なぎさがスコール先輩に弟子入りを志願して快諾してもらったその週、雲が低く垂れこめた梅雨空の木曜日のことだった。突然、第26代『超絶美少女』竹田ゆかりが1時間目と2時間目の休み時間に3年3組の教室に乗り込んできた。
 今年3月の終わりころ、なぎさが初めて2年3組に乗り込んできたときには、あたりの空気がザワザワと氷結して「なんで彼女があいつに」という声が聞こえるばかりだったけど、ゆかりが乗り込んできたときは、まわりの反応が全然違う。彼女がクラスに入ってくると「あ、ゆかりちゃん! きたの?」って感じで、親し気に話しかけるような女子もいる感じ。なぎさもゆかりも『超絶美少女』なんだけど、ゆかりは、なぎさにないものを持ってる。上級生のクラスでは、それがよく効く。三枝弓美がいつもいってる「妹キャラ効果(エフェクト)」だ…「じつは、かわいーい妹キャラって、美人キャラよりずっと目立っちゃうから、ふつーの人は、ゆかりが『すごい美人』ってところまでたどり着かないんだ」
 そんなゆかりは、声をかけてくる女子に愛嬌をふりまきながら、やっとぼくの前にたどり着くと、わざとらしくあたりに通常の4割増しぐらいの妹キャラを振りまきながらいった「ねえ、あさひ兄ちゃん。明後日(あさって)の土曜日、なぎさ先輩とデートする??」
 「いや。しないよ」次の土曜日から、なぎさはスコール先輩の絵画教室にいく。
 「じゃあ、ゆかりとデートしてくれる?」
 「いいよ。でも、なぎさに『ゆかりとデートして』なんていってるの聞かれると、またビームとか飛ばすから、ふつうに『用事があるから会いたい』っていおうよ」
 「もちろん、用事があって会うんだよー。2人にとってすっごく大切な相談があるの。」
 「なんでわざわざ『デート』とか『2人にとってすごく大切な相談』とか、なぎさが聞いたら『キッ!』となりそうなことばを選んで使うんだ」
 「だってえー。ゆかりねー。また、なぎさ先輩に激しく嫉妬されたいんだもん。すっごい感じちゃうの」
 どうも告白全校放送事件以来、ゆかりには異常な性癖(くせ)がついてしまったらしい。
 「で、どこで、何時?」
 「朝10時にあさひ兄ちゃんの家、っていうのはどお? わたし問題集買ってくから」
 「冗談はやめろ」…それになぜそれを知っている? 弓美か? おねえちゃんか? もしかして…なぎさ??
 「じゃあ、自転車で兼六園にいく、ていうのは?」
 「ダメ!」…やっぱりなぎさか! いったい2人はどーゆー関係なんだっ! ビーム打ち合ってるライバルじゃないのか?
 「13時に香林坊東急スクエアのスタバで。バスに乗ってきて!」これ以上、ゆかりの勝手にさせるとなにが起こるかわからない。一方的に一番安全で間違いがおこりにくそうな場所と時間を指定する「いいか?」
 「いいよー。じゃ、ゆかり、明後日の『あさひ兄ちゃんとゆかり』の『2人だけ』の『デート』すっごく楽しみにしているからねっ!」
 「こらっ! わざわざ名前を並べる必要なし!2人だけって強調する必要なし!そして、デートじゃないっ!」
 ゆかりは、最後にパチっと音の出るようなウインクをすると自分のクラスに帰っていく。あのウインクも、魔王一味の特訓の成果だな。
 クラスの女子たちが「ゆかりちゃん、またねー」と手を振る。男子たちが、ぼくにビームを飛ばす「なんであさひのところにばかり『超絶美少女』が来る!」
 しかし「予言」によって守られているぼくは、微動だにしない。
 でも、ゆかりがわざわざぼくに相談したいこと、ってなんだろ? しかも学校の外で?