「いいぞ、ノヴァも踊り子で頼むわ。稽古はいつも夜にやってる。強制じゃないが、まあ出ておく方がいいだろうな」
確かにそうだよな、と思い出したように、ランドはあっさりと許可をくれた。だから言ったでしょ、とリタが得意そうにする。
結構な覚悟を決めて直談判しにきたのに、あっさりしすぎていて、拍子抜けだ。
「踊りの経験はあるのか?」
「ないよ」
正確には、転移前の学校の授業として、体育でやったことはある。でもそれを経験としてカウントしていいかは、微妙だ。
こっちに来てからは、身体を動かさざるをえないことばかりで、いつの間にか筋力も体力もついてくれたけど、それまではどちらかといえば、運動は苦手な方だった。
まさか、自分から祭りで踊りたいなんて言い出すことになるなんて、人生ってわからないね。
「そりゃあいいな!」
「え、経験ないのがいいの?」
「おお、やる気のあるやつは大歓迎だからな。経験値だけで気の抜けた踊りをやるやつより、必死に気合いれてやってくれた方が、神様も喜ぶってもんさ」
経験値のある人が、必死に気合を入れてやってくれるのが一番なのでは?
喉まで出かかった一言を飲み込む。自分のハードルを上げたうえ、場の空気を下げる一言になってしまうところだった。
「そういや、祭り全体の流れや準備も、お前さんに説明できてなかったよな」
ラルオの火祭りは、村の中心にどっしりと構える美少女の像、初代村長の時代から今に至るまで続く、伝統的なお祭りなのだという。
最初は火を焚いて儀式的なことをやるだけだったとか、踊りの振り付けは初代村長が考えたものがベースになっているとか、諸説はあるらしいけど、かなり昔から、炎と舞がセットになっているようだ。
「まあ、祭りのルーツが気になるなら、調べてるやつも何人かいるから、話を聞いてみるといい。とりあえず大事なのは、全く新しい、村全体がひとつになって盛り上がれるような、新しい風なんだ」
「え。あれ? そんな話だったっけ……?」
カティもそんなことを言ってはいたけど、ランドまで真剣な顔で人差し指を立てるものだから、混乱してきた。
「かがり火を焚いて、舞を踊る。それはいい。いいんだが、問題はそのあとだ」
「いつもより少しいいものを食べて、歌って踊ってみんなでお祝いするんでしょ? すごく楽しそうじゃない?」
「そうなんだが、このあたりで新しい何かがほしいんだよな。ノヴァ、世界中を勇者様といっしょに見て回ってきたお前さんなら、何かないか?」
「ううん、どうだろう」
勇者パーティーにいたことと、王都を追放になったことは、一応は話してある。追放と聞いて拒否反応のある人もいるかもしれないし、黙っているのはなんだかうしろめたかったからだ。結果はご覧のとおりで、むしろ色々と頼られるようになってしまった。
レア食材や素材はどんどん持ってくる、シャイニングドラゴンの孵化に立ち会って懐かれる、親ドラゴンに真正面から物申す、知らない料理を教えてくれる……なるほど、勇者パーティーにいたのも本当かもしれないな、という認識らしい。
「まあ今すぐでなくていいし、無理に捻り出すもんでもないからな。頭の片隅にでも、置いといてくれ。まずは舞をそれらしくやれるようになるとこからだな」
「ノヴァ、いっしょに頑張ろうね!」
それからは、輪をかけて忙しい日が続くことになった。
かがり火に仕込むお香がわりのような木の実や、踊りの衣装に使う装飾品や化粧用の素材、お祭り全体を飾り付けるための素材などなど、普段のことをやりながら、プラスアルファで集めてくるものが盛りだくさんだし、夜には舞の稽古も始まった。
村の中が結界で安全になったことで、畑で育てる作物についても、カティから相談されているし、初日ほどではないにしろ、自由気ままに振る舞うピイちゃんからも、目は離せない。
特に、舞の稽古は想像以上に大変だった。
今回の代表は十人で、基本的には動きをあわせて、伝統的なリズムに合わせて舞うことになっている。
その、基本的な動きをいちから覚えるのがまず大変だし、ついでにソロパートまであったのだ。
「ど、どうしよう。何も思いつかない……」
ピイちゃんが、きょとんとして首をかしげる。
みんなでお祭りをやって、伝統的な舞に参加させてもらえたら、楽しそう!
