この人生に幕を下ろしたい。
そう願った回数は数知れない。僕は何を思ってここまで生きてしまったのだろう。
目の前で真っ赤に染まり、倒れている、人間であろうモノのせいで僕と母は人生を棒に振った。何度も何度も打たれ、罵倒され、何もなし得ない人生だった。
だけどもう、大丈夫だ。
僕と共に生きてくれてありがとう、母さん。

外に出ると、夜空から純白な雪が降っていた。
地面を見てみると、ふわふわとしていてその上を歩くのを惜しむくらい何処も汚れなんてついてなかった。
でも僕はこの純白の雪を汚さなければいけない。
歩くと雪は独特の音が鳴る。僕はこの音が好きだ。
もう随分昔だが、今日と同様な雪の降る夜、母が僕を連れ出して遊んでくれた。その景色は鮮明に覚えている。
あの日、綺麗な雪が降っていた。雪国ではなかったため、この地域で雪が降るのは珍しかった。真夜中であった村は静まり返り、暗闇と一体化していた。
幼かった僕は初めて見る雪に興奮して「雪遊びをしたい」と母に頼んだ。母は悩んだ末、僕を外に連れ出した。勿論、アイツには内緒で。

“母さん!みてみて!雪だよ!”

初めての感触。僕は目を輝かせ、走り回った。

“こら純一、あんまり大きな声を出さないの”

そう言いながらも母は笑顔だった。僕はあの笑顔を死んでも忘れないだろう。
母がいれば充分だった。生きるのに母が必要だった。
今思えばアイツから逃げれる瞬間はいつでもあった。けれどそうしなかったのは母と僕がアイツに脳を蝕まれていたから。恐怖で正常な判断がつかなかったのだ。
今更後悔しても母は戻らない。だから僕はもう後悔はしない。
母はこの現状を見ているだろうか。見て、僕を軽蔑するだろうか。
いや、きっと喜んでくれるはずだ。あの笑顔で僕を出迎えてくれる。
僕は赤い足跡を付けながら前を歩いた。



周りに田畑しかないこの村は夜になれば人は出歩かず、家の灯すら付いていない。
余計なことは考えず、頭を空っぽにしてただひたすらに歩いた。

「純一?」

突然背後から声が聞こえた。透き通るような、芯のあるような声。
後ろを振り返ると、その声の持ち主であり小中学校の同級生、そして僕が初めて恋をした相手、天内夏夜だった。最後に会ったのはいつだったか。
彼女は内気な性格で、表情からは何を考えているのか分からなかった。そのためクラスでは孤立していたこともあった。けれど数少ない僕の友達で、よく雑談に花を咲かせていた。好きなことを話している時は可愛らしい笑顔を振りまく彼女に僕は惹かれたんだ。
暗闇を怖がりそうな彼女がどうして夜中に出歩いているのか不明だが、僕の姿を見ればきっと腰を抜かしてしまう。
ここは街灯がなく、月明かりだけが頼りだが、今は雲に隠れている。お互い顔しか見えていない状態だ。
何も言わずに俯いて夏夜の横を通り過ぎた。

「待って純一!怪我、してるの?」

夏夜の小さな手が僕の腕を掴む。
驚くほどか弱い力で、その力で何ができるのかと心配になるくらいだった。

「してないよ、大丈夫。それじゃあ」

夏夜が他人を見捨てられないのは痛いくらい知ってる。何度助けられたことか。
だから僕は夏夜を巻き込みたくない。

「離さないよ。純一は優しいからこの手振り解けないでしょ」

こんなにも弱い力。夏夜がどれだけ強く握っても振り解ける自信がある。けれどそうしないのは、何かに期待しているのだろうか。
変な時だけ頑固なのは直してほしい癖だ。
僕は無言のまま夏夜の顔に視線を向ける。丁度月が雲から顔を出して辺りを照らした。そこには昔から変わらない、真っ直ぐとした瞳が僕を捉えていた。
そして頭から足先までハッキリと見える。それは夏夜も同じことだった。

