ガチャ……、バタン。
ボクは、我が家の玄関に入った。
立のクツがある。
「(まさか……)」
ボクは、廊下をリビングへと向かい、
ガチャ……とリビングと廊下を仕切るドアを開けた。
パジャマ姿の立が、テーブルでスマホをいじっている。
「……」
ボクも立も無言だ。
バタン。
ボクはそのままリビングのドアを閉め、自分の部屋へと着替えに向かった。
「(立が、倫に聖剣を中断されて傷ついて、学校を休んだ……。
それは、ボクの人生には関係ない……)」
ボクは、制服から着替えながら思う。
「(関係ない……?
ならどうして……、こんなにも悲しい気持ちになるのだろう……?)」
ボクは、泣き出してしまいそうな自分の気持ちに気づいていた。
着替えを終えたボクは、そのままベッドにうつ伏せになってしまう。
涙までは流れない。
でも、とても悲しいのだ。
「(ボクより聖剣の恵まれている立が、
こんなつまらないことでつまずいているから、
悲しいのだろうか……?)」
ボクは自分がどうして悲しいのか、考えていた。
「(ボクが立の立場だったら……。
聖剣が恵まれているのに女の子に中断させられてしまったとしたら、
立と同じように傷ついたのだろうか……?)」
ボクは、立の気持ちを何とか理解してあげたかった。
「(理解なんてされても、きっと立は迷惑だろうな……。
フフフ……)」
ボクは、自分で自分をバカにした。
「(でも……)」
ボクはベッドの上で寝返りをうち、仰向けになる。
「(聖剣に恵まれた立は……、
きっとフィクションの主人公になった気分だったんだろうな……)」
ボクは、撲滅ブレードの主人公である金太と、立を心の中で重ねた。
「(カッコイイ主人公……。
才能に恵まれた主人公……。
努力が必ず報われる主人公……。
挫折しそうになっても絶対に諦めない主人公……。
夢や目標を達成する主人公……。
最後には必ず勝つ主人公……。
女の子にモテモテな主人公……)」
ボクは、都合の良い設定を並べてみる。
「(聖剣に恵まれた立はきっと、
自分がそんな完璧な主人公になれると、
勘違いしてしまったんだ……)」
ボクは思った。
ボクが聖通した時に味わった、大きな挫折。
そして絶望。
それを今、立が味わっているのかもしれない。
「(けれど……)」
ボクは、こうも思った。
「(『聖剣に恵まれていないボクの分まで頑張れ』
なんて言われても、
立は励まされないし、きっと頑張れないよな……)」
ボクはベッドの上で寝返りをうち、再びうつ伏せになる。
「(そう言えば、立の夢って何なんだろう……?)」
ボクは思った。
「(子供が考えるような非現実的な夢じゃなくて、もっと現実的な
将来なりたい職業とかやりたい仕事とかってあるのかな……?)」
ボクはベッドにうつ伏せになったまま、首をひねって考えてみる。
「(弟のことなのに、分かんないや……。
ハハハ……)」
ボクは、自分で自分を笑った。
「(考えてみれば、ボクは立の何を知っているのだろう……?)」
ボクは、ふと疑問に思う。
立には、今でこそ無視されているが、
それまではずっと仲が良く、
せいぜい子供の頃にちょっとした口ゲンカをしたことがあるぐらいだった。
暴力を使うケンカなんかした記憶が無いし、
剣魔の試合だってしたことが無かったのである。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
「立の夢って何?」
夕食のおかずの棒棒鶏が用意されたテーブルに着くと、
ボクはおもむろに立に尋ねた。
「……」
既に夕食に手をつけていた立の返事は無い。
モグモグと口を動かすのに忙しそうだ。
分かっていた。
「ボクは将来、剣士になりたいんだ」
ボクは、構わず続ける。
「!?
