.6 始まる崩壊


 SIDE ラスター


「くそっ、Aランクに降格かよ!」

 ラスターは荒れていた。

 今日は冒険者ギルドにおける個人ランクとパーティランク更新日だった。
 ラスターたちの個人ランクはそのままだが、彼らのパーティ『祝福の翼』は今期の実績により、SランクからAランクへと降格したのだ。

「この間から荒れすぎですよ、ラスター」

 女魔法使いのシンシアがたしなめた。

「落ちてしまったものは仕方ありません。またSランクを目指せばいいじゃないですか」
「簡単に言うなよ! Sランクに上がるために、俺がどれだけ苦労したか分かってるのか!」
「苦労したのは、私だって同じです!」

 穏やかな気性のシンシアが珍しく怒声を上げた。

「くそっ、面白くねえ!」

 隣では重戦士ブレッドが叫んでいる。

「あーあ……ノルバくん、早く連絡くれないかなー」

 女盗賊メアリがぽつりとつぶやいた。

(ノルバだと?)

 ラスターが顔をこわばらせた。

 Sランク冒険者ノルバ。
 それはメアリのかつての恋人である。

 ノルバに捨てられたメアリを慰めるうちに、ラスターは彼女と付き合うようになったのだ。
 だが、ノルバは冒険者としての強さも、家柄も、人望も──すべてにおいてラスターを上回っている。

 彼の存在はラスターにとって、劣等感を呼び覚ますものでしかなかった。

 その名前を、メアリがあからさまに口にしたことで、心が激しくざわつく。

(まさか、あいつと連絡を取っているのか!? 俺を捨てて、ノルバのところに戻るつもりか!)

 苛立ちと嫉妬心を抑えきれない。

「だって、あんた……甲斐性ないし」

 メアリが、ぺっ、と唾を吐き捨てた。
「ノルバの方が数段いい男だよ」
「てめえ!」

 ラスターは怒号を上げてメアリに詰め寄る。

「お、おい、やめろよ」
「二人とも落ち着いてください」

 さすがに慌てたのか、ブレッドとシンシアが割って入る。
 パーティの空気は日に日に荒れる一方だった。

 すべての歯車がかみ合わず、空回りしている……そんな感覚。



 ──かつてのSランクパーティ『祝福の翼』の崩壊は、すでに始まっていた。
.7 昇進のお祝い


「それでは、あらためて」

 俺はこほんと咳ばらいをひとつ。

「Eランク昇格、おめでとう!」
「わーい、おめでとう!」
「よかったですの!」

 俺とティア、キシャルの三人はちょっとした祝宴を開いていた。

 場所は、定宿である『希望の旅路』亭の一階にある酒場である。
 テーブルには豪勢な料理や酒。

『オリハルコンゴーレム』討伐やその後のクエスト達成で、金にはけっこうな余裕があるため、思いきって今日は奮発してみたのだ。

「今日はお金のことは気にせず、美味しいものをいっぱい食べよう」
「わーい」

 無邪気に喜ぶティア。

「今までのクエストで随分と稼いだのでしょう? そこまで倹約しなくても大丈夫な気がしますの」

 と、これはキシャル。

「うーん……冒険者稼業は装備関係なんかでそれなりの金がかかるからな。特に難易度の高いクエストになればなるほど、必要装備は高額になってくるし」

 俺は彼女に説明した。

「いくら大金を稼いだからって、無計画に使っているとすぐなくなってしまう」
「なるほど……分かりましたの」
「ただ、今日は思いっきり楽しもう」
「ですの!」

 キシャルもにっこり笑顔になった。

「かんぱーい」

 酒宴スタートだ。

「あっという間の昇格だったねー」
「前の俺なら、とても無理だったな……」

 俺はしみじみとつぶやく。

 実際、補助魔法だけはそこそこ自信があるけど、攻撃魔法がからっきしの俺では、パーティのメイン戦力にはなれない。
 俺は、あくまでもメインの戦力をサポートする役回りなのだ。