「私の家に行こう」

何かを感じ取ったのか、夏夜は僕の返事も聞かぬまま腕を引っ張って歩き始めた。
赤い痕跡を付けた男と歩いていて夏夜はどう思っているのだろうか。
お互い無言で、少し歩けばすぐに着いた。
白い塗装された壁に、白い雪が屋根を覆っている。窓を見ると中は暗く、電気を消しているようだ。
ドアを通されて中に入る。
夏夜の家に訪れたのは久方ぶりでほとんど記憶にない。

「お邪魔します」

靴棚を見ると夏夜と夏夜の両親が笑顔で写っている写真が置いてあった。
夏夜の両親のことは今でも覚えている。とても良い人でこんな僕にも優しく親切にしてくれた。
懐かしむような思いで、リビングを見回す。

「お風呂入る?」
「え、いやさすがに」
「その格好で椅子に座られても困るよ?」

ごもっともな意見をもらい、言葉に詰まった。
そしてあれよあれよという間に浴室まで案内してもらった。
服はどこに置いておこうか。鼻を刺激する臭いを漂わせている。早く脱ぎたいと思うと同時に、人の家で異臭を漂わせているこの服を脱ぐのはいかがなものか。
そう、悶々として迷っているとドア越しに声が聞こえてきた。

「もうお風呂入った?服取りたいんだけど」
「ごめん、まだ入ってない」
「服のことなら気にしなくていいよ。早くお風呂入って体温めてね」

夏夜の言葉が無性に嬉しくて、僕は迷いを捨てて、服を脱いだ。勿論、隠すように畳んでカゴに入れた。

41度に設定されたお湯は当たり前のように温かく、その事実に僕の眼からは涙が溢れていた。
誤魔化すようにシャワーを顔にかけ、どんどん熱くなる。それは温かいお湯のせいか、それとも涙のせいか。
普通の家は温かいお風呂なんて毎日入れるだろう。だけど、僕の家はそれが出来なかった。
冬でも関係なく冷水の出るシャワーを使わなければならない。シャワーを浴びれない日なんてザラにあった。
アイツの調子がいい時に冷水が浴びれる。しかし機嫌が悪い時は冷水すらも浴びれない、そんなサイクルだった。
もう少しここに浸かりたいという欲を抑えて、濡れた体を用意されていたタオルで拭いていく。
用意されていたのはタオルだけでなく、綺麗に畳まれた白い無地のTシャツと黒いスウェットパンツが置かれていた。
スウェットはメンズ用だったので夏夜の彼氏のものだと思い、着るのを躊躇った。
しかし服を着ずに夏夜の前に立つのは良くないので置かれていた服を着ることにした。

「お風呂ありがとう、それと服も」

夏夜は2つ分のコーヒーを準備してくれていた。

「いえいえ、お父さんのだけどサイズは良さそうだね」
「この服、彼氏のじゃないんだ」
「彼氏はいませんー」

夏夜は僕の席と反対側に座る。僕も同じように夏夜の正面に座った。
目の前にカモミールティーが置かれている。
夏夜が僕の好物を覚えていたとは驚いた。

「僕の好きな飲み物覚えてるんだね」
「記憶力だけはいいからね、私」

自分の家では飲めるはずがない紅茶。
小さい頃、夏夜の家で遊んでいた時、夏夜の父親から一口もらったのがキッカケだった。
好きだと言っても、飲んだ回数は数が知れている。
だから、今日飲めてよかったと思う。

「本題だけど、あんな夜中に、あんな格好で出歩いていたのはどうして?」
「......」

先程までの雰囲気とは一変して、辺り一面の空気が重くなる。
言えるわけない。彼女の前で、こんな言葉を発せられる訳がなかった。

「言いたく、ない?」

テーブルを挟んで正面を向いているため、嫌でも夏夜が視界に入ってくる。
なんだか数年前の朗らかな夏夜とは違う、圧がある全く別人が目の前にいるようだった。

「......ごめん」

何に対しての謝罪か。目の前にいる彼女か、もういない母か。それとも狂った自分自身か。

「謝らないで、自分を責めないで」
「違う、僕は生きてちゃダメな人間なんだ」
「純一......」

太腿に置いてあった手がいつのまにかギリギリとキツく握りっている。
どうしても彼女の顔が見れなくて、僕はただ自分の手しか見れていない。

「私ね、去年両親が死んだの」
「え?」

その瞬間、時が止まったかのように僕は言葉を失った。
中学を卒業してから疎遠になっていたため、夏夜の情報なんて一つも知らなかった。両親が亡くなっていたなんて。
俯いていた顔は反射的に夏夜の方へ向いた。

