「まさか、こんなことになろうとはな……勇者殿、本当にすまなかった」
目の前で頭を深々と下げ、謝罪の言葉を述べているのは、誰あろう、国王陛下だ。
真正面にいる僕はもちろん、隣に並ぶクレア、ディディ、バスクの三人も、驚きと心配をかきまぜたようなあいまいな表情で、所在なげにしている。
「陛下、どうかお顔を上げてください」
むう、と苦しそうな声をあげて、陛下が顔を上げる。
「勇者殿の言うとおりだった……真に国とわしの身を案じてくれた英雄の一人を、わしは罵倒して追放してしまったのだ。どうにかもう一度会って、正式に謝罪をしなくては」
ノヴァが王城を去ったあと、祝賀パーティーは大混乱に陥った。
陛下と入れ違いに賊が飛び込んできて、大広間で暴れたのだ。
僕たちは仮にも勇者の称号を賜った冒険者だ。たった一人の賊相手に遅れをとることはなかったけれど、タイミングが悪かった。
陛下が退席されたあとだったとはいえ、その場に残っていたのは戦う力を持たない人の方が多かった。
守りに徹する僕たちに対して、押し切れないと判断した賊は北側の窓から逃走を試み、直後に北門の近くで騎士たちに捕まった。
大混乱のあの日から数日が経った今日、ことの顛末を聞くために、僕たちは王城にはせ参じた訳だけれど、謁見の間に通されるや否や、陛下に頭を下げられてしまった。
「あの場には、不届きにも、わしの暗殺をたくらむ一派が紛れ込んでおったようでな」
「なんと」
「これからやってくるであろう平和の、希望の象徴である勇者殿へ勲章を授与したあの場でわしを暗殺すること、それが不届きものどもの目的だったのだ」
そういうことか。
世界は、皆の頑張りによって、平和に向けて少しずつ動き始めている。
平和になれば、安定した政治と暮らしが始まる。そうなれば、どうしたって権力は動きにくくなる。
僕も、中流とはいえ元は貴族の生まれだ。国の政治に関して、どんな手を使ってでも、発言権を強くしたい貴族がとても多いのは知っている。
特に過激な一派が、短絡的な思考と焦りにかられて陛下の暗殺を企んでいたとしても、ありえる話だ。
「賊にはすでに口を割らせ、不届きものの一派も捕らえておる。どうやら、ノヴァ殿のおかげできゃつらの計画が大幅に狂ったようなのだ」
もともと、過激派一派は陛下を孤立させる策を考えていた。策がなったあかつきには、ぼやに見せかけた煙を暗殺者への合図として、それを受けた暗殺者が、陛下が孤立しているはずのその場へ突入してことをなす。そんな手筈だった。
ところが、ノヴァが勲章を投げ捨てたり、陛下に酒樽をかぶせたりと騒いだせいで、策を弄する機会をなくしてしまった。
仕方なく過激派一派は、機を改めてあの日は穏便にやり過ごすつもりだったらしい。
実際のところ、陛下は大勢の護衛とともに退席し、あの場には僕たちが残っていた。
過激派一派にしてみれば、目的である陛下がおらず、もっとも退けておかなければいけない僕たちが残ったままの、最悪の状況だった。
それなのに、暗殺者が飛び込んできたのはどうしてか。
答えは簡単、ノヴァが骨付き肉を使って国旗を燃やしたあれが、合図代わりになってしまったからだ。
策が成功したと踏んだ暗殺者は、大広間をそっと覗き込んでほくそ笑んだはずだ。
遠目からは、あの場に残っていたのはごく少数の手勢と、陛下のみに見えただろうから。
まさかそこにいるのが、はちみつ酒漬けのマントの処分を命じられた大臣と、僕たちだとは夢にも思わなかったのだろう。
ついでに、一度は飛び込んだ暗殺者が逃走を図ったあとで、すぐに捕まったことに関しても、ノヴァが一役買っていた。
祝賀パーティーをやっていた大広間の北側、大窓から颯爽と飛び降り、壁を蹴って目にも止まらぬ速さで脱出を試みた暗殺者は、お粗末にも、ノヴァが投げ捨てた勲章の上に着地したことで、足首をぐきりとやって動けなくなってしまったのだ。