 それが『大賢者の魔導書』を得たことで劇的に変わった。

「ありがとう、ティア、キシャル」

 俺はあらためて二人に礼を言う。

 いや、もう一人──。

「それにエアも。感謝してる」

 俺はティアがつけているペンダントに視線を向けた。

 以前に『オリハルコンゴーレム』との戦いで破損したペンダントだ。
 実は、これがエアの『休眠形態』だという。
 つまり、この中にエアの本体が眠っているわけだ。

 俺が規定量の魔力をエアに注げば、彼女は使い魔形態として起動できるのだという。
 ただ、それにはキシャルのときよりもかなり大量の魔力が必要らしい。
 一から九までの魔導書は、使い魔形態を起動するための必要魔力量にかなりの差があるということだった。

「直接、礼が言えたらいいんだけどな。エアはまだ使い魔モードでは起動できないんだよな……」
「話すだけなら、できる」

 突然、声が響いた。

「あれ、エア?」
「エアさん!」

 ティアが首をかしげ、キシャルが声を上げる。

「ち、ちょっと、声を出せるなら出せるって言ってよ。もう……懐かしい~!」
「声だけでも聞かせていただけるのは、嬉しいですの」

 ティアとキシャルがそろって笑顔になった。

 俺には、初めて聞くエアの声だ。

「ええと、初めまして……になるのかな? 俺はアルス・ヴァイセ」
「知ってる……」

 どことなく気だるげな様子のエア。
 もしかして、調子が悪いんだろうか?

「エアはこれが素の調子だよ」

 俺の心配を感じ取ったように、ティアが言った。

「今はまだ俺の魔力が足りないけど……いずれ必ず、君も使い魔モードで起動できるようにするよ。待っていてほしい」

 俺はエアに呼びかけた。

「だね。私もがんばる」
「私もですの」

 ティアとキシャルがそろって言った。

「……あたしは、いい。別に」

 が、エアの返事はいかにも面倒くさそうな調子だった。

「休眠形態のほうが楽。ここから出たくない。陽の光を浴びたくない。ぐだぐだしたい」

 怠惰なセリフの連発だった。

 ティアやキシャルとは、ずいぶん性格が違うらしい。
 うーん……どうしたものか。

「でも……」

 エアがぽつりとつぶやく。

「ティアやキシャル、他のみんなにも……会ってみたい」

 そっか、心の芯の部分にはそういう気持ちがあるんだよな。

「じゃあ、もう少しだけ待っていてくれ。俺はもっと強くなるから」

 魔力を上げて、君も使い魔として呼び出してみせる──。
.8 魔力急上昇1



 前回の古城探索クエストで多くのモンスターを討ち、俺は新たな魔法を一気に何十種類も覚えていた。

 攻撃魔法はもちろん、防御や移動、補助に状態異常など──。
 おかげで、魔法戦闘において飛躍的に戦術パターンが増えていた。

「今回の討伐クエストはワイバーンが相手だ。空にそれらしき影が見えたら、教えてくれ」

 荒野を進みながら、俺はティアとキシャルに言った。

 たいていの攻撃はキシャルの【自動魔法結界】で防ぐことができる。
 ただし、この魔法は稼働時間が決まっている。
 現状だと、連続稼働は約十分。

 俺の魔力量や魔法使いとしての根本的なレベルが上がれば、もっと時間が長くなるそうだが……。

 討伐対象であるワイバーンが現れる前にこの魔法を発動した場合、実際にワイバーンと遭遇するころには稼働限界時間を過ぎている……というオチになりかねない。

「【索敵・視力強化】」
「【索敵・反応加速】」

 俺は索敵系の魔法を二種類発動し、ワイバーンの襲撃に備える。
 備えつつ、移動を続ける。

 ワイバーンの巣があるのは、この先の岩山である。
 ただ、そこに向かう途中にワイバーンから襲われる可能性もあるため、警戒は怠らない。

 しばらく進むと、

「──! 羽ばたきの音が聞こえる。かすかだけど──上空、十時の方向!」

 ティアが警告した。

 彼女は聴力に優れている。
 猫耳は伊達ではないのだ。

「──あれか」

 強化された視力で上空を見上げると、豆粒ほどの影を発見した。

 さらに対象映像を拡大。
 目を凝らすと、それがワイバーンだと分かる。

「距離が遠いな。【フラッシュボム】や【ホーミングボム】あたりの爆撃系魔法じゃ届かないか」

 ──遠距離攻撃系魔法を検索。
 と、念じる。

【ゼピュロスアロー】……風属性魔法。風圧の矢を放ち、対象を貫く。射程距離A。
【オーラレイン】……光属性魔法。輝く雨を降らせ、範囲攻撃。射程距離A。
【フレイムランチャー】……炎属性魔法。火球を打ち出して攻撃。射程距離B+。