「お母さんとお父さんと歩いていた時、少し疲れた私は2人の後を追う形で歩いてたの。そして、車が一台通れるくらいの路地を曲がった瞬間、横から来た車によって、私の目の前で両親は轢かれたの。私が車のナンバーを憶えていたら、犯人を捕まえれたのに」

その声には明確な殺意が篭っていて、それは当然なことだ。だって家族が殺されたのだから。
でも、どうして、目の前の彼女はそんな慈愛に満ちた顔で僕を見つめるのだろう。
僕はその事実に思わず怯んだ。

「私は犯人が憎い。この手で殺したいくらいに」
「.......うん、わかるよ。僕の母さんも死んだんだ」

そう言った時、夏夜の動きが止まって持っていたカップをテーブルの上に置き直した。そうして、“そうだったんだ”と重苦しい一言が発せられた。
冷たい沈黙が続く中、時は僕らを置いていってしまう。待ってと声をかけても止まってくれることはない。
だから大人は、過去を引きずるな、次へ進めと言う。待ってくれない人生を後悔しないように。
時計の針はもうすぐ12時を指そうとしている。
夏夜の家にきて大体30分は経過している。
これ以上夏夜と一緒にいると、彼女が共犯だと疑われ、罪に問われかねない。
僕は早く彼女の元から去ろうと席を立った。

「紅茶ありがとう、とっても美味しかった」
「もう帰るの?」

彼女がどこまで僕を理解しているかなんて分からない。全てを理解しているのか、はたまた何事も知らないのか。
もし、全てわかっているのなら彼女は僕を引き止めるだろうか。
期待している自分が気持ち悪くなって吐き気がした。

「うん、帰るよ」

もう彼女には会わない。これからも会うことは決してない。

「待って」

僕がリビングの扉を開けようとした時だった。
小さく、独り言のように呟いたと思う。だけどその声は僕にはっきりと届いた。

「ゲームしようよ」

彼女は微笑んでいた。
背筋が凍るような感覚。僕はその顔を知っている。忘れかけていた記憶が頭の中に流れ込んできた。
小学4年生だった頃。昼休み、僕はいつも通り夏夜と話していた。他愛もない会話。昨日は何食べた?とか、最近何してる?とかそんな普通の会話だったと思う。予鈴がなる数分前、夏夜は言い出した。

「この服、私のお気に入りなんだ」

と満面の笑みで、その場で回って僕に見せてきた。僕の小学校では私服が大丈夫だったから自分のお気に入りの服を着てくる人がほとんどだ。夏夜も例外ではなく、この服は一段とお気に入りなんだと僕は理解した。

「可愛い、似合ってる」

本気で可愛いと思ったからありのままを言葉にした。
夏夜は嬉しそうに“ありがとう”とはにかんでみせた。
授業も終わり、あとは帰るだけだった。皆んなで一斉にさようなら、と言い教室を出た。
1人で帰っている途中、不意に忘れ物に気がついた。幸い学校からそう遠くないところで思い出したので、僕は慌てて学校に戻り、忘れ物を回収した。
そして事件は起こった。廊下を歩いていた時、奥からバシャ、という水が弾けるような音がして振り返った。そして同時に女子の笑い声が聞こえた。奥にあるのはトイレだけだった。
そこから出てきたのは同級生の女子3人で、咄嗟に隠れた僕に気付かずに階段を降りていった。
何だったんだ?と不思議に思って、呆然としていると中からもう1人出てきた。

