ガチャテイマーはもふもふを諦めない〜フェンリルを求めてガチャを回すがハズレのようです。代わりに来たもふもふをモスモスしたら幸運が訪れた〜

 目の前にたくさん置かれた金貨に、今度は僕がギルドスタッフと金貨を交互に見る。

「あのー、これは――」

「お前が薬草と間違えて持ってきたやつの買取金額だ」

 ざっと見ても金貨が数十枚以上はある気がする。

 武器もレンタルじゃなくて購入できるほどだ。

 オーブナーはお金を僕の鞄に詰めようとすると、中に入っている他の物も気になったらしい。

「おい、これってコボルトキングの毛玉だよな?」

「ん? あのモサモサしたやつってただの大きいコボルトじゃないの?」

「はぁー」

 オーブナーは大きなため息を吐き、コボルトの毛玉もギルドスタッフに渡していた。どうやらあの地味に重たい毛玉も買い取ってもらえるらしい。

「もう何言ってもびっくりしないから、他には何もないよな?」

 別に元から隠す気もないし、隠しているつもりもない。

 あと気になることは……。

「そういえばさっき男の人達がゴブリンの集落――」

「そういうのは一番初めに言えよ! すぐに冒険者を集めるんだ」

 オーブナーの声が冒険者ギルド内に響く。一瞬にして空気感が変わった。

――バン!

「それは大丈夫だ」

 勢いよく冒険者ギルドの扉が開くと、そこには服が破かれた男とその男に引っ付く全裸の男がいた。

 冒険者ギルドの内がざわざわと騒がしくなる。会話のほとんどは"小僧の話は正しかった"と言っていた。

「ロンリーコンさんとショタッコンさんじゃないですか」

 毛玉をお金に換気して戻ってきたギルドスタッフが男達の名前を呼んでいた。やはりあの男達がさっき言っていたロンリーコンとショタッコンらしい。

 オーブナーはモススと彼らを交互に見て何かに気づいたのか、魔法を唱えると全裸の男は周囲を見渡していた。

 その後男は部屋の縁に行って小さく丸まっていた。全裸だから体を隠そうと思ったのだろうか。

 話の途中だったため、僕はモススに服を持っていくように伝えると嫌そうに運んでいく。

 だって僕は話を聞く必要性があるから仕方ない。決して、あの男のところに行きたくないわけではない。

「それで何が大丈夫なんだ?」

「あー、ゴブリンの集落だがコボルトの群れにやられていると思う」

「それならそのコボルトは誰がやったんだ?」

 なんか話の内容からして嫌な予感がしてきた。モススに服を任せたが、ここは僕が代わりに持って行った方が良さそうだ。

 持って返ってきたのはこの僕だからな。

「おい、まだ話は終わってないぞ?」

 逃げようとしたが間に合わず、気づいた頃には再びオーブナーの腕の中にいた。また、眉間に皺を寄せて怖い顔をしている。

「俺達がきた時にはコボルトキングを倒した小僧が一人でいたから、倒したのは小僧で間違いないぞ」

「ほぉ? これは帰ったらちゃんと聞かないとダメだな」

「あのー、オーブナーさん?」

 チラッとオーブナーの顔を見ると、にやりと笑っている。コボルトと戦った時よりも全身の震えが止まらない。

 僕はここで悟った。オーブナーに心配をかけたら死んでしまうと……。

 そのまま、僕は話が終わるまで死んだふりをしてオーブナーの腕の中で待つことにした。





 冒険者ギルドから宿屋に戻ると、そのまま食堂の椅子に座らされた。すぐにマリアも降りてくると、目の前にはたくさんの料理が並べられた。

「おい、まずはたくさん食え!」

 僕達は言われた通りに料理を口に入れていく。マリアも僕が黙って食べているのが気になるのか、チラチラと僕を見ている。

 だが、今手を止めるとオーブナーに殺される気がした。台所の奥の方で料理をしながら、ジッと僕の顔を見ている。

 どこか獲物になった気分だ。

 さすがに作ってもらったお礼や感想を伝えると、オーブナーはたまにチラチラと見るだけになった。

 今日は色々あって疲れたな。

 薬草を採取しに行っただけなのに、いきなり大きなコボルトに襲われるし、オーブナーにも怒られる。

 僕は特に悪いことをしているつもりもないのに……。

 ひとまず明日からは大人しく宿屋で過ごすほうが良さそうだけど。

 僕は眠くなった目を擦って頑張って口に運んでいくが、いつのまにかご飯を食べながら寝ていた。
 朝起きると僕はベッドの中で眠っていた。ご飯を食べていた記憶はあるが、いつのまにか寝ていたようだ。

