クレアとディディの持ってきた大ニュースに、僕たちはパーティーみんなで王城の一室に集まっていた。
「あれだけ探しても見つからなかったのに、まさかノヴァっちの方から手紙をもらえるなんてね!」
「ね? 約束しておけば、ノヴァくんはちゃんと守るんだから」
 クレアが胸を張り、ディディがいそいそと手紙の封を解く。
「それで、ノヴァはなんだって? 元気にはしているのか?」
 僕もつい気が急いてしまって、ディディが広げた手紙を覗き込む。
「ジルゴ大森林のラルオ村か。大森林は有名だけど、あんなところに村があったんだね」
「宿屋食堂? の二階に居候してるんだって。よくわかんないけど、ノヴァっちらしいよね。いつのまにか、まわりのみんなと仲良くなって溶け込んでる感じとか!」
「……元気にしているならいい」
 ディディとバスクの言葉に、大きく首を縦に振る。
 ノヴァはいつだってそうだ。窮地に陥ったと思っても、いつのまにか上手くやっている。
 羨ましいと言ったら、ノヴァは怒るだろうか。僕はいつだって、隣でノヴァを見てきた。酒場のカウンターで、隣に座ったあのときからずっと。いつのまにかと言っても、何もしていないわけじゃない。何ができるかを考え、スキルの力も借りながら前を向いてきた。だからこそ、戦う力という意味では突出していないノヴァでも、いっしょに旅を続けてこられたのだ。
「ドラゴンと友達になって、村祭りの代表として踊ることになったって。相変わらずわけわかんないね」
 わけわかんないと言いながら、クレアは嬉しそうだ。僕も嬉しい。ノヴァが想像以上に元気にしていて、こうして手紙をよこしてくれているのだから。
「わ、よかったらそのお祭りに遊びにこないかって!」
「いいじゃないか。しばらくは急な仕事もないだろうし、遊びに行ってみるか。日にちはいつなんだ?」
「待ってね、えーと……んんん!? あはは、三日後の夕方からみたい」
「三日後!? ジルゴの大森林の奥地なんだろ!? 今日中に発って、間に合うかどうかじゃないか!」
 さすがに急過ぎる。
 どうしようかと考えて、三人の顔を見回す。
 いうまでもなく、ディディはすでに行く気満々のようだし、クレアも乗り気だ。
「……行こう」
「はは、そうだな。よし、そうと決まればさっそく準備して北門に集合だ! 念のため、城の誰かに声をかけておこうか」
 四人でわいわいと部屋を出たところで、大臣にぶつかりそうになる。
「すみません、大丈夫ですか?」
「おお、勇者殿!」
「ちょうどよかった。僕たちこれから、数日ほど留守にしようと思って、ご報告に」
「なんと……ご予定があるところ申し訳ないのですが、どうか謁見の間にお越しください! 緊急事態でして、勇者殿を探していたのです!」
 これは、残念ながらノヴァとの再会はお預けかもしれないな。
 改めて見れば、大臣の顔は真っ青だ。よほど緊急の用件らしい。
 如実に不機嫌そうな顔をするクレアと、しょんぼりしているディディを説得して、謁見の間へと向かった。
「それで、何があったのですか?」
 謁見の間は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
 きらきらと輝くシャンデリアも、ふかふかの絨毯も、心なしか色褪せて見える。
 せっかく陛下の暗殺をもくろむ一派の件が片付いて、今度こそ穏やかな時間がやってきたと思ったのに。なかなか、ままならないものだ。
 ちらりと陛下のお顔をうかがってみる。
 陛下は、どう切り出すべきかを思案されているのか、目を閉じて唇を引き結んでいた。先日の、ノヴァを探し出し、改めて英雄として迎え入れたいと仰っていた晴れやかなお顔は、見る影もない。大臣と同じく、心配になるほどお顔の色がすぐれない。
「陛下、勇者殿が困っておられます。よろしければ、私からお話しましょうか?」
「……うむ」
