『宜しいですか、王太子殿下。貴方様は、ラヌルフ公爵令嬢を大切にしなければなりません』

 何時の頃からだろう。
 教育係達が私に言い含め始めたのは……。

 幼い頃に結ばれたラヌルフ公爵の一人娘、アリエノールとの婚約は政略的なものだった。
「次の王妃は公爵家の令嬢」を、という声が多かったせいだろう。誰が見ても貴族、特に高位貴族側のゴリ押しで決まったようなものだ。


 気に入らなかった。

 勝手に決められた事もそうだが、自分が公爵家の娘よりも下に見られた事に腹が立った。

 たかが公爵令嬢だ。
 何故、王家の正当な王子である自分より上に見られる?
 こんなバカな話があるものか!

 苛立っていた。
 だから婚約者に宛がわれた公爵令嬢に初めて会った時はどちらが上かはっきりさせるために敢えて傲慢な態度を取ったものだ。
 乳母も「最初が肝心です」「舐められてはいけません」と、何時も怖い顔で言っていたしな。

『公爵家自慢の人形はそこそこ見られるようだ。お飾りの妃にはちょうど良さそうだな。大臣達が推薦するわけだ。だが、僕は血筋だけの女に敬意を払うつもりはない。隣にはいさせてやってもいいが、それは婚姻後だ。それまではむやみに近づくな!それと僕の邪魔にならないようにしろ!』

 他にも色々言った気がするが……まあ、昔の子供時代の話しだ。忘れた部分は多々あった。後で母上に酷く叱られてしまったが後悔はしていない。公爵令嬢とその後、どんな会話をしたのか、もう思い出せない。だというのに、ある言葉だけが時折思い出す。

『殿下は、意外と残念な方なのですね』

 婚約者に対する恋情も怒りもない。
 ただただ呆れ切ったその台詞。
 挨拶という名の宣言をした私に、まるで精巧なビスクドールのような少女は完璧なカーテシーをして見せた後、そっと顔を逸らしその平坦な声色でそう言ったのだ。人形のように美しかったが表情は能面だった。
 カッとなった。その澄ました顔をゆがませてやりたかった。
 振り上げた拳を護衛兵に取り押さえられなければ間違いなく殴っていただろう。それぐらい屈辱的な台詞だったのだ。

 最悪な出会い。
 最悪な会話。
 最悪な印象。

 ……だが、その後も私達の婚約は継続された。
 母上が公爵家に謝罪したためだとデマの噂が流れたくらいだ。周囲が殊更、公爵令嬢と私を結び付けようと躍起になっているのを感じた。そんな周りに余計に苛立った。

 今に見ていろ!
 公爵令嬢など足元にも及ばない存在であると分からせてやる!

 その日からより一層、私は必死で勉学とマナーの勉強に勤しんだ。
 おかげでそれなりに力を見せつける事は出来たように思うが、その後は何故か彼女にあしらわれるという事態に陥り始めたのだ。公爵家も私に対しておざなりな態度のままだ。

 歳を重ねていけば嫌でも解る事がある。
 私の母。つまり王妃は伯爵家出身だ。
 傲慢な三大公爵家はそれが面白くないのだろう。
 あからさまな態度を取る者はいないが、その分、王家と距離を置いている家まであった。

 不敬だろう!
 そう言いたかったが、言えば狡猾な奴らの事だ。揚げ足を取りの攻撃材料にするに決まっている。

 いつかきっと見返してやる!