 隣にはまだモススとマリアが寝ている。

 僕はゆっくりベッドから出ると、鞄に入れていた大事なものを取り出す。

「これであのフェンリルに会えるかな」

 コボルトを倒した時に手に入れたガチャコインだ。あの時はロンリーコンとショタッコンが来たから、使う機会がなく鞄に入れていた。

 昨日はそのまま寝てしまったため、ガチャを回す時間がなかった。

 部屋から出た僕は人目につかないように外に出た。宿屋の真裏にちょうど何もない広い空間があった。

 地面にいくつも削れた跡があるのは、剣術や格闘術を練習する場所になっているのだろう。

「いでよ、ガチャテイム!」

 スキルを発動すると、お馴染みの角張った物体が現れた。今回で見るのは三回目になる。

 相変わらず何かわからないものに、ただただ驚くばかりだ。

「こんなとこに魔物か!?」

「オーブナーさん?」

 洗濯物を干そうと歩いていたのだろう。ベッドのシーツを角張った謎の物体に投げて、僕を抱えて後ろに下がる。

 あまりにも一瞬の出来事で、目で何をやったのか追うことができなかった。

「なんでこんな街中に魔物が侵入してきてるんだ。警備隊はなにを――」

「あのー、あれ僕のスキルなんです」

「へっ!?」

 オーブナーは僕と謎の物体を交互に見ている。僕は説明するために、降ろしてもらい謎の物体に近づいた。

 一度見せてから説明した方が早いだろう。

 取っ手を掴み、ぐるりと一周させる。今度こそあの時にあった同じ見た目をした、純血のフェンリルを願う。

――ポンポン

 穴から大きな球体がコロコロと足元まで転がってきた。モサモサとしたその姿は、どこかで見たことがある気がする。

「毛玉!」

 昨日コボルトを倒して手に入れた毛玉に似ていた。色はコボルトよりは黒のような深緑に見える。

 魔の森で手に入れたのも毛玉とは色が異なるが、何か関係しているのだろうか。

 再び警戒しているオーブナーには気にしないでと手を振る。

 謎の毛玉を持ち上げると、やはりコボルトに似てモサモサとしていた。

――――――――――――――――――――

[ステータス]
【名前】 毛玉
【種族】 マリモ
【制限】 無制限
【筋力】 3
【耐久】 85
【敏捷】 5
【魔力】 79
【幸運】 80
【固有スキル】 アブソーブカウンター

――――――――――――――――――――

 どうやら名前も毛玉と決まっているらしい。ひょっとしたら、出てきたタイミングで"毛玉"と言ったのが原因なんだろうか。

「それでそいつはなんなんだ?」

 オーブナーは近づいてきて、腕の中にいる物体が気になっているのだろう。

 色んな角度から見ているが、彼も何かわからないようだ。

『キュー!』

 どこかからモススの声が聞こえてきた。

 僕はオーブナーが来た方を見ると、遠くの方には目を光らせたモススがいた。

「これはマリ――」

「マリ……?」

 名前を伝えるタイミングでなぜか言葉が出なくなり、名前を忘れてしまった。もう一度毛玉のステータスを確認する。

――――――――――――――――――――

[ステータス]
【名前】 毛玉
【種族】 コボルト(マリモ)
【制限】 無制限
【筋力】 3
【耐久】 85
【敏捷】 5
【魔力】 79
【幸運】 80
【固有スキル】 アブソーブカウンター

