「表の日」も、「裏の日」も、愛することを誓います。

12月27日 火曜日

朝。
冷たい水で泣き腫らした顔を洗う。
結局あのまま泣き疲れて眠ってしまったみたいだ。
スマホのアラームもセットしていなかった。
スマホは開いていない。
開登のLINEと電話番号を削除しなければならない。
でも、今日は「裏の日」。
最初から、LINEも電話番号もない、はずだ。
スマホを開く気にもなれなかった。
そのまま家を出る。
2日続けてズル休み?するわけには行かない。

学校に着いて、教室に入る。
すぐに優季が駆け寄って来る。
「大丈夫?」
「うん、昨日はごめんね」
無理やり笑顔を作って言葉を返す。
昨日? 少しだけ、違和感を感じた。

その時。
開登が、いきなり、開登が私たちの教室に入って来た。
私を見つけて、私の方に歩いて来る。
開登が私の机の前に立った。怖い顔をしている。
バン、と音を立てて、勢いよく、私の机の上に冊子を置いた。
「これ、借りてたやつ! 返す‼」
開登に渡した、文芸部の作品集だ。
「それとな」
開登が続ける。
「やっぱ、納得できねえ‼」
え……?
待って。待って待って。
私は混乱した。今日は、裏の日、のはず。
でも、この状況は……
「ちゃんと説明しろよ‼」
この状況は、昨日の続き……
どいうこと? いったいどういう……?
私の横で、優季が唖然とした顔をして固まっているのに気が付いた。
回りを見回す。
教室の中にいた人たちも全員、こっちを見ている。
当然だ。
「ちょ……ちょっと待って」
かろうじて声が出た。
「あ……後で、後で連絡するから」
「連絡、つっても、LINEも電話も消したんだろ‼」
開登が私の机の上に、バン、と両手を突く。
開登の顔が、私の目の前にあった。
「ま……まだ、消してないから」
そう、今日はまだ、スマホを開いていない。
「本当か?」
すごい圧だ。
「う……うん。ね、もう先生来ちゃうから……」
先生より、開登の圧から解放されたかった。
それに、周りの視線からも。
「わかった、絶対(ゼッテー)な‼」
そう言って、開登が上体を起こした。
開登の圧が少しだけ遠のいた。
絶対(ゼッテー)だぞ!」
もう一回、そう繰り返してから開登は後ろを向いた。

開登が教室から出ていくと、ようやく呼吸ができた、ような気がした。
大きく息を吐いた。
教室全体がそうだったみたいだ。
教室が一斉にざわめいた。
「ねえ……」
私の隣で固まってた優季が話しかけて来た。
「窓花、藤村君と付き合ってるの?」
「え?……あ、う、うん」
そうだ。私は優季に開登のことを話してなかった。
表の日の優季は、バレンタインの日に告白した相手に振られてる。
その相手は、たぶん開登。
だったら、優季は今……
「いいじゃん! お似合いだよ!」
優季が言った。満面の笑顔で。
「でも、優季がバレンタインに告白した相手って……」
「うん、藤村君だよ。でも、もう大丈夫だから」
「……ほんと?」
「実はね……うちのクラスに、松沢っているでしょ」
松沢……そう言えば、そんな男子が……
優季が教室の後ろを見た。
後ろの方の席からこっちを見ていた松沢……君が、あわてて視線を逸らした。
「あいつにね、先週、告られて……地味なやつだけど、ちょっと付き合ってやろうかな、て思ってて」
「そう……なんだ」
こっちの優季には、そんなことがあったんだ……
「だから、私のことは心配しないで。それより藤村君。なに今の。けんかしたの?」
「い……いや……」
なんて説明していいのか、わからない。
「だったら早く仲直りしなよ! もったいないよ。そんなことしてたら」
「う……うん」
とにかく、とにかく今は、自分でも状況が整理できてない。
まずは、落ち着いて、頭を整理して、それから……

放課後。
私は一人で神社へ向かった。
優季にいっしょに来てもらおうかと思ったけど、やめた。
優季にはまだ話せない。
まずは私が、確かめないと。

神社に着いた。
真っ直ぐにお賽銭箱へ向かう。
お賽銭箱のすぐ右。石畳と石畳の間。
そこに挟まっている、10円玉……が……
ない!
ない! 確かに、ない!
回りも見回してみた。
やっぱり、ない。10円玉は、ない。
予想していた、かもしれない。
挟まっていた10円玉が、そこから取れたんだ。
誰かが取ってくれたのかもしれない。
だから、私の表裏の日も、終わったんだ!
涙が、出そうになった。
いや……でも、まだわからない。
明日はまた、裏の日かもしれない。
表の日と裏の日の順番が変わっただけかもしれない。
それなら……明日が、明日が表の日なら……
私はスマホを取り出して、開登にLINEした。
LINEはちゃんとつながってた。
『明日の朝、学校行く前に神社に来て。そこで話す』
そう打った。
明日、このLINEを読んだ開登が、ここに来てくれれば……
明日も、「表の日」。

