.1 大賢者の洞窟
俺たちは今後の方針について、具体的に詰めていた。
「大賢者の魔導書で、行方が分かっているものはあるのか?」
「かつての大戦で、まず九冊中の三冊──『第二』『第五』『第九』が失われましたの。見知らぬ土地へと吹き飛ばされたのか、あるいは異空間に放逐されたのか──まったく分かりませんの」
と、キシャル。
「あとの三冊は?」
「そちらは居場所が分かっていますの」
キシャルが言った。
「じゃあ、取りに行こう。場所はどこだ?」
意外と簡単に三冊分が見つかるんじゃないか?
俺は期待を込めてたずねる。
「場所はここから遠く離れた異国のダンジョン。大賢者『魔導公女』様が建造した、最強の魔導防衛施設──」
キシャルが厳かに告げた。
「その名も『大賢者の洞窟』ですの」
「そのまんまだな」
「マスター……いえ、前マスターの『魔導公女』様は面倒くさがりなので、ネーミングはだいたい適当ですの」
と、キシャル。
「ダンジョンを踏破すれば、三人と再会できる可能性が高いんだな?」
「ですが、Sランクパーティしか挑めないですの」
俺の問いにキシャルが答えた。
冒険者ギルドの基本規定で、モンスター討伐系のクエストは個人ランク次第で、格上のクエストに挑むことができるんだけど、ダンジョンや遺跡などの探索系のクエストはパーティランクが高くないと挑むことができない。
俺たちはパーティを結成したばかりで、ランクは最低のFだ。
まずパーティランクを上げていかないと、そのダンジョンに挑むのは難しいかもしれない。
このあと、ギルドに行って調べてみよう。
「あるいは……ラスターたちのところに戻る、とか」
彼らはSランクパーティだから、『大賢者の洞窟』に挑むこともできるかもしれない。
……まあ、ちょっと色々あったから、戻りづらいけど。
「駄目だよ。アルスはあんな仕打ちをされたんだし」
と、ティア。
「けど、元のパーティに戻れば、その方が近道かもしれない。俺は我慢すればいいんだし。彼らに頭を下げて──」
「駄目!」
ティアが重ねて言った。
「私たちのためにアルスが苦しい思いをするのは、嫌」
「ティア……」
「絶対に、嫌」
ティアが涙ぐんでいた。
「第一、彼らの実力では踏破は難しいと思いますの」
キシャルが言った。
「どういうことだ?」
「『大賢者の洞窟』は現代まで踏破者ゼロの最難関ダンジョンですの。Aランクへの降格ライン上にいるようなパーティでは、到底通用しませんの」
「最難関ダンジョン……」
うなる俺。
「じゃあ、俺たちだって踏破するのは厳しいんじゃないのか?」
「アルス様には大いなる成長の余地がありますの。【魔力無限成長】と【全属性魔法習得】この二種の魔導書を駆使し、大賢者としての力を完成させれば──踏破は決して不可能ではありませんの」
キシャルが言った。
「分かった。じゃあ、方針決定だ」
俺は二人に宣言する。
「俺はもっと強くなる」
もっと、もっと強くなる──。
「そして『大賢者の洞窟』を必ず踏破してみせる──だから、二人とも。それにエアも。俺に力を貸してほしい」
「もちろんだよ」
「承知しましたの」
ティアとキシャルがうなずく。
エアにも──聞こえているだろうか、俺たちの言葉が。
「みんなで、がんばろう」
.2 パーティの名は
「まずはキシャルの使い魔登録だ」
宿から冒険者ギルド支部に向かう途中、俺はティアとキシャルに言った。
「それから、パーティの正式名称を決めないか?」
「そういえば、まだ決めてなかったよねー」
「何か案はありますの、アルス様?」
ティアとキシャルが言った。
「そうだな……」
実はちょっと前から、考えていたパーティ名候補がある。
「『天翼の杖』で、どうかな?」
「それって──」
ティアとキシャルが同時に息を呑んだ。
『天翼の杖』。
かつて大賢者『魔導公女』が使ったという特S級の魔法の杖だ。
少し前に、俺はティアからその名を聞いていた。
それを俺たちのパーティ名にしたのは、他の魔導書たちへのちょっとしたアピールである。
今はまだ結成したてで無名だけれど──。
いずれ、俺たちのパーティ名が有名になってくれば、魔導書たちにまで伝わるかもしれない。
まあ、魔導書は休眠状態の可能性もあるし、パーティ名を『魔導公女』にちなんだものにしたところで、他の魔導書たちを呼び寄せる決定打にはならないだろうけど……。
「嬉しいよ。『魔導公女』様にゆかりのあるものをパーティ名にしてもらって」
「ですの。別れ別れになったみなさんとのつながりが感じられますの」
ティアとキシャルは笑顔だった。
うん、彼女たちが喜んでくれているだけで、このパーティ名にした甲斐はあったかもしれない。
俺たちはギルドでキシャルの使い魔登録と、パーティの正式名称の申請をした。
「じゃあ、新しいクエストを探しに行こう」
と、クエスト受注用の窓口に行く。
応対をしてくれるのは、例によって知的美人のポーラさんである。
「あら? メンバーが増えたんですか?」
ポーラさんが軽く眉根を寄せた。
あれ?
