.6 全属性魔法習得


 いつの間にか、俺の前方に新たな魔導書が浮いていた。
 表紙に『3』と書かれた魔導書だ。

 ティアが金色の光を放っているのに対し、この魔導書は青い輝きを放っていた。

 俺はその魔導書を手に取った。

『「第三の魔導書(エア)」を起動します。マスターに【全属性魔法習得】が付与されました』
「【全属性魔法習得】……?」

 いったい、どういうことだ?

『続いて──戦闘終了により【全属性魔法習得】の効果が発動されます』
『「オリハルコンゴーレム」の所持魔法「身体強化レベル5」を習得しました』
『「オリハルコンゴーレム」の所持魔法「自己修復レベル3」を習得しました』

 声が続けざまに響く。

「つまり『オリハルコンゴーレム』が使う魔法を俺が習得した、ってことか」

 もともと俺は補助魔法を主体にした魔法使いだけど、『身体強化』はレベル2までしか使えない。
 さらに『自己修復』については習得自体していなかった。

「それを、たった一度の戦いで身に着けた、っていうのか……!?」

 だんだん、これらの魔導書のすごさが分かってきた。

 魔力を無限に成長させつつ、敵を倒すたびにそいつの魔法を習得できる。
 戦えば戦うほどに、俺はどんどん強くなれるってことだ。

『第一、第三の魔導書の起動をすべて終了』
『第一の魔導書を使い魔形態に移行します』
『第三の魔導書は第六の魔導書とともに休眠形態にて待機します』

 声とともに、二冊の魔導書がいずれも光の粒子となって弾け散った。

 ん、さっき『第六の魔導書』って言ってたな。
 俺の前に出てきたのは二冊だけだったんだけど……?

 不思議に思っていると、次の瞬間、俺の前に一人の少女が現れた。

「ティア……!」

 長い金色の髪に可憐な美貌、そして猫耳。

 間違いなく、ティアだ。

「えへへ」

 彼女はにっこりと笑っている。

 無傷のようだった。
 さっき『オリハルコンゴーレム』にやられたダメージはなんともないみたいだ。

「よかった……」
「アルスのおかげだよ。あなたが私の新しいマスターになってくれたから」

 ティアが微笑む。

「肉体を破壊された状態から、またこうして修復できたの」
「新しいマスター……か」

 本来の彼女のマスターはシンシアである。
 魔法使いと使い魔の主従契約は強力で、基本的に使い魔側からは破棄できないはずだ。

「シンシアとの主従契約は私が『オリハルコンゴーレム』に殺された時点で終わっているの。契約条件は、基本的に主従どちらかの死をもって終了するから」

 ティアが説明する。

「で、殺されたことで、私は本来の私に戻ることができたの」
「本来の?」
「古の大賢者『魔導公女(まどうこうじょ)』様が生み出した究極の魔導書にして使い魔──『ティアマト』。それが私の本当の名前」
「ティアマト……」
「あ、呼ぶときは今まで通り『ティア』でいいよ。私もそっちの方が呼ばれ慣れてるし」

