《page 1》

◯崩壊した世界 砂嵐が吹き荒ぶ殆ど風化した都市

足跡を刻みながら、御嶽和一(みたけかずいち)がフラフラと歩く
纏う学ランと髪の毛が風に洗われる 頭の中で無機質な機械音声が響く

和一「ハァ……ハァ……ハァ……」

ナビゲーター『エネルギー充填率低下 活動限界』

《page 2》

疲れ果てた足取りがとうとうもつれて、和一が倒れる


顔面が砂に埋もれる 目から光が失われていく

和一の呼吸が弱まっていく

和一「……もう…………良いよね?」

《page 3》

途切れ途切れに独り言ち、目を閉じる 機械音声が警告を発する

ナビゲーター『警告 時空断裂を確認。存在座標軸の固定……失敗。衝撃に 備えてください』

同時に大気中を走るストリーマー
バチバチと密度が増して、轟音と共に少年へ雷が落ちる

《page 4》

◯稲光と共に場面転換 世界が変わる パノティア帝国の辺境である深閑とした薄暗い森の中 光る魔法陣 

魔導書を片手に魔法陣の前でへたり込む姉と立ち尽くす弟、唖然としたアニスと呆然としたカイル

アニス「へ? うそ?」

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魔法陣の真ん中で倒れる和一 アニスが困惑しながらゆっくり歩み寄る

カイト「アニス……これ……」

アニス「成功、しちゃったぜ……クソ勇者様のクソ召喚が……!」

カイト「言い方言い方!」

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◯場面転換 日中 辺境の開拓村

アニスとカイトが大きな荷車を牽いている。荷車の中は大量の干し草 

アニス「オラ……オラァ……」

カイト「うん……しょ……よいしょ……」

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二人はすれ違う村人たちに挨拶しながら進む

カイト「ねぇ、やっぱりマズイよアニスぅ……こんなこと……」

アニス「やかましい! ヒジョージタイなんだからこれはセーフ! セートーボーエーのなんちゃらなの!」

カイト「言い訳になってない……」


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アニス「うるさいなあマジで! 大体しょうがないじゃない! このままじゃみんな──」

ガタン! と大きな音 心底驚くアニスとカイト

気付けばそこは村の中心 大きな集会所 そこからざわざわと音がする


アニスとカイトは恐る恐る集会所を覗き込む

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村の中心の集会所 薄暗い室内で大人達が沈鬱な様子で呻く。男がひとり口を開いた

村人A「それで、どうする?」


男は続けて言う

村人A「“彼女”を引き渡しても全ての税が免除にはなってないんだろ?」

男に続いて別の村人達が声をあげる

村人B「それどころか領主の使いの奴、近日中に沙汰を下すなんて言ってきやがった……! まるで罪人だ! 俺たちが捕まえたのに!」

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村人C「捕まえただって? 嘘おっしゃい! あの子は自分で捕まりに行ったじゃないのさ! あれだけ良くしてもらったのに……」

村人D「いずれにしろ、今年は不作も相まって食べ物の備蓄が少ない。魔物も何故か多く出てくるもんだから狩りも禄に出来ん。冬を越せるかどうか……」

喧騒に包まれる室内で村長が大声をあげる

村長「とにかく!」

《page 11》


一段高い壇上から村長が村民達に告げる

村長「領主の使いはまた戻って来る! 数日中にもだ! それまでにあの“魔人の娘”を匿っていた事実を隠さねば! 分かったな皆の衆!」

村長の号令一下 室内の騒ぎは小さくなり、村人達は頷き合う
口々に「そうだな」「確かに」「急がねば」等々呟く

それを集会所の隙間から覗くアニスとカイトは小声で呟く

口を揃えるアニスとカイト「「やっっっば〜〜…………」」


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◯場面転換 人気のない村の厩舎

山と積まれた干し草を前に狼狽える二人

カイト「ど、どどど、どど、どうしようアニス! これもうほんとマジでマジのマジいやつじゃない!?」

アニス「ちょっと何言ってるかわかんないです!!」

カイト「いやそこは分かって!」

パニックを抑えるために深呼吸するアニスとカイト

《page 13》

アニス「……と、とにかく、このクソ勇者は」

カイト「いや勇者様ね」

アニス「だまらっしゃい! とにかくコイツは隠さないと……今週の馬小屋当番は私達だから、とりあえずここに──」

アニスはおもむろに荷車を傾ける。どさどさと干し草が流れていく

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最後に学ランの和一が転がり出る。顔を歪めたまま苦しそうに寝息を立てる