 射程距離の長い手持ち魔法の情報が、頭の中に浮かび上がってきた。

 この現象は【全属性魔法習得】の副次効果だ。
 習得した魔法が、念じるだけで整理された情報が頭の中に浮かび上がる。
 おそらく魔導書によるサポート機能のようなものだろう。

 これから先、何十何百と魔法を覚えていった場合、それを全部記憶するのはほぼ不可能だ。
 念じるだけで、その場に最適な呪文一覧が頭の中に浮かび上がる、というのは重宝する機能だった。

「【ゼピュロスアロー】!」

 俺は射程範囲の長い風の矢を放った。

 どんっ!

 狙いあやまたず、ワイバーンの翼を撃ち抜く。
 墜落してきたワイバーンに、

「【影の魔弾】!」

 今度は破壊力が高い魔族固有魔法を撃ちこんだ。

 爆光──。
 ワイバーンは黒焦げになった地面に落下し、そのまま動かなくなった。

 Aランクモンスターで飛行能力に優れた難敵ワイバーンも、楽々討伐である。
.9 魔力急上昇2


『戦闘終了により【魔力無限成長】の効果が発動されます』
『マスターの魔力総量が上昇しました』
『マスターの魔法耐性が上昇しました』
『マスターの魔力収束速度が上昇しました』

『続いて──戦闘終了により【全属性魔法習得】の効果が発動されます』
『「ワイバーン」の所持魔法「ウィンドエッジ・レベル4」を習得しました』
『「ワイバーン」の所持魔法「トルネード・レベル2」を習得しました』

