特殊スキル『風が吹けば桶屋が儲かる』が、俺のスローライフを許してくれない〜ご都合主義? いえいえ、そういうスキルです!〜

「ノヴァ、準備はいい?」
 リタの声に笑みを返して、その場でとんとんと軽くジャンプしてみた。
 衣装についた鈴が、しゃらりと澄んだ心地よい音を響かせる。
 顔と腕に施した、紋様のような祭り化粧も、すっかりなじんで気にならなくなった。
 少し緊張した雰囲気ではあるけど、代表として舞うことになっている十人の顔は、期待と高揚に満ちている。
「練習の成果を見せて、思いっきり盛り上げよう!」
「ノヴァ、すっごく上手になったもんね! きっとみんなもびっくりするよ!」
 本番を迎えたこの日、俺は個人練習と桶屋クエストによる特訓のおかげで、ソロパート以外はほとんど完璧に踊れるようになっていた。
 ソロにしたって、バク転と側転はまあまあの確率で上手くいくようになっている。不安があるとすれば、どうしても再現できない空中に浮かんだような動きだけだ。
 ここまできたら、考えてみてもしょうがない。
 浮かび上がる直前までをパーフェクトにキメれば、コンボは七十五。
 どうにかしてジャンプして、最初の振りまで合わせられれば、七十七コンボのクエストを達成できるはずだ。そのあとは、シルエットがやっていた動きに近い形で、舞台の上でなんとかするしかないよね。
 簡易的に張られた楽屋がわりのテントから、そっと外の様子をうかがう。
 お祭りはものすごい盛り上がりを見せていた。皆が笑顔で、思い思いに踊り子を真似た化粧をしたり、着飾ったりして、舞台のまわりに集まっている。
 村中が、森の中で取ってきた様々な素材で装飾され、かがり火に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 このあとの宴のために、おいしそうな匂いも漂ってきて、非日常の高揚感に包み込まれている。
 今年は例年と違って、ドラゴンの結界があるおかげで、見張りを立てる必要もない。
 警備に人を割く必要がないので、本当に村中の人が集まってきている感じだ。
 残念ながら、サイラスたちの姿を見つけることはできなかった。
 手紙を出したのもぎりぎりだったし、間に合わなかったかな。まあそれはそれ、落ち着いたらこちらから近くまで行ってみるのもありだし、無事を伝えられれば、とりあえず約束は果たせたよね。
「それじゃあ、いこうか」
 打楽器と笛で演奏をしてくれるメンバーに合図を送る。
 ゆるやかな笛の音にあわせて、俺たちはするすると舞台へ出ていった。
 舞台の上は、当たり前かもしれないけど、練習のときに見える景色とはまるで違っていた。
 揺らめく炎と、心地よいリズムに、自然と身体が動く。
 すいと伸ばした手のひらの先、リタと視線が合った。自然と笑みがこぼれて、じんわりと身体が熱くなる。
 本番仕様なのか、いつもは目の前にどんと表示されているスキルウインドウが、少し離れた空中に浮かんで、コンボ数を計測している。
 一人だけ、お祭りの中でリズムゲームをやっている感じがおかしくて、笑いがこみあげてきた。
 それを、踊りを楽しんでいるととってくれたらしい観客の皆から、「いいぞ、ノヴァ!」と歓声があがる。
 くるりと回転して、舞台の端に散る。ここからは、十人それぞれのソロパートだ。
 ソロを前に少し振りが落ち着いたことで、はたはたと汗が滴り落ちる。
 感覚が、すごく研ぎ澄まされているのがわかる。
 普段なら、気を付けて集中していなければわからないような魔力の流れが、風に乗って光の帯を見せ始めた。
 俺の前にソロを踊るリタが、ふわりとした滑らかな動きで、舞台の中央に進み出た。
 俺がスキルウインドウに課された激しい舞とは違って、ゆるやかで、なめらかなな動きだ。観客の皆も、俺以外の八人さえも、その美しさに息をのむ。
 ソロの最後にお辞儀のような仕草をつけて、にっこりと笑顔を見せたリタが舞台の中央から身を引くと、大きな歓声と拍手が巻き起こった。
 今度は俺の番だ。歓声と熱気に押し出されるように、前に出る。
 リズムが変わった。先ほどの柔らかな流れとは打って変わって、打楽器を前に出し、音の粒が一気に増える。
 スキルウインドウを意識はしても、そちらを凝視して踊るわけにはいかない。
 自分を信じて、身体を動かしていく。
 練習のときと同じように、ピイちゃんが俺の少し上をくるくると飛び回って、場を盛り上げてくれているのが見えた。
 思わず笑みが深くなる。伝説のドラゴンとコラボって、やっぱりこれのことかな?
 七十……七十一……順調に『パーフェクト!』の文字列が空に跳ねる。
 側転から、立て続けにバク転をキメる。
 七十五……俺は全力で腕を振り上げ、跳躍した。
 そのときだった。
 ひときわ大きな声で鳴いたピイちゃんが、振り上げた俺の腕を両足で掴まえて、舞い上がったのだ。
 空いている手で指示すると、ピイちゃんはその方向へ右へ左へ旋回してくれる。
 まるで、空中を泳いでいるみたいだ。
 橙と紺が混じる空の下、かがり火に照らされた皆の笑顔と歓声を、俺はきっと一生忘れない。
 ひとしきり飛び回ってから着地した俺は、舞台の端に戻って、小さくガッツポーズした。
 ソロの後もほとんど完璧に踊りきった俺たちは、割れんばかりの拍手に包まれて、楽屋へと戻ってきた。
「すごいよノヴァ! 練習のときは、ピイちゃんといっしょに踊るのは内緒にしてたんだね!」
「悔しいけど、今年の主役はノヴァで決まりだな!」
 俺は九人に囲まれてぐしゃぐしゃにされながら、「いや、練習どおりにやるつもりだったから、ぶっつけ本番だったんだよ」と説明する。
「そうなの!? ぶっつけ本番なのに、息ぴったりだったよね! すごい!」
「ピイちゃんも、お祭りの雰囲気を気に入ってくれたってことじゃないかな」
 楽屋までついてきたピイちゃんを、そっと撫でる。
「あ、もしかして?」
 思い出して、スキルウインドウを開きなおしてみる。
 コンボのクエストはパーフェクトで完了しているし、伝説のドラゴンとコラボするクエストも達成されている。
「やった……!」
 ここまできたら全部クリアして、この村に恩返しをしたいところだよね。
「次はドッジボール大会……シャイニングドラゴンカップだね!」
「悪いが優勝はうちがもらうぞ、ノヴァ」
「ランド! 村長としての仕事は大丈夫なのって、心配になるくらい練習してたもんね。でも負けないよ!」
 例の謎素材のボールといっしょに、ドッジボール大会をプレゼンしたところ、お祭りの運営陣は予想以上の食いつきをみせた。
 その結果、シャイニングドラゴンカップなるなんだか本格的な大会が、余興ついでに開催されることになってしまった。
 特にランドは、「新しい風を吹かせてほしいとは言ったが、本当に面白いもんを持ってくるとはな」と手をたたいて喜んでくれた。
 心配された出場選手の募集も、四チームが集まるほどの盛況ぶりだ。
 ボールはひとつしかないので時間を決めて、普段の作業やお祭りの準備の合間で、チームごとに息抜きついでの練習をやってきたわけだけど、ランドが率いる村長チームは気迫が違っていた。
 もしかすると一番最初に、ルール説明がてら、ランド率いるチームをこてんぱんに倒してしまったのが、よくなかったのかもしれない。
 とにかくランドたちは、ボールがない時間も木の実を使ったボールキャッチの練習だとかをやっていたようで、俺が想像していた以上の本気度で取り組んでくれた。
 他のチームはあくまで余興感覚で、隙間時間でボールの感触を確かめる程度だったので、優勝候補は俺のいるチームと村長チームのふたつになっている。
「試合をするコートってやつも、しっかり整えてあるからな」
 試合用のコートは、舞のステージの向こう側、初代村長像の真ん前に設置されていた。
 空はほとんど紺色に染まっていて、頼りになる明かりはかがり火だけ……かと思いきや、コートはいっそまぶしいくらいの明かりに照らされている。以前リタも使っていた照明の魔法を数人がかりで空に散らして、ナイターにしっかり対応した形に仕上げたみたいだ。
「思ってたより本格的だね」
「おいおい、言い出しっぺのお前さんがそれを言うのかよ? 頼むぜ!? こっちはお前さんを目標に、この日のために練習してきたんだからな!」
「え、うん、ごめんね?」
 これは、優勝するのはちょっと大変かもしれないね。
 ついさっきまであんなに盛り上がっていた伝統的な舞を前座扱いにするような、こうこうと照らされたコートをぼんやり眺めて、俺はへらりと口角をもちあげた。
 俺はコートの上にたった一人で、ランド率いる村長チームの三人と対峙していた。
 予想どおりに勝ち上がった俺のチームと村長チームとの試合は、山場を迎えている。
