弓美に話を聞いてから、いろいろ考えた。次に誰に聞きにいけばいいんだ? いろいろ考えたあげくの果てに…結局、めんどくさくなって、弓美がいったとおり、いちばん手近なおねえちゃんに聞いてみることにした。
 「おねえちゃん、いい?」…おねえちゃんの部屋をノックする。いつも、おねえちゃんが、ぼくの部屋に侵入してくるばかりなので、ぼくからおねえちゃんの部屋にいくのは、ひさしぶりだ。
 「えー、なによ」
 「ダメ?」
 「いや、いいけど。めずらしいね。あんたが」
 「ちょっと聞きたいことがあって、開けていい?」
 「いいよ」
 ぼくはドアを開ける。なんだか、おねえちゃんの部屋はいい匂いが見える…鮮やかなコバルトブルーの。
 「なによ?」
 「単刀直入におうかがいいたします。最近、竹田トシキさんと会ってますね?」
 「や、やめてよ。なによ」
 「会ってますね」
 「あ、あってる」
 「なぜに?」
 「業務上の用件よ」
 フフフ、やた! おねえちゃんの心のスキを見事についたみたいだ。いつものように魔王さまにチェンジできないぞ! いける!
 「どのような?」
 「へっ?」
 「どのような業務で」
 「い、いや、別に、あやしい業務ではない」
 「どのような業務で会ってるんですか、とおうかがいしております」
 「ちょっとちょっとあんた! いつから刑事になったのよ! あんた、たかが、おとうとの分際でなに様のつもり!」
 「いや、そうではないんですが…」あ、ちょっとマズい雰囲気?
 次の0.1秒でおねえちゃんは魔王さまにチャラチェンジした!
 「あさひっ!!」
 「は、はいっ!」
 「白状しなさい!」
 「な、なんでございましょう」
 「あんたの目的よっ!なんのために探ってるのっ! だいたい、なんでわたしとトシキのこと知ってるのっ!!」
 「あ、あのー、すみません。大変もうしわけありません。魔王さま。どうかお許しください」
 あー、なんでこうなるんだぁー。

 しかたがないので、ぼくは「白状」した。ゆかりに聞いたことを。
 それを聞くと、おねえちゃんは、いつもよりだいぶ優しい感じの魔王さまになった。
 「で、おねえちゃん、結局、白山の写真もらったんだね?」
 「うん…こんな感じの写真2・3枚ありませんか、ってきいたら…」
 「どうやって?」
 「え?」
 「どうやってきいたの? 方法!」
 「ら、LINEで…」
 「LINEもってたの? トシキさんの?」
 「う、うん」
 「フったオトコの? しかも2回も」
 「まあ…別に削除するほどのこともないかと」
 「だいたい、なんでLINEを交換したわけ?」
 「そんなこと、忘れちゃったに決まってるでしょっ! 大昔のことなんだから!」
 「じゃあ、まあそれはいいとして、写真もらったんだね?」
 「トシキに『メール添付で送って』っていったら…」
 「メアドも交換してたんだねー。もしかして電話番号も?」
 「忘れました! 大昔のことなので」
 「ま、たまたま偶然、ぜーんぶ!…もってた、と」
 「『たまたま』と『偶然』って同じだよ。そういうのトートロジーっていうんだよ」
 「はいはい…それで、写真送ってもらったわけ?」
 「送って、っていったら、たくさんあるから、その中から選んでもらいたい。ファイルが重すぎてメールで送れないから、月曜日の昼休み、ぼくがパソコン持ってそっちの学食までいくから、そこで選んでください、って」…あー、トシキさん、おねえちゃんに会うためにうまく理由つくったね!
 「で、一緒にご飯食べたんだ」
 「写真選んだのっ!」
 「ご飯は食べなかった」
 「食べた。ついでに」
 「あー、そうなんだー」
 「だってむこうがお腹すかせてるのに、選ぶから待ってろ、っていえないでしょ!」
 「そうかー。一緒にご飯食べたんだー」
 「あんたねー、学食だよっ、学食! デートしたわけじゃないよっ!」
 「それで?」
 「なによ」
 「写真もらって終わったんだね?」
 「ちゃんとお礼したよ」
 「どうやって?」
 「ホントにありがとう。感謝してます。なにか恩返ししなくちゃ、って…送った」
 「LINEで、だね?」
 「そしたら、トシキが『ひさしぶりに会えてうれしかったから、もう一度、会ってほしい』って」
 「で、会ったわけだ。2回フったオトコと」
 「だって、恩返ししなくちゃ」
 「へー。なんか魔王さまらしくないね」
 「あんたね、カメだってスズメだって恩返しぐらいするのよっ!」
 「なにそれ?」
 「『浦島太郎』と『舌切り雀』」
 「おねえちゃん、たとえがカワイイねっ。ゆかりみたい」
 「うるさいっ」
 「それで」
 「どこで会う?ってきいてくるから『デートするわけじゃないから、明るくて、人がたくさんいて、身体動かせるところ』っていったら、じゃ、ボーリングいこうか、ってことになって横川の『ROUND1』に」
 「ほー、今度はデートっぽいねー」
 「さっきいったよ。デートするわけじゃない、って。ただの恩返し」
 「あはは…ただの恩返しか。楽しかった? 恩返し」
 「まあまあかな」
 「で、恩返しも終わって…」
 「ビリヤードもした」
 「えっ?」
 「あんた知ってる? ビリヤードってね、めちゃくちゃ知的なスポーツなの。ビリヤードの球って物理学の基本法則にしたがって動くの!」…そりゃそうだよ、おねえちゃん。ボーリングのボールだってそうだ。この世のもので、物理学の基本法則を無視して動くものはない。
 「トシキってね、ボールを突く前にそれを解説してくれて、そして、その通りに突いて、その通りにボールが動いて、その通りにポケットに落ちるの! 感心しちゃった」
 「ボールに?」
 「トシキに」…あれっ?