 にっこりと笑うティア。

 まだ頭が混乱している部分もあるし、俺が彼女の新しいマスターだっていうのも戸惑うばかりだけれど──。
 とりあえず、ティアがこうして生きているのが嬉しい。

「じゃあ、あらためてよろしくな。ティア」
「えへへ、こちらこそ~!」

 俺たちは握手を交わした。



「ところで……これからどうするの、アルス?」

 ティアがたずねた。

「これからかー……そうだな」

 俺はため息をついた。

 戦闘の高揚感やティアが生き返った喜びで一時的に頭から追いやっていた事実を思い起こす。
 俺が仲間たちから見捨てられた、って事実を。

「もうパーティには戻れないよな。あいつらの力になりたくて頑張っていたのに……結局、それは俺の一方通行な友情だったわけだ」

 泣きそうになる。

 ひどい扱いを受けることもあったけど、でもそれだけじゃない。
 三年の間、苦難を共にしてきた仲間たちだ。

 俺は、根本的なところでは……やっぱりあいつらが好きだったんだ。
 仲間でいたいし、あいつらの仲間にふさわしい冒険者になりたい、って思っていた。

 だから、胸が痛む。

 パーティから追放された事実が。
 仲間という居場所を失った事実が──。
.7 これからのこと


「アルス……つらいよね。仲間たちに裏切られて……かわいそう」

 ティアが俺を抱きしめてくれた。
 ああ、温かい──。

「私がいるよ」

 ティアの、ぬくもりを感じる。

「三年間、一緒にパーティを組んできたじゃない。私は、あなたの仲間だよ」
「……優しいな、ティアは」

 スッと胸が軽くなっていく。
 彼女の言葉に、心が癒されていく。

「落ちこんでばかりはいられないよな」

 俺は彼女から体を離した。

「悪かった」
「落ちこんだっていいんだよ? 悲しいときは悲しいって言ってね。私が側にいるから」

 ティアが微笑む。

「これからは、私が仕える相手はあなただから」
「……ありがとう」

 仕える相手、か。

 ティアはもうシンシアの使い魔じゃない。
 ほとんど成り行きだったけど、俺が彼女の新しいマスターになったんだ。

「ティアは欲しいものとか、やりたいことってないのか?」

 と、聞いてみる。

「欲しいもの? やりたいこと?」
「俺はティアに助けられた。今度は俺がティアの力になりたい」
「ふふ、義理堅いマスターね」

 くすりと笑うティア。

 清楚な美貌。
 ぴょこんと動く猫耳。

 今まであまり意識してなかったんだけど、こうして見ると……ティアってめちゃくちゃ可愛いんだな。

 対面で話しているだけで、だんだん照れがこみ上げてきた。

「私は使い魔なんだから、なんでも命令していいんだよ?」
「命令なんてしないよ。ティアは俺の仲間だ」

 俺はようやく、少しだけ笑うことができた。

 ティアのおかげで、少しだけ笑うことができた。

「だから教えてくれ。ティアのやりたいことを」
「そうだね……」

 ティアはしばらく思案して、

「じゃあ、あなたと一緒に過ごしてみたい」
「えっ?」
「それが私の望み。かなえてくれる?」

 そっか、二人で──。
 仲間として、一緒に過ごしていくんだ。

「いいかもしれないな、それ」

 俺は彼女に向かって大きくうなずいた。

「パーティとは縁が切れたし、これからは自由だ。二人で気ままに生きてみるか」
「賛成」

 俺たちはにっこりと微笑み合った。



「まずはこのダンジョンを抜けないとな……と、その前にさっきのゴーレムたちの素材をゲットしておくか」

 新生活をするにも元手が必要だからな。。

『オリハルコンゴーレム』の表面装甲は伝説の魔導金属『オリハルコン』だ。
 ギルドに持っていけば、とんでもない高値で買い取ってくれるだろう。

 手持ちの魔法で、オリハルコンの装甲を解体するのはさすがに無理だった。

 もちろん、攻撃魔法を使えば破壊することはできる。
 けど、なるべく綺麗な状態で解体した方が、より価値が高いからな。

 とりあえず、さっき爆破して砕け散った装甲の一部を持って帰ることにした。
 残りについては、ギルドに依頼して専門の職人を派遣してもらおう。

「じゃあ、帰るか、ティア」
「うん」

 俺たちは両脇に『オリハルコンゴーレム』の装甲の欠片を抱え、歩き出した。
 運搬に使える魔法があればいいんだが、俺はあいにく習得していなかった。

【全属性魔法習得】の魔導書があるから、機会があれば覚えられるかもしれないが……。
 少なくとも、今はその魔法は使えない。

 俺は【身体強化】の魔法を使って、体力を大幅にアップさせた。
 二百キロほどの量を一人で運んでいく。

「ごめんね。私はあんまり運べなくて……」
「気にするなよ。俺がその分運ぶから」

 申し訳なさそうなティアに微笑む俺。

 二人並んで歩き、ダンジョンの出口を目指した。

 このダンジョンを出たら、いよいよ彼女との新生活が始まる──。
.8 パーティ崩壊の序曲

 SIDE ラスター


 Sランクパーティ『祝福の翼』。

 聖騎士ラスターを中心に、上級盗賊のメアリ、重戦士ブレッド、魔法使いシンシア、同じく魔法使いのアルス──この五人で構成されたパーティである。

 高位の竜や魔族、堕天使など強力なモンスターを狩った経験もあり、Sランクの中でも上位のパーティだ。

 ──いや、上位のパーティだった(・・・)