――――――――――――――――――――

「コボルトの毛玉です!」

「ああ、そこからアイテムが出てくるのか」

 すぐにスキルについて理解したのだろう。少し違う気もするが、訂正しようと思った時には洗濯物を回収してどこかへ行ってしまった。

 洗ったシーツを再び洗い直さないといけないため、汚れが残る前に急いでいなくなった。

『キュ!』

 モススは鳴きながら、遠くから羽をバタバタとして走ってきた。

 羽が生えている亜種のフェンリルだが、まだ飛べないようだ。

 フェンリルだから走るのが速いため、別に飛べなくても問題はないだろう。

 僕はモススを迎えるために、毛玉を頭の上に乗せて手を広げた。

 近寄ってきたモススは頭に乗っている毛玉を見て睨んでいる。

『キュキュキュキュ!!!』

 何か怒っているのだろう。足元に来ると、脚をバタバタとして地面を蹴っている。

 モススは腕を伝っていくと、おもいっきり頭の上に乗っている毛玉を蹴り飛ばした。

 コロコロと体を伝うように転がっていたが、頭の高さから降りたら痛いだろう。

 僕は毛玉を抱きかかえると優しく撫でた。

 どうやら頭の上はモススの居場所らしい。新しい家族にモススは嫉妬していた。

『キュー!』

 それでもモススは気に食わないのか、僕の髪の毛をずっと引っ張って何かを伝えようとしている。

 モススよ。

 そんなに引っ張ったら僕はハゲになってしまう。
 オラの日課は毛繕いから朝が始まる。大事なリックのためにしっかりと毛並みを整え、太陽の下でヌクヌクと体を温める。

『あー、今日もリックにたくさんもふもふしてもらおう』

 太陽の匂いがして、ポカポカな気持ちになればリックはオラをたくさんもふもふしてくれる。

 ベッドの上でクルクルとまわり、体がぶつかった。リックに目覚めの挨拶をしようと思ったら、そこにはマリアがいた。

 周囲を見渡すと、リックはすでに起きたのかいなくなっていた。

『ありゃりゃ? リックはどこだ?』

 ベッドの下を覗いてもいない。トイレを覗いても変なおじさんしかいなかった。

『まさか魔物に誘拐でもされたのか!?』

 オラはバタバタと急いで羽を動かす。ただ、オラの羽は飛ぶために生えているわけではない。

 バタバタするとどこか速く走れるような気がするのだ。

 そんなオラは最近リックが他の魔物に懐かれすぎてイライラしていた。その度に髪の毛を引っ張ったり、頭を叩いてもリックは気づきもしない。

 むしろリックは勘違いをして、オラを撫でてくれる。

 リックに撫でられると、体の力が抜けてイライラしていたのを忘れてしまうオラがいる。

 この間はオラと森に採取へ行った時は、コボルト達に懐かれて追いかけられていた。

 リックはコボルトが薬草を食べたくて、狙っていると勘違いしていたが、そもそもコボルトは肉食で人間を食べる。

 オラのスキルで状態異常を付与したが、大きなコボルトには効かなかった。

 初めはリックを食べるために狙っていると思ったら、オラからリックを奪うためだった。

 最後はコボルトもリックに撫でられ昇天していたが、ちゃんとリックにも危機意識を高めてもらう必要がある。

 リックのもふもふには耐性がないと一瞬でやられてしまうが、もふもふできる魔物じゃないと今頃リックは生きていないかもしれない。

 だから、これからはオラがリックに何が危ないのかを教えるつもりだ。

 時折匂いを嗅ぎながら、顔をスリスリとしてくるリック。オラにとっては、これが生きている中で一番のご褒美でしかない。

 そんなリックは自分の強さにまだ気づいていない。

 魔物をもふもふしたら、ガチャコインが手に入ることを――。

 ただ、絶対オラからは言う気もさらさらない。

『ぬぁ、なんだあの魔物は!』

 やっとリックを見つけたと思ったら、頭の上に何か新しい魔物を乗せていた。

 あそこはオラの居場所だ!

 何もわからない新人が悠々とした顔で居座ってムカつく。

 いや、あいつはどこに顔があるんだ?

 毛で埋もれて毛玉にしか見えないぞ。

 オラは羽をバタバタと羽ばたかせてリックの元まで走った。

『そこはオラの大事な場所だああああ!』

 オラは脚を地面に叩きつけて、リックに魔物が危険なことを教える。

 それでもリックはオラに微笑みかける。

 くっ……オラはあの優しい顔が好きだ。だけど、それと今の状況は違う。

 謎の毛玉を後ろ脚でバシバシと蹴り落とすと、毛玉は無言で落ちていく。

 オラが消えるまで誰にもリックを渡す気はない。

 オラがリックの一番の相棒だ!

 ここの特等席も誰にも渡さないぞ!

 そして、リックよ。

 もうちょっと危機意識を持ちなさい!

 オラはその後もリックの頭もポカポカと叩いた。

 決してもふもふしてもらいたいからではないからな!




 さっきまでそんなことを思っていたが、いつの間にかリックは取られてしまった。

 オラはリックに体を短杖で毛繕いをしてもらっていた。体を綺麗に保つにはこの毛繕いは必要だ。

 その間、毛玉はリックの頭の上に乗っている。

『おい、新人!』

『拙者に何か様でござるか?』

 何も返って来なかったから話せないと思っていたが、どうやら新人にも口がついているらしい。

『そこはオラの特等席だぞ!』

 オラは状態異常を新人に付与するが、なぜかそれを吸収して跳ね返してくる。もふもふボディの魔力がどんどんと吸収されていく。

『拙者は不幸体質でござる。あまり拙者に魔法は使わない方が良いでござるよ』

 新人は色々なものを吸収する体らしい。しかも、吸収したものを跳ね返すため、自身のことを不幸体質と言っていた。

 それなら尚更、そんなやつをリックの頭の上に乗せるわけにはいかない。

 乗せるわけにはいかないのに……この心地良さには負けてしまう。

 オラの体も前よりもピカピカになり、毛の一本一本の艶も格段に変わった。

 リックにあの短杖を与えた魔女には感謝しかない。やつもリックの才能と能力に気づいたのだろう。

「次は毛玉の番だな」

 今度は毛玉を頭から降ろすと、オラがリックの頭に乗る番だ。

 新人の癖に頭の上に乗るだけでは足りないっていうのか。まさかの毛繕いまでしてもらうつもりらしい。

 しかも、新人は不幸体質なんだぞ!

 そんなやつに大事なリックが毛繕いなんかして、不幸になったらどうするんだ。

 オラは必死に髪の毛を引っ張って、辞めるように言ってもリックは聞こうとしない。

 そのまま毛玉に毛繕いを始めてしまった。

 ああ、オラだけのリックの毛繕いが……。

『うぉ!? なんじゃこら。拙者のマリモとしてのプライドが……。これはあかん! 飲み込まれてしまう!』

 毛玉は気持ち良いのか何かと必死に戦っていた。リックのもふもふと毛繕いは昇天しても良いと思うほどだからな。

「あれ? なんか毛玉に魔力を吸い取られている気がするぞ」

 途中でリックは気づいたのか手を止めていた。

 ほらほら、不幸体質だから毛繕いをするなって言ったのに無視したからそうなったんだ。

 オラは毛玉を蹴り飛ばすと、勢いよくマリアの膝の上に飛んでいく。

 それをマリアは優しく抱きしめると驚いた顔をしていた。

「お兄ちゃん、私毛玉さんに触れると魔力が回復するみたい」

「えっ? そうなのか?」

 急いで毛玉に触れてみるが、リックにはわからないらしい。オラも触れてみたが、特に魔力が感じられる気もしない。

『拙者に触れるではない! 不幸体質が移ってしまう!』

 毛玉は少し怒っていたが、マリアは心地良いのかそのまま抱きしめていた。

 マリアとマリモ。

 名前が似たマリマリコンビで良い仲になるのだろう。

 大事なリックの妹の命が少しでも続くようなら、新人を歓迎してやろう。

 その前に大事なことだから、もう一度言わせてもらおう。

『リックの頭の上はオラの居場所だ!』

 オラは再びリックの頭の上に戻ることにした。ここは誰にも譲る気はないぞ。
 新しい家族として毛玉が仲間入りした。その毛玉だが、スキルの影響か魔力を吸収して他の人に移せることが発覚した。