カイト「大丈夫かな……かなり乱暴に運んできたけど……」

◯カイトの回想 薄暗い森の中で和一を召喚した場面

顔面から地面に引き摺られる和一

荷車に乗せるのに苦労して何度も頭を打ち付けられる和一

荷車に乗せられたあとも凸凹な路面のせいで細かくバウンドする和一

◯回想終了

《page 15》

カイトは心配そうに和一の顔を覗き込む

カイト「……大丈夫じゃない気がしてきた……お医者さんに診てもらったほうが……」

ごそごそと小屋の片隅で作業をしながらアニスが怒鳴る

アニス「そんなことしたらバレちゃうでしょうが色々!」

アニスは声を潜めて続ける

アニス「この計画は誰にも秘密で、二人だけでやらないとって説明したでしょ……! 大人達はぜってー助けてくれないし……!」

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カイトも声を潜めて反論

カイト「計画って言っても、勇者様にほとんど丸投げみたいなのじゃん……! このままじゃ領都に辿り着くどころか、村から当分出られないよ……!」
 
アニス「じゃあ諦める!? レクシアは私たちの為に……!」

和一「う、ぁ」

和一のうめき声で口論を中断するアニスとカイト

アニスは唇を噛みながら和一を見つめる

アニス「とりあえずコイツをこっちへ運ぼう。物陰に隠しておけばすぐには見付からない……後のことは夜考えよう」

カイト「う、うん、分かった」

《page 17》

◯回想 和一の夢(記憶)

辺り一面の焼け野原

逃げ惑う人々

巨大な影に押し潰されていく都市

自分と同じ学ランを羽織った、仲間たちの掠れた背中

一人が振り返り何か言う

ヤマト「────」


和一(待って……待ってくれ……)

《page 18》

和一(行っちゃいけない、みんな……!)

夢の中で手を伸ばす。手は届かない

和一(勝てないんだ! 誰も、決して! 奴には……!)

◯回想終了 村の厩舎 積み上げられた干し草の物陰

和一は眠ったまま苦しそうに呻く

和一「まおう……」

《page 19》

◯場面転換 一夜明けた正午過ぎの村の中

空の背負子を背に、村の中をとぼとぼ歩くカイトが溜め息を落とす

カイト「はぁ……」

カイト(結局、なにも良いアイディアが出なかったなぁ……)

カイト(大人達が忙しい今がチャンスなのはそうなんだけど……)

カイトが周囲に目を向けると、村中を慌ただしく行き来する村人達の姿 「こっちは済んだ」「あっちの家を見てくる」「急げ、時間が無い」と口々に言い合っている

《page 20》

カイト(証拠隠しだとかなんとか……こんな村をひっくり返した騒ぎで抜け出したら余計マズイよね……)