 助け舟を出したのは、召喚士兼予言者の女性、エマさんだ。ノヴァの召喚を行ったのも彼女だという話だし、ダークドラゴンの出現地点を言い当てたのも彼女だ。ユニークスキルなのだろうけど、優秀なのは確かだ。
「過去に失われた、超文明があることは勇者殿もご存じですよね?」
「はい、今よりはるかに高度な魔法をベースにした、古代文明のことですね」
「その頃の遺物、破壊の魔導ゴーレムが、復活するとの神託がくだったのです」
「何故、今になってそんなものが」
「わからん……しかし、封印が解かれれば、迅速に討伐するしかあるまい」
 陛下がぎりと歯を食いしばって、低い声で言う。
「対話は、不可能なのでしょうか?」
 破壊のと名付けられているからといって、何も考えずにぶつかるのは、得策ではないように思えた。えてして、古代文明にかかわる逸話は、大幅に脚色されていることも多い。
 平和的に解決できれば、それに越したことはない。
 そう思ったのだけれど、エマさんは暗い顔になった。
「現時点ではわかりません。ゴーレムのマスターに選ばれる者にもよるでしょう。マスターとは、ゴーレムの主人となる者の称号。古代の遺物ですから絶対とは言い切れませんが、選ばれた者はゴーレムを制御することができるはずです」
「破壊を望まない者が、マスターとなればよいのですね?」
 うなずきながら、エマさんは「ただし、最悪なのは」とひとつ間を置いた。
「マスターとなる者が選ばれないまま、封印だけが解かれた場合です。そうなれば、ゴーレムは制御不能のまま、暴れ回るでしょう」
「調べさせた文献には、島ひとつ分ほどの巨大なゴーレムが、マスター不在のまま破壊の限りを尽くしたというものもあった。どうやったのかは知らぬが、その時は大変な犠牲のうえに討伐を果たしたようだがな」
 しんと場が静まりかえる。
 島ひとつ分……いくらか脚色はされているにしても、かなりの大きさだったのだろう。
「封印が解ける前にゴーレムを見つけだし、マスターとなってしまうか、再度の封印を施せるとよいのですが……封印に関しても、術式が確立しているわけではなく、難しいかもしれません。また、マスターが選ばれる方法も、わかっていないのです」
 なるほど。陛下が真っ先に討伐を口にされたのは、このあたりが理由に違いない。
 封印の方法も、ゴーレムを制御するためのマスターとなる方法もわからないのでは、エマさんの言う最悪の事態を回避するために、先に叩いてしまうべきと考えるのも、わからなくはない。
 それにもし、誰かがゴーレムのマスターになれたとしても、そこには大きな責任と危険が伴うことになる。各国から狙われかねないし、そもそもゴーレムをどこまで制御できるのか、そのためにどんな代償があるのかなど、すべてが未知数だ。
「とにかく、まずは復活の前に見つけ出すしかなさそうですね。何か手がかりはあるのでしょうか?」
 エマさんが、言いにくそうに目を泳がせる。もしかしたら、復活するとの話だけで、詳細は見えていないのかもしれない。だとすれば、僕たちに命じられるのは、国中を駆け回ってゴーレムを探すことか。
「私の授かった神託では、復活は三日後……ヒントとなりそうな単語は、ラルオという三文字だけでした。それが地名なのか、町や村の名前なのか、他の何かを意味するのか、何もわかっていません」
「三日で、手がかりもほぼないに等しい……無理を言っていることはわかっているが、どうかできる限り、力を貸してくれぬか」
 深刻そうな顔の陛下やエマさんとは別の意味で、僕たちはぽかんとしてしまっていた。
「三日後にラルオ、とおっしゃいましたか?」
「うむ……国にある地図を調べさせたが、載っておらぬ。そもそも、地図には記せていない小さな村も多い。地名などではないのかもしれぬ。だとすれば一体……!」
 僕はパーティーの三人と顔を見合わせる。どう考えても、間違いない。