 そのおかげかマリアに魔力ポーションを買わなくても済むようになったのだ。

 いつのまにかマリアの膝の上には毛玉が乗っているのが当たり前になっていた。

 僕のマネして頭に乗せようとしていたが、やはりコボルトだから重くて諦めたらしい。

 モススはフェンリルなのに、なんでこんなに軽いのだろう。

 やはりフェンリルは他の魔物とは違う何かがあるのだろうか。

「森に行くけどリックも来るか?」

「行きます!」

 あれからオーブナーに事情を話すと、いくつかルールができた。

 その一つが一人では森に行くなということだ。

 この間受けた採取依頼に必要な薬草は、魔の森の反対側にある違う森で手に入る薬草だった。

 僕は知らないうちに反対側の魔の森に行っていたということだ。

 そんな僕はオーブナーと一緒に魔の森に向かう。

 昨日はモススも一緒に居たから一人じゃないと言ったら怒られてしまった。

 僕が一人で森に行くのが危ないのかと聞いたら、帰って来れなくなりそうって言っていた。

 そんなに僕は頼りないのだろうか。

 あの時も料理に使うハーブを偶然取りに行かなければ、今頃帰って来れなかっただろと言われてしまえば頷くしかない。

 だって本当に道がわからなかった。

 だからオーブナーと一緒に森に来て、ついでに採取をしている。

「これで飯の準備もできたから帰るぞ」

 気づいた頃にはオーブナーは肩に大きな鳥を担いでいた。ただの宿屋の店主だと思っていたが、オーブナーは実力のある人物らしい。

 冒険者ギルドのスタッフが頭を下げるぐらいだから、よほど強いのだろう。

「そういえばレンタルしていた武器屋は見つかったのか?」

「あー、えーっと……」

「はぁー。本当に道を覚えるのが苦手なんだな」

 あれから短杖を返すために武器屋を探したが、いまだに見つからない。レンタル武器は基本的に、勝手に返っていく仕組みになっているらしい。

 だけどこの短杖はその仕組みができていなかった。だから未だに腰につけて使わせてもらっている。

 今度会った時には買い取れるように、この間売却した素材や採取依頼のお金は残している。

 僕達が宿屋に帰ると、マリアは膝の上に毛玉を乗せて編み物をしていた。

 昔から体が弱いマリアは服が買えない僕のために、服を作ってくれた。最近は服も買えるほどお金も増えてきたが、一日中ベッドにいるのも暇だからまた始めたらしい。

「また糸を買ってきたよ」

「ありがとう!」

 そんなマリアにたくさん糸を買ってきた。どれがいいのかわからなかったが、たくさんあれば問題ないだろう。

「これはマリアが作ったのか?」

 オーブナーはマリアが作った布を見て興味深そうに見ている。

「よくお兄ちゃんが手を汚すので、洗った時に拭けるように渡しているんです」

 それだけ聞くとだらしない兄のようだ。実際にモススの脚を拭いたりにも使えるため便利だ。

「ほぉ、ハンカチーフの存在を知っているとはな」

「ハンカチーフ?」

 初めて聞いた言葉に僕達は首を傾げていた。毛玉までどこか傾いているような気がする。

「ああ、貴族達がパーティーとかにポケットに似たようなやつを入れていることが多いんだ。ひょっとしたらマリアが作ったハンカチーフもお金になったりするぞ」

「これが売れるんですか!?」

 マリアは驚いた顔をしていた。いつも余った糸で作っていた物が売れると言われたら、僕でも驚くだろう。しかも、貴族相手となれば金額も高くなるかもしれない。

「ただ、使っている糸が安いのは問題だな」

 オーブナーは少し考えると良いことを思いついたのか、再び森に行く準備を始めた。

「森にいるスパイダー系の魔物であれば良い糸が手に入ると思うぞ。俺が取ってきてやる」

 そう言ってオーブナーは嬉しそうに出かけて行った。

「最近オーブナーさん楽しそうだね」

「初めて見た時は少し怖かったけど、いつもニコニコしているもんね」

 初めて見た時は眉間にしわを寄せた顔をよくしていた。今も怒る時はその表情になるが、基本的には笑っていることが増えた。

 きっと良いことがあったのだろう。

 そんなオーブナーのことを僕達も年の離れた兄のように慕っている。この間年齢を聞いたら思ったよりも若かった。

「今日は僕達がご飯の準備をしようか」

「きっと遅くなるだろうしね」

 オーブナーが戻ってくるまでは、代わりに僕達が料理の準備をすることにした。食べるのはきっと僕達しかいないし、勝手に準備しても問題ないだろう。
 僕達はマリアが作った服に着替えて調理場に向かった。これもマリアが料理中に服を汚すといけないからと、首に引っ掛けて服が汚れないようにする、服の上から着る服だ。

