何を言われているのか、わからなかった。
 ドッジボールに使っていたあのボールのせいで、何かが起きたのは間違いない。
 初代村長像は美しい少女の姿で、にっこりと微笑んで、俺の方を向いている。
 虹色の輝きが収まってくると、見た目はほとんど普通の人と変わらなくなった。
 真っ白に黒のインナーカラーを入れたつやつやの髪、透きとおるような白い肌は、元々が金属製の像とは思えない。
 強いて言えば、両目の奥できらきらと輝く虹色の虹彩に、あのボールの名残があるくらいだろうか。
「破壊対象を、ご命令ください」
 初代村長像が、もう一度にっこりと微笑む。
 いっさいの敵意がなさそうな表情と、無機質なトーンの台詞がまったくかみ合わず、脳みそが処理しきれない。
「えっと? 何がどうなったの? 君は、だれ?」
「回答。ワタシは魔導ゴーレム七〇七型。マスターの命令に従い、対象を破壊、殲滅、排除するために生み出されました。どうぞご命令を。何を、破壊いたしましょうか?」
 リタ、ランド、カティとそれぞれ視線を合わせる。
 誰一人、俺が欲しい答えを持っている様子はなかった。
 展開が急すぎて、意味がわからない。
「魔導ゴーレムって、古代文明の?」
「状況を解析中……現在位置、解析完了。現在日時、解析完了。回答。ご認識のとおり、ワタシは古代文明時代に生み出されました。どうぞご命令を。何を」
「待って待って。破壊とか、排除とか、してほしいものは特にないんだけど……」
 初代村長像あらため、魔導ゴーレムの動きが止まる。
「一度もご命令をいただけない場合、マスターたる資格を放棄したとみなし、すべての破壊を実行します。よろしいですか?」
「いやいやいやいや、よろしいわけないでしょ! 何言ってんのこの子は!」
 すべての破壊、なんてさらりと吐き出されているけど、魔導ゴーレムの言葉に、こちらを試す意図や嘘をつく素振りはいっさいない。本気で、本音しか言っていないのだ。
 その証拠に、魔導ゴーレムの全身から、もはや隠す気もなさそうな、さっきよりさらに強力な魔力が膨れ上がってきている。
 わけがわからないけど、とにかく整理してみよう。
 あのボールをきっかけに、初代村長像の姿で魔導ゴーレムはよみがえった。もしかしたら、初代村長像が魔導ゴーレムで、ボールがいいところに当たってしまったのかもしれないけど、このさいどっちでもいい。
 とにかく、動き出した魔導ゴーレムの目的はマスターの命令にしたがって……なぜか、今のところ俺に命令を求められているけど、何かを破壊することらしい。
 ついでに、一度も破壊対象を命令しないと、マスターはいない子と考えて、好き勝手に暴れちゃいますと、こう言っているのだ。冗談じゃない。
 文明レベルが上がるって、古代の魔導ゴーレムが目覚めるよってこと?
 確かに文明レベルは上がったかもしれないけど、上がったそばから壊しにきてるんですけど?
 桶屋クエスト、急にバイオレンスな雰囲気だけど大丈夫!? それとも、何か未達成のクエストとかあったんだっけ!?
「次の回答を、最終的な回答と認識いたします。どうぞご命令を。何を、破壊いたしましょうか?」
「訂正。これよりカウントを開始いたしますので、十カウント以内に、ご命令をどうぞ」
 即座にタイムリミットを設定し直した魔導ゴーレムさん、ストレス耐性がなさすぎるんじゃないだろうか。
「ノヴァ、どうするの? っていうか、どうなってるの?」
「おいおい、冗談だよな? これもお前さんの仕込みなんだろ?」
「わかんないよ、わかんないけどごめん、多分ドッジボール用に持ってきた、ボールのせいだと思う」
 リタもランドも、不安そうな表情だ。
 無機質に進むカウントに、めまいがしてきた。
 こうなったら、とりあえず何か小さなものを壊すように命令して、溜飲を下げてもらおうか?
 でも、そのあとは?
 ずっと、何かを破壊し続ける命令をくだすよう迫られたら?
