======== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。
逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。
南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。
久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。
久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。
橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。
山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤務している。
中津警部補・・・警視庁刑事。現在は捜査四課。
小田慶子・・・久保田夫妻の結婚が縁で、依田と交際を始めた。
みゆき出版社山村・・・伝子と高遠が原稿を収める出版社の編集長。
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伝子のマンション。橘二佐が伝子の横にいる。「メンバー、これだけ?」となぎさが尋ねた。「ヨーダは今日、デートだっけ?福本。」「ええ、慶子さんとデートの日。だからこれない。」
「依田君、婚約したんですって?」と中津刑事が入って来た。
「大文字さん。例のトンファー。成分分析したら、やはり出てきましたよ、毒が。ただ、かなり古いものらしいから、子供の頃から使っていたという彼の話が本当なら、最近は毒を塗り込んでいなかったことになる。」
「やっぱり。以前、トンファーを習った師匠、合気道の師匠から教わったことがあるんです、毒を塗っておいてトドメをさす場合があるって。詰まり、もう毒には頼らなくて、兄弟共々正々堂々と闘っていた訳だ。」
「で、堀井が情報を流した相手はどれくらいか分かりませんね。ただ、このリストのこことここは確かなようです。公安もこれが限界のようですね。四課でも情報は集めています。気をつけて下さい。」
「ありがとうございます。今度、用心棒が増えましてね、橘二佐です。」と伝子はなぎさを紹介した。
「捜査四課の中津です。よろしく。」「よろしく。」「じゃ、私はこれで。」中津はすぐに帰って行った。
「南原は授業中。山城も、今日は引っ越しの仕事だな。愛宕は、仕事帰りによるかも知れない。あつこはこれから来るって、さっき電話があった。で、何の用事だ?」
「先日は、わさび漬け届けただけで、臨時招集があったから、ゆっくりお話出来なかったから。そう言えば、そっちの方にいらしたご夫婦は?」
「ご夫婦じゃないですよ、二佐。男の方は、伝子先輩と同学年の物部副部長。今は喫茶店のマスター。女の方は、同じく伝子先輩と同学年の逢坂先輩。俺と高遠と、ヨーダこと依田は3年後輩。大学の翻訳部繋がりって訳です。愛宕さんは伝子先輩の中学の書道部の後輩。南原さんは、伝子先輩の高校のコーラス部の後輩。愛宕さんと山城さんは伝子先輩の中学の書道部の後輩。先日、俺の隣にいたのは、俺の妻の祥子。若い女の子は南原さんの妹の蘭ちゃん。」と、福本が説明した。
「うーーむ。詰まり、物部さんと逢坂さんを除けば、男子は、おねえさまの何らかの部活の後輩で、女子はその関係者ってこと、かな?」となぎさは言った。
「うまくまとめましたね、その通りです。」と高遠が言った。
「じゃあ、あの子は?通称渡辺あつこ。」「愛宕さんの職場の先輩の久保田刑事の奥さん、ですね。」「後輩の先輩の奥さん?ややこしいな。でも、最近結婚したんでしょ?今の法則に当てはまらないな。」「まあ、例外ですかね。初めは、二佐と同じく助っ人だったんですよ。」「あ、それで久保田刑事と渡辺あつこは親しくなった?」「いえ、お見合いです。」
伝子がゲラゲラ笑い出した。「そんなに深刻な問題じゃあない。」「要は、おねえさまの子分か舎弟ね。」
「随分だなあ。」と言いながら、物部が入って来た。高遠が物部の持って来たコーヒーを受け取った。
「それで、もう大文字にストーカーしていないのか?」と物部は直裁になぎさに尋ねた。
「お騒がせいたしました。」と、なぎさは、その場にいた者にそれぞれお辞儀をした。
「墓参りに行ったか?」「は?」「五十嵐一佐のさ。俺は皆に未だに言われている通り、副部長だ。詰まり、部長はいた。俺の親友で、逢坂の夫だ。学生結婚をしたが、がんで亡くなった。こう見えても俺は毎月墓参りをしている。最近は、こいつらと一緒に墓参りしている。残された者は、いってしまった者を供養するのが当たり前だと思っている。」
「分かりました。墓参りします。」「じゃ、俺は仕込みがあるからこれで。モールで喫茶店をしている。高遠。後で場所を教えてやってくれ。」「了解です。」
「盛り上がっている・・・感じでもないわね。」と、あつことみちるが入って来た。
「今、橘さんに皆の紹介をしていたところです。渡辺あつこ警視はご存じですよね。あ、白藤巡査部長は渡辺警視と警察学校の同期です。」
「ああ。あのトレーニング場、今度貸して下さらない?あつこさん。」「あつこさん?あつこでいいわよ、ねえ、おねえさま。」「好きにしろ。」
「あ。あのコスプレ衣装。あつこの自前?」「そう。おねえさまから貰ったの。」「ふうん。」
「最初はレンタルだったんですよ。1日以内に返せばレンタル。以降は買い取り。伝子さんは、結局買い取っちゃいました。」「うちに置いとくのも邪魔だしな、あつこに任せた。」
隣の藤井さんが顔を見せた。「高遠さん、この魚焼き器あげるわ。あら、お客様でしたか。」
