2月15日 木曜日

スマホのアラームで目を開けた。
横になったまま枕元のスマホを手に取ってアラームを止める。
スマホの画面を見る。
表示されている時刻は「6:00」
昨晩のことを思い出した。
開登君が言ってくれた。
「今度一度、会って話さねえか?」
「次の日曜とか」
「いっしょに昼飯でも食いながら」
自分の顔がニヤけてるのが自分でわかった。
開登君とは……LINEもつながった。
短いメッセージだったけど、昨夜も寝るまで何度も読み返した。
『藤村開登だけど』
『チョコケーキ、サンキュー』
『うまかった』
『今電話してもいいかな?』
また見たくなった。
LINEを開く。
「あれ?」
開登君からのLINEが……ない。
おかしい。昨日、何回も見たのに。
間違って削除した?
そんなはずない。そんなことするはずない。
電話は……
電話の履歴も、ない。
飛び起きる。
どうしたんだろう?
何度も見直す。検索してみる。
やっぱり……ない。
スマホの故障か?
そうこうしてるうちに時間が過ぎる。
支度しないと。学校行かないと。
仕方ない。いったんスマホを閉じる。

通学途中もスマホのことが気になって仕方なかった。
帰りに駅前のスマホのショップに行ってみよう。
治るかな……買い替えなきゃいけないかな……
学校に着いて、教室に入るとすぐに先に来ていた優季が駆け寄って来た。
「昨日、どうだった?」
本命チョコの結果のことだ。
大成功! 
て、言いたいとこだったけど、優季は昨日、本命に振られていたことを思い出した。
優季の前であまりはしゃいじゃ悪い。
「うん……まあ」
私は曖昧な返事を返した。
すると。
「私はね、大成功‼」
優季が言った。満面の笑顔で。
え? 
昨日は確か、だめだった、て言ってたはずじゃ?
「夕べLINEが来て、電話で話して、それで、今度の日曜に会うことになった‼」
優季が続けた。
おんなじ。私も……そうなんだけど。
「あ、ごめんね! 一人ではしゃいじゃって‼」
いいけど。優季がHAPPYなら、いいんだけど……
でも……
何か……変な感じ。違和感が、あった。

休み時間。
うっとり夢見心地の表情で窓の外を見ている優季を残して、私はトイレへ。
女子トイレから出た瞬間、目の前にいたのは、開登君。
開登君もきっと、隣の男子トイレから出て来たところなのだろう。
「ドキ」
心臓が鳴った。
開登君と目が合った、ような気がした。
でも……
開登君は、そのまま自分の教室の方へ歩いて行ってしまった。
無視。
されたような気がした。
私に気が付かなかったのだろうか。
それとも……
他の生徒も見ている中だし、目立たないように……
でも……あいさつくらいしてくれてもいいのに。
昨日の今日なんだし。
そういえば……私もあいさつしてなかった。
急なことでビックリしてしまって。
私が悪かったのかな……
私の方からあいさつしなかったから……
なんか……モヤモヤした。

学校からの帰り。
優季には先に帰ってもらって、私は駅前の商店街にあるスマホショップへ行った。
ショップの店員さんにスマホを見てもらった。
「スマホ自体に特に不具合はありませんよ。通信会社にも問い合わせてみましたが、昨日は通信障害もなかったみたいです。やっぱり、ご自分で削除したのでは」
そう言われた。
仕方ない……そのまま家に帰った。

夜。
私はスマホを握ったままベッドに寝転んでた。
開登君からまた、電話かLINE来ないかな……
そう期待しながら。
こちらから開登君に連絡することは、できなかった。
履歴が残ってないから、開登君の電話番号もLINEもわからない。
わかっていたとしても、きっとそんな勇気なかっただろうけど。
いつまで待っても、電話もLINEも、ない。
モヤモヤしたまま、いつの間にか、眠ってた。