 それこそ今回のように、十カウントごとに何かを壊すことになったりしたら、どうやったってどこかで破綻するのは目に見えている。
「一……〇……命令を確認できませんでした。マスターの資格なしと判断し」
「待って。命令する」
「ノヴァ、駄目だよ!」
 リタが、俺の袖をぐいとつかんだ。俺が感じたのと同じ、得体のしれない不安を、彼女も感じているに違いない。
「大丈夫だから、俺を信じて」
「でも……桶屋クエストが出ているわけでもないんでしょ?」
「うん、そうだけど、おかしなことにはしないから」
「そこまでです。ご命令をどうぞ。次の発言内容を、ご命令として認識いたします」
 どこまでもせっかちなゴーレムちゃんだ。
 ぽんとリタの肩に手を置いて、笑顔を作ってみせてから、魔導ゴーレムに向き直る。
 お望みどおり、破壊の限りを尽くしてやろうじゃないか。
「命令だ。破壊しかできないっていうその概念を破壊して。ゴレムちゃん、それだけの魔力があるんだし、地頭もよさそうだからさ、もっとすごいことができるはずだよ」
「発言内容を命令として解析……破壊しかできないワタシの概……念を……ハカイ……します?」
「うん、破壊して。一片も残さないようにね。ただし、概念だけだから。ゴレムちゃんが、ゴレムちゃん自身を破壊することは許しません」
「命令を……ナンテ? 実行……どう? します……ね」
「はい、迅速にお願いします。当然ながら、他の誰にも、何にも破壊が及ばないようにね」
 明らかに、何かしらの回路がおかしくなりつつある魔導ゴーレム、あらためゴレムちゃんに、淡々と命令をくだす。
「かしこまり、り、リリリリン! ました!」

 ――ぼぎゅう!

 どうしよう。まずかったかな?
 俺の人生で、一回も聞いたことのない類の音がした。
 浮力を失ったゴレムちゃんはずしりと地面に降り立つと、そのまま沈黙した。
 頭の脇、というか両耳にあたる部分から、ぷすぷすと虹色の煙が噴き出ている。
 すごいや。煙まで虹色なんだ。
 なんて、感動している場合じゃない。
 注意深く、沈黙したゴレムちゃんの様子をうかがう。

 ――ヴン!

 あ、再起動した?
 これまた聞いたことのない音がして、ゴレムちゃんの目に光が戻る。
 思い付きで概念を破壊してもらったけど、どうなったかな。もしどうにもならなさそうだったら、村を離れて小さな破壊にお付き合いするしかないのかも。さっきの時点で暴走とかしちゃってたら謝ろう。
 不安九割でそっとゴレムちゃんの顔を覗き込む。
 無表情に虚空を見つめていた虹色の瞳が、俺を見つけてにっこりと微笑む。
「マスター!」
「は、はい!」
「次のご命令、いっとく? どうする? 今ならなんでもできるよ! 空も飛べちゃうし!」
 ゴレムちゃんはぎゅんと急浮上して、逆上がりの鉄棒がないバージョンのような動きを見せる。
 空は元から飛んでいたよねとか、怖いから縦回転はやめてみようかとか、ご命令したいことや突っ込みたいことは山ほどあるけど、どうにか理性で抑え込む。
「ゴレムちゃん、気分はどう?」
「だいぶいい感じ! っていうかその、ゴレムちゃんって何?」
「ああ、その、魔導ゴーレムとか、なんとか型って呼びにくいから、名前をつけようかなって」
「おけ! センスは破壊済みって感じだけど、マスターがそういうなら! ワタシ、ゴレムちゃんってことで!」
 ぶふ、とリタが吹き出す。
 センスが破壊済みって失礼じゃない?
「まあまあ、怒らない怒らない。それでどうする? ご命令、いっとく?」
「……何かを壊す命令じゃなくても大丈夫?」
 おそるおそる、聞いてみる。
 これの回答次第では、考える事が変わってくる。
 空気が緊張し、表情を崩しかけていたリタも、おそるおそるゴレムちゃんを見上げていた。
「壊すだけとか、センス古すぎでしょ。なんでもいいよ! 作るし、創るし、必要なら壊しもするよ!」
「今すぐは特に、命令することないかなっていう場合は?」
「あ、そういう感じ? どうしようかな、それなら自由にしてていい?」
「自由にっていうのは……すべてを破壊とかじゃないんだよね?」
「マスターってば、破壊でお腹とか壊したことある感じ? 自由は自由だよ、空を飛んだり、お昼寝したり? ああ、今って夜だっけ? なんていうの? お夜食?」
 やった。眠るつもりが夜食になってるしよくわからないけど、成功だ!
「それじゃあとりあえず、説明してほしいな。ゴレムちゃんって結局、何がどうなってこの場に現れたんだっけ? それと、どうして俺がマスターなんだっけ? 実はそのあたり、よくわかってなくて……教えてくれる?」
 結局、ご命令すんのかい!