 服の上に汚れても良い服を着るって不思議に思っていたが、これが意外にも便利なのだ。

 何度も洗わなくても良いし、汚れるのを気にして作業しなくても済む。

 マリアより不器用な僕には必要なアイテム。そんな服を僕とマリアは色違いで着ている。

 早速調理場に向かうと、たくさんの野菜が置いてあった。森で取った鳥もそのまま置いてあったが、流石に血抜きとかも知らないためそのまま放置することにした。

 僕達ができるのは野菜の皮を剥くことだけだろう。

 前よりも魔力が回復して元気になったマリアも楽しそうに皮を剥いていた。むしろ、僕の方ができると思ったが、手先が器用なマリアの方が料理も向いているようだ。

「オーブナー部屋は空いているか?」

 作業をしていると入り口から声が聞こえてきた。きっと新しく来たお客さんなんだろうか。ただ、今宿屋には僕達しかいない。

「おーい!」

 調理場からひょっこりと覗くと僕の知っている人達が立っていた。

「えーっと、ロンリーコンさんとショタッコンさんですか?」

 この間冒険者ギルドでお世話になった冒険者達だ。S級冒険者で冒険者の中でも高ランクの二人だ。

 冒険者にはランクがSSS級まで存在しているが、今存在しているのはSS級までだ。

 ちなみにこの間全裸になったのが、ショタッコンの方らしい。

「君はあの時の少年ではないか!」

 玄関にいたはずのショタッコンが、気づいた時には僕の目の前にいる。野菜の皮を剥いていて、汚いのに迷わず優しく撫でた後に手を握っていた。

 これは何かの挨拶なんだろうか。とりあえず僕もマネするように、優しく撫でながら握り返すことにした。

「あああ、罪深き少年だ」

 わずかに息がハァハァとしているが、体調が悪いのだろうか。

 オーブナーがいないため、部屋の空きがわからない。代わりに僕達の部屋で寝てもらった方が良いのだろうか。

「おい、お前はこれ以上罪を増やすつもりか」

 そんなショタッコンを僕から引き離すようにロンリーコンは引っ張っていた。

「小僧迷惑かけてすまないな」

「いえ、大丈夫ですよ」

 ショタッコンは無理やり剥がされたのが嫌だったのか、ロンリーコンを睨みつけていた。

「それでオーブナーはいるか? ここの部屋を貸してもらおうと思ったんだけどな」

 最近コボルトの出現が減ったことで、街に来る人が増えたらしい。その人達が泊まれるように、ショタッコンとロンリーコンはオーブナーの宿屋に変えてきた。

 二人とも静かな宿屋が好きなんだろう。奥にあるこの宿屋は一目につかないからな。

「お兄ちゃん野菜の処理が終わったよ?」

 野菜の皮剥きが終わったのだろう。野菜を持ってマリアが近づいてきた。

「天使様がいる……」

「おい、ロンリーコンお前まで魅了されたら……」

「天使様、どうか私を下僕にしてください」

 突然ロンリーコンはマリアの目の前で跪き、剣を差し出していた。突然の出来事で僕もマリアも固まっている。

 ただ、モススと毛玉は違うようだ。二人してロンリーコンの顔を目掛けて攻撃をしている。

「お兄ちゃん下僕って何?」

「いや、僕もわからないよ」

 オーブナーもだけど、大人は僕達が知らない言葉をたくさん知っているようだ。

「尊い!」

 そんな僕達を見た二人はなぜか目を輝かし、手を重ねるように祈っていた。

 本当に変わり者の二人組だ。

 僕達はどうするべきか戸惑っていると、森に行っていたオーブナーが帰ってきた。何か嫌なことがあったのだろうか。オーブナーは足元をずっと見ている。

「オーブナーさんおかえりなさい!」

「糸取れなかった」

 どうやら森に糸を探しに行ったが、見つけられずに帰ってきたようだ。夕食の準備もしないといけないから仕方なく帰ってきたのだろう。

 声をかけるとゆっくりと顔を上げる。その顔はどこか落ち込んでいた。

「んっ、お前らは――」

 僕達の目の前にいる二人と目が合うと、オーブナーは急いで僕達を抱えて引き離した。

「こいつらに何のようだ」

 やはり強いとは思っていたが、突然動きが速くなるオーブナーが本当の姿なんだろう。

 特に何かされたわけでもなく、警戒しているオーブナーを見てどこかモススと似たような感じがした。

「僕達のためにありがとうございます」

 降ろしてもらった僕は何となくオーブナーの頭をもふもふ撫でると驚いた顔をしていた。

 思ったよりもオーブナーの髪の毛はふんわりとしていた。

「ありがとうございます」

 そんな僕を見たマリアもオーブナーの頭をもふもふとしている。

 いつのまにか僕達はもふもふするのが癖になってしまったようだ。

 あとはオーブナーに任せたら良いだろう。

 僕達は調理場に野菜を置いて部屋に帰ることにした。

「オーブナー貴様!」

「ぶっ殺してやる!」

 なぜか宿屋が騒がしくなっていたが、それが僕達のせいだとはその時はまだ知らなかった。
 ロンリーコンとショタッコンが同じ宿屋に泊まることになった。そのため、一緒に食事を食べるのが五人になった。

 なぜ、五人なのかって?

