======== この物語はあくまでもフィクションです =========
 ============== 主な登場人物 ================
 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
 大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
 愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
 愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。
 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。
 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
 鈴木祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚する。
 久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
 中谷悦子・・・やすらぎほのかホテル副支配人。
 中津刑事・・・警視庁刑事。
 井関権蔵・・・警視庁鑑識課課長。久保田刑事の先輩。
 南原蘭・・・南原の妹。
 小田祐二・・・やすらぎほのかホテル社長。伊豆のホテルが本店。箱根にもホテルがある。
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 玄関のチャイムが鳴って、高遠が開けると依田が立っていた。「おはよう。眠そうだな。徹夜か?」
 「うん。先輩も僕も締め切りギリギリでね。」
 「なあ、高遠。俺たちはいいけどさ、大文字先輩のこと、いつまで『先輩』って呼ぶ積もり?」
 「先輩も僕のこと、『高遠』って呼ぶからね。」「だからさあ。」
 「うるさいなあ、朝っぱらから。なんだ、ヨーダか。」
 「なんだ、ヨーダか?先輩。大事なとこ全部丸見えなんですけど。」「さっきまでセックスしてたからな。着替えてくるよ。」とベビードール一枚の伝子は奥に引っ込んだ。
 「冗談だよ、ヨーダ。揶揄われたんだよ。さっきまで普通の格好していた。で、今シャワーから出たんだよ。」
 「ええええ!」と依田は大仰に驚いて見せた。「さっき言っただろ。原稿書いて徹夜で、セックスどころじゃなかった。」「ホントか?まあ、いいや。今日は何の日か覚えてるか?」「結婚式。僕と先輩。それと、福本夫妻。司会、よろしくな。愛宕さんが送ってくれるから。」「じゃ、先に行って準備している。」
 依田が慌ただしく出て行くと、愛宕夫妻がやって来た。「先輩、高遠さん。おはようございます。」
 「おはようございます。先輩は今着替え中です。」高遠が説明するや否や、珍しくワンピースを着た伝子が出てきた。
 「愛宕、惚れ直したなんて褒め殺しするなよ。私には夫がいるのだから。」「知ってます。」みちるが、クスクス笑った。
 「大文字先輩。お似合いですよ。私の見立ては間違いなったわ。」
 運転しながら、愛宕が「今日は何事も起こりませんように。」と言った。「駄目じゃ無い。禁句。タブーよ、あなた。逆神って言葉知らないの?」とみちるはなじった。
 「みちるが言いたいのはな、愛宕。今の言葉で『何事か起こりやすくなった』ということだ。縁起の悪いことを想像すると、かえってよくないことが起こる。」と伝子が言い。「口は災いの元。だから、僕は口数が少ない。」「お前の場合は、性格だろ、高遠。」
 1時間後。ヨーダこと依田が新郎新婦入場の案内をし、ダブル結婚式披露宴会場内に二組の新郎新婦入場が行われた。
 新郎新婦が着席直後、伝子が声を上げた。「ちょっと待て、ヨーダ。」
 「もう。なんすか、先輩。」伝子がそっと会場左側に置かれているウェディングケーキの台の下の方を指す。依田が覗き込み、「あ!」と叫んだ。異変を察知した愛宕が依田を押しのけ、覗き込む。「久保田先輩!」慌てて久保田刑事が覗き込み、叫んだ。「愛宕刑事、白藤巡査。出入り口封鎖だ。」