「藤井さん、この方は陸上自衛隊の橘一佐。伝子さんの新しい用心棒です。」「そんな、そういう積もりじゃ・・・あ、橘です。お見知りおきを。」となぎさは名刺を渡した。
「ども。あ、高遠さん、編集長が今度靴箱買ってやるから靴の整頓をしなさい、って伝言よ。」藤井の言葉に「いつも皆様にお世話になっております。不調法で申し訳ない限りです。」と高遠は魚焼き器を受け取りながら言った。
藤井は笑いながら帰って行った。
そこへ、なぎさに緊急招集の電話が入り、なぎさは慌てて帰って行った。
「そう言えば、高遠。いや、渡辺警視。盗られたものは全部返って来たんですか?」と福本が尋ねた。
「勿論よ。私たちの眼を誤魔化せる?」「まあ、無理でしょうね。」
「ねえ、あつこ。今度私にもトレーニング場、見せてよ。あ、トレーニングはいいからね。見学。」「いいよ。」
「凄いよ、みちるちゃん。ジムなんか通う必要がないくらい充実している。」と、高遠が言った。
その時、高遠のスマホが鳴った。「何です?副部長。テレビ?福本、テレビつけて。」
テレビに放送されたのは、今話題にしていたコスプレ衣装ショップだった。高遠はスピーカーをオンにした。
「火事だ。『コスプレ日本一』が燃えている。聞こえるか?消防車やらパトカーでごった返している。うちとは少し離れているが、類焼が心配だ。」と物部が怒鳴った。
「物部。早く店閉めろ。逃げ道は確保してあるのか?」と伝子が言った。
「店は今閉めた。困ったことにモールの外の駐車場まで行けそうもない。」
「分かった。あつこ、なぎさ。『緊急三姉妹』の出動だ。」伝子は急いで支度にかかった。あつことなぎさはすぐに飛び出した。みちるも飛び出した。
「おい。今、緊急三姉妹って言ったか?」「言った。」福本と高遠は確認し合った。
モール。コスプレ衣装ショップは煙が出て燃えている。消防が懸命に消火し、警察が野次馬の人員整理をしている。
最初に駆けつけたのは、みちるだった。人員整理をしている警察官の前に進み出て、敬礼した。「生活安全課の白藤です。応援に来ました。」
「ああ、助かる。そっちの端の人たちを下がらせて。」「了解です。」
次にやって来たのは、白バイに先導されてきたのは、あつこだった。あつこは警察手帳を見せ、警察官にこう言った。「現場付近の店にけが人が取り残されている、という情報が入りました。我々で対処します。通して下さい。」
警察官は手帳の階級章を見て驚いて、「ご苦労様です。どうぞ、こちらからお通り下さい。」と通した。3人が店の前に到着すると、物部が店の前でへたり込んでいた。
「大丈夫か、物部。」「ああ、大文字。急いで階下に降りたら腰が痛くなってきた。」
「薬は?」「バッグに入っている。」「よし、行くぞ。」と伝子となぎさが肩を貸した。
あつこが白バイ隊員に連絡した。「モールの外に救急車の手配。」あつこが先導して、白バイ隊員と合流した。「通路を作りました。」「ご苦労様。」
救急車の所に辿り着くと、伝子は「本庄病院に行って下さい。主治医がいます。既に連絡してあります。」と言った。「分かりました。」と言って、救急隊員は物部を乗せた。
「物部。病院には一足早く学と福本を向かわせた。いる物があったら、使え。」「すまん。」
伝子達がバイクの所へ戻ると、狂ったように叫んでいる主婦がいた。「どうした?」とあつこが白バイ隊員に尋ねると、「あの店に娘がまだいる筈だ、と言って行こうとしているんです。」
「私たちに任せろ。」3人は一気に走り抜けた。野次馬は、有名な映画『十戒』のように通路を開けた。
「中に人がいます。」と叫んだ伝子に「え?もう無理だよ。素人は入っちゃダメ。」と消防隊員が応えた。
「私が責任を持ちます。」と、なぎさが身分証を見せた。「分かりました。危険だと感じたら、すぐに脱出して下さい。」「私たちにまず水を!」
消防隊員は3人に放水した。3人は、隣接している店の屋根に這い上がり、3階から屋上に消えた。
コスプレ日本一の屋上。入り口扉は閉まっている。伝子とあつこが蹴破ろうとしたのを止め、なぎさは何やら道具を出した。なぎさは1分も立たない内に解錠した。
「入りましょう、おねえさま達。」
なぎさを先頭に、各部屋を開けて回る。3階には誰もいなかった。2階にも。1階から火の手が回ってきた。3人はすぐに引き返し、屋上から、隣のビルに・・・飛び移るには無理な距離だった。その時、ロープが空中に現れた。オスプレイだ。
ロープを伝って3人が乗り込むと、待っていたのは松波一尉だった。すぐにオスプレイはビルを離れた。「間に合いましたか、一佐。いや、二佐。」「遅いぞって言いたいが、助かった。」
あつこは久保田管理官に連絡した。「消火はまだ時間がかかるそうだ。服は合繊が多いからな。勿体ないな。それで、中に人はいたか?」「いえ、2階3階はいませんでした。1階はよく見えませんでしたが、いなかったように思います。」「だろうな。連絡はしてあるから、オスプレイは本庄病院に行く。一応診て貰え。それから、あつこ君。『緊急三姉妹』はダサいと思うよ。大文字君に伝えておいてくれ。」「聞こえましたよ。」と伝子が割り込んだ。
本庄病院。処置室。火傷の痕の処置を受けている伝子に、本庄医師が、「自衛隊の人もメンバーに入ったんだって?大文字探偵局の。人材が豊富だね。」「ありがとうございます。」
「褒めてないわよ。」と横から池上病院院長の池上葉子が言った。「高遠君も大変ね、無鉄砲な女性の婿養子としては。」
「物部君は、痛み止めの注射を打って、点滴を打って安静にしている。幸い、彼の店までは類焼しなかったようだ。両隣は丸焼けだが。」と本庄病院の院長本庄虎之助が言った。
久保田管理官が入って来た。「今回はお咎めなしだ、警察も自衛隊も。マスコミが美談として報道している。ただ、これは放火だ。あの店を含む3軒の焼け跡に、人の死骸はなかった。そして、とびこもうとしたご婦人は消えた。防犯カメラには、1時間前彼女が一人で店に入る様子が映っている。」