ゲホッ!ゲホッ!」
立が、ボクの不意打ちに咳き込んだ。
これも分かっていた。
「(ボクの夢が一番現実的じゃない。
そんなことは、ボク自身が一番よく分かっているんだ)」
「だからボク、明日から普通に部活行くよ。
朝練も、夕練も」
ボクは立の反応を気にせず、さらに続ける。
「無理だろ……。剣士なんか……」
立が口を開いた。
「『オレでさえ無理なのに』
ってこと?」
ボクは立に言う。
「!」
立が、目を見開いてボクを見た。
「ボクは、立ならボクなんかよりずっと立派な剣士になれると信じてるよ?」
ボクは、大きくうなずきながら立に言う。
ウソではない。
ボクは心の底から、
立なら自分なんかより素晴らしい剣士になれると信じていた。
「ならねーよ!剣士になんか!」
立が強い口調で言う。
「やっぱりそっか……」
ボクは言った。
「悲しいけど、立の夢は別にあるんだね……」
これもウソではなかった。
聖剣に恵まれている弟が、その聖剣を生かさない。
それは、聖剣に恵まれていないボクにとって、とても悲しいことだ。
「お前に、オレが剣士になるかどうかなんて、関係ねえだろ……」
立は、声こそトーンを抑えたが、イラついている様子で言った。
「そうかもしれないね」
ボクはうなずき、
「だから、ボクが剣士を目指すのも関係ないかな?」
と続けて尋ねる。
「それは……」
立は一瞬、言葉を詰まらせ、
「関係はねーよ……。
関係はねーけど……。
お前がカッコ悪いと弟のオレが迷惑と言うか……。
世間体と言うか……」
と不満げに言った。
普段無視しているボクに、
弁論で振り回されているのが気に食わないのだろう。
「じゃあ勝負しようよ」
ボクが言うと、
「!?」
と立は、また目を見開いてボクを見た。
「明日の部活でボクとシングルスで勝負してよ。
ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。
立が勝ったら、ボクは部活を辞める」
ボクは、勝手なことを言っていると分かりながら言う。
「なんだよそれ……。
勝ってもオレに大してメリットねえじゃねえか……」
立がもっともなことを言った。
「じゃあ勝負はしない?
ボクの不戦勝ってこと?
ボクが普通に部活に行っても構わないかな?」
ボクは、わざとニコニコしながら立に言う。
「……そんなに現実見てえなら教えてやるよ」
そう言うと立は、残りの夕食を口にバッと放り込み、
箸をテーブルに叩きつけるようにバシッ!とおいて、
勢いよくイスから立ち上がると、
口をモグモグと動かしながらリビングを出て行った。
「……母さん、ケンカは感心しないな」
黙ってテーブルに着いていた母さんが、ふいに口を開く。
「ケンカじゃないから大丈夫だよ」
ボクは母さんを見て、
「男と男の勝負ってやつ。ハハハ……」
と笑い、ようやく夕食の棒棒鶏に手をつけ始めた。
「(そう……。
この勝負は、ボクにしかメリットが無い……)」
ボクは夕食を食べながら思う。
「(ボクが勝ったら、ボクは好きな剣魔が続けられる。
そしてボクが負けたら、
立がそのままスムーズに部活に復帰できるはず……。
そしてボクは……、立にきっと勝てない……)」
ボクは、我が家の玄関に入った。
立のクツがある。
「(まさか……)」
ボクは、廊下をリビングへと向かい、
ガチャ……とリビングと廊下を仕切るドアを開けた。
パジャマ姿の立が、テーブルでスマホをいじっている。
「……」
ボクも立も無言だ。
バタン。
ボクはそのままリビングのドアを閉め、自分の部屋へと着替えに向かった。
「(立が、倫に聖剣を中断されて傷ついて、学校を休んだ……。
それは、ボクの人生には関係ない……)」
ボクは、制服から着替えながら思う。
「(関係ない……?
ならどうして……、こんなにも悲しい気持ちになるのだろう……?)」
ボクは、泣き出してしまいそうな自分の気持ちに気づいていた。
着替えを終えたボクは、そのままベッドにうつ伏せになってしまう。
涙までは流れない。
でも、とても悲しいのだ。
「(ボクより聖剣の恵まれている立が、
こんなつまらないことでつまずいているから、
悲しいのだろうか……?)」
ボクは自分がどうして悲しいのか、考えていた。
「(ボクが立の立場だったら……。
聖剣が恵まれているのに女の子に中断させられてしまったとしたら、
立と同じように傷ついたのだろうか……?)」
ボクは、立の気持ちを何とか理解してあげたかった。
「(理解なんてされても、きっと立は迷惑だろうな……。
フフフ……)」
ボクは、自分で自分をバカにした。
「(でも……)」
ボクはベッドの上で寝返りをうち、仰向けになる。
「(聖剣に恵まれた立は……、
きっとフィクションの主人公になった気分だったんだろうな……)」
ボクは、撲滅ブレードの主人公である金太と、立を心の中で重ねた。
「(カッコイイ主人公……。
才能に恵まれた主人公……。
努力が必ず報われる主人公……。
挫折しそうになっても絶対に諦めない主人公……。
夢や目標を達成する主人公……。
