5月も終わりに差し()かった日曜日。

 天気は快晴。

 今日は、できればやりたくなかった体育祭の日だ。

 とは言うものの、入退場の行進の練習はしっかりやった。

 棒倒(ぼうたお)しのほうも、勝てるかどうかはともかく、特に不安要素は無い。

 一番難関と思われていたダンスの()り付けは、
1週間前にはマスターしていた。

 懸念(けねん)があるとすれば、大トリの競技として(ひか)えている
クラス対抗(たいこう)リレーだけだった。



 午前の終わりのプログラムであるダンスが無事に終わると、
ボクと(たてる)は、父さんと母さんと共に校庭の片隅(かたすみ)でお弁当を食べ始める。

 内容は、ウィンナー、魚肉ソーセージ、いなり寿司(ずし)など
ボク達の好物ばかりだ。

 全体的に茶系の色合いだが、

『運動会の日ぐらいこういうお弁当も良いだろう』
という母さんの意向である。

 デザートにバナナまで食べると、すっかりお腹いっぱいになった。



 と、

「ムロくん!(たてる)くん!」
と絶の声がした。

 ()り返ると、絶が(りん)も連れてこちらへ向かって来ている。



「あっ。夢路(ゆめみち)くん達のお父さんお母さんですね?
 はじめまして、本能絶と言います。
 こっちは妹の(りん)です」

 やってきた絶は、ボク達の父さんと母さんに向かってあいさつして、
深々とお辞儀(じぎ)をする。

「やあ、どうもはじめまして……」

 父さんが言い、母さん共々立ち上がって同じように頭を下げると、

「まあまあ。本能くん達ってあれでしょう?
 最近、朝練いつも一緒(いっしょ)に行ってる、あの。
 こんな美少年と美少女だったのねえ」
と母さんが感激したように、電話で話す時のような高い声を出している。

 それを聞いた父さんは、

「ああ、そうなのか。
 いつもバカ息子達がお世話になりまして……」
とまた頭を下げた。

「いえいえ、ボク達のほうこそいつもご迷惑(めいわく)をお()けしているぐらいで……」

 絶はそう謙遜(けんそん)しながら、両手と首を横に()る。

「なんか用事スか?」

 (たてる)が、父さんと母さんに構わず(たず)ねた。

「うん。
 グラウンドのあっちに(かざ)ってある、各クラスが作った応援旗(おうえんき)あるでしょ?
 あれを見に行かないかって(りん)と話してて……」

 絶がニコニコしながら言うと、(りん)

「そうなんですの」
とニコリとした。

「ああ……。
 ウチのクラスの力作だもんねえ……」

 (たてる)面倒(めんどう)くさそうに言いながら立ち上がった。

「(それってもしかして……)」

 ボクも立ち上がり、絶、(りん)(たてる)と連れ立って歩き出す。



 (たてる)(りん)の1年2組の応援旗(おうえんき)は、撲滅(ぼくめつ)ブレードだった。

 主人公である金太とライバルであるエインが、
(たが)いにガッチリと握手(あくしゅ)した絵柄(えがら)を背景に、
撲滅(ぼくめつ)』の力強い文字が入っている。

「(何を撲滅(ぼくめつ)するんだろう……?)」

 ボクは思った。

「ワタクシが主導で()いたんですの。
 素晴らしい出来栄えだと自負しておりますわ」

 (りん)が、ボクと絶の反応を確かめるようにこちらを見る。

「なるほど。
 ヒロインの真祖子じゃなくて、
 ライバルのエインを持ってくる辺りが(りん)らしいね。
 絵もすっごく上手だし」

 ボクが言うと、(りん)は鼻高々という感じで胸を張る。

「そうそう。
 パンストにも上げましたら、けっこうバズったんですのよ」

 (りん)が言いながら、スマホでパンストグラマーに上げた
投稿(とうこう)画面を見せてくる。

「すごい!1000いいね()えてる!」

 (のぞ)き込んだボク、(たてる)、絶は、驚いて口に出す。

「(いやはや、行動力と才能のあるオタクほど(おそ)ろしい者は無い……)」
とボクは(うらや)ましいの半分、あきれ半分の複雑な気持ちだ。

 まあ、ボクと絶の2年4組が()いた、
波打ち際に上がる潮のしぶきを背景に
『ガチンコ!
 ~全力を()くす~』
と書かれただけの応援旗(おうえんき)では、
ここまでバズることはまず無いだろう。