2月16日 金曜日

スマホのアラームで目を覚ました。いつものように。
アラームの音はいつもより遠くから聞こえていた。
起き上がってスマホを探す。
夕べはスマホを持ったまま眠ってしまった。
スマホはベッドの下に落ちてた。
スマホを拾って、画面を見る。
LINEが入ってる‼
『今何してる?』
『寝ちゃったか?』
『じゃ、また明日』
開登君からだ!
夕べは気が付かなかった。ていうか、夕べは入ってなかった。確かに。
やっぱり、このスマホおかしい。壊れてる。
そんなことより……うれしい!
開登君が、ちゃんと連絡くれた。
私のこと、気にしていてくれた。
よかった……ほんと、よかった。

上々の気分で登校した。
教室に入ると、優季がいた。いつものように。
自分の席に座って、頬杖をついてる。
表情が……暗い。
昨日はあんなに嬉しそうだったのに。
「あ……おはよう」
私に気が付いた優季が、笑いかける。
その笑顔は、やっぱなんか、淋しそう。
「おはよう」
隣へ行って、話しかけてみた。
「なんか……あった?」
「う……うん。一昨日のこと思い出してた。やっぱりちょっと……引きずってるかな」
一昨日……バレンタインデーのことだ。
やっぱり優季は……振られてしまったのか。
でも、昨日は……
何て言葉をかければいいのかわからなかった。
優季に、何が起きているのかも……わからなかった。
結局私は、何も言えなかった。

休み時間。
淋しそうな表情で窓の外を見ている優季を残して、私はトイレへ。
女子トイレから出た瞬間、目の前にいたのは、開登君。
まただ!
「ドキッ」
心臓が鳴る。
私に気が付いた開登君が、白い歯を見せて、笑った。私を見て、笑ってくれた。
それから、右手を上げて、Vサイン。
え……どういうこと? 意味、よくわかんない。
でも……私も右手を上げて、Vサインを作っていた。
それを見て……開登君が、うなずいた。うなずいてくれた。
「開登、行くぞ」
いっしょにいた男子生徒が開登君に声をかけた。
「おお」

そう言って、開登君は自分の教室に向かった。
歩きながら、一度振り向いて、笑顔を見せてくれた。
私に……私に向かって、笑顔を見せてくれた。
私も開登君に笑顔を返した。でもそれは……泣き顔みたいな笑顔だったかもしれない。

その夜。
開登君からLINEが入った。
『やっぱ、人前じゃあんまりしゃべれないな』
今日の休み時間のことだ。
『そうだね』
『日曜楽しみにしてる。いっぱい話そ』
『はい、よろしくお願いします』
『部活終わったら連絡するから』
『はい、待ってます』
今、電話して話したい。開登君と話したい。
そう思ったけど、やめておいた。
十分。これでもう、十分。
『じゃ、おやすみ』
『はい、おやすみなさい』
私は枕元にスマホを置いて、布団を被った。


2月17日 土曜日

朝6時。
学校が休みの土日はスマホのアラームはセットしていない。
それでも6時に一度、目が覚める。
習慣、てやつだろう。
普段ならそのまま二度寝する。でも……
寝てられない。
パッチリ、目が覚めてる。うれしくて。
開登君からLINEを見直したくなる。
枕元のスマホを手に取る。
「……あれ?」
声が出る。
開登君からのLINEが……ない。
まただ。
やっぱり、おかしい。私のスマホ、おかしい。
壊れてる。
この前は、異常ない、て、言われたけど……
ショップが開く時間になってから、別のスマホショップへ行ってみた。
やっぱり、異常ない、通信障害も発生してない、そう言われた。
どうしよう。明日。
明日私は……開登君と。
午前中は部活だって言ってた。
『部活終わったら連絡するから』
LINEにそう打ってくれてた。
このままじゃ、開登君からの連絡が入らない。
私も学校へ行って、開登君の部活が終わるのを待とう。
バレンタインの日みたいに。部室棟の前で。それしかない。
悶々とした気持ちのまま、一日を過ごした。
明日になれば……そう自分に言い聞かせて。