======== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子(だいもんじでんこ)・・・主人公。翻訳家。DDリーダー。EITOではアンバサダーまたは行動隊長と呼ばれている。。
大文字[高遠]学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。EITOのアナザー・インテリジェンスと呼ばれている。
一ノ瀬[橘]なぎさ一等陸佐・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「一佐」または副隊長と呼ばれている。EITO副隊長。
久保田[渡辺]あつこ警視・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「警視」と呼ばれている。EITO副隊長。
愛宕[白藤]みちる警部補・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。愛宕の妻。EITO副隊長。降格中だったが、再び副隊長になった。現在、産休中だが・・・。
愛宕寛治警部・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。『片づけ隊』班長をしている。
斉藤長一朗理事官・・・EITO司令官。EITO創設者。
夏目房之助警視正・・・EITO東京本部副司令官。
草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。
渡伸也一曹・・・空自からのEITO出向。GPSほか自衛隊のシステム担当。
西部警部補・・・高速エリア署生活安全課の刑事だが、。通称『片づけ隊』を手伝うこともある。早乙女愛と結婚した。
橋爪警部補・・・愛宕の相棒。丸髷書生活安全課の刑事だが、。通称『片づけ隊』を手伝うこともある。
増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。副隊長補佐。見合いしたMAITOの中島と事実婚をしていた。
馬場[金森]和子二尉・・・空自からのEITO出向。副隊長補佐。
高木[日向]さやか一佐・・・空自からのEITO出向。
高崎[馬越]友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。
大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。
田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。
浜田なお三曹・・・空自からのEITO出向。
新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署からの出向。副隊長補佐。井関五郎と事実婚をしている。
結城たまき警部・・・警視庁捜査一課からの出向。
安藤詩三曹・・・海自からのEITO出向。
稲森花純一曹・・・海自からのEITO出向。
愛川静音(しずね)・・・ある事件で、伝子に炎の中から救われる。EITOに就職。
青山[江南]美由紀・・・、元警視庁警察犬チーム班長。警部補。警視庁からEITOに出向。
伊知地満子二曹・・空自からのEITO出向。ブーメランが得意。伝子の影武者担当。
葉月玲奈二曹・・・海自からのEITO出向。
越後網子二曹・・・陸自からのEITO出向。
小坂雅巡査・・・元高速エリア署勤務。警視庁から出向。
下條梅子巡査・・・元高島署勤務。警視庁から出向。
飯星満里奈・・・元陸自看護官。EITOに就職。
財前直巳一曹・・・財前一郎の姪。空自からのEITO出向。
仁礼らいむ一曹・・・仁礼海将の大姪。海自からのEITO出向。
七尾伶子・・・警視庁からEITO出向の巡査部長。
大空真由美二等空尉・・・空自からのEITO出向。
高木貢一曹・・・陸自からのEITO出向。剣道が得意。EITOガーディアンズ。
青山たかし・・・元丸髷署刑事。EITOに就職。EITOガーディアンズ。
馬場力(ちから)3等空佐・・・空自からのEITO出向。EITOガーディアンズ。
井関五郎・・・鑑識の井関の息子。EITOの爆発物処理担当。EITOガーディアンズ。
筒井隆昭警部・・・伝子の大学時代の同級生。警視庁テロ対策室からのEITO出向。EITOガーディアンズ。
大文字綾子・・・伝子の母。介護士をしている。
藤井康子・・・伝子のマンションの仕切り隣の住人。モールに料理教室を出している。EITO準隊員。
物部一朗太・・・伝子の大学の同級生。翻訳部の副部長。
物部[逢坂]栞・・・伝子の大学の同級生。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。今は、やすらぎほのかホテル東京支配人。
依田[小田]慶子・・・依田の妻。やすらぎほのかホテル東京副支配人。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
福本[鈴木]祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。福本と結婚する。
南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。学習塾を開いている。
南原[大田原]文子・・・南原の妻。学習塾を開いている。
山城順・・・伝子の中学の書道部後輩。海自の臨時事務官。
山城[南原]蘭・・・南原の妹。美容師。山城と結婚した。
服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。シンガーソングライター。音楽塾を開いている。
服部[麻宮]コウ・・・服部の妻。音楽塾を開いている。
久保田嘉三・・・警視庁管理官。久保田誠警部補の伯父。EITO初代司令官。今は警視庁テロ対策室所属だが、交渉人も行う。
山村美佐男・・・みゆき出版社編集長。伝子と高遠が原稿を収めている、出版社の編集長。
中山ひかる・・・愛宕の元お隣さん。伝子達の大学の後輩になった。アナグラムが得意。
