.1 護衛クエスト


 俺たちは新しいクエスト受注のためにギルドの受付にいた。

「護衛クエスト、ですか」
「ええ、もともと予定していた冒険者パーティが直近のクエストで負傷してしまって。代わりのパーティを探しているそうです」

 と、受付嬢のポーラさん。

「アルスさんたちなら、いいんじゃないかって」
「護衛……」

 主に隊商を盗賊などの襲撃から護衛したり、貴族なんかを暗殺から守ったり、といったクエストである。

 俺がメインにやっているのは討伐クエストで、護衛関係は基本的にスルーしている。
 魔力を上げたり、新たな魔法を覚えるためには、魔力値の高いモンスターを多く狩るのが一番手っ取り早い。

 討伐クエストと違って、護衛クエストの場合は、必ずしもモンスターと戦うわけじゃないからな。
 効率を考えれば、どうしても討伐クエスト最優先になる。

 報酬に関しては、護衛クエストの方がいい場合もあるんだけど──。
 まあ、最近はクエストを立て続けに達成していて、お金にはある程度の余裕があるし。

「俺、基本的には討伐クエストを中心にやりたくて」
「ええ、存じています。ですが、なかなか代替メンバーが見つからないということで、その、私たちも困っていて……」

 ポーラさんが申し訳なさそうな顔をした。

 なるほど、そういう事情なのか。

「ティア、キシャル、エア。今回は護衛クエストを受けてもいいかな?」
「私はアルスに従うよ。使い魔だもん」

 ティアがにっこりうなずいた。

「私も同じく、ですの」

 と、キシャル。

「んー……お任せ……考えるの、めんどくさい……」

 気だるげなエア。

「決まり、だな。ポーラさん、そのクエストを受けます」
「あ、ありがとうございます」

 ポーラさんがホッとしたような表情を浮かべた。

「その、今度埋め合わせをさせてください。ぜひ……」

 なぜか顔を赤らめ、俺を見つめるポーラさん。

「埋め合わせなんていいですよ。俺は──」
「ぜひ、させてください」

 ポーラさんが身を乗り出し、鼻息を荒くする。

「お近づきのチャンス……じゃなかった、せめてものお礼をしたいので……っ」
「は、はあ……」



 クエストの内容は、とある隊商を隣国まで護衛するというもの。
 道中は荒野が続き、そこに住み着く凶悪モンスターや盗賊なんかも出るらしい。
 人間とモンスター、両方を相手にしなきゃならないわけだ。

「あんたらが護衛担当か。あんまり強そうじゃないな……」

 隊商のリーダーらしき男が俺たちを値踏みするように見た。

 ……まあ、二十代の優男と美少女三人というパーティだ。
 猛者には見えないだろうな。
 俺は内心で苦笑しつつ、男に一礼した。

「全力であなたたちを護衛します。お任せを」
「あなたたちが共同で任務にあたるパーティなの? 共同で」
「うわー、可愛い子がいっぱい」

 二人の冒険者が近づいてきた。
 顔立ちがそっくりなところを見ると、姉妹だろうか。

 髪の色はともに綺麗な金色。
 服装はともに魔法使い風のローブ。
 違いは、片方がロングヘアで、もう片方はショートヘアということくらいか。


「あたしはエレナ、こっちは双子の妹のミリーナ。Bランクの冒険者パーティ『二輪(にりん)の花』よ。よろしくね」
「よろしくお願いします~! そっちのパーティ、女の子がいっぱいだね」