 何しろ担任の益垣(ますがき)先生にすら、

「コンセプトがよく分からない……」
と言われてしまったのだから。

 ボクもまったく同意見である。



 と、

「間もなく午後のプログラムが始まります。
 玉入れに参加する女子の(みな)さんは、入場門に集まってください。
 ()り返します……」
という放送が入った。

「あら?
 もうそんな時間ですのね。
 それではワタクシは行って参りますわ」

 (りん)が言い、

「うん。頑張(がんば)って」
とボク達も言う。

 (りん)が入場門横の集合場所へと向かうのを見送ると、

「ボクらも(もど)ろうか」
と、ボクと絶、(たてる)はそれぞれのクラスの席へと(もど)った。



 (りん)の玉入れは、残念ながら2位だった。

 しかし、1位も白組の4組だったので、大勝利である。

 この結果、午前のプログラムまででわずかに赤組に負けていた白組が、
点数を逆転した。

 ちなみに、今回の体育祭では、
1年生から3年生まで1組と3組が赤組、2組と4組が白組という組分けだ。

 つまり、ボクと絶の2年4組も白組なので、
4人全員が白組のチームということになる。



 さて、続いてのプログラムは、男子の棒倒(ぼうたお)しである。

 ボク達4組の対戦相手は、赤組の3組だ。

 事前に話し合っていたボク達のクラスの棒倒(ぼうたお)しの作戦は、
攻撃(こうげき)組と防御(ぼうぎょ)組に半分ずつ人員を割くオーソドックスなものだが、
攻撃(こうげき)組はさらに、
先に()()む前衛組と、
後から()()む後衛組に分かれている。

 ボクは防御(ぼうぎょ)メンバーで、
絶は攻撃(こうげき)メンバーの後衛組だ。



 パ ァ ン !

 棒倒(ぼうたお)しの開始を告げるピストルの音が鳴らされた。

 開始と同時に双方(そうほう)攻撃(こうげき)組がすごい勢いで走り出す。

 ドガッ!ドガッ!と
3組の攻撃(こうげき)組が勢いよく()り出す体当たりを、
ボクは頭を防御(ぼうぎょ)するようにして構えた両腕(りょううで)で、
何とか()し返すようにして()える。

 と、ボク達4組の攻撃(こうげき)メンバー前衛組が、
ラグビーのスクラムのようなフォーメーションを組んで、
棒を取り囲む3組の防壁(ぼうへき)をグイグイと()し広げるように、
棒に向かって()()み始めた。

 そうして(くず)れた3組の防壁(ぼうへき)をさらに()(つらぬ)くように、
絶達の後衛組が束になってグイグイと棒に向かって()()むと、
何人かが3組の棒に(さわ)れるレベルまで侵入(しんにゅう)を果たす。

 作戦大成功だ。

 3組の棒がグインと(かたむ)き、
棒の先端(せんたん)に1人乗った『上乗り』というポジションの男子が、
あわててグッ!グッ!と体重を移動し、
棒の(かたむ)きを修正しようとする。

 と、
そこにダダン!と身軽に飛び()かった者がいる。

 絶だ。

 登らせまいと(つか)みかかる3組の防御(ぼうぎょ)を物ともせず、
その身体能力を生かして(かたむ)いた棒を()け上がるように登ると、
上乗りの男子の()攻撃(こうげき)すらもスイとかわし、
その男子と()み合うようにしばらく争うと、
逆にドゴ!と蹴落(けお)としてしまった。

 そうして、あっという間に3組の棒の先っちょに達すると、
ブラブラとぶら下がるようにして一気に体重をかける。

 そこに、絶に気を取られて浮足立(うきあしだ)つ3組を出し()くように、
他の攻撃(こうげき)メンバーも次々に棒に飛び()かった。

 秒も持たずに3組の棒は撃沈(げきちん)され、

 パ ァ ン !
と勝負ありを告げるピストルの音が鳴らされる。

 ボク達4組の勝利だ。

「わああああ!」

「イエエエイ!」

「うおおおお!」

 4組の男子達と応援(おうえん)席から大きな歓声(かんせい)が上がり、
負けた3組の男子達はガックリと(かた)を落とす。

 江口(えぐち)や下仁田をはじめとしたクラスのイケてる男子達が
絶に向かって一斉(いっせい)に集まり、
胴上(どうあ)げまでしだした。

 もはや、白組が優勝したかのような空気だ。



 ボク達のクラスの勝利もあって、
白組がリードしたまま体育祭のプログラムは進む。