なんか機嫌が悪くなったような……?
「その、使い魔なんです。二人とも」
俺はポーラさんに説明した。
「可愛い子ばかり……ぶつぶつ……」
「えっ?」
思わず聞き返す俺。
その背後で、
「ポーラさん、ちょっと怖いよ」
「敵意と嫉妬を感じますの。もしかして、この方はアルス様のことを……」
ティアとキシャルが少し憮然とした様子だ。
「あ、やだ、なんでもないです……」
ポーラさんがようやく普通に戻った。
「……私だって負けない」
よく分からない台詞をつぶやきながら。
?????
俺の頭の中が?マークで埋め尽くされる。
まあ、いいか。
俺は気を取り直して、ポーラさんにクエストのことを聞く。
「なるべく魔力の高い敵がいそうなクエストをお願いします」
そう、俺には敵との戦闘時に己の魔力を成長させる魔導書魔法──【魔力無限成長】がある。
ティアに聞いたところ、敵の魔力が高ければ高いほど、戦闘後に生じる俺の魔力強化もより効果の高いものになるんだという。
成長させてやる。
俺自身の力を。
そして、いずれ来るであろう『大賢者の洞窟』挑戦のための地力をつけていくんだ──。
.3 特例申請
「魔力の高い敵……ですか?」
ポーラさんがたずねる。
「その、言うまでもありませんが……魔力が高いということは、それだけ強力な敵だということです。危険ですよ」
「分かってます」
うなずく俺。
「ちょっと事情があって。なるべく強い敵を相手に、自分の力を磨きたいんです」
「自分の、力を……」
「まあ、あんまり相手が強すぎると殺されるかもしれないので、『手ごわいけど、なんとか勝てる』くらいの相手がベストですね。はは」
ちょっと都合のいいリクエストだろうか。
「そうですね……ちょっと探してきます」
ポーラさんは席を立った。
「しばらくお待ちくださいね」
と、バックヤードに行ってしまった。
「なんだか、気が乗らなさそうだな」
「アルスのことを心配してるんだよ、きっと」
と、ティア。
「恋する女のオーラを感じた気がしますの」
と、これはキシャル。
「恋する、って……」
俺は思わず苦笑した。
俺とポーラさんは一冒険者と受付嬢という関係にすぎない。
それ以上でも以下でもない付き合いだったはずだ。
「どうかなー……?」
ティアはジト目で俺を見ていた。
「な、なんだよ?」
「……別に」
「ふふ、ティアさんはヤキモチを焼いていますの」
「ち、違うよっ!? あ、いえ、ちが……わない……かも……じゃなくって!」
「ふふふふふふふ」
キシャルは妙に嬉しそうだ。
「も、もう、キシャルったらー!」
ティアが真っ赤な顔で悲鳴を上げる。
なんだか微笑ましい二人だった。
「では、このクエストはどうでしょう?」
しばらくしてポーラさんが戻ってきた。
提示されたクエストは──とある古城の探索。
もともとは没落貴族が所有する城だったが、百年ほど前に代が絶え、今は無人の城となっていた。
その貴族の遠縁が相続者だが、城の内部にモンスターが巣くっていて近づけないそうだ。
城の内部には、さまざまな財宝が蓄えられているらしく、その回収とモンスター退治が相続者の望み。
まずは、そのために最上階まで安全ルートを確保することがクエスト内容だ。
「モンスターは異界から突然侵入したといわれています。かなり魔力が高い個体もいるとか」
と、ポーラさん。
「依頼の難易度はA。本来ならアルスさんのパーティランクでは挑めませんが……前回と同じく特例で挑戦できるかもしれません」
「特例、ですか」
「以前にAランクの『オリハルコンゴーレム』十体を撃破し、難関ダンジョンを踏破したこと。さらに先日は中級魔族を討伐しています。これらの実績による特例ですね」
「じゃあ、その特例申請をお願いできますか」
俺はポーラさんに頼んだ。
申請が通ったら──次のクエストは、古城探索だ。
.4 古城探索1
ラグシェット城──。