青木新一・・・Linenのグループを多く持っており、その情報網でEITOに協力している。大学生。
ロバート・・・オスプレイのパイロット。
坂之上倉之助・・・元財務官僚。『使途不明金』が多く出て、疑惑が広まる前に、退職した。『絶対減税させない黒幕』として注目され、多くの国民に憎まれている。
ケン・ソウゴ・・・日本名は、睦見健太郎。『死の商人』グループの一人。実は、イーグル国から来たスパイだった。日本を去った後、クーデターに参加。那珂国からイーグル国を独立させた。伝子にたびたび協力している。
=================================================
==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==
==エマージェンシーガールズとは、女性だけのEITO本部の精鋭部隊である。==
※「好事魔多し(こうじまおおし)」は、よいことやうまく進んでいることに、とかく邪魔が入ることを意味する慣用句です。戒めの言葉として用いられることが多く、自戒や注意喚起の際に使われます。
午前9時。伝子のマンション。
平和な日は、一日も無かった。高遠がまた溜息をつくことになった。
Linenで久々にDDメンバーと親睦を深めようとしたら、あっさりと期待を裏切られた。
青木がBase bookにメッセージが出た、と言っている。
高遠が、PCを開いてメッセージを読むと、動画ではなく、文字で『今度は、タワシの難波だ。エイトの諸君。ビターXより。』と書いてある。
一方、伝子は寝室で、ひかるからのスマホの電話を受けていた。
「大文字さん、新しい敵みたいだよ。今度の『幹』はRedを使っている。見て見て。」
伝子がRedを開いてみると、すぐに見つかった。しゃべっているのは人形だ。まるで人形劇のようだ。人形劇には、糸操り (→マリオネット ) や,指人形 (→ギニョール ) ,手遣い,棒遣いなどの人形劇,影絵芝居,からくりなどがあるが、これはギニョールだ。
「EITOの諸君、お疲れ様。ダーティー・ブランチとの苦戦、拝見させて貰ったよ。闘いの前後に監視カメラをチェックしても、抜け道はあるよ。随分待たされたなあ。あいつは粘着質だからなあ。敵ながら同情していたんだ。折角だからさ、明日、『お手合わせ』願えるかな?って、もう予約してあるけど。東京ドーム、午後3時。グレート・グリフォン。ジージーと呼んでもいいぞ。ジジイじゃないからな。」
「グリフォンと言えば、鷲の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ伝説上の生物だな。凝ってると言えなくもないが、相変わらずネーミングにはセンスがない。グレートは英語だろうが。」
キッチンに出て伝子がメッセージのことを話すが、高遠も同じようなことを言い出した。
話が噛み合わない。電子ホワイトボードとスケッチブックに書いて、せーので出してお互いに納得した。
「どっちかが、愉快犯あるいは模倣犯かな?」
「学、メシ!!」言うなり、伝子は洗面所に走った。
高遠は、朝食の準備をしながら台所の『緊急出口』を開けた。
これは、オスプレイの出迎えの準備だ。
恐らく、EITO東京本部でも、敵のメッセージをキャッチしている筈だ。草薙が探査用システムを開発して、SNSに動きがあれば、アラームが鳴ることになっているからだ。
司令室にいなくても、宿直当番が対処する。
洗面所から寝室に行き、着替えた伝子に朝食を出し、ロープが降りてくるのを確認した高遠は、ロープ越しに『少し待て』の合図を送った。
伝子は、紅茶を飲み、半分頬張りながら、ロープにしがみついた。
ロープが上昇し、ベランダから戻ろうとすると、仕切り隣の住人、藤井がピースサインを高遠に送った。
「SNS、見たわ。」「どっち?」「どっちも。さっき帰って来たんじゃなかった?」
「3時間前ね。」
ベランダから戻ると、高遠はLinen会議を始めた。
皆、興奮していた。
「じゃあ、奴さんは、待ち構えていた、で、ダーティー・ブランチがやられる前に、準備に入ったってことか。正に『漁夫の利』だな。」
「奴さん?古いわよ、死語よ、旦那。」
物部夫妻に負けずに、依田が発言した。
「一方は本物の幹で、もう一方は故意か偶然か偽物だな。」
「Redの方が詳しいから、こっちが本物だよ、ヨーダ。」と、依田に福本が突っ込んだ。
「僕も、福本説に賛成だ。詳しすぎる程詳しい。それに、明日の予約をしてきた。どんな名前か知らないが、もう予約してある。」
「メッセージの内容から推察すると、東京ドームは、野球や何らかのイベントは無く、観客もいない、ってことか。避難誘導不要なら、それは助かるね。」と、南原が言い、「その場合は僕らの出番かも知れなかったけど・・・どれだけの戦力かな?」と服部が言った。
「いずれにせよ、疲労困憊している戦力につけ込むのはフェアじゃないね。まあ、初めてで、どんな性格か分からないけど。」と、山城が言い、明日は法事だから、どの道参加出来ないけど。」と付け加えた。
「山城氏は心配しなくていいよ。何か応援が必要なら、俺達で何とかするさ、なあ、高遠。」と、物部が括った。
「流石、副部長、頼もしい。まあ、本部の会議次第ですね。」と、高遠は物部に応えた。
午前10時。EITO東京本部。会議室。
「理事官。エイラブ、いや、ピスミラでしょうか?」と、夏目警視正は言った。
「ジジイの方は、ダークレインボウっぽいがなあ。ビターXって、チョコみたいな名前だな、原田。」
理事官が原田に振ったが、また伝子のセクハラを受ける気がしたので「はあ。」とだけ原田は応えた。
「ウチの旦那に解析させましたが・・・『タワシの難波だ』が『私の番だな』というアナグラムかも知れないが、意味不明の言葉だ、って頭抱えていました。場所・日時共に分かりません。私には・・・歴代ダークレインボウの幹がアナグラムのお題を出していたので、気取ってみた、くらいにしか思えませんが。どう思う?妹達。」と、伝子は、あかりを見ながら言った。
あかりは、井関と結婚することになっているが、敵が続けてやって来たので、お預けだ。
結城は、伝子が何か試しているのだ、と思った。
「はい。」と、一番若い『妹』の下條が手を挙げた。