「管理官。ひょっとしたら・・・。」「間違いない。大文字君達が物部君を救出したのを見て、君たちに現場に向かわせようとした。」
高遠と福本が入って来た。「初めから先輩達が狙われていたってことですか?」「恐らくな。ああ、厄介だ。やはり事件が大文字君を呼ぶな。」
管理官が出て行った後、「どうも映画っぽいな、って気はしたが・・・3人とも素性ばれている?」
「いや。伝子さんだけでしょう。物部先輩の近くの店だから、駆けつけるに違いない、って策略して。騒げば店に飛び込むって計算もあった。あの店が伝子さん御用達ってことも知ってたかな?」と、高遠が言った。
「じゃあ、高遠。犯人もしくは犯人の仲間は、あのモールで探っていたかな?」と福本が言った。
「あ。松波呼んだの、誰だろう?」とあつこが言うと、入って来た愛宕が言った。久保田先輩ですよ。僕が先輩に連絡。先輩が管理官に連絡。管理官が副総監に連絡。副総監が陸将に連絡。陸将が橘二佐の部隊に連絡。」
「凄いリレーションだな。大文字コネクションっていうのはどうだ?」と物部が入って来て言った。「副部長。点滴は?」「今、終わった。帰る前に様子見。じゃな。」
「ああ見えて、副部長は気配り上手だから。」と、高遠は伝子に向かって微笑んだ。
翌日。伝子のマンション。伝子が高遠に湿布の貼り替えをして貰っている。
テレビで昨日の火事を映し、久保田管理官と自衛隊の報道官が事情を説明している。
「非番だった女性警察官と、たまたま訓練途中だった陸上自衛隊員が、たまたま出くわした火事の救援に参加しました。逃げ遅れた方がおられなかったのは、不幸中の幸いです。」「自衛官の訓練は部外秘ですので、お答え出来ません。」
記者達が質問攻めをする前に消防庁職員が説明を始めた。「出火原因は自然発火ではなく、明らかに放火です。事件前後に怪しい人物を見かけられた方は『もしかしたら』でも結構です。消防か警察にご連絡ください。また、火の元には十分注意を願います。気象庁の発表によると、ここ数日は風の強い日が多いようです。」
「うまく切り抜けてくれたようだな。」と、久保田刑事が入って来るなり言った。
「防犯カメラに写っていた怪しい人物はこの人だけです。」と、愛宕が同じ写真を数枚高遠に渡した。
「愛宕。写真多いぞ。」「依田さん達の分です。大文字探偵局ですから。正式依頼だそうです。」と愛宕が言うと、「勝手だな。」と伝子が呟いた。
「勝手だな、って3人で乗り込んだじゃないですか、現場に。物部さん救出はいいけど、火災現場の建物に飛び込むなんて。」と久保田刑事が文句を言ったが、高遠が傷テープに気づいた。よく見ると、青あざがある。」
「久保田さん、それは?」「あっちゃんに、今みたいに注意したら、いきなりグーパンチ。」愛宕が笑いをこらえている。
「ああ。今、ニュースで消防の人が放火って言っていたけど、その写真の人が第一容疑者ですか?」「ええ。消防でも警察でも連続しなきゃいいが、って言ってますよ。」
翌日。伝子のマンション。火事はまた起きた。放火だ。愛宕が息せき切って入って来た。「先輩。またです。」「知ってる。」愛宕は黙って写真を差し出した。
昨日と同じ人物が写っている。「決まり、かな?」「とにかく行方を追っています。」
愛宕は慌ただしく帰って行った。「どう思う?」「間違いなく同一犯。でも、動機は?伝子さん達を騙したのは何故か?」
翌日。伝子のマンション。「先輩―。」「また防犯カメラに?」と高遠が言った。
「そうですよ、高遠さん。」そこへ、依田、福本が入って来た。
「ヨーダ。福本。これを見ろ。」と伝子が2種類の写真を見せた。愛宕が新しい写真を添えた。「服が違うが、同一人物だな。」「ああ。そうだな。」と、依田と福本は感心した。
「第一容疑者なんで、ご協力お願いします。ほぼ確定した段階で公開捜査をする予定ですが。」と、愛宕が言った。
「被害に遭ったの1軒目がコスプレショップ。2軒目がスーパー。3軒目がホームセンター。共通点は?」と伝子が言うと、「服・・・かな?」と高遠が応えた。
「他は?」「特になし、と言いたいところですが、3軒には防災意識が薄かったのも共通しています。うちのみちるの姉のスーパーの店長があの2軒目のスーパーの火災を『予期していた』と言っていました。」
「何で?」「昔、大手スーパーで大火災があってから、協会に入っているスーパーは皆、抜き打ちで相互チェックしているそうです。階段に商品を置いていないかとか、扉近くに商品を置いていないかとか。でも、防災意識の低いスーパーは守らないそうです。あの店長、ライバル店の様子をちゃんとチェックしてたようです。まあ、みちるが女性警察官だということあるし、先輩にも恩があるし。」
「詰まり、3軒目も防災に無頓着だった訳だ。私たちが飛び込んだ、あのコスプレショップも、邪魔な所に段ボールがあった。そういう物に火を点けたんだろうな、犯人は。」
伝子の言葉に依田は「依存症の類いかな?ほら。何か燃え上がるのに恍惚感覚えて癖になるって言うじゃない?」と言った。
「この間、中津刑事がくれたリストの団体が黒幕かな、伝子さん。」「そう決めつけるのは早いだろう。」
「その通りです、大文字さん。叔父も、管理官もそう言っていました。今のところ、あらゆる可能性を考える必要がある、と。」と、久保田刑事が言った。
「もう一つ可能性が出てきましたよ。」と南原と赤木が入って来た。
「赤木君。随分たくましくなったなあ。何かスポーツやっているの?」と福本が言うと、「転校した学校でラグビー部に入りました。それで、その部活仲間に聞いた話なんですが、話していいんだよね、南原先生。」「勿論だよ。」