「そこ、場所わかるので行ってきます。ジルゴの大森林の奥にある、小さな村らしいです」
「雲をつかむような話で申し訳ないが……んんんんん!?」
「ラルオが何を意味するのか、ご存じなのですか!?」
 あ、はい。
 あっさりとうなずいた僕たちに、陛下やエマさんが目を見開いた。
「さ、さすがは勇者殿よ! そうとわかればすぐにでも向かってくれ! 三日後なら、今日のうちに発てば間に合うかもしれん! わが騎士団の誇る早馬を四頭、準備させよう」
「実はですね……ノヴァがその、ラルオ村にいるらしいのです」
「なんと!? いったいどうして!?」
「三日後の夜に、村祭りの代表として、踊るみたいなんですよ」
 しれっとクレアが口を出す。陛下はなおさら混乱した様子で、頭を抱えてしまった。
「話がまったく見えんぞ……破壊のゴーレムが復活する村で、ノヴァ殿が踊る!?」
「もしやノヴァ殿は、ゴーレムのことをご存じで、いちはやく潜入されているのではありませんか!?」
 エマさんがきらきらした視線を向けてくるけれど、おそらくそうではないだろう。僕は小さく首を横に振る。
「ノヴァから手紙があったのです。今はラルオ村で楽しくやっていると。三日後に祭りがあって、そこで踊るからよかったら遊びに来ないかと」
「では、ノヴァ殿は本当に何も知らずに、勇者殿をゴーレム復活の地に、ちょうど復活に近しいタイミングで呼ぼうとしていたというのか!? そんなことが……!」
 ええ、陛下。僕もまったく同じ気持ちです。
 僕は、ノヴァを羨ましいと思ったけれど、ここまでくると逆に怖い。
 何か大きな流れが、ノヴァの味方をしているとしか思えないじゃないか。
「でもそうなると、ノヴァくんってば、本当に危ないんじゃない? 何も知らないってことは、無警戒で、踊りの練習とかしちゃってるわけでしょう? 破壊のゴーレムが眠る真上とかで」
 クレアの言葉に、その場にいる全員の顔がひきつる。
「なんとかして、伝えられないのか!?」
「今から手紙を返すよりは、現地に行っちゃう方が早いんじゃない?」
「どっちにしても行くつもりだったし、行こうよ! ノヴァっちを助けなきゃ」
「……急ごう」
 四人で力強くうなずき、陛下に向き直る。
「すぐに準備を整え、ラルオへ向かいます。先ほどの、早馬をお貸しいただける件、お願いしてもよろしいですか?」
「無論だ。わしもすぐに準備しよう」
「あの、陛下も……ですか?」
 早馬の手配に大臣が急ぎ足で謁見の間を出ていく中、僕は陛下の一言に面食らってしまった。
「行方がわかり次第、ノヴァ殿に会いに行こうと思っておった」
「陛下、お言葉ですが、危険すぎます」
「頼む勇者殿。国の一大事に、救国の、そして個人的にも命の恩人であるノヴァ殿がその場にいる。もちろん、ラルオの村に暮らす者たちもおるのだろう? 民こそが国の宝……それらを放ってここで座しているなど、何が王か! 騎士団の精鋭を連れていくゆえ、道中の迷惑はかけぬし、ラルオでは決して前には出ず、村の者たちの避難誘導に徹することを約束しよう」
 民こそが国の宝……それには僕も同意見だ。
 だからこそ、民を導く王には、王都で有事に備えていてほしい。
 しかし、陛下の意志は、僕が何を言っても揺らぎそうにないくらい固い。
 ここで議論をしていたずらに時間を使うのは、得策ではないか。仕方ない。
「……わかりました」
「おお、それでは!」
「はい。皆でラルオに向かい、破壊のゴーレムを止め、ノヴァを助けだしましょう!」
「きっと私たちの心配なんて届いてないんでしょうけど……しょうがないわね」
「ノヴァっちのことだから、またきっとわけわかんないことになってるよ!」
「……行こう」
 その場にいる皆の気持ちをひとつにして、それぞれの準備に駆け出す。
 ノヴァ、すぐに行くよ。
 だからどうか、僕たちが到着するまで無事でいてくれ。