 久保田の後ろから覗き込み、出入り口から出て行こうとする女がいたが、すぐにみちるが捕まえ、引き戻し、扉の前で両手を広げた。愛宕も追いつき、叫んだ。「警察です。許可なく出ないで下さい!!この角に固まって下さい!!」
 騒いでいた招待客たちは、静かになった。久保田はスマホで応援を呼んだ。「やはり、生きてないな。」と様子を見た伝子が言った。高遠は言った。「いわんこっちゃ無い。逆神だ。」
 「ヨーダ。受付の名簿を。」「中谷さん、お願いします。」共同MCをしていた、副支配人の中谷は部下に取りに行かせた。愛宕がドアを開け、他の人間の出入りがないよう見張る。「南原、デジカメを持っていたな。反対側の角で一人ずつ撮影をする。久保田さん、後で確認作業をしましょう。」
 「分かりました。皆さん、ご協力をお願いします。皆さんの『潔白』を証明する為に、そこで、一人ずつ撮影しますので、お名前をはっきり言って下さい。犯人を逃がさない為です。ご協力をお願いします。」
 ついで、伝子は中谷に言った。「残念ながら披露宴は中断で、食事を取れません。何とか引き出物と一緒に持ち帰れませんか?」」「分かりました。下の厨房に行って、折り詰めを作るよう指示してきます。ここ、お願いね。」と、中谷は出て行った。
 「ヨーダ。祝辞は一旦警察に渡して、データ内容はメールとかで各人に送ってくれ。」
 「分かった。先輩。現場保存は?」「勿論、現場保存は絶対だ。鑑識が来たら、お前が説明しろ。」
 福本が寄ってきた。「こんなサプライズは用意していなかった。信じて下さい、先輩。」
 「分かっている。落ち着くんだ。新婦を落ち着かせろ。親戚等の挨拶は、撮影が終わってからだ。」
 南原は、必死で撮影をしていた。みちるが近寄って、「南原さん。人員整理は交通係に任せておいて。」「あ、お願いします、みちるさん。」
 警視庁から続々とやって来た。「そちらが現場です。」と久保田は案内し、ざっと説明した。井関が言った。「ここは発見現場じゃないな。明らかに脳挫傷を起こしているが、血痕が少ない。」「多分、殺害現場は、そこのミニ厨房です。」と伝子が言った。
 「また会いましたね、大文字さん。」と嫌味を言う中津刑事に高遠が説明した。「ウエディングケーキの保存をしたり、デザートの配膳をしたりする為の小部屋があるんです。」
 「なるほど。おい、行くぞ。」井関は小部屋に部下を連れ、移動した。
 「久保田刑事。ほとけさんの面通しはしなくてよさそうだ。こいつは『半グレ』の会社の専務だ。二課も組対も追っている。」
 「そうなんですか。」
 やがて、撮影は全て済み、南原が被写体の名前をメモした数と受け付け簿の数が一致した。厨房から、引き出物と折り詰めが運ばれて来た。伝子が中谷に連絡するように会館スタッフに言うと、「繋がりません。」という応え。依田も電話してみた。「先輩。繋がりません。」「しまった。逃げられた。」と伝子は呟いた。
 「大文字さん、どういうことです?」「久保田刑事。犯人はすぐ傍にいた。あの女。中谷だ。」
 中津刑事は会館スタッフの女性がかけたスマホの番号と依田が控えていたスマホの番号を本庁に連絡、GPSで所在を確認させた。
 中津刑事は「折り返し連絡が来る。招待客は帰していい。」久保田は頷くと、愛宕夫妻と共に招待客に帰宅するよう促した。
 そこへ、杖を突いた、このホテルの社長と、社長を支えながら女性が入って来た。
 「社長の小田ですが、捜査責任者の方は?」「私です。」と中津が進み出た。
 依田が文句を言おうとしたが、伝子が押しとどめた。中津が一通り説明を終えると、伝子が言った。「本日の主役の一人で、大文字と申します。私から申し上げるのもなんですが、折角素敵な披露宴を用意して頂いたのに、アクシデントで残念な結果になりました。」
 「それはどうも、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。取りあえず謝罪させて下さい。費用はお返しいたします。」「恐縮です。中谷さんは副支配人と伺っておりますが、支配人さんは休暇中ですか?」
 「いえ、支配人は副支配人の父親ですが、脳梗塞の療養でこのホテルの系列の箱根のホテルにおります。」
 中津が招待客を送り出した久保田に言った。「スマホの位置は特定できたが、途中で動かなくなった。トラックの中でスマホは2台とも見つかったよ。」