 コート上に残ったメンバーの名を叫ぶ声援が四方から投げ込まれ、舞のときに演奏してくれた面々が、より闘争心をあおるような、アタック音強めの打楽器を中心とした編成に変えて、試合を盛り上げてくれている。
 試合には不参加を表明していたリタが、初代村長像の下、つまりはコートを分ける真ん中のライン上に立って、すっかり審判のような役割になっていた。
 視線を落として、手元のボールの感触を確かめる。
 ぼんやりと光るボールは、決勝を迎えた今、広場の盛り上がりにあわせるように、その色を変えていた。
 見つけたときは薄紫と青を混ぜたような光だったのに、今ではもっと複雑な、何種類もの色がゆったりと明滅しながら入れ替わっていくような、幻想的な光を放っている。
 なんとなくだけど、触れた者の魔力に少しずつ影響を受けている気がする。
 最初は俺の、その次はその場にいたピイちゃんの、そしてこの場では、シャイニングドラゴンカップに参加した皆の魔力だ。
 幸い、嫌な感じはしないから、これがどういうものなのかは、考えるのはあとでいいのかな。
「おいノヴァ、何をぼんやりしてんだ。ほれほれ、早く投げてくれ」
「申し訳ありませんが、ノヴァをアウトにすれば優勝は私たちのものですからね!」
 ランドの隣に並んだカティが、腰に手を当ててびしっとこちらを指さす。
 カティまで、ランドと同じかそれ以上のテンションになっているのは、なんとも予想外だった。
 アクティブな子ではあるけど、もう少しこう、冷静で落ち着いたイメージがあったんだけどな。意外な一面にうれしくなる。
「まだ、諦めたわけじゃないからね」
 全神経を集中して踊り切ったあとでもあるので、どうにも身体が重たいのは事実だ。
 体力も気力も限界に近いうえ、相手は村でも一、二の身体能力を誇る二人だ。
 とはいえこっちには、転移前の世界で培った経験値がある。
 パワーで勝てないのなら、テクニックで勝負だ。
 俺はゆっくりと振りかぶって、ランドでもカティでもない、もう一人の村人さんに狙いを定めた。
「てい!」
 ボールは狙いどおり、村人さんのすねあたりに当たって、俺のチームの外野へとバウンドする。
 キャッチした味方に手をあげてボールを要求する。これで、一対二になった。
「捕りにくい足に当てて、外野に転がすかよ。正面からどんと投げてこい! 俺が受けてやる!」
「嫌だよ。そんなやり方したら、絶対勝てないでしょ」
 何度かボールを地面について、リズムを整える。
 勝負しろとぎゃあぎゃあ叫ぶランドをあえて無視して、俺はカティに向き直る。
「ごめんね、アウトにさせてもらうよ」
「ふふ、そう簡単にいくとは思わないでくださいね」
 カティが腰を落とし、かかとを浮かせて、ボールのキャッチも回避も、どちらも対応できる姿勢を取る。
 こんな本格的っぽい感じで身構えられると、どうにもやりにくい。
 俺がやってきたのは遊びのドッジボールで、本格的なスポーツとしてのそれは、それこそ小さなころにネットかテレビで見たことがあるくらいだ。
 なんとかここでカティをアウトにして、一対一に持ち込めれば、勝機は見えてくる。
「いくよ! 正々堂々、勝負だ!」
 ゆっくりと振りかぶって、大きく腕を振って、ボールを投げる。
 身構えたカティにはかすりもせず、ボールは明後日の方向に飛んでいく。
「緊張しちゃいましたか? それじゃ当たりませんよ……きゃあ!?」
「カティ、アウト!」
 リタが手を挙げて、高らかに宣言する。
「ど、どうしてですか!」
「ううん、なんとなくずるい気もしちゃうけど、ノヴァから聞いたルールでは、外野の人が当ててもいいことになってるから」
 苦笑いするリタとは対照的に、俺はしてやったりのしたり顔で、ふふんと胸を張った。
「正々堂々といったのに、卑怯です!」
「もちろん正々堂々だよ。正々堂々、ルールにのっとって勝負したってことだね」
「……正々堂々とノヴァが口に出したら、外野を使うっていうことに決めてたんだ。ごめんよ」
 外野から申し訳なさそうに戻ってきた味方の村人さんが、あっさりと種明かしをしてしまう。
「ちょっと! 内緒の作戦だって言ったのに!」
「ノヴァ、かっこわるいぞ!」
「がんばれ村長チーム!」
 俺の悲痛な叫びが、観客の野次にかき消される。
 外野がアウトを取った場合は、コートに戻れるルールを採用しているので、形成は逆転して二対一だ。
 ただし、圧倒的な有利とは言いにくい。
 こぼれたボールはランドが拾ってしまったので、次はランドがこちらを狙う番だ。
 しかも、観客は完全に村長チームの応援に回っていて、俺たちはすっかり悪役になってしまった。
「ええい。しずまれ、しずまれーい! ルールどおりに頭を使って戦って、何が悪い!」
「ちょっとノヴァ、性格変わってない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。一回だけやってみたかったんだよね」
 リタに突っ込まれて、頭をかいた。
 あんまり悪役ってやってみたことがないから、ちょっとだけ興味はあったんだ。
「ずいぶん余裕じゃないか。そろそろいいか?」
 ランドがコート中央のラインぎりぎりまで出てきて、にやりと笑った。
 至近距離から、腕力に任せた強力なボールを投げ込んでくるのが、ランドのやり方だった。
 相手が受けることを期待するようなド直球の球で、まさしく小細工はなしの、正々堂々の真っ向勝負だ。
 直球ならなんとかなる、というわけではない。当然のことながら、このドッジボール大会では、魔法の使用は禁止にしている。にもかかわらず、剛腕から繰り出されるとんでもないボールはとんでもない威力で、受けるにも避けるにも、かなりの勇気と瞬発力がいる。
 実際、味方のほとんどが、ランドの一投でアウトにされてきているのだ。
「いくぜ……おらあっ!」
 どうやったら、そのやわらかいボールでそんな音がするの? 本当は魔法とか使ってたりする?
 そう疑いたくなるほどの、ごうと風を切る音を響かせて、目にも止まらぬ速さのボールが飛んでくる。
 それは、申し訳なさそうに外野から戻ってきたばかりの村人さんのみぞおちに、虹色の光を放ちながらクリーンヒットした。
 瞬間、俺は地面を蹴っていた。
 長身のランドが叩きつけるように投げたボールだ。
 村人さんのおなかに跳ね返ったボールは勢いそのままに地面から跳ね返ると、そのままランド側のコートへ戻っていこうとする。
「させる……かあっ!」
 俺が一足先に地面を蹴ったのは、このボールがランドの手元に戻る前に、確保するためだ。
 ここでボールを手に入れることは、勝つための絶対条件だ。
「とった!」
「さすがに続けてもう一発とは、やらせてくれねえか。いいぜ、最後の勝負だ。まさかここで、外野にパスして横から狙うなんて真似はしないんだろ?」
 ランドが両手を広げて、あえて大きな声で言う。
 そうだそうだと、観客から大喜びの野次が飛んでくる。
 足元を狙う手も、外野を使う手も、この試合で見せてしまった。
 同じ手が通用しないとは言わないけど、警戒はされていて当然だ。
 ランドがあえて大声で煽ったのは、外野にパスする選択肢を消すためで間違いない。
 不敵に笑うランドに対して、俺もへらりと口元をゆがませる。
「もちろんだよ」
 ぎゅっと両手でボールを抱えて、呼吸を整える。
 外野へのパスはないと踏んだのか、後ろのライン際まで下がったランドが、腰を落として身構えた。
 もちろんだ。外野へパスして終わらせるなんて、残念なことはしない。
 決勝に進んだ時点で発現した、おそらく今回のツリーで最後の桶屋クエストがあるからだ。
 それはこの決勝で、自分の投げたボールで、相手のリーダーをアウトにするというものだった。
 この流れは、桶屋クエストが望んだとおりであり、この村の文明レベルを飛躍的に向上させるためのステップでもあるらしい。
 村のために頑張っているつもりなのに、最後に立ちはだかるのが村長のランドというのもおかしな話なんだけどね。
「この局面で笑うかよ。ノヴァ、お前さんはやっぱりとんでもないやつだな」
「そんなことないよ。ここまで盛り上がるなら、やってよかったなって思ってるだけ」
 何歩か、中央のラインから後ろにさがる。
「いくよ!」
 ゆっくりと振りかぶって、一歩、二歩と勢いをつけた。
 俺の右手から離れたボールが、吸い込まれるようにランドへ向かっていく。
「ふはははは、捕れる!」
 照準はランドの真正面、おあつらえ向きに胸の前だ。
 両手をしっかりと広げて、ランドが高笑いしながらキャッチの体勢を整える。
 なんというラスボス感か。一瞬、自分たちが何をやっているのかわからなくなるじゃないか。そうだよ、村の祭りのドッジボール大会だよ。頼んだよ!