「はい、下條。」と、なぎさが指示した。
「東京ドームの作戦を優先して考えればいいと思います。ひょっとしたら、『2便』があるかも知れないし。」
「それも、そうだな。皆、武器の点検をしておけ。なぎさとあつこは、取り敢えずビターチョコは無視して作戦を練る。必要なモノは早急に進言しろ。」
伝子の一言で、会議は一旦終了した。
午後5時半。伝子のマンション。
「変な名前。変な名前。」
「お義母さん。もう30分も言ってますよ。」と、高遠が綾子を窘めた。
「だって・・・変な名前。」
チャイムが鳴って、高遠が出ると、山村編集長だった。
「変な名前よねえ。」「聞いてたんですか?」と、思わず高遠が尋ねた。
「何が?ジジイもビタチョコもスキじゃないわ。みんな言ってるわよ、高遠ちゃん。」
藤井と綾子がクスクスと笑っている。
「そうそう。元財務官僚の坂之上倉之助が昨夜から行方不明って、知ってる?大文字くぅん。」山村は、いつもの甘えるような口調で伝子に尋ねた。
まるで、ご都合主義のようだが、山村の情報は無駄では無かった。
翌日。午前8時。オスプレイの中。
伝子のスマホが鳴動した。
ケンからだった。
「大文字。助けてくれ。」「どうした、誰かに捕まったのか?」伝子は思いつきを口にした。
「いや、捕まりそうなんだ。実は、日本の小学校にいた時の同級生なんだが、1人で『私立探偵』気取りでいる。」
「私立探偵、って日本では・・。」「知ってる。単なる興信所調査員が普通だ。大文字のお仲間のようにな。危なっかしくて見ていられないから、極秘で見張らせていたら、ある元官僚を張り込みしていたら、連れ去られるのを目撃。誘拐に違いないから、追い掛ける恐れがある。」「おっちょこちょいなのか。官僚って、まさか坂之上か?財務省にいた頃、幾つも省内に『隠し金庫』を作ったとかいう。」
「その通りだ。おっちょこちょいも、追っている相手も。俺は今、日本にいけない。一応、イージス国の『偉いさん』だからな。」「自分で『偉いさん』って言うなよ。で、どうすればいい?」
「辰巳埠頭って知ってるか?」「名前くらいなら。」「東京ドームに向かう途中だろ?秋葉原、いや、神田神社で途中下車して、奴を追ってくれ。誘拐の受け渡しは、そこらしい。俺の仲間が、おっちょこちょいの盗聴した結果だ。交通手段はタクシー。福本日出夫って、お前の後輩のおじさんだよな。久保田管理官のマブダチでもある。久保田管理官から手配して貰った。料金は『EITOのツケ』だ。」
隊員達に聞かせたくない会話だ。特に『ツケ』は。そう思っていると、電話は切れていた。
ケン・ソウゴは、最初の頃闘っていた『死の商人』のグループの1人だった。
だが、実は、イージス国のスパイだった。
ケンは独立戦争の為帰国、独立勝利の功績で国王の側近の1人になった。EITOや伝子に関わりを持ったことで、色々と情報を提供、たまに助っ人に現れたりする。
『助けてくれ』事案は初めてだった。日本では、たとえ『一匹オオカミ』でも探偵を生業とするのは難しいことは、南部所長からも中津所長からも聞いている。
伝子は、即断した。「ロバート。神田神社で降ろしてくれ。ロープで降りる。」
「どうしたの?おねえさま。単独行動なんて。」
なぎさの心配を余所に、「後は頼む」とだけ言った伝子は目をつぶった。
午後2時半。神田神社。
おっちょこちょいが追い掛けた辰巳埠頭での時間は聞いていないが、恐らく午後3時。ギリギリだ。
「早く乗って。エマージェンシーガールズ。EITO御用達の『福本タクシー』だ。」
福本日出夫は、冗談で迎えた。
「間に合うかな?」間に合わせるんだよ。」
福本タクシーは猛スピードで走り始めた。
久保田管理官のことだ。交通信号の非常システムで、オールグリーン、警察車両からの追跡もない。そういう手立ては、行っている筈だ。
午後3時。東京ドーム。
無人のドームに、集団は待ち構えていた。
ざっと300人か。なぎさは、目で確認した。
「お前が隊長か?」「『お手合わせ』って言わなかったか?初戦なら、『下っ端』や『二軍』で充分だろう。お前の方も、『一軍』が後ろに控えているんだろう?」
「まあな。でも、『道具』は持って来たぜ。」
予想通りだった。搬入、というより侵入してきたのは、建設重機だった。正確には『建設機械』だ。油圧ショベルカー、油圧クレーン車、トラクター、ダンプカー、路面切削機まである。
これらは、交通規制さえ守れば、どこへでも移動出来る。
こちらは、陸自貰い下げの改造戦車一台、ドローンオペレーション用のマイクロバス1台だけだ。
いや、マセラティが追いついた。マセラティは、今や田坂率いる弓矢隊用のクルマだ。
敵は重機を盾にして、マシンガン、ガトリング砲、ロケットランチャーで火器を繰り出して来た。
だが、2機のオスプレイによる『消火弾』、ホバーバイクによるハープーン、水流ガンで火器の意味が無くなった。
午後3時10分。辰巳埠頭。
「ずっと見張っていたのは、お前か?」「見張られて都合が悪いことでもあるのか?エイラブのピスミラ。」
堂々と振る舞ってはいるが、脚は震えている。ケンの言った通りだ。
男達の1人が『ナイフガンのナイフに似たナイフ』を投げようとしたので、伝子は咄嗟にブーメランを投げた。
ブーメランを投げて、坂之上の頭上を掠めてナイフに当たり、倉庫のシャッターの屋根に当たってブーメランは戻って来た。
しかし、流石の伝子も背後の男に気づかなかった。この感触は拳銃だ。
「お前は誰だ?」「お前はモグリか。エマージェンシーガールズ1号だ。」
伝子と坂之上は、タグボートに繋がった小型船に乗せられ、ロープで縛られ、転がされた。小型船は、タグボートと共に出発した。
「エマージェンシーガールズでも失敗することはあるんだ。」
午後4時。東京ドーム。
事態は変わっていた。建設機械は、胡椒丸による粉末が飛び散り、運転困難になった。胡椒丸とは、胡椒や台所用調味料を練った丸薬である。人の鼻や口に入ると、息が出来なくなるが、機械は「こしょう」しやすくなる。
なぎさとあつこは、後方支援を受けながら、胡椒丸で作った弾を撃つ胡椒ガンや、水流ガンの攻撃を中止して、シューターやメダルカッターを繰り出した。水流ガンとは液体窒素を応用した武器で、飛び出すとグミ状の水になり、ネバネバで敵は動きが鈍る。