 双子の冒険者が自己紹介をした。

「俺はアルス・ヴァイセ。彼女たちは使い魔のティア、キシャル、エア。Eランクの冒険者パーティ『天翼の杖』だ。よろしく」

 俺も彼女たちに自己紹介を返す。

「『天翼の杖』……? へえ、伝説の大賢者『魔導公女』にちなんだパーティ名なんだ」

 姉のエレナがふふっと笑った。
.2 クエスト開始


「『魔導公女』を知ってるのか?」
「あたしたちは遺跡探索がメインの冒険者だからね」

 と、エレナ。

「以前にも『魔導公女』絡みの遺跡を巡ったことがあるし、他にも色々と古の賢者関係の遺跡やらダンジョンやらを経験してるよ。色々と」
「俺たちはいつか『大賢者の洞窟』に行くつもりなんだ」
「それって最難関クラスのダンジョンじゃない。Sランクパーティしか挑めないし、仮に挑んでもまず無事じゃすまないわよ。挑んでも」

 俺の言葉に、エレナが恐ろしげに言った。

「そんなにすごいところなのか?」
「すごいなんてもんじゃないわよ。Sランクパーティが今までどれだけ挑んだと思ってるの? たぶん数千単位で犠牲になってるはずよ。数千単位で」
「そ、そんなに……」

 さすがにゾッとなった。
 と、

「あたし、可愛い女の子を見るのが好きなの。えへへ」

 俺とエレナの側で、ミリーナがティアたちをうっとりと見つめている。

「特にティアちゃん、だっけ? あなた、可愛いねー」
「え、そ、そう? 照れるなー、あはは」
「照れた顔も可愛い~」

 随分と華やかな共同パーティになってしまったな。

『大賢者の洞窟』の話を聞いて、ゾッとしていた気持ちが少し和らいだ。



 隊商が出発した。

 移動は全員馬車である。
 エレナとミリーナが隊商の前方に、俺たちが後方にそれぞれ位置し、護衛につく。

「【索敵・視力強化】」
「【索敵・反応加速】」

 俺は以前ワイバーン戦でも使った索敵系の魔法で、盗賊やモンスターの襲撃に備えた。

「ティア、怪しい気配を感じたら教えてくれ」

 隣に座るティアに頼む。
 俺が敵襲を見逃したときのための保険だ。

 ティアは猫の獣人タイプの使い魔で、普通の人間よりも耳や鼻がずっと優れている。
 索敵能力が高い。

「りょーかいっ」

 元気よくうなずくティア。

「キシャルとエアは待機。英気を養っておいてくれ」
「はーい……じゃあ、だらだら過ごしてもいいんだね?」
「ああ。ただ敵襲の場合は協力してほしい」
「おっけー……すぴー」

 答えるなり、いきなり寝てしまうエア。

 ……敵襲のときは、ちゃんと協力してくれよ?

「では、私は読書タイムですの」

 と、キシャルの方はどこからともなく書物を取り出した。

「ああ、リラックスして過ごしてくれればいい」
「ふふ、ありがとうございますの」

 キシャルが微笑んだ、瞬間。

 ごごごごごごごごごっ……!

 馬車全体を振動が襲った。

「なんだ──?」

 周囲には盗賊やモンスターらしき姿はない。

「──アルス、下に何かいる!」

 ティアが叫んだ。

「下?」

 もしかして、地面の下か……!?

 そこにモンスターがいる──。
.3 VSサンドワーム



 馬車が急停止した。

 冒険者姉妹が乗っている馬車や隊商の馬車も同じく止まる。
 俺はティアたちとともに馬車から下りた。
 ……エアだけは面倒くさそうに馬車内に居残っている。

「んー……何かトラブル……? がんばってねー……」

 やる気がない返事だった。

 ごごごごごごごおおおおおおおおおっ……!