 景色がスローモーションのようになった。
 ゆっくりと、ボールがランドの両手に収まっていく。
「なんだと!?」
 キャッチした。
 誰もがそう思った瞬間、ボールはランドの手から弾かれて、緩やかな弧を描いて空へ舞った。
「おかしい、確実に捕れたはずだ」
「ボールに弾力があるから、回転をかけたんだよ」
「なるほどな。色々と考えるもんだ」
 ゆるゆると、まだ宙を泳いでいるボールを見送って、ランドが感心したように言う。
「追いかければ、まだ捕れると思うよ。ノーバウンドで捕れればアウトにはならない」
 そうすれば、多分ランドの勝ちになる。
 この一投で最後の集中力を使ってしまったから、次は多分、受けられも避けられもできそうにない。暗にそれを示唆して、俺もボールに視線をやった。
 淡い虹色に輝くボールが、無数のライトに照らされて空を泳ぐ様は、ただひたすらに綺麗だと思った。
「いやあ、捕れなかった時点で俺の負けだ」
「いいの?」
 ランドにはランドの、矜持のようなものがあるのだろう。返事のかわりに、ランドはにやりと笑った。
 大会の終わりを見届ける気持ちで、二人でボールが落ちるのを見守った。
 ボールは、ゆっくりと初代村長像に近づいていき、ちょうど像の頭のところに、こつんと当たった。
「おめでとう、お前さんの勝ちだな」
「……ありがとう!」
 りいん。
 桶屋クエストが鳴らすものとは別の、鈴の鳴るような音がした。
 そして、まばゆい光がほとばしる。
 誰かの照明魔法では、到底ありえないような光の洪水に、叫ぶ間もなく目を閉じた。
 何が起きた?
 誰のものとも知れない、いくつもの悲鳴が聞こえる。
 叫びたくなるのをこらえて、両腕で目を覆った。
 少しずつ、光が収まっていく。
 ゆっくりと目を開けて、あたりの様子をうかがう。
 コートのまわりに集まっていた皆は、突然の強い光に動けず、その場にうずくまっていた。
 見たところ、怪我をしている人はいないようだ。
 建物も無事、かがり火が倒れているようなこともない。
 ただし、この場にさっきまでなかったものが、ひとつだけある。
 魔力だ。
 これまで感じられなかった、濃密な魔力の気配が漂っていた。
 どこからそれが発せられているのかを、必死に探す。
 真っ先に目をやったのはピイちゃんだ。魔力の気配というか、質というか、ツァイスとソフィのシャイニングドラゴンのつがいに似ている気がしたからだ。
 だけど残念ながら、魔力の元はピイちゃんではなかった。
「ノヴァ! 後ろ!」
 リタの声にはっとして振り向き、その場を飛びのく。
 俺の背後に浮かんでいたのは、初代村長の像だった。
 いや、像だったもの、というのが正しいかもしれない。
 魔力の元は、初代村長の像に間違いなかった。
 ふわりと浮かんだ初代村長像は、虹色の淡い輝きを全身から放ち、両手を広げて微笑んでいた。
 美しいけど、得体が知れない。
 得体は知れないけど、何が起こったのかはおおよそ理解できてしまった。
 あの輝きは、間違いない。例のボールが、初代村長の像と融合したのだ。
 誰もが言葉を発せずに見つめる中、にっこりと微笑んだ表情のまま、初代村長像が口を開いた。
「どうぞご命令を。何を、破壊いたしましょうか? 気に入らない相手でも、この世の理でも、お望みのすべてを破壊いたします」
 何を言われているのか、わからなかった。
 ドッジボールに使っていたあのボールのせいで、何かが起きたのは間違いない。
 初代村長像は美しい少女の姿で、にっこりと微笑んで、俺の方を向いている。
 虹色の輝きが収まってくると、見た目はほとんど普通の人と変わらなくなった。
 真っ白に黒のインナーカラーを入れたつやつやの髪、透きとおるような白い肌は、元々が金属製の像とは思えない。
 強いて言えば、両目の奥できらきらと輝く虹色の虹彩に、あのボールの名残があるくらいだろうか。
「破壊対象を、ご命令ください」
 初代村長像が、もう一度にっこりと微笑む。
 いっさいの敵意がなさそうな表情と、無機質なトーンの台詞がまったくかみ合わず、脳みそが処理しきれない。
「えっと? 何がどうなったの? 君は、だれ?」
「回答。ワタシは魔導ゴーレム七〇七型。マスターの命令に従い、対象を破壊、殲滅、排除するために生み出されました。どうぞご命令を。何を、破壊いたしましょうか?」
 リタ、ランド、カティとそれぞれ視線を合わせる。
 誰一人、俺が欲しい答えを持っている様子はなかった。
 展開が急すぎて、意味がわからない。
「魔導ゴーレムって、古代文明の?」
「状況を解析中……現在位置、解析完了。現在日時、解析完了。回答。ご認識のとおり、ワタシは古代文明時代に生み出されました。どうぞご命令を。何を」
「待って待って。破壊とか、排除とか、してほしいものは特にないんだけど……」
 初代村長像あらため、魔導ゴーレムの動きが止まる。
「一度もご命令をいただけない場合、マスターたる資格を放棄したとみなし、すべての破壊を実行します。よろしいですか?」
「いやいやいやいや、よろしいわけないでしょ! 何言ってんのこの子は!」
 すべての破壊、なんてさらりと吐き出されているけど、魔導ゴーレムの言葉に、こちらを試す意図や嘘をつく素振りはいっさいない。本気で、本音しか言っていないのだ。
 その証拠に、魔導ゴーレムの全身から、もはや隠す気もなさそうな、さっきよりさらに強力な魔力が膨れ上がってきている。
 わけがわからないけど、とにかく整理してみよう。
 あのボールをきっかけに、初代村長像の姿で魔導ゴーレムはよみがえった。もしかしたら、初代村長像が魔導ゴーレムで、ボールがいいところに当たってしまったのかもしれないけど、このさいどっちでもいい。
 とにかく、動き出した魔導ゴーレムの目的はマスターの命令にしたがって……なぜか、今のところ俺に命令を求められているけど、何かを破壊することらしい。
 ついでに、一度も破壊対象を命令しないと、マスターはいない子と考えて、好き勝手に暴れちゃいますと、こう言っているのだ。冗談じゃない。
 文明レベルが上がるって、古代の魔導ゴーレムが目覚めるよってこと?
 確かに文明レベルは上がったかもしれないけど、上がったそばから壊しにきてるんですけど?
 桶屋クエスト、急にバイオレンスな雰囲気だけど大丈夫!? それとも、何か未達成のクエストとかあったんだっけ!?
「次の回答を、最終的な回答と認識いたします。どうぞご命令を。何を、破壊いたしましょうか?」
「訂正。これよりカウントを開始いたしますので、十カウント以内に、ご命令をどうぞ」
 即座にタイムリミットを設定し直した魔導ゴーレムさん、ストレス耐性がなさすぎるんじゃないだろうか。
「ノヴァ、どうするの? っていうか、どうなってるの?」
「おいおい、冗談だよな? これもお前さんの仕込みなんだろ?」
「わかんないよ、わかんないけどごめん、多分ドッジボール用に持ってきた、ボールのせいだと思う」
 リタもランドも、不安そうな表情だ。
 無機質に進むカウントに、めまいがしてきた。
 こうなったら、とりあえず何か小さなものを壊すように命令して、溜飲を下げてもらおうか?