 ワイバーンから取得できたのは風系統の魔法のようだ。
 前者は風の刃を生み出し、後者は竜巻で敵を攻撃する魔法である。

 また手持ちの呪文が増えたし、魔力そのものも底上げされた。
 こうやって地道に積み上げていくんだ。

 いずれ『大賢者の洞窟』に挑むために。



 次のクエストも討伐系を選んだ。

 相手はB+ランクモンスターの『ダークメイジ』。
 アンデッド系のモンスターで、魔法攻撃を主体とするタイプだ。

「魔法勝負なら負けない──いくぞ、ティア、キシャル」

 俺は二人を魔導書状態にして、左手に重ねて持った。

「【ブラッドカース】!」

 敵が呪いの呪文を放つ。

「無駄だ!」

 それを第六の魔導書(キシャル)の固有魔法である【自動魔法結界】で防ぎつつ、攻撃呪文を唱える。

「【ホーリィブラスト】!」

 中級の浄化呪文である。
 あいにく俺は上級の浄化呪文を習得していなかった。

 アンデッド系には、通常の魔法が効きにくい。
 浄化系を連打するのが、俺の手持ち呪文から考えると一番手っ取り早そうだ。

「ぐおおっ、お……の……れ……!」

【ホーリィブラスト】でダメージを受けつつも、反撃の魔法を撃ってくる『ダークメイジ』。
 さっきよりも強力な呪文のようだが、それも【自動魔法結界】には通じない。

「今度は俺の番だ──」

 ……そして、互いに魔法の撃ち合いで、俺が何発目かの【ホーリィブラスト】を食らわせると、

「ぐおおおおおおおおおおおおおっ……」

『ダークメイジ』はあえなく消滅した。

『戦闘終了により【魔力無限成長】の効果が発動されます』

 例によってパワーアップ。
 俺はさらに魔力を上げ、新たな魔法を習得する。



 ──こんな感じで、俺は連日のように討伐クエストをこなした。

 一週間で俺の魔力はかなり上がったはずだ。
 以前の魔力を100として、たぶん150か200近くにはなっている。

「そろそろ、一度試してみるか」

 俺はその日のクエストを終え、『希望の旅路』亭に戻ってきた。

「試す?」
「何をですの?」

 たずねるティアとキシャル。

「エアの使い魔モード起動を、な」

 俺はにっこりと答えた。
.10 エア

「じゃあ、さっそく始めよう」

 俺はティア、キシャルとともに自室に戻った。

 もともとは二人用の部屋だし、エアを使い魔モードにできた場合、ちょっと狭くなるな……。
 近いうちに部屋を移った方がいいかもしれない。

 ただ、それはエアの使い魔モード起動がうまくいってからの話だ。

「ティア、頼む」
「りょーかいっ」

 俺の求めに応じて、彼女が魔導書に変化する。

 ボウッ……!

 それを手に取り、俺の魔力が爆発的に増大した。
 周囲に魔力のオーラがほとばしっている。

「あれ? 今まではこんな現象なかったような……」
「それだけアルスの魔力が上がった、っていうことだよ」

 魔導書からティアの声が響く。

「可視化できるほどの魔力オーラ……すごいですの」

 キシャルが微笑んだ。

「短期間でよくぞここまで──」
「ほんと、成長度だけなら『魔導公女』様以上かもしれないね」

 と、ティア。

「さ、さすがにほめすぎだよ」

 ちょっと照れてしまう。
 比較対象が伝説の大賢者だからな。

 俺はもともと二流の魔法使いに過ぎない。
 あくまでもティアたちの力を借りて、今の魔法能力を行使しているにすぎない。

 そこはキチンとわきまえているつもりだ。

「魔力がそれだけ上がったなら、エアの起動もできるかな?」
「うーん……エアはかなり魔力食いだからねー」

 ティアが言った。

「私たち魔導書シリーズ九人の中でも、一、二を争う大食ですの」

 と、キシャル。

「じゃあ、そのエアに満足してもらえるように大量の魔力を食わせてやる──」

 俺は魔力を解放した。

 高まれ、もっと高まれ。

 そして、エアに届け──!



「ふあっ……?」



 気の抜けたような声とともに、俺の前に小柄な人影が現れた。

 ふわふわと緩くウェーブした青い髪に気だるげな表情を浮かべた美少女だ。
 身に着けているのは、魔女を思わせる黒いローブ。
 ただしサイズが合っていないのか、ダボダボである。

「君がエアか?」
「んー……あれ? あたし、実体化してる~」

 寝ぼけ眼をこする彼女。

「エア、久しぶり!」
「エアさん、またお会いできて嬉しいですの!」

 ティアとキシャルが左右から彼女に抱き着いた。

「んん……ティアとキシャル……」

 きょとんとしつつ、エアも目を細めて嬉しそうな顔をしていた。

「よかったな、みんな」

 三人の再会を、俺は少し離れた場所で見守ることにした。



「あらためて、よろしくな。エア」
「んー……どーも」

 エアは面倒くさそうに言った。
 見た目通り、怠惰な女の子らしい。

「これで三人とも使い魔モードにできたわけだ」

 俺は満足して彼女たちを見回した。

「ありがと、アルス」
「感謝しますの」

 ティアとキシャルが微笑んだ。

「……あたしはもっと……寝てたい……」

 エアが床にころんと転がる。

「すぴー……」

 あ、本当に寝た!
.11 序章の終わり1


「すぴぴぴぴぴぴぴ……」

 エアは気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「うーん……?」

 ティアが首をかしげる。

「どうした、ティア?」
「もしかして、魔力が足りないのかも」
「えっ」
「魔力をもっと注いだ方がいいかもしれない」
「魔力を……」
「エアはね、使い魔モードを起動するときだけじゃなくて、この姿で活動を続けるときにも魔力をかなり消費するんだよ」

 と、ティア。

「アルスの魔力はかなり上がったけど、それでもまだ足りないのかもしれない」
「そうなのか……」

 俺は意識して魔力を高める。
 それをエアの中に移すイメージ──。

「ん……? んんんっ……?」

 いきなり上体を起こすエア。

「ふおお……ちょっとしゃっきりしてきた……気持ちいい」

 トロンとした笑顔で俺を見つめる。
 魔力を分け与えると、エアにとっては快感が生じるらしい。

「お礼にいいこと教える」
「いいこと?」
「あたしを使い魔形態で具現化しておくと……」
「具現化しておくと?」

 なんだろう。

「んー……やっぱ説明するのめんどくさい」
「いやいやいや」

 そこでやめられると、よけいに気になる!