王国辺境にあるこの古城に俺たちはやって来た。
周囲には森林。
人けがまったくない場所に、巨大な城がたたずんでいる。
「じゃあ、行くか」
「だね」
「ですの」
俺たちはうなずき合い、古城に入った。
「あれ? 意外と綺麗だな」
よく見ると、内装に魔法処理がしてある。
内部を清浄に保つ効果があるようだ。
と、そのとき──。
「誰かいるの?」
と、遠くから声がした。
数人の集団が歩いてくる。
どうやら冒険者らしい。
「なるほどね、あんたたちもここの探索クエストに来たわけ?」
リーダーらしい女魔法使いが鼻を鳴らした。
年齢は二十歳前後だろうか。
燃えるような赤い髪をポニーテールにした美人だ。
いかにも勝気そうなツリ目で俺たちをにらんでいる。
「悪いけど、ここはあたしたち『黒薔薇の剣』が先に探索を始めたの。邪魔したら承知しないわよ」
「マチルダさんの言う通りだ」
「俺たちはAランクパーティだぞ。お前らは遠慮してどっかに行けよ」
マチルダの仲間たち──いずれも二十代前半くらいの青年騎士──が小馬鹿にしたように言った。
偉そうな連中だ。
正直、気分はよくない。
「あんたたちのパーティランクはいくつ?」
「……Fだ」
「は? F? なんでそんな弱っちいのが、この城に来るのよ!?」
マチルダが目を丸くした。
「危険だから、あんたたちは帰りなさい。ったく、なんでギルドはそんなパーティに探索許可を出したのよ……」
「俺たちは特例申請で許可をもらったんだ」
答える俺。
「特例……」
マチルダが俺をじっと見た。
「もしかして、あんたたちの誰かが個人ランクがすごく高いの? 見たところ、魔法使いと使い魔二人という感じだけど、そこまで強い魔力は感じないわね……」
怪訝そうなマチルダ。
まあ、俺の場合は、普段は本来の魔力のままで、『第一の魔導書』を起動した段階で、はじめて魔力が大幅にアップするからな。
「まさか、何か不正な手段でも使ったんじゃないでしょうね……?」
ジト目になるマチルダ。
まあ、Fランクパーティがこの城に挑むって聞いたら、普通はそういう反応になるかもしれない……。
「ちゃんと正当な審査を経てるよ」
「むう……まあ、とにかく、あたしたちの邪魔はしないで。この城に巣くうモンスターは魔力補正を受けて、通常より強力になっているの。半端な者では怪我じゃすまないわよ」
マチルダが俺たちをにらんだ。
「いい? 危険だからね」
「もしかして、俺たちを心配してくれてるのか?」
性格はちょっと激しそうだけど、意外と優しい子なのかもしれない。
「っ……! べ、別に優しくなんてないしっ! 心配なんてしてないしっ!」
マチルダは慌てたように言って、仲間たちとともに足早に去っていった。
「もう、なんなんだろ、あいつっ」
ティアが怒っている。
「アルス様を見下すのは、気分がよくありませんの」
キシャルも不機嫌そうだ。
「まあまあ、心配して言ってくれたんじゃないかな? そう指摘したら、なんか照れてたみたいだし」
俺は二人をなだめる。
「そうかもしれないけど……」
「アルスは優しい」
ティアとキシャルはまだ不満気だ。
「ともかく、俺たちは俺たちで先に進もう」
城のあちこちにモンスターがいた。
いずれもBからCランクくらいで、1体ずつならそこまで強くないけど、集団だったり、不意打ちでこられると、それなりの脅威だ。
俺は得意の補助魔法系でモンスターの位置を確実に把握、見つけ次第、高ランクの攻撃魔法で打ち倒していった。
先日、中級魔族ミルヴァムを倒して、魔族固有魔法を得たおかげで、ほとんどモンスターを一撃で倒すことができた。
そして、俺たちは城の第8フロア──最上階まであと2フロアというところまで到着した。
.5 古城探索2
「きゃぁぁぁぁぁぁっ……!」
ふいに悲鳴が聞こえてきた。
「あの声は──マチルダか!?」
俺は駆け出した。
「あ、ちょっと、アルス」
「助けに行くぞ!」
