「どうして! こんなの……こんなの、おかしいよ!」
 静かな森に、リタの悲鳴にも似た叫び声が響く。
 俺はあやうく手にした果物を取り落としそうになって、慌ててリタに駆け寄る。
「どうしていつもノヴァばっかり、レアものの食材をそんなに簡単に見つけてこられるわけ!? こっちは毒見と経験を駆使して、すっごくがんばってこれだけなのに!」
「なんだ、そういう……いやあ、やっぱり俺って運がいいみたいで」
「なんだじゃないよ、運がいいにもほどがあるでしょ! しかも、大して苦労してなさそうなのがずるい! ちょうちょを追いかけてふらっとどこかに行っちゃったかと思ったら、レアなきのこを抱えて帰ってくるし、いきなり逆立ち始めたと思ったら、すべって転んでぐるぐるってして、いつの間にか滅多にないレア果物がちょうどすっぽり服の中に入ってたり……なんかこう、不自然じゃない!?」
 この数週間はスキルの調子がすこぶるいいと思っていたけど、特に今日は、どうやら少しやりすぎたみたいだ。
 荷車を引いて森に入ってからというもの、桶屋クエストがひっきりなしにチリンチリンと鳴るものだから、調子に乗って順番にこなしていたら、リタにものすごく不審がられてしまった。
 説明しても信じるか信じないかはあなた次第な感じだけど、正直に話してしまおうか。
「実は俺、そういうスキルを持ってるんだよ。関係ないようなことから、望んだ結果につながるっていうか。絶対じゃないんだけど、クエストみたいな感じで、上手くいく確率を上げたりできる場合もあるんだ」
「クエストがスキルになるって、よくわからないけど、それこそ猪討伐の依頼みたいな感じ?」
「うん、それに近いかも。報酬は、そのとき望んだことに対して、ざっくり何か返ってくるといいな、くらいしか選べないけどね」
 俺の話を整理しようとしてくれているのか、リタは首をかしげて考えこんでしまった。
「今まで、よくわかんない感じでレアものを見つけてたのも、スキルのおかげ?」
「ほとんどはそうだね」
「ふうん……じゃあさ、今日はものすごくレアな何かを見つけてみてよ!」
 要はすごく運がよくなるかもしれないスキルってことだね、という感じのいつもの反応を予想していた俺に、リタは斜め上のことを言い出した。
「レアな何かって、例えば? ざっくりしすぎてて、スキル自体が発動できなさそうなんだけど!?」
「食材、素材、魔物、なんでもいいよ。とにかく、わたしも村の皆も、ノヴァ自身もびっくりしちゃうようなすごいのを見つけて! そしたら、なんとなくノヴァのスキルが理解できそう!」
 いやいや、リタさん、完全に楽しんでますよね。
 リタがレアもの大好き、レアのためなら独断専行も辞さない構えであることは、初日の時点で聞いている。ある意味、そのおかげでリタや村の皆さんに出会えたとも言えるけど、それとこれとは話が別だ。というか、レアな魔物なんて引き当てたら、扱いに困っちゃうよ。
「とりあえずやってみるけど、あんまり期待しないでね」
「駄目、期待させて!」
「お、おお……」
 びしっと人差し指を立てて、俺が張った予防線をリタが即座に突き崩す。
「自分で期待してないのに、レアものが見つかるわけないでしょ? だから、思いっきり期待して、なんなら俺自身を驚かせてみろ、くらいの気持ちでやってみて!」
 満面の笑みで、ぐっと顔を近づけられる。
「そっか、そうだよね!」
 自分がちゃんと期待していなかったら、俺自身の内側から発動しているはずのスキルに、本当に望むものが伝わるわけがない。
 小難しい言い訳をするなんて、自分のスキルに失礼だ。リタの言うとおり、俺自身を驚かせてみろ、くらいの気持ちでやってみよう。
「何かものすごーくレアなやつが、やまほど見つかりますように!」
 別に叫ばなくてもいいんだけど、なんとなくリタと気合いを共有したくて、俺は大声で叫んだ。そして、満面の笑みを浮かべたままのリタに向き直って、にっと笑ってみせる。

 ――チリンチリン!

 スキルに正面から向き合ったおかげなのか、それとも今日は大盤振る舞いの日なのか、桶屋クエストの鈴が鳴った。
 あれ、でも今、二回続けて鳴らなかった?