「僕の転校した学校は『物陰町』にあるんだけど、10年前大きな工場が火事で焼けて、その工場の社長さんが、今度町会議員に立候補したんです。その火事の時、従業員の一人とその息子が焼け死んだんです。事故じゃないかも知れない、と警察も消防も保険会社も調べましたが、確実な証拠が見つからなかった。検察も不起訴にしました。勿論労災もおりたし、社員の為に会社が貯めていたお金から見舞金も出たけど、家族は納得しなかった。報復を恐れた社長は、よそに引っ越した。また、その家族、つまり従業員の妻も引っ越した。ところが、『ほとぼりが冷めた』と思ってか、社長は町に戻ってきて町会議員になり、やがては町長から市長へと出世する野心を現し始めた。部活の仲間は隣人だったんですよ、その従業員家族の家の。それで、復讐されに戻ってきたようなもんだ、って言うんです。」
「復讐?」「その奥さん、引っ越す時に『いつか、いつか』って怖い顔して呟いていたそうなんです。」
PCを起動させて、調べていた高遠は、「みんな来て。」と呼んだ。
画面には、雑誌のインタビューに応えている女性の写真があった。その横に高遠は『第一容疑者』写真を並べた。
「決まりだな。愛宕。久保田さん。」久保田刑事は、急いで本部に電話した。
「お手柄だな、赤木君。で、選挙いつだっけ?」と南原が言うと、「明後日です。」と赤木が応えた。
「大文字さん。まだ明日も火災があるかも知れないが、最終目標が選挙会場なら、先回り出来ますね。」と久保田刑事が言った。
翌々日。物陰町町役場。町会議員の選挙が行われようとしている。市会議員や区会議員と違い、町班長の代理投票だ。立候補者は奥に並んでいる。
突然、女が乱入した。羽織った上着を脱ぐと、ダイナマイトを腹に巻いていた。手にはライターを持っている。
「鷺沼、覚悟しろ!」と女は叫んだ。鷺沼を初め、居合わした全員が凍りついた。
が、女性職員らしき3人の女性が乱入女の前に進み出た。「止めなさい!」
振り返った女に向かって、2人の女性がスライディングをしてきた。2人は女の脚を自分の脚で挟み込んだ。倒れかかった女のライターを、飛んできたヌンチャクが弾き飛ばした。
すかさず、3人目の女性が女の首に『袈裟固め』をした。数秒で女は失神した。
警察署取調室。久保田刑事が乱入女を取り調べている。「じゃ、独断でやったんだな。元社長への報復か。」
「何故、コスプレ衣装店の火事の時、子供が逃げ遅れている、と言った?」と管理官が横から言った。
「あの炎を見て、錯乱しました。夫と子供が焼け死んだ時のことを思い出して。まさか女性が3人、火の中に向かうなんて思ってもみなかった。」と女は言った。
「その3人が、今日君を逮捕したんだ。」「あの人たちは一体・・・。」「まあ、女性有志、とだけ応えよう。」
「ダイナマイトその他は、オモチャだった。どこで手に入れた?」と久保田刑事が尋ねると、「ネット通販です。あの火事の後、鷺沼のことを思い出して。追い詰めてから殺す気でした。」と女は応えた。
「ダイナマイトでなく、ナイフでか。果物ナイフじゃ致命傷にはならんな。せいぜい軽傷だ。」
「何故、私が襲うと?」「まあ、特殊チームのプロファイリングの功績だな。」
翌日。伝子のマンション。「プロファイリング?大袈裟だなあ。襲われた店が洋服の繋がりがあって、10年前の事件現場が織物工場ってことだけでしょう?」と、ヨーダが言った。
「ま、またまた赤木君のお手柄ですね、先輩。」と南原が言うと、「うむ。しかし、我々が飛び込んだ、あの店の火事の放火犯は別にいることになる。」と伝子は言った。
「つまり、その女、水田知加子は模倣犯ですね。」と高遠が言うのに、愛宕が「消防が改めて調べています。それと、鷺沼の工場の事件も調べ直すようです。」と応えた。
「何にせよ、階段に物を置いちゃダメよ。ねえ、栞さん。あの介護施設も階段に物置いてたわよね。」と入って来た綾子が言った。「見ました見ました。ホントに金儲け主義の施設だな、って思いました。」と後ろから入って来た栞が続けた。
奥から、物部が「それにしても、『緊急三姉妹』は酷いネーミングだな。おい、小説家、何か考えろよ。」と言った。
「緊急に考えたネーミングですものね、先輩。」と福本がからかうと、「煩い。どうせ私はセンスないよ。」と伝子は拗ねた。
「遅れましたー。」と山城が言って、入って来た。「山城。あの施設、階段に物置いていたって?」「そうなんですよ。引っ越し荷物の出し入れに苦労したって言ってました。消防署にチクっておきました。」
「こんにちは。門のところで不審な人物がいたので、連行してきました。」と、みちるとあつこが慶子を挟んで入って来た。
後から入ってきたなぎさがゲラゲラ笑っている。依田が慌てて、「その人は怪しくありません。俺の、僕の婚約者です。」と懸命に弁明した。皆、爆笑した。
「もう。コント終わった?依田さん、来てるなら手伝ってよ。」と、大きな段ボール箱を持ってきた。祥子も同じ物を持っている。
「あら、お寿司じゃない。私もおよばれしていいかしら、高遠ちゃん。」と編集長が入って来た。
「あ、編集長、靴箱ありがとうございました。ぴったりですね。」「当然よ。特注なんだから。あ、これ。この間のエッセイのギャラね。」
宴の準備は出来て、伝子はふと首を傾げた。「あつこ。久保田さんは仕事?」「家で寝てるわ。青あざを冷やして。グーパンチが効きすぎちゃった。」と、あつこは舌を出した。
「ばかだなあ。男を懲らしめる時はな。」となぎさはあつこに耳打ちした。あつこは顔を赤くした。その場の大勢が理解したが、蘭が「なあに?」と尋ねるので、伝子は取り敢えず寿司食おう。」と大声で言い、皆は従った。
久保田邸。食堂。管理官が久保田刑事に雑炊を作って持って来た。「だから、結婚するなら覚悟しろよ、って言ったんだ。」久保田誠は、叔父嘉三の作った雑炊を上手そうに啜った。