最後には必ず勝つ主人公……。
女の子にモテモテな主人公……)」
ボクは、都合の良い設定を並べてみる。
「(聖剣に恵まれた立はきっと、
自分がそんな完璧な主人公になれると、
勘違いしてしまったんだ……)」
ボクは思った。
ボクが聖通した時に味わった、大きな挫折。
そして絶望。
それを今、立が味わっているのかもしれない。
「(けれど……)」
ボクは、こうも思った。
「(『聖剣に恵まれていないボクの分まで頑張れ』
なんて言われても、
立は励まされないし、きっと頑張れないよな……)」
ボクはベッドの上で寝返りをうち、再びうつ伏せになる。
「(そう言えば、立の夢って何なんだろう……?)」
ボクは思った。
「(子供が考えるような非現実的な夢じゃなくて、もっと現実的な
将来なりたい職業とかやりたい仕事とかってあるのかな……?)」
ボクはベッドにうつ伏せになったまま、首をひねって考えてみる。
「(弟のことなのに、分かんないや……。
ハハハ……)」
ボクは、自分で自分を笑った。
「(考えてみれば、ボクは立の何を知っているのだろう……?)」
ボクは、ふと疑問に思う。
立には、今でこそ無視されているが、
それまではずっと仲が良く、
せいぜい子供の頃にちょっとした口ゲンカをしたことがあるぐらいだった。
暴力を使うケンカなんかした記憶が無いし、
剣魔の試合だってしたことが無かったのである。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
「立の夢って何?」
夕食のおかずの棒棒鶏が用意されたテーブルに着くと、
ボクはおもむろに立に尋ねた。
「……」
既に夕食に手をつけていた立の返事は無い。
モグモグと口を動かすのに忙しそうだ。
分かっていた。
「ボクは将来、剣士になりたいんだ」
ボクは、構わず続ける。
「!?
ゲホッ!ゲホッ!」
立が、ボクの不意打ちに咳き込んだ。
これも分かっていた。
「(ボクの夢が一番現実的じゃない。
そんなことは、ボク自身が一番よく分かっているんだ)」
「だからボク、明日から普通に部活行くよ。
朝練も、夕練も」
ボクは立の反応を気にせず、さらに続ける。
「無理だろ……。剣士なんか……」
立が口を開いた。
「『オレでさえ無理なのに』
ってこと?」
ボクは立に言う。
「!」
立が、目を見開いてボクを見た。
「ボクは、立ならボクなんかよりずっと立派な剣士になれると信じてるよ?」
ボクは、大きくうなずきながら立に言う。
ウソではない。
ボクは心の底から、
立なら自分なんかより素晴らしい剣士になれると信じていた。
「ならねーよ!剣士になんか!」
立が強い口調で言う。
「やっぱりそっか……」
ボクは言った。
「悲しいけど、立の夢は別にあるんだね……」
これもウソではなかった。
聖剣に恵まれている弟が、その聖剣を生かさない。
それは、聖剣に恵まれていないボクにとって、とても悲しいことだ。
「お前に、オレが剣士になるかどうかなんて、関係ねえだろ……」
立は、声こそトーンを抑えたが、イラついている様子で言った。
「そうかもしれないね」
ボクはうなずき、
「だから、ボクが剣士を目指すのも関係ないかな?」
と続けて尋ねる。
「それは……」
立は一瞬、言葉を詰まらせ、
「関係はねーよ……。
関係はねーけど……。
お前がカッコ悪いと弟のオレが迷惑と言うか……。
世間体と言うか……」
と不満げに言った。
普段無視しているボクに、
弁論で振り回されているのが気に食わないのだろう。
「じゃあ勝負しようよ」
ボクが言うと、
「!?」
と立は、また目を見開いてボクを見た。
「明日の部活でボクとシングルスで勝負してよ。
ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。
立が勝ったら、ボクは部活を辞める」
ボクは、勝手なことを言っていると分かりながら言う。
「なんだよそれ……。
勝ってもオレに大してメリットねえじゃねえか……」
立がもっともなことを言った。
「じゃあ勝負はしない?
ボクの不戦勝ってこと?
ボクが普通に部活に行っても構わないかな?」
ボクは、わざとニコニコしながら立に言う。
「……そんなに現実見てえなら教えてやるよ」
そう言うと立は、残りの夕食を口にバッと放り込み、
箸をテーブルに叩きつけるようにバシッ!とおいて、
勢いよくイスから立ち上がると、
口をモグモグと動かしながらリビングを出て行った。
「……母さん、ケンカは感心しないな」
黙ってテーブルに着いていた母さんが、ふいに口を開く。
「ケンカじゃないから大丈夫だよ」
ボクは母さんを見て、
「男と男の勝負ってやつ。ハハハ……」
と笑い、ようやく夕食の棒棒鶏に手をつけ始めた。
「(そう……。
この勝負は、ボクにしかメリットが無い……)」
ボクは夕食を食べながら思う。
「(ボクが勝ったら、ボクは好きな剣魔が続けられる。
そしてボクが負けたら、
立がそのままスムーズに部活に復帰できるはず……。
そしてボクは……、立にきっと勝てない……)」