2月25日 日曜日

後悔した。死ぬほど後悔した。
どうして開登にあんな態度取ってしまったのだろう。
開登は、何も悪くないのに。
開登は、優しかったのに。
夕べ、家に帰ってからも開登はLINEを入れてくれてた。
私は返事も書かなかった。開登がなんて書いてくれてたか……もう覚えてない。

今日は、「裏の日」。
今日また、裏の日の開登は優季と会っているかもしれない。
よそう。考えるのはやめよう。
今日は、今日の開登は、優季のもの、かもしれない。
でも明日になれば、明日の開登は、私のもの。
明日、開登にちゃんと謝ろう。
早く……明日になれ。明日になれ。
それだけ考えて一日を過ごした。


2月26日 月曜日

朝、開登にLINEした。
『一昨日はごめんなさい。私、どうかしてた』
すぐに返事が来た。
『いいけど、大丈夫か?』
『大丈夫。今日また、いっしょに帰れるかな?』
開登に会って、開登の顔を見て、ちゃんと謝ろうと思った。
『OK、また練習見に来いよ』
よかった。開登、怒ってない。

電車に乗って、駅から歩いて学校へ。
正門を入って校舎へ向かう。
校舎の入口……そこに、開登と、そして、優季がいた。
優季が開登に何か手渡している。
開登がそれを受け取って、優季に向かって何か話してる。
笑顔で。白い歯を見せて。
どうして……?
今日は、表の日。私の日。今日の開登は私の物、のはず。
なのにどうして優季と……
私は二人に駆け寄ってた。
私に気付いた二人が同時に私を振り向く。
「どうして! どうして優季が開登と一緒にいるの!」
声が出ていた。
「え? どうしてって……手袋落としてたから、後ろにいた私が拾ってあげて……」
目を丸くした優季が戸惑いながら言う。
「窓花、どうしたんだ?」
開登も。眉間にしわを寄せながら。
そうか……そういうことか。でも……
私は黙って自分の下駄箱に向かった。
何やってるんだ。私。
「窓花、待って」
優季の声が聞こえた。でも、私は振り向かなかった。

教室に入った。
私は自分の席に座って机に顔を埋めた。
「窓花、大丈夫? どうしたの?」
すぐそばで優季の声がした。 
私は顔を上げない。
優季の顔を見ない。見られない。見たくない。
「ねえ、ねえってば、窓花!」
優季が私の肩を揺する。
私は答えない。
諦めた優季が自分の席に戻る気配がした。
何やてるんだ。私。
開登も優季も同じ学校で同じ学年だ。こんなことも、ある。
あたり前だ。
でも……それでも……

教室のざわめきが止んで、担任の先生が教室に入って来る気配がした。
「起立」
日直の声がした。
私は……立ち上がらない。立ち上がれない。
「春日部、どうした?」
先生の声。
私は立ち上がった。
「先生、すみません。体調悪いので帰ります」

駅に向かいながら思った。
最低だ。
今日の私は最低だ。
優季に当たった。優季は、今日の優季は、何も悪くないのに。
最低だ。
最低だ最低だ最低だ最低だ最低だ最低だ。

家に着いた。
家には誰もいない。お父さんもお母さんも仕事に行ってる。
自分の部屋に入って、ベッドに寝転んだ。
どうしよう。
これからどうしよう。
こんな毎日が続いたら、私のメンタル、もたない。
来週からは、学年末試験だ。
こんなんじゃ、試験勉強どころじゃない。
どうしよう。どうすればいい?
せめて……表の日と裏の日の、このギャップがなくなれば……
表の日も裏の日も、開登と付き合っていられれば一番いい。
でも、たぶん、不可能だ。
裏の日の私は一度開登に振られてる。それに、裏の日では優季が開登と付き合ってる。
優季から開登を奪う? そんなこと、できない。できっこない。
だったら……
表の日も、裏の日も、私が、開登と付き合ってなかったら?
開登とは、もう、会わない。話さない。LINEも電話もしない。
そりゃ、同じ学校で同じ学年だから、開登を見かけることはあるだろう。
でも、もう開登のことは見ない。見ないようにする。
表の日、今、付き合ってる開登とは……別れる。
裏の日に開登と付き合ってる優季が、表の日も開登と付き合うことになるのかどうかはわからない。
でも……そこにはもう触れなければいい。
優季には、黙っててもらう。私に開登のことは、話さないようにしてもらう。
大丈夫? それで私、大丈夫?
来週からは学年末試験。勉強に集中しよう。
学年末試験が終われば、すぐに春休み。しばらくは開登とも優季とも会わないでいられる。
春休みが終われば、もう3年生。
本格的に受験勉強も始めなければならない。
勉強や、他のことに集中していれば……
大丈夫。うん、大丈夫。
寝転んだまま、スマホを手に取った。
開登はまだ授業中だ。授業中はスマホを見ることはできない。
でも……
今。今打たないと……
『もう開登とは会わないことにしました』
『話もしたくありません。もう話しかけないでください』
『開登が読んだ後、このLINEも削除します。開登の電話番号も削除します』
開登がこのLINEを見るのは、授業が全部終わった後。部活の前。きっと、3時半頃。
私は目を閉じた。
それから少し、眠った。