 ここ半年ほど『祝福の翼』の戦績は落ちこんでおり、Aランクへの降格危機にあった。

 焦ったラスターは、難関ダンジョンのクエストを実行。
 そのクエストを達成すれば、今期の降格は免れる──。

「なのに、大失敗だ……くそっ!」

 ラスターは荒れていた。

 あの後、アルスをオトリにしてなんとかダンジョンを脱出した彼らは、近くの町の酒場で飲んでいた。
 クエストは完全に失敗したため、ほとんどやけ酒である。

「くそっ! このままじゃ降格しちまう! くそぉぉぉぉぉっ!」

 ラスターが手近の酒瓶を床に叩きつけた。

「お、お客さん……勘弁してください」

 店の主人がおびえたように声をかけてきた。

「ちっ」
「荒れすぎだよ、ラスター」

 メアリにたしなめられた。

「仮にもあたしの恋人なんだから、もうちょっとドンと構えてよ」
「そうは言っても、このままじゃ降格するかもしれないんだぞ」
「せっかくSランクパーティになったのに……冗談じゃねぇ」

 舌打ちしたのはブレッドだ。

 パーティランクSとAでは受けられる依頼の範囲も違うし、何よりも依頼主の『格』に明確な差がでる。

 Sランクパーティともなれば、王族や大貴族から依頼が来ることもある。
 莫大な報酬や名声などが思いのままだ。

 それに引き換え、Aランクはかなり格が落ちる。
 もちろん、一般の冒険者の基準で行けば十分に高額報酬者である。

 だが、一度Sランクの栄耀栄華を知ってしまうと、そこから落ちるというのは恐怖に似た不安感や挫折感を伴うのだった。

「絶対に落ちたくない……今まで築き上げがものを失ってたまるか……!」

 ラスターは歯ぎしりした。

「くそ、アルスなんかじゃなく、もっと有能な奴を仲間にしていれば……」
「あたしは、あんな奴はさっさと切って、別のやつを入れようって何度も言ったじゃないか」
「今さら言うなよ!」
「前から言ってたってば!」
「まあまあ、ケンカはおやめください」

 ラスターとメアリが険悪になったのを見て、シンシアがなだめる。

「ちっ、面白くねぇ」
 ブレッドが苛立たしげにテーブルを叩く。
 ばきっ、と音がして、テーブルの表面に大きな亀裂が走った。

「ち、ちょっと、店を壊さないでください」

 シンシアが慌ててたしなめた。

「弁償金、あなたの報酬から引いておきますからね」
「いちいち弁償なんてする必要ねーよ。俺たちは天下のSランクパーティだぞ」
「ギルドに知られたら、私たちの査定に影響するでしょう。普段ならともかく、今は降格ラインぎりぎりなんですから」
「そうだ、余計なトラブルは起こすな」