 でも、そのあとは?
 ずっと、何かを破壊し続ける命令をくだすよう迫られたら?
 それこそ今回のように、十カウントごとに何かを壊すことになったりしたら、どうやったってどこかで破綻するのは目に見えている。
「一……〇……命令を確認できませんでした。マスターの資格なしと判断し」
「待って。命令する」
「ノヴァ、駄目だよ!」
 リタが、俺の袖をぐいとつかんだ。俺が感じたのと同じ、得体のしれない不安を、彼女も感じているに違いない。
「大丈夫だから、俺を信じて」
「でも……桶屋クエストが出ているわけでもないんでしょ?」
「うん、そうだけど、おかしなことにはしないから」
「そこまでです。ご命令をどうぞ。次の発言内容を、ご命令として認識いたします」
 どこまでもせっかちなゴーレムちゃんだ。
 ぽんとリタの肩に手を置いて、笑顔を作ってみせてから、魔導ゴーレムに向き直る。
 お望みどおり、破壊の限りを尽くしてやろうじゃないか。
「命令だ。破壊しかできないっていうその概念を破壊して。ゴレムちゃん、それだけの魔力があるんだし、地頭もよさそうだからさ、もっとすごいことができるはずだよ」
「発言内容を命令として解析……破壊しかできないワタシの概……念を……ハカイ……します?」
「うん、破壊して。一片も残さないようにね。ただし、概念だけだから。ゴレムちゃんが、ゴレムちゃん自身を破壊することは許しません」
「命令を……ナンテ? 実行……どう? します……ね」
「はい、迅速にお願いします。当然ながら、他の誰にも、何にも破壊が及ばないようにね」
 明らかに、何かしらの回路がおかしくなりつつある魔導ゴーレム、あらためゴレムちゃんに、淡々と命令をくだす。
「かしこまり、り、リリリリン! ました!」

 ――ぼぎゅう!

 どうしよう。まずかったかな?
 俺の人生で、一回も聞いたことのない類の音がした。
 浮力を失ったゴレムちゃんはずしりと地面に降り立つと、そのまま沈黙した。
 頭の脇、というか両耳にあたる部分から、ぷすぷすと虹色の煙が噴き出ている。
 すごいや。煙まで虹色なんだ。
 なんて、感動している場合じゃない。
 注意深く、沈黙したゴレムちゃんの様子をうかがう。

 ――ヴン!

 あ、再起動した?
 これまた聞いたことのない音がして、ゴレムちゃんの目に光が戻る。
 思い付きで概念を破壊してもらったけど、どうなったかな。もしどうにもならなさそうだったら、村を離れて小さな破壊にお付き合いするしかないのかも。さっきの時点で暴走とかしちゃってたら謝ろう。
 不安九割でそっとゴレムちゃんの顔を覗き込む。
 無表情に虚空を見つめていた虹色の瞳が、俺を見つけてにっこりと微笑む。
「マスター!」
「は、はい!」
「次のご命令、いっとく? どうする? 今ならなんでもできるよ! 空も飛べちゃうし!」
 ゴレムちゃんはぎゅんと急浮上して、逆上がりの鉄棒がないバージョンのような動きを見せる。
 空は元から飛んでいたよねとか、怖いから縦回転はやめてみようかとか、ご命令したいことや突っ込みたいことは山ほどあるけど、どうにか理性で抑え込む。
「ゴレムちゃん、気分はどう?」
「だいぶいい感じ! っていうかその、ゴレムちゃんって何?」
「ああ、その、魔導ゴーレムとか、なんとか型って呼びにくいから、名前をつけようかなって」
「おけ! センスは破壊済みって感じだけど、マスターがそういうなら! ワタシ、ゴレムちゃんってことで!」
 ぶふ、とリタが吹き出す。
 センスが破壊済みって失礼じゃない?
「まあまあ、怒らない怒らない。それでどうする? ご命令、いっとく?」
「……何かを壊す命令じゃなくても大丈夫?」
 おそるおそる、聞いてみる。
 これの回答次第では、考える事が変わってくる。
 空気が緊張し、表情を崩しかけていたリタも、おそるおそるゴレムちゃんを見上げていた。
「壊すだけとか、センス古すぎでしょ。なんでもいいよ! 作るし、創るし、必要なら壊しもするよ!」
「今すぐは特に、命令することないかなっていう場合は?」
「あ、そういう感じ? どうしようかな、それなら自由にしてていい?」
「自由にっていうのは……すべてを破壊とかじゃないんだよね?」
「マスターってば、破壊でお腹とか壊したことある感じ? 自由は自由だよ、空を飛んだり、お昼寝したり? ああ、今って夜だっけ? なんていうの? お夜食?」
 やった。眠るつもりが夜食になってるしよくわからないけど、成功だ!
「それじゃあとりあえず、説明してほしいな。ゴレムちゃんって結局、何がどうなってこの場に現れたんだっけ? それと、どうして俺がマスターなんだっけ? 実はそのあたり、よくわかってなくて……教えてくれる?」
 結局、ご命令すんのかい!
 回転を続けながら、びし、と右手を突っ込みポーズに変えて、ゴレムちゃんが叫ぶ。
 概念どころか、思考回路がまるまる破壊されている気がして、別の意味で心配だ。
 ついでにいえば、このノリ、あんまり得意じゃないかもしれない。まあ、本人……本体? が楽しそうならいいのかな。
 軽いノリで経緯を説明してくれたゴレムちゃんの話をまとめると、こうだ。
 ゴレムちゃんの本体は、やはり俺が拾ってきたあのボールだった。
 あれがまさしく、魔導ゴーレムの核となるパーツだったらしい。
 きっかけはピイちゃんが壁に激突したことだけど、最初に触った俺の魔力が核に流しこまれたことで、俺がマスターとして認識された。
 ちょうど、舞の個人練習をやっていて集中力が高まっていたことで、知らずに魔力がにじみ出ていたのがよかったらしい。
 ひとたび魔力が注入されれば、そのあとは近くの魔力をどんどん吸い上げ、起動に足る魔力が溜まったところで、最初に触れたモノを媒体として、活動を開始する仕組みになっていた。
 そして魔力が溜まったタイミングというのが、ドッジボールの決勝で、ランドが俺の最後の一投をはじいた瞬間だった。
 思い出してみれば、ゆるゆると宙を舞った魔導ゴーレムの核は確かに、初代村長像の頭にぶつかっていたもんね。
 あとはお察しのとおり、初代村長像をベースに起動して、件の破壊命令を声高に求めるところにたどり着くわけだ。
「ちなみにだけど、俺があの洞窟でゴレムちゃんを見つけなかったら、どうなってたんだろ?」
「洞窟の壁はもろもろだったし、ぽろっとこぼれて、そのへんの魔物とかの魔力を吸収して、森ごとおっきなゴーレムになってたんじゃない?」
「森ごと。その場合、マスターは誰になるの?」
「魔物系はマスター認定されないから、マスター不在かな。不在で起動すると、何していいかわかんなくてとにかく暴れちゃうんだよね! やば!」
 やば、じゃないでしょ。本当に、とんでもないことになるところだった。
 桶屋クエスト、文明レベルが上がるとか言っている場合か。達成しないと世界に甚大な被害が出るような話は、ちゃんと教えてほしい。
「でもマスターってすごいよね。さっきまではさ、これはマスター資格はく奪で大暴れ確定コースかなって思ってたのに、まさか超哲学的な感じでくるとは思わなかった! ルール違反ぎりぎりっぽいけど、やるじゃん!」
 それはどうも。小さくつぶやいて、がっくりと肩を落とす。
 なんだか、どっと疲れた気がする。
 お祭り準備からの、舞からの、ドッジボールからの、ゴレムちゃんだ。情報が多すぎる。
 ゆっくり休みたいところだけど、そうはいかない。
「まあ、よくわからんが危険はないんだな?」
 おそるおそるの体でランドが言うと、ゴレムちゃんがにっこり笑って、ピースした。
「よし、それなら祭りの仕上げといくか!」
「そうだね。初代村長そっくりのゴレムちゃんが加わって、なんか今年は特別な感じするし!」
 宴にしようぜ、とわいわい準備にとりかかる村人の皆さんを見て、俺はへらりと口元をつりあげた。
 やっぱりそうなるよね。ここの皆さんは、いい意味で順応性が高く、悪い意味では危機感が薄い。
 とりあえず大丈夫そうなら、それでいいんじゃない?
