弓美の返答は、きわめて簡単明瞭「じゃ、火曜日の放課後、3年1組にきて」というものだった。
 ゆかりの話を聞いてやるのにあんなに手間どったのは、いったい何だったんだ!
 それで、ぼくは火曜日、授業が終わると理数科クラスにいった。なぎさは予備校にいく曜日なのでもう下校してたけど、生徒がまだ何人か残っていておしゃべりしてる。その中に弓美がいた。
 「めずらしいね。あさひが話をしたいなんて。なに?」
 「うん。竹田トシキ…さんについて聞きたいんだけど」
 「わたしの彼氏はカズキよ」
 「それは知ってる。そうじゃなくて、今日はトシキさんについて聞きたいんだ」
 「わたし、トシキとつきあってるわけじゃないから、そんなに詳しく知らないんだけど」
 「いや。そんなに深いことを知りたいわけじゃない。彼氏の双子の兄弟として弓美が知ってる程度の情報でいいんだ」
 「じゃあ、なんでトシキのことが知りたいのか、まず教えて」
 ぼくは事情を説明した。

 「なんだ、恋愛相談だったのか」
 「そうです」
 「じゃあ、旭丘高校一の恋愛番長がいろいろコーチしてあげよう」
 そういうと弓美はなにを思ったか、突然、三つ編みをほどいた。両手で長い髪をふわりと2・3回かきあげて、左右に首を振って揺らす。たったそれだけで、弓美は、つややかな黒髪のセクシーな美少女に変身した。弓美がキャラチェンジに要した時間は約2秒。そのうち髪を解くのに使った時間が1.8秒。さすがにベテランだ! 髪の周りにダークグリーンの霧がただよう…ステキな匂いだ。
 ただし…「いや、別にコーチいらないんですけど」いろいろ事情を聞きたいだけです。わざわざ1.8秒もかけて髪をほどく必要ないです。匂いはステキですけど。

 「まず。トシキさんって、どんなヒトなの?」
 「イケメンだよ。背も高くてスラっとしているし」
 「みんな、それしかいわないんだけど。他になにもないの?」
 「だからイケメン。客観的な情報をいうと、学部の2年生で、情報系の機械工学を専攻。専門は機械のAI制御、自動運転のための情報処理、ソフトウェア設計、組み込みシステム。ものすごーく優秀な将来有望な学生で、学部2年生なのに特に認められて、大学院生と一緒に研究室でドローンのレベル4+(フォープラス)フライトの自律化を研究してる。だから、将来は大学院に進学して、そのまま博士になる、そして、しかるべき大学か研究機関か企業のリサーチセンターに職を得る…でしょ。ま、そんなとこね」
 「レベル4+フライトって?」
 「有人地帯における目視外飛行…人がいる場所の上空で、操縦者が自分の視界に入らない位置を飛んでいるドローンを操縦する、のがレベル4…それをAIを使って完全自律操縦にする、のがプラス…現在のドローンフライトでは最高水準の技術っていえるんじゃないかな」
 「へえー。学部2年で? めちゃくちゃ優秀なヒトなんだね」
 「彼はね、カズキと同じくらい頭がいいから、ふつうなら東大にいったと思う。でも、トシキはね、カズキと違って『自分がやらなきゃならないこと』からやるタイプなの」
 「じゃあ、カズキさんは?」
 「『まずやらなきゃならないこと』をやるタイプ」
 「その2つ、違うの?」
 「えーと、今日出された宿題と昨日からクリアしてないゲームがあったとき、宿題からやるのがカズキ、ゲームからやるのがトシキ」
 「なるほど」
 「そして」ここで弓美は美しい微笑みを浮かべていった…キレイなおねえさんの微笑みじゃなくて、解いた髪に合わせた妖艶華麗な美女の微笑みのほうだ…「愛する女性が年上で大学生だったから、まったく迷いなく彼女と同じ大学に進学したのがトシキ。まったく迷いなく自分の成績に合ったレベルの大学に入って、年下の愛する女性に『おまえもこっち来いよ』っていうのがカズキ。わかった?」
 「はい。なんかよくわかって…責任感じます」
 「関係ないよ。責任なんてないよ。選ぶのは、あくまでひとみ先輩なんだから」