 ラスターが加わる。

 ブレッドはムッとした顔でにらんできた。

「お前だってさっき酒瓶を壊しただろうが」
「なんだ、その口の利き方は」

 ラスターも売り言葉に買い言葉で、ブレッドの胸ぐらをつかむ。
 不快そうな顔をしたブレッドは、

「へっ、いつまでもリーダー面してんじゃねーよ。お前なんがかリーダーやってるから、降格しそうになってるんじゃねーの?」
「てめえ!」
「やるのか!」

 にらみ合う二人。

「あーあ、いっそのこと元カレのところに戻っちゃおうかな。ラスターなんて見限ってさ……」

 メアリがつぶやく。

「はあ、最悪です……ラスターさんについていけば、いろいろと甘い汁が吸えると思ったのに……そろそろ潮時ですかね……」
 隣でシンシアもつぶやく。

 パーティの雰囲気は、もはや最悪といってよかった──。
.9 ギルドに帰還、そして再会


 ダンジョンから出た俺たちは、近くの町で一日休息した後、ギルドに戻ってきた。

 まずは『オリハルコンゴーレム』の素材を換金だ。
 それからラスターのパーティから脱退する手続きをして、しばらくはフリーで過ごすか。

 手元の素材だけでも大金になりそうだし、ダンジョンには残りの素材を放置してある。
 それをギルドに引き取ってもらえれば、さらに大金が得られるだろう。

「お、おい、アルスだぞ……」
「あいつ、『祝福の翼』が今回挑んだクエストで死んだって聞いたけど……」
「一緒にいるのは、シンシアの使い魔じゃないか……?」

 ギルドに行くと、冒険者たちが俺を見てざわめいた。

「ふふ、みんなびっくりしてるね」

 ティアが俺に寄り添って微笑んだ。

「死んだと思われてたみたいだな」

 俺は苦笑を返す。

「とりあえず受付に行こう」

 俺は大量の素材を抱え、ギルド内を進んだ。
 ダンジョンからほとんど休みなしだが、【身体強化】の魔法をかけているため、疲労はあまり感じない。

「お、お前は……!?」

 受付に続く長い廊下の途中で、ラスターたちに出会った。

「生きてたのか……!?」

 ラスターが呆然とした顔でつぶやく。

「ティア、あなた……勝手に私から離れてアルスのところにいたのですか!?」

 シンシアが叫んだ。

「私はもうあなたの使い魔じゃないよ。今はアルスの使い魔だから」

 ティアが言い放つ。

「ど、どういうことですか……? いえ、それより……あなたが持ってるのは『オリハルコンゴーレム』の素材……!?」
「まさか、お前らだけで『オリハルコンゴーレム』を倒したってのか……?」
「嘘でしょ……」