 そういうことだ。
 俺自身も、深く物事を考えるリソースが残っていないし、まあいいのかな。
 念のため開いてみたスキルウインドウでも、村の文明レベルが段違いに上がるツリーは完了になっていて、やるべきクエストは残っていない。
「ノヴァ、こっち来い! お前さんは、色んな意味で今夜の主役なんだからな!」
「マスター早く! ワタシの酒が飲めないってのか!」
「なじみすぎか! 命令だよ。そのノリ、嫌だからやめて。そもそも未成年だから飲めないんだよ」
「わかった、やめる。でもね……このカクテル、マスターのために一生懸命作って、アルコール分は完全破壊しておいたんだ……飲んでもらえたら嬉しいなって……ごめんね」
「罪悪感! そのノリもやめて! でもまさかのノンアル……そういうことなら、いただきます」
 その晩、魔導ゴーレムゴレムちゃんを加えた俺たちは、夜中までわいわいと宴に興じた。
 そして、翌日。
「ノヴァ起きろ! 大変なんだ!」
 ようやく部屋に戻って眠りについた俺は、お昼前にランドにたたき起こされた。眠たい目をこすって、どうにか部屋のドアを開ける。
「今日だけは許して……疲れが取れてなくて、眠すぎる……」
 くあ、と大きなあくびをひとつする。
 俺にひっついていたピイちゃんも、少し不機嫌そうに身をよじらせた。
「えらいことになってるんだ、早く来てくれ!」
 のそのそ、ふらふらとする俺とは反対に、ランドはものすごく焦った様子だ。
 さすがに目が覚めてきて、急いで服を着替えにかかった。
「ノヴァ、起きた!?」
 勢いよく、リタが入ってくる。こちらも真剣な表情だ。どうやら、本当に何かあったらしい。
「何があったの?」
 ゴレムちゃんが暴走してしまったとか、ドラゴンの結界が消えてしまったとか、魔物が押し寄せてくるとか……色々な事態を想像しながら、脇に立てかけてあった剣に手を伸ばす。
 俺の予想は、どれも外れていた。それどころか、二人から吐き出された答えに、俺は昨日から今日にかけて何度目になるかわからない、わけのわからない気持ちをまたしても体感することになる。
「王様がきたんだよ!」
「へ?」
「王様が……軍隊を引き連れて、うちの村にやってきたんだ! 狙いはお前さんとゴレムちゃんだ!」
 食堂のドアから、そっと外を覗きみる。
 確かに、ものものしいアーマーを着こんだ騎士たちが大勢、昨日ドッジボールを繰り広げた村の広場に集まっていた。
 掲げられた旗を見て、へらりと口角が上がる。あれは確かに、王都を出てくる前に俺が燃やしてしまったものと同じ、王家の旗だ。
 広場の中央にどっしりと停まった装甲馬車のまわりは、特に警備の兵が多い。王様がきたとランドは言っていたけど、まさか本当に、王様本人があれに乗ってきているってこと?
「王都からの使者……にしては、ものものしいね」
「だから言ってるだろ、王様がきてんだよ」
「いくらなんでも、王様自らってありえる?」
「何をのんきに首かしげてんだ。狙いはお前さんとゴレムちゃんだって言ったろ。信じてないのか?」
「そういうわけじゃないけどさ。そもそも、ゴレムちゃんのことをもう王様が知ってるなんておかしくない? 俺自身にしたって心当たりなんて……ないことはないし、むしろある……けど」
 もごもごと口ごもる俺に、ランドとリタの顔がひきつる。
「勇者様といっしょのパーティーにいて、王都の宴でちょっとやらかして追い出された……とは聞いてたが、まさか本当は、もっとひどいことをしてきて追われてたのか?」
 ランド、気持ちはわかるけど、そんなに思いつめた顔をされると困っちゃうよ。もっとひどいことって、どれくらいひどいこと考えてる? 王城爆破未遂とか、考えてない? 確かに火はつけちゃったけどさ。
「大丈夫だよ、ノヴァ」
「……リタ!」
「今ならまだ間に合うから。自首、しよ?」
「えええ!?」
「冗談だよ?」
「冗談にならないって!」
 ぎゃあぎゃあとリタとやりあっている間にも、装甲馬車を起点に騎士たちがあちこちを行き来して、なんらかのやりとりが進んでいるようだった。
 とにかくこうなれば、出ていって話を聞いてみるしかなさそうだ。
 村の皆の不安そうな顔も見えるし、このままっていうわけにはいかないからね。
「ノヴァ、今すぐ逃げてください」
 カティがそっと裏口のドアから入ってくる。厳しい表情だ。
「……どういうこと?」
「村のことはなんとかしますから、さあ早く」
「いやいや、俺が王都を追放されてきたことが原因だと思うし、逃げるわけにはいかないよ。ちゃんと話をして、村の皆に迷惑がかからないようにするから」
「時間がないのに……仕方ありませんね。いいですか、先ほど一足先にお話を聞いてきたんです」
 カティが言うには、やはり一団は王都からのもので、王様自らやってきているのも本当らしい。そして、ランドの言うとおり、狙いは俺だった。
 それとあわせて、魔導ゴーレムなるものに心当たりがあれば、それについても隠さず話すようにとのことだった。
 また、一団には王直属の護衛軍のみならず、勇者パーティーも同行しているという。
「サイラスたちまで!?」
「なんだか皆さん、険しい表情で……確実に捕まえるために、場合によっては生死も問わないというようなことまで、お話されていました」
「そんなこと、サイラスたちが言うわけ……いや、そうか」
 王様が、あのときの件について、自らやってくるくらいに怒り心頭だとして、王直属の騎士団に俺の捕縛を任せた場合、生死不明のデッドオアアライブ待ったなしとなってしまう可能性は十二分にある。
 それなら、勇者パーティーが俺を捕まえる役を買って出ても、おかしくはない。そう、俺を死なせないために。なんだろう、この悲しい気持ち。
「ゴレムちゃんのことはどこで知ったんだろう?」
「わかりませんけど、魔導ゴーレムは必ず破壊しなければならないと、大変な剣幕でした」
「俺が逃げた場合、村は大丈夫なの?」
「大丈夫です。きちんと無関係を装って、しらを切りとおしますから」
 ふんす、と鼻息を荒くして、カティが胸を張る。
「まあとにかく尋常じゃないってことだな。お前さんが何をやって逃げてきたんだとしても、俺たちはお前さんの味方でいるつもりだ。なんとしても逃げきってくれ」
「ありがとう。俺が完全に悪いことした前提なのは心に響くけど、村に残ってた方が迷惑をかけそうなら、離れることにするよ」
「……せっかく、これからいっしょに村を盛り上げていけると思ったのに。こんなのってないよ」
「リタ……ごめん」
 残念そうにするリタに、俺は謝る以上のことを言えそうにない。
 王都でのあれこれがスキルの導きだからと言ってみても、結局は俺のせいだ。
 ここで過ごした大切な時間は、絶対に忘れない。
「ピイ!」
 ピイちゃんが、ぐいぐいと俺の両肩をつかんで引っ張り上げようとする。
「ピイさんも、ノヴァを逃がそうとしてくれているようですよ」
「ワタシもいっしょに逃げた方がよさそう? 面倒なら、ちょっとだけ破壊、いっとく?」
「ゴレムちゃん、何言ってるの。破壊は卒業したでしょ!」
「はーい」
 明らかにわくわくした顔で、虹色の虹彩をきらきらさせていたゴレムちゃんをたしなめて、裏口からこっそり外に出る。
 ゴレムちゃんは自力で、俺はピイちゃんに両肩をつかんでもらって、ふわりと空へと舞い上がる。まだ食堂の陰に隠れているから、広場からは見えていないはずだ。
「どたばたしてごめん、きっとまたいつか……!」
 戻ってこられるといいな。声にならなかった希望をぎゅっと拳で握りしめる。
「ピイちゃん、ある程度の高さまで飛び出したら、いったん広場の方に行ってもらえる?」
「お、いいねマスター! ひと煽りいっとく!?」
「そこ、惜しいけど違うからわくわくしない! 村の皆に迷惑をかけたくないんだ。メインの狙いが俺なら、俺はもう逃げてますよって教えてあげた方がいいかなって」
 俺の意を汲んでくれたらしいピイちゃんが、ぐるりと旋回する。
 王様が乗っているであろう装甲馬車の頭上でぐるぐると旋回してみせると、足元がにわかに騒がしくなる。
 ドラゴンだ。いや、人がいっしょだぞ。あれはノヴァ・キキリシムと、隣は例のゴーレムなんじゃないのか?