メダルカッターとはメダルの周囲がプロペラ状の刃になっている小型手裏剣だ。シューターは、うろこ形のチタン製手裏剣で、両者とも先端に痺れ薬が塗ってある。
両者とも数に限りがあり、シリアルナンバーが打ってあり、『片づけ隊』の後の『お掃除隊』が回収する。非常時は、エマージェンシーガールズ自らが闘いの後に残って回収する。
バトルロッドとバトルスティックで闘う方式に切り替える時が来た。
バトルロッドは、バトルスティックが3段変形出来る戦闘棒で、『なぎなた』的に使う戦闘棒のバトルスティックより柔軟に闘える。
白兵戦である。田坂達のマセラティも引き揚げた。
弓矢隊は、矢が底をつくと、一旦撤収。再び前線に戻って、白兵戦に参加する。
午後5時半。小型船が止まった。
薄闇の中、伝子は坂之上と問答をした。
「ビターXって何だ。どういう意味だ。」
相手はこう、答えた。「Basic Ironist, Training Time For Emergency Rescue Xだ。」
「ん?基本的に皮肉屋で、緊急救助訓練をしているエックス??ただの殺し屋だろう。」「タダじゃ無いよ。お代は頂くから。」「なお、悪いな。探偵風殺し屋。今回はミスってる。」「EITOは警察じゃないんだろう?大文字伝子は、テロリスト壊滅隊の隊長なんだろう?」「お前、どこまで知ってる?」「以前、コンティニューとかいう人物のPCをハッキングしたことがある。橘なぎさのことも知ってる。2人は、どうなった?」「コンティニューは死んだよ。ダークレインボウに嵌められてな。お前の名前、まだ聞いて無かったな。ビターXが『芸名』だということは分かった。」「成程。見逃す代わりに名前くらい教えないとフェアじゃないってことか。」
「何故、見逃すと?」「お前が愛しているのは夫の高遠学だけじゃ無い。橘なぎさとも大人の関係なんだろ?」
「見込み違い、とは言えなくなったな。一つだけ確認する。ダークレインボウや那珂国マフィアとは関係ないのか?」「イエス、という答しか持ち合わせていないな、残念だ。それと、あの元官僚、もう消されてるな。ミスったんじゃない、ピスミラと鉢合わせしただけさ。普通なら、あの場面。俺を誘拐受け渡しに応じた身内、と勘違いするところだろ?脅迫状、出したんだから。」
伝子は、いつかケン・ソウゴと出逢った時の匂いを感じた。
「俺は、山並郁夫だ。忘れていいぞ。」「覚えておけ、じゃないのか。ああ、皮肉屋だったな。じゃ、脱出するぞ。」
「え?どうやって?」伝子は、肩の力を抜き、簡単にロープを外した。湿って食い込んでいる筈のロープも伝子は『縄抜けの術』で難なく外した。
継いで、山並の肩を脱臼させ、ロープを外してから肩を『整復』した。『矯正』とも言う。
「思った以上に乱暴な奴だな。ワンダーウーマンだけじゃなく、『くノ一』もやってたのか?」「その通りだ。お狐さまも出来るぞ。」
ドアをこじ開け、外に出ると、この小型船を曳行していたタグボートは見当たらない。
この小型船の中にも誰もいない。
「お前、泳げるか?」「残念。水泳大会はいつもトップ3だった。」
伝子はいきなり、山並を押して、海に飛び込ませた。
そして、DDバッジを押し、ブーツの中の通信ガラケーでメールを送り、イヤリングを弄ってからヘアゴムでイヤリングを固定させ、海に飛び込んだ。
2人で泳いでいる内に、小型船は爆発した。
間一髪だった。上空にEITOのオスプレイが飛来し、海上保安庁の小型艇が近づいて来た。
「こいつを頼みます。」そう言って、伝子はオスプレイのロープにしがみついた。
すると、するすると、伝子はオスプレイに吸い込まれていった。
「ありがとう、ワンダーウーマン。」という山並に、「あれは、エマージェンシーガールだよ。」と、職員が注意した。
「ああ、そうだったな。」と、山並は大笑いした。
午後5時半。オスプレイの中。
ジョーンズが、「隊長、本部から通信が入っています。」と、伝子に報告した。
通信の相手は、理事官では無く、須藤医官だった。
「大文字。明日は精密検査だ。覚悟しておけ。設備が足りないから、池上病院に発注しておいた。」
「大文字君。無事で良かった。巻き添えを食った『民間人』は、海上保安庁から事情聴取の為、警視庁に移送する。新里警視の腕の見せ所だな。とは言え、乱暴なことはせんよ。EITO特別隊員で、潜入捜査官だからな。直帰していいぞ。」
伝子は、全てをメールで理事官に送った。なぎさに聞かれたく内容もあるからだ。無論、『大人の関係』は報告していない。
伝子は何故か笑いがこみ上げて来た。
大笑いしていると、ジョーンズが「やはり、『精密検査』だな。」と呟いた。
午後5時半。辰巳埠頭。
なぎさが長波ホイッスルを吹いた。長波ホイッスルとは、犬笛に似たサイレント・ホイッスルで、通常の大人には聞こえない音波を出す。主に『作戦終了』の合図に用いる。
その後、警察官の『片づけ隊』がやってくる。EITOには、平定しても、私人逮捕しても連行・取り調べは出来ないから引き継ぐのだ。
10分もすると、愛宕警部、西部警部補、橋爪警部補率いる『片づけ隊』がやって来た。
「先輩は?本部?」と、愛宕がなぎさに尋ねると、「ビタチョコ担当。」とだけ、なぎさは答えた。
午後6時半。伝子のマンション。
台所から帰還した伝子を待っていたのは、高遠や綾子、藤井だけでは無かった。
山城だった。蘭だった。
「先輩!!」2人とも伝子に抱きついた。
「大袈裟な夫婦だなあ。」「先輩、こちらも無事着陸しました。」「そうか。法事、終ったか。」今日は、山城の祖母の『満中陰』だった。これで、2人は暫く静かな日々を送れるだろう。『満中陰』とは、仏教で故人を送り出す儀式だが、宗派で微妙に習慣が異なる他、檀家(信者)の家族親族から提案があれば僧侶は拒まない。山城家は『みなのか』を『満中陰』とした。『見做し日数』で終了させたのである。
「伝子。暗号文、決めておいて良かったね。村越警視正が、二課四課引き連れて元官僚の屋敷をガサ入れして、PC弄ってたピスミラの連中を逮捕、地下シェルターにある『埋蔵金』を見付けたよ。一旦逃げていたタグボートも海上保安庁と海自が『拿捕』したよ。」
藤井が腕を振るった。皆は沢山の寿司を頬張った。