「ねえ、エア。教えてあげなよ」
「ですの」

 ティアとキシャルがうながす。

「ん……【全属性魔法習得】の効果がアップする……」
「効果アップ?」
「本来より高いレベルで習得したり、本来よりランクが高い魔法を習得したり。いろいろ」

 エアは胸を張った。

「あたし、有能」
「ああ、すごいぞ、エア」

 俺はにっこりと彼女の頭を撫でてやった。
 エアは嬉しそうに目を細め。

「あたし、やればできる子」
「俺たちは他の魔導書を全部そろえるためにがんばってるんだ。エアもよかったら力を貸してくれないか」
「んー……がんばるのは苦手。怠けるのは得意」

 言うなりベッドに寝そべり、毛布にくるまるエア。

「ふわぁ……すぴぴぴ」

 あくびしつつ、幸せそうに眠っている。

「また、寝た!」
「エアらしいね」
「ですの」

 ティアとキシャルが苦笑していた。

 まあ、ともかくこれで三人の使い魔モードを起動することができた。

【魔力無限成長】
【自動魔法結界】
【全属性魔法習得】

 彼女たちの力を借りて、俺はもっと強くなるぞ──。
.12 序章の終わり2


 遠く離れた、某所。

「強大な魔力の反応があった……」

 神殿の中で、男がつぶやいた。
 玉座に深く腰掛け、その威風はまるで王のようだ。

「懐かしいぞ、この気配……『魔導公女』によく似ておる」
「主の仇敵ですね」
「主を『殺した』憎き女」
「許しがたい」

 周囲からいくつもの声がする。
 いずれも、彼の使い魔たちだった。

「かつての因縁など忘れよ。私と『魔導公女』の死闘も、今となってはよき思い出よ」

 男は微笑んだ。

 その身から強大な魔力のオーラが湧き上がる。
 Sランクの魔法使いですら足元にも及ばない、圧倒的な魔力──。

 それも当然だ。

 彼は現代よりもはるかに魔法文明が発達していた、古の賢者の一人なのだから。

「そう、かの者は強くなる。いずれは、今よりもはるかに──魔力の波動を感じれば分かる」

 歓喜が、抑えきれない。

「かつての大戦で古の賢者はほとんどが滅んだ。今の世に残っているのは、レベルの低い新世代の魔法使いのみ──そう諦めていたのだが、な」

 よもや、古の賢者の遺産を引き継ぐ者が現れるとは……。

 血がたぎる。
 彼は、使い魔たちを見回した。

「会いに行かねばなるまい。我が仇敵の力を継ぐ者に」

 男の瞳が爛々と輝く。
 瞳の中に魔法陣が浮かび上がった。

「アルス・ヴァイセに」

    ※

 遠く離れた、別の某所。

「これが──伝説の大賢者『魔導公女』が残した遺跡……」
「やっとたどり着けたね、お姉ちゃん」
「このまま奥まで進むわよ。進むわよ」

 姉妹はまっすぐに歩いていく。
 幾多の罠や魔物との戦いを乗り越え、二人は傷だらけだ。

 それでも進む。

 やがてたどり着いた遺跡の最奥に、紫色の輝きがあふれていた。

「見つけた……!」
「お姉ちゃん、あれが大賢者の魔導書なの……!?」
「間違いないよ、間違いない」

 光は収束し、一人の少女の姿を形作る。

「あら? 君たちがあたしを解放してくれるの?」

 彼女は、クールな口調で告げた。

「この『第八の魔導書(ラハム)』を」



 そして──九つの魔導書と古の賢者たちの物語が、幕を開ける。