歓迎ついでの宴から数週間、俺はすっかり村に馴染んでいた。
 村での暮らしは想像よりはるかに快適で、日々の食材や素材調達は大変ではあるけど、やりがいもある。勇者パーティーにいた頃より、俺自身で何とかしなくてはいけないことが増えたからなのか、桶屋スキルの発動頻度も上がって、なんだかいい訓練にもなっていた。
 ついでに、水浴びメインだった村の暮らしに、お風呂文化を啓もうする活動も、かなり定着してきている。
 なにしろ炎魔法があるからね。イメージは天然素材のドラム缶風呂みたいな感じで、二日に一度はあったかいお風呂に入れるような習慣が整いつつある。あったかいお風呂、最高。
「ノヴァ、おはよう。朝ごはんできてるよ」
「おはよう、ありがとう」
 とりあえずの宿として借りた部屋から、いつものように一階の食堂に下りていくと、厨房からリタが声をかけてくれた。
 お礼を言って、空いている席を探す。
 食堂での朝ごはんは、厨房と各席を挟んだカウンターに大皿で料理が並べられて、セルフサービスで適当な量を取っていくスタイルだ。簡易的なビュッフェ形式ってやつだね。
 取りすぎないように気をつけて、パンと干し肉、スープをよそって席に座り、手を合わせて食べ始める。
 スープには大抵、きのこや木の実などが入っている。味付けはあっさりしているものがほとんどだけど、干し肉の塩気が強いのでちょうどいい。
 今日のスープは、木の実がスパイスがわりになっていて、クセになる辛味のおかげでスプーンを動かす手が止まらない。パンにも木の実が練り込んであるようで、ぷちぷちとした食感が楽しい。
「ノヴァは美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があっていいね」
 厨房での準備が一区切りついたのか、リタが向かいに座った。
「いやいや、美味しそうっていうか、本当に美味しいからだよ」
 食事を作るのは、何人かで当番制だ。
 各々の家で食べる人ももちろん多いけど、食材調達とか、村の外で作業している人たちの分は、朝昼兼用でまとめて作っておくのだ。片付けは、食べた人がそれぞれやってから出かけていくのが暗黙の了解になっている。
「あ、それ、いい感じにサイズ合ってるね。しばらく着る人いなかったし、もらっちゃっていいんじゃない?」
 宿屋で緊急時に貸し出すためにストックしてあった服を、とりあえず着させてもらってからというもの、なんとなくその流れで何着かを着回しさせてもらう形になってしまった。下着だけは、先に買い込んでおいてよかったね。
「さすがに、そのままもらっちゃうのはちょっと……どれかの作業の報酬としてもらえないか、ランドに聞いてみるよ。そういえば、服とかはどこで買ってるの? 村にはそういうお店はなさそうだったよね」
「毒猪の討伐依頼を出すのも微妙で……っていう話、前にしたでしょ? 森を抜けてちょっと行ったところに少し大きな町があって、依頼するならギルドにってやつ。そこで買うか、布を買ってきて作ったりしてるよ。このあたりでとれる薬草とか、素材を売りにいくついでに何人かで行ってくるんだ」
 正直、お金はぎりっぎりのやりくりなんだけどね。べっと舌を出してみせてから、リタは手元のパンをちぎった。
 ぎりぎりと言いながら、あまり気にしていなさそうなのは、この環境のおかげなのかもしれない。食材も素材も自給自足できてしまうので、それこそ服とか日用品なんかを調達するくらいしか、お金を使うタイミングがないのだ。
 俺もへらりと笑みを返して、お互いにしばらくの間、スプーンと手を動かす。
 朝の光がうっすらと差し込む食堂で、それぞれのペースで、協力しあうところは協力しながら楽しむ朝ごはんは、すごく楽しい。
 ゆくゆくは自分の家を持てたら最高だけど、この形もできれば続けていきたいな。
 勇者パーティーにいた頃、はじめのうちはよく野宿をしていたし、その頃を思い出す。誰とはなしにその日の担当を決めて、わいわいしながら過ごしたっけ。
 サイラスの名前が有名になってきてからは、宿に泊まることが増えたけど、あの時間は、俺が理想の暮らしを思い描くきっかけになったと思う。
「今日も美味しかった、ごちそうさま!」
「それじゃあさっそくだけど、今日はわたしといっしょだからよろしくね」
「よろしく! 今日も南の森?」
「今日は少し東まで回ってみようかなって思ってるんだ。今年は東と南で色々とってきていいことになってるんだけど、ちょっと、南に偏ってる気がするからね」
 村では、年単位で収穫や狩りをしていい範囲を決めているらしい。資源が枯れないようにするための、生活の知恵ということだね。
「そうなんだ……東の方では何がとれるの?」
「南と同じで色々だけど、運がよければ美味しい魚もとれるかな。ちょっと大きな滝があってね、そこならスライムも少ないはずだから、気を付ければ水浴びしても大丈夫だと思う」
 どうしても、スライムが絶対いないとは言ってくれないのね。半笑いで「そっか」と返して、すっかり空になった皿を、木製のトレーにのせて立ち上がった。
 食器を洗って片づけたあと、いったん二階に戻って剣やら回復薬やらを準備して、食堂の外に出る。リタも同じタイミングで準備を整えたようで、ちょうど戻ってきたところだった。
「あれ、今日は荷車も持っていくの?」
「今度詳しく話すけど、もう少ししたら、ちょっと大きなお祭りがあってね。そのための備蓄もそろそろ始めておきたいんだ。今日はこれをいっぱいにするまで帰れないよ!」
「お祭りか、楽しそうだね! わかった、頑張るよ」
 改めて荷車を見ると、小ぶりとはいえそれなりの大きさがある。形は日本にもあったリヤカーみたいな感じだ。素材はやっぱり木製だけど、ところどころによくわからないパーツが使われている。
 おそらくこれは、魔物を加工しているやつだね。魔物素材は土地によって様々で、異世界生活に慣れてきたつもりの俺でも、よくわからないものがまだまだあって面白い。
 ぐっと荷車を引くための持ち手をつかんで、ひっぱってみた。見た目よりは軽そうで少しほっとしたけど、これに食材やら素材やらをわんさか乗せて戻ってくるのは、なかなかの力仕事になりそうだ。
「今日もノヴァの超ラッキーに期待していい? っていうか、今日こそ負けないからね。ノヴァのレアもの発見率は、おかしいしずるいんだから」
「お手柔らかにお願いします」
 半分以上、本気の視線を投げてよこすリタにたじたじになりながら、俺は荷車を引く手に力をこめた。