―完―
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子(だいもんじでんこ)・・・主人公。翻訳家。DDリーダー。EITOではアンバサダーまたは行動隊長と呼ばれている。。
大文字[高遠]学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。EITOのアナザー・インテリジェンスと呼ばれている。
一ノ瀬[橘]なぎさ一等陸佐・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「一佐」または副隊長と呼ばれている。EITO副隊長。
久保田[渡辺]あつこ警視・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「警視」と呼ばれている。EITO副隊長。
愛宕[白藤]みちる警部補・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。愛宕の妻。EITO副隊長。降格中だったが、再び副隊長になった。現在、産休中だが・・・。
愛宕寛治警部・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。『片づけ隊』班長をしている。
斉藤長一朗理事官・・・EITO司令官。EITO創設者。
夏目房之助警視正・・・EITO東京本部副司令官。
草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。
渡伸也一曹・・・空自からのEITO出向。GPSほか自衛隊のシステム担当。
西部警部補・・・高速エリア署生活安全課の刑事だが、。通称『片づけ隊』を手伝うこともある。早乙女愛と結婚した。
橋爪警部補・・・愛宕の相棒。丸髷書生活安全課の刑事だが、。通称『片づけ隊』を手伝うこともある。
増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。副隊長補佐。見合いしたMAITOの中島と事実婚をしていた。
馬場[金森]和子二尉・・・空自からのEITO出向。副隊長補佐。
高木[日向]さやか一佐・・・空自からのEITO出向。
高崎[馬越]友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。
大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。
田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。
浜田なお三曹・・・空自からのEITO出向。
新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署からの出向。副隊長補佐。井関五郎と事実婚をしている。
結城たまき警部・・・警視庁捜査一課からの出向。
安藤詩三曹・・・海自からのEITO出向。
稲森花純一曹・・・海自からのEITO出向。
愛川静音(しずね)・・・ある事件で、伝子に炎の中から救われる。EITOに就職。
青山[江南]美由紀・・・、元警視庁警察犬チーム班長。警部補。警視庁からEITOに出向。
伊知地満子二曹・・空自からのEITO出向。ブーメランが得意。伝子の影武者担当。
葉月玲奈二曹・・・海自からのEITO出向。
越後網子二曹・・・陸自からのEITO出向。
小坂雅巡査・・・元高速エリア署勤務。警視庁から出向。
下條梅子巡査・・・元高島署勤務。警視庁から出向。
飯星満里奈・・・元陸自看護官。EITOに就職。
財前直巳一曹・・・財前一郎の姪。空自からのEITO出向。
仁礼らいむ一曹・・・仁礼海将の大姪。海自からのEITO出向。
七尾伶子・・・警視庁からEITO出向の巡査部長。
大空真由美二等空尉・・・空自からのEITO出向。
高木貢一曹・・・陸自からのEITO出向。剣道が得意。EITOガーディアンズ。
青山たかし・・・元丸髷署刑事。EITOに就職。EITOガーディアンズ。
馬場力(ちから)3等空佐・・・空自からのEITO出向。EITOガーディアンズ。
井関五郎・・・鑑識の井関の息子。EITOの爆発物処理担当。EITOガーディアンズ。
筒井隆昭警部・・・伝子の大学時代の同級生。警視庁テロ対策室からのEITO出向。EITOガーディアンズ。
大文字綾子・・・伝子の母。介護士をしている。
藤井康子・・・伝子のマンションの仕切り隣の住人。モールに料理教室を出している。EITO準隊員。
物部一朗太・・・伝子の大学の同級生。翻訳部の副部長。
物部[逢坂]栞・・・伝子の大学の同級生。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。今は、やすらぎほのかホテル東京支配人。
依田[小田]慶子・・・依田の妻。やすらぎほのかホテル東京副支配人。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
福本[鈴木]祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。福本と結婚する。
南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。学習塾を開いている。
南原[大田原]文子・・・南原の妻。学習塾を開いている。
山城順・・・伝子の中学の書道部後輩。海自の臨時事務官。
山城[南原]蘭・・・南原の妹。美容師。山城と結婚した。
服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。シンガーソングライター。音楽塾を開いている。
服部[麻宮]コウ・・・服部の妻。音楽塾を開いている。
久保田嘉三・・・警視庁管理官。久保田誠警部補の伯父。EITO初代司令官。今は警視庁テロ対策室所属だが、交渉人も行う。
山村美佐男・・・みゆき出版社編集長。伝子と高遠が原稿を収めている、出版社の編集長。
中山ひかる・・・愛宕の元お隣さん。伝子達の大学の後輩になった。アナグラムが得意。