―完―
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。
逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。
南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。
久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。
久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。
橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。
山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤務している。
中津警部補・・・警視庁刑事。現在は捜査四課。
小田慶子・・・久保田夫妻の結婚が縁で、依田と交際を始めた。
みゆき出版社山村・・・伝子と高遠が原稿を収める出版社の編集長。
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伝子のマンション。橘二佐が伝子の横にいる。「メンバー、これだけ?」となぎさが尋ねた。「ヨーダは今日、デートだっけ?福本。」「ええ、慶子さんとデートの日。だからこれない。」
「依田君、婚約したんですって?」と中津刑事が入って来た。
「大文字さん。例のトンファー。成分分析したら、やはり出てきましたよ、毒が。ただ、かなり古いものらしいから、子供の頃から使っていたという彼の話が本当なら、最近は毒を塗り込んでいなかったことになる。」
「やっぱり。以前、トンファーを習った師匠、合気道の師匠から教わったことがあるんです、毒を塗っておいてトドメをさす場合があるって。詰まり、もう毒には頼らなくて、兄弟共々正々堂々と闘っていた訳だ。」
「で、堀井が情報を流した相手はどれくらいか分かりませんね。ただ、このリストのこことここは確かなようです。公安もこれが限界のようですね。四課でも情報は集めています。気をつけて下さい。」
「ありがとうございます。今度、用心棒が増えましてね、橘二佐です。」と伝子はなぎさを紹介した。
「捜査四課の中津です。よろしく。」「よろしく。」「じゃ、私はこれで。」中津はすぐに帰って行った。
「南原は授業中。山城も、今日は引っ越しの仕事だな。愛宕は、仕事帰りによるかも知れない。あつこはこれから来るって、さっき電話があった。で、何の用事だ?」
「先日は、わさび漬け届けただけで、臨時招集があったから、ゆっくりお話出来なかったから。そう言えば、そっちの方にいらしたご夫婦は?」
「ご夫婦じゃないですよ、二佐。男の方は、伝子先輩と同学年の物部副部長。今は喫茶店のマスター。女の方は、同じく伝子先輩と同学年の逢坂先輩。俺と高遠と、ヨーダこと依田は3年後輩。大学の翻訳部繋がりって訳です。愛宕さんは伝子先輩の中学の書道部の後輩。南原さんは、伝子先輩の高校のコーラス部の後輩。愛宕さんと山城さんは伝子先輩の中学の書道部の後輩。先日、俺の隣にいたのは、俺の妻の祥子。若い女の子は南原さんの妹の蘭ちゃん。」と、福本が説明した。
「うーーむ。詰まり、物部さんと逢坂さんを除けば、男子は、おねえさまの何らかの部活の後輩で、女子はその関係者ってこと、かな?」となぎさは言った。
「うまくまとめましたね、その通りです。」と高遠が言った。
「じゃあ、あの子は?通称渡辺あつこ。」「愛宕さんの職場の先輩の久保田刑事の奥さん、ですね。」「後輩の先輩の奥さん?ややこしいな。でも、最近結婚したんでしょ?今の法則に当てはまらないな。」「まあ、例外ですかね。初めは、二佐と同じく助っ人だったんですよ。」「あ、それで久保田刑事と渡辺あつこは親しくなった?」「いえ、お見合いです。」
伝子がゲラゲラ笑い出した。「そんなに深刻な問題じゃあない。」「要は、おねえさまの子分か舎弟ね。」
「随分だなあ。」と言いながら、物部が入って来た。高遠が物部の持って来たコーヒーを受け取った。
「それで、もう大文字にストーカーしていないのか?」と物部は直裁になぎさに尋ねた。
「お騒がせいたしました。」と、なぎさは、その場にいた者にそれぞれお辞儀をした。
「墓参りに行ったか?」「は?」「五十嵐一佐のさ。俺は皆に未だに言われている通り、副部長だ。詰まり、部長はいた。俺の親友で、逢坂の夫だ。学生結婚をしたが、がんで亡くなった。こう見えても俺は毎月墓参りをしている。最近は、こいつらと一緒に墓参りしている。残された者は、いってしまった者を供養するのが当たり前だと思っている。」
「分かりました。墓参りします。」「じゃ、俺は仕込みがあるからこれで。モールで喫茶店をしている。高遠。後で場所を教えてやってくれ。」「了解です。」
「盛り上がっている・・・感じでもないわね。」と、あつことみちるが入って来た。
「今、橘さんに皆の紹介をしていたところです。渡辺あつこ警視はご存じですよね。あ、白藤巡査部長は渡辺警視と警察学校の同期です。」
「ああ。あのトレーニング場、今度貸して下さらない?あつこさん。」「あつこさん?あつこでいいわよ、ねえ、おねえさま。」「好きにしろ。」
「あ。あのコスプレ衣装。あつこの自前?」「そう。おねえさまから貰ったの。」「ふうん。」
「最初はレンタルだったんですよ。1日以内に返せばレンタル。以降は買い取り。伝子さんは、結局買い取っちゃいました。」「うちに置いとくのも邪魔だしな、あつこに任せた。」
隣の藤井さんが顔を見せた。「高遠さん、この魚焼き器あげるわ。あら、お客様でしたか。」