 矢だとか魔法を射かけられる覚悟もしていたけど、それらは飛んでこなかった。
 かわりに、装甲馬車の屋根に、見知った顔が堂々と立って、空を見上げている。
「サイラス、みんな……」
 ぐ、とサイラスが腰を落とすのが見えて、俺は「ピイちゃん、ゴレムちゃん、全速力で上!」と叫ぶ。感慨に浸る暇もありゃしない。
 俺たちが加速するのと、大ジャンプをキメたサイラスの指が、俺を掴みそこねて靴先をかすめるのとが、ほぼ同時だった。
「こわっ。どんだけの高さだと思ってんだよ!」
「ノヴァ、祭りに間に合わなくてすまなかった」
 台詞こそ、お誘いしたお祭りへのお詫びだけど、サイラスはいつになく真剣な顔だ。なんなら、背筋がぞくりとするほどの迫力すら放っている。本気だ。本気で俺を、捕まえにきている。
 そんなわけはないと思いながらも、場合によっては生死も問わないと話していたカティの言葉がよぎる。
「手紙出したのぎりぎりだったし、気にしないで。また来年もあるからさ」
 わざと明るい声を出して、自分を奮い立たせる。
「隣が魔導ゴーレムだな? できることなら手荒な真似はしたくないが……とにかく、そこを動かないでくれ」
「いや、違うんだって。ゴレムちゃんは……ああくそ」
 空中では分が悪いと踏んだのか、サイラスが急降下していく。
 こういうときこそ道を示してほしいのに、桶屋クエストは何の反応も示してくれない。昨日のお祭りまでに、かなり大規模なクエストを発動していたから、クールタイムに入ってしまったのか、それとも勇者の前では発動してくれないのか。
 どうにかして逃げ切りたいと切に願っているはずなのに、チリンという鈴の音は聞こえないままだ。とにかく、今は自力でなんとかするしかない。
「ピイちゃん、このまま森の奥の方へ逃げよう」
 なるべく早く、王様や騎士団に邪魔されずに、サイラスたちとだけ話ができる場所へ誘導しなくては。
 食堂で聞いたとおり、サイラスはゴレムちゃんのことを知っていた。となれば、おそらく目的は、破壊の魔導ゴーレムとしてのゴレムちゃんを止めることだろう。
 何も説明できないままぶつかればば、勇者パーティーとゴレムちゃんとの、全破壊待ったなしのバトルを誘発することになりかねない。
 あわせて、ピイちゃんのこともある。村から出てしまえば、ドラゴンの結界の守護下から離れてしまう。
 このタイミングでもし、それを検知したツァイスとソフィが戻ってきたら、わが子を追い回す無礼者として、勇者パーティー対伝説のドラゴンのカードもありえるかもしれない。
 俺のお気に入り同士が傷つけあうなんて、しかもその原因が俺にあるなんて、冗談じゃない。
「よし! この速さなら、いくらサイラスだって」
「ごめんね、ノヴァくん」
 急に現れた気配に振り向くと、勇者パーティー全員を魔法の力で浮遊させて、にっこりと微笑むクレアの姿があった。
「痛くないから我慢してね、かわいいドラゴンさん」
 詠唱もタメもいっさいなしで、クレアが複雑な魔法式を空中に展開させる。
 ぐんとピイちゃんの速度が落ち、俺たちは上空にいながら、あっという間に四人に囲まれてしまった。クレアの、行動阻害のデバフ魔法だ。
「いいなあ、この子かわいい。今度でいいから乗せてほしいかも」
「ディディ頼む。この子を傷つけないで」
「わかってるって、ノヴァっちがおとなしくしてくれてれば、何もしないよ」
 ディディが空を蹴とばし、息をのむ暇もなく、俺の超至近距離まで迫る。
「よい、しょっと」
 ディディは両手に構えたナイフで、ピイちゃんがつかんでいる部分だけ、器用に俺の服を切り取ってみせた。
「よいしょってちょっと……ぎゃああああ!」
 当然ながら、俺は落ちていく。ピイちゃんが焦った様子で身をよじるけど、身体がついてこられないらしい。
 なるほど。クレアの魔法は行動阻害どころか、空間ごと疎外する超高等魔法だったんだね。
 なんて言ってる場合じゃない。俺は空中を浮遊することはもちろん、この高さから落ちて自力でなんとかできる能力もない。
「マスター、これはさすがに助けた方がいい感じだよね?」
 あっという間に隣に並んだゴレムちゃんが、にっこりと微笑む。
「お、お願いします!」
「ピイちゃんはどうする? 助けちゃう?」
 俺と一緒に高速で降下しながら、ゴレムちゃんはがぜんやる気の顔で、虹色の虹彩をぎらつかせて上空を見つめた。拘束されているピイちゃんを、おそらくめちゃくちゃ手荒な方法で、取り戻してくるつもりらしい。
「待って! ひとまず逃げよう。ディディは、ピイちゃんに怪我をさせないと約束してくれた。信じられるはずだから、とりあえず」
「あ、やば」
 とりあえず、俺を拾い上げて逃げて。そう言おうとしたところで、ふいに日がかげる。
「……ノヴァから離れろ」
 日がかげったのではない。クレアの魔法で距離をつめたバスクが、俺たちに肉薄していたのだ。バスクは、俺とゴレムちゃんの間を切り裂くように、両手に掲げた大盾を振り下ろす。ゴレムちゃんはするりとそれを回避すると、バスク越しに俺をのぞき込んで、にっこりと微笑んだ。
「念のため確認。この人も、マスターのお友達なんだよね?」
「そうだよ。大事な友達なんだ。だから、傷つけあうのはなしで!」
「おけ! いいなあ。ワタシも、命がけで割り込んでくれるお友達がほしくなっちゃう」
 バスクが、ゴレムちゃんを振り払うように大盾を振るう。
 正確無比な連撃を、ゴレムちゃんはにっこりとした微笑みを張り付けたまま、ひらひらと回避し続ける。
「……やるな」
「あんたもね、意外と速い! やるじゃん!」
 ふふん、と二人が笑みをかわす。
 まさしく強者同士の探り合いという感じだ。
「ところで、助けて!」
 ハイレベルなやりとりの最中も、俺だけは地面との距離を急速に詰め続けている。
 ラルオ村にやってきたあの日より、さらに熱烈なキスを地面さんとかわすことになったら、頭の中が真っ白になってしまいそう。真っ白っていうか、頭ごとなくなっちゃうっていうか。つまり、助けて。
「あらら、マスターやばそうだね! 仕方ない、ここはワタシが……あれ?」
 ゴレムちゃんの動きが、いきなりぎこちなくなる。
「ノヴァくんったら、また変な虫つけちゃって。優しすぎるのも困りものだよね。あなたもそう思わない?」
 ピイちゃんをディディに任せて、サイラスとクレアがゴレムちゃんを取り囲んだ。
 ゴレムちゃんの動きが鈍くなったのは、クレアが抜け目なく、行動阻害のデバフをかけたからだろう。
「ワタシが変な虫なら、あんたはしつこい虫って感じ? やば!」
 きりきりと、魔力衝突特有の耳障りな高音を響かせて、ゴレムちゃんの全身から虹色の魔力があふれる。
 信じられないけど、クレアの拘束を、力技で引きちぎってみせたらしい。
 クレアが、一瞬苦しそうな表情を見せて後ろに下がり、かわりにサイラスが剣を抜く。
「二人とも待って! ゴレムちゃんを傷つけないでくれ! お願いだから!」
 地面までの距離は、もうほとんどない。
 構うもんか。俺はなりふり構わず叫んだ。
 ゴレムちゃんはもう、破壊の魔導ゴーレムじゃないんだ。ちょっと、まあまあ個性的ではあるけど、新しい感性を手に入れた、村祭りをいっしょに楽しめる明るい子だ。
「……じっとしていろ」
 ぎりぎりのところで追いついたバスクが、俺を片手でひょいと拾い上げると、もう片方の手に掲げた大盾を激突寸前の地面に向けた。
「……衝撃無効化」

 ――ドゴアッ!