 「でも、そもそも、なんでそんなにイケメンなのに彼女ができないの?『魔王さま』みたいにわがままで自分勝手なオンナのコなんかやめて、もっと、おしとやかで、従順で、物静かで、かわいい女性がすぐにみつかるだろ。そんなイケメンなら」
 「あのねー、あさひ。オンナのコは、全員わがままで自分勝手なの! おしとやかで従順で物静かでかわいい女性なんてオトコの幻想と妄想が生んだ幻なの!」
 「え、あっ、すみません。じゃ、あの三つ編みにして化けてる弓美は」
 「化けてるうー?」
 「あ、すみません。三つ編みのときの弓美さん、あのキレイなおねえさんは…」
 弓美は冷酷にニヤッと笑う「あれはオトコの幻想を利用してるの。ホントのわたしはこっちよ」
 「あ、わかりました。弓美さま。大変失礼いたしました。…で、なんで、トシキさんに恋人がいないのか、ということをおうかがいしたく…」
 「すごいイケメンだからよ」
 「その論理がわからないんですが」
 「じゃあ、聞くけど、どうしてなぎさに彼氏ができなかったと思う?」
 「『超絶美少女』だから。オトコをフリまくってた」
 「わけないでしょ! なぎさに告白したオトコは2年間でただ一人。あさひだけ。…それもなぎさが必死にデートに誘ったり、必死にエッチなお勉強に誘って、めちゃくちゃがんばってやっとの思いで無理やり告白させたんだから。あさひは、なんでもっと早くアプローチしなかったのよ」
 「いや、なぎさみたいなものすごーっく特別キレイなコが、ぼくなんかに振り向いてくれるとは思わないだろ、ふつう」
 「あんたね、そういう認識、改めないとマズいよ」…急に「あんた」になった…なんか、弓美とおねえちゃんって似てるよな。弓美は、いつもは「となりのキレイなおねえさん」なんだけど、ぼくと2人で話すときは「美しき魔王」の一味に変身する。どうも今日も魔王一味としてぼくにお説教する気満々で、わざわざ髪を解いたらしい。
 「あのね、あんた」
 「はいはい」あんたでございます。美しき魔王の一味さま。
 「わからない? なぎさは、一生懸命がんばって努力して、やっと、ふつーレベルのオトコのコをゲットできたの。あさひはどお?…自分からはなに一つしてないのに、すごーくキレイなオンナのコが勝手にむこうからやってきてゲットされちゃったの…はい、この場合、どちらがモテる人で、どちらがモテない人でしょうか?」
 「弓美、その論理、無理あんじゃない?」
 「これは論理的にまったく正しいの。あんたの頭が悪いだけ…」あ、あたまが悪いだとー
 「ちゃんと聞きなさい。いい? ここに一人のオンナのコがいます。すっごい美少女ですが、学校で彼女に話しかけるオトコのコは一人もいません。ここに一人のオトコのコがいます。ビジュ的には『まったく』どおってことない少年ですが、彼が教室にいるとたくさんのオンナのコが話しかけてきます…あんた、いつも3組のオンナのコたちと楽しそうに話してるよね? もうめちゃめちゃ楽しそうに」
 「い、いや、あれは、いわゆるごくふつーの世間話ってやつで、決して怪しい会話ではございません」
 「はい。このオンナのコとオトコのコのうち、異性にモテてる人は、どちらでしょーか?」
 「わかったよ。オトコのコがモテてます。オンナのコはモテてません」
 「でしょー? つまり、なぎさはモテないコなの。あさひはモテるコなの。じゃあ、なぜ、なぎさはモテないんでしょーか?」
 「美人だから、です」
 「わかった? それがトシキに彼女ができない理由よ」
 わかった。なんだか、わからされてしまった。

 「でもね!ここで注意しとくけど、一口に『美少女』っていっても2種類いるの。クール美少女とハートウォーミング美少女、月と太陽、なぎさとゆかり」
 「あ、最後の例、よくわかる」