皆を守ることを優先して、すぐに追いかける判断ができなかった僕たちだけれど、賊の仲間が追撃をかけてこないようにと、威圧を発したのがよかったらしい。
僕たちのプレッシャーに気圧された暗殺者は、窓から飛び出しながらも、上ばかりに意識が持っていかれていた。
そのせいで、普段なら絶対にやらないようなミスをおかしてしまったというわけだ。
結果的に、逃げそびれた暗殺者は北門の近くで捕まり、それからはもう、城をあげての大騒動だった。
「なんでもしゃべってくれちゃう、素直な暗殺者さんでよかったよね」
くすくすと意地悪な笑みを浮かべるクレアを見て、僕は察した。
「クレア……君がこの数日間、用事があると言っていたのはそういうわけか。感心しないな」
クレアのいけない魔法によって、恍惚とした表情で、もろもろの悪事をそれはもうもろもろと証言する暗殺者の姿を思い浮かべる。人道的に、倫理的に、やってはいけないあれやこれやがふんだんに行使されたに違いない。
このことを僕に相談していれば、僕は必ず反対した。だからこそ、クレアだけが呼ばれたのだ。
「陛下、クレアの力を悪用されては困ります!」
「そ、そこまで人の道から外れたことはしておらぬ……よな?」
「ええ陛下、もちろんですわ」
おそらく現場にはいなかったであろう陛下が自信なさげに聞き、クレアがきらきらとした聖女の笑みでよどみなく答える。なんだか、頭痛がしてきた。
「はあ……どうか不届きものたちの処罰には、しかるべき手続きを踏まれますよう、切にお願い申し上げます」
このままでは、秘密裏に処刑したなどと言い出しかねない。
陛下は素晴らしい方ではあるけれど、ノヴァの一件といい、たまに考えが過激で困る。今回のことで、ノヴァのことは反省してくれているようだけれど……。
「まあ、何事もなくてよかったんじゃないかな」
「ああ、そうだな」
ディディがしみじみと言うものだから、僕もつい口元が緩む。
陛下の暗殺なんて大事件が起こっていたら、これからようやく国内のことに目を向けていけるというタイミングで、大混乱に陥るところだった。
もちろん、しばらくの間は、国をひっくり返しての過激派一派の裁判や後片付けがあるだろうけれど、陛下の暗殺に比べれば、ずいぶんマシだ。
自身の栄誉を投げ捨ててそれを止めてみせたうえ、何も言わずに去っていくなんて。ノヴァ、きみはかっこよすぎるじゃないか。
「勇者殿をお呼びしたのは、顛末を説明したかったこともあるが、ノヴァ殿のことだ。勇者殿であれば、ノヴァ殿の行方もご存じなのではないか? 正式に謝罪し、勲章の授与をやりなおしたいのだ。当然、王都追放の処遇も正式に取り消してある」
ノヴァの疑いが晴れた。こんなにうれしいことはない。
ただ、残念ながら僕にも、ノヴァがどこに行ったのかはわからなかった。
「ご英断です、陛下。しかし、申し訳ありません。ノヴァの行方は、僕もまだ掴めていないのです」
「落ち着いたら手紙くらいは出しなさいよって言ってあるから、もう少し待っていれば連絡してくれそうですけどね」
「むう……ただ待っているだけというのは、なんとも落ち着かんな」
クレアが進言しても、陛下は渋い表情のままだ。
「……待ちながら、探せばいい」
「そうだね! バスクっち、いいこと言う!」
バスクがぽつりと言い、ディディもそれに賛成してぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「そうしよう! 陛下、ノヴァ探索の許可をいただけますか? まだここを離れて数日、そう遠くまでは行っていないはずですし、僕たちも王都を何日も空けたりはしませんので」
「うむ、もちろん許可しよう」
そうと決まれば、さっそくノヴァを、僕たちの大切な仲間を探しに行こう。
「よし、行こうみんな!」
僕たちは、王城を訪れたときの複雑な気持ちとは正反対の、はればれとした誇らしい気持ちで、謁見の間を後にした。
