2月13日 火曜日

(まど)()は、本命いるの?」
横を歩く()()が訊いてきた。
もちろん、明日のバレンタインデーのことだ。
学校から駅に向かう帰り道。優季とは高1、高2と同じクラスで、同じ部活、文芸部。
親友だ。
「え? あ……ま、まあ」
私は曖昧な返事を返す。
実は私にも、本命がいる。
C組の、藤村(かい)()、君。バスケ部。
私が彼を意識し始めたのは、去年の秋の学園祭。
バスケ部は他校を招待して練習試合をしてた。
私は優季に誘われて、いっしょにその試合を見た。
彼は、まだ2年生なのにレギュラーだった。
大活躍だった。カッコよかった。
優季が教えてくれた。
「あれが、開登。藤村開登」
C組は私たちのA組の二つ隣だから、その後も時々、廊下などで彼を見かけた。
背が高いから目立った。
彼の姿を見るたびに、心臓が鳴った。
彼に対する思いが膨らんで行くのが自分でもわかった。
好き。
今でははっきりと、そう認識している。
見かけるたびに思った。
話したい……話してみたい。
でも話しかけることなんてできなかった。
とても。そんな勇気なかった。
でも……明日は、バレンタインデー。
明日なら……
カレンダーが、私の背中を押してくれた。

「……優季は?」
逆に振ってみた。本命の話だ。
「いるよ!」
即答。真っ直ぐな答え。
「明日、告る」
隠したりしない。優季のこういうところが好きだ。
誰かな? 優季の本名って……
思ったけど、そこまでは口に出せない。
「ねえ、神社、寄ってかない?」
優季が言う。
「神社?」
「うん、願掛け」
学校と駅の間に神社があって、通学路からちょっと遠回りすれば行くことができた。
そんなに大きくはないけど、五、六段くらいの石段があって、小さな鳥居があって、境内には桜の木が植えられていた。
でも、バレンタインって、もともとキリスト教の行事? 日本の神社に願掛け?
そう思ったけど、これも口には出さない。
「そっか……じゃ、行ってみよっか」

大きな道路沿いの神社。神社の隣はマンションだ。
二人並んで石段を登る。境内には誰もいない。
お社まで石畳が敷かれている。
鳥居をくぐって、石畳を歩く。
石畳みの上に桜の木が黒い枝を伸ばしている。
枝の蕾はまだ豆粒みたいに閉じたままだ。
お社の前。大きな鈴から紅白の太い紐が垂れ下がっている。紐の色はちょっと色あせてしまっている。
その下に置かれたお賽銭箱。
私たちはお賽銭箱の前に立った。
優季が手袋を取って、背中のリュックから財布を取り出す。
まずはお賽銭だ。
私も優季にならって、リュックから財布を取り出す。
「そうだ、これで占ってみよう」
優季が言った。財布から取り出した10円玉を摘まんでいる。
「占う?」
「そう、明日の告白が、うまく行くかどうか」
「……どうやって?」
「この10円玉を投げて、表が出たら、告白成功。裏が出たら、失敗」
「表? 裏?」
「知らない? 平等院鳳凰堂のある方が表、数字の10がある方が裏」
そういえば、修学旅行で京都に行った時そんな話を聞いたような気がする。
優季が右手に10円玉を握りしめる。
「えい!」
声を上げて、優季が10円玉を真上に放り投げた。
落ちてきた10円玉を見事にキャッチする。
手のひらを広げる。
「……どうだった?」
「裏!」
きっぱりと答える。
「……残念」
「うん。でも、明日はがんばる!」
前向きだ。優季のこういうところも、好きだ。
優季がお賽銭箱にその10円玉を投げ入れた。
「コン」と木の蓋に当たる音をたてて、10円玉がお賽銭箱の中に消えた。
優季が紐を引いて、鈴を鳴らす。
「カラン、カラン、カラン」
音が響く。
目を閉じて手を合わせる。
優季の告白が成功しますように……私も心の中で祈った。
「窓花の番だよ」
優季が私を振り向く。
「窓花も、占ってみなよ」
「そ、そだね」
私も財布の中から10円玉を摘まみ出した。
裏が出たら、どうしよう……きっと私は、優季みたいにはしてられない。
でも……
右手のひらに10円玉を乗せた。
「えい!」
声を上げて10円玉を投げ上げた。
真上に上がった10円玉が落ちて来る。
私はそれをキャッチしようとして、右手を伸ばした。
10円玉は、私の右手の中指の先に当たって、そのままお賽銭箱の方へ飛んだ。
「あ!」
私は声を上げた。
お賽銭箱の縁に当たった10円玉は、私の足元に落ちて、弾んだ。
そのまま石畳の上を転がる。
私は10円玉を目で追った。
お賽銭箱のすぐ右横、石畳と石畳の間の隙間。
弧を描いて転がっていた10円玉は、スッポリとそこに治まって、止まった。
「え⁉」
「え⁉」
私と優季は同時に声を上げた。
私はしゃがみ込んだ。
回り込んできた優季も私の向かいにしゃがみ込む。
二人の間の石畳と石畳の隙間。10円玉はきっちりと、そこにはまり込んでいた。
「これは……」
「表でも、裏でもない!」
二人は顔を見合わせた。
「プッ」
優季が吹き出した。
「えへっ」
私も笑ってしまった。
これじゃ……告白が、成功するのか失敗するのか、わからない。
指先で10円玉を摘まみ出そうとしてみた。
駄目だ。
10円玉はそこにスッポリとはまり込んでいて、摘まむこともできない。
「こんなこともあるんだね」
優季が言った。
「仕方ないね」
私たちは立ち上がった。
「もう一回、やり直し」
私は財布からもう一枚、10円玉を取り出した。
「ちょっと、占いはもう、やめとく」
私は言った。もう、10円玉を投げ上げる気にはなれなかった。
私はその10円玉をそのままお賽銭箱に投げ入れた。
「コン」と音をたてて、10円玉はお賽銭箱の中に吸い込まれた。
鈴を鳴らして、手を合わせる。
明日、私の告白が、開登君への告白が、うまく行きますように……
私は願った。一生懸命に、願った。