 振動がさらに大きくなる。

「これは──!?」

 地面がボコボコッと盛り上がっていく。

「何か出てくる……!」

 ティアがうめいた。

 次の瞬間、前方の地面が爆発するように弾け、巨大な蛇のようなものが出現した。

 いや、蛇じゃない。
 そいつは体長二十メートル近い、巨大なムカデだ。

「サンドワームか……」

 だが、通常のサンドワームはせいぜい体長十メートル。
 ここまで巨大なものは初めて見る。

「ひいいいいっ、助けてくれぇぇっ……!」

 隊商の人たちが悲鳴を上げていた。

「何よ、あれ……大きすぎる……!」

 エレナとミリーナも青ざめた顔だ。

「ティア、キシャル、いくぞ!」

 俺は二人の使い魔少女に呼びかけた。

「りょーかいっ」
「いつでも、ですの」

 ティアとキシャルが無数の光の粒子と化す。

 それぞれ魔導書に変化して、俺の両手に握られた。
【魔力無限成長】と【自動魔法結界】だ。

 エアの【全属性魔法習得】は戦闘終了後に発動すればいいから、今は必要ないだろう。

「【影の炎】!」

 俺はサンドワームに向かって、魔族固有魔法をぶっ放す。
 手持ちの呪文の中で最大火力の魔法である。

 大爆発とともにサンドワームの頭部が吹き飛んだ。

 一撃──。
 それで勝負はついた。

 頭部を失ったサンドワームは数度のたくった後、倒れた。
 ピクリとも動かない。

「ふうっ、なんとか一発で仕留められたか」

 もし初手でしくじり、暴れられると厄介だったかもしれない。

 討伐クエストと違い、今回はただ敵を倒せばいいわけじゃない。
 一番大事なのは護衛対象を守ることである。

 最終的に勝っても、隊商の人たちがモンスターの攻撃に巻きこまれてケガをしたり、死んでしまったら何にもならない。

「怪我はありませんか?」

 俺はいちおう隊商の人たちの無事を確認する。
 見た感じ、死者はもちろん負傷者もいないようだ。

「す、すごいな、あんた……あんなデカいサンドワームをたった一撃で……」
「本当にEランクパーティなのか……?」
「まるでAランクかSランク並じゃないか……」

 彼らはいちように驚いた顔で俺を見ている。
 初対面時と違い、敬意と畏怖がこもったまなざしで──。

「無事でよかったです」

 俺はにっこりと笑った。
.4 召喚


「へえ、見直したわ。あんな巨大サイズのサンドワームを一撃なんて。見直した」
「すごいね~、あなたたち」

 エレナもミリーナも感嘆した様子だった。

「いや、まあ、はは」

 ちょっと照れてしまう俺。

「それにしても──」

 エレナが俺の左右の手にある魔導書を見つめた。

「それ……魔導書よね? それも使い魔が変化したもの……かな?」
「ああ、とある遺跡で見つけたんだ」

 答える俺。
 正確に言えば、俺がかつて所属していたパーティ『祝福の翼』が、遺跡探索クエストで使い魔モードのティアと出会った。

 キシャルとエアはそれぞれ休眠モードであるペンダントやイヤリングとして、ティアが身に着けていた。

「普通の魔導書じゃないわね……ものすごい魔力を感じる。うん、普通じゃない」

 エレナが魔導書をジッと見る。

「──? まさか、この魔導書って……」

 と、その表情が変わった。

「! まだ何かいるよ、気を付けて!」

 ティアが叫んだ。

「後ろ!」
「くっ……キシャル!」
「いつでも!」

 俺はとっさにキシャルに呼びかけ、【自動魔法結界】を最大規模で展開する。

 この魔法は、通常モードの場合、俺の周囲数メートルを防御する魔力フィールドを自動的に生成する──というものだ。
 だが、それでは隊商やエレナ、ミリーナまで守り切れない。

 だから、その設定を変更して、全員を守れるように効果範囲を広げたのだ。
 通常より広範囲を守れる分、防御力は通常モードよりも低くなる。

 とはいえ、並の攻撃なら【自動魔法結界】は貫けないはずだ。

 がきんっ。

 鈍い音がして、何かが俺たちの前方に現れた。

 ヴヴヴ……ヴ……。

 羽音とともに、全部で七体のモンスターが飛んでいる。
 いずれも、全身を黒金色の装甲で覆った、体長五メートルほどの甲虫だ。

「メタルビートル……サンドワームの体内にひそんでいたのね。で、あたしたちの油断をついて攻撃してきた」
「アルスさんの魔法で防いでくれたのかな? 助かったよ~」

 エレナとミリーナが俺に言った。

「さっきはアルスさん一人で倒しちゃったし、今度はあたしたちがやるわよ……と、言いたいけど、二人だけじゃキツそうだね。二人だけじゃ」
「なら、あの子にも手伝ってもらおう~」

