクと絶が、パンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。

 だが、(りん)()えて何もしなかったので、
脇名先輩(わきなせんぱい)は次の戦略を練っているのか、

「うーん……」
とうなりながら難しい表情だ。



 アースの最初にいた対角のスタンバイエリアに再び2人が入ると、
ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされる。

 と、開始直後に(りん)がパン!パン!と上空へ向けて火球の魔法(まほう)を2連射した。

「(!
  あれはまさか……!?)」

 ボクは火球の行方を見上げつつ思う。

 脇名先輩(わきなせんぱい)一瞬(いっしゅん)上空へと顔を向けたが、
すぐに前に走り出し、ドピュッ!ドピュッ!と水球の魔法(まほう)(りん)に2連射した。

 (りん)はズザッ!ズザッ!と
ジグザグに動いて水球を()ける。



 ()けたあとにワンテンポ置いて、
パン!パン!と(りん)脇名先輩(わきなせんぱい)に目がけて火球の魔法(まほう)を2連射した。

 脇名先輩(わきなせんぱい)のほうも、ドピュッ!ドピュッ!と水球を2連射して、
なんと(りん)の火球にぶつける。

 ジュッ!ジュッ!と火球と水球が相殺された。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、そのまま(りん)への最短ルートへ1歩()み出す。

 そこへ、ボッ!ボッ!と火球が落下してきた。

「キャア!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)のプロテクターを付けた右肩(みぎかた)の辺りに1発が命中する。

 最初に(りん)が上空へ発射した火球が、このタイミングで落下してきたのだ。

「(院能エインの得意技、遅降弾(ラググレネードボンバー)……!
  まさか実戦に取り入れるなんて……!)」

 ボクは思わずパンパン!と大きめの拍手(はくしゅ)を送り、

「ナイスショットー!」
と絶と共に声を上げた。



 相手の動きばかりか、屋外なので風まで読まないといけないはずなのに、
タイミングも位置もドンピシャである。

 しかも同時に前方からも攻撃(こうげき)していた。

 前方と上方からの同時攻撃(こうげき)では、()けるのも防ぐのも難しいだろう。



 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

2(ツー)-1(ワン)!」
とスコアがコールされた。

「いいぞ!いいぞ!本能!
 行け!行け!本能!
 もう1本!」

 ボクと絶が、パンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。



 (りん)脇名先輩(わきなせんぱい)がアースの対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 パン!とすぐさま(りん)が上空に火球の魔法(まほう)を発射する。

「また!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)が思わずと言った感じで口に出し、立ち止まった。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、すぐさま上空を確認しつつ、
風上になる(りん)から見て左手側に動こうとする。

 パボン!
とそこに(りん)が加速する火球を発射した。

 ボッ!

「キャア!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)()み出した、右足のクツの先っちょあたりに命中する。

「(ものすごいコントロールだ……!)」

 ボクは内心かなり(おどろ)いた。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

「ゲームセット!ウォンバイ本能!3(スリー)-1(ワン)!」
とコールされる。

 (りん)の勝利だ。



 剣魔(けんま)の試合では、3ポイント先取で1ゲーム取得となる。

 そして、中学生の多くの大会では、
魔法(まほう)シングルスでは1ゲーム、
剣士(けんし)シングルスとダブルスでは2ゲーム先取で勝利だ。

 また、剣士(けんし)シングルスとダブルスでは、1-1でゲーム数が並ぶと、
タイブレークをするルールを採用している大会が多い。

 タイブレークになった場合は、4ポイントを先取したほうが勝利だ。

 なおタイブレークでは、3-3でポイントが並ぶと、
テニスや卓球(たっきゅう)と同じくデュースとなって、
2ポイント差をつけるまでゲームが続くことになる。



「右足、大丈夫ですの?」

 再びアースの中央の『*』マークの上で脇名先輩(わきなせんぱい)握手(あくしゅ)をしながら、
(りん)脇名先輩(わきなせんぱい)の右足を見つめて心配そうに(たず)ねる。

「クツの先っちょだったから、へーきへーき。
 いやー、しっかしさすがに強いわねー……」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、とても(くや)しそうだ。

「チュー……。
 先輩(せんぱい)もまだまだ()びしろございましてよ」

 握手(あくしゅ)を終えた(りん)が、魔力(まりょく)ポーションをストローで吸うと言った。

「ゴックン。
 本当?
 アドバイスあったらちょうだいよ」

 脇名先輩(わきなせんぱい)魔力(まりょく)ポーションを1口飲むと(たず)ねる。

「あのレベル5の水球の後、
 ワタクシ側のアースがかなりグチョグチョに()れましたでしょう?
 あれをもっと利用すればいいんですの」

 (りん)が、()れた自分側のアースを()り返って指差した。

「あー……。
 それねー。分かってはいるんだけどねー」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、コクコクうなずきながら(しぶ)い表情をする。



 アースは水はけが良いとは言え、()れれば少しばかり(すべ)りやすくなるのだ。



「動きにくくなるのはもちろんですが、ワタクシだって女ですもの。
 (どろ)だらけになるのは(いや)ですからね。ホホホ……」

 (りん)が笑いながら、アースの審判(しんぱん)と交代する。

「そうだね。フフフ……」

 脇名先輩(わきなせんぱい)も笑いながら、アースから出て行く。



 次は、ボクと絶による剣士(けんし)シングルスだ。

 2人でアースに入ると、中央の『*』マークの辺りで握手(あくしゅ)を交わす。

「いい試合をしよう」

 絶が言うと、

「ハハハ……。お手(やわ)らかに……」

 ボクも言う。

「ムロさん。お兄様。
 2人共、頑張(がんば)ってくださいませ」

 審判(しんぱん)(りん)も言った。