 ブレッドとメアリが驚いた顔をした。

「まあな」

 俺は小さくうなずいた。

 彼らの仕打ちを許すことはできない。
 結果的に無事だったとはいえ、ティアなんて一度殺されているからな。

 俺だって大賢者の魔導書を受け継ぐという幸運がなければ、確実に死んでいた。
 とはいえ、ここでラスターたちと事を構えるつもりはない。

「これからクエストの達成報告と【オリハルコンゴーレム】の素材を引き取ってもらうところだ」

 俺はラスターたちを見回して言った。
 不思議なほど、気持ちが落ち着いていた。

 今までの俺は、彼らに対していつも気後れしていた。

 俺だけが実力で大きく劣っている。
 俺だけがパーティに貢献できていない。
 俺が彼らの足手まといになっている。

 そんな引け目があった。

 彼らから理不尽な扱いを受けても、ときには暴言や暴力を受けることもあったが、ずっと我慢していた。

 でも、それももう終わりだ。
 気持ちが、吹っ切れた。

「報告が終わったら、俺はお前たちのパーティから脱退する手続きをするよ。ティアも一緒に、な」
「脱退? 急に何言ってるんだよ、アルス」

 戸惑った顔をするラスター。

 ……俺をあんなふうに見捨てて、追放したくせに、まだ俺がパーティに居残るとでも思っていたんだろうか。
「ちょっと待て、アルスのくせになんだその態度は!」

 ブレットが激高した。
 予想通りの反応だった。

 パーティの中で一番血の気が多く、俺にきつく当たっていた男だからな。

「ふざけやがって!」

 問答無用で鉄拳を見舞ってくる。
 ぱしん、と小さな音がした。

「お前には、今までさんざん殴られたな」

 俺は奴の拳を平然と受け止めていた。

【身体強化】の魔法は高レベルになると、単純な筋力アップにとどまらず、反射神経や動体視力といった反応速度関係に大幅にアップすることができる。

 今の俺には、一流の戦士であるブレットのパンチですら止まって見えた。
 そのまま相手の拳を握り、軽く力を籠める。

 みし、みし、と骨がきしむ音。

「う……ぐおおおお……!? い、いてええ……離せ……離してくれぇぇぇぇぇ」

 ブレットが苦悶に顔をゆがめた。
.10 宣言


「うううう、いてぇぇぇ……いてぇぇ……」

 苦しげなブレッドを見て、俺は手を離した。

 あくまでも自衛のために防御しただけで、必要以上に痛めつけるつもりはない。

 ……それにしても、ちょっとやりすぎたかな。
 つい、力が入りすぎてしまった。

「大丈夫か、ブレッド?」
「どうなってやがる……!? お前、本当にアルスか……?」

 震えながら後ずさるブレッド。

 今までと態度が一転していた。
 俺のことを勝てる相手だと思っている間は暴力で言うことを聞かせていたけど、勝てない相手になったと悟って逃げの姿勢に入った、というところか。

「……どうやって生き延びたんだ、アルス」

 ラスターがたずねた。

「『どうやって生き延びた』? 他にもっと言うことがあるんじゃないのか?」

 俺は思わず奴をにらんだ。

 見捨てられた記憶が気持ちを重くする。
 俺たちは仲間だったんじゃなかったのか?

 せめて謝ってほしかった。
 せめて悔いてほしかった。
 俺を見捨てたことに、何かしらの感情を抱いてほしかった。

 なのに──お前たちは、なんとも思っていないのか……?

「いやそれより──俺たちがやったことを、誰かに言ったのか?」

 ラスターは声を潜めてたずねる。

「ね、ねえ、あたしたちだって反省してるんだよ? まず話し合いましょ?」
「な、なんだったらお金を払いますから。穏便にお願いしますね……」

 メアリとシンシアが左右から俺に近づく。

 ご機嫌取りだろうか。
 何年も一緒にパーティを組んでいて、彼女たちが俺にこんな態度を取るのは初めてだ。

 二人とも並外れた美人で、色気もある。
 だけど……湧いてくるのは、冷ややかな感情だけだ。

 俺は、しなだれかかる二人から距離を置いた。

「ブレッドの態度は乱暴だったな」

 ラスターが言った。
 猫なで声で。

「謝るよな。な、ブレッド?」
「……ちっ」
「ブレッド」
「わ、分かったよ。そ、その……悪かったな、アルス」

 ブレッドが俺に頭を下げた。

 確かに、俺がラスターたちの仕打ちをギルドに話せば、『祝福の翼』は大きなペナルティを負うだろう。
 仲間を犠牲にしてクエストを達成、あるいは逃げるというのは、重大なギルド規約違反であり、また重罪でもあった。

 実際には、そういう事例があっても裏でもみ消されることが少なくない……なんて噂をきいたこともあるが。
 降格ギリギリのラスターたちにとって、余計な不安は残したくないというのが本音だろう。

 だからこそ、俺を懐柔しようとしているんだ。

 俺は、どうするべきだろうか。

 彼らのしたことは、決して許せない。
 とはいえ、非情に切り捨てられるかといえば、俺の中でためらいもある。

「迷ってるんだね、アルス」

 ティアが俺にささやいた。

「甘いよな……こんなの」
「ううん。それがアルスの優しさだから」

 ティアが俺に身を寄せた。

 シンシアやメアリから近づかれたときは、正直不快感すら覚えたけど、ティアの場合は安らぎや癒しを感じた。

「ありがとう、ティア」

 気持ちが落ち着いてきた。
 ラスターたちに向き直る。

「話し合いはできない。そんな余地はない。俺の気持ちは、もう決まってるんだ」
「アルス──」
「俺はパーティを抜けるよ。受付に行ってパーティ脱退の手続きと、素材の換金をしてくる。今まで世話になった」