 「クール美少女…近づきがたいムーンショットビューティーは、彼女に心を奪われても告白するところまで決意できるオトコはごく少数。極端な場合、なぎさみたいにゼロ。でも、ゆかりみたいに『かわいい』『明るい』『楽しい』『元気』『優しそう』『思いやりがある』『愛嬌がある』『おもしろい』『抜けてる』『ドジなヤツ』って感じでいろんな形容詞がついちゃうような「美少女」は、ドキドキしながら告っちゃうオトコが多数現れる。…つまりね『モテない美少女』はホントの美少女なの。なぎさやトシキはそっち側。『モテる美少女』は、純粋美少女じゃなくって、ちょっと色がついてる美少女なの。ゆかりはこっち側」
 「あー、それもよくわかる」…ぼくもなぎさのことは、すっごく気になってたけど、告白なんてまったく考えもしなかった。眺めてるしかなかった…偶然、電車に乗り合わせるまで。全然まったく…いや、その後も、なぎさからデートに誘ってくれなかったら、なにもできなかった。たぶん…。
 でも、ゆかりだったら、電車に乗り合わせた後、ぼくからデートに誘ってたかも…って、心の中でつぶやく。
 「まあ、ゆかりは『美しさ』っていう点だけでいうと、なぎさやトシキと同じくそっち側に入ってもおかしくないコだけど。双子のお兄ちゃんにかわいがられて、自然に『かわいい色』が身についちゃった…あのコ、得してる。その点、なぎさは一人っ子だったから、ずいぶん苦労したんだ。ひとみ先輩に出会うまで」

 「では、ついでにこの機会をお借りして…一つ忠告しておきます」弓美が急にうちのおねえちゃんみたいな顔になっていう。
 「なんでしょうか」
 「あんたね、自分では思ってないだろうけど、すごくモテるタイプなの。特に『美少女』に」
 突然なにいいたいんだ弓美??
 「第一にあんたイケメンじゃない。マズい顔じゃないけど、大したことない。このレベルなら自分でも手が届く、って女子はみんな思っちゃう」…弓美、なんでわざわざそんなこというんだ? いやがらせか?
 「第二に話がうまい。あなたと話しているとなんだか楽しくなっちゃうの。オンナのコは」
 「それって、会話スキルがあるとかコミュ力がある、って話?」
 「そう」
 「それは、この前、中村博士も同じこといってた」
 「中村博士?」
 「なぎさのおとうさん。言語学者」
 「じゃあ、くりかえしになるかもしれないけど、その点であさひって、かなりすごい」
 「どの点?」
 「あさひって、なぎさだけじゃなくて、どんなオンナのコと話していても、完全に会話をドライブできるでしょ」
 「ドライブ?」
 「あー、車の運転じゃなくて、driveの原義『獲物を追う』とか『牛追い』って意味ね。あさひって、カウボーイが牛の群れを崩さずに放牧地から牧舎に追っていくみたいに、会話を完全にコントロールして自分の好きなほうに展開していけるでしょ。それだけじゃなくて、初対面のオンナのコでも、最初の3ターンくらいで、そのコの会話のスタイルを読んで、その後の会話を自由にドライブできる」
 「ええと、その『ターン』っていうのは、会話のやり取りのことだね」
 「そう…それって、すごい技」
 「…トシキはね、もう最初の一撃、ビジュアルだけでオンナのコを魅了しちゃう。もう99%のオンナのコがヤラれちゃう…ひとみ先輩は1%のほうだったけど! みんながトシキのことを『イケメンだ』っていうのは、そして…それしかいわないのはそのせい。話す前にヤラれちゃうから」
 「…カズキはね。トシキみたいなイケメンじゃない。ビジュアルは、どっちかというとあさひより」…トシキさんとカズキさんは、双子だけど一卵性双生児じゃないから、そんなに似ていない。ふつうの兄弟と一緒だ。
 「でも、彼は会話の最初のターンから、その鋭さでオンナのコを圧倒しちゃう。彼の鋭さについていけるコは、そこでヤラれちゃう。みんな「カズキは頭がいい」っていうのは、そのせい。そのかわり相手を選ぶ。彼は相手のオンナのコに合わせて会話を創っていくというほど器用じゃない。わたしの好みには、ピタッと、はまったんだけど、受けるかどうかは好みによる」