「夏夜?」

黒いストレート髪からポタポタと水を滴り落としている夏夜がトイレから出てきたのだ。
状況を理解できないまま、僕は彼女のそばに駆け寄り自分のハンカチを渡した。

「どうしたの?!」
「えっ、純一くんこそ、なんで」
「僕はいいから!それより、ほら拭いて!」

ハンカチで拭ける限界なんてたかが知れている。けれど若干パニックに陥っていた僕はこのくらいしか気が回らなかったのだ。

「あ、ありがとう」

ぎこちない感謝を受けて、彼女が髪や服を拭いている間頭の中を整理していた。
服が濡れている事が彼女にとってどれほど重要で最悪か、やっと理解が追いついた。
彼女のお気に入りの服は満遍なく濡れていた。

「あ、服......」
「乾いたらまた使えるから心配しないで」

そう言う彼女だったが、恐らくトイレの水を掛けられたのだから、使うのは躊躇するはずだ。
その証拠に、あの日以来、彼女はお気に入りの服を着て登校することはなくなったのだ。

「ハンカチ、洗って返すね」

僕が声をかける暇もなく、彼女は階段を駆け降りた。
僕は頭の中がモヤモヤするものの、その日は大人しく家に帰った。
翌日、教室に行くと、昨日の女子3人が夏夜のことを囲っていた。
仲裁に入ろうと、声をかけようとした時。隙間から彼女の顔が見えた。
_____彼女は笑顔だった。
大声を上げることも、俯くこともせず、ただ前を見て無言で、微笑んでいた。
僕は彼女から視線を外さないまま、頭の中がいっぱいになった。
普通、怒ったり、泣いたり、逃げ出したりするものではないだろうか。ならどうして彼女は笑っている?どうして?
彼女と視線が交じり合う。
僕はその日初めて、彼女のことを“怖い”と認識した。

「純一?どうしたの?」

彼女の声でハッとした。現実に引き戻されたような感覚。
もう一度彼女の顔を見る。
彼女は笑っていた。

楽しくて、可笑しくて笑ってるんじゃない。怒ってるから笑ってるんだ。
彼女は怒り方を知らない。それは今も昔も変わらないんだ。

「な、なんでもない」

精一杯口を動かす。

「そっか。で、ゲームする?」
「何のゲーム?」
「ほら、昔よくやった」

彼女はテレビの下を漁って、2つのコントローラーを手に持った。

「アクションゲーム」

断る間もなく、ソファに座らされ夏夜からコントローラーを一つ受け取る。
ゲームを起動すると懐かしの画面が出てきて見入る。そしてすぐに一対一の対戦が始まった。
操作は完全に忘れてしまっていたが、すぐに手に馴染んで、なんとか戦えるまでキャラを動かした。
夏夜も最近していなかったのか操作がおぼつかない。2人してグダグダだったため試合は泥試合と化した。
どのくらい時が経っただろう。2人でゲームをするのが懐かしく、帰るもの忘れて盛り上がった。
僕は3勝ほどしかしなかったが、それでも楽しかった。
お互い、盛り上がって、楽しくて、笑って。
笑って......?

「わ、もう2時?早すぎ」

彼女の声に反応して、時計を見る。彼女が言ったように2時前だった。
夏夜は座ったまま背伸びをした。
ゲーム画面を見続けていたため目が痛くなって、眉間を抑える。
お互い完全燃焼といった形で疲れているのは明白だった。
不意に彼女の横顔を見る。スラっと鼻筋が通って、ほのかに赤い頬。改めて見ると、誰から見ても美人だといえる容姿だ。

「ん?」

視線がバレて、夏夜の顔がこちらへ振り向く。
不思議そうに僕の顔を見つめる。

「いや、ただ美人だなって」
「純一ってそんなこと言うタイプだっけ」
「全然言わない」
「だよね」

分かりきっていたかのように、言葉と言葉の間はほとんどなかった。

「純一」
「何?」
「好きだよ」

唐突。その言葉に尽きる。
何度も頭の中で行き来する2文字。

「......うん、僕も好きだ」

今でも好きなのか変わらない。夏夜以外の女の子なんて知らないから。
でも夏夜は僕以外の男を知っているはず。

「でも」
「純一がこの後どうするかなんて予想はついてる。私は純一と一緒がいい」

僕がどうするか。夏夜には全てお見通しみたいだ。
でも僕は彼女を巻き込むわけにはいかない。未来ある彼女を縛るのは重い罪にあたる。
やっと頭が冴えてきた。彼女の空気に取り込まれてはいけない。