 「なるほど。おねえちゃん、そのときハートも突かれちゃったんだね」
 「ちがうよっ! トシキの頭のよさに感心したの」…まあ、そうだろ。ホントは東大にいってたヒトなんだから。おねえちゃんが悪いんだぞー。
 「それからどこいったの?」
 「…ファミレス…晩ご飯食べに…」
 「あー、こりゃ、もうデートですね」
 「あんた、ファミレスだよっ! ファミレス!! そこらへんのファミレス! デートとはいえないでしょ」
 「おねえちゃん、そりゃムリだ。学食なら、まだなんとかデートじゃない、っていいはれるけど、ファミレスじゃムリだ。そりゃムリムリ……ねえ?」
 「なによっ」
 「つきあっちゃえば?」
 「ダメ」
 「いいムードじゃん!」
 「ダメなの…身体がフッちゃうのっ」
 「じゃあさあ」
 「なに?」
 「どうなれば、つきあえるの? トシキさんがどうなれば?」
 「うーん…」
 「ぼくがトシキさんを変えてみせるよ」
 「どうやって」
 「それは、これから考えるよ。その前にどこを変えれば付きあってくれるのか教えてよ」
 「…じゃあ…まず、会話かなあ…」
 「話下手なの? 無口なの? 無愛想なの?」
 「いや、ふつう。ふつうに話す」
 「じゃあ、いいじゃん」
 「ダメ。あさひぐらいうまくなきゃダメ。だって、わたしの標準(スタンダード)はあさひだもん。あんただって、標準がわたしだったでしょ?」
 「え、どういうこと?」
 「わたしぐらい美人じゃなきゃイヤだ、っていいはって、わたしの次に美人だったなぎさを狙い撃ち」…あ、いや、それ違います。わたしがなぎさを狙い撃ちじゃなくて、なぎさがわたしを狙い撃ちだったんです。それに「美人じゃなきゃいやだっていいはった」なんて、まったくウソでたらめです。完全にあなたの創作です!妄想です!しかも、なんでなぎさがおねえちゃんの次なんですかっ!おねえちゃんは、なぎさのめちゃくちゃ後ですっ!だいたい、おねえちゃんは、ぼくの標準でもなんでもないです!
 「とにかく、あさひぐらい会話がうまいこと」
 「はいはい」
 「あとね。おとうさんぐらい料理がうまくなきゃだめ」
 「なにそれ」
 「だって、おとうさんがわたしの標準だもん」…またかよ。
 「料理のね?」
 「そうそう」
 「それって、自分で料理習おうとか思わない?」
 「思わない」
 「あ、そう」
 「あさひ、わたしいい人知ってるよ!」
 「なに? そのいい人ってなに?」
 「料理の先生」
 「なんでそんな人知ってるの?」
 「『雨と虹』の共同経営者」
 「え、あの店、スコール先輩の店でしょ?」
 「スコール先輩ともう一人、レインボー先輩が共同オーナーなの」
 「レインボー??」
 「だから店の名前が『雨と虹』」
 「あ、驟雨(スコール)(レインボー)ってことか」…あれっ? これってどこかで聞いたことあるね。なんだっけ?
 「あの店はね、スコール先輩がインテリアや接客をデザインして、メニューや料理のデザインはレインボー先輩がしてるの。それでね、スコール先輩が「絵画教室」をしているみたいに、レインボー先輩は『暮らしのアトリエ』っていう料理教室を開いてるの。そこに通えばいいよ。トシキとあんたで」
 「いや、なんでぼくも通わなきゃならないんですかっ?」
 「えー、もし、トシキに料理の才能がなかったら、あんたに料理をつくらせるしかないでしょ? だからよ」
 「魔王さま、洗濯、掃除にくわえて、わたしに料理までやらせるおつもりなのでしょーか?」
 「そーよ。しっかりやってね」
 結局、魔王さまは魔王さま、だったってことですね。はいはい。
 とにかく!!
 「おねえちゃん、トシキさんが会話と料理を修行したら、つきあうって確約して!」
 「わ、わかった。いいよ…つきあってやっても」
 「ぜええったいだからねっ!!」
 「わかったよ」