「ノヴァ、準備はいい?」
 リタの声に笑みを返して、その場でとんとんと軽くジャンプしてみた。
 衣装についた鈴が、しゃらりと澄んだ心地よい音を響かせる。
 顔と腕に施した、紋様のような祭り化粧も、すっかりなじんで気にならなくなった。
 少し緊張した雰囲気ではあるけど、代表として舞うことになっている十人の顔は、期待と高揚に満ちている。
「練習の成果を見せて、思いっきり盛り上げよう!」
「ノヴァ、すっごく上手になったもんね! きっとみんなもびっくりするよ!」
 本番を迎えたこの日、俺は個人練習と桶屋クエストによる特訓のおかげで、ソロパート以外はほとんど完璧に踊れるようになっていた。
 ソロにしたって、バク転と側転はまあまあの確率で上手くいくようになっている。不安があるとすれば、どうしても再現できない空中に浮かんだような動きだけだ。
 ここまできたら、考えてみてもしょうがない。
 浮かび上がる直前までをパーフェクトにキメれば、コンボは七十五。
 どうにかしてジャンプして、最初の振りまで合わせられれば、七十七コンボのクエストを達成できるはずだ。そのあとは、シルエットがやっていた動きに近い形で、舞台の上でなんとかするしかないよね。
 簡易的に張られた楽屋がわりのテントから、そっと外の様子をうかがう。
 お祭りはものすごい盛り上がりを見せていた。皆が笑顔で、思い思いに踊り子を真似た化粧をしたり、着飾ったりして、舞台のまわりに集まっている。
 村中が、森の中で取ってきた様々な素材で装飾され、かがり火に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 このあとの宴のために、おいしそうな匂いも漂ってきて、非日常の高揚感に包み込まれている。
 今年は例年と違って、ドラゴンの結界があるおかげで、見張りを立てる必要もない。
 警備に人を割く必要がないので、本当に村中の人が集まってきている感じだ。
 残念ながら、サイラスたちの姿を見つけることはできなかった。
 手紙を出したのもぎりぎりだったし、間に合わなかったかな。まあそれはそれ、落ち着いたらこちらから近くまで行ってみるのもありだし、無事を伝えられれば、とりあえず約束は果たせたよね。
「それじゃあ、いこうか」
 打楽器と笛で演奏をしてくれるメンバーに合図を送る。
 ゆるやかな笛の音にあわせて、俺たちはするすると舞台へ出ていった。
 舞台の上は、当たり前かもしれないけど、練習のときに見える景色とはまるで違っていた。
 揺らめく炎と、心地よいリズムに、自然と身体が動く。
 すいと伸ばした手のひらの先、リタと視線が合った。自然と笑みがこぼれて、じんわりと身体が熱くなる。
 本番仕様なのか、いつもは目の前にどんと表示されているスキルウインドウが、少し離れた空中に浮かんで、コンボ数を計測している。
 一人だけ、お祭りの中でリズムゲームをやっている感じがおかしくて、笑いがこみあげてきた。
 それを、踊りを楽しんでいるととってくれたらしい観客の皆から、「いいぞ、ノヴァ!」と歓声があがる。
 くるりと回転して、舞台の端に散る。ここからは、十人それぞれのソロパートだ。
 ソロを前に少し振りが落ち着いたことで、はたはたと汗が滴り落ちる。
 感覚が、すごく研ぎ澄まされているのがわかる。
 普段なら、気を付けて集中していなければわからないような魔力の流れが、風に乗って光の帯を見せ始めた。
 俺の前にソロを踊るリタが、ふわりとした滑らかな動きで、舞台の中央に進み出た。
 俺がスキルウインドウに課された激しい舞とは違って、ゆるやかで、なめらかなな動きだ。観客の皆も、俺以外の八人さえも、その美しさに息をのむ。
 ソロの最後にお辞儀のような仕草をつけて、にっこりと笑顔を見せたリタが舞台の中央から身を引くと、大きな歓声と拍手が巻き起こった。
 今度は俺の番だ。歓声と熱気に押し出されるように、前に出る。
 リズムが変わった。先ほどの柔らかな流れとは打って変わって、打楽器を前に出し、音の粒が一気に増える。
 スキルウインドウを意識はしても、そちらを凝視して踊るわけにはいかない。
 自分を信じて、身体を動かしていく。
 練習のときと同じように、ピイちゃんが俺の少し上をくるくると飛び回って、場を盛り上げてくれているのが見えた。
 思わず笑みが深くなる。伝説のドラゴンとコラボって、やっぱりこれのことかな?