青木新一・・・Linenのグループを多く持っており、その情報網でEITOに協力している。大学生。
ロバート・・・オスプレイのパイロット。
坂之上倉之助・・・元財務官僚。『使途不明金』が多く出て、疑惑が広まる前に、退職した。『絶対減税させない黒幕』として注目され、多くの国民に憎まれている。
ケン・ソウゴ・・・日本名は、睦見健太郎。『死の商人』グループの一人。実は、イーグル国から来たスパイだった。日本を去った後、クーデターに参加。那珂国からイーグル国を独立させた。伝子にたびたび協力している。
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==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==
==エマージェンシーガールズとは、女性だけのEITO本部の精鋭部隊である。==
※「好事魔多し(こうじまおおし)」は、よいことやうまく進んでいることに、とかく邪魔が入ることを意味する慣用句です。戒めの言葉として用いられることが多く、自戒や注意喚起の際に使われます。
午前9時。伝子のマンション。
平和な日は、一日も無かった。高遠がまた溜息をつくことになった。
Linenで久々にDDメンバーと親睦を深めようとしたら、あっさりと期待を裏切られた。
青木がBase bookにメッセージが出た、と言っている。
高遠が、PCを開いてメッセージを読むと、動画ではなく、文字で『今度は、タワシの難波だ。エイトの諸君。ビターXより。』と書いてある。
一方、伝子は寝室で、ひかるからのスマホの電話を受けていた。
「大文字さん、新しい敵みたいだよ。今度の『幹』はRedを使っている。見て見て。」
伝子がRedを開いてみると、すぐに見つかった。しゃべっているのは人形だ。まるで人形劇のようだ。人形劇には、糸操り (→マリオネット ) や,指人形 (→ギニョール ) ,手遣い,棒遣いなどの人形劇,影絵芝居,からくりなどがあるが、これはギニョールだ。
「EITOの諸君、お疲れ様。ダーティー・ブランチとの苦戦、拝見させて貰ったよ。闘いの前後に監視カメラをチェックしても、抜け道はあるよ。随分待たされたなあ。あいつは粘着質だからなあ。敵ながら同情していたんだ。折角だからさ、明日、『お手合わせ』願えるかな?って、もう予約してあるけど。東京ドーム、午後3時。グレート・グリフォン。ジージーと呼んでもいいぞ。ジジイじゃないからな。」
「グリフォンと言えば、鷲の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ伝説上の生物だな。凝ってると言えなくもないが、相変わらずネーミングにはセンスがない。グレートは英語だろうが。」
キッチンに出て伝子がメッセージのことを話すが、高遠も同じようなことを言い出した。
話が噛み合わない。電子ホワイトボードとスケッチブックに書いて、せーので出してお互いに納得した。
「どっちかが、愉快犯あるいは模倣犯かな?」
「学、メシ!!」言うなり、伝子は洗面所に走った。
高遠は、朝食の準備をしながら台所の『緊急出口』を開けた。
これは、オスプレイの出迎えの準備だ。
恐らく、EITO東京本部でも、敵のメッセージをキャッチしている筈だ。草薙が探査用システムを開発して、SNSに動きがあれば、アラームが鳴ることになっているからだ。
司令室にいなくても、宿直当番が対処する。
洗面所から寝室に行き、着替えた伝子に朝食を出し、ロープが降りてくるのを確認した高遠は、ロープ越しに『少し待て』の合図を送った。
伝子は、紅茶を飲み、半分頬張りながら、ロープにしがみついた。
ロープが上昇し、ベランダから戻ろうとすると、仕切り隣の住人、藤井がピースサインを高遠に送った。
「SNS、見たわ。」「どっち?」「どっちも。さっき帰って来たんじゃなかった?」
「3時間前ね。」
ベランダから戻ると、高遠はLinen会議を始めた。
皆、興奮していた。
「じゃあ、奴さんは、待ち構えていた、で、ダーティー・ブランチがやられる前に、準備に入ったってことか。正に『漁夫の利』だな。」
「奴さん?古いわよ、死語よ、旦那。」
物部夫妻に負けずに、依田が発言した。
「一方は本物の幹で、もう一方は故意か偶然か偽物だな。」
「Redの方が詳しいから、こっちが本物だよ、ヨーダ。」と、依田に福本が突っ込んだ。
「僕も、福本説に賛成だ。詳しすぎる程詳しい。それに、明日の予約をしてきた。どんな名前か知らないが、もう予約してある。」
「メッセージの内容から推察すると、東京ドームは、野球や何らかのイベントは無く、観客もいない、ってことか。避難誘導不要なら、それは助かるね。」と、南原が言い、「その場合は僕らの出番かも知れなかったけど・・・どれだけの戦力かな?」と服部が言った。
「いずれにせよ、疲労困憊している戦力につけ込むのはフェアじゃないね。まあ、初めてで、どんな性格か分からないけど。」と、山城が言い、明日は法事だから、どの道参加出来ないけど。」と付け加えた。
「山城氏は心配しなくていいよ。何か応援が必要なら、俺達で何とかするさ、なあ、高遠。」と、物部が括った。
「流石、副部長、頼もしい。まあ、本部の会議次第ですね。」と、高遠は物部に応えた。
午前10時。EITO東京本部。会議室。
「理事官。エイラブ、いや、ピスミラでしょうか?」と、夏目警視正は言った。
「ジジイの方は、ダークレインボウっぽいがなあ。ビターXって、チョコみたいな名前だな、原田。」
理事官が原田に振ったが、また伝子のセクハラを受ける気がしたので「はあ。」とだけ原田は応えた。
「ウチの旦那に解析させましたが・・・『タワシの難波だ』が『私の番だな』というアナグラムかも知れないが、意味不明の言葉だ、って頭抱えていました。場所・日時共に分かりません。私には・・・歴代ダークレインボウの幹がアナグラムのお題を出していたので、気取ってみた、くらいにしか思えませんが。どう思う?妹達。」と、伝子は、あかりを見ながら言った。
あかりは、井関と結婚することになっているが、敵が続けてやって来たので、お預けだ。
結城は、伝子が何か試しているのだ、と思った。
「はい。」と、一番若い『妹』の下條が手を挙げた。