「藤井さん、この方は陸上自衛隊の橘一佐。伝子さんの新しい用心棒です。」「そんな、そういう積もりじゃ・・・あ、橘です。お見知りおきを。」となぎさは名刺を渡した。
「ども。あ、高遠さん、編集長が今度靴箱買ってやるから靴の整頓をしなさい、って伝言よ。」藤井の言葉に「いつも皆様にお世話になっております。不調法で申し訳ない限りです。」と高遠は魚焼き器を受け取りながら言った。
藤井は笑いながら帰って行った。
そこへ、なぎさに緊急招集の電話が入り、なぎさは慌てて帰って行った。
「そう言えば、高遠。いや、渡辺警視。盗られたものは全部返って来たんですか?」と福本が尋ねた。
「勿論よ。私たちの眼を誤魔化せる?」「まあ、無理でしょうね。」
「ねえ、あつこ。今度私にもトレーニング場、見せてよ。あ、トレーニングはいいからね。見学。」「いいよ。」
「凄いよ、みちるちゃん。ジムなんか通う必要がないくらい充実している。」と、高遠が言った。
その時、高遠のスマホが鳴った。「何です?副部長。テレビ?福本、テレビつけて。」
テレビに放送されたのは、今話題にしていたコスプレ衣装ショップだった。高遠はスピーカーをオンにした。
「火事だ。『コスプレ日本一』が燃えている。聞こえるか?消防車やらパトカーでごった返している。うちとは少し離れているが、類焼が心配だ。」と物部が怒鳴った。
「物部。早く店閉めろ。逃げ道は確保してあるのか?」と伝子が言った。
「店は今閉めた。困ったことにモールの外の駐車場まで行けそうもない。」
「分かった。あつこ、なぎさ。『緊急三姉妹』の出動だ。」伝子は急いで支度にかかった。あつことなぎさはすぐに飛び出した。みちるも飛び出した。
「おい。今、緊急三姉妹って言ったか?」「言った。」福本と高遠は確認し合った。
モール。コスプレ衣装ショップは煙が出て燃えている。消防が懸命に消火し、警察が野次馬の人員整理をしている。
最初に駆けつけたのは、みちるだった。人員整理をしている警察官の前に進み出て、敬礼した。「生活安全課の白藤です。応援に来ました。」
「ああ、助かる。そっちの端の人たちを下がらせて。」「了解です。」
次にやって来たのは、白バイに先導されてきたのは、あつこだった。あつこは警察手帳を見せ、警察官にこう言った。「現場付近の店にけが人が取り残されている、という情報が入りました。我々で対処します。通して下さい。」
警察官は手帳の階級章を見て驚いて、「ご苦労様です。どうぞ、こちらからお通り下さい。」と通した。3人が店の前に到着すると、物部が店の前でへたり込んでいた。
「大丈夫か、物部。」「ああ、大文字。急いで階下に降りたら腰が痛くなってきた。」
「薬は?」「バッグに入っている。」「よし、行くぞ。」と伝子となぎさが肩を貸した。
あつこが白バイ隊員に連絡した。「モールの外に救急車の手配。」あつこが先導して、白バイ隊員と合流した。「通路を作りました。」「ご苦労様。」
救急車の所に辿り着くと、伝子は「本庄病院に行って下さい。主治医がいます。既に連絡してあります。」と言った。「分かりました。」と言って、救急隊員は物部を乗せた。
「物部。病院には一足早く学と福本を向かわせた。いる物があったら、使え。」「すまん。」
伝子達がバイクの所へ戻ると、狂ったように叫んでいる主婦がいた。「どうした?」とあつこが白バイ隊員に尋ねると、「あの店に娘がまだいる筈だ、と言って行こうとしているんです。」
「私たちに任せろ。」3人は一気に走り抜けた。野次馬は、有名な映画『十戒』のように通路を開けた。
「中に人がいます。」と叫んだ伝子に「え?もう無理だよ。素人は入っちゃダメ。」と消防隊員が応えた。
「私が責任を持ちます。」と、なぎさが身分証を見せた。「分かりました。危険だと感じたら、すぐに脱出して下さい。」「私たちにまず水を!」
消防隊員は3人に放水した。3人は、隣接している店の屋根に這い上がり、3階から屋上に消えた。
コスプレ日本一の屋上。入り口扉は閉まっている。伝子とあつこが蹴破ろうとしたのを止め、なぎさは何やら道具を出した。なぎさは1分も立たない内に解錠した。
「入りましょう、おねえさま達。」
なぎさを先頭に、各部屋を開けて回る。3階には誰もいなかった。2階にも。1階から火の手が回ってきた。3人はすぐに引き返し、屋上から、隣のビルに・・・飛び移るには無理な距離だった。その時、ロープが空中に現れた。オスプレイだ。
ロープを伝って3人が乗り込むと、待っていたのは松波一尉だった。すぐにオスプレイはビルを離れた。「間に合いましたか、一佐。いや、二佐。」「遅いぞって言いたいが、助かった。」
あつこは久保田管理官に連絡した。「消火はまだ時間がかかるそうだ。服は合繊が多いからな。勿体ないな。それで、中に人はいたか?」「いえ、2階3階はいませんでした。1階はよく見えませんでしたが、いなかったように思います。」「だろうな。連絡はしてあるから、オスプレイは本庄病院に行く。一応診て貰え。それから、あつこ君。『緊急三姉妹』はダサいと思うよ。大文字君に伝えておいてくれ。」「聞こえましたよ。」と伝子が割り込んだ。
本庄病院。処置室。火傷の痕の処置を受けている伝子に、本庄医師が、「自衛隊の人もメンバーに入ったんだって?大文字探偵局の。人材が豊富だね。」「ありがとうございます。」
「褒めてないわよ。」と横から池上病院院長の池上葉子が言った。「高遠君も大変ね、無鉄砲な女性の婿養子としては。」
「物部君は、痛み止めの注射を打って、点滴を打って安静にしている。幸い、彼の店までは類焼しなかったようだ。両隣は丸焼けだが。」と本庄病院の院長本庄虎之助が言った。
久保田管理官が入って来た。「今回はお咎めなしだ、警察も自衛隊も。マスコミが美談として報道している。ただ、これは放火だ。あの店を含む3軒の焼け跡に、人の死骸はなかった。そして、とびこもうとしたご婦人は消えた。防犯カメラには、1時間前彼女が一人で店に入る様子が映っている。」