 俺はラスターたちに一礼した。

 これでさよならだ。
 三年間、苦楽を共にした仲間たちとの。

 そして、こんな連中を仲間だと信じていた俺自身の気持ちとの──。
.11 一気に大金持ち

 前書き
 金貨1枚=10万円くらいのイメージです。


 冒険者ギルドの受付は『クエスト受注』や『クエスト成否報告』、『パーティ登録関係』、そして『素材・宝物等の換金関係』などに分かれている。

 俺はまず『素材・宝物の換金関係』の受付に行った。

 三十過ぎくらいの、三つ編み黒髪眼鏡の受付嬢だ。
『嬢』といっても、俺より年上だけど……。

「査定をお願いしたいんですが」

 と、『オリハルコンゴーレム』の素材を見せた。

「こ、これはAランクモンスターの『オリハルコンゴーレム』……!? すごい、あなたたちで倒したんですか」

 受付の女性が驚いた顔をする。

 その周囲で、何人かの冒険者たちが、

「Aランクモンスターをたった二人で……?」
「いや、『祝福の翼』が行ったダンジョンは魔力補正がかかるタイプのはずだ。たぶん『オリハルコンゴーレム』はA+かSランクに強化されてるだろ……」
「じゃあ、なおさらとんでもないな……!」
「『祝福の翼』のアルスってそんなに強かったのか……?」
「パーティのお荷物なんて噂を聞いていたけど……」

 ──なんて感じでざわめいていた。

「ええ、俺とティアの二人で倒しました」

 俺は受付嬢に答える。

「それとダンジョン内に『オリハルコンゴーレム』の残骸がまだ残っているんですが、俺たちじゃ解体できなくて。ギルドから解体や買い取りができる業者を派遣してもらいたいんです。できますか?」
「そ、それはもちろん喜んで。『オリハルコンゴーレム』の素材といえば、高級武具から装飾品にまで使える一級品ですから。そちらに関しても、アルスさんと使い魔さんには所定の報酬額をお支払いいたします」

 と、受付嬢が説明してくれた。
 それから、報酬の総額を聞く。

「だいたい金貨150枚くらいですね」

 予想以上の大金だった。
 一般庶民が3年は生活していける額である。

 ほどなくして、俺たちの下にその報酬が運ばれてきた。

「す、すごいな……」

 うず高く積まれた金貨の山に、俺は呆然となっていた。

「先立つものができて心強いよ。ありがとう、ティア」

 俺一人では『オリハルコンゴーレム』を倒すなんて絶対に無理だった。
 ティアが魔導書の力を俺にくれたからこそ、だ。

「半分はティアが持っていてくれ。残りの半分は俺がもらうよ」
「えっ、どうして私に──」
「? 仲間なんだから当たり前だろ」

 それにティアや他の魔導書の力を借りて、成し遂げたことなんだし。

「えっ? えっ? でも、私は魔導書だよ? 人間じゃないし、そもそもアルスの道具みたいなものだし」
「仲間だ。道具じゃない」

 俺はきっぱりと言った。

「大切な仲間だ」
「アルス……」

 ティアが驚いた顔で俺を見ている。
 その頬がパッと赤くなった。

「……ありがと」



 次はいよいよパーティ脱退の手続きだ。
 俺たちは『パーティ登録関係』の受付にやって来た。

「みんな……」

 そこにはラスターたちがいた。
 俺を待ち構えていたらしい。

「な、なあ、あのときは俺たち、どうかしていたんだ」

 ラスターが愛想笑いをしていた。

「お前が必要なんだよ。戻ってきてくれないか」
「ティア、あなたも。どうにかとりなしてください」
「『オリハルコンゴーレム』を倒せるくらい強いんだろ。な?」
「あたしたち、今期で降格するかもしれないじゃない。だから」

