2月18日 日曜日
朝6時。
いつものように目が覚める。
昼前には学校へ行っておきたい。それにしてもまだ、早すぎる。でも……
起き上がって、スマホを確認する。念のため。
開登君からのLINEは……あった‼
どういうことだろう。
いや、どういうことでもいい。
とにかくこれで、開登君と連絡が取れる。開登君が連絡してくれる。
胸を撫でおろした。
でも……
『明日よろしく』
見覚えのないLINEが入ってる。昨晩だ。
『部活12時に終わる予定だからその頃駅前のファミレス行っててくれるか? 外じゃ寒いだろうから』
『はい。わかりました。席取っておきます』
私も……返信してる。
どういうこと? 私には、記憶がない。
スマホが勝手に返信してる? チャットGPT?
いや、私のスマホにそんな機能はない。
でも……とにかく、今日。
今日私は、開登君と、会える。
11時40分。
私は学校のある駅の駅前のファミレスに入った。
12時過ぎるとお店も混んじゃうと思って。
ボックス席を取って、出入口に向かって座った。
学校休みの日だけど、制服を着てきた。
開登君は部活だから、きっと制服。トレーニングウエアかもしれない。
どっちにしろ、私が私服っていうのは違うと思った。
12時10分。
開登君からLINEが入った。
『今部活終わった。今どこにいる?』
『お疲れ様。駅前のファミレスにいます』
『了解。すぐ行くから』
私はずっと、ファミレスの出入口を見てた。
15分後。
来た!
青いトレーニングウエア。開登君だ。
私は立ち上げって手を振った。
私を見つけた開登君が手を上げた。そして、白い歯を見せた。
笑ってくれた。私を見て、笑ってくれた。
「悪い! 待たせた」
開登君が、大きなスポーツバッグといっしょに、ドカッと、私の向かいに座る。
「注文は?」
「……まだ」
「オレを待っててくれた? 悪いな」
まるで、ずっと前から知り合いだったみたいに私に話しかけてくれる。
開登君はすぐにメニューを開いて、ハンバーグランチを注文した。
私は……迷ったけど、サンドイッチ。
「え~と、春日部……さん?」
「は、はい」
いきなり名前を呼ばれた。
「春日部って、どっかの地名にあったっけ?」
「はい……埼玉の」
「春日部さん、て呼ぶのも、なんかな。名前、窓花だったよね。『窓花』て呼んでいいかな?」
「は……はい」
え、いきなり呼び捨て?
で、でも……いい。もちろん、いい。
「窓の花って、いいな。可愛い名前だよな」
開登君が、可愛いって、言ってくれた。
「は……はい。母が私を生んだ時、病室の窓から見えた桜がとってもきれいだったので、父と母で決めたって……」
言えた。話せた。
今まで何回も聞かれて、何回も答えてきた質問だったっていうこともあるけど。
「あの、開登君、いえ、藤村君のことは……」
がんばって、続けてみた。
「オレのことは、『開登』でいいよ」。
え、私も呼び捨て?
「い、いいの?」
「ああ。みんなそう呼んでるから」
「は……はい」
開登。心の中で呼んでみた。
「開登……ていう名前の意味は……」
「知らね。聞いたことない。字の通りなんじゃね?」
字の通り……切り開いて、登る。
男らしい、いい名前だ。
思ったけど、口には出せない。
ハンバーグランチとサンドイッチが運ばれてきた。
お腹が減っていたのだろう。
開登君……いえ、開登は、ハンバーグランチをあっという間にたいらげた。
私は……サンドイッチを、一切れだけ食べた。
お昼ご飯は食べてなかったけど、お腹がいっぱい、じゃなくて、胸がいっぱいで。
それに……開登に、食べてるところを見られるのが、恥ずかしくて。
「それ、もう食わねえの?」
ハンバーグランチを食べ終わった開登が訊いてきた。
「う…うん。お腹、そんなに空いてなくて」
「じゃ、もらってもいいかな?」
え、え? 私のサンドイッチを?