「はい、下條。」と、なぎさが指示した。
「東京ドームの作戦を優先して考えればいいと思います。ひょっとしたら、『2便』があるかも知れないし。」
「それも、そうだな。皆、武器の点検をしておけ。なぎさとあつこは、取り敢えずビターチョコは無視して作戦を練る。必要なモノは早急に進言しろ。」
伝子の一言で、会議は一旦終了した。
午後5時半。伝子のマンション。
「変な名前。変な名前。」
「お義母さん。もう30分も言ってますよ。」と、高遠が綾子を窘めた。
「だって・・・変な名前。」
チャイムが鳴って、高遠が出ると、山村編集長だった。
「変な名前よねえ。」「聞いてたんですか?」と、思わず高遠が尋ねた。
「何が?ジジイもビタチョコもスキじゃないわ。みんな言ってるわよ、高遠ちゃん。」
藤井と綾子がクスクスと笑っている。
「そうそう。元財務官僚の坂之上倉之助が昨夜から行方不明って、知ってる?大文字くぅん。」山村は、いつもの甘えるような口調で伝子に尋ねた。
まるで、ご都合主義のようだが、山村の情報は無駄では無かった。
翌日。午前8時。オスプレイの中。
伝子のスマホが鳴動した。
ケンからだった。
「大文字。助けてくれ。」「どうした、誰かに捕まったのか?」伝子は思いつきを口にした。
「いや、捕まりそうなんだ。実は、日本の小学校にいた時の同級生なんだが、1人で『私立探偵』気取りでいる。」
「私立探偵、って日本では・・。」「知ってる。単なる興信所調査員が普通だ。大文字のお仲間のようにな。危なっかしくて見ていられないから、極秘で見張らせていたら、ある元官僚を張り込みしていたら、連れ去られるのを目撃。誘拐に違いないから、追い掛ける恐れがある。」「おっちょこちょいなのか。官僚って、まさか坂之上か?財務省にいた頃、幾つも省内に『隠し金庫』を作ったとかいう。」
「その通りだ。おっちょこちょいも、追っている相手も。俺は今、日本にいけない。一応、イージス国の『偉いさん』だからな。」「自分で『偉いさん』って言うなよ。で、どうすればいい?」
「辰巳埠頭って知ってるか?」「名前くらいなら。」「東京ドームに向かう途中だろ?秋葉原、いや、神田神社で途中下車して、奴を追ってくれ。誘拐の受け渡しは、そこらしい。俺の仲間が、おっちょこちょいの盗聴した結果だ。交通手段はタクシー。福本日出夫って、お前の後輩のおじさんだよな。久保田管理官のマブダチでもある。久保田管理官から手配して貰った。料金は『EITOのツケ』だ。」
隊員達に聞かせたくない会話だ。特に『ツケ』は。そう思っていると、電話は切れていた。
ケン・ソウゴは、最初の頃闘っていた『死の商人』のグループの1人だった。
だが、実は、イージス国のスパイだった。
ケンは独立戦争の為帰国、独立勝利の功績で国王の側近の1人になった。EITOや伝子に関わりを持ったことで、色々と情報を提供、たまに助っ人に現れたりする。
『助けてくれ』事案は初めてだった。日本では、たとえ『一匹オオカミ』でも探偵を生業とするのは難しいことは、南部所長からも中津所長からも聞いている。
伝子は、即断した。「ロバート。神田神社で降ろしてくれ。ロープで降りる。」
「どうしたの?おねえさま。単独行動なんて。」
なぎさの心配を余所に、「後は頼む」とだけ言った伝子は目をつぶった。
午後2時半。神田神社。
おっちょこちょいが追い掛けた辰巳埠頭での時間は聞いていないが、恐らく午後3時。ギリギリだ。
「早く乗って。エマージェンシーガールズ。EITO御用達の『福本タクシー』だ。」
福本日出夫は、冗談で迎えた。
「間に合うかな?」間に合わせるんだよ。」
福本タクシーは猛スピードで走り始めた。
久保田管理官のことだ。交通信号の非常システムで、オールグリーン、警察車両からの追跡もない。そういう手立ては、行っている筈だ。
午後3時。東京ドーム。
無人のドームに、集団は待ち構えていた。
ざっと300人か。なぎさは、目で確認した。
「お前が隊長か?」「『お手合わせ』って言わなかったか?初戦なら、『下っ端』や『二軍』で充分だろう。お前の方も、『一軍』が後ろに控えているんだろう?」
「まあな。でも、『道具』は持って来たぜ。」
予想通りだった。搬入、というより侵入してきたのは、建設重機だった。正確には『建設機械』だ。油圧ショベルカー、油圧クレーン車、トラクター、ダンプカー、路面切削機まである。
これらは、交通規制さえ守れば、どこへでも移動出来る。
こちらは、陸自貰い下げの改造戦車一台、ドローンオペレーション用のマイクロバス1台だけだ。
いや、マセラティが追いついた。マセラティは、今や田坂率いる弓矢隊用のクルマだ。
敵は重機を盾にして、マシンガン、ガトリング砲、ロケットランチャーで火器を繰り出して来た。
だが、2機のオスプレイによる『消火弾』、ホバーバイクによるハープーン、水流ガンで火器の意味が無くなった。
午後3時10分。辰巳埠頭。
「ずっと見張っていたのは、お前か?」「見張られて都合が悪いことでもあるのか?エイラブのピスミラ。」
堂々と振る舞ってはいるが、脚は震えている。ケンの言った通りだ。
男達の1人が『ナイフガンのナイフに似たナイフ』を投げようとしたので、伝子は咄嗟にブーメランを投げた。
ブーメランを投げて、坂之上の頭上を掠めてナイフに当たり、倉庫のシャッターの屋根に当たってブーメランは戻って来た。
しかし、流石の伝子も背後の男に気づかなかった。この感触は拳銃だ。
「お前は誰だ?」「お前はモグリか。エマージェンシーガールズ1号だ。」
伝子と坂之上は、タグボートに繋がった小型船に乗せられ、ロープで縛られ、転がされた。小型船は、タグボートと共に出発した。
「エマージェンシーガールズでも失敗することはあるんだ。」
午後4時。東京ドーム。
事態は変わっていた。建設機械は、胡椒丸による粉末が飛び散り、運転困難になった。胡椒丸とは、胡椒や台所用調味料を練った丸薬である。人の鼻や口に入ると、息が出来なくなるが、機械は「こしょう」しやすくなる。
なぎさとあつこは、後方支援を受けながら、胡椒丸で作った弾を撃つ胡椒ガンや、水流ガンの攻撃を中止して、シューターやメダルカッターを繰り出した。水流ガンとは液体窒素を応用した武器で、飛び出すとグミ状の水になり、ネバネバで敵は動きが鈍る。