「管理官。ひょっとしたら・・・。」「間違いない。大文字君達が物部君を救出したのを見て、君たちに現場に向かわせようとした。」
高遠と福本が入って来た。「初めから先輩達が狙われていたってことですか?」「恐らくな。ああ、厄介だ。やはり事件が大文字君を呼ぶな。」
管理官が出て行った後、「どうも映画っぽいな、って気はしたが・・・3人とも素性ばれている?」
「いや。伝子さんだけでしょう。物部先輩の近くの店だから、駆けつけるに違いない、って策略して。騒げば店に飛び込むって計算もあった。あの店が伝子さん御用達ってことも知ってたかな?」と、高遠が言った。
「じゃあ、高遠。犯人もしくは犯人の仲間は、あのモールで探っていたかな?」と福本が言った。
「あ。松波呼んだの、誰だろう?」とあつこが言うと、入って来た愛宕が言った。久保田先輩ですよ。僕が先輩に連絡。先輩が管理官に連絡。管理官が副総監に連絡。副総監が陸将に連絡。陸将が橘二佐の部隊に連絡。」
「凄いリレーションだな。大文字コネクションっていうのはどうだ?」と物部が入って来て言った。「副部長。点滴は?」「今、終わった。帰る前に様子見。じゃな。」
「ああ見えて、副部長は気配り上手だから。」と、高遠は伝子に向かって微笑んだ。
翌日。伝子のマンション。伝子が高遠に湿布の貼り替えをして貰っている。
テレビで昨日の火事を映し、久保田管理官と自衛隊の報道官が事情を説明している。
「非番だった女性警察官と、たまたま訓練途中だった陸上自衛隊員が、たまたま出くわした火事の救援に参加しました。逃げ遅れた方がおられなかったのは、不幸中の幸いです。」「自衛官の訓練は部外秘ですので、お答え出来ません。」
記者達が質問攻めをする前に消防庁職員が説明を始めた。「出火原因は自然発火ではなく、明らかに放火です。事件前後に怪しい人物を見かけられた方は『もしかしたら』でも結構です。消防か警察にご連絡ください。また、火の元には十分注意を願います。気象庁の発表によると、ここ数日は風の強い日が多いようです。」
「うまく切り抜けてくれたようだな。」と、久保田刑事が入って来るなり言った。
「防犯カメラに写っていた怪しい人物はこの人だけです。」と、愛宕が同じ写真を数枚高遠に渡した。
「愛宕。写真多いぞ。」「依田さん達の分です。大文字探偵局ですから。正式依頼だそうです。」と愛宕が言うと、「勝手だな。」と伝子が呟いた。
「勝手だな、って3人で乗り込んだじゃないですか、現場に。物部さん救出はいいけど、火災現場の建物に飛び込むなんて。」と久保田刑事が文句を言ったが、高遠が傷テープに気づいた。よく見ると、青あざがある。」
「久保田さん、それは?」「あっちゃんに、今みたいに注意したら、いきなりグーパンチ。」愛宕が笑いをこらえている。
「ああ。今、ニュースで消防の人が放火って言っていたけど、その写真の人が第一容疑者ですか?」「ええ。消防でも警察でも連続しなきゃいいが、って言ってますよ。」
翌日。伝子のマンション。火事はまた起きた。放火だ。愛宕が息せき切って入って来た。「先輩。またです。」「知ってる。」愛宕は黙って写真を差し出した。
昨日と同じ人物が写っている。「決まり、かな?」「とにかく行方を追っています。」
愛宕は慌ただしく帰って行った。「どう思う?」「間違いなく同一犯。でも、動機は?伝子さん達を騙したのは何故か?」
翌日。伝子のマンション。「先輩―。」「また防犯カメラに?」と高遠が言った。
「そうですよ、高遠さん。」そこへ、依田、福本が入って来た。
「ヨーダ。福本。これを見ろ。」と伝子が2種類の写真を見せた。愛宕が新しい写真を添えた。「服が違うが、同一人物だな。」「ああ。そうだな。」と、依田と福本は感心した。
「第一容疑者なんで、ご協力お願いします。ほぼ確定した段階で公開捜査をする予定ですが。」と、愛宕が言った。
「被害に遭ったの1軒目がコスプレショップ。2軒目がスーパー。3軒目がホームセンター。共通点は?」と伝子が言うと、「服・・・かな?」と高遠が応えた。
「他は?」「特になし、と言いたいところですが、3軒には防災意識が薄かったのも共通しています。うちのみちるの姉のスーパーの店長があの2軒目のスーパーの火災を『予期していた』と言っていました。」
「何で?」「昔、大手スーパーで大火災があってから、協会に入っているスーパーは皆、抜き打ちで相互チェックしているそうです。階段に商品を置いていないかとか、扉近くに商品を置いていないかとか。でも、防災意識の低いスーパーは守らないそうです。あの店長、ライバル店の様子をちゃんとチェックしてたようです。まあ、みちるが女性警察官だということあるし、先輩にも恩があるし。」
「詰まり、3軒目も防災に無頓着だった訳だ。私たちが飛び込んだ、あのコスプレショップも、邪魔な所に段ボールがあった。そういう物に火を点けたんだろうな、犯人は。」
伝子の言葉に依田は「依存症の類いかな?ほら。何か燃え上がるのに恍惚感覚えて癖になるって言うじゃない?」と言った。
「この間、中津刑事がくれたリストの団体が黒幕かな、伝子さん。」「そう決めつけるのは早いだろう。」
「その通りです、大文字さん。叔父も、管理官もそう言っていました。今のところ、あらゆる可能性を考える必要がある、と。」と、久保田刑事が言った。
「もう一つ可能性が出てきましたよ。」と南原と赤木が入って来た。
「赤木君。随分たくましくなったなあ。何かスポーツやっているの?」と福本が言うと、「転校した学校でラグビー部に入りました。それで、その部活仲間に聞いた話なんですが、話していいんだよね、南原先生。」「勿論だよ。」