「ダメだ、僕は、犯罪者なんだ」
「でも私にとって純一は正義なんだよ」

僕は正義なんかじゃない。だって僕は人殺しだから。

「僕は、自分の父さんを殺したんだ」

血に染まってしまった自分。僕はもう戻れない。
夏夜は黙り込んでしまった。これで諦めてくれたら、そんな期待は泡のように消え去った。

「それでも私は純一が好きだよ」

迷いのない、そして濁りのない綺麗な瞳。
僕がその瞳に弱い事を知って夏夜は試しているのだろうか。

「お願い。私はもう、いいの」

両親を亡くし、悲しみに溢れた哀れな少女。
世の中は綺麗事で、彼女を生かすだろう。でも僕は根っからが汚れていて、加えて綺麗事なんて嫌いだ。
だから僕は彼女を。

「わかった」

夏夜が小さく頷いたのを確認して僕たちは家を出た。








涼しい風が僕たち2人を吹かす。夏夜の髪は風に靡いて絵になるようだった。
底が暗く、月明かりが照らされている湖。周りに人気はなくて木が生い茂っている。
雪はもう止んでいるようだ。

「本当にいいの?」

ここまできて怖気ついた訳ではないけど、彼女がもしかしたら無理をしている可能性もある。だから彼女に問うが、杞憂だったようだ。

「もちろん」

何気なく答える声はただ世間話をしているようで。
最期は普通に終われそうだ。
僕と彼女は手を繋いだ。

「ねぇ、好き」
「うん、僕も好き」
「来世はおじいちゃんおばあちゃんになっても生きようね」
「そうなればいいな」

そう、笑い合って。
目を合わせたのを合図に僕と彼女は暗闇に身を投げた。
息ができない水中は苦しくて、冷たいはずなのに身体中が熱くなるようだった。
夏夜。僕の好きな人。
薄らと目を開いた。水の中はぼんやりとしていてはっきりとみえない。
けれど、夏夜の表情だけははっきりとみえた。

あぁ、そうだ。これでいい。後悔なんてもうない。
母さん、今いくよ。


_____最期に見た彼女は、美しく、そして笑顔だった。










純一。私はあなたが好き。小学生の頃から今までずっと好きだった。
だから私はあなたが憎い。
あなたさえいなければ私はとっくに復讐を終えることができた。そしてすぐに両親の元へいくことだって出来たんだ。
なのに、私はあなたを好きになってしまったから。
だからここまで生きてしまった。

純一、私嘘ついちゃった。
両親を殺した犯人の車のナンバーを憶えてないって言ったけど、私、今でもハッキリと憶えてる。
何で嘘をついたと思う?
それはね、車のナンバーが何度か見たことのある純一のお父さんのものだったから。
私は警察に話す時、迷いに迷った。その結果、黙る事を選んだ。
高校生で我ながら馬鹿だと思う。
あの頃は純一とお母さんのことを虐待していたなんて知らなくて、知ったのは最近のことなの。
だけど両親を殺した奴のことをどうしても忘れられなくて、貴方のお父さんのことを尾行してた。案の定屑な人で、今すぐにでも刺そうと思った。
けど脳裏にチラつくのがあなたの顔で。
もし、虐待は私の勘違いで純一がお父さんのことを愛しているなら、私が手を下す事はできない。だからずっと抑えてた。
でも、今日は両親が死んで1年。糸が切れたように、私はアイツを殺そうと決めた。それくらいしないと私が私ではなくなってしまいそうだったから。
雪の降る夜、私はポケットにナイフとスタンガンを手にあなたの家に向かった。
そしてその途中、あなたに出会った。純一の服は所々赤に染まっていて、髪はボサボサ、目は生きていなかった。
そして理解した。
純一はアイツを殺したのだと。

純一、そんなに追い込まれていたなんて知らなかった。本当にごめんなさい。
でも、アイツを殺すのは身内のあなたじゃなくて赤の他人の私がよかったな。
あなたが手を汚す必要なんてなかったのに。私1人でやるべきだった。あなたが後悔する前に。

でも、止めてくれて、殺してくれてありがとう。純一。