そこまでしか考えていなかった俺は、素材集めの途中で見つけた洞窟で、がっくりと肩を落としていた。
稽古が始まってからというもの、俺は普段の作業の途中でも、たまたま見つけた、このひっそりとした洞窟で個人練習をやっていた。人工的なものなのか、天然のものなのかはわからないけど、ホールみたいなちょっとした空間があって、空気も澄んでいて集中できるんだよね。
夜の稽古とあわせてみっちり練習してきたおかげで、ぎこちないながらも、基本的な動きはだいぶ覚えてきたと思う。でも、創作ダンスが入るなんて。
芸術的なセンスは、自慢じゃないけどまったく自信がないし、触れてこなかった分野だ。かといって、基本の動きのままで場を繋ぐのは残念すぎる。
「めちゃくちゃ楽しみだし、頑張りたいけど、どうすれば……!」
――チリン!
夢に見るほど悩んでいた俺を見かねたのか、桶屋クエストの鈴が鳴った。
お題目は、『異世界の風をさわやかな汗に乗せて吹かせれば、村の文明レベルが段違いに上がる』だ。俺はううんと首を捻る。結局どういうこと?
お祭りを成功させると、村にとってかなりいいことがありそうなのは確かなのだけど、抽象的すぎる。
「おお!?」
腕組みをしてスキルウインドウを凝視していると、立て続けに、桶屋クエストがメインのツリーにぶら下がる。
振り付けを完璧に覚えよう。ソロの振り付けを完璧に覚えよう。舞全体で七十七コンボを成功させよう。ソロで、伝説のドラゴンとコラボしよう。
といった感じで、舞関連のクエストが並び、別の括りで、異世界の知識を元に、新しいイベントを祭りに取り入れよう、とある。
最後のは、カティとランドが言っていた何か新しい風を……みたいなやつかな。真剣に考えてみた方がいいのかも。
それより問題は、振り付けだのコンボだのと並んでいる、舞関連の方だ。ソロの振り付けを覚えようって言われても、それが思いつかないから苦労してるのに。
そう考えた途端、スキルウインドウが手元から勝手に動き、俺の全身より大きなサイズにぐんと広がった。
「は? え? なにこれ?」
予想外かつ初めての動きに思考停止している間に、スキルウインドウには、人のような影が浮かび上がる。怪しい人影が現れても、咄嗟に飛び退いたりしなかったのは、耳慣れたリズムが聴こえてきたからだ。
「え、舞の……お手本ってこと?」
立ち尽くして眺めてしまった俺の前で、スキルウインドウの中の怪しい人影が、完璧な舞を披露してみせる。
ひとつの振りごとに、ミスの表示が浮かぶそれは、まさしくリズムゲームそのものだった。全てミスなのはもちろん、俺が立ち尽くして眺めているからだ。
「これをお手本に、舞えってこと?」
よく見れば、怪しい人影は俺にそっくりだ。つまりこの人影は、俺が完璧に振り付けを覚えた状態の、お手本ということらしい。
流麗な舞が、いよいよソロに差し掛かる。
ダイナミックなリズムで、手足をさらりと伸ばしては曲げるその姿は、とても俺のものとは思えない。これができたら、きっとものすごく楽しいだろうし、祭りも盛り上がる。
なんとかモノにしたい。食い入るように見つめる中、ソロパートはいよいよ最後の見せ場に入った。
シルエットの俺は、飛び跳ねてはくるくると身体を回転させ、立て続けにバク転やら側転やらをキメた上に、文字通り空へと舞い上がってみせた。
空中で何度か旋回してから戻ってきた俺は、残りの舞を完璧に踊りきり、最後のポージングをしっかりとやってのけた。
すごい。すごすぎる。俺は、シルエットの俺に惜しみない拍手を送った。それから、すんと冷静になった。
「いや、普通に無理では?」
確かにそうだよな、と思い出したように、ランドはあっさりと許可をくれた。だから言ったでしょ、とリタが得意そうにする。
結構な覚悟を決めて直談判しにきたのに、あっさりしすぎていて、拍子抜けだ。
「踊りの経験はあるのか?」
「ないよ」
正確には、転移前の学校の授業として、体育でやったことはある。でもそれを経験としてカウントしていいかは、微妙だ。
こっちに来てからは、身体を動かさざるをえないことばかりで、いつの間にか筋力も体力もついてくれたけど、それまではどちらかといえば、運動は苦手な方だった。
まさか、自分から祭りで踊りたいなんて言い出すことになるなんて、人生ってわからないね。
「そりゃあいいな!」
「え、経験ないのがいいの?」
「おお、やる気のあるやつは大歓迎だからな。経験値だけで気の抜けた踊りをやるやつより、必死に気合いれてやってくれた方が、神様も喜ぶってもんさ」
経験値のある人が、必死に気合を入れてやってくれるのが一番なのでは?