「僕の転校した学校は『物陰町』にあるんだけど、10年前大きな工場が火事で焼けて、その工場の社長さんが、今度町会議員に立候補したんです。その火事の時、従業員の一人とその息子が焼け死んだんです。事故じゃないかも知れない、と警察も消防も保険会社も調べましたが、確実な証拠が見つからなかった。検察も不起訴にしました。勿論労災もおりたし、社員の為に会社が貯めていたお金から見舞金も出たけど、家族は納得しなかった。報復を恐れた社長は、よそに引っ越した。また、その家族、つまり従業員の妻も引っ越した。ところが、『ほとぼりが冷めた』と思ってか、社長は町に戻ってきて町会議員になり、やがては町長から市長へと出世する野心を現し始めた。部活の仲間は隣人だったんですよ、その従業員家族の家の。それで、復讐されに戻ってきたようなもんだ、って言うんです。」
「復讐?」「その奥さん、引っ越す時に『いつか、いつか』って怖い顔して呟いていたそうなんです。」
PCを起動させて、調べていた高遠は、「みんな来て。」と呼んだ。
画面には、雑誌のインタビューに応えている女性の写真があった。その横に高遠は『第一容疑者』写真を並べた。
「決まりだな。愛宕。久保田さん。」久保田刑事は、急いで本部に電話した。
「お手柄だな、赤木君。で、選挙いつだっけ?」と南原が言うと、「明後日です。」と赤木が応えた。
「大文字さん。まだ明日も火災があるかも知れないが、最終目標が選挙会場なら、先回り出来ますね。」と久保田刑事が言った。
翌々日。物陰町町役場。町会議員の選挙が行われようとしている。市会議員や区会議員と違い、町班長の代理投票だ。立候補者は奥に並んでいる。
突然、女が乱入した。羽織った上着を脱ぐと、ダイナマイトを腹に巻いていた。手にはライターを持っている。
「鷺沼、覚悟しろ!」と女は叫んだ。鷺沼を初め、居合わした全員が凍りついた。
が、女性職員らしき3人の女性が乱入女の前に進み出た。「止めなさい!」
振り返った女に向かって、2人の女性がスライディングをしてきた。2人は女の脚を自分の脚で挟み込んだ。倒れかかった女のライターを、飛んできたヌンチャクが弾き飛ばした。
すかさず、3人目の女性が女の首に『袈裟固め』をした。数秒で女は失神した。
警察署取調室。久保田刑事が乱入女を取り調べている。「じゃ、独断でやったんだな。元社長への報復か。」
「何故、コスプレ衣装店の火事の時、子供が逃げ遅れている、と言った?」と管理官が横から言った。
「あの炎を見て、錯乱しました。夫と子供が焼け死んだ時のことを思い出して。まさか女性が3人、火の中に向かうなんて思ってもみなかった。」と女は言った。
「その3人が、今日君を逮捕したんだ。」「あの人たちは一体・・・。」「まあ、女性有志、とだけ応えよう。」
「ダイナマイトその他は、オモチャだった。どこで手に入れた?」と久保田刑事が尋ねると、「ネット通販です。あの火事の後、鷺沼のことを思い出して。追い詰めてから殺す気でした。」と女は応えた。
「ダイナマイトでなく、ナイフでか。果物ナイフじゃ致命傷にはならんな。せいぜい軽傷だ。」
「何故、私が襲うと?」「まあ、特殊チームのプロファイリングの功績だな。」
翌日。伝子のマンション。「プロファイリング?大袈裟だなあ。襲われた店が洋服の繋がりがあって、10年前の事件現場が織物工場ってことだけでしょう?」と、ヨーダが言った。
「ま、またまた赤木君のお手柄ですね、先輩。」と南原が言うと、「うむ。しかし、我々が飛び込んだ、あの店の火事の放火犯は別にいることになる。」と伝子は言った。
「つまり、その女、水田知加子は模倣犯ですね。」と高遠が言うのに、愛宕が「消防が改めて調べています。それと、鷺沼の工場の事件も調べ直すようです。」と応えた。
「何にせよ、階段に物を置いちゃダメよ。ねえ、栞さん。あの介護施設も階段に物置いてたわよね。」と入って来た綾子が言った。「見ました見ました。ホントに金儲け主義の施設だな、って思いました。」と後ろから入って来た栞が続けた。
奥から、物部が「それにしても、『緊急三姉妹』は酷いネーミングだな。おい、小説家、何か考えろよ。」と言った。
「緊急に考えたネーミングですものね、先輩。」と福本がからかうと、「煩い。どうせ私はセンスないよ。」と伝子は拗ねた。
「遅れましたー。」と山城が言って、入って来た。「山城。あの施設、階段に物置いていたって?」「そうなんですよ。引っ越し荷物の出し入れに苦労したって言ってました。消防署にチクっておきました。」
「こんにちは。門のところで不審な人物がいたので、連行してきました。」と、みちるとあつこが慶子を挟んで入って来た。
後から入ってきたなぎさがゲラゲラ笑っている。依田が慌てて、「その人は怪しくありません。俺の、僕の婚約者です。」と懸命に弁明した。皆、爆笑した。
「もう。コント終わった?依田さん、来てるなら手伝ってよ。」と、大きな段ボール箱を持ってきた。祥子も同じ物を持っている。
「あら、お寿司じゃない。私もおよばれしていいかしら、高遠ちゃん。」と編集長が入って来た。
「あ、編集長、靴箱ありがとうございました。ぴったりですね。」「当然よ。特注なんだから。あ、これ。この間のエッセイのギャラね。」
宴の準備は出来て、伝子はふと首を傾げた。「あつこ。久保田さんは仕事?」「家で寝てるわ。青あざを冷やして。グーパンチが効きすぎちゃった。」と、あつこは舌を出した。
「ばかだなあ。男を懲らしめる時はな。」となぎさはあつこに耳打ちした。あつこは顔を赤くした。その場の大勢が理解したが、蘭が「なあに?」と尋ねるので、伝子は取り敢えず寿司食おう。」と大声で言い、皆は従った。
久保田邸。食堂。管理官が久保田刑事に雑炊を作って持って来た。「だから、結婚するなら覚悟しろよ、って言ったんだ。」久保田誠は、叔父嘉三の作った雑炊を上手そうに啜った。
―完―