.6 次の方針


「複数魔法の同時発動……か」

 俺はあらためて振り返った。

「なんで、突然こんなことができるようになったんだろう……?」

 そもそも、魔法というのは普通、二つ以上を同時に操ることはできない。

「現代の魔法使いにとっては、そうでしょう。ですが、古の賢者は複数魔法を操ることが可能です」

 と、サンドラ。

「むしろ基本技能に属します」
「そ、そうなんだ……」

 やっぱり、古の賢者って、現代魔法使いよりずっとレベルが高いんだな。

「あなたには、その古の賢者の力が──『魔導公女』の精髄ともいえる魔導書を操る力が宿っているのです。魔導書の扱いに習熟していけば、複数魔法同時発動ができても不思議ではありません」
「魔導書の扱いの、習熟……」
「慣れていけば、もっと色々なことができるようになりますわ」

 サンドラがにっこり笑った。

「もっともっと強くなれます……ああ、そんなあなたと戦ってみたい……!」
「サンドラ、ちょっと目が怖いんだけど……」
「久しく強敵との戦いに飢えてますから……じゅるり」

 よだれ垂れてるぞ……。

 見た目は上品で清楚な美人って感じなのに、内面は結構なバトルマニアなのかもしれない、サンドラって。



 で、今後の方針を俺はサンドラと話した。
 すでにティアとキシャルは魔導書から使い魔モードに戻している。

「まずは魔法の制御能力を上げることですね。魔力自体は、一気に増えることはありません。地道に増やしていくしかないので。魔法習得も同じですね」

 サンドラが言った。

「あなたが一番手っ取り早く強くなるには、『複数魔法の同時発動』をより高い精度で実現すること──そのためには、『第五の魔導書(ネルガル)』の力が必要です」
「ネルガル……」

 つぶやく俺。

「彼女がいる場所は分かるのか?」
「ええ……そうですね」

 サンドラが一瞬、口ごもった。
 ん、どうしたんだろう?

「彼女がいるのは──『大賢者の洞窟』なんです」
「っ……!」

 俺は息を飲んだ。

「それって超難度のダンジョンなんだよな。じゃあ、簡単には入手できないってことか」

 そもそも、俺たちのパーティは洞窟に挑めるランクじゃないし。

「挑むことに関しては、ちょっとした裏技があるので不可能ではありません」

 サンドラが言った。

「ただし──当然、危険が伴います。だから、後はあなたの意思次第です」
「俺の、意思……」

 そんなの聞かれるまでもない。

「いくよ。『第五の魔導書』を手に入れるために」
.7 『大賢者の洞窟』を目指して


「俺、『大賢者の洞窟』に挑んでみるよ」
「そうですね……ただ、魔力がまだまだ足りないです」

 サンドラが言った。

「挑むこと自体は、わたくしがギルドの規則に抵触しないよう、なんとかしましょう。ただし、『大賢者の洞窟』は最高難度のダンジョン。あなたが挑まなければならないのは、低階層ですが、それでも今の魔法能力では厳しいでしょう」
「魔力か……」

 じゃあ、もうちょっと鍛えてみるか。

「まずは一か月、魔力増強のために魔力が高いモンスターを狩りまくるよ。うまくいけば、有用な魔法を習得できるだろうし」
「なるほど。では一か月後にふたたび会いに来ましょう」

 言って、サンドラが背を向けた。

「願わくば、あなたに強大な力が宿りますように──」
「ああ、がんばる」
「楽しみにしています。あなたが見違えるように成長することを」

 サンドラは指をパチンと鳴らした。

 視界が一瞬暗転し、次の瞬間には『希望の旅路』亭の一階食堂に戻っていた。

「一か月後の昼に、ここで待ち合わせ──ということでよろしいですか?」
「ああ」

 サンドラの言葉にうなずく俺。

「本来ならわたくしが鍛えて差し上げたいのですが、あいにくこちらにも準備がありますし、他にもやらなければならないことがあります。申し訳ありませんが、あまり時間を割けないのが実情です」
「いや、色々と情報をもらったし、『大賢者の洞窟』に挑むための手段を整えてくれるんだろ? それだけで十分すぎるほど助かるよ」

 俺はサンドラに礼を言った。

「ありがとう、サンドラ」
「かつての友のよしみですから」

 気品のある笑みとともに、古の賢者は去っていった。

「──じゃあ、あらためて。俺はこれから一か月、魔力を上げるためにひたすらモンスターを狩ろうと思う」

 俺はティアたちに言った。

「ティアたちも一緒に戦ってほしい」
「もちろんだよ」
「ですの」
「んー……まあ、できる範囲で……ふあ」

 ティア、キシャル、エアが答える。

 で、さっそく──魔力が高いモンスターと戦うために、窓口に向かう。
 よさそうな討伐クエストがあればいいんだけどな。

「こんにちは、ポーラさん」
「アルスさん、今日はどのようなクエストをご希望ですか」
「討伐系で。できるだけ魔力が高そうなモンスターを狩りたいです」



 この日から、俺は討伐クエストに明け暮れることになった。

 毎日のようにクエストに出かけては、モンスターを討つ。
 そのたびに魔力を上げ、新たな魔法を習得する。

 そして──。
 あっという間に一か月が経った。
.8 『赤い三連兵』の来訪


 あれから一か月。
 今日は、昼からサンドラと再会することになっている。

 が、その前に俺を訪問する人たちがいた。

「あんたがアルス・ヴァイセか」
「噂は聞いている」
「折り入って頼みがあり、馳せ参じた」

『希望の旅路』亭まで来て、俺を呼び出したのは中年男三人組だ。

 いずれも暑苦しい雰囲気をしたヒゲ面の男たちである。
 三人とも鮮やかな赤い色をした甲冑を身に着けていた。

「あの、あなたたちは……?」
「申し遅れた。俺はライア。彼らはトッシュとエルテガ。『赤い三連兵』というパーティを組んでいる」
「っ……! それってSランクの──」