喉まで出かかった一言を飲み込む。自分のハードルを上げたうえ、場の空気を下げる一言になってしまうところだった。
「そういや、祭り全体の流れや準備も、お前さんに説明できてなかったよな」
ラルオの火祭りは、村の中心にどっしりと構える美少女の像、初代村長の時代から今に至るまで続く、伝統的なお祭りなのだという。
最初は火を焚いて儀式的なことをやるだけだったとか、踊りの振り付けは初代村長が考えたものがベースになっているとか、諸説はあるらしいけど、かなり昔から、炎と舞がセットになっているようだ。
「まあ、祭りのルーツが気になるなら、調べてるやつも何人かいるから、話を聞いてみるといい。とりあえず大事なのは、全く新しい、村全体がひとつになって盛り上がれるような、新しい風なんだ」
「え。あれ? そんな話だったっけ……?」
カティもそんなことを言ってはいたけど、ランドまで真剣な顔で人差し指を立てるものだから、混乱してきた。
「かがり火を焚いて、舞を踊る。それはいい。いいんだが、問題はそのあとだ」
「いつもより少しいいものを食べて、歌って踊ってみんなでお祝いするんでしょ? すごく楽しそうじゃない?」
「そうなんだが、このあたりで新しい何かがほしいんだよな。ノヴァ、世界中を勇者様といっしょに見て回ってきたお前さんなら、何かないか?」
「ううん、どうだろう」
勇者パーティーにいたことと、王都を追放になったことは、一応は話してある。追放と聞いて拒否反応のある人もいるかもしれないし、黙っているのはなんだかうしろめたかったからだ。結果はご覧のとおりで、むしろ色々と頼られるようになってしまった。
レア食材や素材はどんどん持ってくる、シャイニングドラゴンの孵化に立ち会って懐かれる、親ドラゴンに真正面から物申す、知らない料理を教えてくれる……なるほど、勇者パーティーにいたのも本当かもしれないな、という認識らしい。
「まあ今すぐでなくていいし、無理に捻り出すもんでもないからな。頭の片隅にでも、置いといてくれ。まずは舞をそれらしくやれるようになるとこからだな」
「ノヴァ、いっしょに頑張ろうね!」
それからは、輪をかけて忙しい日が続くことになった。
かがり火に仕込むお香がわりのような木の実や、踊りの衣装に使う装飾品や化粧用の素材、お祭り全体を飾り付けるための素材などなど、普段のことをやりながら、プラスアルファで集めてくるものが盛りだくさんだし、夜には舞の稽古も始まった。
村の中が結界で安全になったことで、畑で育てる作物についても、カティから相談されているし、初日ほどではないにしろ、自由気ままに振る舞うピイちゃんからも、目は離せない。
特に、舞の稽古は想像以上に大変だった。
今回の代表は十人で、基本的には動きをあわせて、伝統的なリズムに合わせて舞うことになっている。
その、基本的な動きをいちから覚えるのがまず大変だし、ついでにソロパートまであったのだ。
「ど、どうしよう。何も思いつかない……」
ピイちゃんが、きょとんとして首をかしげる。
みんなでお祭りをやって、伝統的な舞に参加させてもらえたら、楽しそう!