 シンシア、ブレッド、メアリも、俺にすがりつかんばかりの態度だ。

 だけど、もう遅いんだ。
 全部、終わったことなんだ。

 お前たちとの関係は。

「今さら、だな」

 もう、気持ちは元には戻らない。

「さよならだ」
.12 決別と旅立ち1


 俺は彼らに別れを告げ、Sランクパーティ『祝福の翼』からの脱退手続きを終えた。

 また、ティアは俺の使い魔として再登録した。
 これで俺はフリーになったわけだ。

「これからどうするかな……」
「あなたにどこまでもついていくからね、マスター」

 ティアがにっこりと笑い、俺にしなだれかかってきた。

 シンシアやメアリに迫られたときは不快感すら覚えたが、ティア相手だと嬉しい。
 ただ、ちょっと照れくさい。

 あんまり密着されると……な。

「ん? どうかしたの、顔赤いよ?」

 ティアがキョトンとした顔で俺を見る。

「いや、その、照れてるんだよ……」
「えっ? えっ? どうして? 私なんてただの魔導書だよ」
「どうしてって──」
「そんなふうに言われると、私まで照れてきちゃうよ」

 ティアが頬を上気させた。
 はふぅ、と息をつく姿が愛らしい。

「えへへへ」

 はにかんだ笑顔で俺にますます密着してくるティア。

 ああ、可愛いな。
 俺は癒されるような心地で彼女を抱きとめた。

「……私たちのパーティから抜けたとたん、イチャイチャしちゃって」
「えっ?」

 振り返ると、シンシアが立っていた。

「ねえ、アルス。ちょっとよろしいかしら」
「……!」

 ティアが表情をこわばらせ、身構える。

「アルスに何か用なの?」
「い、いやですね。警戒しないでください」

 シンシアが慌てたような顔で言った。
 それから周囲を見回す。

「……ラスターたちに黙って、こっそり来たんです。あなたと話したくて」
「俺に、話?」
「もう一度パーティに戻ってほしいんです。もし、それが無理なら、私とあなたで新しいパーティを組みませんか?」

 シンシアが上目遣いに俺を見上げる。
 俺の機嫌をうかがうように。

「悪いけど──」

 俺は首を左右に振った。

 もう、仲間じゃないんだ。
 仲間には、戻れない。

 苦い気持ちを噛み締める。

「ね、ねえ、ティアからもとりなしてくれませんか? 私とあなたの仲でしょ?」
「絶対に嫌。私はもうあなたの使い魔じゃない。仲間にもなりたくない」

 ティアがシンシアをにらむ。

「あのとき──アルスを見捨てよう、って真っ先に言い出したのは、シンシアでしょう。そんな人をマスターとして今まで仕えていたなんて……自分が嫌になるよ」
「あ、あのときは、その、気が動転していて……」
「嘘。あなたは冷静だった。冷静で、冷徹で、冷酷だった」

 ティアがますます表情を険しくする。

「あれは間違いなくあなたの本心だった。人間は、追い詰められたときに本性が出るって聞くけど、本当だったね」
「くっ……」
「シンシア。今、俺にとって仲間といえるのはティアだけなんだ」

