「ヘックシュン!」
 時刻は二十三時過ぎ。
 雨は止んだとはいえ、十月の夜はやっぱり少し肌寒い。
「雲、動かねぇかな……」
 空を見上げてみるけど、ただ、ひたすら真っ暗な闇が広がっているばかり。

「なんだよ、なんも見えねぇじゃん」
 そこかしこから不満の声がもれる。
「雲に隠れてるんだ。あの雲がどいたら見えるようになる」
 それまでは、じっとガマンするんだ。
「それっていつごろだよ?」
「分からん。ひたすら待つしかない」
「はぁ? なんだそれ。めんどくせ、帰るわ」
 おもしろがってついて来たヤツらは、早々と根を上げた。
樹生(みきお)、お前もいいかげんあきらめろよ」
「なに言ってんだ、これからの時間帯がピークなんだぞ」
 ここで投げ出すわけにはいかねぇんだ。
「あっそ。こんな人気のない公園にひとりきりで、オバケに出くわしても知らねーかんな」
「アホか」
 オバケがコワくて天体観測なんてできるかっての。

 ヒュウウウウ……。
 風が強くなってきた。ますます冷えこんできたな。
 水筒に入れてきた熱い紅茶で暖をとる。
 だけど、これも残り少なくなってきた。
 もう三時間以上もここにいるからな。
 そろそろこの風の勢いで、雲移動してくんねぇかなぁ。

 シャラン。
 耳に小さな音が響いた。
 シャラン。
 いったい、なんの音だ?
 あたりを見まわしてみたが、音の正体ははっきりしない。
 ただ、暗闇のなか、白い石のようなものがかすかに光っているように見える。
 リュックのなかに入れていた懐中電灯を取り出し、かざしてみると目に映ったのは、真珠のブレスレットを巻いた手首。
「きゃっ……!」
 一瞬、小さな叫び声がした。
 声の主は、足がすっぽり隠れるくらいの長さまである黒いドレス姿。
 まぶしいのか、つらそうに手で顔を隠している。
「お前、誰だ?」
 まさかとは思うけど、幽霊か?
「それ、しまってくれる? 私、光に弱いの」
 光に?
 言われたとおり懐中電灯を消すと、そいつはようやくオレのほうを向いた。
 顔は暗闇であんまりハッキリしないが、肩あたりまで伸びた髪が、風になびいているのが見える。背はオレより少し低いけど、女子にしてはわりと高めかな。オレとそんなに年は変わらない感じだ。
「私は人魚」
 そいつは少しかすれた声でつぶやいた。 
 なんだって!?
「人魚だ? でも……」
 長いドレスのすそで隠れてて見えないけど、足がないってことないよな?
 すると、そいつはクスッと苦笑いしたあと。
「正確には、泳げない人魚なの」