ピー!と審判の鬼頭先輩がホイッスルを鳴らして、
「ゲームセット!ウォンバイ夢路!2ゲームストゥ0!」
と結果をコールする。
ギャラリーの絶、倫をはじめとした部員達と先生達が、
パチパチ……!と大きな拍手をした。
「ありがとうございました……!」
ボクは、頭に被っていたプロテクターを脱いで、立に右手を差し出す。
「……」
立も、プロテクターを脱いで、何とか右手を出して握手を交わした。
立は泣き止んでこそいたが、その顔はグチャグチャだ。
「じゃあムロは、部活ちゃんと来いよな?」
鬼頭先輩が、ボクの左肩を右手でパンパンと軽く叩いた。
「立も……。辞めんなよ?」
鬼頭先輩が、続けて立のほうを見る。
「いや……、オレ……、もう……」
「勝負は最後まで分からない」
立が言いかけた言葉を、ボクが遮った。
「……えっ?」
立がボクの顔を見る。
「勝負は最後まで分からないから、諦めちゃダメだ」
ボクは言った。
「聖剣は、全部の指でギュッと握ると手首が使いにくくなるから、
親指と中指と薬指だけで握って、
当たる瞬間に小指にも力を入れる感じで振らなきゃダメだ」
ボクは言った。
「走りながらの突きは、相手に回避されたりガードされたりすると、
反撃されやすいから多用しちゃダメだ」
ボクは言った。
「利き腕と反対の位置にいる相手にも利き腕側から大振りすると、
簡単に回避されたりガードされたりしちゃうから、
もっとコンパクトに振るとか逆から振るとかしないとダメだ」
ボクは言った。
「空振りしたりガードされて弾かれたりした時に、
体勢を崩したままだと、正しいフォームで聖剣が振れなくなって、
相手に回避されたりガードされたりしやすくなっちゃうから、
もっと体幹を鍛えなきゃダメだ」
ボクは言った。
「聖剣の持久力が不安なら、ポイントの間に一度なえて、
もう一度抜き直しておくようにしなきゃダメだ」
ボクは言った。
「勝負は最後まで分からない。
分からないから、たとえ相手のマッチポイントだとしても、諦めちゃダメだ」
ボクは言った。
「それから、ボクは立を信じてる。
立なら、ボクなんかよりずっと立派な剣士になれるって」
ボクは言った。
「オレは……」
立が口を開いた。
「オレは……、こんな……、嫌な思い……、するぐらいなら……、
部活……、辞める……」
立が再び大粒の涙を流しながら、口に出す。
「それは『嫌な思い』なんかじゃないんだよ」
ボクは言った。
「!?」
「それはね、『悔しい』っていう感情なんだ。
『嫌』でも『苦しい』でも『悲しい』でも『恥ずかしい』でもないんだ」
ボクは言った。
「立だって、本当は分かっているはずさ。
短小野郎のボクに負けて、悔しいんだ」
ボクは言った。
「……!」
立は泣き止んだ。
「ボクだって、ウチの部内の試合や大会に出て、たくさん負けた。
すごく悔しかった。
だから、たくさん練習をした。
実は、昼休みに毎日筋トレだってしてるんだ」
ボクは言った。
「立はどうする?」
ボクは、立に尋ねた。
「……」
立は答えない。
「ボクは、たくさん負けた。
悔しかった。
けれど、諦めずに頑張って、ここまで強くなれた。
立はどうする?」
ボクは、立に再び尋ねた。
「……」
立は、わずかに口を動かす。
「ボクは、立ならボクなんかよりずっと強くなれると信じてる。
立には、ボクなんかに負けたままなんて似合わないさ。
立はどうする?」
ボクは、もう一度だけ立に尋ねた。
「……勝ちたい」
立が言う。
「オレ……、悔しい……、兄貴に……、勝ちたい……」
立はそう言うと、右腕のプロテクターでゴシゴシと涙を拭いた。
「(前は、『お兄ちゃん』って呼んでたのに……)」