カイトは二、三度頭を振って気持ちを切り替える

カイト「まずは今日の薪を拾ってこないと。話はそれから……」

カイトが村の外へ足を向けると同時に、甲高いラッパの音が響いて、カイトと村人達は驚く

カイト「!?」


《page 21》

村の郊外、小高い丘から数百人の兵隊が現れる。ズカズカと丘を降りる兵隊達

その先頭で馬に跨る、赤い軍服の男ヤクート

ヤクートは先んじて、一人で村の中に入ってくる

ヤクート「忙しいところ失礼する。この村の村長はおられるか?」

《page 22》

誰何され、おずおずと村長が歩み出る

村長「こ、これはこれは騎士様。こんな辺境の村落までわざわざお越し頂きありがとうございます」

当たり障りなく歓迎を述べ、村長は一礼。続けて言う

村長「ですが、領主様から沙汰が言い渡されるまでまだ幾日かある筈……もしや期日が縮められたのでしょうか?」

ヤクート「うん? その期日とやらはわからないが、我々はそれとは別件で来たのである」

ヤクートの謂いに村長が首を傾げる

村長「別件?」

ヤクート「うむ」

《page 23》

ヤクートが村中に聞こえるよう叫ぶ

ヤクート「聞き給え! 吾輩は帝国騎士、ヤクート=アイアンズ! 緊急の要件にて我が小隊を引き連れ参上した!」

ヤクートの言葉を聞き、徐々に村人が集まり出す

ヤクート「パノティア帝国魔法軍調査部隊より昨日、この村の近傍にて『降臨魔法』の反応を検知した! 心当たりのあるものは名乗り出給え!」

カイト「!!」

村人が静まり帰る 先程の喧騒が一瞬で静まる

《page 24》

カイトはこそこそと人混みを縫ってその場を離れようとする

ヤクート「ちょっと待ったそこの少年! 少し話を聞かせてくれ!」

カイト「ヒィィィ! ごめんなさい多分それウチの姉が主犯ですごめんなさいいいい!」

ヤクート「うんOK! ありがとう! でも姉を売るのあまりにも早くない!?」

◯場面転換 干し草の山が築かれた小屋の中

アニス「ふぅ」

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アニスが干し草を整理しながら倒れ込む和一を見遣る

アニス「まだ目覚めないんだね……そんなにツライの、アンタ?」

和一「……ッ」

和一が呻く アニスは干し草をまとめ直しながら呟く

アニス「勇者様なんでしょ? どこの世界の勇者様かは知らないけどさ。こっちの世界の勇者様と同じくらい偉大なら、少なくとも死にはしないもんね?」

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アニス「知ってる? こっちの世界の勇者様は伝説の人なの」

◯回想 絵本の中で語られる勇者の伝説

アニス「天地を砕いて、全ての生命を皆殺しにできるような酷い魔王を、勇者様とその御一行は打ち倒した」

アニス「この国じゃ、みんな寝物語で聞いてる。勇者セラフィの冒険譚──大公領クロームの解放、人跡未踏の大ダンジョンの踏破、ドラゴンの大移動阻止、そして大魔王バールバラとの一騎打ち……知らない人なんか居ない、偉大な伝説」

◯回想終了

《page 27》

干し草を集めながら、アニスは眠ったままの和一に語る

アニス「そんな、くそったれ最高な勇者様にすがりたいくらいキツイ状況なのよ、今は。それこそ別の世界の勇者だって構わないくらい、何振り構ってられないの……このままじゃレクシアが、あの人が……」

