一晩じゅうポーッと浮かれてたのがよくなかったらしい。
 次の日の朝、いやに静かな目覚まし時計を見て飛び起きた。
「やっべー、寝坊した!」
 全速力でチャリこがねぇと間に合わねぇ!
 制服のネクタイをしめながら、バタバタと階段を降りていると。
「あら、樹生。ちょうどよかったわ」
 母さんがのんきにオレに声をかけてきた。
「よかねぇよ! なんだよ、こんなときに」
 あと五分で出ないとチコクするんだけど!?
「美波が体操服忘れて出てっちゃったのよ。届けてあげてちょうだい」
「はー? なんで美波のミスをオレがカバーしねーといけねーんだよ」
 あいつがうっかりしてたのが悪いんじゃん。
「樹生~。あんた、昨日お風呂場の窓から家ぬけ出したでしょ」
 母さんが地獄の底から聞こえてくるような重低音ボイスを響かせた。
「え? なに、なんの話?」
 オレが目をそらすと、母さんは瞬時に閻魔大王みたいな顔つきになって、
「ごまかすんじゃないのっ! あれほど天体観察はほどほどにしときなさいって注意したのに、あんたは親の言うことなにひとつ聞く気ないの!? 今度おんなじことやったら、朝になるまで家には入らせないんだから!」
「分かった! 分かったから! そんじゃ、行ってきまーすっ!」
 やべー、母さんのあの怒りよう。昨日のレベルをはるかに上回ってる。
 美波に体操服届けなかったら、望遠鏡どころか、双眼鏡、天体観測に関するもの全部フリマサイトに売られかねないぞ。そうなったら、捨てられるよりひどい仕打ちだ。
 めんどくせーけど持ってってやるか。

 なんとか学校に着き、朝のホームルームが始まる前に、美波のクラスに行ってみた。
 だけど、あいついねーな。便所にでも行ってんのか?
 ろう下で美波が来るのを待っていると、美波のクラスの子たちが、ヒソヒソと話しているのが耳に入った。
「どうだった?」
「SNSで連絡してみたけどダメだった。やっぱりまだ教室来れないって」
「そっか……」
 教室来れない? こないだ美波が言ってた不登校の子のことか?
「なぁなぁ。それってもしかしてユッキーって子の話?」
 ずいっ、と話に割りこむと、クラスの子のひとりが目を見開いた。
幸村(ゆきむら)くんのこと、知ってるんですか?」
「なに?」
 幸村「くん」?
「ユッキーって、女の子じゃないの?」
「はい。だけど……」
 クラスの子は急に言いよどんだ。
「どしたの?」
 クラスの子たちは顔を見合わせて、
「このこと、話してもいいのかな」
「どうしよう」
 と、頭を悩ませてる。
 なんだなんだ、知らないヤツには個人情報をもらしたくないってヤツか?
「えーと、オレ、汐谷(しおたに)美波(みなみ)の兄なんだけど」
「みなみんの?」
 パッ、とふたりの顔色が変わった。
「そう、みなみんの」
 すると、クラスの子たちは胸をなでおろして、
「みなみんのお兄さんなら大丈夫かな」
「そうだね」
 と、オレに幸村って子の話をはじめた。