「でも、手、着けちゃったよ」
「いいよ。もったいないだろ」
そう言って開登は、私の目の前のサンドイッチに手を伸ばしてきた。
私はサンドイッチの乗ったお皿を開登の方に押し出した。
開登はお皿を受け取ると、それも全部食べてしまった。
私は開登が食べる様子を見ていた。
じっと見ていた。
なぜか……頼もしいって、思った。
「なんか飲むか?」
食べ終わった開登が言った。
「そうだね」
「じゃ、ドリンクバー頼むか」
ドリンクバーを追加で注文した。
「私、取ってくる」
「じゃ、オレ、ウーロン茶」
「温かいの?」
「いや、冷たくていい。氷は抜きで」
ウーロン茶とホットミルクティーを乗せたトレーを運びながら、思った。
なんか……恋人同士みたい。二人で話すの、今日がはじめてなのに。
自分の顔が赤くなっているのが、自分でわかった。
それからも私たちは、たくさんおしゃべりした。
開登は、いっぱい話してくれた。
だから、私も話せた。
「オレのこと、いつから知ってた?」
「学園祭の招待試合。それまでも廊下とかで見かけてたかもしれないけど」
「ああ、あの時か」
「大活躍だったもんね。バスケ、いつからやってるの?」
「高校から」
「へええ、それでもうレギュラーなんだ。すごいね」
「小学校の時から地元のクラブでサッカーやってたんだけど、中学になったら急に身長伸びて、そしたらゴールキーパにされたんだ」
「へええ」
「キーパーって、試合中あんまり動かねえだろ。で、物足りなくって。オレ、動き回るの好きだから」
「そうなんだ」
「高校入って、サッカー部入ったらどうせまたキーパーやらされるだろうと思って。で、バスケにした。一番動き回れそうだから」
「で、大活躍だね。正解だったね」
「窓花は? 部活は?」
窓花。窓花って、呼んでくれてる。
「文芸部」
「文芸部? 何やってんの?」
「本を読んだり、詩を書いたり、小説書いたり。基本、個人の自由」
「へええ。窓花も何か書いてんの?」
「……私は、詩」
「どんな?」
「どんなって……ここじゃ言えないよ」
「そうか。発表とか、しねえの?」
「年一回、部員の作品集を作って学園祭の時に配布してるけど……」
「それ、見せろよ」
「え⁉」
しまった。言うんじゃなかった。
「いいだろ。窓花がどんな物書いてるのか、知りたい」
「でも……私なんかの……」
「いや、窓花のこと、もっと知りたいから」
「……なんで?」
「実はさ、オレも、前から窓花のこと気になってた」
「え⁉」
まさか……
「ちょっと前から、そう、今の話だと学園祭の後くらいからかな、廊下とかですれ違う時、窓花、オレのこと見てただろ」
ば……ばれてた。
「わ……わかった?」
「だって、チラ見っていうより、ガン見だったから」
「……ごめんなさい」
「いや、いいんだ。それでオレも、だんだん窓花のこと気になり出して」
「そう……なんだ」
「バレンタインの日、チョコケーキもらった時は、正直うれしかったよ。これでちゃんと話せると思って」
「あ……ありがとう」
なぜか、お礼の言葉が出た。
「こっちこそ、サンキュー」
「うん」
私の返事も、「はい」から「うん」に変わってた。
「だから、読ませろよ。窓花の書いた詩」
「わっかた。明日、作品集学校に持ってく」
「おお。じゃ、窓花の教室まで取りに行くから」
「うん」
それからも、私たちはたくさんおしゃべりした。
好きな音楽のこと。映画のこと。アニメのこと。
いつの間か時間が経ってた。5時になってた。
「いけね、そろそろ帰らなくちゃ」
「そうだね」
ファミレスを出て、駅の改札の前で私たちは別れた。
「開登、家はどっちの方?」
私は、下り電車。
「オレん家、この駅の反対側、歩いて10分のとこ」
「……そうなんだ」
「だからさ、ここで」
「……うん」
ちょっと、淋しい。
「じゃ、また明日」
開登が言ってくれた。
「うん、また明日」
私もそう返した。
明日。また明日。
一人になってからも私は、その言葉を何度も繰り返していた。
朝6時。
いつものように目が覚める。
昼前には学校へ行っておきたい。それにしてもまだ、早すぎる。でも……
起き上がって、スマホを確認する。念のため。
開登君からのLINEは……あった‼
どういうことだろう。
いや、どういうことでもいい。
とにかくこれで、開登君と連絡が取れる。開登君が連絡してくれる。
胸を撫でおろした。
でも……
『明日よろしく』
見覚えのないLINEが入ってる。昨晩だ。
『部活12時に終わる予定だからその頃駅前のファミレス行っててくれるか? 外じゃ寒いだろうから』
『はい。わかりました。席取っておきます』
私も……返信してる。
どういうこと? 私には、記憶がない。
スマホが勝手に返信してる? チャットGPT?