3時35分。
開登からLINEが入った。
『どういうことだ?』
後からすぐに電話。
私は……出ない。
電話の呼び出し音が止んだ。
開登は今から部活だ。
次に電話が来るとしたら、部活終わり。6時過ぎだ。
優季からもLINEが入った。
『大丈夫?』
シンプルだけど、私の状況がわからない優季にすればそれくらいしか書けないだろう。
あまり突っ込んで来ないところが優季らしい。
『大丈夫 ありがとう 今日はごめん』
それだけ打った。

6時10分。
思った通り、また開登から電話が来た。
私は、出ない。

6時半。
お母さんが帰って来た。
お母さんには学校早退したことは言わなかった。
1時間も授業受けてないから早退じゃなくて休み? どっちでもいい。
夕飯の後、勉強すると言ってまた部屋にこもった。

9時。
スマホの電話の呼び出し音が鳴った。
また開登だ。
私は出ない。

10時。また。
私は出ない。
いったん切れた呼び出し音が、またすぐに鳴り出した。
そうやって5回、続けて。
私が出るまで、一晩中でも電話し続けるつもりだろうか。
電源を切ってしまおうと思ってスマホを手に取った。
6回目の呼び出し音が鳴り出した。

迷った。
迷ったけど……「応答」をタップしていた。
「やっと出たか」
開登の声。
なぜか、なつかしいと思った。
「どういうことだよ。ちゃんと説明しろよ」
「説明って……LINEしたとおり」
「だから、理由はなんだよ。オレ、窓花になんかしたか?」
「……ううん、そうじゃないけど」
「じゃ、なんでだよ! 納得できねえ!」
「……」
なんて言えばいいのか……わからなかった。
表の日と裏に日を同じにするため?
私のメンタルが持たないから?
開登には……開登には関係ない。
全部……私のため。
「オレのこと、好きだって言ってたよな」
「……うん」
「嫌いになったっていうことか?」
「……」
「どうなんだよ!」
そう……そういうことだ。
開登を嫌いになった。そういう、ことだ。
いったんスマホを離して、私は息を吸い込んだ。
スマホをまた口元に当てる。
「そうよ! 嫌いよ! 開登なんか、大嫌い!」
言った。思い切って、そう言った。

少しの沈黙。
「わかった」
開登の声。
「そこまで言うなら、オレも、もう会わない。話もしない」
「……」
「窓花のLINEも、電話番号も消す。それでいいな?」
「……はい……」
「じゃな!」
通話が、切れた。

しばらくの間、私はそのままベッドに座り込んでた。
開登と、別れた。
開登に、嫌いって、言った。
これでいい。これで……いいんだ。
そう、自分に言い聞かせた。
でも……

私はベッドに上がり込んだ。
敷布団の上にいったん正座してから、背中を丸めて、頭から布団を被った。
それから、枕を布団の中に引っ張り込んだ。
枕に、顔を埋めた。
声が、外に漏れないように。
そして、叫んだ。
枕に向かって、思いっきり、叫んでた。

「開登おおおおおおおおおおおおおおおお! 
 開登おおおおおおおおおおおおおおおお‼」

「好きだよおおおおおおおおおおおおおお! 
 大好きだよおおおおおおおおおおおおお‼」

泣いた。子供みたいに、泣いた。

「うわああああああああああああああああん」

泣きながら、叫んでた。

「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ 
 好きだよおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「開登おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
 大好きだよおおおおおおおおおおおおお‼」

そうやって、いつまでも、いつまでも、泣いてた。