 七十……七十一……順調に『パーフェクト!』の文字列が空に跳ねる。
 側転から、立て続けにバク転をキメる。
 七十五……俺は全力で腕を振り上げ、跳躍した。
 そのときだった。
 ひときわ大きな声で鳴いたピイちゃんが、振り上げた俺の腕を両足で掴まえて、舞い上がったのだ。
 空いている手で指示すると、ピイちゃんはその方向へ右へ左へ旋回してくれる。
 まるで、空中を泳いでいるみたいだ。
 橙と紺が混じる空の下、かがり火に照らされた皆の笑顔と歓声を、俺はきっと一生忘れない。
 ひとしきり飛び回ってから着地した俺は、舞台の端に戻って、小さくガッツポーズした。
 ソロの後もほとんど完璧に踊りきった俺たちは、割れんばかりの拍手に包まれて、楽屋へと戻ってきた。
「すごいよノヴァ! 練習のときは、ピイちゃんといっしょに踊るのは内緒にしてたんだね!」
「悔しいけど、今年の主役はノヴァで決まりだな!」
 俺は九人に囲まれてぐしゃぐしゃにされながら、「いや、練習どおりにやるつもりだったから、ぶっつけ本番だったんだよ」と説明する。
「そうなの!? ぶっつけ本番なのに、息ぴったりだったよね! すごい!」
「ピイちゃんも、お祭りの雰囲気を気に入ってくれたってことじゃないかな」
 楽屋までついてきたピイちゃんを、そっと撫でる。
「あ、もしかして?」
 思い出して、スキルウインドウを開きなおしてみる。
 コンボのクエストはパーフェクトで完了しているし、伝説のドラゴンとコラボするクエストも達成されている。
「やった……!」
 ここまできたら全部クリアして、この村に恩返しをしたいところだよね。
「次はドッジボール大会……シャイニングドラゴンカップだね!」
「悪いが優勝はうちがもらうぞ、ノヴァ」
「ランド! 村長としての仕事は大丈夫なのって、心配になるくらい練習してたもんね。でも負けないよ!」
 例の謎素材のボールといっしょに、ドッジボール大会をプレゼンしたところ、お祭りの運営陣は予想以上の食いつきをみせた。
 その結果、シャイニングドラゴンカップなるなんだか本格的な大会が、余興ついでに開催されることになってしまった。
 特にランドは、「新しい風を吹かせてほしいとは言ったが、本当に面白いもんを持ってくるとはな」と手をたたいて喜んでくれた。
 心配された出場選手の募集も、四チームが集まるほどの盛況ぶりだ。
 ボールはひとつしかないので時間を決めて、普段の作業やお祭りの準備の合間で、チームごとに息抜きついでの練習をやってきたわけだけど、ランドが率いる村長チームは気迫が違っていた。
 もしかすると一番最初に、ルール説明がてら、ランド率いるチームをこてんぱんに倒してしまったのが、よくなかったのかもしれない。
 とにかくランドたちは、ボールがない時間も木の実を使ったボールキャッチの練習だとかをやっていたようで、俺が想像していた以上の本気度で取り組んでくれた。
 他のチームはあくまで余興感覚で、隙間時間でボールの感触を確かめる程度だったので、優勝候補は俺のいるチームと村長チームのふたつになっている。
「試合をするコートってやつも、しっかり整えてあるからな」
 試合用のコートは、舞のステージの向こう側、初代村長像の真ん前に設置されていた。
 空はほとんど紺色に染まっていて、頼りになる明かりはかがり火だけ……かと思いきや、コートはいっそまぶしいくらいの明かりに照らされている。以前リタも使っていた照明の魔法を数人がかりで空に散らして、ナイターにしっかり対応した形に仕上げたみたいだ。
「思ってたより本格的だね」
「おいおい、言い出しっぺのお前さんがそれを言うのかよ? 頼むぜ!? こっちはお前さんを目標に、この日のために練習してきたんだからな!」
「え、うん、ごめんね?」
 これは、優勝するのはちょっと大変かもしれないね。
 ついさっきまであんなに盛り上がっていた伝統的な舞を前座扱いにするような、こうこうと照らされたコートをぼんやり眺めて、俺はへらりと口角をもちあげた。