ほとんど眠れないまま一晩が過ぎ、やがて暗かった空に鮮やかなオレンジ色の朝焼けが広がった。
 制服に着替えて、美波から教えてもらった住所に向かう。
 ブロック塀に囲まれた二階建ての家。
 家のすぐそばには、二階のベランダあたりの高さまである大きな庭木が立っている。
 ここだ。
 ドキドキしながら呼び鈴を押すと、波打つ髪が腰まで伸びた、ほっそりとした長身の女の人があらわれた。
「朝早くにすみません。あの、人魚、じゃなかった――幸村くんはいますか?」
 すると、女の人はにわかに眉尻を下げて、
「あなた、(あきら)の同級生? 学校のことでなにか急ぎの用事でもあるの?」
 と、どこかオレを警戒するようなまなざしを浮かべた。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
 女の人は小さくため息をついて、
「翠は今、誰にも会いたくないって話してるの。悪いんだけど、日をあらためてくれないかしら」
 と、そっけなく言った。
 名前、翠っていうのか……。おっと、そんなこと気にしてる場合じゃねぇ。
「あのっ、今! どうにかして今会えませんか?」
 そう何度もかけ合ってみたけど、人魚の母親らしき女の人は首を横に振るばかりで、やがて玄関のドアはかたく閉ざされてしまった。
 困ったな。ここまでやって来れたのに。
 人魚、お前、この家のどこかにいるんだろ?
 キョロキョロと家の様子を見まわしていると、大きな庭木が目に入った。
 美波、ごめん。
 オレ、お前との約束守れないかもしれない。

「人魚ー! 人魚ー! オレだーっ! いたら返事してくれ!」
 ニワトリも空高く飛び上がるほどの大声が町内に響く。
 近所迷惑かもしれないが、許してくれ。もうこれしか方法がないんだ。
「あなた!? いったいそんなところで何してるの?」
 はじめに家を飛び出してきたのは、さっきの人魚のお母さんだった。
「すみません、用がすんだらすぐ帰りますから!」
 オレは下に向かって声をかけると、またくり返し人魚を呼び続けた。
 やがて、二階のベランダにぼんやりとした人影が映った。
 カラカラと窓が開けられ部屋から出てきたのは、肩まで伸びた髪、白いトレーナーにピンクのスウェットをはいた、少しあどけない顔立ちの子。
 ホントだ、やさしそうな顔してる。クラスの子たちが言ってたとおりだ。
 夜に会うときは、ちょっと大人びてみせてたんだな。
「樹生……?」
 どんぐりみたいな丸い目を、さらに大きく見開いている。
「よう。明るいところで会うのははじめてだな」
 にへっ、と笑ってみせると、人魚は
「ここまで登ってきたの?」
 と、ベランダから身を乗り出した。
 オレは庭木にしがみつきながら、
「そうだよ。こうでもしねーとお前に会えないと思ってさ」
 と、返した。
「どうしてそこまでして……?」
 まじまじとオレの顔を見つめる人魚。
「あのな、お前はふつうの女の子だよ。こないだも言ったとおり、オレはそう思ってるから」