夜中に二頭のドラゴンが飛来して、大騒ぎになった翌日。
完全に寝不足だったので、少しゆっくり眠ろうと思っていたのに……俺の安眠はいとも簡単に、もっとも身近なところから崩された。
「ピイイイイ!」
「ぎゃあああ! おはよう! 耳のすぐそばで! 元気なおはようありがとうね!」
昨日あれだけはしゃいでいたのに、その前にぐっすり眠っていたおかげなのか、そうそうに起きだしたピイちゃんが、俺をあの手この手で起こしてくれたのだ。
毛布ごしに身体をこすりつけ、お腹にダイブし、顔をなめ、鼻を甘噛みし、最終手段は至近距離でのおはようのあいさつだった。
飛び起きた俺を見て、得意げに満足げに、くるくると飛び回るピイちゃんはすごくかわいい。でもこれは大変だ。毎朝のように今のおはようをもらっていたら、あっという間に難聴になってしまいそうだ。
「完全に目が覚めちゃった……着替えて顔洗おうかな」
今日はいったん村の外には出ずに、ピイちゃんが一日にどれくらい食べて、飲んで、どう過ごすのかを把握するための日にすると決めていた。
昨日の食べっぷりを見るに、かなりの食料が必要になりそうな予感がする。食べるものが豊富なラルオ村ではあるけど、場合によっては、明日からの食料調達のペースを上げないといけないかもしれない。いっしょに森で過ごすのも楽しそうだけどね。
それから、食べられないものがないかどうかも、これはピイちゃん自身の感覚に頼るしかないのがちょっと怖いけど、見極めておく必要がある。村の外に出なくても、意外とやることは多そうだ。
いつものように一階に降りていくと、テーブルに肘をついて、リタがうとうとしていた。厨房の中では、何人かの村人さんが朝食の用意をしているところだった。
「おはよう、大丈夫?」
「ああノヴァ、おはよ。ありがとう、大丈夫。起きてはみたもののどうしても眠くて、朝の準備はかわってもらっちゃった」
「昨日はすごかったし、大変だったもんね」
ぐだぐだと挨拶をかわして、準備してもらった朝ごはんを、二人でのそのそと盛り付けて席に戻る。もしゃもしゃとサラダを口に運びつつ、ピイちゃんに村を案内するルートを考えてみた。
「とりあえず一周して、近くの畑もまわって、ここからここまでが村なんだよって、教えてあげようと思うんだよね」
「うん、ちゃんと紹介できてない人もいるし、顔見せも兼ねてそれでいいんじゃないかな。ところで、ピイちゃんは? まだ寝てるの?」
え、と思わず口から漏れて、あたりを見回す。
いない。いっしょに降りてきたはずなのに。
「おっと、お前さんは昨日の子じゃないか。ノヴァかリタはいっしょじゃないのか?」
外から聞こえた声に、俺とリタは二人で勢いよく立ち上がる。
農作業の準備をしていた村人さんの納屋に、ピイちゃんが入ってしまったらしい。中を覗けば、なんともわくわくした表情でぱたぱたと羽を動かしている。
「こっちおいで。俺から離れないようにしようね」
伝わったのか伝わっていないのか、ピイちゃんは首をかしげてきょとんとすると、ふわふわの白い毛を俺にすりつけて、小さく鳴いた。
「この子、まだ知らないことの方が多くて。ごめん、少しずつ教えていくから」
「いやいや、こっちもびっくりして大声出しちまって、悪かったよ」
村人さんに謝ってその場は事なきをえたものの、この後もピイちゃんは、村のあちらこちらで旺盛な好奇心をこれでもかと発揮した。
そばにいてねと伝えても、気がつけばふらりといなくなっているし、何も怖がることなく色々な場所に飛び込んでいくし、作業中の村人さんにちょっかいを出してみたり、食べられるものがあれば食べてしまったりした。
そのたびに俺とリタは追いかけて、あちらで謝り、こちらで謝り、これは勝手に食べちゃいけないんだよなどと諭していく。
「なんだかすごい結界まで、村中に張ってもらったんだろ? そんならこの子は、村の守り神みたいなもんだ。元気で自由にしてくれていいさ」