いや、私のスマホにそんな機能はない。
でも……とにかく、今日。
今日私は、開登君と、会える。
11時40分。
私は学校のある駅の駅前のファミレスに入った。
12時過ぎるとお店も混んじゃうと思って。
ボックス席を取って、出入口に向かって座った。
学校休みの日だけど、制服を着てきた。
開登君は部活だから、きっと制服。トレーニングウエアかもしれない。
どっちにしろ、私が私服っていうのは違うと思った。
12時10分。
開登君からLINEが入った。
『今部活終わった。今どこにいる?』
『お疲れ様。駅前のファミレスにいます』
『了解。すぐ行くから』
私はずっと、ファミレスの出入口を見てた。
15分後。
来た!
青いトレーニングウエア。開登君だ。
私は立ち上げって手を振った。
私を見つけた開登君が手を上げた。そして、白い歯を見せた。
笑ってくれた。私を見て、笑ってくれた。
「悪い! 待たせた」
開登君が、大きなスポーツバッグといっしょに、ドカッと、私の向かいに座る。
「注文は?」
「……まだ」
「オレを待っててくれた? 悪いな」
まるで、ずっと前から知り合いだったみたいに私に話しかけてくれる。
開登君はすぐにメニューを開いて、ハンバーグランチを注文した。
私は……迷ったけど、サンドイッチ。
「え~と、春日部……さん?」
「は、はい」
いきなり名前を呼ばれた。
「春日部って、どっかの地名にあったっけ?」
「はい……埼玉の」
「春日部さん、て呼ぶのも、なんかな。名前、窓花だったよね。『窓花』て呼んでいいかな?」
「は……はい」
え、いきなり呼び捨て?
で、でも……いい。もちろん、いい。
「窓の花って、いいな。可愛い名前だよな」
開登君が、可愛いって、言ってくれた。
「は……はい。母が私を生んだ時、病室の窓から見えた桜がとってもきれいだったので、父と母で決めたって……」
言えた。話せた。
今まで何回も聞かれて、何回も答えてきた質問だったっていうこともあるけど。
「あの、開登君、いえ、藤村君のことは……」
がんばって、続けてみた。
「オレのことは、『開登』でいいよ」。
え、私も呼び捨て?
「い、いいの?」
「ああ。みんなそう呼んでるから」
「は……はい」
開登。心の中で呼んでみた。
「開登……ていう名前の意味は……」
「知らね。聞いたことない。字の通りなんじゃね?」
字の通り……切り開いて、登る。
男らしい、いい名前だ。
思ったけど、口には出せない。
ハンバーグランチとサンドイッチが運ばれてきた。
お腹が減っていたのだろう。
開登君……いえ、開登は、ハンバーグランチをあっという間にたいらげた。
私は……サンドイッチを、一切れだけ食べた。
お昼ご飯は食べてなかったけど、お腹がいっぱい、じゃなくて、胸がいっぱいで。
それに……開登に、食べてるところを見られるのが、恥ずかしくて。
「それ、もう食わねえの?」
ハンバーグランチを食べ終わった開登が訊いてきた。
「う…うん。お腹、そんなに空いてなくて」
「じゃ、もらってもいいかな?」
え、え? 私のサンドイッチを?