俺たちは声がするほうに駆けていく。
けど、これじゃ間に合わないかもしれない。
「そうだ──『ホーミングボム』!」
自動追尾魔法を前方に放った。
これなら、魔法が勝手に敵を倒してくれるかもしれない。
爆音が響く。
続いて、モンスターの苦鳴らしき声が聞こえた。
「仕留めたか?」
俺たちはさらに走った。
「な、何……これ……!?」
マチルダが腰を抜かしていた。
他のメンバーも同じ状態だ。
周囲には、金色の鎧の残骸が散らばっていた。
以前にも戦った『ゴールデンリビングメイル』である。
残骸から推測すると、全部で七体ほど。
そのすべてが、俺の『ホーミングボム』で粉々になったようだ。
「大丈夫だったか、マチルダ」
声をかける俺。
「あ、あんた……何者なの……!?」
マチルダが腰を抜かしたままたずねた。
「俺たちは『天翼の杖』」
俺は彼女たちに告げた。
「新興のFランクパーティだ」
「Fランクパーティ……?」
「う、嘘だろ、『ゴールデンリビングメイル』7体を一瞬で片づけるなんて……」
「下手すりゃSランクパーティ並みの戦力だぞ……」
マチルダの仲間たち──いずれも二十代前半くらいの青年騎士だ──が呆然とした顔で俺を見ている。
「信じられない──Aランク魔法使いのあたしだって、『ゴールデンリビングメイル』1体や2体ならともかく、7体同時なんて無理よ……」
マチルダが目を丸くしている。
「先に行かせてもらってもいいか? この城のモンスターはけっこう手ごわそうだ」
俺はマチルダたちに言った。
まだこの先に2つのフロアがある。
もっと強いモンスターが控えている可能性が高い。
俺が先行して、そいつらを薙ぎ払った方がいいだろう。
……といっても、プライドが高そうなマチルダが許してくれるかどうか。
「分かったわ。悔しいけど、あんたの方がはるかに強い」
が、マチルダは思いのほかあっさりと認めてくれた。
「……不遜な態度を取ってごめんなさい」
「いいよ、そんな……」
「あたしたちはあんたの後方を守る形で進むわ。あんたなら一人で問題ないかもしれないけど、背後からの不意打ちに備えて、少しはサポートできるかも」
「助かる」
というわけで、俺たちはマチルダたちのパーティと連携して、その先を進んだ。
──その後も俺は出てくるモンスターを次々に撃ち倒していった。
特に危険そうな場所は念入りにモンスターがいるかどうかを確かめ、退治しておく。
やがて、最上階に到着した。
ここに来るまでの安全なルートは確保したし、とりあえずはクエスト達成かな。
「援護ありがとう、マチルダ。それに君たちも」
俺はマチルダのパーティに礼を言った。
「礼を言うのは、あたしたちの方よ。命を助けてもらった」
「馬鹿にしたようなことを言ってすまなかった」
青年騎士たちがいっせいに頭を下げた。
最初に比べて、随分と素直な態度になったな……。
「協力して達成したし、ギルドへの報告も一緒にした方がいいな」
「……あたしたちはほとんど役に立ってないわ。報告はあんたたちだけで」
と、マチルダ。
「いや、全員で達成したんだから、報酬も実績も全員のものだ」
俺は彼女に首を振った。
「みんなで行こう」
にっこりと誘った。
──一週間後、冒険者の個人ランクとパーティランクの更新の日。
俺たち『天翼の杖』は晴れてFからEランクへと昇格した。
最底辺、脱出だ。
俺たちは今後の方針について、具体的に詰めていた。
「大賢者の魔導書で、行方が分かっているものはあるのか?」
「かつての大戦で、まず九冊中の三冊──『第二』『第五』『第九』が失われましたの。見知らぬ土地へと吹き飛ばされたのか、あるいは異空間に放逐されたのか──まったく分かりませんの」
と、キシャル。
「あとの三冊は?」
「そちらは居場所が分かっていますの」
キシャルが言った。
「じゃあ、取りに行こう。場所はどこだ?」
意外と簡単に三冊分が見つかるんじゃないか?
