2月19日 月曜日

ー風ー

 風はいい 風は自由
 風は どこへでも行ける
 きれいなお花畑にも 緑の草原にも
 自由に行ける 

 風はいい 風は自由
 高い空にも 広い海の上にも
 自由に行ける

 風はいい 風は自由
 私も風になって 
 大好きなあの人の 肩に触りたい
 大好きなあの人の 背中に思い切りぶつかりたい
 あの人の部屋の窓から 
 あの人の部屋の中へ吹き込みたい

 ふと、風が私の鼻先をかすめた
 私は風を呼びとめる
 お~い風さん、そんなに急いでどこ行くの?

 風は、何も答えてくれない

これは、私が高1の時に文芸部の作品集に載せた詩。

ー雪ー

 H2O その元素が変わることはない

 ある時は液体に ある時は気体に
 何億年、何十億年と繰り返す循環

 その中の一瞬 ほんの一瞬だけ 形作る
 見事な幾何学模様

 おそらく同じ形に結晶することは
 二度とない 永久に ない

 それでも私は 
 今 私の手のひらの上にあるその姿を 忘れない
 けして 忘れない

これは私が去年の作品集に載せた詩。

私は、二冊の作品集を教科書と一緒にリュックに入れて家を出た。
開登からのLINEと通話履歴は、また無くなってた。
でも、もう気にならなかった。
私のスマホは壊れてる。それだけのことだ。
開登とは、昨日、あんなに話せたんだから。
あんなにも、距離を縮めることができたんだから。

教室に入るとすぐに優季が駆け寄って来た。
「ねえ、聞いてくれる⁉」
私にも、優季に話したいことがあった。たくさんあった。でも……まずは優季だ。
「昨日、彼と二人で話ができたの!」
「え?」
「それもかなりいい感じで! なんか、私たちうまく行きそう!」
「そ……そうなんだ……よかった……ね」
おんなじだ。私と、おんなじだ。何か……妙。
でも、優季がHAPPYなら、それは、それで……
それからも優季はしゃべり続けていたけど、私の耳には入って来なかった。
優季は、先週の金曜日は振られたと言って落ち込んでた。
その前の日は確かバレンタインの告白がうまく行ったとよろこんでて……
優季のことが心配になった。
優季は……優季はいったいどうしてしまったんだろう。

1時間目の休み時間。
私は二冊の作品集を持って廊下に出た。
開登は「教室まで取りに行く」て言ってくれた。でも教室の中まで来させちゃ悪い。
私は作品集を抱えて、教室の前で開登を待った。
開登は……来ない。来なかった。
2時間目が始まるチャイムが鳴った。しかたなく私は教室に戻った。
2時間目の休み時間も、開登は来なかった。
3時間目の休み時間、私はC組へ行ってみた。
入り口の前まで行って、入ろうかどうしようか迷っていると、開登が出て来た。
私は開登に声をかけた。
「開登、これ、作品集」
開登が私を振り向いた。
「え? なに?」
なにって……なに?
「あんた、誰?」
誰、て……
「窓花」
私は答えた。
「窓花? ああ、確か、バレンタインの日に部活の後に声かけてきた人?」
「そ……そうだけど」
「あん時言ったよね。付き合ったり、そう言う気はないって」
え……え……そんな。どういうこと?
声が出なかった。
「しつこくしないでくれるかな。正直、迷惑だから」
なんで……なんでそんなこと言うの……
開登はそのまま歩いて行ってしまった。
涙が……涙が出そうになった。
私もそのまま、教室へ戻った。

それから、授業中もずっと考えていた。
昨日はあんなに楽しかったのに……
開登って、二重人格? 
それとも……からかわれてる? 遊ばれてる?
そんなはずない。そんなこと、あり得ない。
でも……
優季の様子もおかしいし。
いったい……いったいどうなってしまってるんだろう。
落ち着け、落ち着け窓花。
いったん整理してみる。
今日の開登は、冷たかった。
でも昨日は、開登とファミレスでいい感じで話せた。
その前は……土曜だから私は家にいた。開登にも会ってない。
その前の金曜は、開登からLINEが入ってて、休み時間に会った時も悪い感じじゃなかった。
そうだ! LINE!
今日はまたLINEと通話履歴が消えてた。
昨日はつながってた。だから開登とも連絡できた。
その前の土曜日は……消えてた! つながってなかった。
金曜日にはつながってた。
そして木曜日は……消えてた!
私のスマホのLINEと通話履歴は、一日ごとに消えたりつながったりしてる。
私のスマホが壊れてるにしても、偶然じゃない。
開登の態度と一致してる。それに……優季の様子とも。
そうだ。そもそもバレンタインの夜に開登がLINEと電話を私にくれなければ、私のスマホが開登につながってるはずがない。
だから、LINEも通話履歴もないんだ。
つまり、一日おきに違うシチュエーションの日が来てる、ていうことだ!
ていうことは、変なのは開登や優季じゃなくて……私?
でもどうして……どうしてこんなことに……?
そうだ。
神社! 神社での10円玉の占い!
あの時10円玉は、表でも裏でもなく、石畳と石畳の間に挟まって立った状態のまま止まった。今もそのままだ。
だから、バレンタインの告白が成功した日、つまり「表の日」と、成功しなかった日、「裏の日」が、交互にやってきてるのかもしれない。
きっと……きっとそうだ!