 オーブナーも一緒に食べるようになったのだ。大人がいると子どもの分が無くなると心配だと言っていた。だが、実際は前より食べる量が増えた。

「リックくん俺の分もあげるよ」

「天使様にはこれをお供えしよう」

 僕とマリアは、二人からどんどん皿に食事が盛られていくのだ。

「それは俺の役目だ」

 それをオーブナーが阻止して、僕達の皿に盛り付けてくれる。どこか本当の家族みたいな食事風景に僕とマリアもついつい笑ってしまう。

 その度にロンリーコンとショタッコンはなぜか祈っている。本当に変わった二人だ。

「それでお前達は今日どうするんだ?」

「リックくんのために糸を取ってくる」
「天使様のために糸を取ってくる」

 二人は僕達のために、森の中に糸を探しに行くことが増えた。コボルトが増えてから魔物の生態分布が変わったのか、目当ての魔物に出会えていないらしい。

「リックはどうするんだ? また謎の武器屋を探すのか?」

 オーブナーは魔女の武器屋ではないかと言っていた。魔女が気まぐれにお店をやっていることが過去にもあったらしい。

 でもあの人はきっとドワーフなのだろう。お話に出てくる魔女は、背丈は高くて胸が大きいと聞いている。

 ここ数日ずっと謎の武器屋を探しているが、未だに見つかってはいない。

「んー、今日は僕もモススのために薬草探してくるよ」

 それにここ最近モススの調子が悪そうだ。前は僕の頭に乗っていることが多かったが、どこかに隠れていることが増えた。

 マリアや毛玉に聞いても、二人ともどこにいるのか知らないらしい。

 きっと体調が悪いことを心配かけないように隠れているのだろう。

 だから、僕は元気になる薬草をモススのために持ってくるのが役目だ。

「リックがいるならお前は留守番だな」

「なぜだ! むしろ俺がリックくんと二人で――」

「ショタッコンは留守番だな。それに今日は俺も行くぞ」

 ショタッコンは食堂の机に顔を伏せていた。そんなに森に行きたかったのだろうか。

 オーブナーとロンリーコン、そして僕の三人で魔の森に行くことになった。

 基本的に宿屋に人がいないといけないが、マリアだけは心許ないので、誰かはマリアと過ごすことになっている。

「僕の代わりにマリアをよろしくお願いします」

 ショタッコンにマリアのことをお願いすると、さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように喜んでいた。

「最近リックがショタッコンの扱いをわかってきたな」

「お前もマリアに絆されているけどな」

「いや、俺は自分のプライドと意思で――」

「私のために糸を探しに行ってもらってすみません」

「天使様のありがたきお言葉感謝しています」

 ロンリーコンはマリアに向かって祈っている。基本的にロンリーコンはマリアの願いなら何でも聞いてくれそうだ。

 いつか病気の話をしたら、二人ともエリクサーを探してくれるだろう。

 僕達は準備をすると三人で魔の森に向かった。

 頭の上には誰も乗っていないため、少し寂しい森の探索になりそうだ。
 魔の森に着くと早速目当ての薬草を探す。この間、採取した光った薬草が効果的だとオーブナーは言っていた。

