サイラスとがっちりと握手をして、英雄として王都へ凱旋する。
 誰もがその姿を想像したはずだ。でも俺は、そうはしなかった。
 サイラスの手を握り返しはせず、まっすぐ真上に手をあげたのだ。
「ピイちゃん、お願い!」
 くるくると旋回してやってきたピイちゃんが、俺の腕を掴んでぐんとひっぱりあげる。
「ノヴァ、どうしてだ!」
 驚きを隠せず、サイラスが叫ぶ。俺はへらりと笑って、空いている方の手で軽く頭をかいた。
「いやあ、誤解が解けたのはよかったし、皆に認めてもらえて、戻ってきてほしいって言ってもらえたのも凄く嬉しいよ」
「それならまた、いっしょに冒険すればいいじゃないか!」
「でもさ」
 ピイちゃんに運んでもらって、広場の真ん中を抜け出して、食堂の屋根にそっと降り立つ。
 サイラスにしてみれば、冒険の最初からいっしょだった俺に、裏切られたような気持ちになっているかもしれない。それは本当に申し訳ないけど、いつまでもサイラスにくっついていたら、きっと駄目なんだ。
「しばらく、自分の力でなんとかしてみたいんだ。この村も気に入ってるし、ようやく一段落ついたところだから。ここで投げ出して、それじゃあ王都に戻っちゃおうっていうのは、なんかちょっと違う気がしてさ。俺はサイラスと、皆と対等の友達でいたいから」
 へらりと笑って、それでもサイラスから目をそらさずに、言い切った。
 サイラスは、しばらく俺を澄んだ瞳で見つめ返していたけど、やがて小さく息を吐き出した。
「そうか……わかったよ」
 サイラスがふわりと笑う。
「本当にいいの?」とクレアがサイラスをつついたけど、サイラスはそれに、「ああ、いいんだ」と応えてみせた。
「何をするにも、どこか自分の本音を隠すようにしていたノヴァが、はっきりと自分の力で頑張りたいと言ったんだ。しかもそれが、僕たちと対等の友であるためとまで言ってくれたんだ。それを祝福して送り出せなくては、それこそ友を名乗る資格がなくなってしまう」
「ありがとう。王都にはたまに遊びにいくし、よかったら皆も遊びにきてよ。村はいいところだし、ごはんもおいしい。それに、本当に何かあったら、俺にできることは頑張るからさ」
 そうそうないかもしれないけど、もしもサイラスたちがピンチのときは、俺のスキルが役に立てればいいと思ってるしね。
「ああ、わかった。頼りにさせてもらうし、遊びにも行くさ」
 さきほどの熱狂的な拍手や歓声とはまた少し違う、やわらかな拍手が起こる。
 王様まで拍手を送ってくれているし、騎士団の皆さんも、村の皆も、全員が笑顔だ。
 リタと目が合った。少し涙目になっている気がして、思わずどきりとしてしまう。
 俺がびっくりしているのに気がついたのか、リタはごしごしと目をこすって、ぎゅっと笑顔を作りなおした。
 ランドもカティも笑っている。
 ゴレムちゃんだけは、くっさいねとでも言いたげに、微笑みを崩さず鼻をつまんでいるけど、いったんスルーだ。
 今度こそ本当に、俺自身が決めた暮らしが、ここから始まるんだ。サイラスたちに恥ずかしくないよう、村の皆の期待を裏切らないよう、そして何より俺自身が楽しめるように、できることをやっていこう。
 この子とも、まだまだいっしょにいられそうで嬉しいな。だいぶ意思の疎通ができるようになってきた小さな相棒、ピイちゃんにも笑顔を向ける。
「あ、やばい……!」
 ものすごくいい雰囲気なのに、そこで俺は気づいてしまった。
 ピイちゃんと仲良くなって、だいぶ意思の疎通ができるようになってきたからこそ、だ。
 急いだ様子でさっと翼を広げたピイちゃんを、「待って、そっちは駄目! あっちに行こう!」と制してみるけど、残念ながら届かない。
 俺の必死の声を、ついでに運んでほしいのだと勘違いしたピイちゃんが、きりりとした顔で一声鳴くと、俺の両肩をつかんで飛び立つ。
 ゆるやかに旋回したピイちゃんは、よりによって王様の方へ進路を定めた。
「あああ、待って待って待ってお願い!」
 ごぷ。ピイちゃんが小さくげっぷをしてみせた。どうやら限界みたいだ。
「ごめんなさい皆さん! そこ、どいてください!」
 せめてもの注意喚起を投げたのもむなしく、ピイちゃんはきらきらとした落とし物を王様の頭からひっかけた。
「な、な、な……!?」
 事態をのみこめずにいる王様をよそに、すっきりとした顔つきになったピイちゃんが、「ピイ!」と元気よく鳴いて、急上昇を始める。
「王様ごめんなさい! この子、本当に伝説のシャイニングドラゴンなので、落とし物にもきっとご加護がありますよ!」
 もちろん、桶屋クエストは何も出ていないので、ブラフもいいところだ。
「待てえい! これはさすがに納得できん! 降りてこんかっ!」
 ですよね。
 なおさら、降りていきたくないし、ピイちゃんもそのつもりはなさそうだ。
「それじゃあ皆、また会おうね!」
 こらえきれずに笑い出すリタやクレア、大笑いするわけにもいかず困った顔のサイラス、顔が真っ赤の王様。遠ざかっていく皆の顔をひとしきり眺めてから、俺は前を向いた。
 真っ青な空に、さわやかな風が吹き抜けていく。
「ピイちゃん、村に戻るのはちょっと後にした方がよさそうだし、少し遠くまで飛んじゃおうか?」
 ピイちゃんは返事のかわりに、ぐんとスピードをあげた。
 俺は小さな相棒に身を任せて、どこまでも続く空と、流れていく景色に目を細めた。