 「はあ」
 「でもね。あさひは違う。まず、見た目じゃ、全然魅力がわからない。イケメンじゃないから」
 「はいはい」…同じこと何度もいうなよー。
 「一言二言ことばをかわしただけでも、あんたの魅力に気づくオンナのコは、ほとんどいない。あんた、カズキと違って最初っから自分を主張するような鋭い話し方しないから。でも、会話をはじめて5ターン目ぐらいで、んんっ?って思うコがでてくる。ところが、10ターン目ぐらいになると、みんな会話のほうが楽しくなってて、あんたの存在を忘れちゃう」
 「なにそれ?」
 「で、会話が終わった後でしばらくたってから『あ…。あさひくんっていい感じ。もっと、話してみたいな』って思う…つまり、なぎさが、はまっちゃったパターン。あんたみたいにイケメンじゃなくて、ものすごく会話上手なオトコには、美少女がはまりがちなの。気をつけてよっ!」
 「あー、そうですか。あのー、今日は、ぼくがイケメンじゃない、ってことを何度も何度も聞きたくてきたんじゃないんです。イケメンのトシキさんのことを聞きに…」
 「あ、そう…でね、第三に」
 「え、第三があるの?」
 「そ、これが三枝弓美、独自の分析よ。これが一番重要。聞きたい?」
 「聞きたい!」
 「あんた、美人に会うと、その人を凝視するクセがあるんだけど…気づいてた?」
 「えっ?」
 「あのね。あさひは、美少女とか、美人とか、キレイな女性とか、うつくしい女の人とか、服を着てないオンナとかが目の前に立ってたりすると…」
 「その最後の例、必要なんですかっ!」
 「…そういう美少女たちに会ったとき、10秒ぐらい、じっと見とれちゃうクセがあるの。自分でわかってた?」
 「そ、それは、ふつーのオトコならみんなそうだろ?」
 「ちがうのよ」
 「え、見ないの?」
 「あのねー。ふつーのオトコは、チラチラ見るの。チラッ…チラッ…って。じーっと見つめたりしないの。それでね、こっちを見てたとしても、こっちから視線をむけると、サッとうつむいたり、視線を外したりするものなの。でもね、あさひはそうしない。じっと見つめてきて、こちらが視線を合わせても外さない」
 「そ、そうか?」
 「それってね、すごくドキドキしちゃうの。美少女は特に。…いけないものを見るようにチラチラ見られることは日常茶飯事だし、こちらが気がついてないと思って、まるで盗撮されるように盗み見られることは日常生活の一部だから。そんなオトコは余裕でフッてあげられるんだけど、正面からじっと情熱的に見つめられると全然別。なぜかというと、キレイなオンナのコほど、オトコのコにキチンと見つめられた経験がないから。だから、あさひがいきなりそんなことすると、すごくびっくりしちゃう。ドキドキしちゃう。そして、そのドキドキは恋に直結してる」
 「ドキドキが恋に?」
 「人間は、恋をすると心拍数が多くなる」
 「??」
 「男女2人を心拍数が多くなるような状況に放り込むと、周囲の状況によって心拍数が多くなったことを相手への好意だと勘違いして、ホントに恋に落ちちゃう…これは、実験によって科学的に証明されてる」
 「心拍数が多くなる状況って、なに?」
 「若い男女2人を絶叫マシン…たとえばローラーコースターに乗せた場合と平和なメリーゴーラウンドに乗せた場合を比較すると、ローラーコースター組の方が恋仲になる確率が有意に高い。だから、初めてのデートは遊園地にいって、絶叫マシンに乗るべき。これをローラーコースター効果(エフェクト)っていうの」
 「そんなことってあるのかな…」なんかウソっぽい。弓美はすぐ陰謀を考えたりするから。
 「あなたは、そのローラーコースター効果をふつーのオトコが決してやらない『美少女凝視10秒間』でやってしまうの」
 「それ、ちょっと大げさじゃない?」
 「なぎさもそれでヤラれちゃったのよ」…えっ?