 衝撃の無効化なる決め台詞を完全に無視した、インパクトに満ちあふれた轟音を響かせて、バスクが超重量級の着地をキメる。あたり一面の木々をなぎ倒して、なんなら小さなクレーターができてるんだけど、どのあたりの衝撃が無効化されたの?
「……怪我はないな」
 ああそうか。バスクと、バスクが抱えた俺に対しての衝撃ってこと? 地面は別腹ってことだね?
 変わってしまった景色の中で、がたがたと震える俺をそっと地面に下ろすと、バスクは鎧についた埃をぱっと払い、そのまま仁王立ちの姿勢をとった。
 俺が、生まれたての小鹿もかくやという残念っぷりでどうにか立ち上がった頃、他の皆もゆっくりと降りてくる。
 正面に立ったサイラスの顔は、逆光になってよく見えないけど、左右のクレアとディディの顔は、久しぶりの再会を楽しんでいるという風ではない。
 少し遅れて、俺の両隣にピイちゃんとゴレムちゃんがそれぞれ着地する。
 ピイちゃんは当然ながら怒っているし、ゴレムちゃんも、表情こそ微笑みを崩していないものの、虹色の虹彩は今にも噛みつかんばかりにぎらついている。
 ここからお互いの誤解を解くのは、かなりのエネルギーが要りそうだ。
 それに、どうにかピイちゃんとゴレムちゃんの誤解が解けたとしても、俺が王様にやったことは、誤解ではなく言い訳しようのない事実だ。
 きっと俺だけは王様に突き出されて、申し開きもそこそこに幽閉とかされて、サイラスたちのおかげで処刑だけは免れるものの、俗世とはほど遠い一生を過ごすのだ。こんなことなら、もっと美味しいごはんをたくさん食べておけばよかった。
「俺を連れて逃げてくれたこの子、ピイちゃんは関係ないんだ。それに、ゴレムちゃんも悪い子じゃない。頼むから、どっちにも危害を加えないって約束してほしい」
 それでも、どうにか声を絞り出す。
「いっしょに来てもらうぞ、ノヴァ」
 俺の言葉には反応せず、サイラスが無機質な声を出す。威圧的な印象は受けないけど、ここから絶対に逃がしはしない、そんな意志をひしひしと感じる力強い口調だ。
 俺はがっくりとうなだれて、小さくうなずくしかなかった。
「申し訳なかった、このとおりだ! そしてノヴァ殿こそ、この国を救ってくれた英雄だ! 本当にありがとう!」
 ぽかんとした顔っていうのは、こうするんですよ。
 俺は今、きっとそんなお手本のような顔をしているに違いない。
 自分でも、あんぐりと口が開いたまま、ふさがっていないのがわかる。
 目の前で頭を深々と下げ、謝罪と感謝の言葉を述べているのは、誰あろう、この国の王様なのだ。
 隣に立つサイラスも、勇者パーティーの三人も、苦笑いと申し訳なさを軽くかきまぜたようなあいまいな表情で、所在なげにしている。
「いや、えっと? 謝るのは確かこっちで……あれ? 何がどうなってるんです?」
 俺が村へ連れ戻されたことを聞きつけ、場合によっては王様への直談判も辞さないと、鼻息荒くやってきたリタやカティ、ランドたちも、俺と同じぽかん顔で立ち尽くしている。
 カティから聞いた話では、どうあっても俺を連れてくるように、場合によっては生死も問わないとの強めの通達があったはずだ。それがどうして、装甲馬車からいかめしい顔つきで下りてきた王様が、開口一番に謝罪と感謝の言葉を述べて、深々と頭を下げているのか。
「サイラス? どういうことなの?」
 俺から目をそらして知らん顔をしていたサイラスに、名指しで状況の説明を求める。
 王様は頭を下げたままだし、取り巻きの大臣さんも、王直属騎士団の皆さんも、うつむいてもじもじしているだけなのだ。
 この場で発言権があるとすれば、勇者パーティーの誰かしかいない。
「僕も驚いてるんだよ。その……ゴレムちゃんだったか? その子が破壊の魔導ゴーレムなんだろう?」
「だった、だよ。今は自由気ままなラルオ村の看板娘の一人、ゴレムちゃんだから」
 はあ、と大きなため息がそこかしこから聞こえる。
「ノヴァくん、私たちがどれだけ心配したと思ってんの。その子が、国も世界も滅ぼす勢いで復活するっていうから、みんなで大急ぎでここまで来たんだけど」
「やっぱりノヴァっち、想像の斜め上をいくわけわかんなさだよね! ゴーレムだからゴレムちゃんとか、その子がかわいそうだと思わないの!?」
「それな!」
 いや、それなって。ゴレムちゃんまでディディに乗っからないでよ。
「ああ、まあ、なんだろう。さっきサイラスたちにはひととおり話したとおりでさ。復活したときは確かに破壊のゴーレムなんとか型だったんだけどね。今は大丈夫なんだ」
「そういうこと! 一応はこの人がマスターなのは変わらないから、ぎりぎりで守るつもりではいるけど、基本的には自由人なんで!」
 おお、やはりノヴァ殿がマスターに。
 ゴレムちゃんがあえて明るい調子で切り返したのに、場がざわつく。
「ノヴァ……その、マスターになったことで、何か身体に異変や負担、代償なんかはなかったのか? 僕たちは、それも心配していたんだ」
「へ? うそ? え、ゴレムちゃん……そういうのってあるんだっけ?」
「いや、そんなに大したことはないよ? 最初に魔力もらったからマスター認定されてるのと、一応は命令権があるのと、あとはまあしんぞ……なんでもない」
「ねえ。心臓って言おうとした? むしろほとんど言ってたよね? 心臓がなに? ねえってば!」
「カイセキフノウ、カイセキフノウ」
「いや、もうめちゃくちゃ流暢にしゃべってんでしょうが! ちょっと!」
 急に片言になって、くるくると回転しながら、ゴレムちゃんが上空へエスケープする。
「はあ……まあ、こんな感じだよ。危険はなさそうでしょ? マスターとかって仰々しく言う割には、完全にからかわれてはいそうだけど」
「ノヴァくんらしすぎて……おなかいたい。しんぞ……大事にしてね?」
 クレアがけらけらと笑い、ディディもそれにつられて腹を抱えている。
 急に古巣に戻ってきたみたいで、なんだか嬉しくなった。
「それから、こっちの子が……これも信じられないが、シャイニングドラゴンの幼体、なんだよな?」
「そう。もう少ししたらご両親も帰ってくるんじゃないかな」
「まったく。皆さん、ノヴァがお騒がせしてすみません……」
「いやいやいやいや、全然! ぜんぜん大丈夫です! 勇者様も、陛下も、お願いですから顔をあげてください!」
「何もない村ですが、ゆっくりしていってください! おいノヴァ、なんだよこれお前! なんとかしろ!」
 王様に続いて、サイラスまで深々と頭を下げるものだから、リタやランドたち、村の皆は恐縮しきりだ。
「ピイちゃんとゴレムちゃんのことは意外とすんなり誤解が解けて良かったけど、俺のその……あれは大丈夫だったの? ほら、あの後さ、大変だったんじゃない?」
「結局、ノヴァって何をやらかして追い出されてきたの?」
「リタさんでしたか、ノヴァから聞いていないのですか? このノヴァは、勇者としての称号を授与した式典の後に開催された宴で、もらったばかりの勲章を投げ捨て、陛下にはちみつ酒を樽ごとかぶせて、王家の旗を燃やして逃げ出したのです」
 サイラスが苦笑いで説明すると、リタがふらりと倒れそうになる。
「え……さすがにちょっと、不敬が過ぎてかばいきれない感じじゃない?」
 お願い、その感想、もっとも過ぎてつらくなってきちゃうから、ちょっとだけ待って。あとにして。
「その一連の出来事が……まさかあんなことになろうとは、思わなかったのだ」
 ようやく顔をあげてくれた王様から、王様暗殺未遂の一連の出来事を説明される。
 あのあとすぐに、桶屋クエストのツリーが完了になったのは、そういうことだったのか。
「なんか……ノヴァって本当、ディディさんたちの話じゃないけど、わけわかんないけどすごいんだね」
 あきれたようにリタが言えば、「ふふ、あなたも振り回されてるみたいね?」と、まだ笑っていたクレアとディディが嬉しそうにする。
「ラルオ村の皆様、改めて、お騒がせして申し訳ありませんでした。無事にゴレムちゃんのことを確かめられて、ノヴァへの誤解を解く機会も設けられて、ほっとした気持ちです」