ボクはニッコリと笑いながら、成長した弟の右肩をポンと叩いた。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
「兄貴。
さっき借りたこれ、返すよ」
寝入る直前のボクの部屋に、
立が月刊プレイ剣魔デラックスを持ってやって来た。
『立と同じくらい巨剣のプロ選手のフォームを、参考にするといいよ』
と、ボクが部活から帰宅した後に貸してあげたものだ。
「もういいの?」
ボクは立から、月刊プレイ剣魔デラックスを受け取りながら尋ねる。
「スマホで撮ったから」
立が自分のスマホを持ち上げて答えた。
「あー、なるほどね。ボクもそうしようかな」
ボクは、うなずきながら言う。
確かに、スマホに画像として保存しておくほうが、
見たい時に見られて便利だ。
立とは、すっかり元通りの関係に戻っていた。
いや、元通り以上に懐いているかもしれない。
さっきなど、
「一緒に風呂に入りたい」
と突然言われて、
「えっ……。
きょ、今日だけね……?」
と仕方なく一緒にお風呂に入った。
「(立と一緒にお風呂に入るのなんて、いつ以来だろう……?)」
と思いながら。
同性でしかも兄弟とはいえ、一緒にお風呂に入るというのは、
思春期を迎えたせいなのか、何だか恥ずかしかった。
「すげー!
腹筋マジ割れてるじゃん!
腕と脚の筋肉もヤベー!」
と立は、お風呂でボクの身体を見て、やたらはしゃいでいた。
「あっ、明日から朝練行くよね?」
ボクは、部屋に来た立に尋ねる。
「行く行くー。
そんで、兄貴なんかすぐに抜いてやんよ」
立が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。
「十年……。いや、半年早いよ。
フフフ……」
ボクも不敵な笑みを返す。
「現実的かよー!アハハハ……!」
立が大笑いした。
「ハアー……。
あっ、オレの分も弁当早く作っておいてもらわないと。
じゃあおやすみー」
立は言いながら、ボクの部屋を出て行く。
「うん。おやすみ」
ボクも立の背中に言った。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
翌日。
「おはよう!ムロくん!立くん!
今日から立くんも朝練一緒なんだね!」
絶は今日も朝から元気だ。
「おはようございます、ムロさん。立くんも」
倫もあいさつしてくる。
「おはよう、絶、倫」
ボクも軽くうなずきながらあいさつした。
「ハヨーザイマス……」
立も絶の手前、敬語であいさつをする。
が、どうも聖剣を中断されてからというもの、
倫に対してかなり苦手意識があるらしい。
明らかにテンションが下がっている。
ちなみに、やっぱりと言うか、
立と倫は同じ1年2組のクラスメイトだったのだが、
部活の時も含めて、ほとんど会話らしい会話はナシということだった。
「(何とか仲良くなってほしいな……)」
ボクは歩きながら考えて、1つ思いつく。
「そうだ。
絶と倫さ、立ともインラン交換してあげてくれない?」
ボクは提案してみた。
「いいよー!」
絶は即座に了承。
「ワタクシも構いませんわよ」
倫も了承してくれた。
「……!」
立は若干、複雑な表情だ。
早速、4人向けのグループの招待を送る。
と、立がグループに参加しつつ、
ボクに個別でメッセージを飛ばして来た。
『ちょっと倫ちゃん怖いからオレあんまりしゃべらないかも』
ボクはそれを確認すると、そちらには返信せず、
4人のグループのほうにメッセージを書き込む。
『今の3年生が引退したらボクと絶が、
来年になってボク達が引退したら立と倫が、
きっと正甲中の剣魔部を引っ張って行く存在になると思う!