 「ほら、なぎさとあさひが最初に2人で登校してきた朝。あの朝もあさひはなぎさをじっとみつめたんでしょ? なぎさは、そんなことされたの初めてだったの。だから、あの日、学校についたときには、なぎさはもう、ドキドキしすぎてあさひに(たましい)を吸いとられてた。わたしあせったー」
 「なんで弓美があせるわけ?」
 「だってわたしが担当している『超絶美少女なぎさ』がポンコツにされたら、コーチのわたしもお払い箱になるでしょ!」
 なんだ? その「お払い箱」って…いったい『超絶美少女管理委員会』は、どういう体制で運営されてるんだ? 弓美は雇用されてるのか?? バイトか?
 「いや、あの朝は、どちらかというと、なぎさがぼくの目をのぞきこんできて、ぼくがなぎさのハシバミ色の瞳に吸いこまれてたんですけど。なぎさに見つめられて、仕方なくぼくもなぎさをみつめるような形になってしまっただけで…」
 「いいわけはやめて。あさひ」…えっ、これっていいわけなの?
 「あなたは悪いコなの。自覚しなさい。わかった?」
 「わ、悪いコって、なんで」
 「あなたが今後も『美少女凝視10秒』を無差別に続けると、第2の犠牲者がでる可能性が非常に高い」
 「えええ、なんでそうなるの」…それに、なぎさが「第1の犠牲者」ってことないだろっ! どっちかっていうとむこうから撃ってきたんですけど。
 「なぎさのコーチとして、そして親友として、あさひにいい渡します。必要のない恋のライバルが登場して、なぎさを悲しませたくない。だから、今日から、あさひがなぎさ以外の美少女を連続して0.1秒以上凝視することを禁止します。たとえ、それが服を着ていない美少女だったとしても。わかった?」弓美は、おねえちゃんの代理店みたいな魔王顔でいう。
 「わ、わかった…いや、なんだかよくわからないけど、気をつけるよ」…でも、服を着てない美少女が目の前にやって来たら0.1秒で目をそらす自信は…ない。
 「ほかに質問はない?」
 「はいっ!すごい美少女とすごいイケメンに恋人ができにくい理由はわかりましたっ。でも、すごい美少女のなぎさと弓美に恋人がいるのは、なぜなんだ?」
 「なぎさには、すご腕のコーチがついてるからよ」
 「それって」
 「わ・た・し …わたし、『超絶美少女』中村なぎさの専属コーチだもん」
 「じゃあ、なぎさがぼくにグイグイかけてきた肉食アプローチは、みんな?」
 「あー、いや、あのときのなぎさはとっても優秀だったのよ。4回目のデートまでは、全部自分で考えてちゃんとできたの。なぎさ、あなたのことがすっごく好きなのね。だから自分でがんばれたの。わたしがコーチしたのは、最後のエッチなお勉強会のときだけ」
 「え、ええー。あれって?」
 「あの前日、わたしが手取り足取り教えたことを彼女は完璧にやってのけた。ねっ? すごくよかったでしょ? うれしかった? こーふんした?」
 「は、はい、すごくよかったです。うれしかった…です。こーふんも…してしまいました」
 「わたしにお礼は?」
 「ありがとうございましたっ!!」深々と頭を下げる。
 「ことばだけじゃ感謝の気持ちは伝わらないっー!」魔王さまの子分がお怒りだ。
 「…今度会うときに高価なみつぎものを持ってきなさい…ロンシャンのチョコレートがいいな」
 「は、ははー」ぼくは平伏する「で、弓美に恋人がいるのはなぜなんだ?」
 「わたしはめちゃくちゃ頭がいいからに決まってるでしょ。わたしの独自の状況分析と理論的な戦略(ストラテジー)があれば、わたしの前に()ちないオトコなんてこの世の中にいないのよ」
 はあー、なんか弓美ってすげーっ! おねえちゃん超えてるかも!