メダルカッターとはメダルの周囲がプロペラ状の刃になっている小型手裏剣だ。シューターは、うろこ形のチタン製手裏剣で、両者とも先端に痺れ薬が塗ってある。
両者とも数に限りがあり、シリアルナンバーが打ってあり、『片づけ隊』の後の『お掃除隊』が回収する。非常時は、エマージェンシーガールズ自らが闘いの後に残って回収する。
バトルロッドとバトルスティックで闘う方式に切り替える時が来た。
バトルロッドは、バトルスティックが3段変形出来る戦闘棒で、『なぎなた』的に使う戦闘棒のバトルスティックより柔軟に闘える。
白兵戦である。田坂達のマセラティも引き揚げた。
弓矢隊は、矢が底をつくと、一旦撤収。再び前線に戻って、白兵戦に参加する。
午後5時半。小型船が止まった。
薄闇の中、伝子は坂之上と問答をした。
「ビターXって何だ。どういう意味だ。」
相手はこう、答えた。「Basic Ironist, Training Time For Emergency Rescue Xだ。」
「ん?基本的に皮肉屋で、緊急救助訓練をしているエックス??ただの殺し屋だろう。」「タダじゃ無いよ。お代は頂くから。」「なお、悪いな。探偵風殺し屋。今回はミスってる。」「EITOは警察じゃないんだろう?大文字伝子は、テロリスト壊滅隊の隊長なんだろう?」「お前、どこまで知ってる?」「以前、コンティニューとかいう人物のPCをハッキングしたことがある。橘なぎさのことも知ってる。2人は、どうなった?」「コンティニューは死んだよ。ダークレインボウに嵌められてな。お前の名前、まだ聞いて無かったな。ビターXが『芸名』だということは分かった。」「成程。見逃す代わりに名前くらい教えないとフェアじゃないってことか。」
「何故、見逃すと?」「お前が愛しているのは夫の高遠学だけじゃ無い。橘なぎさとも大人の関係なんだろ?」
「見込み違い、とは言えなくなったな。一つだけ確認する。ダークレインボウや那珂国マフィアとは関係ないのか?」「イエス、という答しか持ち合わせていないな、残念だ。それと、あの元官僚、もう消されてるな。ミスったんじゃない、ピスミラと鉢合わせしただけさ。普通なら、あの場面。俺を誘拐受け渡しに応じた身内、と勘違いするところだろ?脅迫状、出したんだから。」
伝子は、いつかケン・ソウゴと出逢った時の匂いを感じた。
「俺は、山並郁夫だ。忘れていいぞ。」「覚えておけ、じゃないのか。ああ、皮肉屋だったな。じゃ、脱出するぞ。」
「え?どうやって?」伝子は、肩の力を抜き、簡単にロープを外した。湿って食い込んでいる筈のロープも伝子は『縄抜けの術』で難なく外した。
継いで、山並の肩を脱臼させ、ロープを外してから肩を『整復』した。『矯正』とも言う。
「思った以上に乱暴な奴だな。ワンダーウーマンだけじゃなく、『くノ一』もやってたのか?」「その通りだ。お狐さまも出来るぞ。」
ドアをこじ開け、外に出ると、この小型船を曳行していたタグボートは見当たらない。
この小型船の中にも誰もいない。
「お前、泳げるか?」「残念。水泳大会はいつもトップ3だった。」
伝子はいきなり、山並を押して、海に飛び込ませた。
そして、DDバッジを押し、ブーツの中の通信ガラケーでメールを送り、イヤリングを弄ってからヘアゴムでイヤリングを固定させ、海に飛び込んだ。
2人で泳いでいる内に、小型船は爆発した。
間一髪だった。上空にEITOのオスプレイが飛来し、海上保安庁の小型艇が近づいて来た。
「こいつを頼みます。」そう言って、伝子はオスプレイのロープにしがみついた。
すると、するすると、伝子はオスプレイに吸い込まれていった。
「ありがとう、ワンダーウーマン。」という山並に、「あれは、エマージェンシーガールだよ。」と、職員が注意した。
「ああ、そうだったな。」と、山並は大笑いした。
午後5時半。オスプレイの中。
ジョーンズが、「隊長、本部から通信が入っています。」と、伝子に報告した。
通信の相手は、理事官では無く、須藤医官だった。
「大文字。明日は精密検査だ。覚悟しておけ。設備が足りないから、池上病院に発注しておいた。」
「大文字君。無事で良かった。巻き添えを食った『民間人』は、海上保安庁から事情聴取の為、警視庁に移送する。新里警視の腕の見せ所だな。とは言え、乱暴なことはせんよ。EITO特別隊員で、潜入捜査官だからな。直帰していいぞ。」
伝子は、全てをメールで理事官に送った。なぎさに聞かれたく内容もあるからだ。無論、『大人の関係』は報告していない。
伝子は何故か笑いがこみ上げて来た。
大笑いしていると、ジョーンズが「やはり、『精密検査』だな。」と呟いた。
午後5時半。辰巳埠頭。
なぎさが長波ホイッスルを吹いた。長波ホイッスルとは、犬笛に似たサイレント・ホイッスルで、通常の大人には聞こえない音波を出す。主に『作戦終了』の合図に用いる。
その後、警察官の『片づけ隊』がやってくる。EITOには、平定しても、私人逮捕しても連行・取り調べは出来ないから引き継ぐのだ。
10分もすると、愛宕警部、西部警部補、橋爪警部補率いる『片づけ隊』がやって来た。
「先輩は?本部?」と、愛宕がなぎさに尋ねると、「ビタチョコ担当。」とだけ、なぎさは答えた。
午後6時半。伝子のマンション。
台所から帰還した伝子を待っていたのは、高遠や綾子、藤井だけでは無かった。
山城だった。蘭だった。
「先輩!!」2人とも伝子に抱きついた。
「大袈裟な夫婦だなあ。」「先輩、こちらも無事着陸しました。」「そうか。法事、終ったか。」今日は、山城の祖母の『満中陰』だった。これで、2人は暫く静かな日々を送れるだろう。『満中陰』とは、仏教で故人を送り出す儀式だが、宗派で微妙に習慣が異なる他、檀家(信者)の家族親族から提案があれば僧侶は拒まない。山城家は『みなのか』を『満中陰』とした。『見做し日数』で終了させたのである。
「伝子。暗号文、決めておいて良かったね。村越警視正が、二課四課引き連れて元官僚の屋敷をガサ入れして、PC弄ってたピスミラの連中を逮捕、地下シェルターにある『埋蔵金』を見付けたよ。一旦逃げていたタグボートも海上保安庁と海自が『拿捕』したよ。」
藤井が腕を振るった。皆は沢山の寿司を頬張った。
―完―