俺は期待を込めてたずねる。
「場所はここから遠く離れた異国のダンジョン。大賢者『魔導公女』様が建造した、最強の魔導防衛施設──」
キシャルが厳かに告げた。
「その名も『大賢者の洞窟』ですの」
「そのまんまだな」
「マスター……いえ、前マスターの『魔導公女』様は面倒くさがりなので、ネーミングはだいたい適当ですの」
と、キシャル。
「ダンジョンを踏破すれば、三人と再会できる可能性が高いんだな?」
「ですが、Sランクパーティしか挑めないですの」
俺の問いにキシャルが答えた。
冒険者ギルドの基本規定で、モンスター討伐系のクエストは個人ランク次第で、格上のクエストに挑むことができるんだけど、ダンジョンや遺跡などの探索系のクエストはパーティランクが高くないと挑むことができない。
俺たちはパーティを結成したばかりで、ランクは最低のFだ。
まずパーティランクを上げていかないと、そのダンジョンに挑むのは難しいかもしれない。
このあと、ギルドに行って調べてみよう。
「あるいは……ラスターたちのところに戻る、とか」
彼らはSランクパーティだから、『大賢者の洞窟』に挑むこともできるかもしれない。
……まあ、ちょっと色々あったから、戻りづらいけど。
「駄目だよ。アルスはあんな仕打ちをされたんだし」
と、ティア。
「けど、元のパーティに戻れば、その方が近道かもしれない。俺は我慢すればいいんだし。彼らに頭を下げて──」
「駄目!」
ティアが重ねて言った。
「私たちのためにアルスが苦しい思いをするのは、嫌」
「ティア……」
「絶対に、嫌」
ティアが涙ぐんでいた。
「第一、彼らの実力では踏破は難しいと思いますの」
キシャルが言った。
「どういうことだ?」
「『大賢者の洞窟』は現代まで踏破者ゼロの最難関ダンジョンですの。Aランクへの降格ライン上にいるようなパーティでは、到底通用しませんの」
「最難関ダンジョン……」
うなる俺。
「じゃあ、俺たちだって踏破するのは厳しいんじゃないのか?」
「アルス様には大いなる成長の余地がありますの。【魔力無限成長】と【全属性魔法習得】この二種の魔導書を駆使し、大賢者としての力を完成させれば──踏破は決して不可能ではありませんの」
キシャルが言った。
「分かった。じゃあ、方針決定だ」
俺は二人に宣言する。
「俺はもっと強くなる」
もっと、もっと強くなる──。
「そして『大賢者の洞窟』を必ず踏破してみせる──だから、二人とも。それにエアも。俺に力を貸してほしい」
「もちろんだよ」
「承知しましたの」
ティアとキシャルがうなずく。
エアにも──聞こえているだろうか、俺たちの言葉が。
「みんなで、がんばろう」
.2 パーティの名は
「まずはキシャルの使い魔登録だ」
宿から冒険者ギルド支部に向かう途中、俺はティアとキシャルに言った。
「それから、パーティの正式名称を決めないか?」
「そういえば、まだ決めてなかったよねー」
「何か案はありますの、アルス様?」
ティアとキシャルが言った。
「そうだな……」
実はちょっと前から、考えていたパーティ名候補がある。
「『天翼の杖』で、どうかな?」
「それって──」
ティアとキシャルが同時に息を呑んだ。
『天翼の杖』。
かつて大賢者『魔導公女』が使ったという特S級の魔法の杖だ。
少し前に、俺はティアからその名を聞いていた。
それを俺たちのパーティ名にしたのは、他の魔導書たちへのちょっとしたアピールである。
今はまだ結成したてで無名だけれど──。
いずれ、俺たちのパーティ名が有名になってくれば、魔導書たちにまで伝わるかもしれない。
まあ、魔導書は休眠状態の可能性もあるし、パーティ名を『魔導公女』にちなんだものにしたところで、他の魔導書たちを呼び寄せる決定打にはならないだろうけど……。
「嬉しいよ。『魔導公女』様にゆかりのあるものをパーティ名にしてもらって」
「ですの。別れ別れになったみなさんとのつながりが感じられますの」
ティアとキシャルは笑顔だった。
うん、彼女たちが喜んでくれているだけで、このパーティ名にした甲斐はあったかもしれない。
俺たちはギルドでキシャルの使い魔登録と、パーティの正式名称の申請をした。
「じゃあ、新しいクエストを探しに行こう」
と、クエスト受注用の窓口に行く。
応対をしてくれるのは、例によって知的美人のポーラさんである。
「あら? メンバーが増えたんですか?」
ポーラさんが軽く眉根を寄せた。
あれ?