 回転を続けながら、びし、と右手を突っ込みポーズに変えて、ゴレムちゃんが叫ぶ。
 概念どころか、思考回路がまるまる破壊されている気がして、別の意味で心配だ。
 ついでにいえば、このノリ、あんまり得意じゃないかもしれない。まあ、本人……本体? が楽しそうならいいのかな。
 軽いノリで経緯を説明してくれたゴレムちゃんの話をまとめると、こうだ。
 ゴレムちゃんの本体は、やはり俺が拾ってきたあのボールだった。
 あれがまさしく、魔導ゴーレムの核となるパーツだったらしい。
 きっかけはピイちゃんが壁に激突したことだけど、最初に触った俺の魔力が核に流しこまれたことで、俺がマスターとして認識された。
 ちょうど、舞の個人練習をやっていて集中力が高まっていたことで、知らずに魔力がにじみ出ていたのがよかったらしい。
 ひとたび魔力が注入されれば、そのあとは近くの魔力をどんどん吸い上げ、起動に足る魔力が溜まったところで、最初に触れたモノを媒体として、活動を開始する仕組みになっていた。
 そして魔力が溜まったタイミングというのが、ドッジボールの決勝で、ランドが俺の最後の一投をはじいた瞬間だった。
 思い出してみれば、ゆるゆると宙を舞った魔導ゴーレムの核は確かに、初代村長像の頭にぶつかっていたもんね。
 あとはお察しのとおり、初代村長像をベースに起動して、件の破壊命令を声高に求めるところにたどり着くわけだ。
「ちなみにだけど、俺があの洞窟でゴレムちゃんを見つけなかったら、どうなってたんだろ?」
「洞窟の壁はもろもろだったし、ぽろっとこぼれて、そのへんの魔物とかの魔力を吸収して、森ごとおっきなゴーレムになってたんじゃない?」
「森ごと。その場合、マスターは誰になるの?」
「魔物系はマスター認定されないから、マスター不在かな。不在で起動すると、何していいかわかんなくてとにかく暴れちゃうんだよね! やば!」
 やば、じゃないでしょ。本当に、とんでもないことになるところだった。
 桶屋クエスト、文明レベルが上がるとか言っている場合か。達成しないと世界に甚大な被害が出るような話は、ちゃんと教えてほしい。
「でもマスターってすごいよね。さっきまではさ、これはマスター資格はく奪で大暴れ確定コースかなって思ってたのに、まさか超哲学的な感じでくるとは思わなかった! ルール違反ぎりぎりっぽいけど、やるじゃん!」
 それはどうも。小さくつぶやいて、がっくりと肩を落とす。
 なんだか、どっと疲れた気がする。
 お祭り準備からの、舞からの、ドッジボールからの、ゴレムちゃんだ。情報が多すぎる。
 ゆっくり休みたいところだけど、そうはいかない。
「まあ、よくわからんが危険はないんだな?」
 おそるおそるの体でランドが言うと、ゴレムちゃんがにっこり笑って、ピースした。
「よし、それなら祭りの仕上げといくか!」
「そうだね。初代村長そっくりのゴレムちゃんが加わって、なんか今年は特別な感じするし!」
 宴にしようぜ、とわいわい準備にとりかかる村人の皆さんを見て、俺はへらりと口元をつりあげた。
 やっぱりそうなるよね。ここの皆さんは、いい意味で順応性が高く、悪い意味では危機感が薄い。
 とりあえず大丈夫そうなら、それでいいんじゃない?
 そういうことだ。
 俺自身も、深く物事を考えるリソースが残っていないし、まあいいのかな。
 念のため開いてみたスキルウインドウでも、村の文明レベルが段違いに上がるツリーは完了になっていて、やるべきクエストは残っていない。
「ノヴァ、こっち来い! お前さんは、色んな意味で今夜の主役なんだからな!」
「マスター早く! ワタシの酒が飲めないってのか!」
「なじみすぎか! 命令だよ。そのノリ、嫌だからやめて。そもそも未成年だから飲めないんだよ」
「わかった、やめる。でもね……このカクテル、マスターのために一生懸命作って、アルコール分は完全破壊しておいたんだ……飲んでもらえたら嬉しいなって……ごめんね」
「罪悪感! そのノリもやめて! でもまさかのノンアル……そういうことなら、いただきます」
 その晩、魔導ゴーレムゴレムちゃんを加えた俺たちは、夜中までわいわいと宴に興じた。
 そして、翌日。
「ノヴァ起きろ! 大変なんだ!」
 ようやく部屋に戻って眠りについた俺は、お昼前にランドにたたき起こされた。眠たい目をこすって、どうにか部屋のドアを開ける。
「今日だけは許して……疲れが取れてなくて、眠すぎる……」
 くあ、と大きなあくびをひとつする。
 俺にひっついていたピイちゃんも、少し不機嫌そうに身をよじらせた。
「えらいことになってるんだ、早く来てくれ!」
 のそのそ、ふらふらとする俺とは反対に、ランドはものすごく焦った様子だ。
 さすがに目が覚めてきて、急いで服を着替えにかかった。
「ノヴァ、起きた!?」
 勢いよく、リタが入ってくる。こちらも真剣な表情だ。どうやら、本当に何かあったらしい。
「何があったの?」
 ゴレムちゃんが暴走してしまったとか、ドラゴンの結界が消えてしまったとか、魔物が押し寄せてくるとか……色々な事態を想像しながら、脇に立てかけてあった剣に手を伸ばす。
 俺の予想は、どれも外れていた。それどころか、二人から吐き出された答えに、俺は昨日から今日にかけて何度目になるかわからない、わけのわからない気持ちをまたしても体感することになる。
「王様がきたんだよ!」
「へ?」
「王様が……軍隊を引き連れて、うちの村にやってきたんだ! 狙いはお前さんとゴレムちゃんだ!」