 そもそも肉食のフェンリルが薬草を食べるのだろうか。

 僕は茂みの中を手でかき分け薬草を探す。普通の草の中に、キラキラと光を放つ草を見つけて手に取る。

「たぶんこの辺にあると……あったよ!」

 薬草を取って二人に見せると驚いた顔でこちらを見ていた。

「本当に存在するんだな」

 いまだに薬草がどこにあるのかはっきりとはわからない。
 ただ、適当に探すと視界にキラキラと光が集まるところには、大体薬草が生えている。

「キラキラしているところにたくさん生えているよ」

 僕は光が集まっているところを中心に指を差すが、二人は首を傾げていた。どうやら二人には見えていないようだ。

 だから、ちゃんと証明するために一緒に草をかき分ける。

「俺には一緒にしか見えないんだよな」

「ああ、それは俺も同じだ。抜いた途端に少し光っているような気がする程度だ」

 こんなに輝いているのに、気づかないってことは僕が特殊なんだろうか。

「じゃあ、リックはあまり離れないようにな。俺達は周囲に糸がないか探す」

 僕はその場で薬草探しをして、オーブナーとロンリーコンは糸を吐く魔物を探すことになった。

 どんな姿をした魔物かはわからないが、スパイダー系と言っていた。今度冒険者ギルドで魔物図鑑があるのか聞いてみよう。

「あっ、あそこにも薬草がある」

 そんなことを思いながら、僕は必死にモススのために薬草を探す。いつのまにか僕よりも草が高くなり、僕の背丈を超えていた。

「オーブナーさん……?」

 たくさんの薬草を採取した僕は辺りを見渡すが、二人の姿は消えていた。どうやら僕は森に取り残されたようだ。

 ダンジョンで初めてフェンリルと会った時を思い出してしまう。

 あの時も僕だけ置いていかれて死ぬ覚悟をした。

 だが、今はモススが――。

 そういえば、モススもこの場にはいなかった。

 本当に僕一人が森に残されてしまった。

 僕は来た道を必死に戻るが、一向に二人の姿は見えない。あの二人が僕を置いていくはずがない。

 そう思ってもどんどんと不安になってしまう。

 一度人に裏切られたら、そう簡単には信じられない。でも、オーブナーは僕達のことを受け止めてくれた。

 妹の病気のことも治す手段を彼も調べてくれると言っていた。

 だから僕も彼らのことを信じている。

 僕は草をかき分けて二人を探す。どんどんと草の高さが高くなり、完璧に僕の姿は隠れてしまった。

「オーブナーさんどこに……うわっ!?」

 草をかき分けていると、突然茶色のもしゃもしゃしたのが現れた。

 向こうもびっくりしたのか、目が合うとピョンピョンと飛び跳ねている。

 すぐにその場から離れて木に隠れている。ただ、お尻が少し出ているところが愛らしい。

 どことなく前に住んでいたところにいた野良猫にそっくりだ。

「食事中に邪魔してごめんね」

 僕は声をかけると両手をあげて振っている。これは別に気にしていないという意味なんだろうか。

 申し訳ない気持ちになった僕は薬草を鞄から取り出して足元に置く。もしゃもしゃとした見た目で、モシャモシャと草を食べていたのだ。

 僕が離れると急いで薬草に近寄り食べている。どうやら気に入ってもらえたようだ。

 再び二人を探すために歩くと、いつのまにか背後にさっきの猫が付いてきていた。

 ただ、僕とは一定の距離を保ち、僕が止まれば向こうもその場で止まっている。

「薬草あげるから一緒に歩こう」

 一人でずっと歩くのは心細い。薬草を鞄から取り出し、手に持っていると猫は少しずつ近づき、手から薬草を食べている。

 よく見たら大きな目の隣には小さな四つの目があった。

 猫ってこんなに目があったのかな?

 そんなことを思いながら、採取した半分の薬草をあげるとすぐに完食していた。

 満足したのか食事を終えたら、その場で寝転び毛繕いをしている。

「僕も手伝ってあげようか?」

 ゆっくりと猫に触れると、小さな目も見開き驚いた顔をしていた。

 毛の感触は少し硬めで、モススの柔らかい毛とは違うようだ。

 もふもふしている間に、少しずつ僕の気持ちも落ち着いてくる。

 疲れたのかだんだん眠くなってきた。





「おーい、リックどこだー?」

 誰かが僕を呼んでいる気がして目を覚ました。気づいた時には僕は猫の腹を枕にして寝ていたようだ。

 猫もどうしたら良いのかわからず困惑していたのだろう。

 お礼を伝えるために再びもふもふとしていたら、気持ち良いのか目が横に伸びている。

「おい、リックこんなところで……今すぐ離れろ!」

 オーブナーは僕を見つけると安心した顔をしていた。ただ、隣に猫がいることに気づいて剣を構えた。

 ひょっとして猫嫌いなんだろうか。

「リックそいつはスパイダー系の上位種だ!」

 どうやら二人が探していた糸を吐く魔物は猫のことだったらしい。
「スパイダーって猫のことを言うんだね」

「ネコ……だと?」

 オーブナーに剣を向けられても、僕がもふもふとしていたら逃げることもなく、その場で丸まってゴロゴロと鳴いている。

「ほら、ゴロゴロと言っているよ」

 オーブナーがゆっくりと近づくと、猫は存在に気づき遠くへ逃げてしまった。猫って知らない人が来ると逃げる習性があるからな。

「オーブナーさんが驚かして逃げちゃったよ」

「あっ……すまない」

 僕が怒るとオーブナーはおどおどとしている。再び猫に近づくと、オーブナーには警戒しているものの僕には近づいてきて体を擦り付けている。

 やはり犬も可愛いが、猫も気ままで可愛い。

 今後この野良猫と触れ合う機会がないと思い、僕はさらにもふもふとしていく。

 ゴロゴロと地響きのように低い声が鳴り響くと、猫の体は輝き出した。

 あれ……?

 猫って光る生き物だったのか?