なんか機嫌が悪くなったような……?
「その、使い魔なんです。二人とも」
俺はポーラさんに説明した。
「可愛い子ばかり……ぶつぶつ……」
「えっ?」
思わず聞き返す俺。
その背後で、
「ポーラさん、ちょっと怖いよ」
「敵意と嫉妬を感じますの。もしかして、この方はアルス様のことを……」
ティアとキシャルが少し憮然とした様子だ。
「あ、やだ、なんでもないです……」
ポーラさんがようやく普通に戻った。
「……私だって負けない」
よく分からない台詞をつぶやきながら。
?????
俺の頭の中が?マークで埋め尽くされる。
まあ、いいか。
俺は気を取り直して、ポーラさんにクエストのことを聞く。
「なるべく魔力の高い敵がいそうなクエストをお願いします」
そう、俺には敵との戦闘時に己の魔力を成長させる魔導書魔法──【魔力無限成長】がある。
ティアに聞いたところ、敵の魔力が高ければ高いほど、戦闘後に生じる俺の魔力強化もより効果の高いものになるんだという。
成長させてやる。
俺自身の力を。
そして、いずれ来るであろう『大賢者の洞窟』挑戦のための地力をつけていくんだ──。
.3 特例申請
「魔力の高い敵……ですか?」
ポーラさんがたずねる。
「その、言うまでもありませんが……魔力が高いということは、それだけ強力な敵だということです。危険ですよ」
「分かってます」
うなずく俺。
「ちょっと事情があって。なるべく強い敵を相手に、自分の力を磨きたいんです」
「自分の、力を……」
「まあ、あんまり相手が強すぎると殺されるかもしれないので、『手ごわいけど、なんとか勝てる』くらいの相手がベストですね。はは」
ちょっと都合のいいリクエストだろうか。
「そうですね……ちょっと探してきます」
ポーラさんは席を立った。
「しばらくお待ちくださいね」
と、バックヤードに行ってしまった。
「なんだか、気が乗らなさそうだな」
「アルスのことを心配してるんだよ、きっと」
と、ティア。
「恋する女のオーラを感じた気がしますの」
と、これはキシャル。
「恋する、って……」
俺は思わず苦笑した。
俺とポーラさんは一冒険者と受付嬢という関係にすぎない。
それ以上でも以下でもない付き合いだったはずだ。
「どうかなー……?」
ティアはジト目で俺を見ていた。
「な、なんだよ?」
「……別に」
「ふふ、ティアさんはヤキモチを焼いていますの」
「ち、違うよっ!? あ、いえ、ちが……わない……かも……じゃなくって!」
「ふふふふふふふ」
キシャルは妙に嬉しそうだ。
「も、もう、キシャルったらー!」
ティアが真っ赤な顔で悲鳴を上げる。
なんだか微笑ましい二人だった。
「では、このクエストはどうでしょう?」
しばらくしてポーラさんが戻ってきた。
提示されたクエストは──とある古城の探索。
もともとは没落貴族が所有する城だったが、百年ほど前に代が絶え、今は無人の城となっていた。
その貴族の遠縁が相続者だが、城の内部にモンスターが巣くっていて近づけないそうだ。
城の内部には、さまざまな財宝が蓄えられているらしく、その回収とモンスター退治が相続者の望み。
まずは、そのために最上階まで安全ルートを確保することがクエスト内容だ。
「モンスターは異界から突然侵入したといわれています。かなり魔力が高い個体もいるとか」
と、ポーラさん。
「依頼の難易度はA。本来ならアルスさんのパーティランクでは挑めませんが……前回と同じく特例で挑戦できるかもしれません」
「特例、ですか」
「以前にAランクの『オリハルコンゴーレム』十体を撃破し、難関ダンジョンを踏破したこと。さらに先日は中級魔族を討伐しています。これらの実績による特例ですね」
「じゃあ、その特例申請をお願いできますか」