目の前で頭を深々と下げ、謝罪の言葉を述べているのは、誰あろう、国王陛下だ。
真正面にいる僕はもちろん、隣に並ぶクレア、ディディ、バスクの三人も、驚きと心配をかきまぜたようなあいまいな表情で、所在なげにしている。
「陛下、どうかお顔を上げてください」
むう、と苦しそうな声をあげて、陛下が顔を上げる。
「勇者殿の言うとおりだった……真に国とわしの身を案じてくれた英雄の一人を、わしは罵倒して追放してしまったのだ。どうにかもう一度会って、正式に謝罪をしなくては」
ノヴァが王城を去ったあと、祝賀パーティーは大混乱に陥った。
陛下と入れ違いに賊が飛び込んできて、大広間で暴れたのだ。
僕たちは仮にも勇者の称号を賜った冒険者だ。たった一人の賊相手に遅れをとることはなかったけれど、タイミングが悪かった。
陛下が退席されたあとだったとはいえ、その場に残っていたのは戦う力を持たない人の方が多かった。
守りに徹する僕たちに対して、押し切れないと判断した賊は北側の窓から逃走を試み、直後に北門の近くで騎士たちに捕まった。
大混乱のあの日から数日が経った今日、ことの顛末を聞くために、僕たちは王城にはせ参じた訳だけれど、謁見の間に通されるや否や、陛下に頭を下げられてしまった。
「あの場には、不届きにも、わしの暗殺をたくらむ一派が紛れ込んでおったようでな」
「なんと」
「これからやってくるであろう平和の、希望の象徴である勇者殿へ勲章を授与したあの場でわしを暗殺すること、それが不届きものどもの目的だったのだ」
そういうことか。
世界は、皆の頑張りによって、平和に向けて少しずつ動き始めている。
平和になれば、安定した政治と暮らしが始まる。そうなれば、どうしたって権力は動きにくくなる。
僕も、中流とはいえ元は貴族の生まれだ。国の政治に関して、どんな手を使ってでも、発言権を強くしたい貴族がとても多いのは知っている。
特に過激な一派が、短絡的な思考と焦りにかられて陛下の暗殺を企んでいたとしても、ありえる話だ。
「賊にはすでに口を割らせ、不届きものの一派も捕らえておる。どうやら、ノヴァ殿のおかげできゃつらの計画が大幅に狂ったようなのだ」
もともと、過激派一派は陛下を孤立させる策を考えていた。策がなったあかつきには、ぼやに見せかけた煙を暗殺者への合図として、それを受けた暗殺者が、陛下が孤立しているはずのその場へ突入してことをなす。そんな手筈だった。
ところが、ノヴァが勲章を投げ捨てたり、陛下に酒樽をかぶせたりと騒いだせいで、策を弄する機会をなくしてしまった。
仕方なく過激派一派は、機を改めてあの日は穏便にやり過ごすつもりだったらしい。
実際のところ、陛下は大勢の護衛とともに退席し、あの場には僕たちが残っていた。
過激派一派にしてみれば、目的である陛下がおらず、もっとも退けておかなければいけない僕たちが残ったままの、最悪の状況だった。
それなのに、暗殺者が飛び込んできたのはどうしてか。
答えは簡単、ノヴァが骨付き肉を使って国旗を燃やしたあれが、合図代わりになってしまったからだ。
策が成功したと踏んだ暗殺者は、大広間をそっと覗き込んでほくそ笑んだはずだ。
遠目からは、あの場に残っていたのはごく少数の手勢と、陛下のみに見えただろうから。
まさかそこにいるのが、はちみつ酒漬けのマントの処分を命じられた大臣と、僕たちだとは夢にも思わなかったのだろう。
ついでに、一度は飛び込んだ暗殺者が逃走を図ったあとで、すぐに捕まったことに関しても、ノヴァが一役買っていた。
祝賀パーティーをやっていた大広間の北側、大窓から颯爽と飛び降り、壁を蹴って目にも止まらぬ速さで脱出を試みた暗殺者は、お粗末にも、ノヴァが投げ捨てた勲章の上に着地したことで、足首をぐきりとやって動けなくなってしまったのだ。