 「でもさ、弓美。おねえちゃんは『こんなにも美人』なのに3年間で37人38回もオトコをフルほどモテたのは、なぜなんだ」
 「それはね…『美しき魔王さま』が両生類だから」
 「ろ、ろうせいるい?」
 「ちがう。老成類じゃなくて『両生類』」
 「わかってるよ。ちょっと噛んじゃっただけ…でもなに?『両生類』って、おねえちゃん、カエルか?」
 「ちがう」
 「じゃ、イモリか?」
 「ちがう」
 「サンショウウオか?」
 「ちがう」
 「ウーパールーパー…かな?」…あー、弓美の目が冷たい。
 「さっきいったよね!一口に『美少女』っていっても二種類いる。クール美少女とハートウォーミング美少女、月と太陽、なぎさとゆかり、『モテない美少女』と『モテる美少女』、ちゃんとおぼえてる?」
 「おぼえてるよ」
 「そして、世の中の『美少女』は、このどちらかに属していて、乗り換え不可能」
 「はいはい」
 「ところが、ひとみ先輩は、両方に属してるしてる世にもめずらしい『両生類』、わかった?」
 「あー、わかるわかる。おねえちゃん、おとうさんの前では、完璧愛娘(かんぺきまなむすめ)やってるけど、次の瞬間、ぼくの部屋に乗り込んできて、超絶魔王さまに変身することよくあるもん」
 「ひとみ先輩の高校時代、きっとクラスでは、明るくて、元気で、かわいーい『色のついた美少女』だったんだと思う。だからオトコのコは、みーんなひとみ先輩に恋しちゃう!…ところが、調子にのったオトコが、今日こそ告るぞ!って、2人になるスキをつくって近づいた瞬間、突然『こんなにも美しい』…ホントに純粋に美しい…氷のようにクールな『超絶美少女』に変身する。そして…」
 「ハエトリソウやチョウチンアンコウのようにパクリとオトコを…」
 「食べない食べない」
 「パクリと…オトコをフル、捨てる、ゴミのように」
 「…って感じだったんじゃないかと、思ってるんだけどね。まあ、わたしが入学したときには、ひとみ先輩、卒業してたから、はっきり見たわけじゃないし。想像だけど」
 「そうかー…で、弓美はどうなの?」
 「なにが?」
 「弓美も化けるじゃん。隣の『やさしい』お姉さんから、妖艶華麗な『近づきがたい』美少女に。それって『両生類』じゃないの?」
 「まだまだよ。高校に入ってから『両生類』めざして修行中なの…ひとみ先輩をロールモデルとして。でも、先輩の足元にもおよばない。わたしは、まだ外見から入ってるからね」…それで、いちいち髪をほどいたりするのか。
 「修行中で思いだしたけど、先週土曜日、修行中のゆかりと『デート』したとき」
 「どうだった?」
 「5秒もかかってた。キャラチェンジに」
 「もー、しょうがないねー。ゆかりってさ、ホントにご両親とお兄ちゃん2人に愛されて、素直にまっすぐ育ったオンナのコなんだ。だから、あちこちで「()」がでちゃうんだよねー」
 「それ使えるだろ」
 「どーゆーことよ」
 「ゆかりは、キャラチェンジしてる5秒間、目を白黒させちゃって、超かわいいんだよー。見てるだけで心がとろけそう。あれだけでオトコのコを5・6人ノックアウトできちゃうぞ」

 「弓美、いろいろありがとう。最後の質問なんだけど…次は誰に話を聞きにいったらいいと思う?」
 「まあ、わたしならトシキとひとみ先輩に直接『どうなんですか?』って聞きにいくけど」…そうだよなー。弓美ってそういうタイプだよねー。
 「じゃあ、わたし、放送部にいくね」…弓美はササっと髪をゆるい三つ編みにまとめ、スッと左肩にたらして、にっこりと、ありえないほど…優しく微笑んだ。お、おまえはモナリザかっ、それとも魔王かっ!!