俺はポーラさんに頼んだ。
申請が通ったら──次のクエストは、古城探索だ。
.4 古城探索1
ラグシェット城──。
王国辺境にあるこの古城に俺たちはやって来た。
周囲には森林。
人けがまったくない場所に、巨大な城がたたずんでいる。
「じゃあ、行くか」
「だね」
「ですの」
俺たちはうなずき合い、古城に入った。
「あれ? 意外と綺麗だな」
よく見ると、内装に魔法処理がしてある。
内部を清浄に保つ効果があるようだ。
と、そのとき──。
「誰かいるの?」
と、遠くから声がした。
数人の集団が歩いてくる。
どうやら冒険者らしい。
「なるほどね、あんたたちもここの探索クエストに来たわけ?」
リーダーらしい女魔法使いが鼻を鳴らした。
年齢は二十歳前後だろうか。
燃えるような赤い髪をポニーテールにした美人だ。
いかにも勝気そうなツリ目で俺たちをにらんでいる。
「悪いけど、ここはあたしたち『黒薔薇の剣』が先に探索を始めたの。邪魔したら承知しないわよ」
「マチルダさんの言う通りだ」
「俺たちはAランクパーティだぞ。お前らは遠慮してどっかに行けよ」
マチルダの仲間たち──いずれも二十代前半くらいの青年騎士──が小馬鹿にしたように言った。
偉そうな連中だ。
正直、気分はよくない。
「あんたたちのパーティランクはいくつ?」
「……Fだ」
「は? F? なんでそんな弱っちいのが、この城に来るのよ!?」
マチルダが目を丸くした。
「危険だから、あんたたちは帰りなさい。ったく、なんでギルドはそんなパーティに探索許可を出したのよ……」
「俺たちは特例申請で許可をもらったんだ」
答える俺。
「特例……」
マチルダが俺をじっと見た。
「もしかして、あんたたちの誰かが個人ランクがすごく高いの? 見たところ、魔法使いと使い魔二人という感じだけど、そこまで強い魔力は感じないわね……」
怪訝そうなマチルダ。
まあ、俺の場合は、普段は本来の魔力のままで、『第一の魔導書』を起動した段階で、はじめて魔力が大幅にアップするからな。
「まさか、何か不正な手段でも使ったんじゃないでしょうね……?」
ジト目になるマチルダ。
まあ、Fランクパーティがこの城に挑むって聞いたら、普通はそういう反応になるかもしれない……。
「ちゃんと正当な審査を経てるよ」
「むう……まあ、とにかく、あたしたちの邪魔はしないで。この城に巣くうモンスターは魔力補正を受けて、通常より強力になっているの。半端な者では怪我じゃすまないわよ」
マチルダが俺たちをにらんだ。
「いい? 危険だからね」
「もしかして、俺たちを心配してくれてるのか?」
性格はちょっと激しそうだけど、意外と優しい子なのかもしれない。
「っ……! べ、別に優しくなんてないしっ! 心配なんてしてないしっ!」
マチルダは慌てたように言って、仲間たちとともに足早に去っていった。
「もう、なんなんだろ、あいつっ」
ティアが怒っている。
「アルス様を見下すのは、気分がよくありませんの」
キシャルも不機嫌そうだ。
「まあまあ、心配して言ってくれたんじゃないかな? そう指摘したら、なんか照れてたみたいだし」
俺は二人をなだめる。
「そうかもしれないけど……」
「アルスは優しい」
ティアとキシャルはまだ不満気だ。
「ともかく、俺たちは俺たちで先に進もう」
城のあちこちにモンスターがいた。
いずれもBからCランクくらいで、1体ずつならそこまで強くないけど、集団だったり、不意打ちでこられると、それなりの脅威だ。
俺は得意の補助魔法系でモンスターの位置を確実に把握、見つけ次第、高ランクの攻撃魔法で打ち倒していった。
先日、中級魔族ミルヴァムを倒して、魔族固有魔法を得たおかげで、ほとんどモンスターを一撃で倒すことができた。
