それから、数日後の夜のこと。
 今週からは楽しみにしてた流星群が来るんだ。
 望遠鏡の準備よし。リュックに双眼鏡も入れた。準備はOK。
 あとは出かけるだけ!
「行ってき――」
「ダメよ、出かけちゃ!」
 うぉっ、ビックリした!
「なんでだよ、母さん?」
 母さんは、オレの顔を見るなり大きなため息をついた。
「なんでって、またあんた、授業中に居眠りしてるらしいじゃない。先生がうちに電話かけてきたの。まったく中二にもなって、恥ずかしい! 分かってる? 半年後には受験生なのよ!」
「はいはい、分かってますって」
 高校って天文科がないのつまんねーよな。
 宇宙科もないし。
 中学からそういった学科のある大学に飛び級できれば勉強するのに。
「ほんとうに分かってんのっ!?」
 耳をつんざくような母さんの怒号が響いた。
 まずい。このままじゃ望遠鏡、粗大ゴミに出されるかも……。
「わ……分かった! オレ、これからはマジメになるから。風呂入って、明日の予習やるよ。着替え取って来る」
 オレは逃げるように部屋に戻ると、愛用の望遠鏡を泣く泣くカギのかかるクローゼットに押しこみ、着替えをもって浴室に行った。
 制限時間は一時間程度か……。
 タイトだけどしかたない。
 バレないうちに戻って来よう。
 なにも出入口は玄関だけじゃねーんだ。
 オレは浴室の窓を開けると、着替えで隠していたリュックを外に放り投げ、窓に身体を押しこみ外に出た。
 くっ、去年まではらくらく通れたのに、今年はだいぶキツいな。
 自分の成長が恨めしい……。
 ほんとうは外国の映画みたいにシーツでロープ作って、自分の部屋から下まで降りれたらカッコいいけど、シーツ破っただけで母さんにキレられるのが目に見えてるしな。
 中学二年生になっても、子どもってのはまだまだ不自由だ。

「あれっ?」
「あっ……」
 公園に行くと、先客がいた。
シャラン、と鳴る真珠のブレスレット。ぞろっと長い黒いドレス。かすかに風にゆれる肩まで伸びた髪。
「人魚、お前も来てたのか?」
「うん」
 人魚は小さくうなずいた。
「きみは、また月を見に来たの?」
「いいや、今度は流星群。今週から観測できる予定なんだ」
「流星群、って流れ星のことだよね」
「そう。ピークの時期はまだ先だから雨みたいにドバーッ! って降るわけじゃねーけど、一時間のうち、一個や二個は流れるんだって」
「そうなんだ、見てみたいな」
「時間があるならお前も観察してけよ。ほら、お茶やる」
 オレは水筒から熱い紅茶を注いで人魚に手渡した。
「ありがとう。えっと――」
「あ、オレ? 樹生だよ。汐谷(しおたに)樹生(みきお)
「汐谷?」
 一瞬、人魚の肩がはね上がった。
 ちょっと聞きなじみのない苗字だからかな。
「そう。さんずいに夕日の夕、それに谷って書いて『汐谷』」
「ありがとう。汐谷……さん」
「樹生でいいよ、樹生で」
 汐谷さんなんて、こっ恥ずかしいや。