「うん、勇者様はさすがだ。まっすぐで気持ちがいいな! そういうわけだぞ、ノヴァ。王様と勇者様に頭まで下げさせて、まさか許さないなんてことはないよな?」
「わざわざお越しいただくなんて、本来ならとんでもないことですよ!」
「ノヴァ、器が試されてるよ?」
 ランド、カティ、リタから順番に詰め寄られて、俺はぐっと後ずさる。
「そもそも俺の方が申し訳ないことをしたって思ってたんだから、許すも許さないもないよ。陛下、どうか顔をあげてください。その節は、きちんとした説明もできずに、大変失礼いたしました」
「おお、許してくれるか……ありがたい」
 お互いに改めて頭を下げあった俺と王様に、どこからともなく拍手と歓声がわきおこる。これで王都の出禁も解けて、色々な意味で一区切りがついた。
「さて、さっそくだが、おぬしへの勲章の授与をやり直したいのだがどうだ? ずいぶんと日が経ってしまったが、英雄の一人として、改めて王都へ迎え入れたいのだ」
 おお、と歓声が大きくなる。
「ぜひ戻ってきてくれ。またいっしょに色々な冒険をしよう」
 サイラスが、きらっきらの笑顔で握手を求めてくれる。
「ノヴァくんがいた方が、おもしろくなることが多いしね」
 ばちんとウインクしてみせたクレアは、俺個人がどうこうというより、桶屋クエストでどたばたするのを楽しみにしているようだ。
「うんうん、いいんじゃない?」「……いつでも歓迎する」
 ディディがにっかりと笑い、バスクも珍しく口元を緩めてくれた。
「よかったね、ノヴァ!」
「実は冗談半分で聞いてたんだが、本当の本当に勇者様のパーティーにいたんだな」
「少し残念な気もしますけど、ノヴァさんの意思を尊重します」
 リタ、ランド、カティも、それぞれに笑顔を見せてくれる。
 これからいっしょに村でやっていける。そう思ってくれていたからこそ、三人の笑顔は少しだけぎこちない。
 それでも、祝福してくれたり、ランドのように軽口を言ってくれたのがうれしかった。
 俺は本当に、昔も今もいい仲間に恵まれているんだな。いまさら実感がわいてきて、胸が熱くなる。
 自分自身で、何が起こるかコントロールしきれない特殊スキルを頼りにやってきたけど、それを理解しようとしてくれたサイラスたちがいたからこそ、今の俺があるのだと思う。
「みんな、ありがとう」
 ぐるりと皆を見回して、決心を固めた俺は、そっと手を差し出した。
 サイラスとがっちりと握手をして、英雄として王都へ凱旋する。
 誰もがその姿を想像したはずだ。でも俺は、そうはしなかった。
 サイラスの手を握り返しはせず、まっすぐ真上に手をあげたのだ。
「ピイちゃん、お願い!」
 くるくると旋回してやってきたピイちゃんが、俺の腕を掴んでぐんとひっぱりあげる。
「ノヴァ、どうしてだ!」
 驚きを隠せず、サイラスが叫ぶ。俺はへらりと笑って、空いている方の手で軽く頭をかいた。
「いやあ、誤解が解けたのはよかったし、皆に認めてもらえて、戻ってきてほしいって言ってもらえたのも凄く嬉しいよ」
「それならまた、いっしょに冒険すればいいじゃないか!」
「でもさ」
 ピイちゃんに運んでもらって、広場の真ん中を抜け出して、食堂の屋根にそっと降り立つ。
 サイラスにしてみれば、冒険の最初からいっしょだった俺に、裏切られたような気持ちになっているかもしれない。それは本当に申し訳ないけど、いつまでもサイラスにくっついていたら、きっと駄目なんだ。
「しばらく、自分の力でなんとかしてみたいんだ。この村も気に入ってるし、ようやく一段落ついたところだから。ここで投げ出して、それじゃあ王都に戻っちゃおうっていうのは、なんかちょっと違う気がしてさ。俺はサイラスと、皆と対等の友達でいたいから」
 へらりと笑って、それでもサイラスから目をそらさずに、言い切った。
 サイラスは、しばらく俺を澄んだ瞳で見つめ返していたけど、やがて小さく息を吐き出した。
「そうか……わかったよ」
 サイラスがふわりと笑う。
「本当にいいの?」とクレアがサイラスをつついたけど、サイラスはそれに、「ああ、いいんだ」と応えてみせた。
「何をするにも、どこか自分の本音を隠すようにしていたノヴァが、はっきりと自分の力で頑張りたいと言ったんだ。しかもそれが、僕たちと対等の友であるためとまで言ってくれたんだ。それを祝福して送り出せなくては、それこそ友を名乗る資格がなくなってしまう」
「ありがとう。王都にはたまに遊びにいくし、よかったら皆も遊びにきてよ。村はいいところだし、ごはんもおいしい。それに、本当に何かあったら、俺にできることは頑張るからさ」
 そうそうないかもしれないけど、もしもサイラスたちがピンチのときは、俺のスキルが役に立てればいいと思ってるしね。
「ああ、わかった。頼りにさせてもらうし、遊びにも行くさ」
 さきほどの熱狂的な拍手や歓声とはまた少し違う、やわらかな拍手が起こる。
 王様まで拍手を送ってくれているし、騎士団の皆さんも、村の皆も、全員が笑顔だ。
 リタと目が合った。少し涙目になっている気がして、思わずどきりとしてしまう。
 俺がびっくりしているのに気がついたのか、リタはごしごしと目をこすって、ぎゅっと笑顔を作りなおした。
 ランドもカティも笑っている。
 ゴレムちゃんだけは、くっさいねとでも言いたげに、微笑みを崩さず鼻をつまんでいるけど、いったんスルーだ。
 今度こそ本当に、俺自身が決めた暮らしが、ここから始まるんだ。サイラスたちに恥ずかしくないよう、村の皆の期待を裏切らないよう、そして何より俺自身が楽しめるように、できることをやっていこう。
 この子とも、まだまだいっしょにいられそうで嬉しいな。だいぶ意思の疎通ができるようになってきた小さな相棒、ピイちゃんにも笑顔を向ける。
「あ、やばい……!」
 ものすごくいい雰囲気なのに、そこで俺は気づいてしまった。
 ピイちゃんと仲良くなって、だいぶ意思の疎通ができるようになってきたからこそ、だ。
 急いだ様子でさっと翼を広げたピイちゃんを、「待って、そっちは駄目! あっちに行こう!」と制してみるけど、残念ながら届かない。
 俺の必死の声を、ついでに運んでほしいのだと勘違いしたピイちゃんが、きりりとした顔で一声鳴くと、俺の両肩をつかんで飛び立つ。
 ゆるやかに旋回したピイちゃんは、よりによって王様の方へ進路を定めた。
「あああ、待って待って待ってお願い!」
 ごぷ。ピイちゃんが小さくげっぷをしてみせた。どうやら限界みたいだ。
「ごめんなさい皆さん! そこ、どいてください!」
 せめてもの注意喚起を投げたのもむなしく、ピイちゃんはきらきらとした落とし物を王様の頭からひっかけた。
「な、な、な……!?」
 事態をのみこめずにいる王様をよそに、すっきりとした顔つきになったピイちゃんが、「ピイ!」と元気よく鳴いて、急上昇を始める。
「王様ごめんなさい! この子、本当に伝説のシャイニングドラゴンなので、落とし物にもきっとご加護がありますよ!」
 もちろん、桶屋クエストは何も出ていないので、ブラフもいいところだ。
「待てえい! これはさすがに納得できん! 降りてこんかっ!」
 ですよね。
 なおさら、降りていきたくないし、ピイちゃんもそのつもりはなさそうだ。
「それじゃあ皆、また会おうね!」
 こらえきれずに笑い出すリタやクレア、大笑いするわけにもいかず困った顔のサイラス、顔が真っ赤の王様。遠ざかっていく皆の顔をひとしきり眺めてから、俺は前を向いた。
 真っ青な空に、さわやかな風が吹き抜けていく。
「ピイちゃん、村に戻るのはちょっと後にした方がよさそうだし、少し遠くまで飛んじゃおうか?」
 ピイちゃんは返事のかわりに、ぐんとスピードをあげた。
 俺は小さな相棒に身を任せて、どこまでも続く空と、流れていく景色に目を細めた。


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