そして、俺たちは城の第8フロア──最上階まであと2フロアというところまで到着した。
.5 古城探索2
「きゃぁぁぁぁぁぁっ……!」
ふいに悲鳴が聞こえてきた。
「あの声は──マチルダか!?」
俺は駆け出した。
「あ、ちょっと、アルス」
「助けに行くぞ!」
俺たちは声がするほうに駆けていく。
けど、これじゃ間に合わないかもしれない。
「そうだ──『ホーミングボム』!」
自動追尾魔法を前方に放った。
これなら、魔法が勝手に敵を倒してくれるかもしれない。
爆音が響く。
続いて、モンスターの苦鳴らしき声が聞こえた。
「仕留めたか?」
俺たちはさらに走った。
「な、何……これ……!?」
マチルダが腰を抜かしていた。
他のメンバーも同じ状態だ。
周囲には、金色の鎧の残骸が散らばっていた。
以前にも戦った『ゴールデンリビングメイル』である。
残骸から推測すると、全部で七体ほど。
そのすべてが、俺の『ホーミングボム』で粉々になったようだ。
「大丈夫だったか、マチルダ」
声をかける俺。
「あ、あんた……何者なの……!?」
マチルダが腰を抜かしたままたずねた。
「俺たちは『天翼の杖』」
俺は彼女たちに告げた。
「新興のFランクパーティだ」
「Fランクパーティ……?」
「う、嘘だろ、『ゴールデンリビングメイル』7体を一瞬で片づけるなんて……」
「下手すりゃSランクパーティ並みの戦力だぞ……」
マチルダの仲間たち──いずれも二十代前半くらいの青年騎士だ──が呆然とした顔で俺を見ている。
「信じられない──Aランク魔法使いのあたしだって、『ゴールデンリビングメイル』1体や2体ならともかく、7体同時なんて無理よ……」
マチルダが目を丸くしている。
「先に行かせてもらってもいいか? この城のモンスターはけっこう手ごわそうだ」
俺はマチルダたちに言った。
まだこの先に2つのフロアがある。
もっと強いモンスターが控えている可能性が高い。
俺が先行して、そいつらを薙ぎ払った方がいいだろう。
……といっても、プライドが高そうなマチルダが許してくれるかどうか。
「分かったわ。悔しいけど、あんたの方がはるかに強い」
が、マチルダは思いのほかあっさりと認めてくれた。
「……不遜な態度を取ってごめんなさい」
「いいよ、そんな……」
「あたしたちはあんたの後方を守る形で進むわ。あんたなら一人で問題ないかもしれないけど、背後からの不意打ちに備えて、少しはサポートできるかも」
「助かる」
というわけで、俺たちはマチルダたちのパーティと連携して、その先を進んだ。
──その後も俺は出てくるモンスターを次々に撃ち倒していった。
特に危険そうな場所は念入りにモンスターがいるかどうかを確かめ、退治しておく。
やがて、最上階に到着した。
ここに来るまでの安全なルートは確保したし、とりあえずはクエスト達成かな。
「援護ありがとう、マチルダ。それに君たちも」
俺はマチルダのパーティに礼を言った。
「礼を言うのは、あたしたちの方よ。命を助けてもらった」
「馬鹿にしたようなことを言ってすまなかった」
青年騎士たちがいっせいに頭を下げた。
最初に比べて、随分と素直な態度になったな……。
「協力して達成したし、ギルドへの報告も一緒にした方がいいな」
「……あたしたちはほとんど役に立ってないわ。報告はあんたたちだけで」
と、マチルダ。
「いや、全員で達成したんだから、報酬も実績も全員のものだ」
俺は彼女に首を振った。
「みんなで行こう」
にっこりと誘った。
──一週間後、冒険者の個人ランクとパーティランクの更新の日。
俺たち『天翼の杖』は晴れてFからEランクへと昇格した。
最底辺、脱出だ。