みんなで頑張って盛り上げて行こう!』
「おぉ……!」
立が短く呟いた。
『オー!』
『頑張りますわ!』
絶と倫がメッセージで返事してくれると、立も
『頑張る!』
とメッセージしてくれる。
「(半分は願望だけど……)」
ボクは思った。
「ゲームセット!ウォンバイ夢路!2ゲームストゥ0!」
と結果をコールする。
ギャラリーの絶、倫をはじめとした部員達と先生達が、
パチパチ……!と大きな拍手をした。
「ありがとうございました……!」
ボクは、頭に被っていたプロテクターを脱いで、立に右手を差し出す。
「……」
立も、プロテクターを脱いで、何とか右手を出して握手を交わした。
立は泣き止んでこそいたが、その顔はグチャグチャだ。
「じゃあムロは、部活ちゃんと来いよな?」
鬼頭先輩が、ボクの左肩を右手でパンパンと軽く叩いた。
「立も……。辞めんなよ?」
鬼頭先輩が、続けて立のほうを見る。
「いや……、オレ……、もう……」
「勝負は最後まで分からない」
立が言いかけた言葉を、ボクが遮った。
「……えっ?」
立がボクの顔を見る。
「勝負は最後まで分からないから、諦めちゃダメだ」
ボクは言った。
「聖剣は、全部の指でギュッと握ると手首が使いにくくなるから、
親指と中指と薬指だけで握って、
当たる瞬間に小指にも力を入れる感じで振らなきゃダメだ」
ボクは言った。
「走りながらの突きは、相手に回避されたりガードされたりすると、
反撃されやすいから多用しちゃダメだ」
ボクは言った。
「利き腕と反対の位置にいる相手にも利き腕側から大振りすると、
簡単に回避されたりガードされたりしちゃうから、
もっとコンパクトに振るとか逆から振るとかしないとダメだ」
ボクは言った。
「空振りしたりガードされて弾かれたりした時に、
体勢を崩したままだと、正しいフォームで聖剣が振れなくなって、
相手に回避されたりガードされたりしやすくなっちゃうから、
もっと体幹を鍛えなきゃダメだ」
ボクは言った。
「聖剣の持久力が不安なら、ポイントの間に一度なえて、
もう一度抜き直しておくようにしなきゃダメだ」
ボクは言った。
「勝負は最後まで分からない。
分からないから、たとえ相手のマッチポイントだとしても、諦めちゃダメだ」
ボクは言った。
「それから、ボクは立を信じてる。
立なら、ボクなんかよりずっと立派な剣士になれるって」
ボクは言った。
「オレは……」
立が口を開いた。
「オレは……、こんな……、嫌な思い……、するぐらいなら……、
部活……、辞める……」
立が再び大粒の涙を流しながら、口に出す。
「それは『嫌な思い』なんかじゃないんだよ」
ボクは言った。
「!?」
「それはね、『悔しい』っていう感情なんだ。
『嫌』でも『苦しい』でも『悲しい』でも『恥ずかしい』でもないんだ」
ボクは言った。
「立だって、本当は分かっているはずさ。
短小野郎のボクに負けて、悔しいんだ」
ボクは言った。
「……!」
立は泣き止んだ。
「ボクだって、ウチの部内の試合や大会に出て、たくさん負けた。
すごく悔しかった。
だから、たくさん練習をした。
実は、昼休みに毎日筋トレだってしてるんだ」
ボクは言った。
「立はどうする?」
ボクは、立に尋ねた。
「……」
立は答えない。
「ボクは、たくさん負けた。
悔しかった。
けれど、諦めずに頑張って、ここまで強くなれた。
立はどうする?」
ボクは、立に再び尋ねた。
「……」
立は、わずかに口を動かす。
「ボクは、立ならボクなんかよりずっと強くなれると信じてる。
立には、ボクなんかに負けたままなんて似合わないさ。
立はどうする?」
ボクは、もう一度だけ立に尋ねた。
「……勝ちたい」
立が言う。
「オレ……、悔しい……、兄貴に……、勝ちたい……」
立はそう言うと、右腕のプロテクターでゴシゴシと涙を拭いた。
「(前は、『お兄ちゃん』って呼んでたのに……)」