昨日の夜のことがあるので、ほとんどの村人さんは、ピイちゃんが伝説のシャイニングドラゴンの子供であることを認識している。当然ながら、ツァイスとソフィが、結界を張っていったこともだ。
でも、それに甘えるわけにはいかない。仮とはいえ、いったんその身を預かっている立場の俺が、きちんとしなくては。
「……つ、疲れた」
「まだお昼前とか、うそでしょ? 体力ありあまりすぎじゃない?」
結局、朝ごはんのあとから午前中いっぱいを、追いかけっことごめんなさい行脚に費やした俺たちは、木陰にごろりと転がっていた。
ピイちゃんは今も畑の上を飛び回っては、くるくると旋回してみたり、色々なところの匂いを嗅いでみたりと忙しそうだ。
「午後はもう少し、村はずれの方に行ってみようか。そっちの方なら、そんなに入っちゃいけない場所とかはないと思うし、作業してる人も少ないから」
「賛成……このペースのまま、丸一日はちょっときついかも。今はまだ、目新しいものが多いからこれだけはしゃいでるんだって信じたい」
異世界特有のもふもふと、のんびり過ごして、たまに冒険したりしてきゃっきゃするスローライフは、俺の理想のひとつだ。でも、その裏にこんな体力勝負が待っているとは思わなかった。
そうだよね、実際に生き物と暮らそうと思ったら、言葉が通じないことの方が多いし、大変なことの方が多いよね。
知性のあるドラゴンって言ったって、最初は何もわからないところからのスタートなんだから。むしろ、生まれたそばから父親のツァイスみたいに「我は腹が減ったぞ」とか艶のある声色でしゃべりだしたら、その方が複雑な気持ちになりそうだしね。
「これも醍醐味ってことか……!」
「うん? ノヴァ、いきなり叫んでどうしたの?」
「いやいや、今日も少しずつ、理想に近づいてるんだなって思ってさ」
そうなの? と聞き返してくるリタの視線は生ぬるかったけど、俺はすでに切り替えている。
「よーし、休憩終わり! 次いってみますか!」
ぐいと身体を起こして立ち上がると、まだくるくると飛び回っているピイちゃんに手を振った。
完全に寝不足だったので、少しゆっくり眠ろうと思っていたのに……俺の安眠はいとも簡単に、もっとも身近なところから崩された。
「ピイイイイ!」
「ぎゃあああ! おはよう! 耳のすぐそばで! 元気なおはようありがとうね!」
昨日あれだけはしゃいでいたのに、その前にぐっすり眠っていたおかげなのか、そうそうに起きだしたピイちゃんが、俺をあの手この手で起こしてくれたのだ。
毛布ごしに身体をこすりつけ、お腹にダイブし、顔をなめ、鼻を甘噛みし、最終手段は至近距離でのおはようのあいさつだった。
飛び起きた俺を見て、得意げに満足げに、くるくると飛び回るピイちゃんはすごくかわいい。でもこれは大変だ。毎朝のように今のおはようをもらっていたら、あっという間に難聴になってしまいそうだ。
「完全に目が覚めちゃった……着替えて顔洗おうかな」
今日はいったん村の外には出ずに、ピイちゃんが一日にどれくらい食べて、飲んで、どう過ごすのかを把握するための日にすると決めていた。
昨日の食べっぷりを見るに、かなりの食料が必要になりそうな予感がする。食べるものが豊富なラルオ村ではあるけど、場合によっては、明日からの食料調達のペースを上げないといけないかもしれない。いっしょに森で過ごすのも楽しそうだけどね。
それから、食べられないものがないかどうかも、これはピイちゃん自身の感覚に頼るしかないのがちょっと怖いけど、見極めておく必要がある。村の外に出なくても、意外とやることは多そうだ。
いつものように一階に降りていくと、テーブルに肘をついて、リタがうとうとしていた。厨房の中では、何人かの村人さんが朝食の用意をしているところだった。
「おはよう、大丈夫?」
「ああノヴァ、おはよ。ありがとう、大丈夫。起きてはみたもののどうしても眠くて、朝の準備はかわってもらっちゃった」
「昨日はすごかったし、大変だったもんね」