 俺はシンシアに告げた。

「だから、そのティアが嫌だというなら、俺も君を仲間にすることはできない」
「そ、そんな……」
「悪いな。お別れだ」

 言って、俺はティアとともに背を向ける。

「ま、待って……」

 背後から声が聞こえたが、追いかけてくる気力はないようだ。
 そのまま俺たちは歩いていく。

「アルス、話があるんだ」

 前方に、今度はラスターが現れた。

「ラスター……」

 俺は奴と向かい合った。

「まず謝らせてくれ。俺の判断ミスでお前に迷惑をかけた」

 と、頭を下げるラスター。

「……!」

 こいつのせいで、俺は死にかけた。
 こいつのせいで、ティアは死んだ。

 結果的には俺は強大な力を得たし、ティアも本来の姿を取り戻した。
 だから、いい方向に向かったわけだけど……。

「それで、お前がやったことが許されるわけじゃない」

 俺は拳を握り締めた。

「なあ、話だけでも聞いてくれないか」
「今さら何を──」
「俺たち三年間も一緒にいた仲間じゃないか」
「くっ……!」

 ラスターの懇願に俺は唇をかみしめた。

 仲間、か。

「……場所を変えて話そうか」

 俺はため息をついた。

 相手が他のメンバーなら振り切って進むところだが、ラスターだけはやっぱり特別だ。

 俺は、こいつみたいになりたいって思って、冒険者を続けてきたんだ。
 こいつがいたから、俺はがんばってきた。

 ──その憧れに、今から決着をつけよう。
.13 決別と旅立ち2


 俺たちはギルドの建物の裏手に移動した。

「パーティに戻ってくれ」

 やはり、話はそれか。

「悪いけど、何度言われても俺は──」
「そ、そうだ、なんならお前を副リーダーに取り立てる。待遇も改善するよ」

 ラスターが早口でまくし立てる。

「だから、俺たちの下に戻ってくれないか? お前は『オリハルコンゴーレム』を打ち倒すくらい強くなったんだろ? ぜひ俺たちに力を貸してくれ。このまま降格したくないんだ、頼む──」
「結局、俺を利用したいだけなんだろ」

 俺は冷ややかにラスターを見た。

「ぐっ……」

 図星を突かれたからか、ラスターの表情がこわばる。

 Sランクからの降格危機というのは、思った以上にこいつを追いつめていたんだろう。

 いつもの悠然とした聖騎士の姿は、そこにはなかった。
 今までの地位を失いそうになって焦る、情けない男の姿。

 俺が憧れた聖騎士ラスターは、どこにもいない。

「俺の返事は変わらない。パーティには戻らない」

 はっきりそう言った。
 奴の目を見て、決別を告げた。

「……ちょっと待て。俺が下手に出てりゃ、いい気になりやがって」

 ラスターが俺をにらむ。

「痛い目をみれば、気が変わるか? お前ごとき、俺には絶対にかなわないってことを思い知らせてやろうか? ええ? 俺は冒険者になって半年でお前のランクをあっさり追い越した。わかってるよな、アルス?」

 歪んだ笑みだった。

「お前は、俺の言うことを聞いてりゃいいんだ」

 腰の剣を抜き放つラスター。

「そこまでする気か……」

 俺は暗い気持ちになった。

 せめて──せめて、最後は潔く別れてくれたらよかったのに。

「ティア」

 俺は使い魔の少女に呼びかけた。

「いつでも。マスター」

 うなずいたティアの全身が光を発した。

「『第一の魔導書(ティアマト)』起動。【魔力無限成長】発動」

 黄金の魔導書へと変化した彼女を手に取り、告げる。
 体中から、魔力があふれだす感覚があった。

「どんな力を身に着けたのか知らないが……俺には効かねぇ! お前の立場を分からせてやるよ、アルスぅぅぅっ!」

 怒りの雄たけびとともに、ラスターが斬りかかってくる。

「【雷光斬(らいこうざん)】!」

 その全身が稲妻のようなスパークをまとった。

 聖騎士の超級剣術スキル【雷光斬】。

 音速の突進から繰り出される一撃は、竜すらも両断する威力だ。
 普通の人間なら、防御や回避どころか、その動きを視認することさえできないだろう。
 だが、俺は──、

「【身体強化】」

 運動能力を爆発的に高め、ラスターの突進を避けた。

 ──とはいえ、わずかに避けきれず左腕を浅く斬られる。

 さすがに鋭い。
 だけど、俺には通用しない。

「【マジックバインド】」

 魔力の網を生み出し、奴を拘束した。

「う、動けない……!」

 もがくラスターの前に、俺は右手を突き出した。

 そこに魔力が収束していく。
 この体勢で攻撃魔法を撃てば、ラスターは避けられない。

「くっ……や、やめろ、やめてくれぇぇぇぇぇっ……!」

 ラスターは悲鳴を上げた。

「……ふう」

 俺は小さくため息をつき、魔力を消す。

「アルス……?」
「その拘束はしばらくしたら消える。じゃあ、俺たちはこれで」

 背を向ける。
 左手の魔導書が光を発し、ティアの姿へと戻った。

「行こう、ティア」
「うん、あなたと一緒ならどこへでも」

 彼女がにっこりとうなずく。

 俺たちは手を重ねた。
 もうラスターなんて目に入らない。

「さよなら、ラスター」

 俺は振り返らず、ティアとともに歩き始めた。

 パーティから離れ、新しい明日を目指して。

 そこが希望に満ちていたらいいな、と願いながら──。