それから私は、神社にお参りした。
お賽銭箱に100円玉を入れた。10円玉ではなく。
鈴を鳴らして、手を合わせた。
そして、願った。心から、願った。
神様、ごめんなさい。あんな、神様を試すようなことをしたから……ごめんなさい。
もうしません。もう二度と、あんなことしません。
だから……この日が、この表の日が、これからもずっと続きますように……
お願いします。どうか、お願いします。


2月28日 水曜日

朝。
LINEを確認する。
あった。開登からのLINE。
大丈夫。今日も、「表の日」だ。

いつもより30分早く家を出た。
神社に着くと、先にもう開登が来ていた。
石段の前で待っていてくれた。
「おはよう!」
「おお、今日はちゃんと……」
言いかけた開登の手を掴んで、石段を駆け上った。
真っ直ぐにお社の前のお賽銭箱へ。
そのすぐ右。石畳。
「見て!」
私は10円玉が挟まっていた石畳を指さした。
「10円玉が、なくなってるの!」
「ああ……あれな……」
開登が言う。
驚いた様子はない。
え? ひょっとして……知ってた?
「あれ、オレが引き抜いた」
「え……ええ⁉」
私は大きな声を上げてた。
「いつ? どうやって⁉」
「一昨日。窓花がオレともう会わねえとか電話してきた日。あの後、やっぱどうしても納得できなくて、なんか窓花が神社で10円玉がどうのって言ってたのを思い出して、そのせいじゃねえかと思って」
あの日に……あの後に……
「夜遅かったけど、チャリンコでここまで来て、引き抜いた」
「でも……どうしても取れなかったのに」
「石畳の隙間から10円玉の下にドライバー差し込んで持ち上げたら頭出したから、ペンチでそこ摘まんで引き抜いた」
「ドライバー? ペンチ?」
「ああ。絶対(ゼッテー)抜いてやろうと思って、家から工具セット持って来た」
「で、その10円玉は?」
「オレの手の上でちゃんと表を出して、それから賽銭箱に投げ入れといた」
開登が……開登が10円玉を取ってくれた。
開登が……私を助けてくれた。救ってくれた。
「開登! ありがとう!」
私は開登に飛びついていた。
開登の胸に顔を埋めた。
「開登、ごめん! あんなこと言って、ごめん!」
開登の胸に向かって、叫んだ。
「開登。好きだよ。大好きだよ‼」
開登が、私の背中に手を回してくれた。
「オレも……好きだ。窓花のことが、好きだ」
言ってくれた。開登が、言ってくれた。
泣いていた。
私はまた、泣いていた。
開登の腕に抱かれて、泣いていた。


10年後 3月14日 火曜日

あれから10年の月日が流れた。
私にはもう、あの、「裏の日」はやって来なかった。
開登とは、意見が合わないこともあった。喧嘩もした。
それでも私たちは、10年間、付き合って来られた。
開登と喧嘩した日は、私にとっては「裏に日」。
でも、あの時みたいに、世界が変わってしまうような「裏の日」は、もうやって来なかった。

一昨日、3月12日の日曜日、私たちは、結婚した。
教会で式を挙げた。
式には優季も来てくれた。
優季も1年前に結婚していた。あの、松沢君と。
式には二人そろって参列してくれた。

そして今日、私たちは、あの神社にいる。
石段も、鳥居も、石畳も、変わってなかった。
境内の桜の蕾は少しだけ膨らみ始めていた。
お社も、その前のお賽銭箱も変わっていない。
二人で、お賽銭箱にお賽銭を入れた。
10円玉じゃない。ちょっと奮発した。
私も開登も、もう、立派な?社会人だ。
鈴を鳴らして、頭を下げる。
それから……

一昨日、私たちは教会の神父さんの前で誓った。
「健やかなる時も、病める時も」
「富める時も、貧しき時も」
でも、私たちにとっては、ここだ。
やっぱり、ここだ。
ここで、誓わなければ。

「オレは」  「私は」
「表の日も」 「裏の日も」
「窓花を」  「開登を」

「「愛することを誓います」」


(完)