そこまでしか考えていなかった俺は、素材集めの途中で見つけた洞窟で、がっくりと肩を落としていた。
稽古が始まってからというもの、俺は普段の作業の途中でも、たまたま見つけた、このひっそりとした洞窟で個人練習をやっていた。人工的なものなのか、天然のものなのかはわからないけど、ホールみたいなちょっとした空間があって、空気も澄んでいて集中できるんだよね。
夜の稽古とあわせてみっちり練習してきたおかげで、ぎこちないながらも、基本的な動きはだいぶ覚えてきたと思う。でも、創作ダンスが入るなんて。
芸術的なセンスは、自慢じゃないけどまったく自信がないし、触れてこなかった分野だ。かといって、基本の動きのままで場を繋ぐのは残念すぎる。
「めちゃくちゃ楽しみだし、頑張りたいけど、どうすれば……!」
――チリン!
夢に見るほど悩んでいた俺を見かねたのか、桶屋クエストの鈴が鳴った。
お題目は、『異世界の風をさわやかな汗に乗せて吹かせれば、村の文明レベルが段違いに上がる』だ。俺はううんと首を捻る。結局どういうこと?
お祭りを成功させると、村にとってかなりいいことがありそうなのは確かなのだけど、抽象的すぎる。
「おお!?」
腕組みをしてスキルウインドウを凝視していると、立て続けに、桶屋クエストがメインのツリーにぶら下がる。
振り付けを完璧に覚えよう。ソロの振り付けを完璧に覚えよう。舞全体で七十七コンボを成功させよう。ソロで、伝説のドラゴンとコラボしよう。
といった感じで、舞関連のクエストが並び、別の括りで、異世界の知識を元に、新しいイベントを祭りに取り入れよう、とある。
最後のは、カティとランドが言っていた何か新しい風を……みたいなやつかな。真剣に考えてみた方がいいのかも。
それより問題は、振り付けだのコンボだのと並んでいる、舞関連の方だ。ソロの振り付けを覚えようって言われても、それが思いつかないから苦労してるのに。
そう考えた途端、スキルウインドウが手元から勝手に動き、俺の全身より大きなサイズにぐんと広がった。
「は? え? なにこれ?」
予想外かつ初めての動きに思考停止している間に、スキルウインドウには、人のような影が浮かび上がる。怪しい人影が現れても、咄嗟に飛び退いたりしなかったのは、耳慣れたリズムが聴こえてきたからだ。
「え、舞の……お手本ってこと?」
立ち尽くして眺めてしまった俺の前で、スキルウインドウの中の怪しい人影が、完璧な舞を披露してみせる。
ひとつの振りごとに、ミスの表示が浮かぶそれは、まさしくリズムゲームそのものだった。全てミスなのはもちろん、俺が立ち尽くして眺めているからだ。
「これをお手本に、舞えってこと?」
よく見れば、怪しい人影は俺にそっくりだ。つまりこの人影は、俺が完璧に振り付けを覚えた状態の、お手本ということらしい。
流麗な舞が、いよいよソロに差し掛かる。
ダイナミックなリズムで、手足をさらりと伸ばしては曲げるその姿は、とても俺のものとは思えない。これができたら、きっとものすごく楽しいだろうし、祭りも盛り上がる。
なんとかモノにしたい。食い入るように見つめる中、ソロパートはいよいよ最後の見せ場に入った。
シルエットの俺は、飛び跳ねてはくるくると身体を回転させ、立て続けにバク転やら側転やらをキメた上に、文字通り空へと舞い上がってみせた。
空中で何度か旋回してから戻ってきた俺は、残りの舞を完璧に踊りきり、最後のポージングをしっかりとやってのけた。
すごい。すごすぎる。俺は、シルエットの俺に惜しみない拍手を送った。それから、すんと冷静になった。
「いや、普通に無理では?」