 Sランクパーティ『赤い三連兵』。

 一糸乱れぬ連携を得意とする三人組の魔法戦士。
 その力は、上位魔族すら恐れるほどだという。

「突然の訪問で恐縮なんだが、話を聞いてもらえないだろうか」

 ライアさんが言った。

「話、ですか?」
「単刀直入に言うと──討伐クエストの助力依頼だ」



 ──俺はライアさんから話を聞くことにした。

「伝説級の魔獣『グルモリア』。太古の昔、一人の賢者によって封印されたというそいつが、目覚めようとしている」

 と、切り出すライアさん。

「俺たちはその魔獣が眠る王国から討伐依頼を受けたんだ」
「古の賢者に封印された、ってことですか……」

 俺はティアたちに小声でたずねる。

「誰か、知ってるか?」
「うーん……聞いたことない」
「私も知らないですの」
「んー……記憶をたどるのがめんどいけど、たぶん知らない」

 三人が答えた。
 誰も知らないみたいだ。

「が、俺たちだけでは手に余りそうで、な」

 ライアさんの話が続く。

「他のSランクパーティも対処できそうな連中はいずれも別の依頼を実行中か、あるいは遠方にいて連絡を取るのが難しい」
「そのときにあんたの噂を聞いたんだ」
「俺の……?」

 何か噂になってたんだろうか。

「最近、高ランクのモンスターを立て続けに狩っているそうじゃないか」
「Eランクくらいの新興パーティの割にとんでもない戦果だと噂になっててな」
「調べたら、元Sランクパーティメンバーが作った新パーティだとか。戦績から判断すると、おそらくSランク冒険者並の力があるだろう、と判断したわけだ」

 Sランクパーティに届くくらいにまで評判になってたのか、俺……。

 だから、ライアさんたちが助力依頼に来たわけだ。

 さて、依頼を受けるかどうかだけど──。

 それだけ強力な魔獣なら、討伐時に多くの魔力を得られるだろう。
 いや、それ以前の問題として、そんな魔獣が復活したらどれだけの被害が出ることか。

 俺がそれを止めるための力になれるなら、戦ってみたい。

「分かりました。この後、人と会う用事があるので……それを済ませ次第、現場に向かいます」
「よろしく頼む」
「あてにしているぞ」
「ともに魔獣を討ち果たそう」

 三人組が俺に握手を求める。
 がっちりとその手を握り、俺はうなずいた。

「全力を尽くします」
.9 グルモリア


 昼になり、俺は『希望の旅路亭』の食堂でサンドラと会っていた。
 約一か月ぶりの再会である。

「──見違えるようですね、アルスさん」

 俺を一目見るなり、サンドラは驚いた顔をした。

「【魔力無限成長】の固有魔法を持っているのは知っていますが……それにしても、成長率が並ではありません。よほど魔導書との相性がいいのか……」
「俺、そんなに魔力が増えたのか?」

 確かにモンスターを狩りまくったけど。
 数字なんかで自分の魔力を測るような能力を持っていないから、具体的にどれくらい魔力がアップしたのかは分からないのだ。

「ふふ、それは遠からず分かるでしょう」

 サンドラが微笑んだ。

「たとえ『雷帝錫杖』やその使い魔が襲ってきたとしても、そう簡単にはやられないはずです。もちろん、彼らが友好的である可能性も十分ありますが……」

 分かっている。
 もし、友好的じゃなかったら、間違いなく激しい戦闘になる。

 古の賢者やその使い魔──一筋縄ではいかない相手だ。
 だから俺は強くならなきゃいけない。

「ただ、『雷帝錫杖』の前に一戦交える相手ができたよ」
「えっ」
「サンドラは知ってるかな? 『グルモリア』っていう伝説級の魔獣が目覚めそうなんだ。なんでも古の賢者が封印したらしいんだけど……」
「グルモリアが……!?」
 サンドラがハッと目を見開いた。

「知ってるのか?」
「ええ、当時、『魔導公女』や『雷帝錫杖』と並んで最強格の一人だった賢者『燐光導師(りんこうどうし)』が封じた魔獣です」

 サンドラが説明する。

「『燐光導師』でさえ倒すことができず、封印するのがやっとでした。それが目覚めるとなると……かなりまずいですね」

 思ったより大ごとらしい。

「俺、そいつの討伐クエストを受けてるんだけど。Sランクパーティの手伝いで……」
「アルスさんが?」
「勝てるかな、俺」
「……アルスさんが強くなったのは、確かです。ただグルモリアは恐ろしい相手です」

 と、サンドラ。

 そんなに強いのか。
 ちょっと不安になってきたぞ……。

「わたくしも行きましょう」
「えっ」
「グルモリア関連は最優先事項になりそうです。わたくしも共に戦います」

 サンドラと共闘、か。
 これは頼もしい──。

 それから二時間後、支度を終えた俺たちは、先に現地に行っている『赤い三連兵』に合流すべく、町を出立した。