 「万事きゅうすですな。」「いや、そうでもない。中谷さんは、お父さんの所へ向かったと思います、久保田刑事。」
 「ここの支配人さんは、中谷副支配人の父親で、今箱根にいるそうです。」と、高遠が補足した。中津は「場所を教えて下さい。」と小田に言った。
 井関が小部屋から出てきて言った。「そこの『美しい』新婦の言った通り、犯行現場はこの厨房。被疑者と揉み合って頭を打った、ということだ。死後1時間位。硬直もそうだが、この高級腕時計が示している。久保田。中津刑事。我々はこれで。」
 二人に挨拶すると、鑑識係は帰って行った。
 「中津刑事。我々は・・・。」「帰っていい。あ、『探偵』さんは、箱根で中谷が捕まらなかった時のことを考えておいてくれ。」と言い捨て、帰って行った。
 「嫌味だなあ。」と福本が言った。「先輩に嫉妬しているのさ。あ、紹介しよう。妹の蘭だ。」と南原が言った。「もうとっくにお開きだろうな、と思ったんだけど覗いたら、えらい騒ぎ。」
 会館スタッフが引き出物と折り詰めを持ってきた。高遠夫妻、福本夫妻、愛宕夫妻、依田、南原、久保田に手渡した後、蘭にも手渡した。「あ、私は出席者じゃないので。」と断ったが、小田が言った。
 「いいじゃないですか。さっきは手を引いてくれてありがとう。」
 「じゃあ、取りあえず帰るか。みんなウチに来い。仕切り直しだ。いいだろ、高遠・・・ダーリン。」
 「ダーリン??」と皆が声を上げて笑った。
 1時間後。伝子のマンション。伝子と高遠は、パーティションの移動をし、4つの部屋を一つにした。
 「こんな封になっていたんだ。」と南原が感心した。パーティーの準備が進行している内、久保田に中津から電話が入った。「逃げられた。オタクの探偵さんの推理を聞かせてくれ。」久保田は、スマホのスピーカーをオンにした。
 「中津刑事。伊豆に向かって下さい。伊豆デラックスホテル。社長さんは、そこで、ハネムーンに来ていた中谷夫婦と縁が出来たそうです。」
 電話の向こうで何やら騒がしい声が飛び交っていた。「一旦、切る。」
 依田が、「淡くってたな。先輩、しかし、いつの間に?」「お前が荷物運んでくれていた時に、そっと尋ねてみた。間に合えばいいがな。」
 福本が「先輩、まさか?」、南原が「間に合えばって」と言った。
 その後を高遠が引き取った。「心中だよ。」「心中?」と一同が驚くと、「親子心中・・・かな?」
 宴会は進み、夜も7時になろうとしていた。
 久保田刑事のスマホが鳴った。久保田はスピーカーをオンにした。
 「間に合わなかった。中谷悦子は父俊輔と近親相姦の関係にあったらしい。そして、中谷悦子はパチンコ依存症で会社の金を使い込んでいた。ヤミ金を通じて半グレの高橋洋二につけこまれ、脅されていた。あの厨房で揉み合い、高橋は頭を打って亡くなった。あの厨房には非常階段があるが、悦子は運び出せなかった。井関さんによると、外部から鍵を壊して入った為、内側から開けられなかったということだ。それで、大文字夫妻の方のウエディングケーキの下に入れた。本当は、福本夫妻の方のテーブル後方の掃除用具入れに運ぼうとしたが珍客が入って来た。」
 「俺ですね。」と、依田が言った。「その通り。早めに依田さんが来た為に逃げ場が無くなった。それで、折り詰めの案が出て、『もっけの幸い』とばかりに、下の方の厨房に指示をして、裏口から脱出。スマホは止めてあった、どこかのトラックの荷台に放り投げた。遺書があったよ、突然現れた高橋は横領だけでなく、父親との近親相姦もネタに脅してきた。『乗っ取り』がメインの目的だった。レイプされそうになって、思わず突き飛ばしたら、死んでしまった。結局、父親と心中した訳だ。社長が葬儀を仕切るそうだよ。以上だ。ご苦労様。明智探偵と中年探偵団。」
 電話は切れた。「中年探偵団って・・・。」と南原が言うと、愛宕が「中年はないですよねえ。」「え?そこ??」みちると蘭が言った。
 「ヨーダ。残念だったな。折角仲良くなれたのに。」一同が不思議な顔をするので、高遠がフォローした。「中谷さんのこと、好きだった。ヨーダの名刺、じっと見ていたから、気があると思った。」「彼女が感心を持ったのは、親父さんと同じ名前だからだよ。」
 「俊輔と俊介。事件は解決したんだ。もう少し羽目外そう。」
 伝子の一言で、一同は、宴会を続けた。
 ―完―