 姉妹がうなずき合い、それぞれ右手を掲げた。
 その手からまばゆい紫色の輝きがあふれる。

 ──どくんっ!

 俺の心臓が激しく鼓動を打った。

 なんだ、この感覚は!?

 俺の中の何かが、あの光に引き寄せられている。
 どこか懐かしさを感じる、輝き。

 あの光は、一体なんだ……?

「まさか──」

 ティアが、キシャルが、そしてエアが驚愕の表情を浮かべた。

 輝きは収束し、一つのシルエットを形作る。
 紫の髪を肩のところで切りそろえた、長身の少女の姿を。

「第八の魔導書……ラハム……!」

 ティアがうめいた。
.5 第八の魔導書


「メタルビートル七体……エレナとミリーナだけでは手に負えなかったということね。で、あたしの出番か」

 彼女──ラハムが言った。
 クールな雰囲気の美少女である。

 俺は呆然と彼女を見ていた。

 ティアはさっきラハムを見て、言った。
『第八の魔導書』と。

 じゃあ、彼女が残り六つの魔導書のひとつなのか。

 ラハムは足元の石をいくつか拾った。

「固有魔法【攻撃強化】を起動」

 告げる。
 美しい旋律のような呪文を。

「撃ち抜け」

 そして彼女の手から石つぶてが放たれた。

 轟音とともに、七体のメタルビートルが体の中心部を貫かれ、地面に落下する。
 すさまじい威力だった。

「今のは──!?」

 一体、何をしたんだ……?

「ラハムの固有魔法【攻撃強化】ね」

 説明するエレナ。

「彼女はただ石を投げただけ。その速度と威力が何十倍、何百倍と増幅されて、メタルビートルを撃ち抜いたの」
「ただ、石を投げただけ……」

 攻撃強化系の魔法は俺も使えるが、ラハムのそれは桁が違いすぎる。
 と、

「ラハム!」
「ラハムさん!」

 ティアとキシャルが彼女に駆け寄る。
 ラハムの強さに呆然となっていたが、彼女が本当に『魔導公女』の『第八の魔導書』なら──。

「?」

 だが、振り返ったラハムは怪訝そうな表情を浮かべた。

「誰なの、君たちは」
「だ、誰って──」

 ティアが表情をこわばらせた。

「ラハムさん、私たちですの。分かりませんの?」

 キシャルが言いつのる。

「……ティアマト……キシャル……知らない……」

 ラハムは秀麗な顔をしかめた。

「君たちは……使い魔……? いえ、魔導書……!? この魔力波長……古の賢者が生み出した……う、うううう……」

 つぶやきながら、ラハムがふいに頭を押さえる。

「い、痛い……頭が、割れそ……くぅぅ……っ……」
「ラハム、どうした!?」

 俺は彼女のところに駆け寄った。

「君……は……?」
「アルス・ヴァイセ。ティアたちのマスターだ」

 たずねる彼女に、俺は言った。

「前のマスターから引き継いだ」
「新しい……マスター……」

 ラハムがうつむく。

 ぞくり。
 背筋が急に寒くなった。

 なんだ?
 ラハムの様子がおかしい──?

「──認めない」

 ゆっくりと顔を上げるラハム。

「えっ?」
「あたしのマスターは『魔導公女』様ただ一人! それ以外のマスターは認めない! ゆえに君を──」

 爛々と輝く瞳が俺を見据える。

 強烈な、殺意を伴って。

「消去──する」