ぐだぐだと挨拶をかわして、準備してもらった朝ごはんを、二人でのそのそと盛り付けて席に戻る。もしゃもしゃとサラダを口に運びつつ、ピイちゃんに村を案内するルートを考えてみた。
「とりあえず一周して、近くの畑もまわって、ここからここまでが村なんだよって、教えてあげようと思うんだよね」
「うん、ちゃんと紹介できてない人もいるし、顔見せも兼ねてそれでいいんじゃないかな。ところで、ピイちゃんは? まだ寝てるの?」
え、と思わず口から漏れて、あたりを見回す。
いない。いっしょに降りてきたはずなのに。
「おっと、お前さんは昨日の子じゃないか。ノヴァかリタはいっしょじゃないのか?」
外から聞こえた声に、俺とリタは二人で勢いよく立ち上がる。
農作業の準備をしていた村人さんの納屋に、ピイちゃんが入ってしまったらしい。中を覗けば、なんともわくわくした表情でぱたぱたと羽を動かしている。
「こっちおいで。俺から離れないようにしようね」
伝わったのか伝わっていないのか、ピイちゃんは首をかしげてきょとんとすると、ふわふわの白い毛を俺にすりつけて、小さく鳴いた。
「この子、まだ知らないことの方が多くて。ごめん、少しずつ教えていくから」
「いやいや、こっちもびっくりして大声出しちまって、悪かったよ」
村人さんに謝ってその場は事なきをえたものの、この後もピイちゃんは、村のあちらこちらで旺盛な好奇心をこれでもかと発揮した。
そばにいてねと伝えても、気がつけばふらりといなくなっているし、何も怖がることなく色々な場所に飛び込んでいくし、作業中の村人さんにちょっかいを出してみたり、食べられるものがあれば食べてしまったりした。
そのたびに俺とリタは追いかけて、あちらで謝り、こちらで謝り、これは勝手に食べちゃいけないんだよなどと諭していく。
「なんだかすごい結界まで、村中に張ってもらったんだろ? そんならこの子は、村の守り神みたいなもんだ。元気で自由にしてくれていいさ」
昨日の夜のことがあるので、ほとんどの村人さんは、ピイちゃんが伝説のシャイニングドラゴンの子供であることを認識している。当然ながら、ツァイスとソフィが、結界を張っていったこともだ。
でも、それに甘えるわけにはいかない。仮とはいえ、いったんその身を預かっている立場の俺が、きちんとしなくては。
「……つ、疲れた」
「まだお昼前とか、うそでしょ? 体力ありあまりすぎじゃない?」
結局、朝ごはんのあとから午前中いっぱいを、追いかけっことごめんなさい行脚に費やした俺たちは、木陰にごろりと転がっていた。
ピイちゃんは今も畑の上を飛び回っては、くるくると旋回してみたり、色々なところの匂いを嗅いでみたりと忙しそうだ。
「午後はもう少し、村はずれの方に行ってみようか。そっちの方なら、そんなに入っちゃいけない場所とかはないと思うし、作業してる人も少ないから」
「賛成……このペースのまま、丸一日はちょっときついかも。今はまだ、目新しいものが多いからこれだけはしゃいでるんだって信じたい」
異世界特有のもふもふと、のんびり過ごして、たまに冒険したりしてきゃっきゃするスローライフは、俺の理想のひとつだ。でも、その裏にこんな体力勝負が待っているとは思わなかった。
そうだよね、実際に生き物と暮らそうと思ったら、言葉が通じないことの方が多いし、大変なことの方が多いよね。
知性のあるドラゴンって言ったって、最初は何もわからないところからのスタートなんだから。むしろ、生まれたそばから父親のツァイスみたいに「我は腹が減ったぞ」とか艶のある声色でしゃべりだしたら、その方が複雑な気持ちになりそうだしね。
「これも醍醐味ってことか……!」
「うん? ノヴァ、いきなり叫んでどうしたの?」
「いやいや、今日も少しずつ、理想に近づいてるんだなって思ってさ」
そうなの? と聞き返してくるリタの視線は生ぬるかったけど、俺はすでに切り替えている。
「よーし、休憩終わり! 次いってみますか!」
ぐいと身体を起こして立ち上がると、まだくるくると飛び回っているピイちゃんに手を振った。