皆を守ることを優先して、すぐに追いかける判断ができなかった僕たちだけれど、賊の仲間が追撃をかけてこないようにと、威圧を発したのがよかったらしい。
僕たちのプレッシャーに気圧された暗殺者は、窓から飛び出しながらも、上ばかりに意識が持っていかれていた。
そのせいで、普段なら絶対にやらないようなミスをおかしてしまったというわけだ。
結果的に、逃げそびれた暗殺者は北門の近くで捕まり、それからはもう、城をあげての大騒動だった。
「なんでもしゃべってくれちゃう、素直な暗殺者さんでよかったよね」
くすくすと意地悪な笑みを浮かべるクレアを見て、僕は察した。
「クレア……君がこの数日間、用事があると言っていたのはそういうわけか。感心しないな」
クレアのいけない魔法によって、恍惚とした表情で、もろもろの悪事をそれはもうもろもろと証言する暗殺者の姿を思い浮かべる。人道的に、倫理的に、やってはいけないあれやこれやがふんだんに行使されたに違いない。
このことを僕に相談していれば、僕は必ず反対した。だからこそ、クレアだけが呼ばれたのだ。
「陛下、クレアの力を悪用されては困ります!」
「そ、そこまで人の道から外れたことはしておらぬ……よな?」
「ええ陛下、もちろんですわ」
おそらく現場にはいなかったであろう陛下が自信なさげに聞き、クレアがきらきらとした聖女の笑みでよどみなく答える。なんだか、頭痛がしてきた。
「はあ……どうか不届きものたちの処罰には、しかるべき手続きを踏まれますよう、切にお願い申し上げます」
このままでは、秘密裏に処刑したなどと言い出しかねない。
陛下は素晴らしい方ではあるけれど、ノヴァの一件といい、たまに考えが過激で困る。今回のことで、ノヴァのことは反省してくれているようだけれど……。
「まあ、何事もなくてよかったんじゃないかな」
「ああ、そうだな」
ディディがしみじみと言うものだから、僕もつい口元が緩む。
陛下の暗殺なんて大事件が起こっていたら、これからようやく国内のことに目を向けていけるというタイミングで、大混乱に陥るところだった。
もちろん、しばらくの間は、国をひっくり返しての過激派一派の裁判や後片付けがあるだろうけれど、陛下の暗殺に比べれば、ずいぶんマシだ。
自身の栄誉を投げ捨ててそれを止めてみせたうえ、何も言わずに去っていくなんて。ノヴァ、きみはかっこよすぎるじゃないか。
「勇者殿をお呼びしたのは、顛末を説明したかったこともあるが、ノヴァ殿のことだ。勇者殿であれば、ノヴァ殿の行方もご存じなのではないか? 正式に謝罪し、勲章の授与をやりなおしたいのだ。当然、王都追放の処遇も正式に取り消してある」
ノヴァの疑いが晴れた。こんなにうれしいことはない。
ただ、残念ながら僕にも、ノヴァがどこに行ったのかはわからなかった。
「ご英断です、陛下。しかし、申し訳ありません。ノヴァの行方は、僕もまだ掴めていないのです」
「落ち着いたら手紙くらいは出しなさいよって言ってあるから、もう少し待っていれば連絡してくれそうですけどね」
「むう……ただ待っているだけというのは、なんとも落ち着かんな」
クレアが進言しても、陛下は渋い表情のままだ。
「……待ちながら、探せばいい」
「そうだね! バスクっち、いいこと言う!」
バスクがぽつりと言い、ディディもそれに賛成してぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「そうしよう! 陛下、ノヴァ探索の許可をいただけますか? まだここを離れて数日、そう遠くまでは行っていないはずですし、僕たちも王都を何日も空けたりはしませんので」
「うむ、もちろん許可しよう」
そうと決まれば、さっそくノヴァを、僕たちの大切な仲間を探しに行こう。
「よし、行こうみんな!」
僕たちは、王城を訪れたときの複雑な気持ちとは正反対の、はればれとした誇らしい気持ちで、謁見の間を後にした。