「お~い春日部~、聞いてるか~」
遠くから先生の声が聞こえた、ような気がした。
でも、それどころじゃなかった。

放課後。
優季には何も言わずに教室を飛び出した。
私は真っ直ぐに神社へ向かった。
神社に着いた時には息が切れてた。いつの間にか、走り出していた。
石段を昇って鳥居をくぐって真っ直ぐにお賽銭箱の前へ。
その右側、石畳と石畳の間。
あった。10円玉。あの時のまま、そこにしっかりとはまり込んでる。
私はしゃがみこんで、10円玉を摘まみ出そうとした。
だめだ。10円玉はしっかりとはまり込んでいて、摘まむことができない。
何回か試すうちに、人差し指の爪が割れた。
「そこで何してる!」
後ろから声がした。
振り向くと、境内にダウンジャケットを着たおじさんが立ってた。
怖い顔をしている。
「い、いえ、何でもありません」
私はあわてて立ち上がった。
「賽銭泥棒か⁉」
おじさんが近づいて来る。
「いえ、違います! 失礼します!」
そう言っておじさんに向かって頭を下げると、私は走り出していた。
そのおじさんを避けるように遠回りして、そのまま鳥居へ向かって走った。
だめだ。取れない。10円玉は取れない。
だめだだめだだめだ。
また、涙が出そうになった。


2月20日 火曜日

スマホのアラームで目を開けた。
すぐにLINEを開く。
あった。開登からのLINE。
思った通りだ。今日は、「表の日」。
『今日は作品集ってやつ持って来てくれよな。取りに行くから』
やっぱり開登は、私の詩を待っていてくれてた。
『はい、わかりました』
それだけ打った。

顔を洗って、制服に着替えてからダイニングへ。
お父さんとお母さんは、もうテーブルに座って朝ご飯を食べていた。
お父さんもお母さんも働いている。
私と前後して出勤する。私のペースに合わせていられない。
「おはよう。早く食べちゃいなさい」
食べ終わったお母さんが自分の食器を片付けながら言う。
「うん、おはよう」
私もテーブルに座りながら返事をする。
私を待っていたように、お父さんが席を立つ。
「じゃ、行って来る」
「いってらっしゃい」
「私ももう出かけるから、窓花、自分の食器は洗っておいてね」
と、お母さん。
変わらない。いつもと変わらない、朝。
お父さんとお母さんは、今日も、昨日も、一昨日も、その前の日も、変わらない。
なのに……

学校に着いて、教室に入る。
「おはよう」
私から、優季に声をかけた。
「……おはよう」
やっぱり優季は、元気がない。

授業が始まる。授業は昨日の続き。
先生の話は……きちんと昨日からつながってる。
真面目に聞いてたわけじゃないけど。
お父さんも、お母さんも、先生も、変わりなくちゃんと連続した毎日の中にいる。
お父さんにも、お母さんにも、先生にも、表の日や裏の日はない。
変わっているのは、開登と優季だけ……
違う世界に、二人の開登と優季がいるっていうこと?
その、違う開登と優季がいる二つの世界を、私は行ったり来たりしてるっていうこと?
ていうことは……
私にも、もう一人の私がいて、私が表の日にいる時はもう一人の私は裏の日にいて、私が裏の日にいる時はもう一人の私は表の日にいるっていうこと?
だとしたら……もう一人の私はどうなんだろう?
表裏に気付いて、やっぱり不安な思いをしてるんだろうか。
開登とのことは……バレンタインの日に振られたはずだから、そのまま口も利けないままなのだろうか……

「お~い春日部~、聞いてるか~」
また遠くから、声がした。

1時間目の休み時間。
私は前の日と同じように二冊の作品集を抱えて教室の前の廊下に立った。
すぐに、開登は来てくれた。
「持ってきてくれた?」
開登が話しかけてくれる。笑顔で。
「はい」
二冊の作品集を両手で差し出す。
「忘れてたって、ねえだろ。昨日は」
作品集を受け取りながら開登が言う。
「ごめん」
謝ったけど、忘れてたわけじゃ、ない。
きっと昨日の私は、開登と作品集の約束をしてなかったんだ。
「とにかくサンキュー。読ませてもらうよ」
そう言って開登はC組の方へ戻って行った。
一度振り返って、Vサインをくれた。笑顔で。
私は……ただ、開登の後ろ姿を見ていた。

その夜。
開登からLINEが入った。
『詩、読ませてもらった。
 スゲエな。オレにはあんなの書けない。
 ていうか、そもそも詩なんて書けないけど』
うれしかった。開登が褒めてくれた。スゲエって言ってくれた。
でも……
『ありがとう』

私は、それだけ、打った。