 まあいいか、とりあえず確認してみよう。
「いやあ、どうなんだろこれ」
 表示されたツリーのお題目は、『雨が降れば、ものすごーくレアなものが見つかる』だった。ツリーにぶら下がったクエストを眺めて、俺はついさっきまでの満面の笑みを、半笑いの苦笑いにとりかえた。
「ちょっと色々ありそうなんだけど、とりあえず俺を信じて言うとおりにするって約束してくれる?」
「え、こわい。そんなに大変そうなの?」
「大変は大変なのかな……まあうん」
「いいよ、ノヴァを信じる! あの猪のこともあるし、期待して信じてみなくちゃって、言い出したのはわたしだもんね」
 よし、言質はとった。もしリタがついてこれなくなっても、俺だけでもできるだけやりぬいてみよう。
「じゃあこれ、受けるね。準備はいい?」
「うん。っていってもどんな準備をしておけばいいの?」
「とりあえず、ずぶぬれで走る準備かな。今回のは『雨が降れば』から始まるから、受けたあとある程度で、雨が降り出すはずなんだよね」
 リタに薄笑いを投げてから、俺は『雨が降れば、ものすごーくレアなものが見つかる』をスキルウインドウ上でタップした。
「え、なにこれ!」
 その瞬間、ごうごうと強い風が吹いてきて、あっという間に雨雲が俺たちの頭上に運ばれてきた。待ってましたと言わんばかりに降り出した雨は、雨が降れば、などというお優しいものではない。ざんざん降りのスコールが強風に煽られて、横殴りにばしばしと頬を打ってくる。
「あはははは、予想よりすごい雨になっちゃった」
「天気を変えちゃうとか、そんなのあり!? っていうか待って、荷物!」
 リタが大慌てで駆け出す先で、雨と風でずるりと滑ったらしく、ちょうどいい坂道に乗り込んだ荷車が、加速を始めたところだった。
 レアなものが見つかるどころじゃない。これまで小さなクエストやリタの努力で集めてきた食材や素材が、まとめて滑っていってしまう。
「追いかけなきゃ!」
 車輪の下にレールでもついているかのように、まったく止まる気配を見せずに、猛スピードで森の中を滑走していく荷車を追いかけて、俺たちは走った。
「なんで止まらないの!? あんな都合よく転がっていくわけないのに!」
 ここは、舗装も何もされていない深い森の中だ。食材調達の関係や獣道だとかで、多少ならされている場所はあるにせよ、荷車が自走を続けるには無理がある。
 それなのに、荷車は止まらないどころか、ときに風に煽られてジャンプし、ときに雨で濡れた道で滑って進路を変え、ジェットコースターさながら、俺たちを翻弄するように走り続ける。
 あの様子だと、きりもみ回転してひっくり返っても、無傷で着地したりするんじゃないかな。このアトラクションは、森の中を猛スピードで滑走し、ぐるりと一回転いたします、お乗りの際はご注意くださいってね。
「リタ、滝がある!」
「荷物が川に落ちちゃう!」
「それは大丈夫だと思うから、ストップ!」
「えええ!? なんで!」
「見て、飛ぶよ!」
 ぽーん。俺が言ったとおり、荷車は木の根をジャンプ台のようにして、狭くはない川を飛び越えて、森の向こうに消えていく。
「ノヴァ……どうしよう、荷物が」
 顔をひくつかせて、ぼうぜんとするリタの肩に、俺はそっと手をおく。
「そうだね。今はひとまず、滝をくぐろう」
「はああ!? 何言ってるの!? どういうこと!?」
 わかるよ。よくわかる。訳が分からないよね。実は俺もわからないんだ。
 でもね、これがこのツリーの、次の桶屋クエストなんだよ。
「スキルのお導きのままにってね。これをしないと荷車も、その先のレアものも、何も手に入らないって言ったらどうする?」
「うそでしょ?」
「今回は、俺を信じてついてきてくれるって、言ってくれたよね?」
「言ったけど……ねえ?」
「さあ、行こうか。楽しい滝行のお時間だよ」
 俺たちは、横殴りの雨風の中、勢いを増してごうごうと落ちてくる滝にむかって、光の消えたまなざしでふらふらと近づいていった。