「リック!?」

 あまりの眩しさに目を閉じる。その瞬間、体が持ち上げられた。

 目を開けると木の後ろに身を潜めていた。

 どうやら心配になってオーブナーが僕を抱えて、木のところまで逃げてきたのだろう。

「大丈夫か?」

「僕は大丈夫だけど、猫は大丈夫かな?」

 ゆっくりと木の後ろから猫がいたところを見ると、もう姿は消えていた。

 その場にあるのは黄土色に輝く大きなコイン。

 なぜかガチャコインが猫がいた場所に落ちていたのだ。

 突然いなくなった猫に悲しい気持ちになってくる。

 別れの挨拶もできないまま、どこかに行ってしまった。

「これはなんだ?」

「これがガチャコインです。この間の謎の大きいやつを呼び出すのに必要で」

「ああ、例の毛玉を吐き出したやつか」

 それだけ聞いたら謎の大きな物体も猫のような気もしてきた。猫もよくオエオエとして毛玉を吐き出していた。

 僕はガチャコインを鞄に入れると、オーブナーに手を繋がれる。

「リックは手を繋いでおかないとすぐにどっかいくからな」

「もう12歳だからそんな心配しなくても――」

「お前はすぐにどこかへ行くからダメだ」

 頑なにオーブナーは拒否をして手を離さないようだ。

「オーブナーさんの手って大きいですね」

 久しぶりに大きな手に握られると、小さい頃に父と手を繋いで買い物に行っていたのを思い出す。

「そうか?」

「うん! 大きくてゴツゴツしてて、頑張っている手です!」

 鍋を振っていることが多いからか、手には潰れたマメがたくさんあった。毎日僕達の料理を作るのも大変なんだろう。

 どこかオーブナーは恥ずかしそうに照れていた。

「おーい、リックは見つかったか?」

 遠くからロンリーコンの声も聞こえてきた。僕が手を振ると、わずかに見えていたのだろう。笑いながら近寄ってきた。

「お前達手を繋いでどうしたんだ?」

「リックはすぐに迷子になるからな」

「んっ……それって僕が悪いんですか?」

 僕はちゃんと薬草を採取していただけだ。全て僕のせいにされたら納得できない。

「あー、俺達もちゃんと見てなかったからな。これで迷子になることもないだろう」

 反対の手をロンリーコンが握ってきた。これで僕の両手は塞がってしまった。

「糸は見つかったから帰るぞ」

 どうやら糸が見つかったところで、僕がいないことに気づいたらしい。ロンリーコンが遅れたのは糸を回収していたかららしい。

「これでマリアも喜ぶね」

「ああ、そうだな」

 僕は再び迷子にならないように、手を繋ぎながら帰ることにした。二人とも背が高いからか、少し足が浮いていた。

 決して嬉しくて浮いていたわけではない。僕はもう12歳だからね。

 帰った後にショタッコンが泣き叫びながら、僕と手を繋ぎたいと言ったのはここだけの秘密だ。
 猫と会ってから数日が経った。モススも薬草を与えたことで少し元気になっている。今では僕の頭の上にいる時間の方が増えてきた。

 今日は謎の白い物体を糸にする日だ。この間薬草のお礼に白くて丸い謎の物体をモススからもらった。その時に必死に編み物と何かを丸めるジェスチャーをしていた。

 マリアに渡すと、編み物の糸にできるのではないかという話になった。

 謎の白い物体はどこか殻のように表面は硬く、叩いても割れるような感じはしない。

 一度水につけて、柔らかくなるか確認すると少しずつ柔らかくなった。だが糸にはならないようだ。

 そこでオーブナーに相談すると、お湯ならどうなるか検証することになった。

「これで糸になるのかな?」

 半信半疑になりながらも、大きな鍋に転がしながらお湯にしばらくつける。

 何度も転がすと、自然に柔らかくなり糸のようなものが飛び出てきた。

「お兄ちゃんこれを巻けば糸になるんじゃない?」

 糸が熱くて巻けないため、マリアは糸を冷やしながら引っ張っていく。

『キュ!』

 その隣ではずっとモススが手をぐるぐる回すジェスチャーをしている。

「ぐるぐる、ぐるぐる楽しいな!」

 僕達はモススをマネするように、糸をぐるぐるしていく。

「ぐるぐる、ぐるぐる楽しいな!」

 歌いながらやるともっと楽しくなる。気づいたら、糸は塊になり糸玉ができていた。

 謎の白い塊が何かはわからないが、モススも糸をプレゼントしたかったのだろう。

 僕はお礼にモススをモスモスすると嬉しそうにしていた。





 俺は明らかにおかしなハンカチーフを目の前にして驚いている。

「これって何の糸なんだ? この間取ってきた魔物の糸ではないよな?」

 白く光沢があり、触り心地はさらさらとしている。カイコから作られる布に似ているが、どう考えても糸一本ずつの輝きが違う。

 触り心地も今まで触ってきた布と全く別物だ。

「モススが持ってきてくれたやつで作ったよ」

 リックの隣でモススは手を上げている。モススとはリックのテイムしているカイコの名前だ。

 きっとこのハンカチーフの糸はモススの繭からできた糸なんだろう。

 リックはなぜかモススをフェンリルと言っていた。

 フェンリルって伝説の聖獣だからな。リックの中でそれだけモススが大事な存在なんだろう。

 だがここまで有能だと本当にフェンリルだと思ってしまう。

「オーブナーさん、これって売れますか?」

 公爵家出身の俺でも見たことないハンカチーフに、一瞬にして高値がつくと判断できるぐらいだ。

 俺が頷くとマリアは嬉しそうに笑っていた。今まで兄に頼ってきたからか、力になることがあって嬉しいのだろう。

 ただ、問題なのはこのハンカチーフを世に出しても良いのかということだ。

 詳しい話は聞いてないが、リック達は貴族に命を狙われていると聞いている。そんなリック達がこれを売ることで目立つ可能性がある。

 母親である現公爵夫人があのハンカチーフをお茶会で使ったら、一瞬にして貴族会で流行るのは間違いない。

 生産数に限りがある物だからこそ、もっと高値がつく。

 リック達の願いは叶えたいが、それと同時に彼らを危険に晒す。考えてもあまりいいことはないため、本人達に聞くのが一番早いだろう。

「お前達王都に行く気はないか?」

「王都ですか!?」

「このハンカチーフを巡ってお前達の存在が貴族たちに知られるだろう。だから公爵家である俺の家に来てみないか?」

 王都に行って直接公爵家の庇護下におけば、少しは命が狙われる可能性も低くなる。

「えっ、オーブナーさん貴族なんですか!?」

「由緒ある公爵家だな」

「うえええええ!?」

 リック達の声が響くほど驚いていた。モススと毛玉も俺から見てもわかるほど驚いてる。

 俺とは真逆で本当に感情豊かにみんな育っている。

「とりあえず、このハンカチーフを売るなら王都に行くことも考えておくと良い。リックとマリアの問題も王都ならどうにかなるかもしれないからな」

 どちらにせよ、ずっとコソコソと生きるのは難しいだろう。リックも冒険者として異様な強さを持っているからな。

 スパイダー種の上位種である、デススパイダーを撫で回して懐かせるぐらいだ。

 出会ったら逃げる前に殺される。それがデススパイダーと言われる理由だ。やつは小さい体を活かして、素早く攻撃してくるのが特徴的だ。

 そんなデススパイダーを猫と言って、撫でている時は夢でも見ているのかと思った。

 きっとリックは将来SSSランクの冒険者になるかもしれないな。

 俺もいつのまにかリック達に魅了されたようだ。