「そうだ。お母さん、あたし今日帰って来るのちょっと遅くなるから」
「どうして?」
 美波は少しうつむいて、
「帰りにユッキーんちに寄って来るから。いろいろ渡すものとかもあって」
 と答えた。
「あぁ、例の友だち? まだ学校に来てないんだ」
「なになに? なんの話?」
「美波の友だちで不登校の子がいるんだって」
「はー? なんだよ、お前んとこクラスぐるみでイジメやってんのか?」
 たちまち美波が顔を真っ赤にして反論した。
「ちがーう! そんなんじゃないったら! もうあたしもお兄ちゃんのせいで登校拒否になりそう……」

 美波のアホ、誰が星バカだってんだ。
 あーぁ、学校なんてかったりぃ。
 朝なんて来なけりゃいいのに。
 ずーっと夜だったらいいのにな。
 そしたら一日じゅうたっぷりと、夜空の様子をながめられるのに。
 こーやって目を閉じたら、まぶたの裏に広大な宇宙が広がっていくみたいだな……。

「おめざめか、汐谷」
 ガラガラッとしたダミ声でハッと気がついた。
 あれ、ここは宇宙じゃなくて二年A組。オレのクラスだ。
 黒板を見ると、今は――理科の授業か。うっすい頭が特徴の中年教師、金平(かねひら)こと、コンペイが鬼瓦みたいな顔でオレを見下ろしている。
「一時間目から居眠りとは、さぞかし余裕があるんだろうな。じゃあ、この問題を解いてもらおうか」
「問題ぃ?」
 なんだ、いきなり?
「自ら光や熱を出す天体をなんという?」
「え? 恒星」
 スパッと答えると、コンペイはぐっと息をつまらせた。
「では、青、または青白い恒星の温度はどのくらいか?」
「一万から数万度~」
 こんなんジョーシキだっての。
 コンペイはムッとした顔のまま、
「なら、質問を変えるがな。動物と植物の細胞で共通しているのは?」
「知らーん」
 ふたたび机につっぷすと、あっという間に意識が遠のいた。
「汐谷よ、まったくお前はホントに星バカだな……」
 クラスメイトの話によると、そのときのコンペイは苦虫をありったけ噛みつぶしたような顔をしていたらしい。
 ま、オレは夢の中だったから、コンペイがどんだけキレようが知ったこっちゃないけどな。