ボクはニッコリと笑いながら、成長した弟の右肩をポンと叩いた。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
「兄貴。
さっき借りたこれ、返すよ」
寝入る直前のボクの部屋に、
立が月刊プレイ剣魔デラックスを持ってやって来た。
『立と同じくらい巨剣のプロ選手のフォームを、参考にするといいよ』
と、ボクが部活から帰宅した後に貸してあげたものだ。
「もういいの?」
ボクは立から、月刊プレイ剣魔デラックスを受け取りながら尋ねる。
「スマホで撮ったから」
立が自分のスマホを持ち上げて答えた。
「あー、なるほどね。ボクもそうしようかな」
ボクは、うなずきながら言う。
確かに、スマホに画像として保存しておくほうが、
見たい時に見られて便利だ。
立とは、すっかり元通りの関係に戻っていた。
いや、元通り以上に懐いているかもしれない。
さっきなど、
「一緒に風呂に入りたい」
と突然言われて、
「えっ……。
きょ、今日だけね……?」
と仕方なく一緒にお風呂に入った。
「(立と一緒にお風呂に入るのなんて、いつ以来だろう……?)」
と思いながら。
同性でしかも兄弟とはいえ、一緒にお風呂に入るというのは、
思春期を迎えたせいなのか、何だか恥ずかしかった。
「すげー!
腹筋マジ割れてるじゃん!
腕と脚の筋肉もヤベー!」
と立は、お風呂でボクの身体を見て、やたらはしゃいでいた。
「あっ、明日から朝練行くよね?」
ボクは、部屋に来た立に尋ねる。
「行く行くー。
そんで、兄貴なんかすぐに抜いてやんよ」
立が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。
「十年……。いや、半年早いよ。
フフフ……」
ボクも不敵な笑みを返す。
「現実的かよー!アハハハ……!」
立が大笑いした。
「ハアー……。
あっ、オレの分も弁当早く作っておいてもらわないと。
じゃあおやすみー」
立は言いながら、ボクの部屋を出て行く。
「うん。おやすみ」
ボクも立の背中に言った。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
翌日。
「おはよう!ムロくん!立くん!
今日から立くんも朝練一緒なんだね!」
絶は今日も朝から元気だ。
「おはようございます、ムロさん。立くんも」
倫もあいさつしてくる。
「おはよう、絶、倫」
ボクも軽くうなずきながらあいさつした。
「ハヨーザイマス……」
立も絶の手前、敬語であいさつをする。
が、どうも聖剣を中断されてからというもの、
倫に対してかなり苦手意識があるらしい。
明らかにテンションが下がっている。
ちなみに、やっぱりと言うか、
立と倫は同じ1年2組のクラスメイトだったのだが、
部活の時も含めて、ほとんど会話らしい会話はナシということだった。
「(何とか仲良くなってほしいな……)」
ボクは歩きながら考えて、1つ思いつく。
「そうだ。
絶と倫さ、立ともインラン交換してあげてくれない?」
ボクは提案してみた。
「いいよー!」
絶は即座に了承。
「ワタクシも構いませんわよ」
倫も了承してくれた。
「……!」
立は若干、複雑な表情だ。
早速、4人向けのグループの招待を送る。
と、立がグループに参加しつつ、
ボクに個別でメッセージを飛ばして来た。
『ちょっと倫ちゃん怖いからオレあんまりしゃべらないかも』
ボクはそれを確認すると、そちらには返信せず、
4人のグループのほうにメッセージを書き込む。
『今の3年生が引退したらボクと絶が、
来年になってボク達が引退したら立と倫が、
きっと正甲中の剣魔部を引っ張って行く存在になると思う!
みんなで頑張って盛り上げて行こう!』
「おぉ……!」
立が短く呟いた。
『オー!』
『頑張りますわ!』
絶と倫がメッセージで返事してくれると、立も
『頑張る!』
とメッセージしてくれる。
「(半分は願望だけど……)」
ボクは思った。