苦悶を溢すようにアニスの言葉が途切れると同時に、小屋の外からヤクートが叫ぶ

ヤクート「出てき給えアニス君! キミは完全に包囲されている!」

◯小屋の外 村外れの牧草小屋

牧草小屋を囲むヤクートとその隊員達 傍らにはカイト 後ろには集まってきた村人達

ヤクート「キミが『降臨魔法』によって異世界の何者かを召喚したのは分かっている! 大人しく投降し、厳粛な裁きを受けるんだ!」

《page 28》

ヤクートが大声を張りながら、その隊員達が長槍を手にじりじりと小屋へ迫る

カイトがヤクートの傍らで、震えながら便宜を乞う

カイト「あ、あの、こんなになってアレですけど、僕にはたった一人の姉なのであまり手荒なことは……」

ヤクート「うむ……だが、『降臨魔法』は禁忌指定の魔法だ。異界の存在を招き入れるわけだから、その危険度は計り知れない。もしもその存在が暴れ出したらキミの姉も」

その瞬間、寝ている和一の喉元にナイフを突き付けながらアニスが小屋を飛び出す

アニス「オッラァ何さらしとんじゃワレェイ! こちとら人質、いやただの人質じゃねぇ勇者質がいるんだ黙って下りやがれコンチクショー!!」

ヤクート「いやなんで自分から危険人物になりにいってんのキミの姉?」

困惑するヤクート 戸惑う兵隊達

《page 29》

平謝りするカイト

カイト「すみません! そういうヤンチャチャーミングな姉なんですほんとすみません!!」

ヤクート「えぇえ……ヤンチャで済ましていいのあの暴挙……」

ヤクートは困惑を深くする

アニス「わたしの要求は二つだ!」

ヤクート「もう要求とか言っちゃってるしえぇ……」

《page 30》

アニスが叫ぶ

アニス「一つは私の解放! もう一つは私たち姉弟を領都まで連れて行くこと! でなきゃこのクソ勇者様ぶっ殺すからなッ!」

ヤクートが呆れて呟く

ヤクート「もう言ってること無茶苦茶だし……いや、でもそれでは……」

アニスの言葉を咀嚼して、ヤクートが返す そこで見出した疑問をヤクートはアニスにぶつける

ヤクート「待ち給え! その見慣れぬ装束の男が、キミが呼び寄せた異界存在か!? だとしたら辻褄が合わない!」

アニス「あんだとぅ!? ケンカ売ってんのかてめぇ! よっしゃ来いや表出ろゴラァ!」

ヤクート「ちょっと流石に血気盛んすぎないか!? いやそうでなく!」

《page 31》

ヤクート「キミが本当にその男一人のみを降臨させたのなら計算が合わないんだ!」

ヤクートの問い掛けに怪訝な表情を作るアニス ヤクートは続けて

ヤクート「調査部隊の報告ではもっと大規模な反応があった! それこそ巨大な魔物のような……」

ヤクートが言い掛けて、その背後で村が爆発する。

爆炎に照らされるヤクート達 舞い上がる火柱と吹き飛ぶ人々

《page 32》

カイトが呆気に取られて言葉を溢す

カイト「え……は……なに、が?」

カイトの言葉に答えず、上空で何かを見たヤクートが怒号する

ヤクート「伏せろォ!」

次の瞬間、牧草小屋の一帯が衝撃と土埃に包まれる

《page 33》

突風で和一がアニスの手から飛ばされる

一瞬の間を置き、巨大なドラゴンが雄叫びをあげて土埃を払う

ドラゴン「ギアアアアアアアア!」

呆然とするアニス

アニス「なん、だよ、これは……!」

間髪入れずにヤクートが自身の隊へ指示を飛ばす

ヤクート「怯むな! 防御陣形!」

ヤクートの指示にその場の兵士たちが行動する

《page 34》

ヤクートは自身の剣を引き抜いて続けて指示を飛ばす

ヤクート「ドラゴンが地面に降りている今が好機だ! 羽根を攻撃して機動力を奪……」

ヤクートの号令を掻き消すようにドラゴンが尾を振る

小石のように吹き飛ぶ兵士たち ヤクートはカイトと共に風圧で吹き飛ばされる 

アニスは目を見開きながらそれを見送る

《page 35》

アニスが弟を呼ぶ

アニス「カイ……!」

ドラゴンが鎌首をもたげ村の方向へ火球を放つ

再び立ち上る爆炎

逃げ惑う村人たち 阿鼻叫喚

その様にアニスは表情を歪める

《page 36》

◯一瞬の回想 アニスが帝国軍へ引き渡されるレクシアを見送る村の入り口

レクシア「君は、君の大事なものを守るんだ」

◯回想終了

アニスが歯を食い縛る

アニス「ッ!」

腰の裏に手を回し、隠し持った魔導書を開く 同時に怒号を飛ばす

アニス「おいこのクソトカゲ! お前の相手は私……!」

アニスが構えるより速く、ドラゴンが大口を開けアニスのすぐ目の前まで迫る

《page 37》

アニス「は……?」

呆気に取られながら死を覚悟したアニスが様々な思考を巡らせる

アニス(ちょっと待って、まだ何も出来てない)

アニス(誰も守れてない……! カイト、みんな、約束……ああ、でも)

アニス(死にたくない!)

アニス「……だれか」

アニスが呟き、ドラゴンが牙を突き立てようとした瞬間に、雷が走る

和一「──ッ!」

《page 38》

次の瞬間、轟音と雷光と共にドラゴンを殴り飛ばす和一

アニス「…………は、い?」

呆然としてへたりこむアニスの前に、黄色い火花を散らせながら佇む和一

和一の脳内で機械音声が響く

ナビゲーター『覚醒を確認……“現代勇者”御嶽和一、戦闘行動を開始します』