「でも、手、着けちゃったよ」
「いいよ。もったいないだろ」
そう言って開登は、私の目の前のサンドイッチに手を伸ばしてきた。
私はサンドイッチの乗ったお皿を開登の方に押し出した。
開登はお皿を受け取ると、それも全部食べてしまった。
私は開登が食べる様子を見ていた。
じっと見ていた。
なぜか……頼もしいって、思った。
「なんか飲むか?」
食べ終わった開登が言った。
「そうだね」
「じゃ、ドリンクバー頼むか」
ドリンクバーを追加で注文した。
「私、取ってくる」
「じゃ、オレ、ウーロン茶」
「温かいの?」
「いや、冷たくていい。氷は抜きで」
ウーロン茶とホットミルクティーを乗せたトレーを運びながら、思った。
なんか……恋人同士みたい。二人で話すの、今日がはじめてなのに。
自分の顔が赤くなっているのが、自分でわかった。
それからも私たちは、たくさんおしゃべりした。
開登は、いっぱい話してくれた。
だから、私も話せた。
「オレのこと、いつから知ってた?」
「学園祭の招待試合。それまでも廊下とかで見かけてたかもしれないけど」
「ああ、あの時か」
「大活躍だったもんね。バスケ、いつからやってるの?」
「高校から」
「へええ、それでもうレギュラーなんだ。すごいね」
「小学校の時から地元のクラブでサッカーやってたんだけど、中学になったら急に身長伸びて、そしたらゴールキーパにされたんだ」
「へええ」
「キーパーって、試合中あんまり動かねえだろ。で、物足りなくって。オレ、動き回るの好きだから」
「そうなんだ」
「高校入って、サッカー部入ったらどうせまたキーパーやらされるだろうと思って。で、バスケにした。一番動き回れそうだから」
「で、大活躍だね。正解だったね」
「窓花は? 部活は?」
窓花。窓花って、呼んでくれてる。
「文芸部」
「文芸部? 何やってんの?」
「本を読んだり、詩を書いたり、小説書いたり。基本、個人の自由」
「へええ。窓花も何か書いてんの?」
「……私は、詩」
「どんな?」
「どんなって……ここじゃ言えないよ」
「そうか。発表とか、しねえの?」
「年一回、部員の作品集を作って学園祭の時に配布してるけど……」
「それ、見せろよ」
「え⁉」
しまった。言うんじゃなかった。
「いいだろ。窓花がどんな物書いてるのか、知りたい」
「でも……私なんかの……」
「いや、窓花のこと、もっと知りたいから」
「……なんで?」
「実はさ、オレも、前から窓花のこと気になってた」
「え⁉」
まさか……
「ちょっと前から、そう、今の話だと学園祭の後くらいからかな、廊下とかですれ違う時、窓花、オレのこと見てただろ」
ば……ばれてた。
「わ……わかった?」
「だって、チラ見っていうより、ガン見だったから」
「……ごめんなさい」
「いや、いいんだ。それでオレも、だんだん窓花のこと気になり出して」
「そう……なんだ」
「バレンタインの日、チョコケーキもらった時は、正直うれしかったよ。これでちゃんと話せると思って」
「あ……ありがとう」
なぜか、お礼の言葉が出た。
「こっちこそ、サンキュー」
「うん」
私の返事も、「はい」から「うん」に変わってた。
「だから、読ませろよ。窓花の書いた詩」
「わっかた。明日、作品集学校に持ってく」
「おお。じゃ、窓花の教室まで取りに行くから」
「うん」
それからも、私たちはたくさんおしゃべりした。
好きな音楽のこと。映画のこと。アニメのこと。
いつの間か時間が経ってた。5時になってた。
「いけね、そろそろ帰らなくちゃ」
「そうだね」
ファミレスを出て、駅の改札の前で私たちは別れた。
「開登、家はどっちの方?」
私は、下り電車。
「オレん家、この駅の反対側、歩いて10分のとこ」
「……そうなんだ」
「だからさ、ここで」
「……うん」
ちょっと、淋しい。
「じゃ、また明日」
開登が言ってくれた。
「うん、また明日」
私もそう返した。
明日。また明日。
一人になってからも私は、その言葉を何度も繰り返していた。